私の置かれていた立場



精神的虐待による被害




私が受けた被害は夫による社会からの孤立です。
まず最初にここが日本ではない事をお伝えしなければなりません。
色んな意味で多分日本での被害の場合とはかなり違った状況が
出てくるとは思います。

自宅の置かれた状況もかなり日本とは違います。
20エーカーほどの敷地の中に家があり、お隣の家に行くにも
歩いてはいけないような広さで、助けを求めるにも
夫が一緒に外出する事をしてくれる事もなくどこに行くのも
不可能な立地条件のもとでの生活で、夜はとても怖くて
出かけることなどとても出来ません。
当然アメリカにあっては町の中にいようと夜歩いて出かけるなどという
無防備な事は常識としてありえないのですけど・・・・

これからこれまで自分が知っていた限りの世界からすると
かなりかけ離れた世界での生活であった事を
ここに記さなければならないと思っています。
そうしないと何を訴えようとしているのかが
誰にもわかってはもらえないと思うからです。

アメリカにいるから私の状況が多くあるという訳ではありません。
同じ精神的な被害と言っても私の被害の場合は今までの判例からすると
かなり状況のひどい異例中の異例だという事です。

家庭の中でのあり方が私の受けた被害と同じような状況の人は
あったようですけど、夫のあり方や、生活環境のあり方などと
総合的に考え合わせた時に助けてくださった方々の驚きは
普通ではなかったようです。

それがどのように違っていたのか、それでも助かったのはどうしてか、
そして助かったのにもかかわらず、宙ぶらりんな状態が続いているのかなど
少しずつではありますが書いていきたいと思います。




日常の生活の中でまず大きな事から書きます。
小さな事から書いていくとこのページが果てしなく長くなってしまいそう??

ですから。

わたくしにとって大きかった出来事は銃で脅かされる事でした。

アメリカの社会にあっては銃が自宅にあると言う家庭は少なくはありません。
でも夫の場合はマニアで50丁以上もの銃を持っていたという事。

短銃だけではなく猟銃から違法のマシンガンまで。
そのどれもがきちんと手入れがされていて実弾発砲が可能な事。

自分の気に入らない時などの憂さ晴らしに発砲する事。
気分のいいときも勿論楽しみで発砲する事。

少し説明します。これが街の中に住んでいれば発砲する事は
アメリカであっても難しいです。

(夫がなぜ広い土地を必要としているかはこの銃のせいばかりでは
無いのですけどそれを含んでいる事は事実です。
そのほかにも自分には都合がよく私をコントロールするためには
この立地条件は夫には必要なものだったと思います。)

私に直接銃口を向けることが無くてもペットを撃とうとする真似をする事。
どうしようもなくなると自分に銃口を向け私に銃を持たせ「殺せ」と
言って引き金を引かそうとすること・・・・・

まるでドラマのような毎日が私の生活でした。

気性の激しい性格の夫が仕事から帰ってくるのが怖いと思う日々が
繰り返されたのですけど、だからといって窓を開ければ
隣が見えるというような状況でもなくなんとか無事に就寝してくれる事を
望むだけの生活だったような気がします。


最初に衝撃的なことを書いてしまいました。
日本でなら銃を持っているだけで逮捕されてしまいますから
このような被害は少ないと思います。

でも、被害の状況など少しずつ書き足していきたいと思います。

小さなことを言えばきりがないほどあります。
大体が夫の勘違いか身勝手な思い過ごしが多いのですけど
こういう事はどこの家庭でも起きる事だと思います。

それらの事を全部書き記す事はしませんけど
具体的に書ける事は書こうと思っています。



日常の事では夫は出かける前にガスを切って出かけます。
自分が朝シャワーを浴びた後はきってしまうと言うことです。
昼間家にいる私は調理をする事もシャワーを浴びる事も出来ません。
「スイッチを入れて使えばいい」・・・・・
そんな簡単な事ではないのです。
口喧嘩で終わる事ではないのです。

勿論仕事から帰ってきた夫はガスが使えるようにします。
「お風呂には夜入れるからいい」・・・・それしか無いのです・・・・

今日は少し疲れました。ではまたにします。
July 21 Sunday





今日は少し詳しくわたくしの置かれた立場を説明し様と思います。
前に書いたことと重複する個所も出てくると思いますがお許しください。


私は結婚して1ヶ月がたった頃から夫から精神的な被害を受けている
自分に少しずつ気がついてきました。

始めは自分が何か錯覚しているのだと思ったり、夫が単に機嫌が
悪いだけだと思っていたのですけど、それにしてもおかしいと思う様に
なりました。
それは結婚して家に私が昼間いるのにもかかわらず夫は仕事に
出かけるときにガスが使えないようにして出かけていくのです。

本質的にプラス思考で物事を悪意に捉えることの少ない私はカリフォルニアの
気候のせいでもし火事でも起きたらと思っての夫の気の使いかただと
思っていたのです。
そのせいで昼食にガスを使う事も出来ない私は火を使わなくても
食べられるものか前日の夕食の残り物などを電子レンジで温めたりして
食べるのが普通のことになってしまいましたけど、
そのことで不自由を感じる事も無かったので
これが私の受ける被害の第1歩だった事には気がつくことはありませんでした。

私の住んでいた家は標高が2000フィートか2500フィートの所で
下のほうには湖が見えてとても景観のいい場所にあり、
住んでいる人それぞれが10エーカーか20エーカーと言う土地を
持っている人ばかりで、お隣の家が隣接している事はありません。
そんな場所ですから歩いてはどこへも行く事は出来ないのです。
そればかりか歩いていけるような近くにはお店も何も無いのです。
こういう高原に住んでいたからということではなくてもアメリカの場合は
街中であってもショッピングセンターまで行くのに歩いていけるという事は
余りありません。
だから近所の人が不便な生活をしているという事ではないのです。
不便だったのは日本から来たばかりで運転免許を持っていないことで
出かけるときには夫と一緒でなかったら出かけることも出来ない
私の状況が不便だったという事なのです。

結婚してすぐの頃は何度か週末に食材を買いに行ったことがありました。
夫は土曜日、日曜日と週末の2日がお休みですから、
週末になったらお買い物には連れて行ってくれるものだと思っていたのですけど
それは時間の流れとともに変わってしまいました。
週末になってもお買い物に連れて行ってくれるのではなく夫は一人で
出かけていってしまったり、食材も無くなりどうしても
お買い物に行かなければならなくなると、当然夫も食べているのですけど
「買い物は嫌いだ、運転も嫌いだ」と文句を言いながら機嫌も悪く
口から出る言葉はまるで私がいなければ買い物などはしなくてもいいのだと
いうようなことを平気で言うようになりました。

私に食材以外で必要なものがあったとしても、お店を2軒回る事には
さらに機嫌も悪くなるのです。
アメリカの場合たいていショッピングセンターの中に色んなお店があって
そのセンターの中で次のお店に行くだけでも夫は気に入らない様子を示し、
洗剤やタオルなど日用雑貨を買うのも一苦労をするような状態でした。

それと日本から来て誰もお友達もいないことが解っているはずの夫は
結婚前には近所にお友達が出来ればいいねと言っていたのに、
いつまでたっても近所の人を紹介しようともしないし、
仕事から帰ってきても私と話をするなどという事はありませんでした。

私とは話さないのですけど毎日決まって1時間くらいお友達とは
電話で話をしたり、夜に友達の家へ行ったりするのです。
このお友達というのも過去の彼女であったり、友達の奥さんであったりと
男性ではありません。

このことで何度か話し合いをしたことがありました。
それは結婚前に既にお互いが一人である事を確認しあっていたからです。
昔の恋人とはもう縁は切れているし逢う事も無ければ
話もしたくない、その必要も無いと断言していましたから。

そう言われていましたからアメリカと日本の差なのかもしれないと思い
解ってあげなければいけないのかと思ったこともありました。
でもだんだん、その話をする昔の恋人と言う存在が一人ではなかった事に
驚きを隠す事は出来ませんでした。
昔付き合ったことのある人達、数人とは一生こうして付き合っていくのだと
結婚して数ヶ月がたった頃に言われてしまったことがあったからです。
電話が掛かってきたり、手紙が来たり、e-mailでも交信を続けていたりと
隠す事が出来なくなってきたから、夫は言わざるをえなく
なってしまったのでしょう。
そんなこと結婚前の話し合いの時は一度も言った事がなかったし、
何度も確認しあったのですけど・・・・・・

この反発に対しては私は単に私の嫉妬であるとは思ってはおりません。
どういったらいいのか解りませんけど、あれだけ結婚する前に
真剣に何度も何度も確かめ合ったり、お互いの心を確認して、
お互いが誰よりも大切であることを誓い合ったにですから。
これから先、信じあって静かに暮らせる事を約束して、それで
日本の生活を全て切り捨てて夫の元へと旅発って来たのですから。

結婚して数ヶ月たった頃に私より大切な人がいて、その人の両親は
自分の両親より大切なんだと聞かされてしまった時には
どうしてその事をプロポーズしてくれた後の話し合いの時に
言ってくれなかったのかと思いました。
それより、なぜそのような人がいて、それでもなぜ私に求婚したのか
どうしてその大切な人を裏切るような事をしたのか、
結婚してしまった私に対して、今ではその行為が裏切りに値することに
なってしまうようなことをしてしまったのかと
多くの疑問が私にのしかかってきました。

とても苦しい日々を送ることになりました。
自分が夫にとっては大切な存在でない事を告白され、
その上、毎日脅かされ、罵られ、そして、豚だ、くずだと言われつづけ
周りの人が私の日本での事を知り褒めてくれたり、教えてくれと
問い合わせが来たりすると余計私のことをけなして
私が到底一人では生きていけないのだと、夫がいなければ何も出来ないのだと
卑しい言葉を使い、言葉に表せないような言葉遣いで
私をおとしめるようなことを繰り返す日々を送ってきました。

夫との関係に於いて私にはもうこのままではいけないと言う思いが
芽生え、離婚の申し出をするしか無いと思うほどになりました。

「約束違反である事、結婚を遂行するのに重大な問題があるということ」
を夫に伝えるべきだと自分の中で確信する事に何の躊躇もありませんでした。

そうしたある週末の夜、私は夫に話がある事を伝え、
本当に真剣に聞いて欲しいと話を持っていきました。
始めは聞こえないふりをしたり、いつもの様に無視をしたりと
のらりくらりとしていたのですけど、
こちらの真剣さが伝わったのか、本気で受け止めなければいけない事を
実感したのか、離婚の意思のない夫にとっては返事をする事も出来ないし、
勿論同意する事も出来ず、いつもの様に訳の解らない言い回しで
怒鳴りだして、それでも冷静な私に余計腹が立ってきたのか
でっち上げの作り話をして私を責めだしました。
それでもこちらに何も非が無いことを自覚している私はあせる事もなく
ただ夫と話し合いが無事に終わるように、夫の機嫌がなんとか直るように、
無事にこちらの言いたいことが伝わるようにと最大限の努力をし、
これほどの行き違いがあるのだからあなたはあなたの道を歩いてくださいと、
話をしていたのですけど、突然「自分が悪かった。愛しているし、もう
決して連絡を取り合うようなことはしないから許してくれ、言ったことは
全部嘘で君を愛しているんだ」と謝ってきました。

私にはこれが彼の手段である事はもう既に知っていました。
別れる話をすると決まって最終的には謝ってくる。

毎日私を罵ったり貶めたりしていて、そのことがつらくなり
一緒にいられないという思うが芽生えて、そして話をすると
謝ってくる・・・・・
これが夫のいつもの常套手段でした。

始めの頃は謝られると「もしかしたら解ってくれたのかもしれない」などと
期待をしたり、やり直してみようと希望を持ったりしたのですけど、
こうも同じ事を繰り返されると、その場を治めるだけで、
心の中では既にもうやり直しの効かない事。
本気で別れるしか方法がないことなど心をよぎっていて、
それで先に「伝える事に躊躇がない」と書いたのは
こうした経緯を踏まえた後の結論だったからなのです。


身勝手で気性の激しい夫にはお友達も出来にくいのか
現在「友達」と呼べるような立場の人は過去の恋人以外には
いない様でした。

このようなことは結婚前には何度も話し合った事で
惑わされる様な事が出てくるとは思ってもみませんでした。

仕事から帰ってきたときいつもと違って機嫌がいいなと思うと
「パティと突然ストアで逢って驚いたよ」などと言いながら
見た事もないような笑みを浮かべている・・・・・・

私に何か悪い所がいつもあるのではないかと、笑って過ごす事の
出来ない何かがあるのではないかと何度も自問自答する日々を
繰り返していたような気がします。

ただ今になって思えば夫にとってどれほどいい妻であっても
どれだけ夫の存在を受け止めてあげても、妻と言う立場の存在に対しては
コントロール以外では絆を保つ事が出来なかった人だったのかもしれません。

過去の女性達は皆ドラッグをやるような人たちだった様で、
ドラッグを楽しむ事が出来なくなった時に別れが来たのだと思います。
それが金銭問題なのか、それともほかにあったのかなどは
私には解らない事ではありますけど・・・・・

夫自身がそれほどドラッグをしていたとは思いません。
私と結婚してからは一度もドラッグをしている様子など
2年間見せた事もありませんでしたし、夫が「若い時にやった事があるだけ」
といった言葉も信じていいように思いました。

ビールを飲む量は確かの多かったですけど、ドラッグによって
様子がおかしいと感じたことはありません。
ドラッグをやった人たちがどうなるのかなど見たことがありませんから
断言は出来ませんけど、ビールを飲むのは自宅ですから
その様子は出かけることのない私には見たくなくても
見えることです。

夫はドラッグの事に関しては私には「良くない」と断言していました。
若い時にはアメリカ人なら体験するのが普通だとも言っていました。

大切だと言っていた過去の恋人達と夫は
誰とも結婚などを考えていた訳ではなかった事、
どの女性達もドラッグの常習者で、
そのために刑務所を出たり入ったりしていた
ということをいつの日にか知ることとなりました。
そのうちの一人がその頃刑務所から出てきたばかりで、
まだ裁判所などに出頭しなければならなかったようで、
そのことで夫に助けを求めていていた事など、
到底私の知らない世界の話で、アメリカの社会悪とも言える
不健全でよくない社会の縮図を垣間見たような思いがしました。

こういうことがほかのアメリカの人の生活では決してなく、
私には昔、留学していた頃のクラスメイトや何軒かのホストファミリー
の人々など、普通のアメリカの人たちを何人も知っていますけど
夫との関わりのあった人たちの様なお友達は一人もいませんでした。
誰もドラッグをやってはいませんでしたし、銃を置いてある家は
ありましたけど夫のようなマニアックな人ではなく猟の解禁の時期だけ
猟に出かけていた人など、ごく普通の人たちで、
夫と結婚するまで知識で知っていたアメリカの社会悪を
知る機会は私にはありませんでした。

昔の夫の恋人たち(?)にとっては夫とは話がしやすかっただけで
女性の方も結婚したかった訳ではなかったのだということが
人から聞いて解りました。
夫も自分で「勝手に別れていったのいだから自分には関係ない!!」と
言い切っていたことがありましたから、それも本当だったのだと思います。

私と結婚するまでは昔の恋人とは一度も結婚を考えた事もなかったと
言われた事は事実です。
でもその真相は私には解りません。

初婚であった事だけは確かなのですけど・・・・・


私は何日も夫と話も出来ないまるっきり一人ぼっちで何日も
誰とも話しも出来ない日が続きました。
でも自分で好きな事がありましたから、それでも夫と静かに暮らせる事は
幸せなのだと思う様に勤め、きっともう少し時間もたてば
お互い解り合えるようになるのではないかと日々夫を怒らせないようにと
気を使い、無事に就寝してくれる事をいつも祈っていました。

そんなある日の夕方、外の植物にお水をあげていた私の耳に大きな怒鳴り声が
聞こえてきて何事かと思い夫の書斎に入っていきました。
夫は毎月の作業である銀行への電気、ガスなどの支払い作業をしていました。
電話代の請求書が送られてくるときにどこに掛けたかが記載されてきます。
ローカルエリアはフラットレートですから記載されてはいませんが
長距離電話は記載されます。
結果的にその時にいつもの電話料金より100ドル以上もの
電話料金が発生したのは、夫がインターネットのプロバイダーの
指定した以外の電話番号にアクセスしたためだったという事が
調べてみて解りました。
その電話番号へのアクセスは夏ごろからあったのですけど
夏の間はカリフルニアでは9時ごろまで外が明るく
夫はパティオや、バックヤードで過ごす事が多く、
家の中にはいってきたら寝るだけのような暮らし振りで
秋から冬に向かう頃には夜が長くなりPCに向かっている時間が
必然的に長くなり、そう言うことで数ヶ月間は
気がつくこともなく過ごして来ていて、この月になって
大きな金額が発生し気がついた・・・・と言うことだったのです。
自分の過失であったにも関わらず、私を大声で怒鳴り散らかし、
罵倒し、罵った事に対しては一切誤ることをしようとはしません。

必要があって日本領事館(サンフランシスコ)に掛けた電話の事で
後になってひどく怒られてしまい調べれば解る事なのに
「昼間内緒で恋人と電話をしている」などと言い出し、
いくら私が「日本領事館に掛けた」と言っても信じてはくれないばかりか、
「電話を使いたいのならこの電話は使わずに自分で引いて掛けてくれ」とさえ
言い出したこともあったほどです。

そればかりか日本のニュースが見たいなら自分でケーブル代を出せとか
(アメリカはケーブルテレビジョンです)
ただで食事をしている。食費を出してくれ等、思いがけない言葉で
ののしり押さえつけられる事に驚きを隠せませんでした。

夫は私を社会から孤立させる為に、電話を使う事を許さず、外出を禁止し、
友達が出来ないように、尋ねてくる人が出来ないようにしました。

そのためにお金を持たせることもせず、入管の手続きの時にいろいろな
質問の項目があってその中に妻名義の銀行口座があるか等の質問があり、
手続きの為に書類は作成したのですけど、カードは勿論、チェックブックなど
何も持たせてくれたことは一度もありませんでした。
(注:それがないと、偽装結婚をしてでもアメリカに移住したい人がいるため
チェックが厳しくなっていて、共有財産の名義の変更や、いろいろな必要書類を
出さなくてはならなくなっている)



夫は私をコントロールするために自分の出来る限りの力を使いました。

私がお友達を作らないように・・・・・
私に味方が出来ないように・・・・・・
夫がいなければ私が生きていけないのだという事を
植え付けるように・・・・・・



決して人として対等ではないあり方の中での
夫の自己満足だけの世界を確立しようとしていたのです。


July 31, Wednesday
Ruby










TOPページに戻る