希望の使者


マサチューセッツ州にあるDV機関のMさんとの交信記録です。






君は芸術家ではない!!君は音楽家ではない!!君のコンサートの写真は偽者だ!!
この君の絵は君が描いたものではない!!
君のもっている資格は君のものでは無い!!君は何も出来ない!!
君には何も出来ない!!君には何も出来ない!!君には何も出来ない!!・・・

今でも夫から言われつづけていたこの言葉が私を苦しめている・・・・・







申し訳ございません。
都合によりこの章(交信記録)は掲載できなくなりました。
わたくしからMさんに出したメールを掲載いたします。


尚、削除した部分が多いため、かなりおかしな章になってしまいました。
今、体調が悪くこれ以上の編集作業が出来ません。
体調と相談しながら少しずつ編集作業をやりますのでもうしばらく
お待ちください。
2002年9月18日
Ruby





2001年11月2日

始めまして。匿名でもいいのでしょうか?
Rubyと申します。
やっとメールを書く決心が出来ました。
(略)
文章にどのように表していいのか判りません。
ホットラインがあるから電話を掛けてみようかとも何度も思いましたけど、
それも出来ません。
電話を使えば履歴が残り、きっと問い詰められると思います。
私は今でもどこへも電話を掛ける事が出来ません。
日本への家族へは勿論、掛けるのは夫の家族と、夫の知っている近所のうち
以外へは電話を使ったことはありません。

去年、アメリカに来てから誰とも話さない、外へも出かけられない、
土・日が休みの夫にお買い物に連れて行ってもらえるようになったのも
来て数ヵ月後で、それも毎週ではありません。
それまでは土・日でさえも、どこへもいけない状況が続きました。
夫だけ友達と出かけて、いつも私はひとりで家にいました。

そのうえ、後になって土曜日か日曜日の一度だけ食品の買い物に
行くようになっても、「運転が嫌いなのに、休みの時までこうして
連れて行かなければならない」といって恩を着せられるような感じで、
わたくしがひとりで食べるわけでもないし、当然必要だと思われる事にも、
気を使う状況でした。
でも夫は必ず毎日外へ出かけます。
運転が嫌いなはずなのに、休みの日はひとりで買い物に行きます。
それはどうしても必要なビールを買うためです。
そのほかにも何かあるのかもしれませんが解りません。
さまざまな言っていることと行動の一致を見る事が出来ません。

わたくしの住んでいる所は山の上で、私有地という事で郵便受けまで
1.5マイルほどあります。出かけることも少なかったので郵便受けから
先はもう判りません。
そんな状況で、知人友人もいない、出かけたことないから地理もわからない等、
その事は誰よりも夫が良く知っているはずです。

今年の夏にデッキの植物にお水をやっていて、鍵を閉められたこともあります。
日没前の作業で、閉められてすぐに暗くなってしまいました。
汗に汚れたTシャツとショートパンツの格好で、お金も何もないまま、
窓も玄関も鍵を掛けられてしまったのです。
夜になるとマウンテンライオンやコヨーテの出る場所です。
(略:この間ページ数2枚省略します。)
こんなことがあっても夫の母親からはわたくしが責められてしまいました。

私はきれいになる事が好きな性格ですから、掃除が嫌いなわけではありません。
それなのに夫は母親に「掃除もしないし何もしない」と伝えているので、
毎回電話で母親から何かにつけこのことを責められます。

その上、母親からの依頼で突然父親が2時間以上も遠い所から
私の掃除が行き届いているかどうかのチェックに来ます。
何の用事も無く来てすぐ帰ることを始めは不思議にも思ったのですけど
その理由は知りませんでした。
ある日夫の母親から「この間はきれいに片付いていたらしいわね」という事を
言われて「そうだったのか」と愕然とした事がありました。
そしてクリーニング用品(洗剤、その他の便利な商品)が
毎回わたくしへのプレゼントになっています。

質問なのですけど、わたくしはカリフォルニアに住んでいます。
この機関がニューヨークにある事は読んで判りました。
とても遠いです。何かがあった時に相談して、現実問題、
遠い事は障害にはならないでしょうか?
それとも、もう少し近くにこのような機関があるでしょうか?

わたくしの場合夫からの暴力はありません。
暴力を受けた人しかこの機関への相談は無理でしょうか?
ただ、今ここに具体的には書けないのですけど命の危険にさらされる状況は
時々あります。
(略)
人間の尊厳をも失われるほどの言葉の暴力はこの相談には値しませんか?
わたくしは今、自分が大切にしてきた芸術性まで、否定されたり
罵倒されたりしていて、少しでも解って貰おうと、随分努力をしてきました。
あまりにもひどいので近所の人が、夫の母親に相談してみたらと
言ってくれたのですけど、なかなか言う事も出来ず、
(返事がわかる気がして)そうしているうちに、全てではないけど、
ある一つの事が母親に知れるところとなり、少しは改善されるかと期待
(?少しだけ)したのですけど、結局むなしさだけが残るという現実を
突きつけられました。
それは、ある夜夫が私を締め出した時に近所の人が助けてくれて
警察に電話するというのを私が止めたのですけど、度重なる屈辱的な出来事に
その助けてくれた人が夫の両親の家に電話をして日々の事を話してくれたのです。
でも母親は夫に問い合わせた時の夫の言葉をそのまま信じ近所の方の
行為もむなしく伝えられた事実より、息子の言う嘘を信じて
又わたくしが責められてしまいました。
このような屈辱的なあり方では、ただわたくしが我慢するしかないのでしょうか?

何故、夫が私と結婚したのかさえ今では理由が判りません。
本当に愛してくれていたとはとても思えない事が続いています。
「日本人は頭がいいから結婚したら財産が半分自分のものになる」と、
そんな事ばかり言い、私を責めてきます。
結婚したことにより出てきたいろいろな諸費用が、夫にとっては
腹立たしい事になっているようで、医療保険もやっと2ヶ月ほど前に
作ってくれました。
このときも家族総出でかんかんがくがく、大変な思いをして、
何か事があるたびに、機嫌を損ねては怒鳴り散らかし、汚くののしり、
結婚の意味も夫は知らないのかとさえ思うほどです。

わたくしの人格をも否定しながら、嫌な思いをするのなら今すぐでも
離婚して欲しいと思い、その話をすると「愛してる」と言って、
話を終わらせ、わたくしの質問には決して答えてくれません。

わたくしは今心のそこから離婚を考えています。
(中略)
体調の悪い日が続き夜中から朝までバスルームで倒れていた事もあります。
書くことはもっともっとありますし、言えないこともまだ沢山あります。

人にあまり相談する事もなく長い間生きてきました。
夫がアメリカ人であることや、アメリカに住んでいるのですから
アメリカの法律に基づいて生きていかなければならない事は承知しています。
ただアメリカの法律を、人間として普通に暮らしていく事だけしか
考えていないから、知らないのは確かです。
いろいろな制約があるのでしたら教えていただきたいと思います。
匿名Rubyより



これは私が最初にインターネットで見つけた公共機関で、
やっとの思いで書いたメールです。
どう言う対応をされるのかが全く解らず文中に肝心な事を書けないまま、
まとまりも無く書いてしまいました。
書けなかった部分は夫から銃で脅されるという事です。
夫は銃のコレクターで50丁以上もの銃を所持しています。
この事を最初のメールにはどうしても書けませんでした。
銃で脅かされている事など書いて夫に迷惑が掛かってはいけないと
思いながらの作業でした。
夫に迷惑を掛けることなく別れる事ができればもう何も要らないという
想いで書きました。
この時点では返事がくるのかどうかもわかりませんでしたし、
書いた後も書いたことで不安になったりしました。

夫とは私が昔、留学していた頃に知り合い、帰国後も時折手紙など
出し合って10年ほど交友を続けていて、求婚され結婚しました。
結婚して1ヶ月ほどは変な様子も無く幸せな日々が始まったかのように
思っていました。




Mさんからの最初の返事

2001年11月8日

Rubyさん。
長い間、我慢してこられたようですね。
(後、省略)



これがMさんから最初に送られてきたメールです。
折角返事を頂いたのですけどやはり次に出すまでに少し時間が必要でした。
初めて自分の置かれた立場の事を第三者に話しその事に対しての
複雑な思いが自分の中にありました。
出したメールは感情を相当抑え肝心な事は書くことをせず、
それでも書きたいことがたくさんあるとの思いで、
多分思考もかなり混乱していたのか思いつくまま、
まとまりも無く書いてしまいました。
(省いてしまった部分が多くてすみません。)
そんな文をここに記すのは恥ずかしいような思いもしますけど・・・・・
今こうして生を受けていて今思い出しても夫との暮らしはまるで
ドラマだったのではないかと思うほど普通に暮らすのが難しい生活でした。
誰にもいえないまま1年以上の時間を一人ぼっちの状態で過ごしました。
日本を恋しく思っても連絡も出来ない、友達もいない、外出も出来ないし
(外出は到底不可能という状況です)電話も使えないという
本当に信じられない世界にいて、やっと見出した光がインターネットでの
交信でした。
この孤立からの脱出を導いてくれた方との2001年11月上旬から
2002年2月上旬までの4ヶ月の間の交信記録をここへ記します。
尚個人名などは変更、文章の省略などはお許しください。




2001年11月8日

M様。Rubyです。
お返事をありがとうございました。あの日脅かされて怖い思いをして····

わたくしの場合、肉体的に暴力を振るわれる事はありません。
でも脅される事はたびたびです。
(略)
理由も無く、彼氏がいると騒ぎ出して、見つけたら殺してやると言われたり····
ボクは愚か者ではない騙されない、君に恋人がいることは判っている、
と言ってみたり····

勿論、誰とも話のできる状況ではないし、そんな人もいません。
裁判をしてもどんなに調べても何の私に不利になる状況は出てきません。
何もないのですから。
というより夫以外の人と話すなどと言う事が不可能な状況下にいるのです。
夫がそれを望んでいない、という理由は勿論ですけど、
物理的にも不可能なのです。

前の時に書けなかった事、それは夫が銃を持っていることです。
(略)
書いてあったご質問にお答えします。
病院へは行けないと思います。つれて行ってはくれません。
私がお金を使う事は出来ません。ましてお金など夫が管理していて
「君名義のカードなど絶対作ってあげない」と言われています。
運転免許もまだ持っていませんから、一人で出かける事はできません。
免許を取りに行きたいと言ったら「誰がそこまで連れて行くのだ」と言われ、
「僕に仕事を休んで連れて行けと言うのか」と言うような人です。
住んでいるエリアにはバスなどの手段も無く未だに夫以外の人を
知らないと言う生活の中で夫が連れて行ってくれなかったら
どこへも行く事が出来ないのです。

心理カウンセラーも無理です。お金の掛かる事は全て出来ません。
自宅の郵便受けまで私有地という事で1.5マイルほどあり、
その先はまだ道がわかりません。家は山の上です。
歩いてはどこへもいけません。

今私が考えているのは、なんとか免許を取って自分が自由に動けるようになる事。

何をするにも時間が掛かるのは確かです。ひとりで何も出来ない状況ですから。
うまくタイミングが合って、誰かと外に出られたら・・・・・
一つづつ、そのための準備をしようと思っています。
(略)
日本にいるときのように思ってすぐ何かができる訳ではないけど・・・・・・
一つの事に何ヶ月も掛かっても仕方がないこと····かめさんより遅い?
今までの何事も全てそうです。
たった一つの必要なものを買うために日本でならその日の内に手に入るものが
ここでは何ヶ月もかかります。
近所の人はそうではありません。
日本と同じでその日の内に手に入れることは容易です。
わたくしの場合だけがそれが難しいのです。
協力者がいないと何も出来ないし、唯一の協力者である夫が協力を
拒むのですから・・・・・
(略)
ただただおびえて泣いて過ごして来た訳ではありません。
夫とは勿論戦って(?)きているのですけど、自分とも戦ってきました。

夫が協力してくれたら早く済むことも、問い掛ける事さえ、
むなしい結果しか返ってこないから仕方がないのです。

まだまだ自分の心を信じています。
自信を無くしたことが何度もあったことは事実です。
でもどんなに落ち込んだリ苦しんだりしても、まだ奮い起こす勇気が
残っていた事も知っています。
何度も何度も起き上がりこぼしのように・・・・

又もう一つ話してもいいですか?
バタラーを意識している人の学びの場があることは関連リンクからわかりました。
でも夫のように自分が被害を与えていることを自覚していない人の場合は、
わたくしの声が届かないのは当然だとは思います。
言っていることを全く理解しません。
それを判らせる方法はあるのでしょうか?

先日の脅しで今までもそうであったけど改めて
全く離婚する気がないことは判りました。
でも、離婚する気がないのなら彼に改善を求めたい。
勿論離婚の話をしてOKしてくれれば問題はないけど、それは考えられません。
夫に知らせる方法はないのでしょうか?
夫に知ってもらうため自覚してもらうための方法があるのでしょうか?
縁あって夫となった人です。このままでは夫自身不幸だと思います。

わたくし自身はボランティアの関係で心理学(精神医学)も学んだ事もあって、
夫との関係をここまで冷静に判断しながら来られたような所もあるのです。
まさか自分の生活に役に立てるとは思ってもいませんでしたけど····

プラス思考のわたくしと違って夫は社会に不満、両親家族に不満、学校に不満と
自分の状況の悪さは全て人のせい、自分の責任とは思っていないから、
日常会話の口から出てくる言葉は不平ばかりです。

人を変えることは出来ないって何かの本で読みました。
そうかも知れない。でも、人のせいばかりにするから夫も苦しくなる、
ちょっと角度を変えて、自分を振り返ってみたり、今までと違う視点で
もの見てみたらってきっともっと自分が楽になるよって、
もう少しリラックスしたらって、世の中楽しい事沢山あるよって
教えてあげたいと思っているのはおごりでしょうか?
もう母親のいい子はやめてもいいよって言ってあげたいと
いつも思っているのですけど······
(略)
この状況の中でできること、きちんと見つけて進んでいきたいと思います。

日が短くなった事で、被害が少なくなりました。
あまりアルコールの多くはいらないうちに寝室に行く季節になりましたから···

こうしてお話できる所がわかっただけでも気持ちにゆとりが出来ました。
(略)
Ruby



2001年11月13日

Rubyさん。

Rubyさんの、葛藤の日々のメール、読ませていただきました。
(後、省略)



こうして話ができるようになるまでに随分と時間が過ぎてしまいました。
毎日夫婦で幸せに暮らせるようにと、どうすれば夫がわたくしを脅さないで
寝てくれるか、夕食には何を作ればいいか、当然夫のランチは私が作るのですど、
夫の好物であるサラダに使う野菜がなくなるのはとても困りました。
でもお買い物にはいけません。
幸いケーキ、マフィンなどはオーブンで作れますからガスは切られていても
電機までは冷蔵庫などがありますから切る事も出来ず毎日作る事は出来ました。
(我が家のオーブンはガスではなく電気でした。)
ランチに関しては怒られる事は無かった・・・・
でも理由も無く怒鳴り散らかす夫・・・・・
私にだって必要なものがあった・・・・日本から持ってきた化粧品や
日用品はいつまでもあるわけではない・・・・・でも買っても貰えない・・・
昼間そんな中でできる小さな幸せを探しながら生きてきた・・・・・
恵まれた自然を心から感謝し、生きている事だけに喜びを見出していた・・・
小鳥のさえずりをたくさん聞けるように餌場を作り、
可愛い姿が良く見えるようにハチドリの蜜を毎日取り替えてと・・・・・・

Mさんから又いくつかの質問が入りました。
それでその事に関しての返事を出しました。



2001年11月26日

M様
メールを本当にありがとうございます。
わたくしの事、今わたくしに生あることを知ってくれている人がいると
いうことに心から感謝しています。

とてもいい時代になったと思います。
本当にどうする事も出来ない状況のもと、時間は掛かりましたけど、
こうしてご相談できる事ができるのですもの。

お知らせしたほうがいいと思われること、思いつくまま書いてみます。
又書くことが以前書いたことと重複したり、乱文になると思いますけど、
真意をおくみとりください。

夫は今ドラッグはしていません。(と思います。若いときはあったようです)
アルコールは大好きな人です。
アルコール中毒がどう言うものかは、わたくしには、はっきりは判りませんけど、
もし毎日飲む人の事をそういうのなら、夫は確実にそうです。
1日として飲まない日はありません。
ただ、休日は一日中飲んでいますから量は沢山になります。
(缶ビール12本は簡単になくなります。普通の日の仕事の後でも
12本無くなる事もあります)そうするとおかしくなるのは確実です。
でも、わたくしはアルコールのせいで夫が変だとは思っていません。
確かにきっかけにはなるのですけど、飲まなくても銃を撃ってみたり
脅してきますから。

先日も訳のわからないことを言い出して発砲して脅かされてしまいました。
こちらは暴風雨と一時は1センチ以上のヒョウなども降ったりしたほどの
悪天候で、デッキの落ち葉の吹き溜まりを見て
「君が掃除をしないからこんなに汚い」とののしりだし、
電話帳をわたくしに渡して「君がきれいに出来ないならメイドが
必要だから探せ」といったり····それも自分で捜して自分でお金を
払えと言っていました。

ここは山の上で木立も多く、掃いても掃いても落ち葉が舞って落ちて来ます。
わたくしはこの自然が大好きですけど、夫からは思いがけない事を言われて
驚くばかりです。「君のせいでデッキが壊れる」???って言われて
戸惑ってしまいました。
落ち葉がたまって湿るから木がもろくなるって!!??

私がいようといまいと落ち葉は落ちると思いますけど···それに外は暴風雨です。

それなのに、その事でブタ呼ばわりされるとは夢にも思っていませんでした。
キッチンに水滴が一滴残っていただけで、床に髪の毛が1本落ちていただけで
夫は母親に電話して「家が汚い」とわめき散らかします。

「君がこんなにブタだとは思わなかった」と言われる度に、
「それならお互いやり直しましょう」と言うのですけど、
訳が判らない事を言って話になりません。

結婚したことで「財産が半分君のものになった」と散々いやみを
言うくらいに心配なら、そんな事考えたこともないのだから、
何もいらないから別れて欲しいと思っているのは事実です。
(略)
わたくしが大切に思う目に見えないものより、夫にとって身を守るものは
銃とお金で、人が嫌いで、何か悪い事は全て人のせいにしてしまいます。
(略)
夫にはわたくし以上に大切な事がいくつもあって、このことは
婚姻を遂行するのに問題が多すぎると思います。
(略)
今思えばもしかしたら本当にメイドが必要だったのかもしれません。
そのくらいの軽い気持ちで結婚したのかもしれません。
そう思って何度も自分の見る目の無かった事、求婚の言葉をそのまま
信じた自分の愚かさを、悔やみました。
(略)
気丈にしているつもりですけど、心が少しは疲れていると思います。
時々自分でもヤケになるような気持ちになる事もあります。
落ち込んで何もかもがいやになり、どうしてこうなのだと
自分を責める事もあります。
(略)
もしMさんのおっしゃるように近くの機関の方を紹介して頂いて
お話をさせていただくのに、夫にその事が知れたりしたら、
その時のリアクションを考えると、その事が怖いと思います。

わたくしからはお電話も出来ません。
毎日こんなに銃で脅かされたり、傷つけられているのに、
どうする事も出来ないでいる。
本当に独り立ちしたいと思っているのですけど····

日本で誇りを持って生きてきたのですから、ひとりになって又
創作活動をしながら生きていきたいと思っています。

そしてDVの事、勉強したいと思っています。
現実問題、肉体的な暴力を受けている人の被害の大きさや、
それらの人にサイクルがあって、命の危険性を、事前に知る手がかりが
あるように書いてありましたけど、わたくしの様に肉体的には暴力を
受けていないけど、アメリカという銃を一般人が持っていることが
当たり前(?)のような社会でその前兆をあまり感じる事が出来ない、
でもいつも命の危険と表裏一体である事に対して、どのような方法が
あるのかなど知りたいことがたくさんあります。

これは離婚をしないために考えているのではなく、離婚が出来ないかも
しれないこと、それと出来ても離婚するのに時間が掛かるかもしれない事、
離婚の話さえもまともに出来ない事など、いろんな状況が考えられます。
そして、自分だけがここを逃げ出して済むのではないと言うことなど、
いろいろ考えると、同じようにどうする事も出来ないで苦しんでいる人も
多いのではないかと思います。

肉体的な暴力を受けている人なら警察に話せば、逮捕もしてくれるかも
しれないけど、わたくしのように目に見える被害がない場合に人に
訴える事がとても困難です。
でもMさんのおっしゃるとおり確実に危険です。

先日も「銃の撃ち方の練習をしろ」と外に連れて行かれて、
的を5個用意してありました。
わたくしは練習する必要を感じないので拒否しましたけど、
そのやり取りはとても怖いものでした。
前の夜に両親の家で数人の大人と子供が船が漂流して島で獣に襲われたり
自然と闘って、無事に救出されると言う映画を見たのです。
撃つ練習をしろというのはその映画を見たからです。
何の脈絡もないのに平気で「昨日の映画見ただろう」と言う言い方で
練習を強いるのです。
わたくしが「映画見たわよ、アレは物語だから」と言って結果的に
わたくしが撃たない事で自分がやけになって発砲して五つの的を確実に
1発づつの弾で弾き飛ばしました。
5発撃って5つとも正確に射止めました。
その腕前の確実さは、そのまま恐怖を感じます。
(略)
最近わたくしに興味を持ってくれている人が何人かは出てきましたけど、
夫の銃コレクターであることや気が短く何かあると発砲していることは
誰もが知っていることで、夫はここにもう長く住んでいますから、
あまり関わりたくないと思っているのも事実だと思います。
多分近所の人も怖いのです。
そして両親が言いなりなのは彼らも怖いと思っているのかもしれません。
これは判りません。息子だから盲目的に愛しているのかもしれませんし···

ただ母親の影響が強い事、若いときの両親の姿が夫に強く影響している事は、
とてもよくわかります。
夫の影の部分は両親が作ったと思う事も夫の話の中から判りました。
その事が原因で母親とは親密に父親とは断絶して、
早い時期に家を出てしまったようです。

わたくし自身の生い立ちを考えてみた時、夫の家族の話を知ったときは
「物語ではないそのこと」に驚いてしまいました。
まさかと思うような話が現実にあることに·····まだこの事は書けません。

こんなわたくしの話を聞いてくれる機関がこの近くにあるのでしょうか?
わたくしの離婚が無事に成立すると思われますか?
成立しなくても、ここを出て行けると思われますか?
多分このカウンティーにもこれらの機関があるのかもしれません。
でもここは日本人が少ないです。

すみません失礼な事を書いていると思います。
人があまり判ってくれない事は最初の離婚のときに経験しています。
人によっては「あなたの我慢が足りない」という言葉で
さらに傷つけられることがあるほどです。
夫の言葉のように、脅しとか暴力的な言葉ではないのです。
でもとても傷つくのです。
やっとの思いで話をして、そして判ってもらえないと····本当に辛いのです。
Mさんには聞いてもらえてると思っています。心からお礼を申し上げます。

もう何もいらないから静かに暮らしたい····それだけです。

今日もまとまらない分になりました。長いメールで申し訳ございません。
又心のままに書いてしまいました。本当にありがとうございます。
私らしく又生きていく日が来る事を信じています。
それまで又応援してください。



2001年11月27日

Rubyさん。
メールありがとうございました。
つらい状況の中、がんばってられるのが、うかがえます。
(後、省略)



2001年11月30日

M様。
いつもありがとうございます。お返事を頂けるだけで心強く感じます。
早速ですけど、ご心配頂いている件に関してお答えいたします。
パソコンに関しては大丈夫です。お互いの部屋にはほとんど立ち入りませんし、
夫は全く日本語がわかりません。
読めないながらも「何人も恋人がいる」とは言っていましたけど···
この「恋人がいる」は何のときでも言いますから、もう気にしても
仕方がないのです。電話であろうと、手紙であろうと、何も無くても
「君に恋人がいるのはわかっている」と言い出して「見つけたら殺す」などと
言い出すのですから···
気にしても仕方がないとは思いながらも、言われるたびに、何とも言い様のない、
嫌な気分のなるのも事実で、精神的にはストレスになっていると思います。
(略)
結婚でこちらへ来た頃あまりにも夫が入管の手続きに着手しないので、
なんとか自分で出来ないものかといろいろ日本大使館へ電話を掛けたり、
「のびる会」と言うのを紹介してもらって、そこで問い合わせをしたりと、
まるで普通のことだと思っていたから掛けていたのですけど、当時の電話の事、
後になってから言われたのですけど「君は恋人に電話をしている」??
それだけではなく、数ヶ月前に電話料金がいつもの3倍以上の金額で請求書が
来た事があって、結果的には夫自身の、手違いで料金が発生していたにも
関わらず、「内緒で国際電話を何故掛けたのか」と散々言われ、
もう怒り狂っているから治まりもつかず、自分で気を治めるためなので
しょうけど銃を持ち出し、外で発砲してたり···・・
電話など何を言われても内心では銃の事などがあるからドキドキは
していたのですけど、「何故この金額になったのか」を調べたり、
平静を装ったり····ただ自分では決して原因を作っていないという
確信があるから、落ち着いて対処は出来ましたけど····
このことは前に書いたかもしれません。
でも電話の質問には解りやすい事だと思い又書きました。

もう泣いたり、訴えたり、苦しんだりという時期はすぎてしまい、
そういう行動は何もしなくなりました。
それらの行動は、そうする事により事が改善されるのを前提に取る行動だと
思うのです。
判って欲しいから訴える、訴えても判ってくれないから、悲しくなる、
どんなに悲しんでいても、理解も示さないし、無視される、
そればかりか反対に脈絡のないことでののしられ、今まで誇りに思っていたこと、
自分生きてきた歴史、人格をも、まるで虫けらのように否定される。

でも、Mさん。わたくしそれでも今生きている事を幸せだとまだ思えるんですよ。
わたくし生きたくて生きてきました。
生きている事が楽しくて、幸せでしたもの。
健康で暮らせる事、ありがたいと思ってきました。
今は確かに辛い事が多いですけど・・・・
そしたらそれは自分でやり直す方向へ持っていけばいい。
勝手なようだけど、夫とはそれができないのなら又ひとりになればいい。
夫だってわたくしがいなければ言わないで済むのですもの。
わたくしも、ひとりになれば、人に対して不満なんて感じなくていいのですもの。
人に不満を感じる自分も嫌です。たった一つ、夫がわたくしの事を妻として、
わたくしそのものを認めてくれれば何も問題はないのですから。
心を踏みにじったりしなければ····お互いの人格を認め合って時間を共有
できるのなら、わたくしは夫が人にとっての変わり者でもいいのです。
お互いを信じて生きていけるのなら・・・・・

自分の心は自分で守る!!これがわたくしの生き方です。

人間の尊厳を考えた時に誰に支配される事も無く、自然の恵みに感謝して
心豊かに生きる。
この事意外はわたくしの中に何もありません。
今までがそうであったように、これからも····
幸せな事に人間は知恵を授かって生まれてきていますもの。
これがダメならこうしてみようってトライできます。
今のこの辛い状況がわたくしの人生の末路ではないのですもの。
今まで自分で道を切り開いてきたように、これからだって
自分の生きて行きたいと思う道、選択出来るはずですもの。

ただ少し遠回りするかもしれない。日本にいた時とはかなり状況的に
難しいかもしれない。たった一つのことをしようとして、それを実行に
移す事がとても困難な事は事実です。
でも時間が掛かっても出来なくはないのですもの。
アメリカに来てすぐから夫との事が大変難しいと解ってしまって、
始めは共に歩くための努力をし、そのうちそれも難しいことと判り、
次のステップへと進んできている·····

こうしてわたくしのような状況の人のことを理解してくださる方と出会うことが
出来ました。Mさんです。たとえメール上であっても。今までと同じではない。
誰にも話せる人もいなくて、苦しかっただけの時からすると、大きな変化、
大きな前進。とてもスローだけど····確実に前進している·····

この近くの方の情報をありがとうございます。
きっとMさんと同じで判ってくださるのだと思います。
でも今はMさんとお話できているだけでもとても心が楽になって幸せです。

本来あまり人に相談する事を由としてきませんでした。
人に相談する事で解決できる事ではなく、自分で超えていくしかなかったのだと
思います。相談したことで余計辛くなった事もありました。
何でも自分でできるとか、何でも解っているなどというおごりからでは
ありません。今まで立った苦境は日本であった事、自分が若かった事、
経済的にもう少し今よりゆとりがあったことなど、今の状況からすると、
まだ自分でなんとか努力をする事が可能な状況だった様な気がします。

今回の事は自分の知らないことも多く、自ら相談したいと思いました。
専門家の方の知識を元に教えていただけるものがあれば、
真摯に受け止めたいと思いましたし、アドバイスを頂きたいと思いました。
普通に人生を歩いてきた事に対しては歳を重ねてきた分、それなりの解決方法を
見つけ出すとは思いますが、こんなに長く生きて来ていても今回は何度も
戸惑う事がありました。

夫は自分の知っている範囲を自分でますます狭めているような人で、
その上身勝手ですから、たった一つの事が何ヶ月も掛かるし、
その間の夫の横暴さは今まで味わった事のないほどの苦渋の時となります。
保険の事、銀行の事、必需品の購入の事など、生活していく上で当然と
思われることに対してもとても大変な時間を過ごします。
(略)
時間と共にこの現実的な問題は整ってきているのですけど、相変わらず脅しや、
ののしりの言葉は一向になくなる気配はありません。
今日も風雨の中、7時過ぎていたにも関わらず、アンテナの向きを変えると
いうので、もう暗くて危険だから止めるように話したら「僕が死んだら君は
幸せだし、恋人も喜ぶだろう」などと言いだし、自分で気分が悪くったのでしょう
耳をふさぎたくなるような事ずーっと言っていました。
どうしたらそんな発想になるのか、なぜ理由も無く脈絡のない話をして
責めるのか。責められるいわれのないことで口汚く言われると本当に疲れます。
銃をすぐ持ち出すのがやはり怖いです。そして憂さ晴らしに外に向け発砲します。
発砲すると少し気分が落ち着くのか静かにはなってくれます。
いつもありがとうございます。おやすみなさい。Ruby



2001年12月5日

Rubyさん。
辛い状況に置かれながらも、前向きな内容のメール。
(後、省略)



このメールを頂いた時は本当に嬉しかったです。毎日の夫からの脈絡の無い
怒りと罵りと脅迫の中にいて本当に心は疲れていました。
この頃はもう既に夏の頃からするとさらに罵倒もエスカレートしていて、
近所の方々も私に同情と疑い?の目を向けていました。
わたくしの中にいつか自分はここにはいなくなるだろうと言う思いはありました。
それが逃避か死であるかはわかりませんでしたけど、夫かわたくしのどちらが
いつ事故によって死んでもおかしくないような出来事は始終起きていました。




2002年1月1日

M 様
明けましておめでとうございます。

すみません。随分と長いこと今の時節のこと考えて我慢してきたのですけど・・・・

相変わらずの言葉の暴力、毎日の夫の態度や言葉にますます別れる気持ちは
強くなるばかりです。威圧的な態度や罵倒に屈辱感をぬぐう事は出来ません。

夫は相変わらずで、もう耳を機能不可能にしてしまいたいくらい??・・・
12月と1月はホリデーシーズンだからなるだけ考えないように、
なるだけ気にしないようにしていて・・・・・
そういう思いから、なるだけ書かないようにしていました。
それでも夫は変わることなく口汚くののしる事しかしない・・・・

わたくしにはもうどうする事も出来ません。
なんとか幸せになって欲しいと思うけど、それももうわたくしの仕事では
ないのでしょう。そのための努力を随分としてきたつもりですけど・・・・

もう手の施し様はないかもしれないです。本人が自覚していないのですから。
幸せになって欲しいと思うだけ無駄なのかもしれません。
(無駄などとはは思いたくない・・・ですけど・・・・)
もうどんな方法を使っても夫を助けてあげる事は出来ないのかも。
ここにいるのがとても辛い。時期が時期だから・・・・我慢して・・・・
と思いながらMサンに書き出してしまっています。

少し我慢するのがきつくなってきました。

月末は特におかしくなるから今変で当然なんですけど!!
昨日(31日)支払い明細を見ながらまた叫んでいたから
その続きで狂っているのです。
私に掛かる保険料が高いとテーブルをどんどんとたたいていましたから。
そんなにお金が大事なのかしら。生きて行く分だけあれば充分だとどうして
思えないのかしら。結婚したことによってでて来る諸費用のことは
わたくしの責任ではないと思うのですけど・・・・そればかりではなく
食費を出せなどと言ったり・・・・

今まで掛かったお金を全部払ってくれ。ただで食事をしているなど・・・・・

そして自分が間違えていることでも強気の豪語を繰り返すし、こちらが
正しいことが判っても決して謝らない。例をあげるときりがないくらいあります。
一つや二つではなく、毎日何かがありますから。

お正月早々ゴメンなさいね。ホント書かないようにすごく我慢していたの
ですけど・・・・・

限界はもうとうに超えていると思います。ここが日本ならきっと参って
しまっていたかもしれません。ここに助けてくれる人がいないことで、
気丈にしているような気がします・・・・

少し質問があります。
多分今はお休みだと思います。年明けにこんなメールでどうもすみません。

わたくしがこのまま家を出た場合に、法的なことが後になっても
いいのでしょうか?
そしてもし離婚に同意をしてくれなかったら別居したままの状況で
働く事ができるでしょうか?
それとシェルターに救いを求めた場合の滞在期間はどのくらいあるのでしょうか?
なんと言っても何をするにもお金がありません。
夫は私にお金を持たせてはくれません。
お友達が少し荷物を預かってくれると言ってくれてはいます。
別居になった時に必要な身の回りのものなどを。

でもそのお友達も仕事をしているので1ヶ月に1度くらいしか我家に来る事が
できません。少し遠いのです。

それからもう一つ。
わたくしはMサンにお話する事はとても安心して書いています。
でもまた同じ事を人にはなすことは少し不安があります。
Chサンもきっといい方で、Mサンと同じだと思います。でもとても不安なのです。
多分わたくしの心もいま少し健康を損なっているのでしょう。
それでこんな余計な考えになるのだと思いますけど・・・
勝手な事を言っているのですけど、このような状況の中で長いこといると、
神経はとても過敏になっていて・・・・・!!
(略)
夫はお金が掛かる事に対して腹立たしかったり・・・・
それで毎日口汚くののしったり、責めたり・・・
そして昨日もはっきり「メイドが必要だから結婚した」と言われました。

とにかく人が、社会が、全てが憎いのです。お金の掛かる事が憎しみの対象に
なるのです。
まして夫婦の絆を作れないから余計そうなるのだと思います。
どうして求婚したのか本当に不可解です。
(メイドが欲しかったのは事実だと思いますけど)

そんなに嫌なら解消しましょうと言うと以前はそのときだけ謝ったりしていたと
書いたことがあったと思いますけど、今では同調します。
でもそこまでです。話を進めることはしません。

わたくしにも自分を守りたいと言う思いがやっと芽生えてきているようです。
わたくしのいる所はカリフォルニアのN市です。
そして住まいは町からは離れていて、とても歩いてはどこへもいけません。

免許をを早くと思うのですけど試験を受けに行く事もできないのです。
2月か3月にお友達が連れて行ってくれると言ってくれています。

それまでここにいなければならない事もとても苦痛です。
でも仕方がありません。アメリカは免許が無いとどうしようもない国ですもの。

こうして今日書けたことでまたきっと我慢する気力が少しは大きくなったかも
しれません。子供ではありませんから飛び出したりすることはありません。
できる状況でもありません。
それにわたくしには苦しい時に助けてくれたペットの小鳥や猫がいるのです。
今も猫が膝で寝ています。救われています、とっても!!

こんなに長く生きてきて、まるで自分らしくないこの現実が我ながら不思議です。
多分わたくしの事を知っている日本の人たちは誰も信じないと思います。
それほど、自分の道を生きたくて生きて来ました。
誰もが「あなたのように生きてみたい」と言っていたほど・・・・

どこでどう間違えたのか・・・・・

でも間違えたら直せばいい。
人間らしく生きるために、自分らしく生きるために人生を選択する事は
当然の事だから!!いくらもう若くはないといっても、それでも生ある限りは
自分らしく生きていきたいし自分らしくありたい。
今まではこう生きてきたけど・・・・そして自分らしくいられると思って、
その話し合いもして再婚に踏み切ったのだけど・・・・・

まだ日本では必要とされていたと思う状況をも振り切って・・・・
そのためにお別れの会が2ヶ月も続いたのですよ。日本を離れる時に!!
毎日2〜3組の人が家に来ました。とてもいい思い出です。
それらの人たちに今はとても会いたいと思います。
でもこの状況を誰にも知らせてはいませんから逢う事も無いと思いますが・・・・・

Mサンには心から感謝しています。
こうして書いているだけで随分と違いますから。心からありがとうございます。

今年はきっといい年にします。
応援してください。これからも宜しくお願いいたします。

Ruby



2002年1月7日

Rubyさん、こんにちは。明けまして、おめでとうございます。
返事、遅くなりまして、本当に申し訳ありません。
(後、省略)



このメールを読んでMさんのいらっしゃる所がマサチューセッツ州だった
という事が解りました。私は最初に捜したHPのリンク先から2つの
メールアドレスを見つけ、メールを出したのですけどお返事を頂いたほうは
Mさんでニューヨークからではなかったということをこの時知りました。
アメリカは州によって法律も違います。一つの州が国と同じです。
カリフォルニア州など大きくて日本と同じくらいの広さがあります。
他の州のことは住んだことがありませんから知りませんけどカリフォルニアは
暴力に対してはとても厳しい国で(他の州も同じだとは思いますが)
親が子供を殴ったりしてそれを見た人が警察に通報をしたらもうその親は
子供から引き離されてしまいます。
日本ではしつけという名のもとにまだある様で時々新聞で見かける悲惨な事件に
なるまで人も警察も法律も動いてはいないように感じます。
私の事件とは直接関係は無いのですけど社会のあり方、人の受け止め方の違いが
日本とは違うということが少しでも解ればと思ってこのことを記しました。




2002年1月16日

M様

昨日、今日と今までと違って寒い日になりました。日本の冬を思い出します。

わたくしが一番気にしていたことを、Mサンが質問してくださったので、
こちらも質問があるのですけどそのこと書きます。
わたくしが今もっているステイタスはPERMNENT RESIDENT です。

これを手にした時に、次の更新のときに市民権をもらえるという話が
出てきたのですけど、わたくしが「市民権は要らない」と言ったことが
気に入らないような口ぶりなのですけど、このことがあまりよく判りません。
わたくしが言った意味は日本人のままでいいと言う意味だったのですけど、
これは変えなければいけなかったのか、なぜ夫とその両親との会話の中でも
「彼女はシチズンはいらないと言っている」などのような事になるのか、
よくわからないのです。
そのころはどんな被害にあっていても、手続きの進行の事に神経が行っていました
から、今のように別れる事などは考えていなかったです。
普通に「日本人のままでいいと思う」と言う感じで思って言ったのですど・・・・
(略)
わたくしは今こちらでひとりになって働きたいとは思っています。
現実問題お金を持っていませんから、仕事が必要です。
でも、夫に全く別れる気持ちが無いようで、離婚はとても難しいと思います。
別居の形でもいいから別れたいと思っています。

やっと少しずつ自分の方向付けが出来かかっているところです。
新しいお友達がわたくしの作品を見て、頑張るように励ましてくれたり、
手助けを申し出てくれたりしています。
わたくし自身も少しずつ、自分らしさを取り戻さなければと努力をする
気持ちも芽生えてきています。
ここにいては作品の制作は出来ません。
心の状態が感性を押し込めたままで制作意欲を沸き立たせてくれません。
気丈に振舞う事だけで精一杯のようです。

そして次に何が必要で、どのような手続きをすればいいのかなども
教えていただきたいと思います。すみません。質問ばかりで・・・・

いつもありがとうございます。心から感謝しています。
これからもいろいろ教えていただきたい事があると思いますので
宜しくお願い致します。
Ruby

p.s
先週から風邪をひいてしまったようで、お返事が遅くなってしまいました。

今日の頭痛はひときわで具合が悪いのが不覚にもばれてしまいました。
ずっと知られないように気をつけてはいたのですけど・・・・
普通とは反対ですから。
具合が悪いからと優しくしてくれるわけではないですから。
知らせたくないというのではなく、もっとひどいですから!!
でも何もしてくれなくてもいいのです。ほっといてくれれば!!
それを聞こえるようにわざと言っているか、それとも聞こえようと聞こえまいと
関係なく言っているのか判らないのですけど病気でいることより辛い思いを
するような事平気で言います。体調の悪さよりもっときつい事を!!
元気な時でもそんな様子を見たくも聞きたくも無いと毎日無事でいられるように
しているのですけど、こうして少し体調の悪い時は聞きたくないです。
いつもの卑しい言葉は・・・・・



夫の友人だった近所のおばあさんがもうこの頃には何度も私を助けてくれる
ほどになっていました。おばあさんは膝と腰の4箇所の外科手術を順次しなくては
ならない状況で、歩いたり荷物を持ったりが困難なため病院に行く時に私の夫に
話して私の事を連れ出してくれていました。
近所のある人で外に出る機会があるのならその時に逃げればいいと言った人が
ありました。でも既に私の心が病んでいたのか、
それとも本来の優しさなのかは解りませんけど
歩くのも不自由なおばあさんからも離れる事は出来ませんでしたし、
街に出かけても普段買えない物や、買い忘れたもの、必要など買い足して夫の
機嫌を損ねないための努力をしていた様に思います。



2002年1月25日

Rubyさん
お久しぶりです。いかがお過ごしでしょうか?
(後、省略)



2002年1月25日

M様
お返事をありがとうございました。今ではよくわかりました。
それと以前のメールに「機が熟すのを待つ」と言う旨を書いたことがあると
思うのですけど、その時期が近づいていると思います。

わたくしの状況を知っている日本の友人(去年の夏ここへ来てくれた人)が、
もうこれ以上我慢しないで出るべきである事を強くメールで書いてきてくれたり、
こちらで知った日本人のお友達数人が、出る準備を促してくれたり等、時期を
同じくしてこういうことが起こり、きっと今がその時期だろうと思っています。
ただ、今どうしても動けない事情があるのです。
こちらの友達は人の事どころではないのだから、そんな事いっている場合では
ないよ!と言うのですけど・・・・
当然人の事どころではないこと自分でも重々承知していますが・・・・

最初にわたくしの事を助けてくれた近所のおばあさんの話を書いたことが
あると思いますが彼女が今入院していて、彼女の小鳥を預かっているのです。
(100羽ほど)
彼女は退院してきてもしばらくは自分で動けることはありません。
その間はわたくしが彼女の小鳥の世話をする事になっているのです。

この機会を逃すと次が無い!!という事ではないと思いますから、
もう少しここにいる間にできることをしながら機会を見たいと思っています。

こちらで最近知り合った別の友人が少ない言葉の中から事の重大さを
感じ取ってくれて
このカウンティにある最寄のシェルターを調べて教えてくれました。

彼女は離婚をする際にもこの機関に連絡をしておいたほうがいいなどとも
いってくれましたけど、本当に離婚の申し立てをした場合に、こういう
事実があったほうがいいのかどうか・・・・と、とても迷っています。
彼女のいっているように連絡を取ってみて一度話をしてみたほうが、
いいのでしょうか?
それともサンフランシスコのChさんと話したほうが
いいのでしょうか?

夫は相変わらず理不尽な事を言っていますし、以前テレビでDVの事を
扱ったものが特別番組であったのですけど馬鹿にしたような口調で何か
言っていました。
結局その番組を見ることは出来なかったのですけど、本人は自分の事を
バタラーと認識していて、暴力を振るわないでいるのか、それともその認識が
無いのかそのときにはわかりませんでした。

友人は「暴力を振るわない事でそれを隠れ蓑にして充分にあなたを苦しめている。
DVの事も知っているのだから解っているはずだ。」と言っています。

いつでも家を出て来てもいいと言ってくれる友達がいることでとても救われて
います。でもここを出たときに夫が一番先のどこにいるかを想像できるのは
そのお宅です。
どんな事になるか判らないことで決心を鈍らせている事もあります。
外面のいい人ですから殴りこんでくるなどという事は無いとは思いますけど、
全く離婚の意志の無い事がわかっていますから逆上しないとも限りません。
それに常に銃を持っていることも事実です。
そしていくら外面が良くても以前おばあさんに助けてもらった時は、おばあさんと
激しい口論にはなりました。
付き合いが15年ほどと長く、既に親子のような情愛で、
いい顔をする必要の無い関係だともいえますから、これは例外のようにも
思いますけど・・・・

早く自分らしい生き方ができるようになりたいと思っています。

別居をする前にここでやるべき事などアドバイスがありましたら教えて
いただきたいと思います。

もしやはりMサンのおしゃっていました州によっての法律の違いがあるからChサンと話したほうが
いいとのことでしたら、そのようにしたいとも思っています。

又お返事を頂きたいと思います。
お忙しいところ何度も申し訳ございません。
Ruby



2002年1月28日

Rubyさん

そうですね、Rubyさんの決心がついた時に出ればいいと思います。
(後、省略)



2002年2月1日

M様

Mさんゴメンなさい。このまま出させて!!文がまとまりません。
今2月1日午前4時45分です。
毎日何もない日は無いけど、小鳥が1羽死んでしまいました。
2時頃こげる匂いがするから、夫を起こして焦げ臭い事を伝えました。
その前に家の中は全部見回して何とも無かったのです。
母屋の続きに家と同じ作りで夫の部屋があります。夫が仕事から帰ってくると、
そこで1時間ほどはくつろいでいる場所で、彼のホビールームと言ったほうが
解りやすいかもしれません。
でも、もう一度臭い事を告げました。普通に会話が続かないから、
話もしたくないし、こんな事言うとどんな返事が返ってくるかわかっているから
言いたくもありませんでした。でも又言いました。
夫が私に「君はキチガイだ」と罵り始めました。
でもどこか燃えてる気がするって又私が言ったら怒りながら起きた夫は
思い当たる事があったのだと思います、ホビールームに行って、
窓や扉を全部開ける音がしました。

私のインコとおばあさんからの預かっている小鳥が気になって
私もそこに行ったら、もう少し、後5分でも遅かったら小鳥は全滅、
家に火がついてしまうところでした。
インコは今死にかかっています。
気が付いてから、換気扇を回して空気を入れ替えて、開けっ放しで寒いから
ヒーターをたいてと2時からずっと様子を見ていました。
そのままだったら死んでいたかもしれない小鳥たちは少しずつ動き出しました。
私には何もする事が出来ません。
せめてそばにいたくてずっと小鳥のそばにいましたけど、寝たい夫が
今わたくしを連れ戻しに来ました。
それに母屋と違って人気の無い所だから寒いのです。
いくらヒーターをつけても、広さがあるから、温まるのも時間が掛かります。

仕事から帰ってきた夫が小鳥の事を思って火を点けていたのか、
それとも何か作っていて忘れてしまったのか、それは良く解りません。
仕事から帰ってきた時は既に機嫌が悪く、その後、顔を合わせては
私の事を罵倒しながら、ホビールームに行ったり2階の自分の部屋でパソコンを
したりしていました。その後何をしてこうなったのかは解りません。
でも火事になりかかってしまったのですから、酔って何か手違いがあったのだと
思います。
私が、母屋の連れ戻される時に一番被害の大きそうなインコを
母屋につれてこようとしたら、元の位置に戻されてしまい、
「僕の世話は何もしないくせに小鳥の事をこんなに心配して」って
又けなされました。
寝る前に、自分が酔っ払って、どんな大きな過失をしたかに付いては
何も言いません。

書いていることがまとまらないけどごめんなさい。
誰かと話さないと・・・・ごめんなさいこのまま出します。
本当にこんな人と無事に離婚の話が出来るのでしょうか?



このときはこんな訳のわからないようなメールを出しました。
夫は私が何か言うとそれを聞こうとするのではなくまず怒りをあらわにします。
そして私の言っていることを否定します。朝早く起きる夫は就寝するのも早く、
夫が早く寝てくれる事でホット胸をなでおろすという状況でした。
その夜、私が寝室に入ったのが午前2時半ごろでした。
そして何か焦げ臭いにおいを感じたのです。
私はすぐに家の中を全て点検しました。でも何も異常はありません。
それでベッドに入ったのですけど、それでも臭いがしてきます。
それで夫を起こしました。
当然この時間ですから怒られるのは解っていましたけどいつもはしない臭いが
あることに不安があり伝えないではいられませんでした。
夫は話を聞くより先にヤッパリ私に対して「何を寝ぼけているんだ」とか
「このキチガイ女が」とか散々言っていたのですけど、
だんだん目も覚めてきたのでしょう。そうすると臭いを感じたのでしょう。
外に出て行きました。私も後を追っていきました。
そして棟続きの夫のホビールームに煙が充満していて空気の入れ替え作業を
している夫の様子が見えました。中では毛布がくすぶっていました。
広さがあって燃え広がる事が無かったのですけどゆっくりとその毛布は
燃え広がっていました。仕事から帰ってきた夫が過失で毛布に火がついて
それに水をかけ夫は消化してしまったつもりになっていたようです。
そして母屋へと帰ってきて食事をして就寝したという事なのですけど、
水浸しになった毛布の中に火種は残っていたのです。本当に夫が私を怒るだけで
起きてくれなかったら大変な事になっていました。全てがこうでした。
決して認めることをしない、全てを拒否して、発言を否定して、
時間の共有を拒んで・・・・
何があっても悪いのは私でどんなに自分が悪い事をしても決して
謝る事をしない、そして私を責める事でしか私と接する事が出来ない・・・
・・これだけで2年ほどの時間が流れていきました。



2002年2月5日

M様
変なメールを出してしまってすみません。ご心配掛けてしまいました。
もう大丈夫です。
小鳥たちはなんとか元気になってくれました。一番被害の大きかったインコも
無事に生還してくれました。でもまだ咳と涙と水ばながまだ少し残っています。
初めて小鳥にも人間と同じように水ばなや涙を出すことを知りました。
症状の緩和のためには咳もするし、そのときには涙や水ばなを出して
代謝を高めているのだとは思います。
 
多分あと数分の差だったと思います。小鳥は全部うずくまっていましたから。
もう少し気が付くのが遅かったら死んでいたと思います。
勿論母屋のほうにも火がきていたことは間違いありません。

火事を未然に防げた事、小鳥は1羽は被害にあったけど(悲しい)なんとか
他の小鳥たちが無事でいてくれたことを喜んでいます。

夫はそのことで感謝するどころか、気が付いて、知らせたときも
「君はこんな夜中に何を言っている、焦げてるにおいがするなんて、
何も無いのにそんな事をいって・・・・・おかしいんじゃないか」
「気でも狂ったのか」などと、相変わらずの罵倒だったのですけど、
ありがとうと言うより、わたくしが小鳥の世話などしている事に、
「自分に事はほっといて、小鳥の世話ばかりしている」などと、
自分がどれほど大きな過失をしたかに付いては全く気が付いていないようです。

今回の大きな過失の事を両親に知らせました。でも前におしらせした
締め出し事件の時と同じで、両親からは私が責められました。
もうどうでもよくなりました。わたくしには彼らとの生活は到底無理で、
もう私の力ではどうする事も出来ません。今すぐにでも出て行きたい
と思っています。
ただ前にMサンが言われていたとおり、誰もが危険だから自分で離婚の話は
しないようにと今日も偶然ですけど3人の人からお電話を頂き、
それぞれの人たちは知り合いではないので、本当に偶然なのですけど、
ぐずぐずしている私の後押しをしているかのように感じました。
本当にいよいよ機が熟してきたのだと思います。
あとはいつおばあさんが小鳥を引き取りに来てくれるかだけです。
とりあえず少し落ち着いてきましたのでご心配おかけしたお詫びのメールです。

それと、Chさんにお電話をいただけるように手配をお願いしたいと思います。
家を出るのに、今荷物を預かってくれている人のところへ、
行く事は迷惑を掛けるのではないかと思って、それが気がかりです。
できることなら彼女のうちへは行かないほうが安全だとも思います。
自分の身だけではなく、そのお宅へも被害が及ばないとも限りませんから。
それともう逢う事も無く離婚の話はつくのでしょうか?
そういうことをお尋ねしたいと思います。

それと見かねて電話をくれた友達からのこの近くの機関の電話番号が、
それぞれ違うのですけど、まだどこへも掛けたことはありません。
ひとりの人は2年ぶりに昨日、夫と出かけているときに(両親のうちへ行く時)
逢いました。ほとんど話をしたわけではなかったのですけど、
もともと夫の友人ですから、夫のことを良く知っていて、
どう言う暮らしかを察したのだと思います。
そして今朝の電話で電話番号を知らせてくれたのです。

又別の近所の人は詳しい事情は知らなくても普通の暮らしではない事が
解ってますから、わたくしの事さえ疑っているほどです。
夫としか出かけることが出来ないとか、その夫も
一緒に行く事を極力避けていることなどは、想像の範囲を超えているようで、
わたくしがこの状況に甘んじているかのように錯覚しているようです。

わたくしは決してこれでいいとか、あきらめてるとかの、
心のあり方のなった事はありません。
改善の努力は惜しまずしましたけど、その努力の空しさを知ったときには、
それならどうすれば言いかという、前向きな方向付けをするように
気持ちを切り替えましたから。

わたくしのこの状況からの離婚の原因はたった一つ、人間の尊厳だけです。
自分の人間としての誇りを守るために、自分が自分らしく生きるために
この夫となった人との縁を切りたいと思います。

Mさんには心から感謝しています。いろいろと助けていただきました。
ここに本名と住所を記します。これからも宜しくお願いいたします。
名前******
住所00000 K*** R***
N*** C***, CA*****
Tel:000−000−0000

匿名はもうこれはおしまいです。家を出るときはペットも連れて行きます。
ネコ1匹とインコ3羽とぼやでのダメージを受けておかしくなっている
フインチ3羽です。
健康な4羽は預かっている100羽のおばあさんの小鳥を返すときに
一緒に連れて行ってもらおうと思っています。おばあさんの体調が
快復するのにはもう少し時間がかかりそうですけどMさんのおっしゃるとおり
もう自分の事を考える時期だと思います。おばあさんはきっと解ってくれると
思います。

お友達が私のペット全部を預かってくれると言ってくれています。
とてもありがたいです。

月曜日から金曜日まではいつもひとりです。
朝10時ごろから2時くらいまではほとんど帰ってくる事はありません。
お電話をいただけるのでしたらこの時間帯がいいと思います。
すみません勝手な事ばかり言って。本当にこんなお願いをしていいのかどうか
いま少し不安がよぎっています。
***より



2002年2月5日

***さん、返事が遅くなってしまって、ごめんなさい。
(後、省略)



2002年2月6日

M様
今朝Chさんからお電話を頂き、いろいろ話をしました。
Chさんと話をしたらことの成り行きで、「あなたの近くのシェルターの人が、
今からタクシーで迎えに行く」などのようなことになり、
早急すぎて少し戸惑ったりもしたのですけど、結局ここのカウンティの方と
お話をして、近いうちにシェルターへ行く事にしました。
少し時間の猶予をしてくれるよう話を進め、無事にこれから先のコンタクトが
取れるようにはなりました。
現実問題確かに危険ですから機関の方たちの対応の早さにはありがたく
思っております。
今週中にお友達が来てくれます。おばあさんの小鳥についてはまだいい案は
浮かびません。
やっとこうして自由になれる確信が持ってたのですけど、
自分だけそうする事には少し抵抗がありますから、やはり、ペットをそのまま
置き去りには出来ないと思います。
でも近日中にはその解決策も取るようにします。
いろいろとご心配頂きましてありがとうございます。今の状況報告です。



2002年2月8日

M様
昨日又Chサンからお電話を頂き、少し具体的なことが、
イメージできるようになりました。
来週の月曜日に又お電話を下さるとのことです。

一つ問題なのがおばあさんの小鳥です。わたくしの性格上、
自分のためだけの事で、責任を放棄する事が苦しく感じます。
あとそう長く預かっているとは思いません。
できることなら自分の手で無事に彼女の元へ戻して、それから出たいと
思っているのはわたくしのわがままでしょうか?
出たことを後悔したくないのです。
別れるることに何の未練もありません。
ここにいて自分を守る事が苦しいのですから。

ただ小鳥たちは、わたくしが世話をしないと生きていけないのです。
自分の小鳥ではなく、預かっているものですから、
大空へ離してしまうわけには行きません。
まして、この小鳥たちは自然界に返しても、
生き延びれるかどうかもわかりません。
多分無理だと思います。幸いにも私の小鳥や猫は預かってくれる人がいます。

すみません。いつも聞いてもらってばかりで・・・・



2002年2月8日

***さん。
Chさんと具体的なお話ができて、よかったです。少しずつでも、
いろいろと解決できるといいですね。
(後、省略)



2002年2月11日

M 様
荷物の整理をしていたり、友達と運び出して、その友達が帰った後とっても
苦しく辛くなってしまいます。自分が被害者である事を忘れてしまって、
こんなことしてもいいのかって・・・とても悪い事をしているようで、
胸が重く、痛く、苦しく・・・って。

説明しにくいのですけど、もうすべが無くなっている事も解っているのですけど、
この気持ちは誰にもわかってもらえないのかもしれない。
とても矛盾していて、そんな事自分でわかっているのですけど、
どうする事も出来ないくらい苦しいのです。

わたくしは誰も傷つけるつもりはないけど、でも今していることは確実に
ひとりの人を傷つける行動をしている。
私物だけど知られないように荷物の持ち出しをしたり、悟られないように
振舞ったり・・・・

決して毎日楽しく過ごせるような事は無かったけど、だからといってこの人を
わたくしが傷つけるという権利を持っているわけでは無いと思うのです。
今までのこんなに苦しい思いをしたことは最初の結婚での最初の赤ちゃんが
産声を上げて生まれたのにも関わらず、生存する事ができなかった時・・・
確かにそのときは絶対的な悲しみ、苦しみの中にいた・・・・
でもそのときのそれとは違うのですけど・・・・・

でも今回は夫だけの責任とはいえないかもしれないことを思ったりして・・・
ふたりで歩きだしたのだから、こう言う結果を招く事に、
わたくし自身も加担していたのではないかと・・・・・

いましている事実だけを取り上げると、到底わたくし自身が人に対して
する事ではないような思いがあるからなのだとは思うのですけど・・・・・

できることなら話し合いの上できちんと別れたいし、この家を出ることも、
話してから出て行きたい。

この当然とも思えることが出来ない事によるジレンマに襲われているのかも
知れません。
これから取ろうとしている行動が、とても本来の自分がする事だろうかと
歯止めをかけているような・・・

情けない話ですけど、人にダメージを与えることに対しては極力避けてきて、
少々の事ではびくともしない人のようにはたくましくも無い、ただひたすら
心優しい、自分がここにいる様に思います・・・・
心優しいことがいかにひ弱で、力不足になるのかは、
今、自分で痛感しています・・・

わたくし自身が正しかったから、太陽の下をまともに歩いて来た訳ではなく、
それはたんに小心者のなせる技だったかのようにも今、戒めを感じるほどで・・・

今私がしていることが夫は確かにわたくしに対しては加害者ではあるけれど、
でもいくらそういうひどい事をしている人だからといって、今、
自分がしている事が正しいといえるかどうか、疑問にさえ思ってしまって
しまうほどです。

どうしてこんなに苦しむのか・・・・・

自分でわかっています。
前の離婚のときは自分で相手に判子を押してもらうまで、確かに5年ほどの
年月は費やしましたけど、最後まで自分で戦ってきたから、今ほどの苦しみを
味わう事が無かったのだと思うのです。

仕事で家にいない間に荷物やペットもろともこうして消えてしまうことが、
本当に正しい方法なのか、こんな形で人を傷つける権利が自分にある訳ない。
これでは夫と同じで身勝手な行動を取っているだけかのような気がして、
それがとても苦しいのです。

友人が荷物を引き取りに来てくれているとき、その人に今あなたが
苦しんででいる優しさは、夫には届かないと言われてしまいました・・・・・・

このままでいるとこれから先も苦しめつづけると思うし、その事を忘れたり、
無視する事はできないとは思っているのですけど、自分を責めることより
今までこんなに責められてきたことを、忘れないで、行動を取らなければ
いけないこともわかっているのですけど・・・・・・

こんなに胸を締め付けられるような苦しみが、今までの夫からの苦しみから
すると、まるで違い、人からのそれは、まだ自分を守れる部分があるというか、
「自分が傷つけているのではない」と言う思いがあるから、
そのことにより耐えていけたのだと思うのです。

でも別れたいし、一緒に居たいとも思っていないのですけど・・・・・
この2年でこの人には自分がいかに無力であるか良く解りました。
もういいです。

人は人として自由であると思うし、人の役にも立ちたいし、与えられた命を
大切に生きていきたいとの思いは、わたくしの中で普遍以外の何をもありません。
それで別れる決心をしたのですから・・・・・・

しつこく書いてしまい、すみません。苦し紛れにいろいろ書いて・・・・
でも昨日、今日と立て続けに、いつものことですけど又、散々言われましたから、
もう苦しみが半減??(少しだけ??)してきました。
今年になってからはわたくしの外出は先週両親の家に行っただけなのですけど、
夫は昨日一人で出かけ、帰って来たら「食費を出せ!!」なんて言出だして・・・・
それでも私ヤッパリ黙って家を出るのが悪いと思って昨日、離婚の話をしました。

そしたら君がお金を出せばいいって。
書くとと1行ですけど1時間ぐらいグチャグチャ言ってました。
散々何かをいいながら酔っ払って寝てしまいましたけど・・・・・
大体何か言い出すと何時間も長いです。
1時間ぐらいで寝てくれるときはラッキーな時。

今日も夫は起きてから一人で出かけて、3時ごろ帰ってきたかと思ったら、
おばあさんの所にひとりで行って、小鳥をまだ預かっていてもいいなんて、
いい顔して帰ってきて・・・・・・
自分は何もしないけど外面のいい人ですから・・・・

夕方また私にお金を返してくれって言い出して・・・・
多分、生活費や医療保険料の事を言っているのだとおもうのです。
その保険だって何ヶ月か前にやっと手続きをして、それが高いと月末のたびに
狂って叫んで・・・・・両親のところに先週行ったのも、そのことで
行ってきたのです。
書類作成が夫にはできないみたいで何の時でも両親の世話になっています。

夕方から銃を持ち出して、持ち出した銃は大きくて、その弾は夫が
最近手に入れた防弾チョッキをも貫通するという違法のもので、
それで余計得意になって・・・・
確かに強力な事は解りました・・・・いつもの銃声より音が強くて
大きいのですもの・・・
何発か撃って、少し気が晴れたのか、それとも見せたかっただけなのか
「どうだ美しい銃だろう。力も強いし警官なんか1発だ。これがあれば
大丈夫!!守ってくれるから」なんて言って・・・
私、銃を出されると何も返事をしません。黙ってみているだけで、
たしなめても、褒めても大変な事になる事が解りますから。

もうとても書けないの、言葉にできないのです・・・
色んな普通ではないことがたくさんあって・・・・・

そしてさっき「この家は自分のうちだから」と言い出して・・・・
食事の後、用事があって外に出たら又締め出されてしまって・・・・

さすがに寒いから「間違えた」といって開けてはくれましたけど、
これは決して間違えてやった訳ではないのです。
夫の計算された脅しの一つの方法なのです。夫の選んだ行動なのです・・・・

明日シェルターへ入ります。長いことお世話になりました。

ペットは友達が連れて行ってくれます。
おばあさんの小鳥は明日の朝からおきに行って・・・・

疲れました。本当に!!

人間とはかくも弱く、その最中にあっては、
他に比類できない絶対的な悲しみの中であえぎ苦しむ事しかできない。
でも今では知っている、
過ぎてしまえば明るい日差しの中で微笑む事ができることを、
自分の歴史を振り返るだけでもその事を歴然と物語っている。
反撃する事も無く弱者のままであるけれども
自分らしく生きることはできる・・・・
***より



2002年2月12日

***さん。
自分が出ることで、旦那さんを傷つけることが辛いのですね。
今まで、傷つけられる方で、傷つける側にまわってしまうことが
苦しいんですよね。
苦しむな、とか、深く考えるなとか、って、他人に言われても、結局、
辛いのは変わらないんですよね、だって、自分のことが一番わかってるのは、
自分だから。

「家を出る」のは、とても勇気のある決断です。たくさんの人は、
出られずに居るのです。
***さんは、自分で出ようと決断した、勇気ある強い人です。
大変なことです、いろいろ不安もあるし、ペットのこともあるし、
ここまでの決断にいたるまでに、本当に、苦悩したことと思います。
そして、勇気在る決断をした***さんに、ありがとうと言いたいです。

誰も、***さんが家を出たことで責める権利はありません。
自分勝手?そうでしょうか?
***さんは、自分の最低限の権利を守ろうとしただけです。
誰も、責められません。
***さんのせいじゃないんですから。あなたのせいじゃないんです。
家から逃げなきゃならないのは、あなたのせいじゃないんです。
話をしてから出て行きたくてもできないのは、あなたのせいじゃないんです。
全部、***さんが、自分の身を守るためなんです。

(後、省略)



このメールを受けた時本当に心が楽になりました。
言ってくださっている事がとても良く解り、このMさんと交信できた事を心から
感謝しました。他にも交信を通して励ましてくれた方々もいます。
どの方にも感謝しています。
心理的なサポートのあり方をこの方から多く学んだ気がします。
シェルターのスタッフは誰も皆その道の専門知識を学んだ人たちです。
そしてボランティアの方達もいます。どの方達もサバイバーにはとても
親身になりアドバイスなどしてくれます。
でもその事で被害をさらに受ける場合もあるのです。
シェルターにいる中で同じサバイバーからとスタッフからと
二次被害を受けることがあるのです。でもこのMさんからは全く痛みを
感じたことはありませんでした。
今私は精神的虐待を受けた人々の助けになればと心理学の勉強をしています。
学校へは行きだしたものの、フラッシュバックによるパニックに陥り
相変わらず通学する事が出来ません。でも日々学習にはいそしんでいます。

わたくしが関わってきたシェルターの人や福祉の人、ボランティアの人など、
どの人もやさしく接してくれましたし、本当に親身になって今後の事も一緒に
考えてくれているのです。でも人によっては親切で言ってくれた言葉により
傷つく事がありました。そんな中で、このMさんだけは1度として
わたくしを傷つけることなく導いてくださいました。彼女からのメールは
苦悩の中で暮らしていた私にいつも光と勇気を与えてくれるものとなって
希望へと導いてくれました。

シェルターに入ってからはこのMさんとは連絡をしていません。
シェルターではクライアントの安全を図るために外部との交流を一時期禁止
します。自宅にいた時と違って人との連絡をとらない事が入居時の約束事に
なっていて私はパソコンを持ち込んでいたのですけどインターネットの使用は
禁止されていました。ある時間が過ぎるとシェルターからの外出や電話が
自由になります。でも部屋に電話線が引いてないためにインターネットの
使用も出来ませんでした。


こうしてMさんと私の交信は終わりました。
私に生きる希望を与えてくれた方です。
シェルターを出て、やっとPCをつなげてMさんにお礼のメールを出すことが
出来ました。






2002年5月中旬

M 様
 長いことご無沙汰いたしました。
今日やっとPCを使える状況にする決心がついて作業をしました。
そして今こうしてお手紙を書いています。
Mサンのオフィスの住所など聞いていなかったことをとても悔やみました。
お礼が言いたいと思ってもメールも使えなかったし手紙も出せなかった。

何から書いていいのか判りません。Mサンには心から感謝しています。

2月11日に家を出て4月末までシェルターにいました。
その間何度かCサンにお会いして、今お友達の**サンのお宅で
お世話になっています。

自分が大変な苦境の中にいて多くの方々に手を差し伸べられて、
少しでも健康な状態に戻れるようにと多くの方々からの手助けを受けて、
どういってお礼をすればいいのかと思うほど皆様に感謝しているのですけど、
まだ何も出来ないわたくしがここにいます。
確かに生きていることには感謝しているのですけど将来のまだ見えない、
将来があるのかさえ不安のおののいている自分がここにいます。

夫と一緒にいたとき、シェルターにいた時からすると食事ができるように
なりましたからその点だけで言えばよくなって来ているのだと思います。
神経性の下痢が続き微熱があり、食べられない、眠ることが出来ない、
サポートグループの参加が苦痛でパニックになる、外出が出来ないなどという
状況が続き、その症状はシェルターの入って少し日にちが経ってから出てきました。
多分、自宅では気が張っていて一生懸命気丈に過ごしてきたのだと思います。
家を出た後はその解放感であたかも元気になったかのような錯覚を
自分でもしていたのですけど・・・・・・

状況的には今もほとんど変わりはありませんがここに来てからは
スッカリ下痢との縁は切れましたし、食事も出来ます。
これだけでもよかったと思わなければ罰が当たりますよね。

最初のシェルター(家の近くの)とサンフランシスコのシェルターでは
スタッフの方達に本当にとてもお世話になりました。
スタッフの方々はどなたもとても良くしてくださり、前のシェルターからの
応援もずっとありました。
そして今又前のシェルターにお世話になりながら、サンフランシスコの
スタッフとも連絡をとりながら暮らしています。Cサンとも時々電話で
話しています。

わたくしが今あるのはMサンのお手紙のお陰です。
いつもわたくしの納得のできるお返事を下さった。
決して出過ぎず、決して傷つけることなく・・・・・

このことはとても大変なことです。
小さな、とても小さな心無い言葉が心に痛いのです。
とっても良くしてくれるスタッフからでさえそれを受けることもあるのです。
その事を恨んで言っているのではありません。
人はそのつもりではないし、こちらも普通だったら傷つくことなど無いほどの
ことなのかもしれません。それほど言葉は難しいのですよね。
確かに意思の疎通を図るための手段で必要ではあるけど人を傷つけることなく
話すということはとても大変なことなのですよね。

わたくしはその言葉というものによって夫から大きな被害を受けたのですから。
そして家を出た後も二次被害もありました・・・・・

わたくしの今回の体験で多くの方に助けては頂きましたけど、
決して忘れることの出来ない方がいます。

最初にHPを見つけて問い合わせをしたTさん、そのリンク先から見つけ出して
メールを出して返事を下さったMサン、シェルターの電話を教えてくれて
出ることを促してくれたYさん、そして今お世話になっている**サンです。
Tさんはシェルターやここに何度も手紙を出してくれています。
妹が出来たようでとても嬉しく思っています。写真なども送ってくれたのですよ。

この方達がいなかったら今のわたくしは無いと思います。

Mサンの心配りと暖かさに本当に心よりお礼を申し上げます。

Mサンはこれからも多くの方の力になって下さると思います。
わたくしが今何も恩返しが出来ないこと歯がゆい思いです。
心からありがとうございます。
そしてこれからも宜しくお願いいたします。
***










私は3ヶ月の間,学校の手続きや弁護士事務所セラピストの所
Drの所とケースマネージャーと一緒に行かなければならない所だ
けは行きましたけど他のクライアントのようにお買い物に行った
り映画に行ったり遊びに行ったりということは出来ませんでし た。
シェルターはルールを守っていれば自由な所です。最初の1週
間だけどこへも連絡が出来ないのですけど、それが過ぎれば電話
番号を教えても良いようになっています。ただこの場所は誰にも
知らせることは出来ません。そのことで安全が守られているのです。
このルールを破った人はそのときから衣食住を無くす事になります。
でも同じクライアントの中にもシェルターを悪用する人もいて
私がいる3ヶ月の間に2組の母子がシェルターを追われるという事がありました。
その追われた人たちは嘘をついてシェルターを利用したという事でした。

私の精神的抑圧によって出てきた症状の一つである一人で外出す
る事や人が怖いと感じると言うこの状況は今では少しは改善され
てきているのですけど、未だに限られた人以外とは話をする事も
一人で出かけることも出来ません。
電話をしたいとか、友達に逢いたいとか外出したいという欲求が
全く湧かなくなっていて、一人で外出する事も電話をかけること
も友達に連絡をする事も未だに何も出来ません。
勿論電話のベルが鳴っていても受話器をとる事などありません。
今の私は夫と生活をしていた時とほとんど同じです。
外出先でまだパニックアタックに見舞われることもあります。
ただ違うのは将来の見えない不安はあるのですけど
安全であり自分の存在を認めてくれている人たちがいる中にいて
生きている事です。
いつの日にかきっとまた以前の生活のように多くの方々と
時間を共有する事のできる日が来ると思っています。
少し創作意欲も出てきていますし、こうして自分の事を話せ
るようにもなりました。






人は人以上でも人以下でも無い・・・・








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