旅のダイジェスト

今までの旅を簡単にまとめてみました。

2004年6月8日、新宿駅発京都行き夜行バスに乗り僕らの旅は始まりました。世界を旅する前に京都だけはMarciaに見て欲しかったので最初の目的地は京都(奈良経由)、その後名古屋に逆戻り名古屋グランパス対浦和レッズ戦観戦後神戸へ、神戸では日本で唯一のチリ料理レストランへ。

大阪からフェリーで釜山へ、釜山で色付メガネを購入しソウル。韓国は3泊4日の早足で中国、天津行きフェリーに乗船。

北京に深夜1時半の到着も無事ホテルを確保、お決まりの万里の長城を観光し西安へ。西安では兵馬俑観光、40度近い暑さはかなりこたえた。その後成都に1泊し昆明へ。昆明行き列車の中でであったアメリカ人は日本語を完璧に話す上中国語(しかも標準語だけではなく広東語、上海語も)もペラペラ、さらに韓国語もはなせるとのこと、恐るべし。そのアメリカ人の助けもありバスで大理へ。さらに次の麗江とバックパッカーにとってはなんとも居心地の良い町で中国の旅に少し疲れていた僕らもここで一気に復活した。昆明に戻り石林観光後バスで国境の町河口へ。

徒歩で国境を越えベトナム入国、国境の町の駅で食べたフランスパンとベトナムコーヒーに感激。ハノイに4泊したのちフエへ、ここでこの旅初めてチリ人旅行者と出会う。ホアキン経由でナニャンへ、バスの中で前の乗客が車酔いでゲロゲロ大変だった。ナニャンでビーチ生活を満喫した後ホーチミンシティーへ。

これまたバスで国境を越えカンボジア入国、プノンペンは1泊のみでアンコール・ワットへ。ここで奮発し1泊15ドルのホテルに泊まったがヨーロッパあたりの4つ星ホテルと遜色ない部屋で大満足。

5カ国目タイへ入国、バンコクは久しぶりの大都会だ。ここでしばし休養、買い物、グルメに精を出す。カオサンの日本レストランでテレビ観戦したサッカーアジアカップに触発されアテネ五輪行きを決意、イスタンブール行き航空券を購入。その前に北部チェンマイへ足を延ばしMarciaはタイ料理1日クラスに参加。またバンコクで同じく世界一周しながらHPを作成しているWe Love Travel@世界一周のお2人とお会いした。

エジプト航空のいきなはからい(カイロ無料シティーツアー)でギザのピラミットを見学。トルコのイスタンブール
、食事はおいしいしかなり居心地良かった。がここで風邪を引きトルコリーグ開幕戦を逃しただけでなく病院のお世話になることに。解熱剤と抗生物質を処方してもらい何とか快方へ向かう。

バスで国境を越えいよいよギリシャ入国、オリンピックサッカーの日本対パラグアイ戦の行われるテッサロニキへ。日本の敗戦を見届けた後世界遺産のメテオラ観光。サッカー第2戦はボロス、相手はイタリア。またもや序盤の失点が響き2連敗で早くも予選リーグ敗退決定。アテネ入りチリを応援すべく男子テニスを観戦、ここで知り合ったアテネ郊外在住チリ人マルセラのお宅に居候させてもらうことに。3日間テニスを観戦し一度マルセラ宅を離れる。チリの快進撃は止まらず男子ダブルスで見事金メダル獲得、メダルセレモニーが終わったのが午前3時半、その後一緒に応援したチリ人と朝まで祝杯をあげる。そのまま今度はシングルス決勝を観戦、シングルスもチリのニコラス・マスウが優勝。2日連続の快挙に僕らも大興奮。その後女子レスリング決勝野球準決勝(オーストラリアに負けた試合)、サッカーの準決勝観戦後コリントスオリンピアで遺跡見学。その後アテネに戻りサッカー決勝を観戦、再びマルセラ宅に4日もお世話になり大満足でギリシャを去る。

ギリシャからフェリーでイタリア入国もミュンヘンを経てわずか2日後にはパリまで来ていた。パリでのフランス代表対イスラエル代表のワールドカップ予選を観戦。パリの物価高に耐えられずハンガリーへ、ブダペストケストヘイでプライベートルーム生活を満喫。7年越しの念願だったクロアチアのドブロブニクを訪れイタリアへ。

ベネチアは一日のみでローマへ、ローマで中村俊輔所属のレジーナの試合観戦後丸2日電車に乗りついにスペインへ。マドリッドビジャレアルバルセロナでサッカー観戦。イタリアに戻る予定だったがフランス鉄道のストで国境に足止め、週末のセリエA観戦を逃す。予定を変更しパリ経由で再びミュンヘンへ、ミュンヘンから2時間の町フッセンで1泊、チリ南部のルーツに触れることが出来た。ミュンヘンでサッカー観戦後ミラノ、そしてウディネでもサッカー観戦。さらにフランスに戻りモナコトゥールーズでフランスリーグ観戦、モナコの試合は今回の旅で一番すごい試合だった。

サッカー観戦を一段落させベルギーのブリュッセルへ、偶然辿り着いたサン・マロでリラックスした時間を過ごし豪雨の中モン・サン・ミッシェル、そしてグラナダでアルハンブラ宮殿を観光した後ヨーロッパを離れモロッコへ。

船でモロッコ入国、カサブランカでサッカー観戦後、ラバトフェズマラケッシュの各都市を観光。ボルビリス遺跡は本当に見事だった。モロッコ入国当初はそのままサハラを越えてモーリタニア、セネガルを目指す予定だった、モーリタニア大使館でビザを取得するも大西洋岸のエッサウイアにてモーリタニア行き中止を決断。その後アガディールでサッカー観戦に失敗し、マラケッシュへ戻りモロッコ内陸部へ。世界遺産のアイット・ベン・ハドゥー見学後モロッコ観光のハイライトともいうべきメルズーガでのサハラ砂丘観光、雨上がりに砂漠に架かった虹は見事だった。その後北上、ミデルト経由でシャウエンへ。ここで4泊した後ラマダン明けまであと2日だったが、アフリカの中にあるスペイン領セウタを通り1ヶ月ぶりにスペインへ。

スペインのセビージャでは余りの居心地の良さになんと10連泊、サッカー観戦(2試合)、フラメンコ鑑賞にコンサートと充実した日々を過ごす。一気に北上しカトリック3大聖地のひとつサンチアゴ・デ・コンポステラへ、ここで巡礼の最終地であるカテドラルを見学しルーゴへ、そしてスペインの最終目的地ラ・コルーニャでデポルティーボの試合を観戦。

ポルトガルに入りカトリックの聖地ファティマで2泊した後リスボンでサッカー観戦、お目当てのチリ代表ピニージャは欠場ももう1人のチリ人選手テージョが後半途中出場。その後ナザレのプライベートルームに3連泊し自炊生活を満喫。コインブラにて再びサッカー観戦もピニージャはまたしても欠場。ポルトガル最後の都市ポルト、ここは本当に楽しかった。特に外食が安くおいしいものたくさん食べた。そして欧州サッカー観戦の最後の試合ポルト対チェルシー戦は本当にいい試合だった。

リスボンから飛行機でブリュッセルへ、そしてパリからアルゼンチン航空に乗りマドリッド、ブエノスアイレス経由で遂にチリ入国、旅立ちから190日目だった。

サンチアゴではチリリーグ決勝戦を観戦、友人宅を訪問した後ビーニャ・デル・マルへ。チリ人の友人が貸してくれたリゾートマンションの一室でのんびりと過ごす。そして12月23日ついにMarciaの実家のプエルトモンへ到着。クリスマスを家族と一緒に過ごしその後は久しぶりの実家でしばしの休息。友人と会ったりしながらのんびりと過ごす。

年が明けて2005年チロエ島のカストロアチャオに行き久しぶりのチロエ島を満喫。プエルトモンに戻り夫婦で世界一周中の「気ままに世界一周生活」のお2人と合流。マルシアのお母さんの誕生日の翌日プエルトモンを発つ。

国境を越えアルゼンチンへ、友人を訪ねボルソンという町へ、ここがものすごく良かった。その後一気に大西洋側のプエルト・マドリンへ、バルデス半島ツアー目当てだったが高かったのでやめた。ここからパタゴニアへ南下、コモドロ・リバダヴィア、リオ・ガジェゴ経由カラファテへ。ここでふか&いずみさんと再合流、一緒にペリノ・モレノ氷河ツアーに参加、氷河の上を歩き大満足。

4人で国境を越えチリのプエルトナタレスへ、無謀にもトレッキングに挑戦することに。1日目は何とか目的地まで到着。しかし2日目は体中痛く、頑張って2時間半程度歩いたがそのままプエルトナタレスへ戻る。その後プンタアレナスから船で世界最南端の村プエルトウイリアムへ、名物料理のビーバーを食らう。ビーグル水道を渡りアルゼンチンのウシュアイアへ。ここがパタゴニアの旅の最終目的地だ。南極船を見送り、タマキさんとの出会いは忘れられない。

一気に飛行機とバスでウルグアイのモンテビデオへ、南米サッカー観戦のスタート。ブエノスアイレスで6泊しパラグアイへ入国。暑さの中トリニダー遺跡を訪問し首都アスンシオンへ、ここでウイルス性のカゼにかかり病院のお世話に。しかし予定よりアスンシオンに長く滞在したおかげで(?)日本人男性とチリ人女性のカップルと知り合うことが出来た.。体調も良くなったのでバスでボリビアのサンタ・クルスを目指すも雨で道が水没、何日間立ち往生するか全くわからなかった為アスンシオンに引き返しアルゼンチンのサルタ経由でボリビア入国

国境からポトシ、オルロと移動。ストによる幹線道路封鎖も封鎖区間を徒歩で突破しなんとかラパスに到着。滞在は満喫したが今度はラパスから脱出できなくなり3日間ペルー行きバスを待つもバスはなく仕方なくチリのアリカ経由でペルー入国

一気にリマまで移動、サッカーを見た後ナスカへ。遊覧飛行でひと悶着あった後クスコへ、なぜかインカ道トレッキングに申し込んでしまう。3泊4日(結局4泊4日)のトレッキングをなんとか歩ききりマチュピチュへ到着。マチュピチュのふもとのアグアス・カリエンテスでふかさん夫妻、さらには江口さん夫妻と合流。

マチュピチュのふもとから一気に国境を越えチリのイキケ、そしてカラマまで移動。当初行かない予定だったサンペドロ・デ・アタカマだったが近くまできたらやっぱり行きたくなり1泊2日で行くことに。月の谷ツアータティオ間欠泉ツアー、どちらもとても良かった。その後アントファガスタでポルターダを見た後、バスに20時間揺られサンチアゴへワールドカップ予選チリ対ウルグアイ戦を観戦。翌日ピーターさん宅にお邪魔し夜行バスでバルディビア、そしてマルシアの実家プエルトモンへ。甥と姪の洗礼式に参加した後タルカワノでアテネオリンピック時に本当にお世話になったマルセラ一家と再会。

サンチアゴからアメリカン航空のマイレージ特典を利用しサンパウロまで飛行機で、東洋人街で日本食を堪能。その後思いでの地リオデジャネイロに3泊した後今度はユナイテッド航空のマイレージ特典を利用しアマゾンの中心マナウスまで飛行機で移動。1泊2日のアマゾンツアーに参加しベネズエラへ。

国境の町サンタエレナは憧れのギアナ高地、ロライマ山トレッキングの拠点となる町。当初トレッキングはしない予定だったがやっぱり諦められず行くことに。5泊6日のロライマ山トレッキング、僕らにはかなりきつかったけどツアーメンバーにも恵まれ最高に楽しかった。そして僕らの旅にひとつの区切りをつけることが出来た。その後首都カラカスではアルベルト&マイテのお宅に5泊、マイアミ行き航空券も結局アメリカン航空のマイルを利用した。

南米に別れを告げ最後の国アメリカへ、しかしマイアミではみんなスペイン語を話しててまだラテン圏に逆戻りしたのかと錯覚してしまう。ここでは友人のコウさん宅に7泊、ものすごく快適だったので今までの旅の疲れを癒すことができた。そしてロスアンゼルスへ移動、マルシアの友人のジェフリと13年ぶりの再会を果たす。ここでもジェフリの両親の大邸宅に泊めて頂きプチ・ホームステイを経験。

2005年5月11日、ロサンゼルスからサンノゼ経由で日本へ。5月12日午後3時無事成田着。


おしまい