独り言/2002
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日本でのDV法に本当に意味でのケアを



人物紹介
Jack=夫
ローラ=最初のシェルターのセラピスト
アイコ=日本語のセラピスト
ローザ=サンフランシスコシェルターケースマネージャー
アン=サンフランシスコスタッフ
ジャッキー=最初のシェルターのスタッフ
ランディー=最初のシェルターのケースマネージャー
ナニ=Fの母
F&C=私がお世話になっている家の夫婦
ダン=Fの弟
アーニー=Fの兄
レイ=Rubyの旧友
キャシー=サンフランシスコ夜のスタッフ



11月1日(金)

今日は嬉しい発見をした。
PCにとても詳しい人にHPを立ち上げた頃、
「Yahooなどのポータルサイトに登録をしておくといい」と
言われた事があって、そう言う方法がある事を知らなかったから
早速その作業をしてみようと思い、取り掛かってみたところ、
いろいろな所へ登録するためのknow.howが書いてあるサイトで、
Yahooは審査が厳しくなかなか登録は出来ないとの
情報を、色んな違ったサイトから知ることが出来た。
一瞬ためらったりもしたけど、
それでも登録してみようと、フォームを送ってみた。
そしてその後、1週間後、1ヵ月後と送ったカテゴリーで検索してみたけど
見つける事が出来ず、「あぁ、世間のYahooの登録してもらうのは難しいと言う
噂は本当だったのだ・・・・」と思ったりして、
半分はダメかもしれないとの思いで登録作業をしていたのだけど、
それでもがっかりしたというか、気落ちしたのは事実で、
あぁ、ヤッパリダメだったんだ〜〜〜〜って・・・・それが!!

な〜んと登録していたカテゴリーでない所に私のサイトが登録されていた。
DVのところには、わたくしになじみのあるURLが連ねてあり、
私はそこに自分のURLも属するものだと思っていたから他の所など
見る事をしなかった。
調べていた時に、確かにそのような事も書いてあった。
スタッフが中身を確認して、適当と思われるカテゴリーに変更する事もある。
と言う風に・・・・・

私のサイトの「人間の尊厳」が「生活と文化」の中にどのカテゴリーだったかは
このとき偶然見つけて出てきたのだから、覚えていないけど、
Yahooの人が当てはまるカテゴリーの中に入れてくれたのだろう。
私が選んだカテゴリーはDVのことを取り扱っている所だったから・・・・

DV関連のサイトは見るけど、あまりネットサーフィンをする事は無いから
ほかの人のHPを見たことが無かったけど、
自分のURLが載っている他の人のサイトを見て解った事がある。
わたしのHPの何と大きい事。
よくもこんなに書く事があるものだと思うほど文章量が多い。
これから先もっと増えるのは確かだし・・・・
どこか編集をやり直さなければならないかもしれない。

でも何はともあれ、登録作業をした結果きちんと登録されていた。
という事が解って、嬉しい!!。

久しぶりに嬉しい事があって、素直に喜べる事が又嬉しい。
それにHPに来てくださる方々とお話ができることや、
メールをいただけることで、一時期ひどくあった孤独感が和らいで来ている。
これも大きく嬉しい。
きっと少しずつ体調が戻っているのかもしれない・・・・
でも過信してはいけないわよね・・・・うっかりすると又ドーンと
ダメージを受けたりするから・・・

11月4日(月)

今日は朝10時にセラピストのアイコさんに会って、
Drとも話をしてと自分の心を出せる時間と空間を与えられた。
1時間という短い間に、5月からの全ての出来事を話せたわけではないけど、
これから毎週アイコさんに話を聞いてもらえるという現実を手に入れたことで、
少なからず安心感のようなホッとした思いが私の心に、ジーンと
染み渡ってきたような感じがした。
懐かしいお友達と再会したような錯覚を覚えたのも事実で、
でも、彼女は決して私のお友達ではない。
セラピストとクライアントという関係以外の何をも無いのだ。
それ以上の関係を作る事も得策ではない事を私は知っている。
わたくしのお友達に精神科医がいる。彼が以前、私が冗談で
「たまには私を診てよ」と言ったことがあったのだけど、
「友達は診れないんだよな〜、いろいろ知っているから」と
言われた事があった。
もう随分と逢っていないけど、今のこの私の状況を知った場合、
やはり診てくれないのだろうかと思ったりしている。
でもこれは現実的ではない考えだから深く考える必要はない。
ここはアメリカで私はアメリカにいるのだから・・・・・

アイコさんとの再会は、それでも安心して話ができるということで
その存在に感謝をしている。

私は今度22日に会うことになっている、以前も診てもらったDrがなぜか苦手で、
できることなら今回違うDrにしてもらいたいと思っていた。
前の時に一緒にいてくれたアンや、苦手である事を知っているChさんは
アイコさんに言って変えてもらえることが可能かどうか聞いて見たらと
アドバイスをくれていた。
でもそのことを伝える事は忘れてしまったから、前のそのDrのままのよう。

今日はサポートグループの日だった。(あの大嫌いな)
でも今日再認識しなければならない事実がわかった。

それは先進国のアメリカでさえ、警察官の対応が悪く被害の受理をしてくれない
場合もあるということを知った。

今回、ここに黒い人がとても多く、前の時とは随分と様子も違う。
相変わらず、シェルターは満員状態で空き部屋は無い。
サポートグループが始まった時に、
このシェルターに来ることになったときのことを話してくださいと
司会の人が言って、みんながそれぞれ自分の状況を話す事になった。
そのときの話が、私以外の全員が警察に電話を掛けた人達だった。
それで、警察の人に助けられてここに来たという人は、たった一人だけ、
ベトナムの人だった。
だからその人と、私以外の人たちは警察に対して快く思ってはいないようで、
携わる人々の教育が必要だと口々に意見を交わしていた。
(私は警察には電話もしなかったけど、私が家を出た後、夫が捜索願を
出したりしても、受理されなかったという事実を、夫からの手紙や、
前のカウンティーのシェルターのスタッフから聞いて知っていた。)

わたくしだけが警察の対処に
感謝していて、メキシコ人と、中国人と、黒い人の話は、
警察の人が来ても取り上げてもくれなかったということで
みんなの意見が一致していた。
その時、今日一緒に参加してくれた私のカウンセラーが
黒人やメキシカンの多い地域はどうしても対応が悪い。
と言う話をしてくれた・・・・???

これは新しい見解になった。
今まで考えもしなかったし、自分の事を踏まえるしか判断材料が無いから
去年の10月に施行されたばかりの日本の法律と違って、
さすがに20年の歴史を持つアメリカだ〜!!
さすがにDV先進国のカリフォルニアだ〜と思っていたものが
現実はそうではなかったのだということを知り、
とてもショックを覚えてしまった・・・・

始まったばかりの日本のDV法もあってもまだ無いに等しい
法律のようで、でも今のこのアメリカの現実を見ると・・・・・

今日は複雑な気持ち。
自分の立場を日本だったら、どうだっただろうと置き換えて
以前考えた事があって、アメリカだからここまで面倒を見てもらっていると
本当に感謝していた。
日本でだったらここまでの事はしてくれないのではないかと
何度も思ったし、本当によくしてもらっていると思うから・・・・

でもDVは犯罪であると言う認識の強いカリフォルニアでさえ、
地域によっては冷たく突き放さされる対応しかしてくれない場合が
あることを知って、なんだか本当に今複雑な思いがしている。
と、同時に前にも感じた、被害の状況のあり方に付いては
やはり日本のサバイバーのほうが過酷な状況である事も否めない。
アメリカも場合、勿論全部ではないけど、私が見た限りの話をすると、
「エッ??!!」って思うような深刻さを欠くクライアントがいることも
事実なのだから・・・・・
ただここに具体的に書くわけには行かないから説明がしにくいのだけど・・・・

(注)シェルターでのことに於いて、私が書いている範囲の事は新聞や
雑誌で知ることもできる範囲です。
それ以上の事を公のものにする事はシェルターとの約束で正直に書く事が
出来ない事が沢山あります。
その辺の事は、これを読んでくださる方々に申し訳ないと思うのですけど・・・


でもいつの日にか、DVがこの世の中からなくなる日が来るであろうことを
望みたいという思いは変わらない。
そんな日が来る等、夢のまた夢で、
ありえないという思いも重くのしかかっては事実なのだけど・・・・・

でもせめてもう少し専門的な知識を身に付けて、
被害を受けている人たちの役にたつような環境を整える準備が
できるといいなと思っている。

11月7日(木)

今日離婚の手続きをするために弁護士の所へ行った。
彼女の元へ行くのはこれで3度目になる。
3月に初めて会って、7ヶ月以上の月日が流れてしまった。
シェルターからハウスの開きが無く移る事が出来なくなり、
ハウスが開くまでと思って知人のうちでお世話になる事になり、
それでも作業が滞る訳ではないと聞かされていたのだけど、
こうして戻ってきてみると、やはり傍にいなかったことが
作業を停滞させていたのではないかと思わざるを得ないような気がする。
Cの家にいるときに、何も進展が無いから何度も問い合わせをしたりして、
返事の無い事に苛立ちを覚えた事があった。
でもこうしてサンフランシスコに戻ってきて、いろいろと動き出している事を
実感する事ができる。
とは言っても、ヤッパリここに来てもう2週間になるのだから
時間が掛かるという事は間違いない。
今週はとうとうGAにはいけなかった。
来週には行って作業をしてこないと、今の世の中お金が無いと何も
出来ないのだから。
シェルターにいる限りは寒さをしのぎ、飢えをしのぐ事はできるけど、
知り合い、ナニやその他の人に電話をかけることも出来ない。
最も今電話を掛けられるような知り合いが、以前のように何人もいるわけでは
無いから、金額的はいくらも掛かる訳ではない。
でも現実問題、いくら小額であっても電話をかけなければならない時には
いきなり困ってしまう。

いつになったらこういう生活から抜け出せるのだろうと
先の見えない不安から、やはり心は重く、
いくら「ボジティブに考えるのよ!!」と言われても、
その言葉に現実的な響きを見出す事は
今の私には難しい。

そんな中でも今日は少しだけ先に進めた感じはするのだけど、
それと同時に、今まで夫が想像もしていなかったであろう、
「私が離婚したいと思っている」と言う現実を突きつけられる日が
そう遠い日ではない事を思ったときに、夫の様子が
解るような思いがして、それが怖い。
夫は単に私が家出をしたとしか思っていないのかもしれない。
とにかくもう2度と逢う事も無く離婚ができればそれで充分だと思っている。
事がどのような進展を見せるのかは解らない。
多分お金さえ掛からなければ離婚は承諾してくれそうな気がする。
現実問題今年の2月11日に家を出て、それっきり話をしたことも、
逢った事も無いのだから・・・・・

11月8日(金)

これはいつもの事なのだけど、今更ながらリリーの心遣いが身にしみる。
とてもありがたく、今の私にとっては最大の理解者なのだと思える。
多くの事を語る必要も無く、気を使って書く必要も無く、
心のままに、自分の今ある状況を伝えると、それに見合った
受け答えで返って来る。
打てば響くと言う感じとでも言えばいいのだろうか。
とにかくありがたい。

今はとにかく色んなことがありすぎて、考えても解決につながる
糸口さえも見えない、困難の山だけが大きく立ちふさがっていて、
やたら神経過敏になっているのかも知れない。
リリーの言うように、しばらく自分の事だけに専念して見るというのが、
きっと今の私には一番言い方法なのかもしれない。
とにかく人との会話が困難なのだ。

昨日、今日とサンフランシスコは雨が降っている。
雨の降る夜が、大好きだった。
雨の日が大好きで、誰にでもそう言ってきた。
その雨の夜が、今の私の心に寂しさという青いはかなさと
不安という闇のような重さを運んできている・・・・・

明るい時の雨も、夜の雨もどちらも好きで、
寂しいと思うより、好きな時間を楽しんでいた・・・・・
木の葉の先から滴るしずくをきれいだと思いながら、飽きることなく見ていた。

嵐の日でも窓辺で時を過ごした。
広大な周りの景色が色彩をなくし無彩色の空間となり、
その自然の営みに畏敬の念を覚え、そう言う時間をとても楽しんできた・・・・・

今は寂しいと言う思いのほうがなぜか先にきてしまって
楽しめるなんて、そんな事とても思えない・・・・・・

弱っているなと自覚する・・・・・

明日土曜日だからMartinezに行くつもり・・・・・・
少しは気が晴れるかな〜

11月11日(月)

幼友達のMちゃんからメールが入っていた。
何か送ってくれたらしい。いろいろと私のことを気遣ってくれての事だと思う。
友達がいることで寂しさを紛らわせる事ができる。
そして決して一人ではないとも思うことが出来る。

でもこう思えるのは気分のいいときで、どんな慰めの言葉も優しさも
私の心に届かない時もある。
自分ではコントロールする事の出来ない、つらい時間を過ごさなければならない。

今のこの状況がいつまで続くのかも解らない。
完全に癒える事が出来て、元の自分に戻れる日が来るのだろうか。
それとも一生こうしてお薬の世話になって暮らすのだろうか・・・・

11月12日(火)

今日朝からローザとGAに行った。10時30分に出かけることになっていた。
私は10時25分ごろからずっとローザを待っていた。
でも出かけるのが10時50分になってしまい、結局午前中の書類提出には
間に合わなく1時に来るようにと言われ、1時にはセラピストのアイコさんの
アポイントが取ってあったから、GAは次回という事になってしまった。
今週中に時間が取れれば良いけど・・・・・・
シェルターにいると本当に一つの事が時間が掛かる。
でも時間が掛かっても、実行できるという意味ではありがたい。
今までの様に「出来ない」のではないのだから。
ただ、GAのお金の振込先が必要で、銀行口座を作ることをシェルターに入った
時から言われていたけど、何も出来ないまま3週間が過ぎてしまった。
一緒に行ってくれると言うことなのだけど、いつも忙しくしているローザとアン
だから、今日一人で行ってみると言って口座を作ってきてしまった。
前に入っていたときのイメージが強いのだろう。
相変わらず家の中にいることのほうが多いから、そう思われても仕方がない。

でもそのことを思ったとき、確かに良くなってきている事を感じる。
2000年以来、一人で何かをしたという、大きな快挙?であるには違いない。
今度一人で日本町に行って見ようか。一人でアイコさんのセラピーに
行って見ようか・・・・・・でもアイ子さんの所、リッチモンドは少し遠いな〜

今持っている、口座は十数年前からのもので旧姓であって名前が違う事で
振り込んでは貰えないらしい。
今離婚しようとしているのにソーシャルセキュリティーナンバーやIDカード、
グリーンカードの名前がこちらの名前になっているから・・・・・
なんとも腑に落ちないけど・・・・・仕方が無い。

アイコさんに逢って、少し建設的な話をしてきた。
シェルターの生活は時間が限られている。
今回は8週間のプログラムを伸ばすことなく、作業を終えてしまい
次のハウスに移れるようにしなければならないのだけど、ローザとの
車の中での話では、そのことが難しいと言うことを言っていた。

今回シェルターに入る前には12月くらいには部屋が開くだろうと言っていた。
それがダメでも1月にはとも言っていた。
私は既に4月下旬からもう7ヶ月も待っているのだ。その待ち時間が1年だとして
後5ヶ月したら入れるということになる。
でもこんな話はあくまでも可能性がある??というだけで、そうである!!
と言う事では無い。

なんともおぼつかない・・・・・・
自分の将来など、とてもイメージする事の出来ない、先の見えない
闇のような空間の中に、自分の身を置いている事を認識するしかない・・・・

M子からメールで編物の本を送ったと言ってきた。
楽しみ楽しみ。

Tちゃんからe-cardが2通入っていた。

みんなみんなありがとう。

11日16日(土)

今週は日記を書けなかった。いろいろ考えるだけで頭の重くなるような事ばかり
で・・・・
特にここを出てからのことは気になって仕方が無い。
ハウスが空かなかったら次のシェルターという事になる。
その話をレイにしたら「家にくればいい」と一言。
その一言はとてもありがたいと思っている・・・・でも・・・・迷うし、
素直に喜べない自分がいる。

できることならハウスが空いて欲しい。
レイの所には住みたくない。もう喧嘩をしたり、ギクシャクしたりしたくは無い。
友達をもう無くしたくは無い。
特にレイの場合はアメリカでの最初の友達でもう10数年もいい友達として
歴史を刻んできた。
その大切な歴史を、今回の本来なら自分の在るべき姿ではないことで台無しには
したくは無い。
レイは「C&F夫婦のような事には自分はならないから」と約束もしてくれている。
確かにあのような事にはならないとは思うけど・・・・人の心がまだ少し怖い・・・
素直ではないと思うけど・・・・本当に喜べない・・・・・

ここに来てもう4週間がたってしまった。
プログラムどおり後4週間ではっきりとめどがつくのだろうか・・・・

M子からの荷物が届いた。お薬、本、お茶など。それと沢山の日本の空気が入っていて
アメリカにいることをしばらく忘れてしまった。
Mちゃんからの連絡はM子より先だったのだけど、まだ届いていない。
明日は日曜日だから来週になるのかもしれない。
出した郵便局によって、違うのだろうか・・・・

11月17日(日)

昨日までの1週間は本当に気が重かった。今もその解決の糸口が見つかった訳では決して
無いから、憂鬱なのは同じだけど、もしどうしようもなくなった場合の、最後の手段とも
言うべき、最後の手立てだけは、なんとか確保できたのだけど・・・・
明日からの1週間でもう少しはっきりする事ができると思う。
明日は朝7時半にGAに行く事になっている。
約束どおりローザは7時にここに来てくれるだろうか。

11月18日(月)

今日のGAの作業、7時半に着いて無事に終了。次回はあさっての午後1時。

11月19日(火)

セラピーの日。午後1時のアポイントで行ったのだけど、
15分たっても30分たってもセラピストのアイ子さんが来ない。
受付の人は電話を掛けて捜しているようだったけ
どうしても連絡がつかなかったらしく、携帯に電話してやっと連絡がとれて
話ができるようになったのは1時45分。
忘れていたのか、ランチに行っていたらしく、それに対するコメントは無かった。
15分や20分は今まで何度も待たされた事はあるから、それくらいまでは
別に不安にも何もならなかった。
でも30分過ぎてしまった事を知ってからは、忘れられている事に対して
不安というか、何と言っていいのか解らないけど、何か納得できない
わだかまりのようなものが湧いてきたような気がする。

11月20日(水)

午後1時アンとGAへ。フードスタンプカードの手続き終了。
明日カードの受け取りができると言っていたけど、アンの都合が悪く、
来週の月曜日にもう一度来る事になっているから、その時に受け取る旨を
つたえ、帰ってきた。
Mちゃんからの荷物が届いているらしい。今週末に行くまでおあずけだ。
無事に着いた事だけe-mailで知らせておこう。

11月21日(木)

来週の木曜日は感謝祭。
1週間早いのだけど今日感謝祭のパーティーへ、我々クライアントは出かけ、
ターキーのディナーを食べてきた。
いろんな国の人たちが来ていて、大人も子供も自由に楽しんでいた。
私たちは食事が済んだら帰ってきてしまったけど、
その後にはバンドの演奏なども用意されていたようだった。
シルビアの子供達が私から離れなくて、スッカリベビーシッターをしてしまった。
どこにいても、いつも子供にまとわりつかれる。
子供達は可愛い。

11月22日(金)

今日はDrのアポイントが午後2時。
お薬を変えてもらった。
顔つきが元気になっているのがわかると言われた。
本当かな〜・・・・

11月24日(日)

Mちゃんの荷物を受け取った。
身体が温まるようにと生姜湯等のホッとドリンクとソックスが入っていた。
ありがとう。早速明日のアポイントの時に履いて行こう。
日本からの荷物は何が来ても嬉しい。

11月25日(月)

朝8時15分、GAへ。
今日はローザもアンも忙しくて代わりにヘルパーのスーが一緒に行ってくれた。
一人ではいけないけど、スーと行く事にもとても不安があった。
アンは何でも話してあるから大丈夫と言ったけど、
いざ行ってみると、彼女がわかっていたのは8時15分がアポイントメントだと
言う事だけで、次に何をするのかなどさっぱり解っていなく、
こっちが逆に混乱してしまった。
途中でローザに電話を掛けて聞いてみたり、
私が答えようとすると、それをさえぎり、「彼女は意味が解っていないから」と
何も言わせないようにしてしまい、
それらの事で、これまで好意的に事務処理をしてくれていた担当者が
明らかに態度が変わった気がした。
もし今度、こんな事があるようだったら、はっきり断る事にしよう。

夕方ローザが「事務所まで来て」と言うから行ったら花束があって「誰かから
Rubyにプレゼントがとどいているよ」と言うから見たらダンだった。
そしてナニからも郵送でカードが届いていた。
今はなぜかこちらの人の親切が重たい・・・・・
電話でお礼の連絡をしたほうがいいとは思うけど、
電話よりカードでお礼を書こう。

11月27日(水)

フォーンブースの前を通りかかったとき丁度電話が鳴って、取ったらダンだった。
既に、月曜日にお礼のカードは出していたけど、お花のお礼を言って、
あまり体調も良くなく、電話をすぐに切ってしまった。
なんだか憂鬱な日々が続いている。

11月28日(木)

今日は感謝祭。
レイの家へ行って映画を見に行った。
Tちゃんからからクリスマスプレゼントが届いた。
Tちゃんがいつも愛用していると言っていた可愛い毛糸の暖かパンツが
入っていた。日本では人気商品だとも言っていた。
そしてこれもまた可愛らしいソックス。
壁にピンで留めて飾ってもいいような感じだ。
サンフランシスコは日本と比べると暖かくとても過ごしやすい冬だけど、
夜になると昼と同じ格好ではとても寒くてバスを待つ時に
うっかりすると風邪をひいてしまう。
帰りに早速毛糸のパンツを中にはいて帰って来た。
自分の記憶では毛糸のパンツは買ったことが無かったから始めてはくのだけど
思ったほど厚くなくスッキリしている。
それにホント暖かい。
毛糸のパンツという懐かしい響きも、今のわたくしのは心地いい。
サンフランシスコの町並みと、毛糸のパンツと言う不釣合いな組み合わせも
なぜか心を和ませてくれる。ありがとう。
日本の心と暖かい思いが送られてきた。

今日のディナー。本来なら今日が感謝祭だからターキーなのだけど、
ターキーは先週沢山食べたからと思い、大好きなエビを食べた。

レイの所からシェルターまでの所要時間はバス、
電車などの待ち時間をいれて2時間。
7時半にシェルターに着いた時に、ティナとシルビアが1日がかりで
焼いた大きなターキーが待っていた。
「Rubyはいつもちっとも食べないけど、今夜はチャンと食べてね!!」って・・・・
「ウ・ウ・ウ・・・もうおなかいっぱい・・・・・」
ターキーを一切れ食べる事になってしまった。

12月2日(月)

今日ベトナム人のナンシーがシェルターを出る。
何週間か前にも出ると言っていて、
何度も同じ事を言っているようだったけど、今度こそ本当のようだ。

荷物を持ち出すのと、お買い物をしたいから手伝って欲しいと頼まれ
午前11時頃出かけた。
バスを乗り換えお買い物をしていたら、いつのまにかお友達だと言う男性が
一緒になっていた。
そして私に「私のボーイフレンドなの」と紹介して「内緒にしてね」と言ったら、
彼も心得ていたのか「秘密」と言った。
それから3人で彼女のアパートという所に行っておどろいた。
そこは部屋では無く建物の下の車庫の奥にドアをつけただけで、
日本の畳で言うと2畳ほどの広さの空間で、小さな窓が一つある。
当然昼間も明かりが必要だ。
サンフランシスコで350ドルで借りれる事が不思議だと思っていたけど、
そこを見たらそれも納得できた。
彼女は既に仕事を見つけ、新しい恋人も見つけ、自分の部屋を見つけ
新しい人生を歩もうとしている。
苦しさや、悲しみを乗り越えてくれた事にエールを送りたい。
別れる時、をナンシーが「恋人の事、スタッフには内緒にしていてね」と
ぺろりと舌をだした。
門限が8時半なのにいつも10時ごろ帰ってきていたのだから
誰もが当然知っていたとは思うけど、別に私が言う事では無いだろう。

たった今ローラから電話が入った。
いろいろと心配してくれているようだ。
それとダンがローラに電話をして私が「元気が無い」と言ったそうだ。
なんだか少し変な感じがする。
「どうして?」と感じる私のほうが変なのだろうか?
ローラも「変だ」と感じたらしい。
確かに先週からずっとあまりいい調子ではない。
でもそのせいで、そう思うのではなく、本当に変だと感じることは
おかしいのだろうか。
いや、そんなはずは無い。ローラもおかしいと感じたのだから・・・・
その事を考えると憂鬱になってしまう。

今の私にはお友達は必要だと思うけど、人を(と言うより男性を?かな??)
信じきれない思いもあって、余計な事は考えたくない。
それに思い出したくないと思っている、Fの事がどうしてもでてきてしまい、
憂鬱になってしまう。
母親のナニもとても心配してくれているのは解るのだけど、
今以上に近づきたくないという思いは、仕方が無いとおもう。
お友達でいてくれたらいいと言うのは、私のわがままだろうか・・・・
彼らがいい人であることを知っているから、Fのことを我慢して
絶縁状態にしないでいることをダンだけは知っているのに、それでも
まだわかってくれない・・・・

親切を押し付けるかのように送ってきた花。
あれ以来、落ち込みはおおきい。
いくらいい人でも、友達が誰でもいいわけではない。
今は自分の事だけで目いっぱいなのだから、わがままのようだけど
どうか、ほっといて欲しい・・・・・

その辺を解ってくれないと、うまく話ができなくなる。
その点レイはさすが13年ほどの長い付き合いだから、とても良く
心得てくれている。
ありがたい存在だ。

ローラとはなんでも話せるから、電話が掛かるととても嬉しい。
時々こうして話ができるだけでも違うと思う。
ローラが私にはピッタリあっているセラピストだと思う。
Dr、カウンセラー、セラピストなど誰でも言い訳ではないことが
こうして体験してみると良く解る。
ローラには心から感謝している。

12月3日(火)

今日10時までいるイブニングスタッフが誰だか気になり事務所に行ったら、
不安的中、リナだった。
シェルターのスタッフはその人によって時間帯が違う。
早い人は8時から16時まで、9時から17時までの人、
12時から20時までの人等、そして18時を過ぎると二人、
20時を過ぎると1人のスタッフになり、
その時間帯までの人たち11人が交代でやっていて、
22時から泊まりで来る人は大体決まっていて、
4人の人が日にちを交代して勤務して、総勢15人と
後ボランティアの人たちが何人かいつもいる。

宿泊するスタッフが来る夜10時までいる間に何か頼む事がある場合に、
たった一人しかいないリナに頼まなければならない事は、
今の私には充分すぎるくらいの不安を感じさせた。
彼女は3ヶ月ほど前からの新人で、最初にこのシェルターに
いたときはいなかった人だ。
シェルターでスタッフに対してあまり不満を感じる事も無く
ここまで来たのだけど、
なぜかリナからは何度か嫌がらせを受けたことがある。
今まで何度もクライアントがスタッフに対して不満を言っているのを
見たことはあったし、
ここに入るときに「もしスタッフに不満があったり、
何か嫌なことがあった場合に、これを出してください」と言う
用紙を渡されている。
そのレポートの提出をしようとは思わないけど、
さすがに今日の彼女の態度には
今の私にはきつすぎたのか、強いダメージを受けてしまった。

私はたったコンピューターを使うための部屋の鍵を開けてもらうために
1時間半以上もの時間をついやし、
その上「二度と私に用事を頼まないでくれ」と言われてしまったのだから。

開けてもらうのを頼むために、私は彼女の様子を見ながら2度お願いをした。
1度目は何かしているようだったから「チョット待って」と言われても、
仕方が無いと思いシャワーを浴びたり、軽い夕食を取ったりした。
次に、もう1時間以上もたっていたし、
ブレイクタイムに見えたから声を掛けた。
そしたら「わかった下に行くからチョット待って」といわれ、
今度は、下にいくから(1階にPCを使う部屋がある)と言われたことで、
私はPCを持ち、下で待っていた。
それでも来ないからお茶を飲んだりして待っていた。
時間が10分20分と過ぎていく。
2階から降りて来て鍵を開けるのに5秒とは掛からない。
デパートの様に空間の大きい建物ではなく、普通の家屋の空間で、
地下1階地上2階の建物なのだから。
9時になってしまった時私は、「どうして開けてくれないのか」と聞いてしまった。
彼女は苦い顔をしながらドアを開け、あけただけではなく中に入って、
私に「私は仕事をしていて忙しい、2度と頼まないでくれ」って。
????アレー???なんだか変????
私たちで開ける事の出来ない部屋の鍵は、今はたったあなたにしか頼めない・・・・のョ??

多分もう私は彼女には何も頼まないだろう。
今日の様に彼女しかいないときは作業をしないようになるだろう。
確かに鬱が強かったり体調が悪く、作業の出来ない時は割としょっちゅうある。
でも、メールのチェックや、日本のニュースを読んだりは毎日している。
私に彼女に対する怒りは無い。
人の事を構うゆとりも無い。そう言う人だと思うだけで精一杯なのだから
接点を持たないことで自分を守るしか方法は無い。

どうしてこんな事になったのか解らない。
筋が違う気がする。でもそんな事はもうどうでもいい。自分を守ろう。
きっと彼女は機嫌が悪かったのだろう。でもそれは私には関係ない。
私は今までスタッフに対して感謝こそすれ不満をもったことは無かった。
確かに待たされる事が多く、今日話したいと思っていることも話せなかったり、
作業がきちんと進まなかったりしたことは数えるときりが無い。
でもそれを不満と思ったことは無かった。
忙しい事を充分に承知しているから、我慢する事もできた。
我慢はさせられても、不安に怯えるほどには至らなかった。
でも今日のリナの態度はあまりにも筋が違うのではないかと、それとも
この思いは間違えているのだろうか・・・・・
何のためにスタッフとしてここにいるのだろうという疑問が湧いてくる。

今の私には安心していられる所はシェルターだけだと思っていた。
そのシェルターが怖い場所になってしまった。
2度目にここに来てから色んな不安なの事が次々と起きてくる。

12月4日(水)

今私は時の神に見放されてしまっているのかもしれない。
「きっと何かを学ぶ時なのかもしれない」と、今までの私なら感じただろう。
高い月謝を払って世の中の厳しさを学ばせてもらった。
命のあったことに感謝しよう・・・・・・と

こうしてシェルターで過ごさなければならなくなるまでの日本での生活の中で
何度か苦境や困難に陥ったことはあった。
でも自分の中に、「それでもやっていける、きっとできる」と、
確信に近いものをいつも持って生きてきた。
多分、運が良かったのか色んな出来事をくぐり抜けてきた。
そしてそんな時、宗教を持っているわけではないけれど、
いつも私は「きっと天に好かれているのだ」と思っていた。
それほど自分の納得できる方法を見つけ出し、
その方向へ向かって努力することを惜しまずしてきた。

ところが今の私はどうだろう。
これを教えと感じる心のゆとりは無い。

今日10時のアポイントで弁護士の所に行く途中、
バスの中で私の全財産をすられてしまた。
アンと一緒の時、私たちはバスで移動する。彼女は目が悪くて運転が出来ない。
乗り換えたバスに沢山の人が乗っていた。少し危険だとも感じた。
そう思っているうちに目的地に着き、下りた途端に私はバックの中を見てみた。
アンは何をしているのと聞いてきた。
「財布をすられたような気がするから見ている」と言ったとき、
彼女も同じ思いをバスの中で感じたと言って、
財布の行方がどうなのか心配してくれた。
でもそうしている間にバスは出発してしまい、
私の財布はバックの中からどこかへ消えていってしまっていた。
アンはすぐシェルターへ電話をし、手配を頼んでいた。無駄を承知で・・・・・
今日なぜ私にお金があったのかといえば、
GAの作業が先週全て済み、現金が手に入った。
今までお世話になっている人たちにお礼をしたいと思い、
弁護士との作業が終わったらお買い物をしようと思っていた。
いつもしてもらうばかりで何も出来ないでいる。
でもクリスマスという絶好のチャンスが訪れたと思っていた。
弁護士事務所の帰りに郵便局へ寄るつもりで、
日本へ送る荷物もいくつか作ってきていた。
なかなか一人で外に出ることが出来ない事から、
つい何かの用事で外に出るときでないと私用の作業をする事が出来ない。
これからしようとしていたことの全てが、何も出来なくなってしまった。
いつもならありえないことが、こんな時には起きてくる。

目的の弁護士事務所は近く、着いてから事情を話し、
銀行へカードの使用禁止などの連絡事項を全てさせてもらった。
担当の弁護士は「作業の日にちを変更しましょうか?」とまで言ってくれた。

少し時間を置いて作業は済ませた。


帰るときになり朝から私が落ち込んでいてアンは「何かあったのか」と
何度か聞いてくれた。
でもバスの移動中も話せなく、その上スリの被害にあったりして、
話はできないまま時は過ぎていき、帰路のバス停に着き、
シェルターへ向かうことになった時、昨日のリナのことで、
睡眠薬を飲んだにも関わらず一睡も出来なかったことと重なって
本当に安心できる場所の確保ということに不安を感じてしまった私は、
シェルターへ帰ることも怖いと思い、
どこへも行き場の無い思いとで力を無くしてしまった。

ゆうべ少し眠りについたときにリナの強い口調と威圧的な態度が
いつのまにか夫に代わり、
私は怯えながら目を覚ますという事を何度も繰り返していた。
フラッシュバックと言われる現象が起きたのだ。
何度も「そんな事は無い」と、自分に言い聞かせながら眠りに着こうと
努力したけど、結局はそのまま朝を迎えてしまった。

アンはバス停からバスに乗らないでまたビルに戻り話を始めた。
そして私に担当マネージャーとして昨日何が起きたのかを知りたいといってきた。
今までの話と違いスタッフに対する事だけに話していいものかどうか
とても迷った。
なかなか話し出せなかった。今まで誠実に向かい合ってきたけど、
言い出すことは難しかった。
でも今までの信頼関係から時間は掛かったけれどもゆうべのこと、
その前からの経緯など、全てではないけど話をした。
アンは私の気持ちを察し、私の様子にローザへ電話をして、
迎えに来てくれるよう頼み、ローザが来た。
ローザは私の様子を見て、スリの被害により私が気落ちしていると思ったらしい。
「アメリカは危険な所だし、12月だからスリも多くなり、
こんな目にあって気の毒に思う」と運転しながら言った。
私はそのことも確かにショックではあったけど、
今のこの気持ちの置き場の無い思いというのは、スリによるものではなかった。
アンはその時は黙っていた。

シェルターに着いた私の気は重かった。
もうリナが来ているのではないかと、逢うのが怖いと思ったりもした。
幸い私たちが帰った時間の12時半はまだリナの出勤時間より
早かったようで、顔を合わせることなく部屋に入ることが出来た。
1時間ほどしたときアンが「話がしたい」と言って部屋まで来た。
2階の事務所にローザが待っていて、昨日の事をアンから聞いたと言った。

「二人でここに来た誠意を汲み取って、リナがいま
Rubyに謝りたいと言っているから話をしてくれないか」という事だった。
私の中にリナに対する怒りとか許すとかの思いはない。
ただ関わりたくない、ほっといて欲しいという思いのほうが強く、
こんな形式的なことはどうでもよかった。
形だけの謝りとか、なんとかその場を治めようとしている、このやり方が
いいのか、悪いのか、そんな事を考えるゆとりはなかった。
とにかくこの場に居たくないと言う思いが先に来て、早く一人になりたかった。
早く自分の部屋に戻りたかった。

リナは確かに謝った。でも「私は忙しかった」とも言った。
私はそんな中でもタイミングを見計らって依頼をした時のことが頭をかすめた。
今謝った時のような話し方でもなかった。
とても強い語調と威圧的な態度でスタッフとは思えない言葉を発した。



私に誰を許せというのだろう。
私は誰をも責めてはいない。

もし責めているとすれば自分以外の誰をも無い。
自分が大きな間違いをしてこうして人生の困難の中で身動きできないで
もがいているのだから・・・・・








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