むしられた翼


Financial abuse
経済的虐待のことです。





カード社会であるアメリカでの生活の中でカードも持たせてくれない・・・・・
お買い物に近所の人が連れて行ってくれると言ってくれても
お金も持っていない・・・・・・




§お買い物について・・・・

人が生きて行くには食べる事が必要だ。
そのためには、お買い物に行かなければ食品は手に入らない。

今の現代の世にあって、家の庭に出没してくる鹿やウサギなどを獲物にして
生きていけるほど、私はタフな人間ではない。
当然、食品の買出しは生活の必須となってくる。
時々庭のハーブを摘まんでサラダを作って・・・・・と
これだけで暮らしていけるわけではないのだから。

夫はこの食品を買いに連れて行くことさえとても機嫌が悪くなり、それでも
2週間に1度くらいは行かざるをえないことは事実で、
私はその日には当然、次週はいけないことを予想して、
たった二人であるにも関わらず、沢山の食品を買い込むことになってしまう。

夫は毎日私の作ったランチを持っていく。
それにランチといっても2食分ほどの量を必要とするから、
そのことも考えなくてはならない。

持っていくものはサンドイッチ、スティック野菜、フルーツ、
甘いもの、そして飲み物である。
決まっているのはこれだけで、それ以外に、スナック菓子、チョコレート、
ナッツ類、ビーフジャーキーなど・・・・etc
サンドイッチの中に入れるものを毎日変え、フルーツを変え、
甘いものは1週間は同じ物ということになる。

それは家で焼くブルーベリーマフィンや、ブラウニーや、ピーチカブラなど
夫の好みのデザートを家で作るからで、家族はたった二人なのだから、
数日は同じデザートを食べる事は仕方がない。

私は1週間に2度ほどケーキを焼いた。ケーキを作る事をとても楽しんだ。
庭にブラックベリーがなっているとそれを使い、アプリコットがなると使いと、
使うものはピーチ、りんご、モウベリーなど庭に来る小鳥や鹿などと
分かち合って食べた。

このことは閉ざされた世界にいた私にとってはとても楽しい時間であった。
でも、現実はそれだけではなく、夫からの暴言や思わぬ態度に抑圧された
生活を強いられている中での食品の確保に、私はとてもむなしいものを感じ、
作る事はしても食べる事にはとても消極的で、自分で「薬と思って食べなければ
倒れてしまう」と自覚してしまうほどの生活が続いていた。

現実問題、夜中に倒れて朝起きてきた夫が見つけたこともあった。
数時間、寒いバスルームで倒れていたのだ。

このときはさすがにすぐベッドに運び、冷たくなってしまっている私を
このまま死んでいくと思ってしまったらしく、部屋を暖め、仕事に行く時間を
遅らせてくれたりした。

この数時間意識を失っていた事が、なんだったのかは今でも解らない。
貧血を起こして倒れたのか、栄養失調だったのか、それともストレスによる
ものだったのか・・・・・

自分では気丈に暮らしているつもりで夫からのさげすみの言葉や銃での脅しに
怯えながらも、日本の友達から来たメールには返信をしたり、
自分の感じる楽しい部分だけを書いたりして、気持ちをそこにとどめる事により
自分が決しておかしな生活をしているなどとは考えないようにしてきた。

多分現実を受け止めることを自分自身で拒否していたのかもしれない。
生きるためのことをするのも脅かされる生活あることなど、この夫と
結婚するまでは知らなかった事なのだから。

そう言う事が、受け止めた時に精神にも肉体にも
負担となり、時々突然熱を出したり、下痢が止まらなくなったりという事を
繰り返す生活になってしまっていたのだろうと思う。
精神的に気丈には振舞っているつもりでいても、そうではないと、
そうであるはずが無いと、納得できなかったり、無理やり受け止める事の
負担の大きさにより、精神や肉体に大きな負担を掛けていた
結果だったのかもしれない・・・・・

いつのまにか下痢と微熱は毎日のものになってしまっていた。

そんな時の夫の言い方はいつも決まっていた。
「訳のわからない変な日本食を作って食べるからだ」と。

日本の家族に電話する事も出来ない、アメリカの昔の友達にも
連絡する事さえ叶わない、友達もいない、近所の人も知らないという
たった夫しか知らず、外出も出来ない私に対して、優しさのかけらさえも
感じることの出来ない無い、こうした夫の言葉に何度涙を流したかは、
数える事も出来ない・・・・

高い熱で2〜3日動けなくなってしまった事もある。
当然夫は優しくしてくれた事など無い。反対に罵りの言葉が返ってくる。
私はなるだけ具合の悪い事が夫には知られないような生活をしていた。
夫からの暴言が体調の悪い事より精神に負担が掛かる事が時間とともに
解ってきたからだ。

自分でお買い物に行く事も出来ない生活。
だからと言って行かないでは済まされず、気持ちよく連れて行ってくれたこと等
一度も無く、まるで私がいなければお買い物は必要ないし、嫌いな運転もしなくて
も済む・・・と言うような態度は決してなくなることは無かった。

インターネットで、「Iターン暮らし」と言って、夫婦で都会での生活から
田舎暮らしを始め、自給自足を楽しんでいる夫婦の話を読んだ。

夫と静かなそう言う暮らしができる?????
やってみたいし、ひろ〜い土地もある・・・・・
種や苗を買いに行き、土を耕す・・・・
やった事は無いけど、園芸は好きで、デッキや庭には沢山の植物を
育てている・・・・・

私にはそんな夢のような生活は無い・・・・・・

現代の今の世に生を受けた私には食べ物は買って手に入れる以外方法を知らない。






¨運転免許の話

アメリカでの生活をしようと思うと、まず第一に運転免許証が必要になって来る。
どこへ行くにもかなりの距離を車で移動しなければならない事はよほど何か
免許の取得に困難な条件を持っている人以外には一般常識として考えられない。

日本のように交通の便もよく、列車などの時間も正確な社会とは大きく違い、
車が無かったら、ニューヨークやサンフランシスコのような大都会でないかぎり
普通の事のように「生活=運転」と言われるほど当たり前の事である。
私も昔留学していた頃、カリフォルニアの運転免許証を持っていた。
日本でも勿論、免許は持っていたのだけど、それを国際免許に変更しても
カリフォルニアでは運転する事が出来ない。
日本で発行された国際免許証が使えるのは旅行者としてアメリカに入国した
場合だけで、留学のようにある時期、滞在者となってしまう人には
カリフォルニアから発行された免許証が必要になってくる。

でもアメリカの場合免許の取得はそう難しいものではない。
20ドルほどのお金を払って試験を受けて、それで終わりなのだ。
私が昔受けた頃は確か10ドルくらいだったように記憶している。

私の家は高原のてっぺんにあった。
家からの眺めは、今思い出しても「素晴らしかった」といえるほどで
眼下に湖を見、夕陽の落ちる時間がまた美しく、夜空の星は邪魔するものの
一切無いクリアーな暗黒の中で、これ以上の輝きがあるのかと思わせるほどの
きらめきで光を放っていた。
夜が明け、早朝の澄んだ蒼い空気を感じ、自然の恩恵を充分に満喫でる・・・
そんなロケーションの中に住んでいた。

これで夫婦円満であれば何の問題も無くパラダイス?だったと思う。

私は夫が運転が嫌いなことは重々知っていた。勿論ショッピングも嫌いだから
一緒にストアの中には行ったことなど無かった。
となると当然私にも免許が必要になってくる。
私が昔取得した免許は当に更新手続きがしてないため失効していた。
随分と前のことなのだから当たり前の事である。

ある日、私は夫に免許を取りに行きたいということを伝えた。
夫もそのことは充分に承知していた。
アメリカで住むようになったら当たり前の事であるのだから、
私がこうして言い出さなくても、そのような流れになっても決して
おかしな事ではない。

このことは家族の誰もが当然と思っていたことで、丁度夫の父親が
新しい車を買ったことで車が一台余ってしまった。
夫の家族はそれぞれが1台か2台の車を所持しているから、別に車が
無かった訳ではない。
それでもさらに余った車が出てきてしまったことで
家族は当然のことのように、その車を私の使えと言ってくれた。

夫は「彼女は運転が嫌いだから車は要らない」と最初は自分勝手な嘘の理由を
言っていたけど、普通の人が普通に考えて車は必需品である社会に
住んでいるのだから、断る事の方がおかしく、
いつの日にか我が家には私の車が用意されてしまった。

私にとっては、まさにこの時が絶好のチャンスであった。
「免許を取りたいと思うのだけど、そうすると週末にあなたに
送ってもらわなくても、お買い物も行けるし、いつもの様に収納するのが
大変なほど買い込まなくても済むのだから」と。

私としては、連れて行ってもらうたびに脅されたり、嫌味を言われたり
するのが耐えられないから、1人で行って、言われる回数を一つでも減らしたい
との思いが強かった。
夫も、言うと自分も気分が悪くなるのではないかと、思いやったりもした。

夫から帰ってきた言葉は「誰に言っている。僕に仕事を休んで試験場に連れて行け
と言うのか。君はどこまでお姫様なんだ、僕はまるで奴隷じゃないか」と言って
怒りをあらわにした。
私には最初夫が何を言っているのか理解できなかった。
何か勘違いしているのではないかとも思った。
それでもう一度「免許を取らないと生活がしにくい」と言ったら。
「免許を取るために僕に仕事を休めと言う、なんとひどい女なんだ、それなら
お金を払ってくれ、お金を出せば連れて行ってあげてもいい、でも安くはないぞ」
・・・・・・・

もう何も言えなくなってしまった私がそこにはいた。
夫の悪口雑言はその後1時間ほどは終わる事が無かった・・・・





©結婚指輪の話・・・・

結婚する前は結婚指輪を買う話をよくしていた。
カウンティーで式を挙げた時には指輪がまだ無かったのだけど、
そのときも「今度機会を見て買いに行こう」と言っていた。
そして本当に日本での事を全部済ませていよいよ本格的にアメリカ生活が
始まった時には、夫は何も言わなくなってしまった。

しばらくはいつ指輪を買ってくれるのだろうと思っていたのだけど、
次第に「指輪は買ってあげない」と言い出すようになっていた。
高価なものはいらないけど、夫から結婚指輪をもらいたいと言う思いもあって、
そのことを伝えたある日「君は沢山の宝石を持っていて、指輪もたくさん
あるじゃないか、それなのにまだ指輪が欲しいのか、何と贅沢な女なんだ」
と言われてしまい、一瞬あっけに取られてしまった。

確かに母の形見の指輪や貴金属、自分で気に入って買ったものなど、
日本から持ってきていましたから、別にそれ以上指輪が必要だった訳ではない。
まして出かけることもあまり無いのだから、持っている指輪を使う事も
無いのだから。でも私の気持ちとしては夫からの高価なものではなくても
結婚指輪を欲しいと思っていたことは事実で、
私が既に持っているものとは意味が違うとの思いが強くあった。

思い起こせば、指輪を買う話をしていたのは結婚の書類をカウンティーに
出すまでであって、婚姻届を出してしまってからは、
夫は一貫して結婚前と違い「絶対に指輪はあげない、クリスマスプレゼントも
しない、誕生日のプレゼントも意味が無いし、したくない」と
言い続けるようになっていた。

次第に夫の態度に少し以前とは違う白々しさを感じるようになり、
それでもその思いをすぐに打ち払い、それを遠い国からはるばる来た
私に対するねぎらいだと思い直し、その事で、そっとしてくれているものだと
錯覚していた。

いろいろ思い出してみると、アメリカ、サクラメントに着いたのが日曜日で
旅の疲れなど2〜3日もするとなくなってしまっていたけど、週末になっても
出かけようとすることも無く、食材の買い物にも行く事もなかった。

それでも次の週末にはきっと約束の結婚指輪を買いに連れて行ってくれるのでは
ないかと勝手に思い込んでいた。次の週末がきても、お買い物どころか
言葉も掛けてくれないような状況になってしまった。

結婚前や、まだ結婚してすぐの頃は「結婚指輪は後で買う」という言い方を
何度もしていたから、それがその場だけの言葉だったなどとは想像もして
い無かったし、買うものだと思っていた。

ある日曜日、夫は私をおいて友人のジェイとどこかへ出かけてしまった。
そして夫のコレクションであるアンティークなラジオやアンティークな
レコードプレーヤーを買って帰ってきた。
アンティークフリーマーケットに行ったとのことだったけど、この時も
私は出かけるのが早朝であることで、まだいたわってもらっているものだと
思い込んでいた。

でも来て既に数週間以上がが過ぎていたからもう疲れなどとっくに
なくなっていたし、疲れてなどいないことを伝えた。
だからきっと次の週は連れて行ってくれると思っていた。

次の週末になった時、夫は又ジェイと出かけて行き自分用の i-macを買って
帰ってきた。何だか「変だな」と思った。
それにサクラメントまで行ったということだったからだ。

サクラメントまでお買い物に行くのなら私だって必要なものがいくらでも
あったのにとの思いが脳裏をかすめた。

私は日本から2台のコンピューターを持ってきていた。
それに必要な周辺機器や備品インクリボンやファイルやフォルダー、
自分が使いやすい文房具など、CAの自動車免許を持っていない自分の力で当面は
お買い物が出来ない事が解っていたから、相当量の必需品を日本から 送っていた。
衣類や食品を含めPC、デジタルカメラなど多くのものを送ったり持ってきたことは
結果的には辛い日々を自分の世界で遊ぶ手助けになったと思う。

デジタルカメラや普通のカメラ、ラブトップコンピューターなど
私には日々の必需品ですぐにでも必要なものである事がわかっていたから、
買ってもらえない可能性も考えて来る前に日本で買って持って来ていた。

静かな生活を始めるのに必要と思われるものを全て持ってくることだけが
せめて一緒に暮らすようになる夫に迷惑を掛けないで過ごせる方法ではないかと
思い、服も買ってもらわないで済むように、化粧品から日用雑貨まで多くのものを
持ってきていた。

そうしている内に1ヶ月がたってしまい、その頃から少しこの結婚は
おかしいのではないかと思う様になってきた。
優しい言葉を掛けるとか、アメリカ人が普通のようにして挨拶に
抱きあうのだけど、そのようなそぶりも見せなくなり、
自分で「これは何かの間違いではないか」と、「夢を見ているのではないか」
とさえ感じる事があった。

その頃は私ももう指輪の事など言わなくなっていた。
別に指輪がどうしても必要な訳では無いからだ。
自分で楽しむだけなら自分で買ったものや親からもらったものなど持って来て
いたから、そういう意味で欲しかった訳では無い。

でも結局、夫の口からは「絶対プレゼントはしない」と言う言葉は
こちらが問い掛けているわけではないのに、しょっちゅう言われるようになり
そのことが聞き苦しく感じるほどだった。

もう何も貰わなくても良いから、いつの日にかそういうことは言わなく
なるだろうと思っていたのだけど、私が家を出る最後の日まで
罵倒したり、貶めたり、汚い言葉でののしったりする行為は無くなる事は
なかった。

あげる気の無い指輪の話をなぜあんなにも結婚前には言っていたのだろう・・・・
そしてなぜ私と結婚したいと思ったのだろう。
そのために話しをした、いろいろな事が結婚前と結婚してからでは
なぜこうも違っているのだろう・・・・
自分では嘘をついたことに心を痛めることはないのだろうか。





ªお誕生日のプレゼントの話

(これは当時の日記をそのまま掲載します。)

5月4日(金)

もうすぐ私とJackの誕生日が来る。
Jackにプレゼントをあげたいと思うから、おばあさんに火曜日に街まで
連れて行ってもらったときにお店を教えてもらおう。
Jackはゴールドが好きだから金の指輪を買ってあげたい。
驚かせたいから内緒で買って、お誕生日に渡したらきっと喜んでくれると思う。
こっちに来た時からずっと初めてのお誕生日の時に何をあげたいと思って
考えていた。

初めの頃きっと結婚指輪を作ってくれるからその時私もJackに指輪をあげようと
思っていた。
これはJackだからそう思っただけで、多分他の人と結婚した場合は、
当然夫となる人がお金を出して二人の指輪を買うものだと考えていた。
Jackの場合はそういう話がとにかく難しく、期待できない事に対しては
こっちがしてもいいと思っていた。
でもそれさえもJackがそのチャンスを無くしてしまったから
お誕生日にと考えるようになった。

それはJackが結婚する前に、結婚指輪はあとから買うと言っていたから、
そのことを信じていた。
でもそれが大きな嘘だと解るのにそう時間は掛からなかったと言う事件があった。
来てからすぐにでも結婚指輪は作ってくれるものと思っていたけど、
毎週末、いつになってもお買い物にも連れて行ってくれないし、
指輪の話も出てこないし、あるとき余り知らん顔しているから
「指輪はいつ買いに行くの」と言ったら
「君はたくさんの宝石、いくつもの指輪を持っていて、それでもまだ欲しいのか。
絶対指輪なんか買ってあげない」といわれてしまった。

別に指輪が欲しくて言っているわけではない。夫が言うようにたくさんの指輪を
持っているのだから。でもこれは意味が違う。
Jackからもらった指輪を指にしている事に妻としての確信と喜びを
感じるというか、つまらない事かもしれないけど、そういうことが
心のよりどころと言うか、私には意味がある事なのだけど、Jackには到底
解る事も無く、絶対宝石など買ってあげないし、誕生日のプレゼントも
絶対しない、意味が無いから。などと毎回毎回強く言われ、
まるで私が何かをねだるのではないかと恐れているような言い方をする。

私は普段何も欲しがらないし、贅沢をしたくて結婚した訳ではない。 
Jackと結婚するということを決心したときにすでに物理的な欲求は全て
捨ててしまったといっても過言ではない。

この大自然の中で心安らかな日々が送れるなら、もう何もいらないと
思ってしまったほどだから。
好きな人と静かな暮らしが出来るなら、それ以上の幸せは無いと思っていた。

ここに来てからはお買い物も、出掛ける事も不可能だという事は
うすうす解っていたから、自分にとって必要なものは全て日本から
送ってしまった。

送料だけでも10万円は掛かったほどだから、何も送らないでその
10万円を持ってきて買い揃えたら、アメリカのほうが全てのものが安いから、
ある程度はそろったかもしれない。

でも結局、送ったものやパソコンなど持って来たもの、そしてこっちに
来るために2度往復した飛行機代を入れるとゆうに100万円は使ってしまった。
でもそれを私は当然の出費と思っていたし、こちらに来てからなるだけ
Jackの負担にならないようにと相当気を使ったつもりなのだけど、
Jackには何の意味も感じなかったらしい。

毎日憂鬱な事ばかりだから、きっと指輪をプレゼントすると喜んでくれて
少しは機嫌よくしてくれるかもしれない。
こんな事を考える事も嫌だし、これが日本であるなら
別れることをとうに考えていると思うけど、
ここで今自分の立場がいかに不安定で宙ぶらりんなものか良く解っているから、
どうする事もできない。

今もし離婚を申請したらどうなるのだろう・・・・

5月5日(土)

今が五月だからだと思うけど機嫌が悪い。
来週ジニーンの家に行く事になっている。4人が誕生日なのだ。

私とJackは勿論、アーノルドとジニーンも5月だから、母の日の事もあるから
集まる事になった。
私は素焼きのプランターに絵を描こうと思っている。
それにデイジーを植えて持って行くつもりだ。

何かプレゼントになるようなものを買いに行きたいと思うけど、
連れて行ってもくれないし、火曜日におばあさんと出かけるけど
お金をくれる訳でもない。
それに今もっているお金は指輪を買ってあげたいし、
何かJackにプレゼントする時は私のお金を使って買いたいと思っているから、
家族には何か手作りのものをプレゼントするつもりだ。
余りお金の掛からない材料で、いいものをと思っている。

このこともJackだからだ。
仕事も無いのに持ってきたお金がいつまでもある訳ではないから
先行きが不安なのも事実だ。
何か買いたいものが出てきたときにもうお金が無かったら
どうすればいいのだろう。
今はまだ何人かのお友達が時々荷物を送ってくれるから良いけど、
これもいつまでも続く事ではない。
必要な本、食べたいものなど、今はいつでも手に入っている。
こんな生活をこのまま続けていけるかどうかの不安はとても大きい。
でも身動きの取れる状態ではない。
誰かにこのことを伝える事が得策かどうかも解らない。
人は余り解ってくれないし、説明のしにくいこの状況を解ってもらう事も
困難な気がする。

何より今までのわたくし自身を知っている人は、
「Rubyサンは幸せになるために私たちと離れてアメリカにまで行く」と
思っていた人たちがほとんどだから、今更この私の不幸、
私の嘆きを話すわけにも行かない。

5月6日(日) 

ダウンタウンに行きたいと言ったら怒られた。
もし行ってくれたら一緒に指輪を買いに行ってもいいと思っていったのだけど、
「町は嫌いだ」と言われてお終いになってしまった。
仕方が無いから最初の計画どおり、おばあさんに場所を教えてもらって
行くようにしよう。
サプライプレゼントの方が楽しみがあって良いかもしれない。
でも今日のJackの言い方はこっちも気分が悪くなってしまった。
「絶対Rubyに誕生日のプレゼントはしないのだから、僕にプレゼントなんかも
考えないでくれ」って。

私にプレゼントをしたくないからこんな言い方をするのだろうけどどうして、
こうも言い切ってしまうのだろう。
去年もくれなかった。私は日本からプレゼントを送った。
(去年は帰る日がお誕生日だったけど、ドミニクとケリーがレストランで
祝ってくれた。そして次の日に日本へ発った。)

あの時の別れは寂しかったのに、今の生活はなんだろう。

5月7日(月)

今は外の仕事、植物の手入れで毎日忙しい。
お花がたくさんあるとJackが喜んでくれる。
パティオにもお花を植えているのだけど、鹿が来て食べてしまうから、
鹿に食べられないお花を植えている。
なんと言っても広いからたくさんの植物がある。
バルコニーにあるプランターの一つでも、
日本のバスタブくらいの大きさがある。
そんな大きなプランターが何個も形よく配列されて置いてある。
バラをスタンダード仕立てにして中央に座し、
その周りにパンジーやガーベラなどが満開に咲き乱れるとそれはもう美しい。

それらの花をヤッパリ鹿は食べる。
でも鹿が花芽を食べる事を私は知らなかった。
小さかった頃、近くの動物園によく行き、
その頃は草を食べるものだと思っていたから、
草を摘んでは持って行き食べさせていた。
鹿は私の手からよくその草を食べていた。
花を食べて折角育てた花だけど、食べられても、そういやではない。
花を食べる鹿を可愛いと思う。
母鹿と2匹の子鹿が毎日来てはゆったりと遊んでいる。
私がいても逃げる事をしない。
お庭にたくさんのフルーツの木があるものだから
それを食べに来る。それに時々食べ残したメロンやイチゴ、
オレンジに残った野菜など、投げてあげると食べに来る。
可愛い目をしている。母鹿は安心して投げた餌を食べに来るけど
子鹿は怖がっている感じがする。
リスもウサギも、ジャンプして遊んでいる。
フルーツは主食でお花がデザートなのだろうか。

マリーゴールドは食べられないと誰もが言うけど、それも食べている。
Jackが買ってきた名前の解らない花は大丈夫だ。
どんなに咲いてもそれは食べていない。
私と追いかけっこをしながらの作業だ。
食べられたくない時はお花を守るフェンスで囲う。
鹿の嫌いな植物を植えてみる・・・・・
鹿は生きるためのことしか考えていないし、
人間の都合など構ってはいないのだから、こっちが取り計らうしか
仕方のないことなのだから。

昼間、私がどれほどの時間を使って家のことをしているかJackは想像も
つかないのだろう。
植物の手入れとお掃除でほとんどの時間がなくなってしまう。
インターネット、始めると読むだけでも結構時間が掛かるから、
それはJackが寝た後にしている。

メールのチェックだけを朝一番にするだけ。
本当にこんな大きな自然の中にいて、きっと自分の作品ができると思って
信じていたけど、なんと今やっている事といったら、芸術には程遠い
趣味の世界のものしか制作する事は出来ない。
今日はプレゼント用のプランターポットに絵を描いた。
来週家族が集まるけど、それまでに石にも絵を描いて持っていく。
石に絵を書いた作品は誰でも喜んでくれる。
今の私にはこれくらいしか出来ない。

午後にグロリアから電話があって、今度の集まりは大きいからと言っていた。
意味は4人の誕生日と母の日という事だからだと思う。
何かもっとプレゼントになるものを買いに行きたいから少しJackに話したら
「手作りが好きだからそれで充分だといわれ、ヤッパリお金はくれなかった。
今年はこれで我慢してもらおう。
来年はきっと喜んでもらえるようなものがあげられるようになりたい。
こんな事でまごまごしてないで、何かやりださなくてはと思っているけど、
創作意欲が一向に湧いてこない。
環境からすると万全の自然環境だということは間違いないことで、
結婚してここに住むようになったらきっといい作品ができると信じていたもの。

お金を得るようになるにはすぐとはいかないけど、この中で創作活動をして行く
うちに、キットなんとかしようと思っていた。
そういうことに関しての努力は誰にも負けないから。
それは今までの自分を知っているから良く解っている。
マリオのCDを作る時だって、ライブコンサートの企画だって、
誰にも負けないほどの企画力で突き進んでいったもの。

今思えば怖いもの知らずで良くやったものだと我ながら驚いてしまう。
そんな私は今ここにいない。
羽をもがれた小鳥のように何も出来ないでうずくまっている私がここにいる。
何かをしたいと思っているのに、その折角の私の才能(?)をJackは毎日
殺してしまう。
こんな事書きたくない。
何事も自分の責任だと思っているからJackのせいで何も出来ないなんて
言いたくない。
でも折角何かをしようとしているのに私の事を全く無視して、
ひどい事ばかりいわれているから心がいつも萎えてしまっている。

「Rubyは嘘つきで、アーティストじゃない。絵もかけないし、演奏も出来ない。
ピアノも弾けない」って!!

私がジェイのキーボードを弾かないからだと思う。
ジェイの持っているのはシンセサイザーやキーボードといえる代物ではない。
フリーマーケットで音が出るかどうかも解らないキーボードを買ってきて、
もしかしたら本当にただだったのではないかと思うほど、
音階を示さないただキーキーとうるさい音を立てるだけのものを
「シンセサイザーがあるから弾いて見ろ」と言って、
私が弾けないといって触らないものだから、そんなことを言い出したのだけど、
それにしても言い方がひどいくて汚い。

毎日汚い言葉で独り言を言う人だということはもう判ってきた。
最初はとてもそれが嫌だった。
仕事から帰って来て最初からそんな言葉しか聞けず、会話は無く、
怒ってばかりいるのを始めは「なんだろう」と思ってしまったもの。
どうして穏やかな心になれないのだろう。

こっちに来るまでは想像もしていなかったし、こんな人だとは思っても
いなかった。
少しの変わった人だという事は知っていても、ここまで野蛮でレベルが
低い事は知らなかった。
ヤッパリ自分の見る目の無かった事だから、自分の責任だとは思うけど、
それにしてもおかしな事だらけで驚いてしまう。
スッカリ世界観が変わってしまったといっても良い。

勤めていた時にかなり色んな人がいたし、結構、社会を知ったつもりに
なっていたけど、まだまだ井の中の蛙でしかなかったことが今更ながら思い知る。

でもどんなに色んな人がいると言ってもJackほどの人とはそう簡単に
出会えることは無いと思う。
それほど変なのだから。 Jackだけではなく家族も。

でもいい関係でいたい思う。 
Jackに家族がいないと思ったほど、家族の話を聞いたことが無かったけど、
結婚したらなんと家族の絆の強い事。
Jackと母親は又格別の関係のようで、とても密だと思う。
でも親子が仲がいいのはいいことで、両親がいてくれたことが私には嬉しかった。

もう随分前に親を無くしてしまっていて、とても親のことを恋しく思って
いたから、せめてJackの親を大切にして仲良くしたいと心から思っているもの。

5月8日(火)

今日おばあさんに街まで連れて行ってもらってJackの指輪を頼んできた。
おばあさんと行った宝石店は近所の人が経営していて、彫金の職人さんが数名、
店員さんが数名いて、この街では割と立派な貴金属店だ。

Jackの大きな手のことを思うと少し幅の広いものがいいとか、
内側は仕事に差し障りのないように少しは狭めて欲しいとか、
内側に二人の名前を入れて欲しいとか、自分の思い描いていた事を全部伝えて
来週の火曜日以降ならいつでも受け取れるようにしてもらった。
サイズは夫が眠っている時に糸で測っておいたから大丈夫。

来週末は家族が集まる。
だからその帰りに夫と一緒に引き取りに来る事ができるかもしれない事を伝え、
私は喜んでくれるであろう事で自分も嬉しくなり、喜びいっぱいでJackの
帰りを待っていた。

でもそんな事など全然関係のない、いつもの機嫌の悪い夫が帰ってきて、
時々は言われていたけど、今日はことさら嫌味をこめて
「君の誕生日が近づいてきているけど何もあげないから、何もしたく
ないのだから、勿論僕のプレゼントなど考えてくれるな!!」
などと平気で言い放ってしまう。

今日はいつもよりもっともっと悲しく感じた。

注文して、きっと喜んでくれると信じて・・・・きちんと今日は話をしよう。
話せなくっても街まで一緒に行きたい話をしてみよう。
中旬が私の誕生日で月末がJackの誕生日だ。
私の誕生日が先に来る事で夫は牽制している。

どうしてここまで妻をいじめて平気でいるのだろうか。
私が何かしたとでも言いたいのだろうか。
人としての欲求を全て断たれている状況にいて、
それでもなんとか仲良くしたいと一生懸命努力している私に
もうこれ以上どうしろと言うのだろうか。
もしかしたら私にはもう何もする事は無いのかもしれない。
どんな努力も意味をなさないのではないかと思ってしまう。

5月9日(水)

ゆうべは眠れなかった。
そしてとても寂しい思いをして、どうしようもなくなっていたらおばあさんが、
いいタイミングで電話をくれた。
昨日のことをおばあさんも喜んでくれていたから、きっと今日は
私も幸せな日を送っていると思って、又その楽しい話を聞こうと思ったらしい。

現実は全く正反対で、そのことを聞いたおばあさんは私のことをとても
気の毒がって夫からのことを何と言って慰めていいのか判らない様子だった。

それに困った事は指輪を注文してしまっているのに、
どうするつもりだと聞いてきたから、
私は怒られてもプレゼントしたいから、いつかおばあさんの都合のいいときに
連れて行ってもらいたいとお願いして電話を切った。

でもとてもせつなくて自分の心を自分で慰める事がとても難しく暗い一日を
過ごしてしまった。
私の人生はここには無い。
私の歴史はもう日本の生活で最後だったのだろうか。

5月13日(日)

11日金曜日に家を出て、家族パーティーを金曜日の夜、土曜日とやって、
今日家に帰ってきた。
帰ってくる途中で、ダウンタウンを通るから、「寄って欲しい」と言ったら
「どうして街に行きたがる。街では車もとめられないし、人がいっぱいで人は
嫌いなんだ、どうして判らないのか」とすごい剣幕で怒り出した。
駐車する所があることは先週おばあさんと行ったからよく知っている。
夫はこの地に何十年も住んでいるのだし、目をつぶっていてもダウンタウンの
どこに何があるかということは熟知している。

結局、宝石店に行く事は出来なかった。
さっきまで家族と一緒にいたときは、優しい夫を演じていた。
というよりたんに人前だから私のことをののしったりする事が無かっただけ
なのだけど・・・・たったこれだけの事で、優しくしてもらった気になる
なんて・・・・どう考えてもまともな生活などではない。

私は家に着いて週末には取りにいけると宝石店の店主と話をしていたのだから、
電話をしようかと思ったけど・・・・それも出来なかった・・・・
同じ街なのだからフラットレートで月末の請求書には記載はされないとは
思ったけど、今日が日曜日であることで掛けるチャンスを見つける事が
出来なかった。

何という寂しい生活をしている事かと悲しくなってしまった。

5月14日(月)

今日、宝石店へ電話を掛けた。
昨日は取りに行けなかったけど、どんなに遅くなっても必ず取りに行くから
注文した指輪は作ってくれるようにと話をした。
そしたら、店主はもう出来上がっていますからいつでも良いですよ。
と言ってくれた。
支払いを済ませてしまったわけではない。
できることなら今すぐにでも行ってお金を払って引き取ってきたかった。
翼があったなら・・・・

私の羽はむしられてしまっている。
どこへも自分の力では行く事も出来ない。
これまで生きて来てこのような経験はいまだかってした事もなかったし、
想像さえもした事もなかった。
これほどまでにこの現代の社会に於いて人間としての最低の基準も備えていない
生き方があってもいいのだろうか。
昔、アメリカでまだ黒人が奴隷として売買されていたときには多分、
黒人は人でなく道具でしかなかったのだろう。

私の命は日に日に心を押しつぶされていってしまっている。
豊かだった感性も日に日に小さくなってきている。
以前は自由に羽ばたける翼も持っていた。
私はいったいどうしてしまったのだろう。

私はJackの妻ではなくて、汚くののしられるときに言われているブタで、
メイドで、くそ日本人でしか無いのだろうか。
こう書いているけど書いているこの言葉よりもっとひどい言われ方をしていて、
到底、日本語で表すことが出来ない。

その言葉は卑猥で下品でおぞましい。
それほどまでに言われなければならない事を私はどう自分に説明すれば
いいのだろう。
説明など出来はしない。説明できる事ではない。

でも理不尽な夫の態度に私の心までもは決して屈する事をしない・・・・

今日は私の誕生日だった。生まれて初めてこんなに寂しい誕生日を迎えた。
いつかきっと私はむしられた翼を取り戻す。きっといつか・・・・・

5月19日(土)

今日は久しぶりに食品を買うために街につれてきてもらった。
私はこれもチャンスにできればと思い、またダウンタウンに寄りたいことを
言った。夫はグラシュリーストアで私を降ろした後いつもの様にどこかへ
消えてしまい、1時間ほど後に私を連れに来て、口を聞くことも無く帰路に
ついてしまった。
宝石店に寄って、あなたの指輪が注文してあるから、引き取って帰りたいと
言ってしまおうか・・・・それとも強引に喧嘩になってでも行きたいと
ダダをこねてみようか・・・・

どんな方法も今の私には不可能なのだろうか・・・・
どんなに心から叫んでみても意味をなすことも無い・・・・・
夫の話す言葉が時々人間とは思えないときがある。
夜になってアルコールが入ると余計にそう感じる。
赤くなった顔に、薄茶色の巻き毛で青い目がギラギラとしてくる。
身体も大きい。銃を持った夫が赤鬼に見えてしまう・・・・
夢を見ているのではないかと錯覚する事もある・・・・・
でもJackは鬼ではない。
きっと判ってくれるはずだから・・・・今日は無理だったけど
今度はきっと話してみよう。きっと解ってくれる。
きっと喜んでくれる・・・・・

5月25日(金)

今日は帰ってきた夫が少し機嫌がよさそうだから話をしてみようと思っている。
今、友達のジェイの家に遊びに行っている。
きっと嬉しそうにして出て行ったから、帰ってきた時がチャンスかもしれない。
だって来週の水曜日がJackのお誕生日なのだから今週末が
ラストチャンスなのだもの。
仕事から帰ってきた夫に今日はあまり何も言われる事も無かった。
着替えを済ませると、すぐビールを抱えてジェイの所に行ってしまった。
どうかあまり酔っ払っていませんように!!どうか話がうまく出来ますように!!

5月26日(土)

ゆうべ夜中に帰ってきた夫に私は街に行きたい事を話した。
私の願いもむなしく夫は私を無視したり、ののしったりという、
いつもの言葉の暴力が始まった。
ビッチ、ブタ、バカたれ・・・・・
君は何も出来ない、嘘つきだ・・・・・
耳を塞ぎたくなるような、日本語に出来ない、
ここに記す事の出来ないほどの言葉の羅列。
悲しかった、寂しかった、苦しかった、情けなかった。
涙が溢れてきてどうしようもなかった。
言葉も何もなくなってしまった。
今までどんなにののしられても我慢してきた。
悲しかった、ずーっとずーっと苦しかったし、つらかった。
どんなに解って欲しいと思っても話をしようとしない夫を、
それでも気遣っていた。
色んな事が頭を駆け巡り何かがはじけてしまったような気がした。
そして何かとてつもなく重いものが
私の心にぶつかってきたようにも感じた・・・・
あの時の状況を何といって表現したらいいのか解らない。
何かがいつもとは違っていた。
私が私ではなくなっていた。

気がついたとき私は夫の肩を噛み付いていた。
やり場の無い怒りが私に暴力を振るわせた。
めちゃくちゃに殴りかかっていった。
もし、喧嘩になったり戦ったりして到底勝てる相手ではない。
筋肉質で背の高い夫にたとえ武器を持って挑んでも勝ち目は無いと
思われるような体格だ。
でもがむしゃらに夫に立ち向かっていった。
牙をむき、爪を立て、私は果敢に夫に立ち向かっていった。
無駄な事だと解ってはいたけど、そんな判断はどこかへ
飛んで行ってしまっていた。

そして私は口走っていた「どうして私の気持ちを解ってくれないのか。
私はあなたにプレゼントがしたい。それであなたの指輪を注文してしまった。
注文してしまったその日にも、あなたはプレゼントなど自分にするなと言った。
私にも勿論上げる気もないと言った。
私はいらない。したくない人から貰わなくてもいい、
でも私はあなたにお誕生日おめでとうと心から祝ってあげたい・・・・・・
あなたは私の夫なのだから・・・・私はあなたの妻なのだから・・・・」

何をどうしたのか解らない。どのくらいの時間が過ぎたのかも解らない。
力尽きてしまった私はそこに崩れ落ちてしまった。
そしてそのまま身動きできなくなってしまい、どんどん真っ暗闇の中に
落ちていく自分の姿をまるで映画のシーンのように見ていた。

ゆうべのその後の事ははっきり覚えていない。
自分の部屋にこもって鍵を掛けてしまったことだけが記憶の中にある。


今朝、目が覚めたら夫が宝石店に行こうと言ってくれた。
嬉しかった。とっても。
解ってくれたものだと思った。
宝石店に着き、長い事来なかった事のお詫びを店主にし、
夫に指輪をはめてもらって「お誕生日おめでとう」と私は言った。

私は自分の財布からお金を払った。
嬉しかった。やっとやっと願いが叶った。
自分のお金で夫にプレゼントをする事が出来た。
夫からは食品ストアにしか連れて行ってもらえないことで、
プレゼントをする事も難しいことだった。
それも毎週行ける訳でも無い。

長い戦いが終わったような気がした。
領収書を受け取って帰りの車の中で私は聞いた。
「Jackどうして黙っているの?どうしてありがとうと言ってくれないの?
本当はお誕生日のサプライプレゼントのつもりだったのだけど少し早くなって
ゴメンね。それとも気に入らなかったのこのデザインが・・・・」すると
「自分のお金で買った指輪をどうしてありがとうと言えるのだ」
「えっ・・・・・????」
夫は今なんていったんだろう????

どうしてJackのお金???夫は私のお金を持たせてくれた事は無い。
お買い物も夫を待っていてレジをでる。
自分の用事に時間が掛かると思うときなど時にはお金を持たせてくれる事もある。
そのときなど、お釣りも全部夫に戻している。
おばあさんと出かけると話してもお金をくれることは無い。
おばあさんは大好きなメキシカンレストランでランチを食べるのをとても
楽しみにしている。
その話をしてもお金をくれたことは無い。
出掛ける事の無い私はおばあさんに連れて行ってもらったときは、
必要なものを買って帰ってくる。
化粧品や、衣類、お友達へのプレゼントなど。
それを知っているはずなのに何も言わない。
私の日本からの所持金は当然減ってくる。
ある間は良いけど、無くなったら本当にどうすればいいのだろうとは思っていた。

それなのに夫は言った「自分のお金で買ったものだ」と。

夫からのその言葉に昨日感じた真っ暗な闇の中よりも、
もっともっと深くて暗い地獄のような闇の中に私は吸い込まれていった。

もう私たちは夫婦ではない。もうどうする事も出来ない。
この人の心は闇なのだ・・・・
私にはもう、この人に何も出来ない・・・・・

今までこれほどまでにどうする事も出来ない人とであった事は無かった。
自分の力の及ばない事に、私の思考は考える事を拒否し、
状況を把握する力も減少し、
持っているはずの能力の稼動を拒んでしまったかのように
目の前の全てが視界から消えて行ってしまった。

何も見えない、何も聞こえない、ただ薄ぼんやりとした霧の中に
自分がすっぽりと包まれて立っているのか、座っているのか、
横になっているのか、浮かんでいるのかさえ解らない、
ただただ一つの物体でしかない自分の存在が、はかなくもそこにあるだけ・・・・

生きていることの意味が見えなくなってしまい・・・・
悲しみも、苦しみも、寂しさも何もなくなってしまった・・・・・

私はどこで何をしているのだろう・・・・・ここはどこなのだろう・・・・・

6月2日(土)

今日は両親の家に来ている。
さっき義母が夫のはめている指輪に気がついた。
そして「Jack指輪を作ったのね。素敵じゃない」
「・・・・・」夫は何も言わなかった。
一言「Rubyがプレゼントしてくれた」と言ってくれたら・・・・・・
そんな夢みたいな事考える方がバカなのだ・・・・・・

もう悲しいなどとは思わなかった。
泣く事も笑う事も忘れた翼を持たない小さな物体、
それが私なのだから・・・・・




Ruby











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