プロフィール


遠いカリフォルニアの空のしたから日本のお友達へ



私は今年2月(2002年)にDV夫からシェルターに保護され、 PTSDの治療中。
多くの方々の手助けをうけ心理学を学びながら
社会復帰を願っています。


HN: Ruby

性別: 女

年齢: 中年?

居住地: カリフォルニア

好きな事: クラッシック音楽を聴く、作曲する、
          絵を描く、詩を作る

今していること: 心理学、心療内科通院
          ホームレスチルドレンのアートセラピー
          アートの制作随時
          日本町のシニアホームのカウンセリング

ペット: 猫、小鳥





HN: 翡翠

   未来永劫に輝く石と意志

   私達はここにこうして存在する
   その事実は未来永劫に変わらない
   たとえこの身が朽ち果てようとも
   私達の意志は 必ず誰かの中につながり残り
   未来永劫に輝き続ける







初めましてRubyです。
私はサンフランシスコに住んでいます。

私はドメスティックバイオレンスの被害者です。
夫からの暴力により公的機関の方々の助けを借り
家をでる事には無事に成功し一時避難所であるシェルター
での生活を3ヶ月間した後には行き先もなくなり
ホームレスになってしまいました。
当然家に戻る事も出来ず、この先の見通しもつかない
難しい状況の中での生活者です。

幸いにも友人の所にお世話のなる事が出来
物理的にはホームレスではなくなりましたけど
現実問題ホームレスとして福祉の援助を受けています。
なぜかと言えば生活をするために必要なお金を稼ぐ事が
出来ないからです。

日本での仕事を辞めアメリカに住むようになったから
と言う事ではなく、それ以前の問題が
今私の人生に大きく立ちふさがっているのです。

それは精神的抑圧の中での生活の後遺症により、
見知らぬ人との会話が困難である事。
時折、人にとってはなんでもない会話によりパニックに
陥り自分ひとりではその場をしのげなくなる事など
多くの思いがけない症状に見舞われる事が多く、
今まではいつもそばに誰かがいるという状況のもとでの
症状のあらわれだったのですけど、これを跳ね除けてまで
自分ひとりで社会に立ち向かっていける勇気をまだ
持てないでいるからです。

社会的にも夫との絆を切るために今弁護士を通して
離婚の申請をしているのですけど、この書類が夫の元に
届くのがいつになるのかも今のところ解りません。
色んな意味で暗中模索の日々であり、また夫との生活の中で
受けた被害により心的外傷後ストレス障害(PTSD)に悩まされ
毎週心療内科に通いながらの生活です。

今家を出てから半年が過ぎてしまいました。
やっとこうして少し自分のことを話してもパニックにならないで
書き綴る時間を持つ事が出来るようになりました。
でもいつもではありません。
治療中であって快復している訳ではありません。
体調のいい時があったかとおもうと突然鬱状態に陥り
眠れない日々を暮らさなければならなくなります。

でもこの鬱に陥るのも何もなければなる事はないのです。
いくつかの悪条件の重なりの中で起きているのが
今では自分でも判るようになりました。

シェルターではサバイバー(被害者)に対して一人のスタッフがつきます。
その人がそのサバイバーのケースマネージャーになります。
私の場合、自宅に近いカウンティーのシェルターにまず保護され、
日本人であると言う事で色んな意味の配慮から対応の可能性の大きい

サンフランシスコのシェルターへと移動しました。

サンフランシスコへ移った後でも最初のシェルターとは
連絡など取り合っていました。
そのことは今でも変わりはありません。
こうして友人の家にお世話になっているのですけど
ふたつのシェルターとの連絡は密で
私の社会復帰への応援をしてくれています。

同じDVの機関であっても、全く組織の違う保護機関なのですけど
被害者救済が第一の目的になっているため、この様に機関同士で
連絡を取り合ってサバイバーの為に一番いいと思われる方法を
とってくれるようです。

私を保護くださったシェルターは2つでしたけど、その橋渡しにもなった
アジア人のためのDVセンターにもお世話になりました。そこの○○子さんは
サンフランシスコのシェルターに何度か来て頂いて、
今でも時々電話などで相談させて頂いています。

ふたつのシェルターのケースマネージャーとは特に密に話をしました。
一緒にいる時間が長いために、少しずつではあってもそのサバイバーの情報は
増えていきます。
そのことが後になって行われるDr、カウンセラー、セラピスト、弁護士の方々との
話し合いの上でとても重要になるからです。

決められた時間の中での話し合いの時にパニックに陥ったり、
ナーバスになってしまって話ができなかったりと、
本人からの事情を聞き出すの困難さをこのケースマネージャーの存在によって
改善する事が出来るのです。

これまでDr、カウンセラー、セラピスト、弁護士の方々と
何度も話し合いをし、私の状況を把握する作業が行われました。
それは私には苦しい時間となり、随分と長い時間を要したのですけど
今ではその頃とは違ってきています。
何度も何度もパニックに陥り、
自分との戦いの中での作業を繰り返しでしたけど・・・・・

これだけの時間を要しても被害の全てを今手助けして下さっている
方々に伝えられた訳ではありません。
とりあえず色んな意味での書類作成上必要な情報くらいは
提供できたと言うくらいの事だと思います。

被害の症状のひとつである相変わらず人の中に出ること、
一人で出かけることができないなど、まだ自由に動き回ることの
出来ない状況ではありますが、
私が体験した事を少しずつでも書き綴っていきたいと
思っています。
なぜかといえば

ドメスティックバイオレンスを社会の人々が
夫婦喧嘩の延長や、大きな夫婦喧嘩がドメスティックバイオレンスとの
誤解と錯覚で認識している人たちが多い事を知ったからです。


これは私がドメスティックバイオレンスの本で知ったということでは
ありません。
勿論本の中でも感じる事はありました。
そうではなく

同じ被害者である人達でさえそう思っている人のほうが
多いという事実をシェルターの中で知ったからです。


このことについて私の中でどうしても人々に解ってもらわなければ
ならない事を強く感じたからなのです。

こうして書く作業も余り長くは続けられません。
書くことでやはり夫との生活を思い出しますし、
体力的にもまだ健康とはいえない状況です。
何からどのようにお伝えしたら解りやすいのか
解りませんけど心のままに書いていきます。


July 23, 2002
Ruby











TOPページに戻る