途中の世代
 

カールは遊ぶのと同じくらい、おはなしが大好きだった。

中でも好きなのは、英雄や開拓者のおはなし。

むかしの王様や騎士の活躍、新しい世界を切りひらいた勇気ある者たちの物語が大好きなのだ。自分もいつかはそんな英雄になる。多くの男の子たちとおなじく、カールもそんな淡い未来を夢みてブックデータを読む。そして昼間は友だちと、チャンバラごっこや冒険ごっこをするのだ。

さんざん遊んでいると、気づいたら帰宅のベルが鳴っている。

あわてて家に帰ってくると、ママがおいしい料理を作ってまっていた。育ちざかりの男の子らしくガツガツと料理をかきこみ、食べた食器をキッチンに運んで、ちょっとだけ休憩。ごはんを食べてからしばらくは血液が消化器へまわるから、すこし休憩してから宿題をやりなさい。

パパからそう言われているのである。

それが本当なのかどうかは知らないけれど、食べてからすぐ宿題をやらされるよりはマシなので、カールはおとなしく言いつけにしたがっている。そして宿題を片づけてから部屋に入って、大好きなおはなしをブックデータで読みあさるのだ。

毎日がおだやかに流れてゆき、カールはすくすくと大きくなる。

 

いつも6時には帰ってくるはずのパパが、今日は帰ってこなかった。

ママに聞いても「お仕事が忙しいのよ」と笑ってる。だからその時はちっとも心配してなかったのだけれど、さすがにカールが寝る時間になっても帰ってこないとなると、ちょっと不安になる。こんなことは今まで、一度だってなかったのだから。

「パパ、どうしたんだろう?」

パジャマに着替えて歯みがきを済ましたあと、カールはもういちどママに聞いてみる。するとママもさっきの自信はドコへやら、不安そうな表情で、「そうねぇ、連絡がないのは変ねぇ」とつぶやく。

と、ちょうどその時、ママの携帯電話が鳴った。

発信者はどうやらパパのようだ。

ちょっと安心した顔で、ママは電話に出た。それからしばらく、パパとふたりで何かを話していたが、すっかり寝る時間をすぎて眠くなってしまったカールは、電話をしてるママに向かって小さく「おやすみなさい」とアイサツすると、自分のベッドへもぐって丸くなった。

今日はライナスと、『銀色の騎士』役のとりあいでケンカをしてしまった。でも、おととい『英雄王ガルタン』の役をやったのはボクなんだから、今日はライナスにいい役をゆずってやるべきだったな。明日、学校でライナスに会ったら、あやまって仲直りしなくちゃ。

そんな風に考えていたら、いつのまにか眠ってしまった。

 

翌朝、起きてみると、パパが帰っていた。

「おはよう、パパ。あれ? お帰りなさいかな?」

カールが言うと、パパはニッコリ笑って両手をひろげる。その意味はわかってるから、カールは喜んでパパの胸に飛び込んだ。その時、カールを抱きしめるパパの表情がくしゃくしゃにゆがんで、目じりに涙さえ浮かんでいたことに、抱きしめられているカールは気づかない。

しばらくそうして抱きしめたあと、パパはカールを離して、信じられないことを言い出した。

「今日は学校をお休みして、遊園地へ行こう」

カールはおもわず目を見張った。そして次の瞬間、顔を真っ赤にしてさけぶ。

「ほんとう!? 遊園地? 学校をやすんで?」

「そうだよ。それとも学校で勉強するほうがいい?」

カールはプールから上がった犬のように、ぶるぶると全身を振る。冗談じゃない。こんな奇跡がおこったって言うのに、学校なんて行ってられるものか。カールはパパにすがりつくようにして、「いやだよ、いやだよ! 遊園地に行きたいよ!」とさけんだ。パパはニッコリと笑うと、

「それじゃあママに、おいしいお弁当を作ってもらって、三人で遊園地に行こう!」

と、まるでカールのように元気よく叫んだ。

いつもは静かなパパが、そんな風にノリノリだったものだから、カールはビックリするやらうれしいやら。振りかえってみれば、ママもニッコリとほほえんでいる。ママの瞳の奥には哀しげな光が浮かんでいたのだけれど、遊園地の話で舞いあがってしまったカールに気づけというのは酷な話だ。

 

遊園地でたっぷり楽しんだあと、パパはさらにビックリするようなことを言い出す。

「それじゃ、帰りにおもちゃ屋さんへよって、カールの好きなものを買おう」

誕生日とクリスマス以外に、そんな大盤振る舞いなんて。カールはいまや、天にも昇る心もちだ。

おもちゃ屋さんで欲しかったものをたくさん買ってもらい、ホクホクしながら家路につく。でも、読みたかった『開拓者ジェイン』のブックデータだけは、どうしても買ってもらえなかった。もっとも、あまり強く言いはって他のおもちゃまで買ってもらえなくなったら困るから、それほど強く押してはいないのだが。

残念だけど、キックスケートのほかにも、ムリだと思ってたゲーム機まで買ってもらえたのだから、おはなしのひとつくらいはガマンしたってかまわない。家に帰ってから公園でパパとキックスケートしたり、暗くなってからはママとゲームをしたりしてたくさん遊んだ。

そういえば今日はライナスたちと遊べなかった。明日、学校へ行ったらみんなに自慢してやろう。

 

意気揚々と学校へ行ってみて、カールはさらにおどろかされた。

なんとほかにも何人か、学校を休んでどこかへ連れてってもらったり、おもちゃを買ってもらったりした者がいたのだ。どうにも不思議な話だったが、お出かけやおもちゃはありがたい話だから、そんな疑問は早々に仕舞いこんで、おたがいに買ってもらったモノを自慢する。

ライナスやジェイソンもいろいろ買ってもらったみたいで、放課後、みんなでゲーム機をもちよって対戦ゲームをしようと盛り上がった。チャンバラや冒険ごっこも嫌いじゃないけど、なんたってゲームだ。しかもみんなが同じものを持ってるんだから最高じゃないか。

カールたちは学校が終わるなり家に駆けもどり、ゲーム機をもっていつもの公園に集まった。

結局その日は、帰宅ベルが鳴るまでずーっと対戦ゲームをして遊んだ。やがて学校全体でゲームやおもちゃを持つものが多くなり、それまで買ってもらえなかった子たちも、仲間はずれにされる、友だちができないという理由で、買ってもらえるようになった。

 

ハイスクールにあがるころになっても、両親はカールを甘やかした。

もっとも、友だちのすべてがそうだったから、カールも特におかしいとは思わなかった。

他の子供たちの中にはすっかり外で遊ばなくなり、自分の部屋に引きこもったままパーソナルコンピュータだけを相手に時間をすごす者も多かったが、カールは社交的な性格だったこともあって、クラブ活動にはげんだり、友だちと映画を見に行ったりと、ハイスクールライフを楽しんでいた。

そしてハイスクールの生徒たちにとって最も重要なもの……そう、カールもやっぱり、恋をした。

アリサはどちらかといえば大人しい、消極的な女の子だった。

みんなとわいわい出かけるよりも、ひとりブックデータを読んでいるのが好きな、目立たない子だ。学校でもあまり積極的に友人を作らず、クラブ活動もしていない。放課後になると図書室でブックデータを読み、帰宅ベルが鳴ったら本をとじて家にかえる。

そんな毎日だ。

ほかの男の子たちは、金髪でスタイルもよく、積極的でよく笑うチアリーダー部の人気者、ジャネットに夢中だったが、カールはああいう積極的な女の子が好きになれない。それよりも色白で細身の、黒い髪と瞳が神秘的なアリサに惹かれた。

しかし、なかなか仲良くなるチャンスがない。

ジリジリしながら毎日を過ごしていたカールは、ある日、勇気を出して彼女に話しかけてみた。

 

「いつもブックデータを読んでいるね」

「え?」

びっくりしたアリサが顔を上げると、目の前には真っ赤な髪をみじかく刈り込んだカールが、笑顔を浮かべて立っている。それまであまり男の子と話すことのなかったアリサはもう、それだけでドキドキしてしまって、なんと応えればいいのかわからない。

そんなアリサにさらなる好感を持ったカールは、彼女の持っている本を指さして、

「なにを読んでいるの?」とたずねる。

アリサは気の毒に、大理石のように白かった顔を真っ赤にしてうつむいたまま、小さな声でブックデータの題名(タイトル)を言った。カールはまったく知らなかったが、そこは恋する男の子。彼女の興味を惹きたい一心で、自分も昔はブックデータの『おはなし』が好きだったという。

そこで当然、アリサは彼に、「どんな話がすきなの?」と聞いた。

読書家であれば相手の本の好みで、自分と話が合うかどうかは判断できる。男の子が苦手とは言っても正直なところ、アリサだってハイスクールガール。恋にはもちろん興味あるし、カールはちょっと元気すぎる傾向はあるけれど、なかなかカッコいい男の子だ。

当人は知らないけれど、実は女の子の間でなかなか人気があるのだ。

今までは積極的に男の子と話せなかったから、特にカールだけに興味を持ったことはないけれど、こうして話しかけてこられれば、どうしたって意識してしまう。ましてや相手は赤毛のハンサムだ。だからカールがどんなタイトルをあげようと、笑ったりバカにしたりは絶対にしないつもりだった。

カールとブックデータというのがなかなか結びつかないが、もし、カールみたいな男の子といっしょに、好きなおはなしのことを語れたら、それはとってもステキなことだ。

そう思っていたアリサは、しかし、カールのあげたタイトルに、思わず「え?」と聞き返してしまう。

そして(しまった)と思ったからよけい、真っ赤になってしまった。自分の顔が、自分でどうしようもないほど火照っているのがわかる。ああ、アリサのバカ! いくら聞いたことのないタイトルだからって、なんで普通の顔をしたまま「ごめんなさい、それは知らないわ」って言えなかったの?

自己嫌悪でパニックになったアリサに向かって、カールは照れくさそうにほほえみながら、

「はは、やっぱりちょっと子供っぽいよね。むかしの英雄物語なんてさ」と頭をかいた。

そんなカールのサッパリした態度に、「よかった、気を悪くしてない」と安心したアリサは、彼女にしてはめずらしく早口で、「そんなことはない、自分は女だから読んでないだけだろう 」とフォローを入れた。するとカールは、「もしかしたら図書室においてないかなぁ」とボヤく。

もちろん、昔読んだおはなしが読みたいと言うよりは、アリサと図書室へゆくための口実である。

そしてそれは、アリサにしても願ったりかなったりの展開だ。

「あるかも知れないわ。なくても図書室はネットワークで繋がってるから、見つかると思う」

アリサは真剣な表情でカールを見つめる。カールは(この子は本当に、ブックデータが好きなんだなぁ)と、いくぶん見当ちがいの感想をもちながら、「それじゃあ、放課後にでも探してみよう」とつぶやいた。

しかし、ここで「だったら探すのを手伝うわ」と言えないのがアリサだ。言いたいことを言えないまま、下を向いてモジモジしている。カールも女の子の心理にくわしいわけではないが、そのぶん積極的な性格だったので、気になってる女の子を誘うこの機会をのがさなかった。

「あんまり図書室に行ったことないから、探し方がわからないんだ。だから……」

ここまで聞けばアリサだって言える。言いたくて仕方なかったのだから。

「だったら、私が一緒にさがしてあげる!」

それを聞いてカールが、嬉しそうにニコっと笑ったとき。

アリサはもう、恋に落ちていた。

 

図書室は閑散としていた。

もっとも、ゲームやファッション、友だちとの付き合いに恋にと、ハイスクールの生徒は忙しいから、よほどのモノ好きでない限り、ブックデータを読もうなんて子はいない。それでも何人かは読んでる人がいるから、カールとアリサは出来るだけ声をひそめて話しつつ、カールのあげたタイトルを探した。

小さな声で話すということは、相手に聞こえるために近づかなければならない。

実は探してるふたりともブックデータなんかどうでもよくて、顔を近くまでよせて話をすることに、ドキドキしっぱなしだった。あまずっぱい、くすぐったい感覚に包まれて、ふたりはとても幸せだった。とはいえ、そこからイキナリ発展できるほど、ふたりとも場慣れしていない。

まったく必要のないブックデータを探しながら、小さな声で「ないね」「そうだね」と、ささやきあっている。

「もう探すのはやめにして、それよりこれから遊びに行かない?」

のひとことを、お互いに言い出せない。

もしも、「好きなおはなしを探すんじゃなかったの?」とか、「だったらひとりで探すよ」などと言われてしまったら、せっかくのステキな時間が終わってしまうからだ。本当の気持を小さな胸にしまいこんで、不器用なふたりはタイトル探し続けた。

 

やがて、無情にも帰宅ベルが鳴る。

アリサは身の置き所がないといった様子で、「ごめんなさい」とちいさくつぶやいた。

ブックデータが見つからないことなんてどうでもよかったカールは、それを聞いて飛び上がってしまう。あわてて、自分が考えちがいをしているのかもしれない。もしかしたらもう絶版なのかもしれないと、思いつくままに見つからない理由をあげて、アリサをなぐさめた。それからもう少し、勇気を出してみる。

「こっちこそ、つき合わせちゃってごめん。よかったら帰りになにか食べていかない? お詫びにおごるよ」

アリサはショボンとうつむいていた顔を上げてカールを見る。それからぱあっと表情をかがやかせて、大きくうなずいた。その笑顔を見てカールは(うわぁ、なんて可愛いんだろう)と、ドキドキしてしまう。しかし、それも当然といえば当然のこと。カールはまだ気づいてないが、アリサは恋してるのである。

それは女の子がいちばん可愛くなる瞬間なのだ。

 

小さな趣味のいい喫茶店で、ふたりは向かい合っていた。

おたがい好きな気持ちがあるとはいっても、昨日までロクに話したことがないのだから、いきなり話がはずむというわけにもゆかない。いきおい話題は、見つからなかったブックデータのことになる。

「あんなに探したのに、どうして見つからなかったんだろう。名前をまちがって覚えてるのかな」

「でも、名前だけじゃなく内容でも検索かけてみたけど、それらしいのは見つからなかったよね」

「そうなんだよなぁ。最後にはセンター図書館まで検索したのになぁ」

そんな話をしながらも、じつはふたりそろって上の空だったり。

それでもアリサは今までのように下を向かないで、カールの顔を見てしゃべっている。アリサの大きな瞳に見つめられて、今度はカールのほうが視線をそらしそうだ。会話がとぎれるたびに一瞬みつめあって、そのあとあわてて視線をそらし、ドキドキうるさい心臓を、静かにしろとしかりつける。

はたから見れば微笑ましい光景だろうが、本人たちにとっては苦痛といいたくなるほど刺激的な時間だ。

もちろん、だからって席を立とうなんて夢にも思わないのだけれど。

 

ハイスクール入学祝に買ってもらったカールの携帯が鳴る。

「いけね、ママだ。帰りがおそいって電話かも」

「あ、ホント、いつの間にかこんな時間!」

ふたりはあわてて席を立つと、おたがい後ろ髪を引かれる思いで店を出た。どちらからともなく「またね」と次のデート(というには淡すぎる時間だったけれど)を約束し、アリサは家に向かって急いで駆け出す。カールはその後ろ姿を見えなくなるまで目で追ってから、ママに折り返し電話を入れた。

「カール! 今、どこにいるの?」

「帰るところだよ」

もう子供じゃないんだから、あんまり干渉して欲しくないなぁと、ハイスクールらしいことを考えながら答えたカールは、次の瞬間、「今すぐ帰ってらっしゃい! パパも帰ってるから、急いで!」という、驚くほど激しいママの言葉を聞かされる。ビックリしてあわてて帰宅すると、とたんにパパのどなり声。

「カール! どこへ行ってたんだ!」

気になってる女の子とデートしていた、などとしれっと答えるには、カールはまだ経験が足りなかった。どう話したらいいかもわからず、思わず黙りこんで下を向いてしまう。その姿を見たパパは、カールが何か隠していると感じたのだろう。イライラした口調でつづけた。

「カール、自分が何をしたかわかってるのか?」

「……なにって……だって……」

不純異性交遊という言葉が、カールの脳裏によぎる。その言葉の本格的な意味はわからなくても、女の子とふたりで喫茶店にいたのは、それに該当するかもしれないとは考えてしまう。しかし、カールは元々、英雄譚が好きな男の子だったわけで、ここでアリサの名を出すのは、彼の美学に反する。

しかたなくカールは黙ったままでいた。

するとパパは怒気を押さえ、しかしものすごく真剣な表情で、カールの顔をのぞきこんだ。

「なあ、カール。もしかしておまえ、なにか集団に属してないか?」

「……クラブのこと?」

「おまえたちは、自分たちをそう呼んでいるのか?」

「学校のバスケットクラブだよ」

「とぼけてもダメなんだカール。おまえはもう、委員会に目を付けられてしまったんだ」

「委員会? なんのこと?」

どうやらアリサと会っていたことではないとわかったカールは、今度は別の不安におそわれる。はっきり言って今のパパの様子は尋常じゃない。げっそりと疲れ切って目は赤く血走っている。それがなぜかはわからないが、アリサのことじゃないのなら、パパの誤解はしっかり解いておかなくちゃならない。

「パパ、ちゃんと話して。僕はほんとうに、パパが何を言っているのかまったくわからないんだ」

カールの真剣な表情を見て、パパはしばらく言葉をのんだ。やがてゆっくりと話し始める。

「カール、残念だよ。それが本当だとしても、もう、おそらく手遅れなんだ。おまえは今日、図書室でブックデータを検索しただろう? それも学校の図書室にないとわかったら、あらゆる場所へ検索をかけて、最後にはセンター図書館にまで。なんとえんえん四時間以上、探していたらしいじゃないか」

「どうしても、その話を見たかったんだ」

「だとしても四時間だぞ? なぜそんなに見たい?」

そんなに見たかったわけじゃない。アリサといっしょにそれを探している時間が楽しかったのだ。

とは、なかなか言い出せない。黙り込んでしまったカールを、パパはやさしい口調で、「けっして怒らないから、すべて正直に話してほしい」とうながした。そこでようやくカールは重い口を開く。アリサのことは好きだけど、パパのことだって好きなのだ。

アリサという女の子がいること。

彼女が気になって仕方なかったこと。

ブックデータが好きな子だから、それをきっかけに話しかけたこと。

自分は子供のとき以来ブックデータを読んでないから、昔読んだ話のことを話題にしたこと。いっしょにその話を探したこと。本当はブックデータなんてどうでもよくて、アリサといる時間そのものが嬉しかったから、見つからないデータをずっと探してたこと。

つっかえつっかえしながらも、すべてを包み隠さずパパに話した。

パパは話を聞き終わると、じっと目を閉じてうつむいていた。すいぶんと長いことそうしていたように思える。カールにとっては永遠とも思える時間がすぎたあと、パパは大きく息をはき出してから、泣き笑いのような顔をしてカールに聞いた。

「カールは、なりたかった仕事ってあるのかな?」

なりたい仕事ではなく、なりたかった仕事という言葉に違和感をおぼえつつ、カールは首を横にふる。ハイスクールに上がったばかりの男の子では、将来のことを具体的にを考えてるほうが少ない。カレッジへ上がってから考えるつもりだったと答えるカールに、パパは悲しそうな目を向けた。

「カール、残念だけれど、おまえの将来はもう、決まってしまった」

「え……ど……どういう意味?」

「言葉どおりの意味さ。おまえが選べるのはふたつ。勉強して委員会に入るか……」

パパは言葉を切って息を呑むと、意を決してつづけた。

「世界との隔離だ」

 

翌日、カールは学校を休んだ。

結局あれからパパは一言も口をひらかなかったから、カールはわけもわからないまま両親と出かけた。

ふたりに連れられてセンタービルへ入ると、そこの最上階が『委員会』のある場所だった。最上階のフロアへ出たところで、カールはビックリして立ち止まった。そこには同じく両親に連れられたアリサがいたからだ。思わず声をかけようとしたカールを、パパが押しとどめる。

こちらに気づいたアリサも、ソファから立ち上がったところを、同様にとめられている。

「アリサ、知り合いかい? でも今はおとなしくしていなさい。まずは事情を聞かせてもらわないと」

そう言ってアリサをとめた父親は、こちらを見てかるく頭を下げた。自分たちと同じような境遇の家族なのだろうと思ったのかも知れない。カールのパパも会釈をかえす。そこでカールがどうして止めるのかと聞こうとしたとき、ママがおどろくほど低い憎々しげな声で、アリサをにらみながらつぶやいた。

「あの子が検索なんてかけなければ……」

「やめなさい。向こうの親御さんは理由も知らされず、ただ娘を連れてこいと言われたのだ。カールが原因だと知れば、いきどおるのはむしろあちらだろう。これは誰が悪いのでもない。運がなかったんだよ。いや、事情がわかってるだけ、私たちの方がいくらか救われるかも知れない」

「救われるですって!?」

声を荒げたママを、パパがおだやかになだめる。いや、おだやかというよりは、むしろ諦めきってしまった、といったほうが適切かもしれない。カールはわけがわからず、パパに向かって強く聞いた。

「ボクとアリサがなにをしたって言うの?」

「カール、だまって。もうすぐわかることだから。それに、アリサの両親は本当のことを聞かされてないから、ここでくわしく話すことは出来ないんだ」

それでも納得できないカールが、さらに言葉を継ごうとしたとき。

「カール、アリサのふたりはこちらへ。ご両親は別室でお待ちください」

とびらが開いて、紺色のスーツを着た女性がそう告げた。カールは両親の顔を見る。ママはそこでついに泣き崩れてしまった。パパは目を真っ赤に腫らしながら、「さあ、いくんだ、カール」と消えそうな声でつぶやく。不安に押しつぶされそうになりながら、カールはとびらへ向かって歩き出した。

すると向こうから、アリサもおなじように不安な表情で歩いてくる。

とびらの前で顔を合わせたふたりは、そこでようやくおたがいの顔を見ることができた。こんな時なのに、いや、こんな時だからこそかもしれないが、カールはアリサの顔を見てちょっと安心する。アリサはやっぱり可愛らしかった。アリサもカールの顔を見て、同じようにニッコリ笑った。

ふたりは並んで『委員会』のとびらをくぐった。

 

おおきな部屋の中にぐるりと机が並び、そのうしろに大人がたくさん座っていた。

机によって半円状にかこまれたその真ん中にはイスが二脚。おそらくそこが自分たちの場所だろうと思っていると、先ほど案内してくれたスーツの女性が、ふたりにそのイスへ座れとうながした。カールとアリサは黙ったまま、おとなしくイスへ腰掛ける。

すると前置きもなく、正面にすわった男が質問をしてきた。

「カール、アリサ、君たちはなぜ、むかしの英雄物語を四時間も検索したんだね?」

たくさんの大人に囲まれ、さらに本人の目の前で「アリサといっしょに居たかった」と話すのは、ハイスクールの男の子にとって、めちゃくちゃに恥ずかしく、おそろしく勇気のいる行為だ。しかしカールは、正直に話さなければならない場面だと、正しく理解していた。

アリサのほうはカールの言葉を聞かされるうち、顔が真っ赤になってくる。

昨日、家に帰るやいなや、スーツを着た男たちが三人、アリサをたずねてやってきた。そこで両親と押し問答をしたあと、「明日、出頭せよ」といわれる。なんだかわけもわからず、両親に問いただしてみれば、自分が今日、学校で検索した行為そのものが問題になってるのだという。

重大な違法行為だとか言われても、意味がまったくわからない。

両親は男たちが提示した身分証明書と、剣呑な雰囲気、違法行為という言葉の重さにパニックとなってしまっていた。逆に両親に問いただされたアリサは、ブックデータを検索した(タイトルに付いては、両親にも口外してはならないと黒服の男たちに言われていた)だけだと反発する。

親子はわけのわからない出頭命令におびえながら、一夜をすごしたのだった。

そして今、不安にかられてすわった席上で、カールから告白ともいうべき言葉を聞かされたアリサは、一転して幸せの絶頂だった。顔から火が出るほど恥ずかしいけれど、その何倍もうれしい。昨日、初めて意識した男の子は、もはやアリサにとって世界のほとんどになっていた。

 

初めての恋が成就したことで、アリサはもう有頂天だった。

(こんな席なんだから、しっかりしなくちゃ)

と自分に言い聞かせてはみるものの、カールの口から、「ブックデータはアリサに声をかけるための口実だった」「ブックデータなんてどうでもよかった」「アリサと長くいっしょいにいたかった」など、次から次へとうれしい言葉が発せられるのだ。舞いあがらずにいろと言うのはムリな話だ。

しかし、聞いている大人たちの方は、まったくの無表情だった。

カールが話し終え、こんどはアリサの番だ。ちょっと前なら「どう話そう」と迷ってしまったかもしれないが、いまのアリサは最強にして無敵だ。本来なら友だちでさえまともには聞いてくれないだろう、『いかに自分が彼を好きか』という話を、たくさんの人に『話さなくてはならない』のだ。

しかも、横では当のカールが聞いている。

アリサは『話さなくてはならないから仕方なく』と自分に言い聞かせつつ、しかし実際は嬉々として、「カールといっしょにいたくて、四時間も検索をし続けた」と話した。最初からカールが好きだったとか、声をかけられてとても嬉しかったとか、ちょっと事実と違ったかもしれないけど、それは些細なことだ。

だって今、自分はこんなにカールが好きなのだから。

 

色白の顔を上気させて話し終えたあと、我に返っておそるおそるカールへ視線をむける。

するとカールもうれしそうに顔を赤らめて、アリサに向かってウインク。幸せな気分に舞いあがってイスからころげ落ちないように、アリサはぐっと足をふんばった。

「なるほど、話はわかった。これはどうやら不幸な偶然だったようだ」

そんなふたりを無表情でながめつつ、男のひとりがそう言った。カールとアリサはあわててお互いから目をそらし、男のほうへ視線を向ける。すると別の男がたちあがり、ふたりをじろりとにらんで(少なくともふたりにはにらんでるように見えた)ガラガラと枯れた声で話しだした。

「だが、四時間もの検索をかけたことで、残念ながら君たちはマルティバックににらまれてしまった」

「だから、検索なんてどうでもよかったんです!」

恋を手に入れた女の子という最強の生物、アリサが強くさけんだ。

「マルティバックって誰です?」

その横でカールは少し的はずれの質問をする。すると男はアリサを無視して、カールの質問に答えた。

「船のすべてを管理する人工知能だ。コンピュータよりもっと高度な機械だ」

「船? 人工知能? いったいなんの話ですか?」

「まあ、まあ、あわてないで。これから順を追って説明するよ」

ガラガラ声の男はそういって薄く笑う。カールが(なんだかいやな笑い方をするなあ)と思っていると、男はほかの人々に向かって、「こういう事情でしたら、これ以上の査問は必要ないでしょう。私が後始末をいたしますので、みなさまはこれで」と声をかけ、他の人々は部屋を出て行った。

あとにはガラガラ声の男とスーツの女性、そしてカールとアリサが残される。

「では、説明してゆくとしよう。まあ、まずはそのコーヒーでも飲んで、楽にしたまえ」

ふたりがため息をついてコーヒーカップをとると、男はのんびりした口調で話しだした。

 

「疑問は多々あると思うが、まずは君たちがここへ呼ばれた最初の理由、検索の話からだ」

男はそう言って、ふたりを見つめた。

「カールが英雄物語を検索した。よくあることだが、問題はその時間だ。情報が見つかってから時間をかけて取捨選択しているのではなく、まったく見つからない情報を四時間も検索し続けているというのは、明らかに普通ではない。なにかしらの意図、目的をもっていると考えられる」

「だから、それは」

「いやいや、わかってるよ。私はもう理解している。しかしマルティバックという人工知能にとって、それはまったく理解しがたい理由なのだ。『誰かといるために四時間も検索していた』なんて話は、人工知能からみれば、なにか他の理由を隠しているとしか思えないのだよ」

男は失礼、とつぶやいてタバコに火をつける。

カールとアリサは、その初めて見る行為におどろいて、しばらく男を見つめた。やがてタバコの煙がただよってくると、さらにビックリして目を丸くする。カールが「煙を吸ってるんですか?」とたずねると、男は苦笑しながら「あまりほめられた習慣ではないんだけどね」とこたえる。

そして口と鼻から煙を吐き出し、びっくりしてるふたりに向かって話しをつづけた。

「その人工知能がなんなのか、ということはまず横においておこう。とにかく、君たちが検索した『英雄物語』というものは、現在、閲覧することはできない。理由はあとで教える。そしてその閲覧してはいけないものを探し続けたということで、マルティバックは君たちを要注意人物と認定した」

「それが、僕らがここへ連れてこられた理由ですか」

「そのとおり。ではなぜ英雄物語が閲覧禁止になったのか。それはマルティバックが、子供の管理方針を改めたからだ。子供たちに英雄的な話やフロンティアの話をしてはいけない。目先の快楽をあたえ、現状に満足するように育てなければならない、といった方針へ」

ふたりは言葉も発せられずに、ただ、男の話を聞いていた。

「さて、それじゃあなぜ方針を改めたかといえば……う〜ん、どうも、どこから話せばいいか難しいな」

「根本的なことから、先に話せばいいのではないでしょうか?」

スーツの女性が口を挟むと、男はうなずいてふたりを見つめた。

「そうだな。それじゃあまずは、いちばん根本的な話からはじめよう」

 

「まず、君たちがいま生きている世界のことだ。君たちは世界をどういう風に理解している?」

そういわれても話がおおざっぱ過ぎて、ふたりは答えに詰まる。

「君たちには家がある。それじゃあ家はどこにあるかといえば、もちろん地面の上だ。それじゃあその地面はどこにある? そう聞かれると君たちは、地面は地面じゃないかと答えるだろうね。だが、それならその地面の下にはいったい何があるんだろう?」

そんなこと、考えたこともない。

もちろん学校でだって教わらないし、きっと答えられる人はいないだろう。

カールとアリサがそう思っていると、男は笑って自分から答えた。

「昔、地面は球体だった。大きな大きな球体で、世界のすべてはその上に乗っていた」

「それじゃあ、はしっこの人は落っこちてしまうじゃないですか」

「ああ、そう思うだろうね。ところがその球体、これを星というのだが、星から目に見えない引っ張るチカラがはたらいて、みんな星の真ん中へ向かってひきつけられているんだ。丸い磁石を思い浮かべればいい。磁石が地面、つまり『星』で、人間やその他のものは、すべて鉄のようにひきつけられる」

いきなりはじまった不可解な話に、ふたりは困惑している。

「まあ、そう言うもんだと受け入れて、話を進めさせてもらおう。とにかく、その星というものが世界だった。しかし、人間はどんどん増え続けてしまい、星の上に乗り切らなくなってしまった。それで、ほかにも星があることを知っていた人々は、乗り物にのってそこへ向かった。これが宇宙船だ」

「……うちゅう……せん?」

「宇宙というのは、ようするに広大な何もない空間だ。そこに星がいくつもいくつも浮いている。ひとつひとつの星は、燃えていたり、ガスで出来てたり、それぞれいろんな種類がある。もちろんその中には、かたい地面で出来ているものもある。ほとんどの星は人が住めないが、中には住めそうな星もあるんだ」

「僕らがいるのも、その星の上ということですか?」

「まあ、待ってくれ。こちらのペースで話させてくれ。その星と星とは、じつはとんでもなく離れている。今われわれが使ってる単位では計りきれないほど、君たちが想像さえできないほどの距離だ。だけど人が増えすぎてしまったから、どうにかしてそこへ行かなくてはならない」

「そこで人類は、宇宙船を作ったの」

スーツの女がそういうと、男はうなずいて話を続ける。

「ところがあまりに遠すぎて、そこへ行くのには何百年もかかるんだ。もちろん、人間はそんなに生きられないから、最初のころは人間を冷凍して、別の星まで運んだ。いや、わかってる。そんなことが出来るわけないといいたいだろうが、実際、むかしの人間には出来たんだ」

そう言い切られてしまえば、元々ふたりにとっては荒唐無稽な『おはなし』みたいなものだ。

だまって続きを聞くしかない。

「人間は、冷凍で行ける範囲の星にどんどん広がっていった。そうして人間の数がふえてゆけば、人口のふえるスピードも速くなる。それも、最初の星のときは『ここしかない』からギリギリまで我慢したが、今度は『他の星へ行く』という手段を知ってる。人類はさらに次の星を探しはじめたんだ」

 

「そのあいだにも科学は進み、もっと大きな宇宙船が作れるようになったのよ」

「だが、今度は別の問題が起きてきた。冷凍する期間のほうが限界になって、解凍しても死んでしまう。そこで、よりはるか遠くにある星へ行くために考え出されたのが、宇宙船の中で『世代交代をする』と言う方法だった。こうして世代交代型の宇宙船、『方舟(はこぶね)』が飛び立った」

男はタバコをもみ消すと、ダストシュートに放り込んだ。

「ところが、この方法は最初から失敗する。それも当たり前だ。たとえば三代かかってその星へ行くとするとしよう。最初の世代は、人にあふれた星を脱出できるからいいだろう。最後の世代も、新しい星へ降り立って自分たちの世界を作っていけるのだから、まあいいとしよう。だが……」

「途中の世代は、宇宙船の中で生まれて死んでゆくの。ただ、子孫を残すためだけに」

ふたりは唖然としたまま、だまって男と女を見ていた。

「そんなことを聞かされて、だまってられると思う? 『方舟』は第二世代が反乱をおこして、もと来た星へ帰ってきたわ。その途中で第一世代は死に絶え、第二世代だけが母星に降りたった。そして……みな殺しにされたの。母星にはもう、彼らを生かしておく余裕がなかったから」

「そんな……むちゃくちゃな」

「そのとおりだ。だが人口過剰をしらない人間の言葉でもある。方舟計画は失敗したが、しかし、世代交代型の宇宙船のほかに、遠くの星へゆく方法は見つからなかった。光に近い速度を出せる宇宙船でも作れれば、問題は解決したんだろうけどね」

「なぜです?」

「その宇宙船の中では時間が……まあいいい、その話は煩雑なるからやめよう」

首をかしげるカールには構わず、男は話を進める。

「次の計画は、より慎重で、より徹底的だった。問題になるのは『途中の世代』だ。ならば、もし事情を知るのが、『最初の世代と最後の世代だけ』なら? そう、彼らはこう考えた。宇宙船の中で生まれて死んでゆくだけの世代には、何も知らせなければいい。自分たちが宇宙にいることさえ」

「……まさか」

ここでようやく、彼らの言いたいことがカールにもわかった。

「僕らがその、『途中の世代』ってことですか?」

「君は理解が早いな、カール。正確に言えば、君たちは第三世代だ」

男は哀しそうに笑った。

 

しばらくのあいだ、カールが細かいことを質問し、男はそれに答えた。

重力というものの存在を知ったばかりのカールに、男は宇宙船の擬似重力の話を聞かせる。彼らの乗っている(もちろんカールはまったく実感できなかったが)巨大な宇宙船は、一定の速度で回転しながら飛んでいて、カールたちはそのカベの内側に住んでいるという話だ。

重力の代わりをする遠心力のことは、バケツに水を入れて回す話で、カールにも理解できた。

この宇宙船の巨大さも説明された。

全体の半分が居住区、これはカールたちが住んでいた区域だ。残りの半分が機関部と管制部、そして巨大な宇宙船は着陸できない(重力で船体がつぶれる)から、いずれ新しい世界へ到着した時に必要な着陸船が数百もあるという。当然、そのメンテナンスも必要だ。

男はカールが理解した(少なくとも本人が納得した)と思うまで、辛抱づよく説明してくれた。

そして話が頭に浸透してくるにつれ、カールは猛烈な怒りにおそわれる。

「冗談じゃない! こんなこと許せるものか!」

「まさにそういう反応があるだろうと思うから、君たちの世代にはこの話が出来ないんだよ」

「僕らの世代……じゃあ、父さんたちは知ってるんですね!?」

「君の両親は知っていたはずだよ。父上の仕事は委員会の下部組織だからね。だけど、アリサの両親は知らない。第三世代の君たちの両親は第二世代。最初の乗員ではないのだから。そしてここまでを理解してくれれば、のこりの説明は簡単だ。一気に終わらせよう」

男は確実に疲れていた。

それがどういう理由なのか、ふたりにはわからないし、わかりたくない。

少なくとも、今は。

「途中の世代にはまったく何も知らせないわけだから、当然、最後の世代に事情を説明したり、科学技術などのバックアップをするものが必要となる。それがマルティバックだ。しかし、いくら優れた人工知能とはいえ機械だから、対処できないトラブルのために、管理する人間も必要だ」

「それが、あなたたち『委員会』というわけですか」

敵意のこもった視線を意に介することもなく、男はたんたんと話す。

「委員会の最初のメンバーは、母星に居場所をなくした科学者だった。異端だったり犯罪者だったり経歴はそれぞれだが、彼らは納得して宇宙船に乗った。しかし彼らは納得しても、その子供たちが納得するとは思えない。そこでいずれは委員会のメンバーを、新たに選出する必要がある」

「そしてそれは、『知りすぎた者』で構成されるしかなかったの」

「知りすぎた者……」

「例えば、「地面の下には何があるんだろう?」とか、「物はどうして下に落ちるんだろう?」というような、この世界の根幹にかかわる疑問を持った者。あるいはマルティバックの『政策』をゆるがすような疑問を持つもの。今回の君たちのような者だ」

「ああ、そう言えば最初はそんな話でしたね。もう、どうでもよくなってきましたけど」

カールは嘲笑するように、片頬を引きつらせた。アリサはキョトンとした顔のまま、おとなしくしている。

「当初は君たちの世代で星に到着するはずだった。ところがトラブルが起きて、どう見積もっても君たちの代では到着できないことが判明したのだ。そこで英雄的行動やフロンティアスピリッツを推奨して育てる予定だった君たちを、途中の世代らしい事なかれ主義にする必要が出てきた」

それがつまり、パパたちが遊園地へ連れて行ってくれたり、オモチャを買ってくれた理由だ。

「質素な生活でも生きる喜びを得られるよう育てられてきた君たちは、突然、もらいたい放題の娯楽をあたえられた。簡単に娯楽が手に入ると、ひとは現状に満足して、何かを成そうとはしないものだ。現に今の君たちの世代は、上昇志向が希薄で、まわりと調和することに重きをおく」

そして社会……この場合マルティバックも、その傾向をあと押ししてきた。

カールは皮肉な笑みを浮かべながら、つぶやくように言う。

「つまり僕らは開拓民として生まれ、トラブルによって政策が方向転換したあとは、遺伝子を残すだけの家畜として生涯を終わるわけだ。しかも今さら戻ることも出来ない。ここで僕らが反乱を起こして、それが成功したとしても、もう、間に合わない……ずいぶんとバカにした話だ」

「まさに、そのとおりだ。私もまったく同じことを思っている」

男の言葉に、カールはあらためて彼を見る。

若いとは言いがたいが、それでもカールの父よりは歳下だろう。

そして、理解した。

「あなたも、許されない疑問を持ってしまったんですか?」

「いや、君と同じようなものさ。マルティバックに疑われたが、理由が説明できなかった」

その先の言葉を待ったが、男はそれきり何も言わない。後ろでスーツの女がおなじように複雑な、哀しげな顔をして立っている。きっと自分も、同じようにやりきれない顔をしているんだろうなと思い、カールは彼の気持ちを理解した。こんな状況になったら、僕だって詳しい話はしたくない。

深く、哀しく、やりきれない沈黙が流れた。

 

やがて、カールは口を開いた。

「それで、僕らはこの先、どうなるんでしょう?」

男はその言葉に救われたような表情をした。それから事務的な顔にもどって説明を始める。

「とりあえず居住区へはもどれない。委員会の教育機関でいろんなことを勉強してもらう。そして知識や技術を身につけてから、選別試験を受けてもらうことになる。試験の結果で委員会に入るか、その下部組織ではたらくか、または船内のほかの仕事をしてもらうか、ということだ」

「居住区へはもどれない?」

「委員会のメンバーかその下部組織へ入れれば、もどって生活することも出来るよ。もちろん秘密はぜったいに守ってもらうし、マルティバックだけじゃなく人間の監視もつく。カールの父上のようにね。それ以外の仕事の場合は、残念ながら二度と居住区にはもどれない」

つまりそれが、パパの言った『世界との隔離』なのだろう。

しばらく考えたあと、カールは男に向かってゆっくりとうなずいた。

「わかりました、ほかに選択肢はないようです。その教育機関で勉強にはげむとしますよ」

「それがいいだろう。成績さえよければ、20歳になる前に居住区へもどれるさ」

男はまたタバコに火をつけて、煙を吐き出した。そして、あいかわらずその煙に見とれるふたりに気づいて、船の空気は循環再生される貴重なものなんだが、どうにもやめられなくてね、と自嘲気味に笑った。居住区では存在さえしないその嗜好品は、彼らの数すくない特権なのかもしれない。

あるいは重大なストレスの解消かとも思ったが、カールは口に出さなかった。

タバコをもみ消した男はたちあがり、カールとアリサをうながす。

そしてふたりへ、これから暮らす『寮』へ案内してくれるのだと言った。女子寮の方へはスーツの女性が案内してくれるということで、アリサもおとなしく立ち上がった。いちど別々に案内してもらったあと、カールとアリサはあらためて『サロン』でおちあった。

同じような境遇のほかの子供は、まだ教育機関での授業中らしい。

卒業した者たちは、それこそ仕事中だから、寮やサロンにはふたりのほかに誰もいなかった。

そこでカールはようやく、言いたかったことをアリサに伝える。

「アリサ、なんと言って詫びても許されないかも知れないけど、本当にごめん」

するとアリサは大きく首を横にふって、カールの手をにぎった。

「わたしの方こそ、検索なんかしてごめんなさい」

「なに言ってるんだ。僕が言い出したことじゃないか。僕のせいでアリサは両親にも……」

「ねえカール」

カールの謝罪をさえぎって、アリサはカールを見つめた。カールがおどろいて彼女を見るとアリサは不安そうな顔で彼を見つめながら、小さくつぶやくように言った。

「私のことが好きだって本当? これからもずっといっしょにいてくれる?」

「もちろんだよ! アリサ、大好きだ! ずっといっしょにいて欲しい!」

その言葉に表情をかがやかせたアリサは、こぼれるような微笑を浮かべて、カールに抱きついた。これからの不安や恐れをかき消すように、ふたりはしっかりと抱き合った。そして身体を離すと、どちらからともなく顔を近づけてゆき……ふたりとも生まれて初めてのくちづけ。

抱きしめあって、くちづけを交わしたまま、ふたりはしばらく動かなかった。

 

やがて唇だけをはなし、鼻がくっつきそうな距離で見つめあう。

「カール、わたしは大丈夫。あなたさえいてくれるなら、なにも怖くないわ」

「君は俺が守る。勉強して居住区へ帰ろう」

「わたし、試験に通らないかもしれない」

「どっちが通らなくても、その時はここで暮らせばいいさ。そう思わない?」

「うれしい! わたしカールといっしょなら、居住区になんかもどれなくたっていい」

アリサはカールの胸に顔をうずめて、幸せをかみしめている。

そしてカールは……アリサを抱きしめながら、瞳に鋭い光を宿す。

(僕は……このままでは済ませない。子孫を残すだけの家畜だなんてバカにされて黙ってられるものか。どうせもどれないとしても、戦う前から負けを認めるなんてまっぴらだ。もちろん僕らの子供は星の大地に、本当の大地に立たせるさ。だけどヤツラの予定どおりになんか断じてなるものか)

「ねぇ、カール。わたし幸せよ。神様に感謝してる」

「もちろん、僕もだよ」

答えた瞬間、カールの脳裏にひらめくものがあった。

(そうか、神様だ! ただ星におりて開拓民をするなんてバカバカしい。もちろん僕らは星にたどりつけないんだろうけど、僕らの子供たちを神様にして、だました連中の子孫を奴隷にしてやる。僕らの子供たちには、やつらを使う権利があるんだ!)

カールは思わずにやりと笑った。すると、さらに別のことを思い出す。

(そう言えばパパは、僕をしかる時に『なにか集団に属してないか?』だの、『おまえたちは、自分たちをそう呼んでいるのか?』なんて言ってた。ということは……すでにそういった集団が……マルティバックに対立するような集団が、実際にあるということじゃないだろうか?)

そしてその集団は、パパの表情を変えるくらいには、なにかしらの成果をあげているのだ。

(まずは、その集団を見つけよう。僕がマルティバックににらまれたのは、まちがいというか言いがかりみたいなもんだ。だとしたら僕は、同じような『危険人物』のなかでも、だいぶん格下に見られてるだろう。ならば監視の目もそれほどきつくないはずだ。充分に気をつければ、動けるはずだぞ)

カールはアリサを抱きしめながら、やってやると強く心に誓った。

 

マルティバックや委員会は、ひとつだけ大事なことを見のがしていた。

カールたち第三世代は、単なる『途中の世代』ではない。

開拓者として生まれた世代なのだ。

 

文責:かみ

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