恋の天秤(はかり)

 

博士は若く優秀だった。

そして、優秀な科学者には珍しく、人間嫌いでもなく、人付き合いが苦手でもなかった。博士には恋人がいたが、彼女との仲は良好。時々ケンカしたり、意見の食い違う時もあったりしたが、それはまぁ、一般的な恋人同士と同じだ。

そんな博士の目下の悩みも、もちろん普通の若い男らしいものであった。

「ねぇ、私のこと、どのくらい愛してる?」

博士を悩ませる恋人のセリフである。

古今東西、これを言われた男はいくつかの反応を見せる。まずは巨大なものや大量のものに例えて、たくさん愛してるんだとアピール。それが何度か続くと、今度は「おまえはどのくらいだ?」と 、質問に質問で返し、相手に模範解答を言わせる方法をとる。やがてそれも通用しなくなり。

「あなたに聞いてるの。あなたが答えて」

理不尽な思いに首を傾げつつも、肩をすくめて苦笑いするしかない。

しかし、博士は優秀だった。

そして恋人を深く愛していたので、彼女の問いの答えを真剣に探した。

彼らしい方法で。

 

やがて彼は、ひとつの答えを見つける。

「この機械はなぁに?」

無邪気な 恋人の問いに、博士も無邪気に答える。

「愛情をはかる機械さ」

思いもかけないその言葉に、恋人は目をむいて驚く。

しかし、彼の言葉を冗談だと解釈したのだろう、あわててニッコリと笑った。

「ふふふ、冗談ばっかり。でも、本当ならとってもステキな機械ね?」

「もちろん、本当だとも。君はいつも言ってただろう? 『どのくらい愛してるか?』って。この機械がその答えを教えてくれるのさ。専門的な説明は省くけど、この機械が『正確 に愛情を量れる』ことだけは間違いない」

「まさかぁ」

そうつぶやきながら、 恋人はまるでバケモノでも見るかのように薄気味悪そうな目つきで、機械をじっと見つめた。博士は、「気持ち悪いからいやだ」と渋る恋人を 「これは量るだけの機械なのに、まるで写真を怖がる未開人みたいだよ?」と促すと、機械の前に座らせる。

そして機械についているメーターを指差して説明した。

「これは、天秤みたいなものなんだ。具体的な量を数値にすることは出来ない。ただ、機械の前に座ったふたりの『どちらの愛情が多いか』だけを、教えてくれるんだ。だから、正確には君の『どのくらい』と言う問いには答えられないんだけど……」

今や彼女は、明らかに動揺を隠せないでいる。それを気づいているのかいないのか、博士は淡々と説明を続けた。やがて説明が済み、博士が機械のスイッチを入れる。彼女の方も、どこかあきらめたような表情で、黙ってメーターを見ていた。

ふたりの前で機械は作業を開始し、結果は、驚くほどすぐに出る。

 

メーターの針は、大きく博士の方に傾いていた。博士は満足そうにうなずくと、

「このくらい、愛しているよ」

と笑う。

しかし、彼女の方は表情を硬くしたまま、博士に向かって冷たく言った。

「こんな機械で、愛情が量れるわけないわ」

すると博士は笑いながら、首を横に振った。

「いや、この機械は正確だ。科学的に証明も出来たし、特許も取れた。きっとこれからは、この機械で愛情を量ることが当たり前になってゆくだろう。愛情を量れるということは 、『他の感情』も量れるということだから、他の使い道もたくさんある」

ここで言葉を切った博士は、自分の言葉の効果を確かめるように彼女を覗き込みながら。

「つまり、ボクはこれから先、莫大な収入を得られるわけだ。うれしいことに、これからは金の心配をしないで、研究に没頭できるよ。もちろん、ボクは研究だけが好きな朴念仁じゃないから、旅行や買い物、その他の色んなことを楽しむつもりだ」

そのとたん。

彼女の表情は輝き、メーターの針は急速に彼女の方へ振れる。

彼女はメーターの動きに気づいて息を呑み、博士は呆れたような顔で。

「なるほど、君の愛情に節操が無いことはよくわかった」

露骨な針の動きに、彼女もさすがに顔を赤くしてうつむくしかない。

「さようなら」

博士の言葉に背中を押されて、彼女は扉の向こうへ消えた。

彼女の 後ろ姿を見送った博士は、肩をすくめて哀しい薄笑いを浮かべる。そして、ポケットの中から、目の前の機械のメーターを制御していたリモコンを取り出した。つまりこれは、愛情をはかる機械などではなく、リモコン操作で針が振れるだけのおもちゃだったのだ。

「量ろうとしたら、それはもう、『愛情じゃない何か』になってしまうんだよ」

彼女に言ったのか、それとも自分自身に言ったのか。

口に出した博士にも、その判別はつかなかった。

 


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