ロックンロール☆れいにゃーず補完所
てずみも ◆LD35lp5.fY氏が(狼)で連載された小説「ロックンロール☆れいにゃーず」の
小説部分のみをまとめたサイトです

てずみも ◆LD35lp5.fYこと辻っ子のお豆さん ◆No.NoSexe.氏の娘。小説家引退に伴い
145話以降がダイジェストとして公開されました。
以上を持って小説「ロックンロール☆れいにゃーず」は完結となりました。

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目次
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辻豆を継ぐ者氏によりダイジェスト部分をモチーフとした続編が補完所避難板にて連載中です。

現行スレはこちら

続編・目次
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ロックンロール☆れいにゃーず


「ロックは死んだ」 J・ライドン 

「ロックやな」 つんく 


一、れいな登場


福岡からギター一本もって上京してきた。 
行きの電車賃を払ったら残りはポケットの中の380円だけ。 
怖いものなんて何もない。 
この声とギターさえあればうちは無敵っちゃ! 

「…む、むてき…っちゃ」 

東京ってのはひどか街たい。 
高層ビル群の寒空の下、か弱い女の子がいき倒れているのに、みんな無視しよる。 
本当なら今頃、路上ライブで盛り上がってぇ…スカウトさんがわんさか集まってぇ… 
速攻デビューが決まってぇ…いきなりオリコン初登場1位のミリオンでぇ…エヘヘェ… 

ヒュルルルルル… 

母ちゃん、東京は風も人も冷たかよ。 
いやいやいやいや!それもこれも全部あのガキンチョが悪か! 
うちの記念すべき東京初路上ライブの唯一のお客さん! 

「いい歌れすね」 

うちが歌い出したらすぐ、あいつはニコニコ笑いながら近寄ってきた。 
手にも足にも頭にもド派手なワタンコ付けて…やっぱこっちには変な格好な人が多か。 
まぁ、大人しく聞くだけならよか。うちも怒らんたい。 

「ののもいっしょにやりたいのれす」 

ところがだ。あいつはいきなりうちの隣に座りだした。 
そして事もあろうか、取り出したのは「もっきん」! 
いや、もっきんて。 
れいなはロックンロールっちゃ! 
それが隣でもっきんて。 

ジャカジャカジャカジャ…コントン…ギュルルルルルゥゥゥ…ポンコン 

そりゃあうちがどんなスーパープレイを披露しても、子供の遊びにしか見えんよ。 
そりゃあ誰も立ち止まらんよ。 
そりゃあスカウトも来んよ。 
そりゃあ金も無いよ。 
そりゃあ今夜の宿が無いよ。 
そりゃあ… 

ヒュルルルル… 

あいつのせいでうちはこのままおっ死ぬかもしれん。 
うちが死んだらロックンロールの歴史に隕石級の衝撃たい。 
あのもっきんのガキは計り知れない罪を犯したと。 
もうあかん。 
ロックは死んだ… 

「ロックって誰れすか?ガイコクジン?」 
「…はへ?」 

顔をあげたうちの目に飛び込んできたのは、今世紀最大の犯罪者の顔。 

「で、でたー!!捕まえて!誰か捕まえてぇ!」 
「な、な、なんれすか?誰をつかまえればいいんれすか!?」 
「お前だーーー!!!」 
「ののれすか!わかったのれす!ののはののをつかまえたのれす!!」 

こいつ…バカだ。 

「何しにきたと?」 
「お外でねるとカゼひくのれす」 
「寝てるんじゃなか」 
「さっきの歌…よかったれすよ」 
「お前のせいで台無したい」 
「え、え〜と…」 

うちは忙しか。 
ロックスターの階段を二段飛びで駆け上がらなきゃいけない。 
こんなバカにつきあってる暇は千分の一秒たりともなか! 

「もしかして家がないんれすか?」 
「悪かったな!見てろぉ!すぐにプール付きの大豪邸たてちゃるばい」 
「よかったら、うちに泊まらないれすか?」 

(神、キタ━━━━(゚∀゚)━━━━━!!!!!) 
彼女は今、ロックンロールを救った。まちがいない。 
気のせいかクソガキだと思っていた彼女の顔がとても可愛らしくみえてきた。 
そういえばさっきのもっきんもなかなかいいプレイだったじゃないか。 
この奇抜な服装も実に個性的でロックだ。 
そう、ロックだ! 
れいなともっきんさんはロックンロールで繋がっとるたい! 

「よし行こう!もっきんさん!地平線の彼方へ!」 
「もっきんさん?それに家はすぐそこれすけろ…。まぁなんかおもしろいからいいのれす」 

こうして物語は二人のバカの出会いから始まる。 



二、もっきんさんと愉快な仲間達


「じゅじゅじゅ……じゅうはちぃぃ〜〜〜〜!!!???」 
「へい」 

れいな、こんなに驚いたことなか。 
勝手にもっきんさんのこと中学生やと思ってた。 

「もっきんさん18歳なのー!!」 
「そうれすよ」 
「ぜんぜん年上っちゃ!姐さんっちゃ!」 

た、確かに…よう考えたら、こんないいマンションに一人暮らしで中学生はなかと。 
そ、そげんでも…世にも奇妙な姐さんたい。 

「昼食はのの特製餃子れいいれすか?」 
「いいですかって…敬語使わんでもよかと」 
「敬語なんて使ってないのれす」 
「あーーーもーーそれでよか!もっきんさんはそのままでいいっちゃ!!」 
「へいっ!」 

上京二日目。 
すっかりもっきんっさんの部屋でくつろいでしまった。 
こうしちゃいられんたい。 
うちはロックンロールで頂点を極める為に東京へ来たっちゃ! 

「もっきんさん。一食一晩の恩義、忘れんたい」 
「ののはもっきんさんじゃなくて辻希美なんれすけろ…」 
「れいながスターになったら、必ず一番いい席のチケットを用意すると」 
「アーイ!」 
「それじゃいってきます!」 
「どこ行くんれすか?」 

ピタッ。 
何処へ行く? 
そういえば何のアテもなか。 
ああそうたい、とりあえずバンド仲間を探すたい。 

「バンド仲間さがしにいくっちゃ!」 
「ばんろなかま?」 
「ギターとかベースとかドラムがイカした奴等たい!」 
「それなら、ののの友達にいるのれす!」 
「へ?」 

プルルルルルルルルルルル…… 
もっきんさんが電話をかけている。 
友達のあいぼんって人、めちゃくちゃギターが上手いらしい。 
正直、半信半疑だけど断る理由はなか。 
もっきんさんはバカだけど音楽の見る目はありそうたい。うちの唄も褒めたし。 
なにより嘘をつく人じゃないって思った。 
そのあいぼんて人が本物ならば……一緒に演奏してみたか。 
プルルルルルルルルルルル…… 
しかし。 

「あー、あいぼん忙しいのかなぁ。携帯でないのれす」 
「そ、そう」 
「ごめんなさい」 
「気にしなくてよかよ、それじゃあ」 
「あー待って!梨華ちゃんがいたぁ!!梨華ちゃんにかけてみるね」 

梨華ちゃん? 
うちの尊敬するバンド『85』のベーシストと同じ名前たい。 
今度は何か縁があるかもしれなか。 
プルルルルルルルルルルル……ガチャ! 

「あー繋がったぁ!もしもし梨華ちゃん、ののだよ〜!」 
「……」 
「うんうん、今から行くから、うん、じゃあよろぴく〜」 

結局、もっきんさんと一緒に梨華ちゃんという人を訪ねることに。 
山手線をグルリと周り、到着した場所はなんと…。 

「着いたぁ、ここれす」 
「病院?」 
「そうれすよ、梨華ちゃんはずっと入院してるのれす」 

明らかに一般病棟とは違う建物。 
お金持ちの社長さんが使いそうな個室に案内された。 
病室の名札に「石川梨華」とある。 
偶然て怖か。苗字まで『85』のベーシストと同じ人たい。 

「失礼しま〜す!梨華ちゃ〜ん!」 
「あっ!のの。いらっしゃい」 
「今日はお友達を連れて来たのれす!れいなちゃん!」 
「ども…」 
「はじめまして。れいなちゃん。石川です」 

その顔! 
少なくとも、私や世間一般の人にとって初めましてではない。 
謎の引退を遂げた伝説のロックバンド『85(エイティーファイブ)』の一人。 

日本一のベーシスト・石川梨華その人であった。 



三、エイティーファイブ


21世紀最高のロックバンドと尋ねられれば、人は皆同じ名を挙げる。 

『85(エイティーファイブ)』 
日本一のボーカリスト後藤真希 
日本一のギタリスト藤本美貴 
日本一のベーシスト石川梨華 
日本一のドラマー吉澤ひとみ 

このCD不況の時代に、彼女達の演奏は日本中の若者を魅了した。 
目まぐるしく動くヒットチャートにおいて、数ヶ月の間No.1の座を死守。 
デビューと共に数々の記録が塗り替えられる。 
彼女達の栄光は当分の間続くであろうと言われた。 
ところが昨年…突然の解散宣言を発表。 
その理由も明かされず、ソロ活動を始めたボーカルの後藤以外は表舞台から姿を消した。 

頂点にいながら幻と消えた『85』は、今や伝説的存在になりつつあった。 

―――――――――――その一人が、れいなの前に現れたのである! 

「ほ、本物!85の石川さん!?」 
「そうれすよ。言ってませんれした?」 
「言ってなか!もっきんさん!!なんでこんな凄い人と友達なんすか!!」 
「え〜と、え〜と、トモダチらからトモダチれす」 

もっきんさんに突っ込んでもしょーがない。 
目をこすってもう一回石川さんを見返した。 
何度見ても本物だ。ありえないほどに美しい。信じられなか。 

「あのね梨華ちゃん。れいなちゃんも音楽してるんだよ」 
「へぇ、そうなんだ」 

美しい、だけどどこか儚い笑顔で、石川さんはうちを見た。 
うちはもう興奮しきってた。 

「れ、れいなはいずれロックの頂点に立つ女っちゃ!」 

あぁ…うちは病院で何を叫んでるたい。……恥ずかしか。 
石川さんも口元に手を当てて笑っとるたい。 

「ウフフ…すごいね」 
「あのね。それでれいなちゃんはバンド仲間探してるんらって」 

「仲間」。 
もっきんさんがその言葉を発したとき、一瞬石川さんの顔が曇った。 

「梨華ちゃん、手伝ってあげれないれすか?」 
「ごめん、のの、それはできないの」 

すると石川さんは、布団の中に隠していた右手を出した。 
包帯グルグルに巻かれた手は黒に変色していた。 

「私はもう……昔の様にベースをひくことができないから」 
「ま、まさか、それが85解散の原因と…?」 

口にして「しまった」と思った。 
それはおそらく部外者の自分が聞いてはいけないことっちゃ。 
石川さんは押し黙り、気まずい空気になってしまったと。 

「う〜ん、あいぼんも梨華ちゃんもダメなら、もうヨッスィーしかいないのれす」 

そんな空気お構いなしのもっきんさんは、やっぱり凄いっちゃ。 

「じゃあ梨華ちゃん、また来るね〜」 
「うん。お見舞いありがと、のの。れいなちゃんも、がんばって」 
「っ!!……はい!」 

石川さんは、また元の笑顔に戻っていた。 
テレビや雑誌で見るより全然美人で、いい人だって思ったと。 
ところでもっきんさんが言った「ヨッスィー」って、やっぱりあの人のこと? 



四、ミキティとヨッスィー


「いつ帰国したの?」 
「さっき」 

美貴はあいかわらずぶっきらぼうだ。 
突然、私のスタジオにギター1本もってやってきた。 
『85』解散以来、半年ぶりだってのに、お構いなしに冷蔵庫を漁っている。 

「肉ないの?」 
「ないよ」 
「美貴から肉をとったら何が残るの?」 
「ギター……だろ」 
「あ、そっか」 

しょうがないから弁当を与えた。 
まるで犬みたいにむさぼりついている。 
格好も薄汚れていてホームレスみたいだ。 
まさかこれがあの日本一のギタリスト「藤本美貴」とは誰も気付かないだろう。 

「この半年間、どこ行ってたんだ?」 
「ジミヘンに会ってきたw」 
「ふざけるな」 

弁当を食べ終えた美貴はまたフラフラと立ち上がる。 
棚から数枚のCDを見つけたようだ。 

「後藤真希『手を握って歩きたい』……ふ〜ん、真希もずいぶんと方向性かわったね」 
「事務所の意向だろ。もうあの頃みたいに好き勝手できる訳じゃねえよ」 
「…そんなのロックじゃないじゃん」 

美貴の言葉は胸に痛く響く。 
私達4人はロックンロールで繋がった仲間だった。 
あの事故さえなければ…今でも。 

「梨華ちゃんには会った?」 
「会える訳ないでしょ」 
「あいつは怒ってないぜ」 
「……いいよ。それよりさヨッスィーはどうしてた?やってる?」 

美貴はドラムを叩く真似事をしてみせた。 
やってるにきまってる。 
スタジオの奥にあるドラムセットが見えないのかよ。 

「まだ表だった活動はしてないけど……ある人に誘われてる」 
「へぇ誰?」 
「これは秘密だぜ。あの安倍なつみだよ」 

安倍なつみ。ヒット曲を連発し今ノリに乗っている稀代の名プロデューサーだ。 
その作詞・作曲・編曲能力は、現在の音楽界において右に出る者は無いとまで言われる。 

「安倍自信がキーボードで参加して、超大型ロックバンドを作るプロジェクトさ。 
 そのドラム担当として直々にお声が掛かってるっ訳さ」 
「ヨッスィー、応じるつもり?」 
「……まあな」 
「売れ線に乗るって訳だ」 
「美貴もどう?あんたなら安倍も喜んで受け入れると思うぜ」 
「パス。私は安倍の書く曲、好きじゃないから」 
「…あいかわらずだな」 
「私はソロでやってく。好きな曲を好きな様に弾く」 
「そっか」 

チャチャチャララチャ〜チャチャ〜♪ 
そのとき、吉澤の携帯の着信メロディが鳴った。 

「もしもし、あっのの!どうしたん?えっ今から来る?いいけど…うん、じゃあ」 

「美貴。これから昔の友達がここに………っ?」 

吉澤が携帯を閉じて顔を上げると、もう藤本の姿はなくなっていた。 



五、れいなの実力


「ヨッスィー、ひさしぶりぃ!」 
「おう相変わらずバカっぽいツラしてんな」 
「ののはバカじゃねーのれす!」 
「アハハハハハハ冗談だよ」 

辻希美は昔からかわいい妹みたいな存在。 
私が有名になっても、まったく気にせず遊びにやってくる。 

「今日は友達を連れてきたのれす」 
「は、はじめまして。田中れいなです!」 
「どうも。吉澤っす」 

ののの隣に小さいけど気の強そうな娘がいた。 
ギターかついだ小生意気な姿は誰かさんと薄っすらかぶる。 

「れいなちゃんはロックバンドの仲間さがしてるのれす」 
「へぇ〜ギター?」 
「ボーカル&ギターばい」 
「もしよかったら、ちょっと聞かせてよ」 
「歌ってもよかと?やるたい!」 

れいなという少女は、目をキラキラさせてギターを構えた。 

れいなのギタープレイ。 
れいなのボーカル。 

伝説のロックバンド『85』の吉澤ひとみはそれを黙って聞く。 
そして演奏終了。 
パチパチパチと拍手。 

「よかったぜ。ののが気に入るだけはある」 
「マ、マジっすか!」 

ののは昔から、私や梨華ちゃんやあいぼんのプレイを聞いてきた。 
だから音の良し悪しは人一倍理解している。 
そんなののが推す娘だ。間違いはない。 

「ねぇヨッスィー。れいなとバンド組んでくれないれすか?」 
「そうだな。一緒にやれたらおもしろそうだって思う」 
「ほんとれすか!」 
「但し、れいなちゃんが安倍なつみに認められたら…の話だけどさ」 
「アベナツミ……ってあの安倍なつみ?」 
「ああ。実はいま私、安倍にバンド誘われてるんだよ」 
「えっ!」 
「まだ公には発表されてないけど、安倍が最強のロックバンド結成に動いてる。 
そのメンバー集めの為のロックオーディションも大々的に開催するって話だ」 
「ロックオーディション……」 
「もしロックの頂点目指すのなら、挑戦してみたらどうだ?」 

ロックの頂点。 
その言葉がれいなのハートに火を付けた。 

「やるっちゃ!れいなオーディション受けると!!」 
「がんばれよ。一緒にできる日楽しみにしてるぜ」 
「はい!ありがとうございました!絶対受かってみせるたい!!」 

そう言うとれいなは、吼えながらスタジオを駆け出していった。 

「アハハおもしろい奴だな」 
「れいなちゃんならオーディション受かりそうれすか?ヨッスィー。」 
「え?さあ?安倍が決めることだ」 
「受かってほしいのれす」 
「……正直、今のままだと厳しいかもな」 
「どういう意味れすか?」 
「それはあいつ自身が気付かなきゃいけないことだ。それと…出会いか」 
「???」 

私がごっちんや梨華ちゃんやミキティと出遭えたように… 
あのれいなって娘にも…運命的な出逢いがあれば… 
花は開くかもしれない。 



六、絵里登場


最近ちょっと気になる人がいる。 
学校の帰り道にいつも通る夕焼けが差す駅の高架下。 
たった一人でギターを弾いてる女の子。 
多分、私と同じくらいの歳の子。 
荒っぽいけど、リズムの良い声とギターの音色が何故か私の心を捉えた。 
私は少し離れた電話ボックスの裏に隠れて、毎日立ち聞きしている。 
(すごいなぁ……私だったら怖くてとても一人であんなことできやしない) 
(ちょっとだけ羨ましい) 
あの子の歌を聞いていると、いつも時間を忘れてしまう。 

「あ、いけないもう六時半!」 

腕時計を見て私は慌てた。 
お稽古事の時間に遅れてしまう。 
自分で言うのは恥ずかしいけれど、私の家はそれなりに恵まれている方だ。 
お父さんの経営する会社が上昇気流に乗って、家も大きくなった。 
お母さんも仕事で忙しくてお手伝いさんを雇っている。 
私は「お嬢様」って呼ばれている。 
今だにそう呼ばれる度、背中の辺りがムズムズしてくる。 
「絵里は女の子なのですから、音楽の一つくらいたしなんでおきなさい」 
子供の頃、お母さんはそう言って何枚かのパンフレットを私の手に乗せた。 
「ピアノ」「琴」「バイオリン」……お上品そうなものばかり。 
私はその中からまだおもしろそうだって思った「クラシックギター」を選んだ。 

「すいません、遅くなりましたぁ!」 
「亀井さん。もう三日連続ですよ」 
「す、すいません。気をつけます」 
「席に着きなさい。他の人の邪魔にならないように」 

先生は厳しい。 
他の子たちも誰も私に気に留めず、黙々と演奏している。 
私はいつもの位置に座ると楽譜を開いた。 
楽譜の通りに演奏しないと怒られる。 
一箇所でも間違えると先生はするどく指摘してくる。 
(あの子だったら…もっと自由に) 
ふと演奏中に高架下のあの女の子を思い出した。 

ジャーギギー♪!! 

「あっ!」 

気が付くと指が勝手に、あの子の演奏を真似てしまっていた。 
上品なクラシック音の中でこの乱暴な音は目立ちすぎる。 

「亀井さん、どうしたのです?」 
「い、いえ、ごめんなさい!」 

周りの子がみんな私を見て、不思議そうな顔をしている。 
私は恥ずかしくて死んじゃいそうだった。 

「絵里、先生からお電話がありましたよ。最近様子が変ですって」 
「は、はい」 
「遅刻が増え、演奏中もボーっとしていることが多いと」 

夕食の時間、お母さんに言われた。 
部屋に戻ると私はベッドに飛び込み、枕に顔をうずめた。 
(だって…絵里…本当はギターなんて…好きじゃないもん) 
ううん、それは違う。 
(本当は好きだよ…だけどそれは) 
あの子の顔が浮かんだ。 
無性にあの子の歌が聞きたくなった。 
時計の針はもう午後10時をまわっている。 
(いくら何でも…もう…だけど) 

門限の時間はとっくに過ぎてしまっている。 
今まで一度だって破ったことはない。 
(だけど…私) 
生まれて初めて、絵里は門限をやぶって飛び出した。 

ハアハアハア… 

(何をしてるんだろ私……こんな時間にあの子がまだいる訳ないよ) 

いつもの駅の高架下。 
辿り着いた絵里の耳に、何にも束縛されない自由の音が流れてきた。 



七、自由への疾走


いつもの電話ボックスの裏に隠れる。 
刻まれる心地よいリズム。 
息を整えながら、気が付くと私は体全体でそのリズムを刻んでいた。 
(あぁ、この子と一緒に演奏してみたいっ!) 
だけどそんなことする勇気はない。 
声を掛けることすらできない。 

「ちょっとー」 

突然、音が止んだ。 
私はドキリとして思わず胸を押さえる。 

「聞きたいなら、こっちきてよかよ」 

あのギター少女がしゃべっている。 
誰に?私に?他に誰もいない? 

「あんたたい。電話ボックスの裏の」 
「わ、私?どうして?」 
「どうしても何も…毎日同じ所にいよーから顔覚えてしまったと」 

私は胸をドキドキさせながら、おそるおそる彼女の元へ歩み寄った。 

「大体おかしか……もっきんさんにバレない様、一人でしとーに」 
「もっき…??」 
「なんでみんな素通りするっちゃ!!」 
「えっえっ?」 
「酔っ払いのおっさん以外で聞いてくれとーは、あんただけたい」 
「わ、私は素敵だと思いました」 
「ほんと!」 
「ほんとうです」 
「あんた、名前は?」 
「な、名前ですか?か、亀井絵里です」 
「なんか音楽しとー?」 
「はい。小さい頃からずっと、週に五日クラシックギター教室に通っています」 

そう言うと、ギター少女はニタァ〜と笑みを浮かべた。 

「やっぱりね!分かる人には分かるっちゃ!」 
「…あのぉいつもこんな遅くまで、路上でされてるんですか?」 
「うん。他にすることないし」 
「親とか心配しません?」 
「おらんよ。一人で福岡から上京しとーから」 
「っ!!」 

私は、彼女の決意の強さに、言葉すらでなかった。 
自分の夢を叶える為に、誰にも頼らずたった一人で…!? 
そんなこと…私にできる? 

「れいなはロックンロールで一番になるっちゃ!」 

私と年齢も変わらないのに、迷うことなく夢を語る彼女がキラキラ輝いて見えた。 

「……イヒヒ。でもバンドのメンバーはまだれいな一人なんやけどね」 
「……」 
「絵里ちゃんも、夢とかあると?」 
「え?」 

夢? 
考えたこともなかった。 
普通に高校を卒業して、大学を出て、働いて、いつか誰かのお嫁さんになる。 
そんな風にあいまいに漠然と思っていた。 
クラシックギター? 
それは私の夢なんかじゃない。お母さんにやらされていただけ。 
今まで自分から動き出したことなんてない。 
……しいて挙げれば、今。 
今、この場所へ来たこと、彼女の歌が聴きたいと思ったこと。 
一緒に弾きたいって思ったこと。それは自分の意思。だけど…。 

「まだ…ありません」 
「そっか。早く見つかるとよかね」 

今の私に…夢なんて語る資格は無い。 
彼女はニコッと笑ってまたギターを弾いて歌い始めた。 
私はそれをずっと真正面で聴いていた。 

おぼろげな月が優しく二人を照らしている。 

キラキラと、歌い続けるれいな。 

その姿をじっと眺め続ける絵里。 

自由とは責任の裏返し。自分だけの力で走り続けること。 

(私も……) 

反抗も知らぬお嬢様の瞳に…小さな炎が宿りつつあった。 



八、髪を切った日


家を抜け出したその夜、お母さんにこっぴどく怒られた。 
私は生まれて初めて反抗した。 

「私、ロックがしたい!」 

お母さんは首をひねった。 
大人しいお嬢様が突然そんなことを言い出したのだから、当然かもしれない。 

「どうしたの絵里?あなたにはクラシックギターがあるでしょう」 
「あれはお母さんにやらされていただけ!やっと私みつけたの!自分の夢を!」 

バチン! 
頬に熱が走った。 
親にもぶたれたことのない私が、最初にぶたれたのはやはり親だった。 

「いい加減にしなさい!ロックなんて下品で素行の悪い人の聴く音楽です!」 
「ち、違うもん!」 

私は泣きながら部屋に駆け込んだ。 
そして決心した。 

翌日は土曜日で学校も休み。 
私は誰にも気付かれないように家を抜け出した。 
行き先は近所の美容院。 
鏡の中に私の、長く伸びた髪が映る。 

「切ってください」 

それは単純なきっかけ。 
昔の「臆病で流されていただけの自分」との決別。 
肩にも届かないほど短くなった髪を見て、私は小さく微笑む。 

それから郵便局で、お小遣いやお年玉で貯めていたありったけの貯金をおろす。 
そのお金を大事に抱えて、駅前の楽器屋に駆け込む。 

「ギターをください!エレキギターを!」 

一目見て気に入った黄色いエレキギターを抱えて、店を出る。 
ドキドキしていた。 
(あの子に見せたい) 
そう思った私はそのまますぐいつもの高架下に走った。 
だけど彼女はいなかった。 
(まだお昼前だし…夕方もう一回来よう) 
一旦、家に帰ることにした。 

見つからないように私はそっと裏口に回る。 
だけど甘かった。 

「絵里!!なんだその髪は!そのギターは!!」 
「お、お父さん!」 

しっかり見張られていたのだ。 
お母さんが言いつけたのか、お父さんが物凄い剣幕で待ち受けていた。 

「あなた何とか言ってあげて!絵里が不良になってしまう!」 
「絵里!そのギターをよこしなさい!」 

買ったばかりのエレキギターを、引っ張りあげようとする。 
(それだけはダメ!) 
私は必死で抱きとめた。 
(これから、このギターを持って、あの子に言いに行くんだから!) 
(私の夢は……あなたの歌に合わせてギターを弾くことだって!) 
(一緒にロックンロールの一番を目指すことだって!!) 

「だから…ダメェェェ!!」 

バキッ!! 
突如、耳障りな音が室内に響く。 
お父さんも、お母さんも、固まっている。 
私は恐る恐る自分の腕とお父さんの手の間を覗き込んだ。 
買ったばかりの黄色いエレキギターが………真っ二つに折れ曲がっていた! 



九、初めての仲間


「ウッウゥ………」 

そでで涙をぬぐう。 
気が付くと辺りは暗闇に包まれていた。 
どのくらい泣いていただろう。 
お父さんとのいざこざでギターを折られた私は、泣きながら家を飛び出した。 
そして、川原の草陰で折れ曲がったギターを抱えながら泣き続けた。 
(もう家には帰りたくない) 
(こんなギターじゃ…あの子にも会えない) 
初めて自分から踏み出した夢だった。 
(それがこんな形で…破れてしまうなんて…) 
腕の中のエレキギターを見る。 

「ごめんね」 

指で弦をなぞる。音は出ない。 

「ほんとに…ごめんね」 

黄色いギターがまた涙でぼやけてきた。 

「私なんかがあなたを買ったせいで…一度も一緒に演奏できなくて……ごめんね」 

大粒の涙が落ちる。ギターは無言でその雫を受け入れた。 

絵里の足はあの子のいる駅前の高架下に向かっていた。 
眩しいくらいまっすぐ夢を目指すロック娘は、今日もいつものように一人で歌っている。 

「おぅ絵里!髪切ったと?」 

声を掛けたれいなは、絵里の様子がおかしいことに気付いた。 
そして腕の中でギュッと抱きしめられたものも。 

「それ!エレキギター!どうしたと?」 
「…ウッウッウッ」 
「絵里?泣いとーと?」 

れいなは演奏をやめて絵里の元へ駆け寄った。 

「なにがあったばい?」 
「ウッウゥ…あのね」 
「誰かにいじめられたと?うちが仕返しに行くとよ!」 
「違うの!私も…私もロックがしたいの!」 

ついに言った。 
れいなは訳の分からない顔してる。 

「あなたの歌に惹かれて…私もロックを弾きたくて…ギターも買ったのに… 
 お母さんにもお父さんにも反対されて…ギターもこんなになっちゃって… 
 やっぱり…私なんかがロックなんて…だけど…あなたにそれだけ伝えたかったの!」 

「すればいいっちゃ」 
「え?」 

あんまりあっけらかんと彼女が言うから、私は思わず聞き返してしまった。 

「絵里がロックしたいなら、何も迷う必要なかと。すればいいっちゃ」 
「だけど…ギターが折れ曲がって…」 
「この程度、うちならすぐ直せとーよ。ロックギターなんか壊れてなんぼたい!」 
「え?え?直せる…の?」 
「自慢じゃなかけど、うちのギターなんか傷だらけでボロボロたい。ニヒヒ…貸してみ」 

ニィと笑うと彼女はテープを取り出して、私の折れたギターに巻き始めた。 

「この傷のひとつひとつがロックの勲章たい」 
「勲章…?」 

私は呆然と眺めていた。 
彼女の手の中で…もう戻らないと諦めていたエレキギターが復元してゆく。 

「ほらできた!最後のテープは絵里が自分で貼るとよか」 

すっかり元の姿に戻った黄色いエレキの中央部。 
渡されたテープを…私は大事に大事に貼り付ける。 
また…涙が溢れてきた。 
(…おかえり) 
(おかえり、私のロックギター) 

「これでもう同じモデルはどこにも無か、絵里だけのオリジナルギターたい!」 

私は彼女の前で頭を下げた。 
どれだけお礼を述べても足りない…だけどもう一つだけ… 

「あの、お願いがあります!私にロックを教えてください!先生になってください」 
「へ?」 
「私、あなたにロックを教わりたいんです!お願いします!」 

臆病な私が生まれ変わる、最初の勇気。 
だけど彼女から帰ってきた返事は…。 

「断る!」 
「え?」 
「はっきり言って迷惑たい。そんな話断る」 

(…そうだよね) 
(私みたいなグズが突然おしかけて、弟子にしてなんて図々しすぎるよね) 
(バカだな私。彼女の気持ち何も考えずに一人で浮かれて舞い上がって) 
私はもう一度深く頭を下げた。 

「ごめんなさい!それじゃ私もう…」 

私は直してもらったギターを抱えて背を向けた。 
そのとき、後ろからまた彼女の声がした。 

「待つたい!」 
「?」 
「先生とかじゃなくて……バンド仲間ならうちは大歓迎だけど」 

一瞬、意味がわからなかった。 
私は固まった。 

「うちはね、絵里みたいにロックを愛する仲間を探してたとよ。ニヒヒ♪」 

この出逢いは運命でしょうか? 
もしそうなら私は神様にお礼のメールを出したいです。 
私の人生は、彼女との出逢いできっと大きく動き出すだろうから。 

「じゃ、よろしくっ」 

彼女はニィと笑って、手を差し出してきた。 
ギターだこでボコボコのあまりに美しい「努力の結晶」のその手。 
「はい!よろしくお願いします!」 

私はその手を握った。 
まだ両親にも反対されているし、問題は山積みだ。 
だけどギター片手に彼女と手を繋ぐこの瞬間だけは、私は無敵になった。 

「絵里はぁ!れいなと一緒にぃ!ロックンロールで一番になるんだぁ!!」 

そう叫ぶ絵里の顔は、誰より可愛い、初めて見せる心からの笑顔であった。 



十、ミキティとナッチ


「ふざけんな!」 

タンカをきって面会室を飛び出した。 
この藤本美貴様がわざわざ来てやったってのに…。 
今売り出し中のアイドルグループに参加しろって?それが契約の条件だって? 
冗談じゃねえ! 
この私を誰だと思ってやがる! 
日本一のギタリスト!『85』の藤本美貴だぞ! 
何がアイドルだ!こちとら死ぬまでロックンロールって決めてんだ! 
こんなクソ事務所こっちから願い下げだ。 

「あれぇ?あなた?」 

某有名音楽事務所ビルの正面玄関。 
その声は突然現れた。 

「やだ〜藤本美貴ちゃんじゃない!」 
「…!」 
「こんな所で会えるなんて偶然!日本に帰国してたのね」 

昔、歌番組ですれ違った程度の面識のくせに、図々しい。 
よりによって面倒な女に出くわしてしまった。 
日本一の売れっ子プロデューサー・安倍なつみ。 

「もしかして貴女もここで活動再開するの?」 
「契約は破棄んなった」 
「えー?どうしてー?美貴ちゃんほどの子がー?」 

いつのまにか「美貴ちゃん」呼ばわりか。 
もっともそんなこといちいち咎めていたらこの女にはきりがない。 

「ソロでCD出す条件に、アイドルグループに入れって」 
「あーなるほどねー」 
「なんスか。なるほどって」 
「今の流行がロックからアイドル系に移行しつつあるからねー。 
 いくら美貴ちゃんでもギタリストのソロじゃ売り上げは伸び悩むでしょうし。 
会社的にも85の美貴ちゃんがアイドルグループ加入の方が話題になって嬉しいでしょ」 

こいつは平然とぶちぎれそうなことを言う。 
相手にしてたらカルシウムがいくらあっても足りやしねえ。 

「美貴はロック以外やる気ないっスから」 
「残念ながらそのロックも85の解散以来、下火が続いている」 
「…」 
「ねぇどう?なっちと一緒に、もう一度日本中をロックで熱狂させる気はない?」 
「それは勧誘っスか?ヨッスィーみたいに」 
「あー聞いてるんだ。じゃあ話は早いね。なっちは史上最高のロックバンドを目指してる。 
 でもまだ柱となるギタリストが見つかってないんだ。美貴ちゃんなら…相応しいと思う」 
「悪いけど…そんなつもりないっスから」 

私にとってバンドは『85』だけ。 
バンド仲間は吉澤ひとみと石川梨華と後藤真希だけ。 
それ以外の奴とプレイする気はない。 

「美貴ちゃん。なっちは諦めないよ。あなたのギターは必要不可欠だと思ってる」 
「そりゃどうも」 
「必ずまたロックの時代が来る。なっちがそうさせてみせる」 
「へぇ」 
「そんなとき、その中心にいるか、隅に潜んでいるか、よぅく考えて」 

私は返事をせず、玄関の扉を開けた。 

「きゃ」 

すると玄関の向こう側にあった小さな影とぶつかってしまった。 
金髪で気の強そうなそのチビは…! 

「ちょっと痛いじゃない。あやまりなさいよー」 
「悪ぃな。小さくて見えなかった」 
「なんだと〜!!こいつ〜おいらに言ってはいけないことをっ!!」 

「85」亡き後、ブームが去ったように他のロックバンドの売り上げも落ちていった。 
そんな中、最後まで生き残っている実力派バンドがある。 
スリーピースロックバンド「NIKEY(ニッキー)」だ。 
その中でも人気・実力ともに抜けているのがベーシスト。 
人呼んで『セクシーベース』の矢口真里。 
今、私にぶつかったこいつだ。 

「まぁまぁ二人ともケンカはダメよ〜」 

ニコニコと安倍なつみが間に割り込んでくる。 

「なっち。本当にこんな奴誘う気?おいらは反対だぜ」 

矢口が安倍に言った。 
フン。 
どうやらこのチビは安倍に誘われてここへ訪れたようだ。 
安倍のヤロウ、ヨッスィーや私だけじゃく、NIKEYの矢口にまで手を回してたのか。 
梨華がいない今、確かに矢口真里以上のベーシストは日本に存在しない。 
本気で最強布陣を揃える気でいやがる。 
気にくわねえ。 

「別に仲良しこよしじゃくていい。それもロックでしょ。矢口。美貴ちゃん」 
「…けどさぁ」 
「フン」 
「美貴ちゃん!オーディションには必ず来てね!待ってるから!」 

誰が行くか。 
くだらねえ出来レースのオーディション。 
それに安倍はまだ肝心なことを満たしていない。 
最強のロックバンドに一番必要なのは最強のボーカリストだ。 
それこそ…光輝いていたあの頃の真希の様な。 
そんな奴が果たしているか? 
ロックンロールの頂点に立てる程、最高のボーカリストがこんな時代にいるもんか。 



十一、天才ギタリスト


今日は初めてできたバンド仲間を、もっきんさんに紹介するっちゃ! 
絵里を連れてもっきんさんのマンションに駆け込む。 

「もっきんさん!ビッグニュースたい!」 
「れいなちゃんれいなちゃん!ビッグニュースなのれす!」 
「うわっ!なんばい!?」 
「ふぇ?びっくりしたのれす」 

うちともっきんさんは同時に身を引く。 

「なんれすか?お先にどうぞなのれす」 
「あ、あのね、ついにバンド仲間が見つかったたい!」 
「ほんとれすか!」 
「紹介すると。亀井絵里!ギター担当たい」 
「はじめましてぇ絵里です。よろしくね」 

絵里はニコニコと微笑みながら挨拶した。 
(絵里…絶対もっきんさんのこと年下と思ってるっちゃ) 
一方のもっきんさんは、うちが連れてきた子がお嬢様で驚いているみたいだ。 

「てっきりヤンキー連れてくると思ってたのれす」 
「どーゆー意味たい?」 

「合わせて練習したいんやけど、部屋借りてよかと?」 
「どぅぞ〜」 

もっきんさんのマンションには何故かアンプやチューナーが一通り揃っている。 
防音も完璧でギター練習には最適な環境となっている。 
(一体誰が使っとーと?もっきんさんはギターなんか持ってなかし…) 
(こんな立派で広いマンションに一人暮らしできる理由も不明やし) 
(相変わらずもっきんさんには謎が多か) 
まぁいちいち気にしても仕方ない。ありがたく使わせてもらうたい。 

「絵里はチューニングしたことあると?」 
「ううん」 
「本気でエレキは初心者たいね。いいよ、基本から教えるたい」 

エレキギターとチューナーをコードで繋ぎながら、簡単に説明する。 
もっきんさんは、その様子を部屋の隅にちょこんと座って眺めている。 

「ピックも持ってなかね。うちの貸してあげると」 

れいなオリジナル猫爪型ピックたい! 
絵里はおもしろそうに渡されたそれをいじっている。 

「こんなの使うの初めて〜♪」 
「それじゃ一度合わせて弾いてみるたい」 
「うん♪」 

「おっ!」 
「上手なのれす」 

うちは絵里のこと初心者だと思って少しなめていた。 
ダテに小さい頃からクラシックギターをやっていた訳ではなかったと。 
初めてのピッキングのくせに、うちのプレイについてきとる。 

「なかなかやるたいね!」 
「ううんダメだった。やっぱり私…指の方がいいかも」 
「へ?」 

そう言うと絵里はピックを置いて指でまた弾き始めた。 
そりゃクラシックギターをやっていた絵里には指弾きの方が慣れてるかもしれなか。 
けどピック使わんとスピードやテクにも限界があ… 
…と言おうとしたうちは、次の瞬間凍りついた。 

「なんばしとーと?」 

クネクネと、絵里の指が想像を絶する動きで弦を鳴らし始めたのだ。 
そこから流れるメロディは初心者どころか… 

「れいなちゃんより上手いのれす」 
「そんなもんじゃなか!こんなの世界中の何処にもなかよ!」 

絵里の指はクネクネクネクネとピッキングを陵駕する動きを見せて、演奏は終わった。 
(もしかしたらうちは…とんでもなか娘と組んだかもしれんたい) 

エレキギターに比べてクラシックギターは弦が固い。 
ちゃんと音を出すのに強い指の力が必要となる。 
その固さが…今まで絵里の指のクネクネを抑制していたのかもしれない。 
エレキと巡りあえたことが、絵里の才を開花させたといえよう。 
まさにロックギターを弾く為に生まれてきた様な…。 

「天才ギタリストたい」 
「そんなぁ私なんて全然…」 
「謙遜せんでもよか!うちは確信したたい。絵里とならロックの頂点に立てる!」 
「ほんと♪」 
「ほんとに凄いのれす。あいぼんとどっちが上手いれすかねぇ?」 
「あいぼん?」 

それで思い出した。 
確か前にもっきんさんが携帯不通で呼べなかった、ギターがめっちゃうまいって人。 
…それと彼女のビッグニュース。 

「そういえば、もっきんさんのビッグニュースって何やったと?」 
「あー!忘れてたのれす!あいぼんに連絡がとれたのれす!」 
「えっ」 
「ギター持って来てくれるって約束をしてもうすぐ…」 
「ののぉ、もう来とるんやけど」 
「ふぇ?」 

気が付くと、部屋の入口にギターケースを背負った娘が立っていた。 
もう一人の天才ギタリスト!加護亜依登場。 



十二、その名はあいぼん


「おもろいもん聴かせてもらったで」 
「あいぼん!紹介するのれす。今うちに居候してるれいなと…」 
「そっちには興味あらへんよ。クネクネした方はどこの誰や」 

興味ない?れいなのことを? 
もっきんさんの友人じゃなければ、うちはぶち切れていたかもしれなか。 

「れいなのバンド仲間の絵里たい!」 
「エリ…覚えとくわ。うちは加護亜依や」 

加護と名乗る娘は、背負っていたギターケースからエレキを取り出す。 
ブルーとピンクの2色で彩られたダブルネックの風変わりなエレキだ。 
二つのヘッドの先が『V』型になっており、合わせると別の英文字に見える。 

「せっかくやから…うちのプレイも聴かせたるわ」 

加護亜依のピックが弦を弾いた瞬間、空気が変わる。 
(この曲は!!) 
『85』の大ヒット曲『Peace Mode』。 
しかもそのギタープレイは! 
(藤本美貴のプレイそのものたい!!) 
れいなの目の前で、もう二度と聴けないと思った日本一のギタープレイが、蘇った。 

「…すご」 

絵里も目を丸くして驚いている。 
これが初めて目の当たりにするロックの頂点の音。 
加護がニヤリと笑ってギターの持ち方を替える。 

「これだけやないで」 

藤本美貴のハードなロック音から一転、切れのあるシャープな演奏。 
れいなはまた驚かされる。 

「……市井紗耶香たい」 

次に聞こえてきたのは『NIKEY』のギタリストとまるで同じ音。 
(どーなっとるたい!この加護って奴は!) 
藤本美貴や市井紗耶香という超一流ギタリストの音を完全にコピーしている。 

「あいぼんは昔からものまねが得意らったのれす」 

モノマネ…そんなレベルを遥かに超えている。 
幾つもの超一流を持つ娘。 
『完コピの魔術師』加護亜依。 
演奏を終えた加護は、れいなと絵里の顔を満足に覗き込んだ。 

「本当の天才ギタリストが誰か…わかったん?」 
「!!!!」 

れいなは返す言葉もでなかった。 
そんな空気を見かねたのか、もっきんさんが間に入る。 

「でもあいぼんと絵里ちゃんが一緒に弾いたら、もっと凄そうなのれす。 
 ねぇねぇあいぼんもれいなちゃんのバンドに入ってくれない?」 
「冗談やめときぃのの。うちがいたら他のギタリストなんか必要あらへん。せやろ」 
「…」 

絵里は言い返そうとした。 
だけどそれができない事は、今のギターの実力差が証明していた。 

「それに最初からうちはこいつらとバンドなんて組む気あらへん」 
「ふぇ?」 
「うちはもう最高のパートナーを見つけとるし」 

最高のパートナー。 
加護がそう口にしたとき、もっきんさんの顔が少しこわばった。 

「100年に1人の歌姫や。二人でロックの頂点に立つ約束をした」 

ここにもいた! 
こんな時代にロックンロールに人生を捧げたバカが! 

「もうすぐ…うちらが音楽業界をまるごとひっくり返したるわ」 

「ほな。縁があったらまた会お」 
「ちょっと待ってよ!あいぼぉん!」 

ギターを背負って加護は去っていった。 
それをもっきんさんが追いかける。 
れいなと絵里は黙ってその背中を眺めることしかできなかった。 

「私にとって…」 
「絵里?」 
「私にとっての、最高のパートナーは…れいなだけだからね」 

悔し涙をこらえながら、そう訴える絵里の瞳が、れいなの魂に火をつけた。 

「負けなかっ!!」 
「れいな…」 
「誰にも負けなか!!うちはロックンロールで一番になる女っちゃ!!」 

れいながそう吼えていた頃、辻は加護を追っていった。 

「のの。お前の紹介やからちょっと期待してたけど…見る目落ちたん?」 
「そんなことないのれす!らって絵里ちゃんはエレキ弾くの今日初めてなのれす」 
「初めて?冗談やろ!」 
「ののは嘘つかないのれす。それにれいなちゃんは…」 

しかしその後の辻の言葉は、加護の耳に届かなかった。 
(初めてであのプレイ……亀井絵里か。ふぅん、おもろいやん) 
彼女は今後幾度となく絵里の前に立ちはだかることになる。その名はあいぼん。 



十三、さゆみ登場


神童と呼ばれた。 
3才の誕生日におもちゃのピアノを買ってもらった。 
私がそれを弾くと、家族のみんなが顔色を変えて騒ぎ立てる。 
翌日にはピアノ教室へと通うことになった。 
6才のときには日本中の小学生が集まるピアノコンクールで最優秀賞を受賞。 
批評家の先生方は口をそろえてこう言ったらしい。 

「この子の指には神が宿っています」 

将来、日本を背負うピアニストになると周囲からの期待を一心に受けた。 
それが段々と…私の重荷になっていった。 
小学校最後の年。史上初の六連覇がかかったコンサートのその日。 
周りの人は私の気持ちも知らずに笑っていた。 

「さゆみ。いつもどおりに演奏すればいいだけよ」 
「もう優勝が当たり前ですわね」 
「お祝いパーティーの準備はできてるからね」 

指が…震えた。 
勝って当たり前。勝っても誰も褒めてくれない。それが当たり前だから。 
大人たちにとって「道重さゆみ」という子供はそうゆう存在。 
(もし負けたら…?私は…どうなるの…?) 
そんな不安と緊張が満タンになったとき。 
神が…消えた。 

広いコンサート会場。 
何千人というお客さんが、噂の神童が奏でる演奏に期待していた。 
マスコミに「神の指」と称される少女の生きた指。 
それが奏でる幻想的な世界に身を置きたいが為に集まった人々。 
空間のすべての目と耳が「道重さゆみ」に注がれていた。 

そんな世界で―――――指がスベった。 

生まれて初めての演奏ミス。 
大丈夫。すぐに立ち直せばいい。 
一度くらいのミスでは、私と他の子の差が埋まることはない。 
(落ち着け。落ち着いて………指が?動いてくれない!) 
(どうして?どうしてなの?) 
人々のざわめきが聞こえた。 
(みんなが…私を見ている。私は…期待されている。負けちゃったら…私は) 
ザワザワ。ザワザワ。 
嫌な音だけが耳に入ってくる。 
指が…完全に止まった。 
(やだ!やめて!お願い!見ないで!私は…!いやーーーーーーーーーっ!!!!) 

私は、逃げだした。 
演奏の途中で、ピアノを放り出して、舞台袖へ駆け下りた。 
そこからの記憶はあまりはっきりとしていない。 
大勢の大人達に囲まれて、疑問と叱咤の嵐。 
コンサートは当然、失格。 
もう二度と人前でピアノ演奏はしたくないって思った。 

「道重さんってさ、ピアノ上手なんだって?」 

中学に上がったある日の放課後、クラスメイトの女の子がそう声を掛けてきた。 
私はドキッとした。 
あの日以来、私はピアノのことは口に出さない様にしていた。 
その子は私の近所に住んでいるおしゃべりな男子から聞いたらしい。 

「合唱部のOGでね。ピアノ伴奏できる子、探してる人がいるんだ」 
「伴奏くらい…誰でもできるでしょ」 
「それがその先輩プロの歌手目指してる人なの…ヘタな子紹介する訳にいかないでしょ」 

乗り気じゃなかった。 
人前でピアノをひくことに対して恐怖症になっていたのかもしれない。 
だけどクラスメイトの頼みを一方的に断るのも悪いと思い、会うだけならと承諾した。 

休日に、学校の音楽室で待ち合わせ。 
私はクラスメイトの子に連れられて音楽室の扉を開けた。 

実を言うと、その瞬間まで私は音楽で感動したことが無かった。 
自分のピアノ以上の音を直に聞いた経験が無かったからだ。 
初めて胸がときめいたその音楽は…歌声であった。 
待ち合わせて紹介されるはずの先輩が一人アカペラで唄っていたのだ。 
その歌声のすばらしさは、とても言葉には言い表せない。 

クラスメイトに呼ばれるまで、私は口をポカ〜ンと空けて、彼女の姿に見とれてしまった。 

「は、はじめまして、道重さゆみです!」 
「ああ、高橋愛やよぉ。休みの日に無理言ってごめんねぇ」 
「そ、そんなことないです」 

何故か声がうわずってしまう。 
年上の人と話すことには慣れていたはずなのに…。 
彼女の前に立つと体中が勝手にドキドキし出すのだ。 
あの日以来、動きを止めていた私の指も、ムズムズと解放を要求している。 

「じゃあ試しに合わせてみよっか?」 
「は、はい!」 

数ヶ月ぶりに私は盤面の前に座った。 
本能のおもむくままに、私は指の束縛を解放させた。 
流れ出すメロディ。そこにあの天使の歌声が乗っかってくる。 
「天使の歌声」と「神の指」がひとつになった世界。 
とてつもない快感が全身を掛け巡る。至福の時間。 

「さゆみちゃん!すっご〜い!めちゃくちゃ上手いが!!」 

こんな風に心から褒められたことなんて、いくつの時から無かっただろうか。 
先輩は本当に嬉しそうな笑顔で、私の手を握ってきた。 

「ねぇお願い!これからも私と一緒にピアノひいてくれないかな?」 

断れるはずがないの。 
だってそれは私の方がお願いしたかったことなのだから。 



十四、ネコ落ちちゃった


中学の三年間はずっと高橋先輩と一緒だった。 
彼女のボーカルが私のピアノをひっぱってゆく。 
私のピアノが彼女のボーカルを成長させる。 

「私はねぇ、いつか大勢の人に聞いてもらえる様な歌手になりたいんやって」 
「先輩なら…絶対になれますよ」 
「いやぁ〜まだまだやわ。もっともっと練習せんとの」 
「はい!」 
「さゆみちゃんは?やっぱりプロのピアニスト目指してるんか?」 

(私はずっとあなたの隣でピアノをひいていたい…) 
なんて言えなかった。 
おどけて「わかんないの」なんて言ってごまかす。 

「やっぱりさゆみちゃんは天然やの〜」 

先輩はそんな私を笑う。 
こんな時間がずっと続けばいいって思ってた。 
私のピアノは…先輩の為に存在していたのだと信じていた。 

「さゆみちゃん、ちょっと話があるんやけど」 

少なくとも、あの日までは… 

私が中学を卒業する春。先輩が高校を卒業する春。 
いつも練習に使っていたホールで、彼女は突然切り出した。 

「私、ロックする」 
「へ?」 

突然の内容に私は固まった。 
先輩は瞳を輝かせながら…話を続ける。 

「ずっと迷ってたんや。自分の歌声が一番まわりの人の胸を響かせるものは何かって。 
 そしたらね、ある子と出会ったの。その子はロックギタリストだった。 
 衝撃やったよ。こんな音楽があるんだって!ちょっと泣いちゃったかもしれんわ」 

先輩の口から告げられる内容。 
それはまるで私があなたに出逢えて感じた様な… 

「一緒に歌ったんや。そしたら誘われた。一緒にプロになろうって」 

言わないで。先輩… 
お願いだからその先の言葉を言わないで… 

「今までありがとうね、さゆみちゃん。高校卒業したら…私その子とプロを目指す」 

聞きたくなかったセリフ。聞いちゃった。 
私は頭を下げた。そうしないと泣き顔を見られちゃうから。 

「先輩…おめでとうございます。私、ずっと応援してるの…」 

独りになった。 
他に何もすることがなかった。 
先輩がすべてだった。私のピアノはその為に存在した。 
(私、ロックする) 
そう言った先輩の笑顔。私にはどうすることもできない。 
ロックが私から先輩を奪っていったんだ。 
(…大っ嫌い) 

「ロックなんて大っ嫌い!」 

高校生になった私は、毎日アテもなく過ごしていた。 
ピアノに込めていた情熱は、先輩と一緒に全部どこかへ飛んでいってしまった。 
見かねた家族がプロピアニストになることを強要する。 
またむりやりコンクールに出場させるつもりなんだ。 
あの事件から3年が経ち、再スタートにはよい時期だと言う。 
(私はもうピアノなんか…やりたくない) 

そんなとき、昔使っていたおもちゃのピアノを見つけた。 
3歳の私がこのピアノでひいた音を聞いて、家族は私をピアニストの道に進ませたらしい。 
(このピアノさえなければ…こんな想いもせずに…) 
ピアノを辞める! 
その為にはこのおもちゃのピアノを処分しないと、と思えてきた。 
誘われるように私はそれを抱えて家を飛び出した。 
大きな川の大きな橋の上へ。 

ここからこれを捨てれば、完全にピアノを辞める決心がつく。 
少なくとも自分の気持ちは固まる。 
私は両手でおもちゃのピアノを天高く上げた。 
するとこれまでの色々な思い出が蘇ってくる。 
(私の青春は…ピアノと先輩だけだった) 
(今日…生まれ変わるの!) 
川に向かっておもちゃのピアノを投げた。そのとき! 

「なにしてるっちゃ!」 

橋の向こう側から、誰かが物凄い勢いで駆けてきたのだ。 
彼女は勢いを止めること無くなんとそのまま橋から飛び出した! 
(えっ!?) 

まるでネコみたいに、空中でおもちゃのピアノをダイビングキャッチする。 
そして器用にそれを私に向かって投げ返す。 
捨てたはずの… 
もう止めようと思ったはずの… 
ピアノがまた私の腕の中に帰ってきた。 
1人の少女によって。 

私が無事にピアノを受け取ったことを見ると、彼女はニィと笑った。 
そのまま…まっ逆さまに川へ落ちてった。 



十五、ロックなんて大っ嫌い


「も〜れいな無茶しすぎだよぉ」 
「しょうがなかやん。ほっとけなかと」 

ヤンキーとお嬢様。 
なんてヘンテコな組み合わせなの。 
後からやってきたお嬢様が、川から上がってきたヤンキーをタオルで拭いている。 
私は対応に困り果てて、戸惑うしかできない。 
(お礼を言うべきなの?) 
(でも捨てるつもりだったし、おかげでピアノも断ち切れないし…) 
とりあえず謝っておこう。 

「あの…ごめん」 
「あんた名前は?」 
「名前…さゆみ」 
「うちはれいな!こっちは…」 
「絵里だよ」 
「はい、さゆみんって呼んでください」 

あれ? 
二人とも「こいつ天然?」て顔に変わった。 
今のタイミングはあだ名を言う所じゃなかったの? 
でも自己紹介したし初めてだし、間違ってはないよね、うん。 

「さゆはなんでピアノば捨てようとしたと?」 

さゆみんって呼んでくれない。 
私のあだ名が無かったことになってる。 
しかもいきなり呼び捨て。やっぱりこの人ヤンキーだ。 
川に飛び込んだのもきっとバカだからだ。 
だって親切で飛び込む人なんている訳ないもん。うん。 

「れいな、無理に聞かない方がいいんじゃない?言いたくない事情かもしれないし」 

こっちの絵里って人はまだマトモそう。 
その子の言うとおり、見ず知らずの人に先輩のこととか言う気ないの。 
だけどこのまま立ち去るのも何か感じ悪いし…どうしよう。 

「ねぇ、あなたピアノやってるの?」 

今度は絵里って人に尋ねられて、私は無言でうなずいた。 

「ちょっとだけ聞かせてもらってもいい?」 
「は、はい」 

ピアノ…やめるつもりだったのに。 
ううんいいわ。これが本当に私の最後のピアノ。 
おもちゃのピアノで始まって…終わりも同じおもちゃのピアノ。 
この変な二人組に出会えたのもきっと何かの縁ね。 
『神の指』のラスト・オーディエンス。 

全身全霊を込めた演奏。 
これで最後だと思うと…本当に込み上げてくるものがあるの。 
すると演奏途中だというのに、れいなというネコ娘が急に立ち上がって叫んだ。 

「凄か!さゆ!ほんと凄かよ!」 
「うんうん、私もビックリ〜これってプロよりうまくない?」 

二人があまりに興奮しだしたので、私は演奏を止めざるをえなかった。 

「よしっ!決めたっ!」 

れいなって子が目をキラキラさせて言った。 
いきなり何を決めたの? 

「さゆ!うちらのバンド入らなか?」 
「…バンド?」 
「ロックバンドたい!うちらはロックンロールで頂点を目指しとーと!」 

ロック!忘れることのできないその言葉。 

「あなたたちロックの人だったの…?」 
「当然たい」 
「悪いけど…私、ロックなんて大っ嫌いなの」 
「えっ?」 

嗚呼、よりによってロックの子に最後のピアノを聞かせてしまったなんて。 
最悪なの…本当にもうロックなんて大嫌い! 
私は挨拶もせずに全力で逃げ出した。 

「あっ!ちょっと待つたい!ピアノ忘れとー」 

(そんなのもういらない!もう終わったの!) 
(大体あのネコ娘が邪魔しなきゃ、川に捨てておしまいだったのに) 
(もう誰も私に構わないで!) 

走り去るさゆみ。 
残されたれいなと絵里は慌てていた。 

「絵里!追いかけると!」 
「でもあの子ロックが嫌いだって言ってたよ」 
「これから好きにさせればよか!キーボードはあの子しかいないっちゃ!」 

れいなの瞳に火が付いた。それを絵里は感じ取った。 

「わかった。でもれいなは帰って着替えてきて。服ビショビショで風邪ひくよ」 
「でも今見失ったら、もう会えなかかも…」 
「私に任せて!」 

そう言うと、絵里はさゆみを追って走り出した。 
(れいなが認めた子なら間違いは無い!) 
(なによりロックが嫌いだっていうあの子に…ロックの素晴らしさを教えてあげたい) 
(私が…れいなに教えられたように!) 



十六、れいなの魔法


「ちょっと待ってぇ!」 

絵里って子が追いかけてきた。一人みたいだ。 
意外と足が速くて逃げても追いつかれそうなので、私は止まることにした。 

「一体なんなの?」 
「ハァハァ…ごめんね。少しだけ話聞いてほしいの」 
「ロックの話なら聞く気ないから」 
「そんなこと言わないで、一回だけでもいいかられいなの歌聴いてくれない」 

私はずっと先輩の「天使の歌声」を聞いてきたの。 
あんなヤンキー娘のロックなんか聞く気もおきない。 

「だから嫌だって言ってるでしょ!」 
「どうして?あなたピアノやめるんでしょ?他にやりたいことあるの?」 

他に…?ピアノ以外に…?そんなの…。 

「関係ないでしょ!あんたには!」 
「あるもん!私はれいなに夢をもらった!だからあなたにもそれを分けてあげたいの!」 

わからない。どうしてそこまで意地をはるの? 
こんなお嬢様があんなヤンキー娘なんかの為に。 

「れいなのロックは魔法だよ。絶望する人に夢をくれるんだ」 

魔法?本気で言っているの? 
この絵里って子…あの子に惚れている? 
私が先輩の歌声に魅了されたように…? 
そこまで…。 

「さゆみ!」 

そのとき私達のすぐそばに一台の車が停まった。うちの車だ。 
中からママが顔を出した。 

「何しているの?お友達?」 
「ママ。あ、えーと…」 
「そうそう、ピアノコンクールの件。参加の登録をしておきましたよ」 
「えっ!」 
「早く乗りなさい。帰って練習しましょう」 

助手席のドアが開けられた。 
私はふと絵里って子を振り返る。まだ訴えるような視線。 
(やだ…私はなに考えているの) 
(ロックなんか大っ嫌い。迷う必要もないわ) 

「さゆみちゃん!」 

車に乗ると呼ぶ声がした。私は助手席のドアを閉めた。 

なりゆき上、仕方なかったんだ。 
ピアノはやめるつもりだったけど、あそこで車に乗らなきゃ… 
ずっとロックなんかに追い掛け回されていたかもしれない。 
コンクールも一回だけよ。 
一回だけ出てあげればママも納得してくれるに違いない。 
そうすれば私は晴れて自由の身。何でもできる。 
何でも…何をしよう? 
私、何がしたいんだろう…? 
(どうして?あなたピアノやめるんでしょ?他にやりたいことあるの?) 
なんであの子の言葉が!バカみたい。 
まだ分からないけど、それは絶対にロックなんかじゃないんだから! 
(れいなのロックは魔法だよ。絶望する人に夢をくれるんだ) 
うるさい!あんなヤンキーに頼らなくなくたって。 
私は新しい夢くらい自分で探せるわ!そうよ自分一人で! 

「…どうしたの?さゆみ?顔が紅いわよ」 

運転席のママの声で私は我に返った。車は信号が赤で停車している。 
何か気まずいので返事はせずに、私は何気なくバックミラーを見た。 
そこに信じられないものが映っていた。 
あの絵里って子が、はるか後方でまだ走っていたのだ! 
もう車は数km走っているはず。 
信号が青に変わった。 
車は再び走り出す。 
私は思わず後ろを振り返った。 
あっというまに彼女は見えなくなってしまった。 



十七、静寂をぶちやぶれ


れいなと絵里という奇妙な二人組に会った日から一ヶ月。 
コンクールの為、練習漬けの日々が過ぎた。 
そしてピアノコンクール当日。 

『神の指を持つ少女、復活!!』 

会場に着き、コンクールの立て看板を見て私はあっけにとられた。 
なんと私の参加が客集めの宣伝に使われていたのだ。 
私はママを見た。 
ママははじめから知っていた様な顔をしている。 

「どういうことなの!?」 
「それだけ貴女が期待されているのよ、さゆみ」 

嘘だ。だまされた。 
私はやっぱりまだそういう風にしか見られていないんだ。 
逃げようとして、それがもう遅いことに気付かされる。 
大勢のコンクール関係者の大人達が周りに集まってきていたのだ。 

「待っていましたよ。道重さん」 
「いや、ずいぶんとお美しくなられた」 
「今日は楽しみに聴かせてもらいます」 
「華々しい復活を期待していますよ。ワハハハハ」 

3年前のあの事件が、まるでなかったことの様に扱われている。 
大人達にとって「道重さゆみ」が使える存在だから。邪魔な過去は無用。 
超美人(これは否定しないの)でピアノが上手い私を宣伝道具として使うだけ。 
本当の私の気持ちをわかってくれようとする人なんて…誰もいない! 

(愛先輩…) 
彼女だけだった。 
純粋に心から私の演奏を必要としてくれた人。 
そういう人の為にピアノを弾いていたかった。ずっと…ずっと。 
だけどもう誰もいない。 

「ロックバンドたい!うちらはロックンロールで頂点を目指しとーと!」 
「あるもん!私はれいなに夢をもらった!だからあなたにもそれを分けてあげたいの!」 
(あのバカ二人…どうしてるだろ…) 
(もしかして…ううん、もしかしてだよ) 
(ロックじゃなかったら…もっと違う形で出会えたら…) 
(友達に…なれてたかもね) 

コンクールは始まった。 
次々と他の参加者達が演奏してゆく。 
私の出番は(まるで裏で申し合わせたかのように)一番最後。 
不安と緊張だけが高まってゆく。 
いっそ始めの方に終わらせられたら楽なのに。 
どっちにしてもこれが最後。 
今度こそ本当に私はピアノをやめる。 
汚い大人の事情に振り回されるピアノなんて、もうこりごりなの。 

『それでは最後の演奏者―――道重さゆみさんです』 

私の名前が呼ばれると、静かだった会場の空気が一変する。 
場内からおおげさなほどの拍手が降り注いだ。 

ドキ…ドキ…ドキ… 

胸の高鳴りは今までにない程強かった。 
緊張をこらえ、静かに鍵盤の前に腰を下ろす。 
静かな暗闇の中、私だけを照らすスポットライト。 
私は深呼吸をひとつ吐き、指を動かした。 

流れるメロディライン。 
何十万回と繰り返したドレミ。 
『神の指』と称された生きた音楽。 
……の、はずだった。 

(あれ?) 
おかしい。こんなはず無い。 
何故かどうしても音が乗ってこない。 
ひさしぶりに人前だから…緊張してるの? 
ううん、この3年間、先輩と一緒だったときは一度もなかった。 
指が…動いてくれない。 
どうして…? 
これじゃ…こんな演奏じゃ…!また、あの日みたいに…。 
―――――ジャン。 

それはまるで3年前のあの日をそのまま映し出すかの様に…指がすべった。 
頭がまっしろになり、心臓が止まりそうになった。 
そうなるともう演奏なんて手につかない。 
失敗が続く。 
ザワザワ…ザワザワ… 
観客のざわめきが聞こえた気がした。 
ザワザワ…ザワザワ…ザワザワ…ザワザワ…ザワザワ…ザワザワ… 

「いやあああぁぁあぁっぁぁぁぁぁっぁぁぁぁ!!!」 

(また…私は…) 
逃げるの! 
すぐにここから消え去るの! 
やっぱりもう私はピアノなんかしないの! 
誰にも期待されないで…誰にも気にされず…誰にも必要とされないで… 
ひっそりと大人しく隠れて生きていけばいいの! 
(私はそんな…) 

ギュルルルルルルルュルルルルウルルルルゥゥゥッゥゥゥッ!!!!!!!! 

そのときだ!いびつなギター音がピアノコンクールの静寂をぶちやぶったのは! 

「さゆっっ!!!!見ぃ〜つけたばい!!!!!!!!!」 

停まっていた私の全ての感覚が、その音と声に刺激される。 
『魔法』が起きた。 



十八、二人目の仲間


ありえない光景だった。 
静かなピアノコンクール会場に、荒々しいギター音が二つ。 
私の視界に入ったのはあのロックバカ…れいなって子。 
そうなるともう1人はあの子しかいない。 
「れいなのロックは魔法だよ。絶望する人に夢をくれるんだ」 
あの子の言っていたことが…今なら分かる。 
動きを止めた私の指がうずきだしている。 
この音に…このギターに…合わせて一緒に演奏したいと…うずいている。 

「一緒に弾くっちゃ!!さゆぅーーーーーーー!!!」 

れいなの声がした。 
誘われるように、私は鍵盤に両手をおろした。 
途端に音が暴れ出した。 
今まで感じたこともないグルーヴ感。 
1人で弾くのとも、先輩と弾くのとも違う。 
これがロック! 
あのバカ二人が追い続けていて… 
先輩が惹かれていった… 
ロックンロール! 
何故だかわからないけれど…涙がこぼれそうになった。 
(大っ嫌いなのにぃ……すっごく…楽しいの) 

ピアノと二本のギターの爆音が会場を荒れ狂う。 
ようやくコンクール運営側が、警備員を引き連れて止めに入った。 

「やめないか!ガキども!!」 
「コンクールを台無しにする気かぁ!」 

会場の右端と左端で弾き続けるれいなと絵里を、羽交い絞めしようとする。 
それでもれいなは抵抗してギターを鳴らす。 

「さゆぅぅぅ!!!!」 

ついにれいなは腕を押さえつけられた。 
ギター音がなくなっても、さゆみはロックを演奏し続けている。 

「うちとロックするっちゃぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」 

れいなの叫びが届いた。 
さゆみの胸を打ち抜いた。 

「これからはうちと一緒にぃ!!ピアノばひくとぉぉぉぉぉぉ!!!!!!!」 

さゆみはこらえていた涙が…ついに溢れ出す。 
(バカァ…それは…そのセリフは…) 
(もう誰にも必要とされないって思っていたのにぃ…やめようって思ってたのにぃ…) 

「先輩とおんなじセリフを…言わないでよ。バカァ」 

結局、私の演奏は失格。 
三人とも別室に連れて行かれて関係者の大人達にこっぴどく怒られた。 

「ピアノコンクールでギターなど言語道断!」 
「自分たちが何をしたか分かっているのかお前達!」 

れいながペロッと舌を出すと、大人達はさらに憤怒した。 
そこへ私のママがやってくる。 

「うちのさゆみは被害者です!こんな不良につきまとわれて…」 
「不良じゃなかロックンローラーたい」 
「だまりなさい!もう二度とさゆみには近づかないと…」 
「ママ!違うの!」 

大人達が静まった。 
私がこんな風に心の底から大声出すなんて、きっと初めてだろう。 

「この二人は私が呼んだの!だから悪いのは全部私!」 
「さゆ…!」 
「何を言っているのさゆみ!?あなたがこんな汚らしい子達と同じな訳…」 
「…同じだよ。少なくとも…絵里とは同じ魔法にかかってる」 

絵里の顔がパァッと明るくなった。 
れいなは不思議そうにしてるけど…。 

「だから、責任は全部私がとります!」 


「すまなか」 
「何が?」 
「さゆ、もうピアノコンクールには参加できなかって」 

三人で会場を後にすると、れいなが言った。 
『今後、国内のあらゆるピアノコンクールへの参加を禁ずる』 
それが私に提示された責任だったのだ。 

「別にいいわよ。どうせピアノはやめるつもりだったし」 
「でも本当に悪かったと」 
「それよりどうしてここが分かったの?」 

尋ねると今度は絵里が答えた。 

「あのとき、ピアノコンクールに出るって言ってたでしょ」 
「だからこの一ヶ月、二人で手分けして都内のコンクール全部まわったっちゃ」 
「今日のは看板に大きく名前があってすぐに分かったよ。エヘヘ」 

本物のバカだ。私なんかのために…そこまで…。 

「私が、ピアノやめてたかもしれないのに…」 
「さゆはやめなか!確信してたたい」 
「どうして?」 

するとれいなはニィと笑って、背負っていた風呂敷袋をおろした。 
中から出てきたのは…あの古びたおもちゃのピアノ。 

「こげんボロボロになるまで使ってとー者が、そう簡単にやめられる訳なか」 
「…っ!!」 
「さゆ、ピアノはやめんでよか。うちらとバンド組むばい」 

また、彼女の手であのピアノが帰ってきた。受け取った瞬間、また涙がこぼれてきた。 
涙なんか見せたくないのに…止まんないの。 

「うわっ!なんで泣くっちゃ!」 
「私はわかるな〜気持ち」 
「ハァ?全然わからんたい!二人してどーしとー?」 
「れいなは鈍感なの。ねぇ、さゆみちゃん」 
「うちをはぶるなーーーーーーー!!!」 

先輩…あなたと同じ様に…私にも仲間と呼べる人たちができました。 
もう一度、ロックンロールで、私はあなたを追いかけます。 

「ロックなんて大っ嫌いだけど……しょーがないから組んであげるわ、バンド」 
「なんやそん言い方!泣いとーくせに!」 
「何よ!やってあげるって言ってるでしょ!」 
「うちが誘ってあげてるたい!」 
「私が…!」 
「まぁまぁまぁまぁ二人ともケンカしないのぉ」 

私とれいなが睨みあっている間を、絵里が割って入る。 
育ちも性格もバラバラの3人だけど…。 
きっと他の誰にも負けない最高のバンドにしてみせるの。 



十九、ミキティとアヤヤ


「ミキたんミキたんミキたぁ〜ん♪」 

玄関を開けたらいきなり顔におっぱいが飛んできた。 
こいつまたでかくなってやがる。 

「いつ帰ってたのよ〜!ど〜して亜弥に一番に連絡くれないの〜」 
「忙しいんだろお前」 
「忙しくてもミキたんに会えるなら飛んで行くからぁ!」 
「何度も言ったはずだけど、そうゆうの興味ないから…早く離れろ」 
「やだぁ!会えなかった分ずっとくっついてるぅ」 

私の頬におっぱいをこすりつけているこのアホ女の名前は松浦亜弥。 
今日本中を席巻している国民的スーパーアイドル、通称「あやや」だ。 
音楽業界に今のアイドルブームを起こした張本人。 
いわば私達ロックンローラーからしたら天敵そのものだ。 
当然私はこんなブリッコ女、気に食わねえって思っていた。 

「う〜ん、久しぶりだけど、やっぱりミキたんはかぁっこいいよぉ〜♪」 

なのに何故か、私はこいつにめちゃくちゃ好かれてしまったのだ。 
はっきり言って冗談じゃねえ!もし写真週刊誌にでも見つかってみろ! 
クールなギタリストで通っている私のイメージが、一発で最悪になるじゃねえか。 
『ぶりっこレズギタリスト』……死んだ方がマシだ。 

とにかく、私は亜弥を部屋へ引っ張り込んだ。 
いつまでも玄関にいたら、本当に盗撮されかねない。 

「半年も海外に行くんだもん。会いたかったよぉミキたん」 
「私は会いたくなかったけどな」 
「なんで怒ってるのぉミキたん?」 
「その呼び方やめろ!!うぜえんだよ!」 
「えー!ミキたんはミキたんじゃん。あっ怒ってる理由わかったぁ」 
「…」 
「どこの事務所もちゃんと契約してくんないからでしょう」 

悔しいけど図星だ。亜弥はアホのくせに業界の裏事情には詳しい。 
だがどう考えても納得できない。 
この藤本美貴がソロデビューをすると言えば、引く手数多になるのが当然のはず。 
なのに今まで行ったすべての事務所がはっきりした返事をくれない。 
正直、イライラしている。 

「しょうがないよぉ。今この業界で安倍さんに逆らったら生き残れないでしょ」 
「!!……どういう意味だよそれ」 

安倍なつみ。 
まさか亜弥の口からその名前が出てくるとは思わず、驚きはでかかった。 

「ほら、例の最高のロックバンドの件だよぉ」 
「それと私の契約とどういう関係があんだよ!」 
「ギョーカイのえらい人ならもう皆知ってるよ。安倍さんがミキたん狙ってるってさ」 

確かに、私は安倍なつみにギタリストとして誘われた。 
だけどそれはその場で断ったはず。 

「安倍が…裏で…脅迫してるってのか」 
「まさかぁ。それじゃあ犯罪よ。安倍さんはやんわりと気持ちを告げまわっているだけ。 
 自分のバンドにミキたんを引き入れるつもりだ…ってね」 
「それだけで何で!?」 
「そんなこと聞かされて勝手にミキたんと契約なんか結べないでしょ、何処の事務所も」 

もし藤本美貴とソロ契約など結べば、その事務所は安倍の計画を妨害したと言われる。 
安倍なつみは今その気になればヒットチャートを独占できる程の影響力を持つ。 
わざわざその安倍に逆らう危険を冒す事務所など…何処にも存在しないという訳だ。 

「そういう訳か……っざけんなよヤロウ」 
「はやまっちゃダメよミキたん!2,3年待てば安倍さんのブームが終わって、 
 ソロで契約してくれる事務所も出てくるかもしれないしぃ…」 
「待てるかよ、んなの」 
「じゃあさ、じゃあさ、亜弥の所に来て、二人でユニット組もうよ♪」 
「お前ん所はアイドル事務所だろ!美貴はロックがしてえんだよ!」 

八方塞がりだった。 
美貴はロックがしたい、好きな様にギターを弾きたい、ただそれだけなのに… 
拳を握り締めてクッションに叩き付けた。 
(真希…ひとみ…梨華……私はどうしたらいいんだよ) 

座り込んだ私を、亜弥がまたそっと抱き寄せる。 

「ミキたん。どんなことがあっても…亜弥はずっと味方だよ」 

無抵抗な私の唇を、優しく奪っていく亜弥。 
もはやはねつける気力もなくなっていた。 
離した唇を舌でちょっと舐める仕草がやけに色っぽく映った。 
(アホ女だけど…真面目な顔してると可愛いんだよクソ) 
そして不覚にも、次の台詞を口にした亜弥に天使を見てしまった。 

「ひとつだけあるよ。ミキたんがロックでソロデビューできる方法」 

私はバッと顔を上げると、亜弥の肩を掴んだ。 

「何だよそれ!教えてくれ!」 
「ウフフ。じゃ〜ん!」 

すると亜弥はポケットから一枚の名刺を取り出した。 
聞いたことのない弱小事務所の…代表の名前が載っていた。 
もしかすると亜弥は今日、これを渡す為に私の元へ訪れたのかもしれない。 

「私が知ってる…この業界でたった一人安倍さんと対立してる人」 

そんな変人が…いるのか。 

「私にアヤヤのニックネームを付けてくれた人だよ♪」 



二十、3人の曲作り


今日はもっきんさんのマンションに集まってオリジナル曲を作るっちゃ! 

「また一人増えてるのれす」 
「キーボード担当のさゆたい!」 

そういえばさゆともっきんさんは初対面なので、うちは紹介した。 
もっきんさんは相変わらずてへてへしている。 
さゆは珍種でも見つけた様に、覗き込んでいる。 

「どこの中学生?」 
「バカ!もっきんさんはうちらより全然年上っちゃ!」 
「えぇーーーーーー!!嘘ぉーーー!!」 
「18歳なのれす」 
「えーーだって…ムギュ」 

放っておくとさゆが暴言を吐きそうなので、 
うちは強引にさゆの口を塞いで、絵里と協力してさゆを奥の部屋に連れ込む。 

「もっきんさん、また奥の部屋借りると」 
「へい」 
「モゴモゴムー!!」 

気を取り直して曲作りすると。 
やっぱりバンド組むならオリジナル曲が無かダメばい。 
うちと絵里はギターを、さゆはとりあえず小型ピアノを抱えて部屋に陣取る。 

「ところで…曲ってどうやって作るの」 

絵里の素朴な疑問に、うちとさゆは顔を見合わせた。 
さゆは「知らん」て顔しとる。 
あたりまえか。 

「最初は適当でよかよ!それぞれ弾いて良かフレーズ見つけたらメモると」 
「はーい」 
「適当なら得意だよクネクネクネって」 
「さゆも適当ならいくらでもひけるの」 

ほんと…なんばこいつら…。 
二人ともロック初心者のくせして、めちゃくちゃハイレベルなプレイしとーよ。 
(も、もしかしてうちのギターが一番しょぼ…) 
(いやいやいや…そんなことなか!うちがおらんと何もできなか…) 

「さゆ、今のメロデイ良かったよ。もう一回ひいて」 
「ほんと。じゃあさっきの絵里のフレーズと繋げてみるの」 
「おーいい感じだよ、これぇ!エヘヘヘ」 

ふ、二人で盛り上がってると… 
(うちをはぶるにゃーーーーーーーーー!!!) 

こうして初めての曲作りは夜になっても続いた。 
曲の方はAメロやサビなどおおまかに形になってきている。 

「そういえば歌詞はどうしよっか?」 
「ボーカルはれいなだから、れいなが書けばいいの」 
「でも…曲作りがまだ途中たい」 
「ここまでくれば二人でも大丈夫だよ、ねぇーさゆ」 
「ねぇー絵里」 

やばか。 
本格的にはぶられ化が進んでると! 
ここは一発、かっちょよか詩書いて二人にれいなの重要性を教えるっちゃ! 

「よーし!うちが詩書くばい!」 
「頼んだよー!」 
「泣ける詩がいいの」 

泣ける? 
そんなの書いたことなか! 
ギターに合わせてノリで適当に単語並べとー経験しかなかたい。 
どんな詩書けば絵里とさゆを泣かせられると! 
(………) 
あかん!こっ恥ずかしか! 
でももう書けないなんて言えなか状況になっとーよ。 

(何気にれいな最大のピンチばい!) 



二十一、『>RES』


「なんかさー楽しいね、こういうの」 

時間も深夜にさしかかった頃、絵里が言った。 
まだ一行も作詞が進んでなくて苦しむうちの気も知らず浮かれとる。 
さゆは、途中もっきんさんが差し入れてくれた夜食をほおばっている。 

「こんな風に皆で何かを造り出すっていうの、私今まで経験ないから…」 
「うちもなかよ」 
「私も…無いかな?」 
「エヘヘみんな一緒だ。なんかワクワクしてくるね〜」 

絵里は本当に楽しそうに笑っている。 
最初うちの路上ライブを覗いていた頃は、いつもビクビク何かに怯えてたのに。 
人が変わったみたいばい。 
ロックが嫌いだって言ってたさゆも、こうやって普通にロックを作曲している。 
みんな変わっとー。 
うちも…何か変わっとーと? 
相変わらずバカやし、ロックは昔っから大好きやし…変わっとらん? 
でも、絵里とさゆに会えて、夢が近くなった気はしとー。うん。 
(不安が…ちょっとだけ消えたと…) 

気が付くと、うちの筆はひとりでに進んでた。 
夢と…大切な仲間と…伝えたい想いを描いて。 

「できたー!」 

外から小鳥の鳴き声が聞こえる。 
カーテンの隙間から朝の木漏れ日がさす中、絵里とさゆみは同時に両手を上げた。 

「ちょっとこれよくない?」 
「いきなり最高傑作つくっちゃったの」 

イントロからAメロBメロそしてサビに間奏、エンディングまで。 
今の二人の…いや三人のすべてを注ぎ込んだといってもいい曲ができあがった。 
そしてここに詩を乗せる訳だが…。 

「れいなー!ちょっと聞いてよ〜」 
「スースー」 
「…って寝てるの!」 
「ええええぇぇぇぇぇぇ!!!」 

テーブルにほおづえをついてイビキをかくれいなの姿がそこにあった。 
怒った絵里とさゆはすぐ叩き起こそうとした。 
だが鉛筆を握り締めるれいなの右手の下の、びっしりと書き込まれたメモ帳に気付いた。 

「もしかして、これ、詩?」 
「起こす前にちょっと読んでみるの」 

絵里とさゆは、詩の書かれたメモ帳を取り出した。 

書き出しはタイトルの『>RES』から始まっていた。 
1人のロック少女が仲間たちと出会い、バンドを組んで大勢の観客を前に歌う。 
少女は観客に、世界中のすべてに、返事を求めていた。 
はりさけそうなくらい熱い魂の返答を。 

――――――――――――――――――――――――――――――――― 
Give me answer 伝えたいことは全部詰め込んだから 
Give me answer 何でもいいから返してもっともっともっと 
その声が聞けるなら死ぬまでだって歌い続けんだ 
最高の仲間よ 
――――――――――――――――――――――――――――――――― 

メモ帳の下にはタイトルを試行錯誤するれいなの落書きが残されていた。 

『3人で初めて作る思い出の曲♪从*´ ヮ`)○タイトルは重要ばい! 
 頭文字?れえさ?ボツ× 
 イニシャル? 
 Reina→「R」 
 Eri→「E」 
 Sayumi→「S」 
 合わせて「RES」返事?あり◎かも。 
 「>」付ける?→おもしろか?かっこよか? 
 決まりっちゃ!☆「>RES」☆ ジャ〜〜ン!』 

さらにメモの一番下、鉛筆で書きなぐりのクレジット。 
「作詞:れいな・絵里・さゆみ(ひとりじゃなかよ)」 

読み終えた絵里とさゆみは顔を見合わせる。 

「れいなって…」 
「やっぱりれいななの」 

気が変わって叩き起こすのはやめることにした。 
二人はメモをそっとれいなの腕の下に戻すと、自分たちもそのまま横になった。 

「うわーー!!うち寝てたと!?」 

れいなが目を覚ましたのは昼過ぎだった。 
すぐに腕の下のメモ帳に気付き、ばっと隠す。 
(ま、まさか…これ見られてなかとね) 
(あぁ二人ともよく寝とるばい) 
(こんなん見られたら、生きてけないほどハズいっちゃ!) 
すぐに捨てようとメモを掴んだ所で、バンと扉が開いた。 

「みんなーもうお昼れすよ〜おっきするのれす!」 
「うわっ!もっ、もっきんさん!!き、来よるらあかんと!」 
「ん?なんれすかそれ?」 
「来るなー!見るなー!うわーー!!」 
「…うるさくて寝てらんないの」 
「…同感」 

こうして三人の始めての楽曲『>RES』は完成したのである。 

「うちはもーぜぇーったい詩なんか書かなか!!!にゃー!」 



二十二、コン&マコ


「待ってよ。もっと練習しようよ」 
「悪いけど…もうアンタ達にはついていけない。解散よ!」 
「私が足をひっぱってるから!?ごめん、もっと練習するから…」 
「朝から晩まで練習練習…それに付き合ってられないのよ!」 
「どうして?練習しないともっと上には…」 
「うちらはロックなんて遊びのつもりだし。プロなんか無理に決まってるでしょ!」 

バタン! 
スタジオのドアを叩きつけて、ボーカルとギターとキーボードは去っていた。 
残ったのは下手くそなベースの私、紺野あさ美と… 

「コンちゃん!ほっとけーあんな奴等!」 

豪快に叩き続けているドラムのマコっちゃん…小川麻琴だけ。 
マコっちゃんは上手い。 
今すぐプロにでもなれるだろう。 
きっと私が足をひっぱっているから、みんなに愛想をつかされたんだ。 

「二人になっちゃったね。どうしようかオーディション」 

名プロデューサー安倍なつみが先日公表したロックオーディション。 
私達はそれに出場するつもりでいたのだ。 


「二人でもいいんじゃね?コン&マコとか」 

マコっちゃんは結構適当でバカだ。 
ベースとドラムだけのバンドなんて…。 
だいいち一方がへたっぴな私だし。 

「探せばいるかもしれないよ。何処かにいいメンバーが…」 
「もう締め切りは近いんだしさ…無理っしょ」 
「じゃあ…やめよっか。出場」 

私がそう言うと、マコっちゃんはドラムを叩く手を止めて私を見た。 

「なんでだよー!やめる必要ないじゃん」 
「だって皆いなくなっちゃったし…」 
「あんなやる気ねえ奴等、初めから期待してねえって」 
「マコっちゃんはいいけど…私なんか…」 
「確かにコンちゃんは全然ベースうまくないけどさ…」 

グサ。 
分かってるけど、人にはっきり言われると痛い。 

「…だけどコンちゃんの書く曲は、世界一だって思ってるぜ」 
「えっ?」 
「なぁ〜に演奏は私がカバーすっからさ。ほら練習練習」 

ちょっと感動してしまった。マコっちゃんはバカだけどいい人です。 

練習以外の時間は、詩と曲を考える時間に割り当てている。 
私は歌も下手くそ(何もできないオチコボレです)だから、マコっちゃんが歌うしかない。 
彼女はドラマーだから歌はかなり制限されてくる。 
それを考えて詩や曲を作らなければいけなくなった。 

曲作りのとき私はいつも、気晴らしに公園とかを散歩することが多い。 
歩いていて突然メロディが浮かんでくることがある。 
忘れない様そのメロディに即興で歌詞を乗せる。 
するとその曲と歌詞が信じられないくらいマッチすることが多いのだ。 
自分では歌えないけれど…鼻歌の世界では私は最高の歌姫になれる。 

夢でした。 
自分がオンチなのは分かっています。 
だけど自分が作った歌を誰かが代わりに歌って、それが一番になれたら。 
素敵だなぁってずっと思っていた。 
そうやって子供の頃から書き溜めた詩や曲は幾つもある。 
だからバンドがしたかった。 
私の代わりに私の曲を世界中に響かせてくれる様な人と一緒に…。 
今日もそんな夢を見ながら鼻歌をかなでています。 

――――――――――――――――――この娘、紺野あさ美。 
世界中の誰も、本人すらも気が付いていない。 
彼女こそロック史が待望している…稀代の『メロディメーカー』なのだ。 

但し彼女の才能を生かせるボーカリストとは…未だ出会えていない。 



二十三、さゆと絵里のロック強化週間


さゆと絵里の前にドサッと積んだ大量のCD。 
実家から送ってもらったうちの宝物ばかり。 

「DREAM THEATERにKING CRIMSONにPINK FLOYDばい」 
「一つも知らないの」 
「ならやっぱりDeep PurpleのMachine Head辺りから聞くっちゃ。 
 キーボードソロやギターソロが多いから二人が聞き込むにはちょうどよかよ」 
「へ〜そぅなんだぁ」 

なんか二人の反応が薄か! 
初心者やから有名どころをチョイスしとーに。 
ていうか知らない振りしてるだけじゃなかと?またうちをはぶっとー? 

「…一応BEATLESとかQUEENとかもあるとよ」 
「あ〜名前だけは聞いたことあるの」 
「私も私も〜」 

し、信じられなか…。 
これはダメばい!ムリヤリにでも二人を洗脳しなきゃいけなか! 

「宿題ばい!二人とも一週間以内に今から渡すCD全部聞いてくるっちゃ!」 
「ええぇぇぇぇぇぇぇぇ!!×2」 

「も〜れいなは相変わらず強引なんだからぁ」 

絵里は家に持ち帰ったロックCD約20枚をベッドの上に並べ、ため息ついた。 
(言われなくても私だってロックくらいちゃんと聞いてますよ〜だ) 
部屋に張ってあるロックバンドをモチーフにした少女漫画のポスターを見て呟く。 
アニメ化や音源化もされた女子中高生に人気のアイドルロックグループだ。 
それに比べて…れいなが渡したCDはジャケットもなんか野暮ったいのが多い。 
(部屋でこんなの聞いてたら、またお母さんに怒られるよ) 
でもしょーがないので、コンポの音量をやや小さめに抑えて再生してみた。 
(………………………) 
(………………) 
(………!!) 
ベッドに寝転がっていた絵里は起き上がりイヤホンを取り付けた。 
そして音量を少しずつ上げてゆく。 
無言だった。 
(………!!!!!) 
(………………!!!!!!!!!!) 
腕が小刻みに震え出していた。 
目を閉じた絵里の前に、無限の世界が広がり出す。 
絵里はさらに音量を上げ続けた。 
一枚聞き終えると休む間もなく次のCDを再生する。世界は止まらない。 
(!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!) 

結局この夜、絵里のコンポが眠ることは無かった。 
当の絵里は翌日の授業中に爆睡こいてこっぴどく怒られたが… 
眠らない夜は続き、たった3日で絵里は借りたCDすべてを制覇してしまった。 

翌日、さゆが借りたCDと交換しにいこうと家の玄関を出ると、そこにすでにさゆがいた。 
目の下にすごいクマができてる。 
あれほどお肌の美容にうるさいさゆが!! 

「絵里、遅いの」 
「はいこれ」 
「うん、じゃあ」 

会話もほとんど交わさず、絵里とさゆは互いが借りたCDを交換しあった。 
それからまた3日、二人の眠らない夜は続いた。 

一週間後、絵里の部屋から少女漫画のアイドルロックグループポスターが消え、 
代わりにジェフ・ベックとリッチー・ブラックモアの自作ポスターが現れた。 

「さゆ!!絵里!!一週間経ったとよ!半分くらいは聞いてくれたと?」 

もっきんさん家に集まる約束の日。 
現れたれいなの目に映ったのは、物凄い勢いでギターとキーボードを弾く二人。 
それぞれに20枚渡した半分の10枚でも聞いてくれればよか…と思っていたが…。 

「れいな来るの遅いから先に始めてたの」 
「借りた40枚全部聞いたから、次のCDはやく貸してね」 

唖然とするれいなを余所に、今まで以上に超ハードな演奏を始める絵里とさゆ。 
(な、な、な、な、なんばしと〜!!!) 
(これじゃ今度は逆の勢いで、またうちがはぶられてるみたいっちゃぁぁ〜〜!!!!) 



二十四、ミキティとカオリン


小汚い4階建ての雑居ビル。 
エレベータも付いてないそのボロビルを、狭い階段で3Fまで上がった所に、 
『音楽事務所アヴニール』の看板はあった。 
(やれやれ…亜弥の奴、とんでもねえ所紹介してくれたもんだ) 
私は改めて亜弥に渡された名刺を見返した。 

「音楽事務所アヴニール 代表 飯田圭織」 

(たった一人…安倍なつみに対立する女か) 
この際、ロックをさせてくれるなら何処でも良かった。 
たとえこんなボロ事務所だろうと…。 
私は深呼吸のあと、音楽事務所アヴニールのドアノブに手をかけようとした。 

バタン! 
すると内側から扉が開いた。 
自動ドア…じゃない、中から20代半ばくらいの女性が1人出てきた。 

「あんたが…飯田さん?」 
「……」 

しかし彼女は何も言わずに階段を走り降りていってしまった。 
(なんなんだよ…本当に大丈夫かここ) 
今の女の人、目にいっぱいの涙をためてた。おいおい勘弁してくれよ…。 

迷っても仕方がない、私はそっと中に踏み込んだ。 
小さな事務所の隅に長身長髪の女性が1人、せっせと荷造りしている。 

「あの〜」 
「みっちゃん戻ってきたの?」 
「は?」 
「あれ?あなたは?」 
「藤本美貴っスけど」 
「何の用ですか?見ての通り立て込んでるの」 

なるほど…これは変わった人だ。 
普通の業界人ならばまず美貴の名前を出した途端に態度が変わる。 
この人はそれがなかった。あくまでマイペースな感じ。 
とりあえず、まわりくどいのは面倒いから直球でいってみるか。 

「私ソロデビューしたいんスけど」 
「あらそう」 
「いや…そうって。そのお願いに来たんスけど」 
「お願い?ここに?」 

私はコクンと頷いた。 
彼女は少し首を傾けて不思議そうに私を見ている。やがて口を開いた。 

「悪いけど無理よ」 
「どうしてっスか?」 
「ここ、今月いっぱいで閉めるから」 

言われて気付いた。彼女の周りにはダンボールがいっぱい積まれている。 
もういつでも引越しできるって感じ。 

「入口ですれ違いませんでした?アヴニール所属最後のアーティストよ。 
 みっちゃんもいなくなったし。社員も皆とっくに辞めちゃったし… 
 私1人じゃ経営もどうにもならないでしょ」 
「安倍なつみ…に逆らったから?」 

その名を出した途端、穏やかだった彼女の表情が変わった。 

「あなたには関係ないでしょ。用がないならお引取り願えます?」 
「怒るってことは当たりっスか」 
「なんなのアナタ?いきなり来てその態度は!」 

いいねぇ。美貴を相手にケンカ腰の事務所なんてなかったぜ。 

「事務所は閉めなくていい。美貴のソロで売れよ」 
「ムチャクチャ言ってくれるわね」 
「ムチャクチャじゃねえよ。その自信があるから言ってんだ」 
「無理よ。なっち…安倍が許さないわ」 
「美貴のギターが安倍なつみなんかに潰されると思ってんのか」 
「ええ。きっと潰されるでしょうね」 
「…なっ!!」 
「私は誰より安倍の凄さを知っている。もちろん藤本美貴さんのギターも知ってるわ。 
 それを踏まえた上で断言できる。あなた1人で勝てる相手じゃない」 

安倍なつみが目指す史上最高のロックバンド。 
アイドルブームが蔓延する音楽業界にとって、この話はロック最後の希望である。 
そのギタリストに藤本美貴が推されることは裏事情に強い業界人ならずとも推測できる。 
あらゆる音楽事務所が、それを理由に藤本美貴とのソロ契約を渋った。 

「もしあなたがその話を蹴ってソロなんかしても、各方面から叩かれるだけ」 
「知るかよ!美貴はロックがしたいだけだ!」 
「ロックがしたいのなら安倍の所にいけばいいじゃない」 
「何だよそれ。結局あんたも安倍なつみが怖えのか!」 

そう言った途端、飯田の空気が変わった。 
しばしの沈黙のあと、思い詰めたように言葉を漏らす。 

「安倍のバックには業界の影の支配者、山崎会長がついてる。 
 栄光しか知らない85のあなたにはその恐ろしさが分からないかもしれないけれど…」 
「山崎…?」 
「藤本さん。私はあなたのギターすごく好きだった。ようやく日本にも海外のギタリストに 
 負けない本物が現れたって感激したものよ。だからこそ安倍には逆らわないで」 
「逆らったら…?」 
「この国の音楽シーンでの成功は不可能よ。潰されるわ。私のように…」 
「へへ…大人しく言いなりになるしかねぇってか。それがロックかよ」 
「それが…現実よ」 
「もういい!亜弥に紹介されて来たがとんだ見込み違いだったよ。とっとと辞めちまえ!」 
「あ、ちょっと!」 

アヴニールを飛び出した。 
たとえ1人きりでも、私は絶対に諦めない!諦めるもんか! 



二十五、れいにゃーず(仮)誕生


いつもの様に、もっきんさんのマンションで練習している夕方のことだった。 

「たらいま〜!みんな〜お客さんれすよ!!」 
「よっ、久しぶり」 

もっきんさんが連れてきたその人に、うちはまた心臓が飛び出そうになった。 

「よ、よ、吉澤さん!」 
「えっ!!!この人って!?嘘!」 
「…85の人なの」 

こないだまでまともにロックを聞いたことの無かった絵里やさゆでも当然知っている。 
伝説のロックバンド『85』のドラム、吉澤ひとみ! 
三ヶ月前、上京してきたばかりの頃にもっきんさんが引き合わせてくれた以来の再会。 

「どうして?」 
「バンドらしくなってきたってののに聞いて、まぁちょっと気になってたしさ」 

気になってた? 
85の吉澤さんが、うちのことを!? 

「もし良かったら、ちょっと聞かせてもらっていい」 
「も、もちろんばい!」 

三人で円陣を組んで、突発の打ち合わせ。 

「ちょっとれいな!聞いてないよぉ!あんな凄い人と知り合いだなんてぇ!」 
「一回会っただけばい!それよりも準備はよかね、二人とも」 
「う、うん。でも何の曲するの?」 
「決まっとーと!うちらのオリジナルはまだ一曲しかなか」 
「でもあれはまだ練習の途中…」 
「関係なかよ。細かいミスより大事なのは…ここの大きさばい」 

うちは絵里とさゆに、自分の胸を叩いて見せた。 

「…そこの大きさはれいなが不安なの」 
「アホかさゆ!誰が胸の話しとー!ハートばいハート!」 
「も、も、もちつついてぇ二人ともぉ〜」 
「絵里!お前が落ち着け!」 

そんな三人の様子を壁ぎわに座って見守る辻と吉澤。 

「心配になってきたのれす」 
「ところでさぁ、バンド名は何ての?」 
「さぁ、知らないのれす」 

吉澤さんの質問は、うちの耳にも届いとった。 
(バンド名!うちとしたことがめちゃめちゃ肝心なことを忘れてた!) 
(とりあえず何でもいいから仮に決めておくばい) 
(えーとえーとえーと…) 

「れいにゃーず!」 
「何それ?」 

絵里とさゆの冷たい視線。 

「バンド名たい」 
「やだよそんなダサいの」 
「何ば言うと!ダサくなか!格好よか!」 
「絶対イヤなの」 
「と、とりあえず今日の所はれいにゃーず(仮)てことで…正式なのはまた後日」 
「うん、今日だけね」 
「しょうがないの」 
「じゃあうちがれいにゃーず!って叫んだら、二人はにゃー!って掛け声するっちゃ!」 
「ええぇぇぇぇ〜〜!×2」 
「ダメばい。それだけは譲れなか!絶対するっちゃ!」 
「も〜それも今日だけね」 
「しょうがないの」 
「いくばい!れいにゃーーーず!!!」 
「にゃ、にゃー!」 

円陣を解いて散った。 
さゆは後方中央のキーボード。 
絵里は前方左側でギターを抱える。 
そしてうちは前方右側でギターを持ち、タイトルを告げた。 

「れいにゃーず(仮)で今のところ唯一のオリジナル曲『>RES』いくけんね」 



二十六、ミリオンボイス


イントロのキーボードソロで吉澤はいきなり驚いた。 
(うまい!) 
お世辞ではない。これまで数々のキーボードプレイを見てきたが… 
今、目の前で演奏している娘の演奏はトップレベルに位置している。 

このさゆのキーボードにれいなと絵里のギターが二本乗る。 
吉澤が次に目を惹かれたのは、大人しそうな娘の奏でる超絶ギターテク。 
(まだ荒削りだけど…いいモンもってんな) 

「絵里ちゃんまた上手くなってるのれす。この二ヶ月そうとう練習したんれすね」 
「ちょっと待て!のの!今なんて?」 
「へ?ロック始めた二ヶ月前よりまた上手くなってるって…」 

(二ヶ月!!) 
天才。吉澤の脳裏をその二文字がかすめる。 
(れいなちゃん。一体何処でこんな凄え子達をみつけてきたんだ…?) 
それぞれのメロディが完成に近い世界を持ってしまっている。 
キーボードとギターがこれほど我を発すると、半端なボーカルじゃ埋もれかねない。 
(以前聞いたれいなちゃんのボーカルではまだ…) 
しかし吉澤のその心配は、れいなが声を発した瞬間にかき消えた。 

「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜♪♪」 

マンションの一室が…瞬く間に魔法空間へと変わった。 
(どうなってるんだ?こないだとは全然違う) 
まるで絵里・さゆのプレイに呼応するかの如く、れいなのボーカルが輝き出している。 
バラードなのに、不思議と胸が熱くなってきてる。 

「Give me answer♪」 

サビに突入するともう完全にれいなの世界。 
あれほど凄い絵里のギターとさゆみのキーボードが、 
まるでれいなのボーカルを盛り上げる為に在るような。 

周りの仲間達のプレイが輝けば輝くほどに。 
観衆達が盛り上がれば盛り上がるほどに。 
その空間が熱くなれば熱くなるほどに。 
彼女の歌声はさらにさらに何百万の光を帯びてゆく。 
ミリオンボイス。 

「最高の仲間よ〜〜〜〜〜〜〜〜♪」 

れいなのシャウトで演奏終了。 
パチパチパチと拍手を送る辻の横で、吉澤ひとみは確かに感じたという。 
(再びロックンロールの時代が来る!) 

「どうれした?」 
「まいったな、腕がうずいた。思わずセッションしたくなっちまったよ」 
「じゃあヨッスィーもれいにゃーずに入ってくらはい!」 
「そりゃできねえ。私はもう安倍んトコと約束しちゃったしな、けど…」 

吉澤は立ち上がるとれいな達三人の元へ歩み寄った。 

「お前等、今度のロック・オーディション参加しろよ。私が安倍に推薦しとく」 
「えっ!」 
「本当は予選審査とかあるらしいけど、特別だ」 
「ほ、本当ですか」 
「お前等が合格すりゃ一緒にプレイできる」 

それは、れいな達にとって最上級の褒め言葉であった。 
あの伝説のドラマーが『一緒にプレイしたい』と言ってくれた。 

「世間には安倍のやり方に不満を持つ奴もいるらしいけど… 
 ちょっと不器用なだけで、あいつのロックに賭ける想いは本気だぜ。 
 だから私は組むことにした。安倍とならもう一度ロックの頂点に立てると思ったから」 

ロックの頂点。 
その最短ルートが目に見えた以上、れいなの迷いは消えた。 

「ロックの頂点に立てると!受ける!オーディション出るっちゃ!」 
「ああ、楽しみにしてるぜ」 
「おっし!うちら絶対合格してやるけんね!吉澤さん、待っとーと!」 



二十七、吉澤の推薦


ついに安倍なつみが公に発表した史上最高のロックバンドオーディション。 
その反響は想像を遥かに上回るものであった。 
全国各地からプロアマ問わず1000を上回るロックバンドが名乗り上げた。 
その要因として大きかったのは元『85』の吉澤と『NIKEY』のオーディション参加表明。 
この二組が加わるということで名実共に「日本一のロックバンド」は確定された。 
各地に潜むロック娘達は一斉に立ち上がったのである。 
この状況を見た業界のドン・山崎会長は安倍にオーディション方法の変更を告げた。 

「このオーディションを祭りにしろ」 

こうして日本国内史上最大規模のロック・フェスティバルの開催が決まった。 
オーディションとライブを兼ねるというこの話は再びニュースとなって業界を席巻した。 
それに伴い、オーディションは予選を実施。 
本選となるロックフェスティバルへの出場権はわずか30組。 
メジャーデビューしプロとして活躍した経験を持つバンドが50以上参加する中、 
この30組という数は限りなく狭き門となっていた。 

「おマメ、安倍さんはいる?」 
「いらっしゃいますけど会えるかどうかは微妙です」 
「2,3分でいいから時間もらえないか頼んでくれよ」 
「分かりました。それより吉澤さん、そのおマメってのいい加減やめてくださいよ」 
「ヘヘッ、だってマメっぽいじゃん」 
「ム〜〜〜」 

このマメっぽい娘の本名は新垣里沙。 
新垣財閥の一人娘にして安倍なつみの大ファン。 
数年前から安倍のスポンサーとなり、今では安倍のマネージャー的ポジションにある。 
財閥令嬢のくせにそんなクソ忙しい仕事につく里沙を、周りは変人扱いした。 
だが里沙は自分が間違っていると思ったことは一度も無い。 
本当に尊敬する人の傍にいて役に立てる、これほど幸せなことはない。 

「安倍さんのOKが出ました。吉澤さん、どうぞ」 
「サンキュ、おマメ」 
「だからやめてくださいってぇ〜」 

安倍は予選の選抜と本選の準備とレコーディングが重なり、多忙の極みにあった。 
徹夜の日々が続く中、それでも彼女が笑顔を絶やすことはない。 
ロックの頂点こそ安倍なつみにとっての原点ともいえる夢なのであるから。 

「いやぁ〜ヨッスィー、どうしたのわざわざ」 
「悪いですね。忙しいときに」 
「いーよいーよそんなの。同じバンドの仲間でしょ〜」 
「いやまだ決まってないし。すげぇドラマーいて抜かれるかも」 
「大丈夫だよヨッスィーなら、エヘヘへ」 
「あんたが言うなよ」 

「あのぅ、吉澤さん」 

新垣の声で、無駄話してる時間が無いことを思い出す。 

「そうだった悪ぃ。今日はさ、ちょっといいバンド見つけてさ」 
「インディーズ?」 
「いやまだ活動らしい活動は全然してないそうだけど…是非本選に推薦したい」 

すると反論してきたのはマネージャーの新垣。 

「いくら吉澤さんの推薦でも素人バンドをすんなり出す訳にはいきませんよ」 
「だってさ。まぁ実際聞いてないから…なっちも何とも言えないべさ」 
「マジでいいぜ。この吉澤ひとみが保証する」 

通常ありえない。 
予選免除は吉澤やNIKEYクラスの特権。 
それをほとんど素人クラスの無名バンドに…。 
だが吉澤がこれほど推すバンド…安倍も新垣も興味を惹かれつつあった。 

「いいよ。ヨッスィーがそこまで言うなら本選一組分空けておくよ」 
「安倍さん。それはマズイですって!色んな事務所やスポンサーにも説明しないと…」 
「そこは頼むよ〜おマメ」 
「も〜吉澤さん。分かりました!それなら私が実際聞いてテストします!構いませんね?」 
「新垣がOK出すなら、なっちもOKだべ」 
「サンキュー安倍さん!おマメも!」 
「だからおマメはやめてくださいってば〜!」 



二十八、戻らない道


「道重さん。みんなでカラオケいくんだけど一緒にどう?」 
「ごめん、用事あるの」 
「そーなんだぁ。じゃあ」 

放課後、クラスメイトの誘いを断って教室を出る。 

「やっぱり断ったw」 
「いいよもう。あの子つきあい悪いから」 
「なんか感じ悪いよね〜」 

陰口を叩かれているのは知っている。言わせておけばいい。 
部活もしてないのに遊びにも行かない私は、普通の子から見れば浮いた存在。 
ロックやってるなんて言ったらさらに変な目で見られるに決まっている。 
学校が終わるとほぼ毎日、隣町のファーストフードでバイト。 
私知らなかったけど、バンド活動っていうのはお金がかかるの。 
絵里も同じように放課後はバイトしている。 
高校に行ってないれいなは、色んなバイトを掛け持ちしているらしい。 

「いらっしゃいませぇ♪」 

可愛い私はスマイルも有料なの。 
がっちり稼いで、当面の目標は自前のシンセ。 
今は辻さんの所にあった中古の安物を借りているけど、やっぱりそれじゃね。 

バイトが終わったら全員いつもの辻さんのマンションに集合。 
よく考えれば無料でいつでも練習できるこの場所は本当にありがたい…。 

「ふぇ?別料金れすよ」 
「ええええええぇぇぇぇぇぇぇ!!!」 
「れいなの居候代とお部屋の使用代は別料金でカウントしてるのれす」 
「き、聞いてないっちゃ!」 
「せちがらい世の中なのれす」 

何気なく話を振ったら、とんでもない事実に私達3人は度肝を抜かれた。 
(タダじゃなかったの…) 
特にれいなは飛び上がって慌てふためいている。 

「も、もっきんさ〜〜〜〜〜〜ん!!!うちらお金なかよ」 
「らいじょうぶ。出世払いでいいのれす」 
「もし出世しなかったらぁ?」 

絵里の問いかけに、辻さんは笑って答える。 

「ののは出世する人にしか貸さねーのれす」 

まるで私達の前は出世した人達に貸していたみたいな口ぶり。 
そういえばやけに有名人の知り合いが多いけど…まさかね。 

「もぅ後戻りはできないってことかぁ」 
「後戻りなんて初めからする気なかとよ」 
「同感。みんなが驚くくらいに出世しちゃえばいいの」 

そうなの。 
れいなと組んだあの日から、私の道はもう決まっている。 
ピアノの成功を捨て、普通の生活を捨て、ただひたすらにロックの道を進む。 
れいなが夢見る一番とまではいわない…せめて高橋先輩の見える高さくらいには…。 
それが叶うなら私は他の何も望まないの。 

「金曜の合コン、メンツ足りないんだけど〜」 
「道重さんは?」 
「あの子やめとこ。どうせ断られるよ」 
「だよね〜何考えてんだろキャハハ」 

クラスメイトがわざと聞こえるようにしゃべっている。 
私は無言で教室を出た。 
ロックなんて大っ嫌い。 
ロックなんかに会わなければ、普通に遊んで男の子とデートなんかもしたり、 
もっと気楽にのんびりできてたかもしれない。 
もし私達の夢が叶わないのなら、ロックなんてずっと嫌いなままでいるんだから。 

「はいバイト代。道重さんのスマイルで売り上げ伸びたから、上乗せしといたよ」 
「わぁ、店長ありがとうございます!」 

生まれて初めて自分で稼いだお金を抱えて、楽器屋へ。 
ずっと目をつけていたシンセサイザーを手にとる。 
私と同じですっごく可愛い奴。鳴らした音も超キュート。 
ドキドキして全身が痺れる感じ。 
ロックに出会わなければ…普通に生きていたら…知ることもなかった感覚かも。 

「ライブするっちゃ!」 

買ったばかりのキーボードを抱えて、もっきんさんの家へ。 
すると目をキラキラさせたれいなが待ち構えていた。 

「れいな、ライブってどうしたのいきなり!?」 
「友達の友達の友達たい」 
「いや全然わかんないの」 
「だから友達の友達の友達がライブやるけん誘われたと!」 

訳すると、田中れいなの友達の辻希美の友達の石川梨華の友達の柴田あゆみという人が、 
バンドを組んでいてライブハウスでワンマンライブを行なうらしい。 
その前座として2,3曲やらせてもらえることになったそうだ。 

「すごいじゃん!れいな!」 
「凄かとはもっきんさんの交友関係ばい!これでついにライブできるとよ!」 
「ちょっと燃えてきたの」 
「そうと決まれば!練習ばい!練習!」 
「うん!」 
「やるの!」 

れいなも絵里もバカみたいにはしゃいでいる。 
私も…笑っている。 
このメンバーといると自然に素の自分が出てくる感じ。 
初めてのライブ。ようやく階段を上がり始めたってトコ。 
まだロックは嫌いだけど…私はもうやめられないかもしれないの。 



二十九、初ライブへ


ついにその日は来た。 
れいにゃーず(仮)の3人はライブハウス「RAN9」の前に立ち尽くす。 
都内でも最大規模を誇り音響設備もかなり良い。 
ここからメジャーデビューしていったバンドも少なくはない。 
RAN9でワンマンライブを行えればインディーズトップクラスの証明となる。 

「ふーん、じゃあ柴田さんのバンドはなかなか凄かゆう訳ね」 
「…みたい」 
「でもよく調べたねぇ、さゆ」 
「あんた達が頼りないから、さゆがしっかりしないといけないって思ったの」 
「エヘヘェさっすがぁ」 
「笑っとー場合じゃなか絵里!うちらバカにされとーと!」 
「実際バカなの」 
「なんやと!」 
「ほらほらほらケンカしてないでいこうよぉ。もぅ時間ギリギリじゃん」 
「そうやったとよ。遅れる訳にはいかなか!おーし行くっちゃ!」 

それぞれケースと機材をかついで、初めてのライブハウスへ突入する。 
なるほど都内最大規模の名は伊達じゃない。 
初心者の絵里やさゆばかりでなく、れいなまでも想像以上の広さに圧倒された。 

「本当に…ここでするの?」 
「私たち初めてでこんなとこぉ…いいのかなぁ?」 

「二人ともボーとしとらんと、オーナーに挨拶いくとよ!」 
「う、うん」 

二人を従えRAN9のオーナーまことさんに挨拶にいく。 
まことさんは変な髪形の無愛想なおじさんだった。 

「れいにゃーずです。よろしくお願いします」 
「アンメロが来る前にとっとと搬入してリハしとけよ」 
「は、はい」 

それきりまことさんはうちらに興味を無い様に行ってしまった。 

「なにあれ、態度悪くない?」 
「ムカツクの」 
「怒ってもしょーがなか。とにかくリハするっちゃ」 

れいな達は急いで搬入を済まし、リハーサルに取り掛かった。 
しかしこれまでもっきんさんの部屋でしか練習していないツケが出た。 

「アンプの調整がうまくいかないよぉ」 
「コ、コードが絡まったの」 
「絵里もさゆも何してると!早くするっちゃ!」 
「だってぇ!」 

いきなりの環境変化にとまどう初心者組。 
結局れいながほとんど一人でセッティングを行なう羽目になった。 

「ぃわーっす!」 

そうこうしてる間に『Anniversary Meron』、通称アンメロ登場。 
ふてぶいてしい顔のボーカル斉藤。男前のギター大谷。知性派ベース村田。 
最後尾に今回紹介してくれた石川梨華の友人、ドラムの柴田が現れた。 

「あぁぁ!もう来とーよ!絵里!さゆ!『>RES』一回だけ合わせると」 

時間ギリギリ。れいな達は慌てて演奏を始めた。 
だが慣れない環境と焦りのせいでなかなか普段のプレイにならない。 
ギターとキーボードが弱まると、れいなのミリオンボイスも力が出ない。 
せっかくの名曲『>RES』も淡々としたプレイになってしまった。 

「あれ柴田が前座に呼んだ奴等?あんなんで大丈夫かよ」 

リハーサルの様子を覗きに来たアンメロの斉藤がぼやく。 
ドラム搬入に手間どり、当の柴田はまた外に戻っていた。 

「だが曲はいいですね」 
「確かに…あんな素人バンドにゃもったいないデキだな」 

村田と大谷もそれぞれの感想を述べる。 
それで斉藤も『>RES』の完成度の高さに気付いた。 
ふてぶてしい笑みを浮かべて呟く。 

「俺たちがやった方が…曲も喜ぶんじゃねぇの?」 

すると斉藤は突然立ち上がり吼えた。 

「時間だぁ!どけどけ!」 
「え、まだ途中」 
「俺たちの準備ができたんだ。とっととひっこめ」 

リハは途中で止められた。 
アンメロの斉藤・大谷・村田が強引に割り込んで来たからだ。 
こんな横暴にれいなが黙っていられるはずがない。 

「なんやそれ!なん様のつもりばい!」 
「何だガキ?インディーズ最強バンドのアンメロ様だよ」 
「ヘンテコな名前つけとーおかしかね」 

(やめて!れいな!うちも人のこと言えないから!) 
絵里は必死でれいなを止めた。 
ここで反抗しようものなら、せっかくのライブが台無しになってしまう。 

「俺達の紹介がなきゃお前等、RAN9でライブなんか一生できねえくせに。感謝しろよ」 
「冗談じゃなか!うちらはいずれ武道館満席にするバンドばい!」 
「あの程度の演奏でか?これだから物を知らねえガキンチャは…」 
「なら勝負するっちゃ!うちらのがお前等なんかより熱いライブするけんね!!」 

このとき、斉藤の唇が軽く釣り上がったことにれいなは気付かなかった。 

「いいよ。けど俺達が勝ったら…今お前等が歌っていた曲を頂くぜ」 



三十、アンメロの罠


「れいなのバカァ!」 
「本当にバカなの」 
「う、うるさかね」 
「どうして勝負とか言っちゃうかな!?」 
「だって悔しかやろ、あんな…」 

れいなの言い訳にも、絵里の怒りは収まらない。 

「負けたらどうする気?『>RES』は3人の思い出の曲なんだよ!?」 
「勝てばよか!うちらが勝ったら逆にあいつらの曲をもらえ…」 

ジャジャジャ!ジャジャジャ!ジャジャジャジャーン!!! 

そのときアンメロのリハ音が、廊下にいるれいな達の所まで聞こえてきた。 
初心者丸出しだったれいにゃーずとは違い、その完成度の高さは…! 
(こいつら…上手い!) 
アンメロはビジュアルで昇ってきたバンドではない。あくまで実力重視。 
演奏の実力だけならその辺のメジャーバンドにもひけを取らないと評される。 
初ライブとインディーズの頂点に立つバンド、その差は歴然であった。 
絵里もさゆも他のバンドの演奏を生で見るのはこれが初めて。 
これから自分たちがやることも忘れ、すっかり見とれてしまった。 

「Do you love? Can you assert it? How it says or shall I shadow it through life?」 

リハーサルを終えた『Anniversary Meron』が控え室へ戻ってくる。 
ボーカル斉藤の顔にはいやらしい笑みが浮かんでいる。 

「そろそろ客が来るな。お前等表出てこれくばっとけ」 

そう言って斉藤がれいなに渡したのはアンメロの宣伝チラシであった。 

「―――なんでうちらがこんなもん!!」 
「ショバ代も払ってねぇガキどもがわめくんじゃねよ」 
「っく!!勝負は別やけんね!」 

もともと前座のおまけ扱い。 
その気になればいつでも出演を取り消される。 
そんなれいな達がメインバンドに逆らえるはずもなかった。 
(も、もーぜったい負けられなか!) 

「ね、ねぇれいな。なんか怖そうな人多くない?」 
「そぅか?」 

ゾロゾロとやってくる客を見て、れいなの肩越しに隠れるお嬢様育ちの絵里。 
それを見て都内のインディーズ情報を調べていたさゆは思い出す。 

「そういえば…アンメロの客はガラが悪いので有名って書いてあったの」 
「やっぱり〜」 
「フン、ビビる必要なか。うちの方がガラ悪いけんね」 

なるほど、と絵里さゆは納得した。 

だけどこれはマズい、とさゆみは思い直す。 
当たり前だが客のほとんどがアンメロの固定ファンである。 
アンメロのライブを見にわざわざ来ている訳で、れいにゃーずを知る者などいない。 
そういう完全アウェイの状況で、アンメロより盛り上げることなど可能か? 
はめられた。これは完全にアンメロの罠だ。 

「れいな!絵里ちゃん!さゆちゃん!」 

悩んでいるところへ、今の三人にとってめちゃめちゃ嬉しい声が聞こえた。 

「見に来たれすよ〜」 
「もっきんさーん!!!!」 

怖いアンメロ軍団に囲まれる中、彼女ののほほんとした笑顔はまさに天使。 
れいな達は泣きそうになりながら現在世界に一人しかいないファンに抱きついた。 

「よしよしよし、初ライブ楽しみにしてるのれす。がんばってくらはい。 
 入院中で今日は来れないけろ、梨華ちゃんもがんばれって言ってたのれす」 

もっきんさんの応援で、怯えていた絵里も、悩んでいたさゆも、当然れいなも安らいだ。 
応援してくれるもっきんさんや梨華さんの為にも、このライブ失敗は許されない。 
チラシ配りを終えたれいな達は、急いで控え室に戻り楽器の最終調整に入る。 
『Anniversary Meron』はとっくに調整を終えくつろいでいる。 
(みてろ〜うちらの力みせたるけんね〜) 

こうしてれいにゃーずの初ライブ、開幕の時は近づく。 



三十一、新垣のテスト


ライブ直前、事件は起きた。 
顔色を変えたRAN9オーナーまことが控え室に入ってくる。 

「アンフィアーの方が来ているぞ!」 

その事務所の名前にアンメロの全員が度肝を抜かれる。 
れいな達も何事かと顔を見合わせた。 
アンフィアーエージェンシー(UN FEAR AGENCY)。通称UFA。 
プロデューサー安倍なつみを要する業界最大手の音楽事務所である。 
名前どおり恐れを知らぬ圧倒的な営業力を持つ。 
その力は凄まじく、この事務所からデビューすればヒットは確実と言われる。 

「ま、まさか俺達のライブ見に来たのか?」 
「おいおいメジャーデビューのチャンスじゃん」 
「しかもUFAって!」 

黙々と肩慣らしを行なうドラムの柴田を除いたアンメロメンバーが、一斉に湧く。 

「こりゃあザコバンドとの対決どころじゃなくなってきたな」 
「な、なんやとー!」 

そこにドアをノックする音。 
現れたのはれいな達と年端も変わらぬ小娘だった。 

「またガキかよ。おいおいここは関係者以外立ち入り禁止だぜ」 

斉藤はつっけんどんに娘を追い返そうとした。 
すると娘は名刺を取り出して言った。 

「すみません。こういう者です」 

そこにはこうあった。 
『アンフィアーエージェンシー 専属マネージャー 新垣里沙』 
大口を開けて飛び上がる斉藤を尻目に、部屋の中へ歩き出す新垣。 

「今日はテストに来ました」 
「おお!Anniversary Meronに目をつけるとはさすが御目が高い」 
「メロ…?誰ですかそれ」 

アンメロの連中に甘い顔をしていたオーナーまことが顔を引きつらせる。 
斉藤と大谷と村田も同様だ。 
新垣はそんなことお構いなしに続けた。 

「私がテストに来たのは『れいにゃーず』というバンドです」 
「えっ!」 
「えええええぇぇぇぇ!!!」 

アンメロの連中はみっともない声をあげ驚いたが、それ以上に驚いたのはれいな達三人だ。 
(ど、ど、ど、どーなっとー?) 

れいなと絵里とさゆはビシッと気を付けして、新垣を向かえる。 
その姿はまるで何処かの塾長と弟子の様だ。 

「えっと、うちがれいにゃーずのボーカルの田中れいなばい」 
「ギ、ギターの亀井絵里です」 
「キーボードの道重さゆみなの」 
「はじめまして。安倍なつみのマネージャーをしている新垣里沙です」 
「あ、安倍なつみぃ!!!」 

今までで一番どデカイ衝撃だった。 
はるか彼方の名前である。 

「あのぅ…ところでテストって?」 
「それは気にせず、いつもどおり演奏してくれればいいから。それじゃ」 

しかし…絵里もさゆもう完全に飲まれてしまった。 
(いつもどおりって…もう厳しいっちゃろ) 
去ろうとする新垣を、アンメロの斉藤が呼び止めた。 

「ちょ、ちょっと待った!こんな素人バンドより俺達をテストしてくださいよ!」 
「あなたは誰?」 
「インディーズNo1バンド!Anniversary Meronっス!」 
「ふぅん」 
「ちょうどこいつらとどっちが上か勝負する所だったんで、それで判断して下さいよ!」 
「勝負?」 

新垣は『Anniversary Meron』と『れいにゃーず』を見比べてみた。 
明らかにアンメロの方が経験豊富な感じがする。 
(だけど勝負という形でのテストも悪くないかも…) 

「わかりました。二組の勝負でテストの判定をさせてもらいます」 
「えっ!」 
「ハッハ!ありがとうございます!」 
「それじゃあ」 

新垣が去ったあと、控え室の明暗ははっきりと分かれた。 
アンメロからすれば棚からボタ餅である。 
こんな初心者バンドとの勝負がUFAの審査にチャンスが広がった訳だ。 
一方のれいにゃーずにすれば、単にプレッシャーが大きくなっただけである。 
元々どう考えても不利な対決。99%が『Anniversary Meron』の観客という状況。 
勝てる見込みは限りなく少ない上、絵里とさゆは完全に固まってしまっている。 

「すまねえな。曲をもらう上に、UFAの紹介までよ!」 

斉藤がふてぶてしい笑みでれいなの背中を叩く。 
しかしその挑発はれいなに届かなかった。 
遥か高みの名前が、誰よりもロックの頂点を渇望するれいなのハートに火をつけたのだ。 
「時間です」というオーナーの声。 

「さゆ!絵里!いくとよ!Are you ready!れいにゃーーーーず!!!」 
「にゃ…にゃぁーーーーーー!!!!」 

震えも鼓動(ビート)に変えろ!れいにゃーずの絶対に負けられないライブは始まった! 



三十二、緊張


ザワザワザワザワ…。 
ライブ開始前のホールは異様な空気に包まれている。 
特にこのアンメロのライブは、見るからにハードでメタルな格好の客が多い。 
最前列を狙っていた辻希美はその考えが無謀であることに気付いた。 
(この中をくぐり抜けるのは至難の技れすねぇ〜) 
さすがのもっきんさんも引かざる負えない圧力に満ちていた。 
(こんな人たちの前で…れいな達は大丈夫かなぁ?) 
一抹の不安を抱えて後方の壁際まで下がると、ようやく一人だけ普通の人を見つけた。 
(よかった。怖い人だけじゃねーのれす。豆っぽい人もいるのれす) 
新垣里沙であった。 
辻はなんとなく彼女の隣を陣取って、ライブのスタートを待った。 
(がんばれ!れいな!絵里ちゃん!さゆみちゃん!) 

ホールの照明が落ちる。 
沸き起こる「アンメロ」コール。一気にヒートアップする会場! 
だがステージに現れたのは、見たことも無い小娘3人。 
会場の熱気が一気に冷めるのを感じる。 

「きゃー!れいにゃー!!」 

ただ一人声援を送った辻は、周りから場違いな視線を浴びせられる。 
(これは…想像以上にやばいかもしれないれすねぇ) 

足がわらっている。 
ステージに躍り出た絵里はその光景に身震いした。 
大勢の人たちが威圧的な目でこれから演奏する自分を見ている。 
怖い。 
一人で路上ライブを繰り返していたれいな。 
大ホールでピアノコンクールの経験もあるさゆ。 
二人とは違い、絵里にとってステージの上はまったく初めての空間。 
(落ち着け。落ち着け。いつもの様に…) 
愛用の黄色いギターを握り締める。 
まともに前を向くことができなかった。 

「どもー。前座のれいにゃーずでーす」 

マイクスタンドを持って挨拶するれいな。 
打ち合わせで、トークは完全にれいなに任せることになっている。 
絵里にはとてもこんな所でしゃべる余裕がなかった。 
予想通りというべきか?れいなの挨拶にも会場の反応は皆無であった。 
しかしれいなはえらそうに胸を張って続けた。 

「前座やけどぉ〜アンメロより盛り上げちゃるけん、よろしゅう!」 

(れいなぁ!) 
任せるんじゃなかった! 
普通にとんでもないこと言っちゃてる! 
アンメロファンの顔つきが明らかに変わっていってる! 
(こ、こんな空気でまともなライブができるのぉ?) 

「じゃ1曲目lovelight」 

れいなが告げた曲名。 
オリジナル曲はまだ「>RES」しかないので、1曲目はカバーを選んだ。 
誰もが知ってる『85』の大ヒット曲「lovelight」 
イントロは絵里のギターから入ることになっている。 
(大丈夫。やるしかない。落ち着いて…) 
失敗は許されない。 
負けたら大切な曲を奪われる。 
UFAのテストも落選する。 
(絶対に…足をひっぱる訳には…) 

弾き始める絵里。 
それに合わせてれいなのギターとさゆのキーボードが音を弾く。 
れいなはすぐに気付いた。 
(どうしとー絵里?全然ノッてこんばい) 
絵里のギターにいつものキレが無い。 
失敗を恐れる為、指が縮こまりクネクネが固まってしまっているのだ。 
クネクネ弾きのできない絵里など、ただの初心者と変わらない。 
(しょうがなかね…絵里が慣れるまでうちとさゆで支えるしかな…) 
れいなは後方のさゆに目配せを送ろうと、斜め後ろを見た。 
そしてゾッとする。 

本当にやばいのは絵里ではなく、さゆであったと気付く。 
さゆは死にそうな顔で演奏していたのだ。 

大勢の人の前での演奏。二度の失態。 
あのトラウマが今…さゆの眼前に広がっていた。 
(そんなはずないの…私はもうあのときとは違うはずなの) 
しかし『神の指』は萎縮してしまっていた。もういつ失敗してもおかしくない。 
失敗して…栄光を失ったように、ピアノを失ったように… 
またここで失敗して…今度はロックを失ってしまうのではないか? 
(そんなの…嫌なの) 
さゆは今にも泣き出しそうな顔で必死にキーボードを叩いていた。 
(絵里!さゆ!) 
二人が怯える中、れいなのボーカルが孤軍奮闘する。 
だが肝心要のミリオンボイスも、この演奏とこの客の空気では発揮されない。 

「ボーカルはそこそこね…でもあとはてんでダメ。バラバラじゃない」 

冷静な視点で新垣はれいにゃーずの評価を下していた。 
ギターもキーボードもちぐはぐでボーカルだけが浮いた感じ。 

「悪いけど吉澤さんがこの子達の何処を気に入ったのか、さっぱり分からない」 

ギターの子は完全にあがっていて素人丸出しのプレイ。 
キーボードの子なんか今にも泣いて逃げ出しそうじゃない。 
ボーカルの子一人がどんなに威勢を吐いても、それはバンドの良さじゃない。 
化学反応の起きないバンドなんて何の魅力も感じない。 
新垣里沙はくるりと背を向けると、出口に向かって歩き始めた。 

「これ以上聞いても時間の無駄。れいにゃーずは…失格です」 



三十三、にゃー!


「まったくクソ演奏だな」 

舞台袖かられいにゃーずのステージを見るアンメロの4人。 
ボーカルの斉藤は勝負も忘れる程あきれていた。 

「これ以上、場が冷めない様にしてもらいてぇもんだ」 
「まったく」 

にやつく3人の傍らでじっと演奏に耳を傾ける女が1人。 
ドラムの柴田あゆみである。 
彼女だけは無言でれいにゃーずのステージを見ていた。 
だがお金を払って見に来ている荒々しい客達にはそうはいかない。 
実力派であるアンメロのファンだけに、音にはうるさい。 
しょぼいプレイには遠慮なく罵声を飛ばす。 

「ひっこめー!」 
「アンメロはまだかぁ!!」 

(うわぁ) 
絵里は怖くてもう泣きたくなってきた。 
(私なんかが調子にのってロックがしたいなんて言うから…こんな事に) 
(ごめん。私…もう…) 
(れいな…) 

さゆは後ろから泣きそうな顔で見ていた。 
そのとき。 
すぐにでも逃げ出したい気持ちでいっぱいの時だ。 
客の罵声が最高潮のときだ。 
突然――――――――――――れいなが歌を止めた。 
(え?) 
れいなはギターの演奏まで止めた。 
隣の絵里も驚いてれいなの方を見ている。 
客もざわついている。 
(どうしたちゃったの?れい…) 

「にゃあああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」 

前触れも無いシャウトが空間を切り裂いた。 

「ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!!!!!!!!!!!!」 

罵声を飛ばしていた客が驚いて止まる。 
帰りかけていた新垣が振り返る。 
一番後ろで辻は電撃が走る感覚に陥る。 

(れいな…?) 
猫シャウトを終えたれいなはそのまま絵里とさゆを見た。 
その顔は…楽しそうに笑っている。 

「絵里。さゆ。叫べばすっきりするとよ」 

ドクン。 
その楽しげな顔に絵里はあの感覚を思い出す。 
(そうだよ。私は何を恐れているの?) 
(これは私が自分で選んだ道じゃない) 
(あんな風に笑いたくて…れいなみたいになりたくて…私はギターを始めた) 
(一番恐れるのは…もうれいなとロックできなくなること!!) 
前を向く絵里。 
恐れるものなんて何もない! 
私はあの田中れいなに認められた女だ! 
世界一のギタリストになる女だっ!!! 

「にゃあああぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーー!!!!!!!」 

ドクン。 
その楽しげな顔にさゆもある感覚を思い出す。 
(あのときも…私がピアノコンサートで震えていたときも…) 
(れいなは同じ顔で私を導いてくれた…) 
「さゆ。ピアノはやめんでよか。うちらとバンド組むばい」 
先輩と同じセリフで絶望に落ちた私に手を差し伸べてくれた。 
この道は戻らない。例えどんなに険しい道でも私はもう逃げたりしないの。 
私を必要としてくれる人たちの為に… 
そしてなにより自分のために… 
私はピアノを引き続ける!! 

「にぃやぁぁぁぁああああぁぁぁぁぁぁぁぉ!!!!!!!!」 

次々と叫び出すメンバーを見て呆気に取られる観客。 
だが本当に驚くのはここから! 
絵里が再びギターを弾き始める。 
さっきまでとまるで違う!とてつもないスピードで奏でられるリフ。 
ピックを使わないで指がクネクネクネクネと信じられない動きを見せる。 
かぶせるようにキーボードを叩くさゆ。 
ありのままの『神の指』が魅せる美しい音色。 
今まで聞いたこともないようなハーモニーにその場の全員がどよめく。 
グルーブが動き出す。 
二つのメロディがまるで生き物の様にホールを飛び交う。 
(…ったく二人とも遅かと) 
(でも、こうなったらもう誰にも止められなかたいね) 
マイクを握り締めるれいな。 
ここからがれいにゃーずライブ本当の幕開け! 

「!!!!!!!!!!!!!♪♪」 

ドンッ!!! 
れいなの声が二つのメロディに乗ったとき、倦怠する空気が爆発した! 
ホールの空気が一変する。 
落雷の様なシビレがホール中の人間に襲い掛かる。 

「な、何これ…?」 

出口の前で新垣里沙は立ち止まる。 
今まで聞いたこともない様な音がそこに出現していた。 



三十四、加速するれいにゃーず


見違えたれいにゃーずの演奏に見とれる新垣。 
そこへ遅れていた吉澤ひとみが到着。 

「こんな所で何してんだ?おマメ」 
「よ、吉澤さん!何ってあなたが推薦したからわざわざテストをですねぇ!」 
「あーそーだった」 
「なのに紹介した人が遅刻ってどうゆう了見ですか?大体吉澤さんはいつも…」 
「まぁまぁ。お、始まってるじゃん。相変わらずいい音出してるぜ」 
「んぐぅ〜」 

バリバリ一流マネージャーの新垣も、この人だけはどうも苦手。 
何を言ってもうまいこと流されてしまう。 

「もっといい場所で聞こうぜ」 
「は、はい」 
「…って、ののがいんじゃん!」 

出口からホールへ入ると、吉澤は後ろの壁際に辻の姿を見つけた。 
さっきまで新垣がいた場所だ。吉澤は目配せしてそこに陣取る。 
辻と吉澤と新垣は並んでれいにゃーずのライブを聞き入った。 
(しかしこれが「lovelight」かよ…完全に自分らのもんにしてるな) 
ドラムとベースが無い分リズムはめちゃくちゃである。 
けれどそれを補って余りあるパワーとスピードに乗っている。 

(これがライブ!) 
ギターを鳴らしながら絵里はその熱気に酔い始めた。 
さっきまで罵声を浴びせかけていた怖い客達が一人、また一人とノッてくる。 
その度にれいなのミリオンボイスは切れを増す。 
さゆのキーボードはゾクゾクするようなメロディを鳴らす。 
(たまんないよ) 
絵里はスピードを上げる。 
(もっと…もっと…もっと速く!) 
自分でも信じられない程に熱くなってきている。 
どこまでもイケちゃいそうな気がする。 
弦を弾くクネクネのスピードがさらにさらに速く!止まらない! 
ライブの熱気が絵里の限界を超えてもっともっと高みへ誘う。 

「嘘だろ…」 

同じギタリストであるアンメロの大谷は呆然とした。 
それほどに絵里のプレイは圧巻すべきものであった。 

「これほどのギタリストが…今までどうして無名だったんだ」 

大谷が知らないのも無理はない。 
およそ会場にいる誰に言っても信じはしないだろう。 
彼女はエレキギターに触って若干3ヶ月のギタリストである、と。 

(最っ高〜に楽しいぃ!) 
屈託のない顔で笑う絵里に、もう怖いものなんてない! 

アンメロの客は音楽にうるさい。 
だがさっきまで罵声を投げ掛けていたほぼ全員が、れいにゃーずのライブにノッている。 
吉澤ひとみは感じた。 
(れいなには客を盛り上げる天性の才がある) 
そしてもう一つ。 
さっきから腕がウズいてしょうがない。 

「あのボーカルに合わせてプレイしてぇって思わせる…才能」 

ウズくのは吉澤ひとみだけではない。 
ステージ脇で見ていたアンメロの4人もだ。 
ギターの大谷も、ベースの村田も、ドラムの柴田も…ボーカルの斉藤までも。 
今すぐに出て行ってれいにゃーずとセッションしたい気分に陥った。 
(くそっ!冗談じゃねぇ…どうしてこんなに…) 
こんなに胸が熱くなる!? 

「Wow Wow Wow!Because the lovelight is shoen on more than anyone!」 

光がれいなを照らす。 
れいなのミリオンボイスが光をさらに増して放たれる。 
今やホールの熱気は最高潮に達していた。 
けれどれいにゃーずはまだまだその限界を見せない。 
さらにさらに加速する! 
たった1曲で、れいにゃーずはホールのすべての人間を興奮のるつぼに叩き込んだ。 

「みんな最高ばい!!」 

最高にホットな「lovelight」を歌い終えたれいな。マイクを握り吼える。 

「…いつか自慢してもよかよ」 
「れいにゃーずの初ライブ、その場にいたんだって」 

もうれいなのビックマウスがちっとも過大に聞こえない。 
むしろ体の奥底から震えが沸き起こってくる。 
もしかすると本当に…この夜は伝説になるかも…そんな予感の震え。 

「次の曲。うちらん大切な曲…」 
『>RES』 

れいながタイトルを告げると同時に鳴り響く、キーボードの美しいイントロ。 
このイントロだけで大半の人間はやられる。 
アンメロの村田もゴクリと唾を飲み込んだ一人だ。 
(そう、やっぱり…) 
(どんどん加速するボーカルとギターに目を奪われて、なかなか気付かないけど…) 
(あのキーボードの子が圧倒的にうますぎる!) 
(一体何者なのよ?) 
いずれ日本を背負い世界に羽ばたくと評された天才ピアニスト道重さゆみ。 
安定してハイレベルを保てるさゆがいるから、 
絵里のギターとれいなの声は自由に暴れまわることができるのだ! 
(いっくよぉ!) 
(いくっちゃ!) 
絵里とれいなのギターが唸りを上げる。さゆのメロディに重なる。 
れいにゃーずは止まらない! 



三十五、決着、そして…


「れいにゃーーーーず!!!」 

いくつもの声援が飛び交う。 
(すごいのれす) 
高層ビル群の寒空の下、誰にも相手にされず行き倒れていたあの少女が! 
今、スポットライトの中心で輝いている! 
その光景に辻希美はふと涙ぐみそうになった。 
(この感覚はあのときに似てる…) 
(『85』の4人が初めてライブをしたあの夜と…同じなのれす) 
絵里の超高速ギタープレイ。 
さゆの美しすぎるキーボード。 
れいなのミリオンボイス。 
三つが交わって生まれる化学反応。 
(もしかすると…ののが思ったよりも…ずっと…本当に…) 
ものすごいバンドになるかもしれない! 

「Give me answer!伝えたいことは全部詰め込んだから!!」 
「Give me answer!何でもいいから返して!もっと!もっと!もっと!!」 

ドクン。 
そのとき、辻希美の中に初めて芽生える確かな感情。 
まだおぼろげで自分でもよく分からないその想い。 
希美は静かに強くその拳を握り締めた。 

最後の最後まで魂を込めたれいなのボーカル! 

「その声が聞けるなら死ぬまでだって歌い続けんだ!!!!」 

嘘はなか。 
こんなに最高の世界で歌い続けられるのなら、れいなは永遠に叫び続けるとよ。 
そして…このラストフレーズは二人に。うちを支えてくれる二人に。 
絵里とさゆに出逢えてなかったら、きっとうちはまだ一人でさ迷ってたたい。 
面と向かっては死んでも言えなかけど… 
ありがと。 

「最高の仲間よーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!!!!!!!」 

ステージ上から風が吹く。 
今輝き始めた三つのまばゆき星たち。 
それを受けたホールにいるすべての人間が耐え切れず雄叫びをあげる! 

「うわおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!」 

歌い終えたれいなも、絵里も、さゆみも、今ようやく我に返る。 
(嘘…) 
三人ともあっけにとられた顔をしている。 
演奏を終えても観客の叫びが止まない。そのすべてが自分達に向けられているのである。 
この大声援を受け、不覚にも涙がこみ上げてくる絵里とさゆ。 
(何泣いとーと?二人ともかっこ悪かねぇ…) 
そういうれいなが一番涙ぐんでいた。 

「みんなぁ!!!!ありがとーーー!!!!!!!!!!」 

細い腕をせいいっぱい大きく上げて、応じるれいな。 

「絶対にまた会うっちゃよぉ!!!!!」 

その言葉にまた返って来る怒号の様な大声援! 
ホールを埋め尽くす声の波を背中に受けて、れいにゃーずはステージを後にした。 
戻ってきた三人をステージ脇で待ち受けるのは『Anniversary Meron』の面々。 

「あっアンメロさん」 
「…な、なんだよ」 
「ありがとうございました!呼んでくれて本当に感謝しとるばい!」 

勝負のことなんてまるで忘れた顔で、心からの笑顔を見せるれいな。 
もはや返す言葉もなく固まる斉藤。 
ステージからはまだ止まない観客の声が聞こえる。 

「アンコール!アンコール!アンコール!アンコール!アンコール!」 

涙交じりの笑顔で控え室へ戻っていくれいな達。 
アンメロは何も言えずに見送った。 

「ありえねえだろ。前座でアンコールとかよ…」 
「私達の負けですね。これだけ完璧にやられると逆に気持ちいいです」 
「あいつらとライブできたこと…いつか自慢になるかもな」 
「……」 

こうして、れいにゃーずの初ライブは幕を閉じた。 
その後のアンメロはさすがに実力派バンドだけあって、れいにゃーずの造った熱に 
飲まれることなく、いつも以上の盛り上がりを見せステージを終えた。 

「それでは勝負の結果を発表します」 

ライブ終了後、控え室に訪れる新垣。 
一緒に現れた吉澤ひとみに、アンメロはまた度肝を抜かれる。 

「勝者は…」 
「新垣さん。言わなくてももう分かっています。私達の負けです」 

そこで口を開いたのは今までずっと黙っていたアンメロのドラム・柴田あゆみ。 
柴田は前に出てくると吉澤の胸をポンと叩いた。 

「梨華ちゃんに伝えといて。こんな子たち紹介するのはずるいって」 
「おぅ」 

どうやらこの二人も旧知の仲の様だ。 
柴田はれいな達の方に向き直ると、れいなの手にデモテープを一つ乗せる。 
驚くれいな達。 

「賭けの商品。アンメロの未発表曲『Red Freesia』…あなた等にゆずる」 
「えっでも…」 
「黙って受け取ればいい。私たちの最高傑作だから、大事にしてくれよ」 
「あ、ありがとうございます!!」 

このとき譲り受けた『Red Freesia』。 
3人とって忘れられないスタートの曲となり、歌い続けられることになる。 

「れいにゃーずは私が責任持って、オーディション本選へ推薦します」 
「やったー!!」 

新垣に認められて、ガッツポーズをするれいな達。 

「喜ぶ暇はないですよ。本選の相手はほとんどがプロ級になるでしょう」 
「は、はい…」 

のん気に浮かれるれいにゃーずを脅す新垣。それを見てほくそ笑む吉澤。 
(よく言うぜ、おマメの奴。れいなのライブで一番はしゃいでたくせに…) 
この新垣里沙が今後、れいにゃーずと安倍なつみの架け橋的存在となる。 

「私達もオーディションを予選から受けるつもりだ」 

新垣と吉澤が去ったあと、そう告げたのは柴田あゆみ。 

「もう一度同じステージでライブしよう。そのときはこっちも真のアンメロを出す」 

(真のアンメロ?) 
すると柴田はドラムのスティックを斉藤に渡し、代わりにマイクを受け取った。 

「勝った気になってんじゃねーぞ。悪ぃけどこの斉藤様の本業はドラムなんだよ」 
「遊びはこれくらい。あなた達を見てそろそろアンメロも本気で上を目指すことにした。 
 次はオーディションの本選で会いましょう、れいにゃーず」 

ボーカル柴田を中心に、去っていく『Anniversary Meron』 
編成が異なる状態であの実力。 
一枚岩と貸した真のアンメロがどれほどのものか? 
きっとオーディションでも強力なライバルとなるであろう。 
そして本選には他にもトップレベルのプロアーティストがごろごろしているはず。 
(もっともっと上手くならなきゃダメっちゃね!) 
れいなと絵里とさゆは顔を見合わせて頷き、一斉に走り出した。 
今日のライブはれいにゃーずにとって大きな一歩。 
『れいにゃーず』伝説の最初の一歩である。 


――――その頃、新垣かられいにゃーず合格の報告を受けた安倍なつみ。 
(新垣のあれだけ興奮した声、久しぶりに聞くねぇ) 
(それだけれいにゃーずというバンドが良かったということか?) 
安倍なつみの胸にほのかな期待が湧き上がってきた。 
新垣から連絡を受ける少し前に…事務所の関西支部から一報が入っている。 
全国に先駆けて実施したオーディション関西予選の結果だ。 
FAXの一番上に「II」というバンド名。 
審査員全員が満点を付け、2位以下に圧倒的な差を付けて予選を突破。 
驚異的なボーカルとギタリストの二人組。 
(ちょっとこれは…おもしろくなってきたんじゃない?) 
新しきロックの波は確実に押し寄せてきている。 

ここに、もう一つの伝説が始まる。 
『II(ダブルアイ)』 



三十六、AI−アイ−@


愛ちゃんと初めて会うたんは 東京へ向かう新幹線の中やった 

手荷物はギターとお菓子だけ 

強がってたけど ほんまは不安でいっぱいやったねんよ 

その不安を消してくれたんは 愛ちゃんやで 

うち結構 運命って言葉 好きなんや 

今でも思うとるよ 

あの出逢いは間違いなく 運命やったて 


「なんでやねん!心配いらへんて!」 
「…あの〜」 
「とにかぁく!ののと一緒に住む気あらへんから!うちは自立すんねん!!」 
「…あ、あの〜」 
「ほな切るでぇ!うん。はい。そっち着いたら連絡するさかい!ほな!」 
「…あの〜、ここ空いてます」 
「へ!?」 

新幹線の中。携帯を切って初めて、すぐそばの通路に人が立っとることに気付いた。 
あぁ!うちとしたことが、自由席混んどるのにギターケースで一人分使うてる! 

「どうぞどうぞ!すんまへんねぇ」 

おどけてギターケースをどけると、彼女はクスッと笑った。 

「ありがと」 

(か・わ・い・い!) 
よくよくその子の顔を見てうちはびっくりした。 
(かわいい+きれいって感じや。細くてスタイルもええ。芸能人やろか?) 
なぁんて考えてると、ブルルルルとまた震える携帯。 
(メール…やあらへんなぁ…今度は誰や?よっすぃー?) 

「はいはい〜!あいぼんやでぇ!」 

名前を告げたとき、隣の子が目を見開いてうちを見たこと、気付きもせんかった。 

「せやからぁ!うちの決心はもう固いて!ダイヤモンドの次の次くらいやで!」 
「ののが一人暮らししとんや!うちかてできるに決まっとるやろ!」 
「ちょっと〜何でみんなして反対すんねん!無駄やでもう新幹線乗っとるもん!ベー!」 

アッカンベーして切ったった。 
ののによっすぃー、この分じゃ次は梨華ちゃん当たりから掛かってくるかも。 
(なんでみんなしてうちの上京、反対するん?) 
(うちかてこのギターでロックの一等賞とったんねん!) 
…と気合を入れた所で、ここが電車の中だったことを思い出す。 
うちは一応隣の子に謝った。 

「あ〜すんまへん。また大声で。うるさかったかなぁ?」 
「ううん。それより…音楽してるの?それ…バイオリン?」 
「ちゃうで、これギターや。うちロックがめっちゃ好っきゃねん」 
「へぇ〜ロックはあんまり聞かないけど私も音楽は好きやよ」 
「なんかやってん?」 
「楽器はできんけど…歌手目指してんや〜」 
「えっ!ほんまかぁ!」 

それから、音楽という共通点を得たうちらは東京に着くまでずっとしゃべっとった。 
彼女は歌手を目指して、中学生のときに実家の福井から東京へ上京したらしい。 
この春、音楽学校を卒業してそこの寮も出なくちゃいけないそうだ。 
新たに一人暮らしする了諾を得るため実家に帰り、今はその帰路ということ。 
高校中退してほとんど家出同然で実家飛び出したうちとはえらい違い。 
でもなんか似てるかも。 
…って、うちの勝手な妄想? 

東京に着いたぁ! 
…と同時に震え出す携帯。賭けてきたのはやっぱり梨華ちゃん。 

「もしもしぃ?梨華ちゃぁん?今ちょうど着いたとこぉ!え?まだホームやでぇ!」 
「うぅー!もうお説教は聞き飽きたぁ!別の話しよー別の話ぃ!」 
「あっそや!新幹線で歌手目指しとる子と知り合ってぇ…」 

うちは振り返って、その子を見た。 
だけど携帯でしゃべってる内に、もうその子の姿はホームの何処にもなかった。 
出逢ってほんの数時間しか経ってへん間柄やのに、なんか胸がキュッと寂しくなった。 
(名前も携帯も聞いてへんかったのに…もう会えへんやろな…) 
(梨華ちゃんのバカァ!) 

その晩はののんトコに泊まって、翌日から賃貸物件めぐり。 

「部屋あまってるから一緒に住めばいいのれす」 

あかん!ののに甘えるんはうちのプライドが許さへん! 
意地でも一人立ちしてヨッスィーや梨華ちゃんにもう子供やないとこみせんねん! 

「安くてぇ〜広くてぇ〜駅近くてぇ〜おしゃれぇ〜なマンションあらへん?」 
「この条件ですとご予算の倍近くなりますが…」 
「えー!!半額セールとかないん?」 

むぅ〜不動産屋ってのはお堅いわぁ。半額ゆうたら睨まれた。 
しかしいきなり計算狂うてもうた!なんで東京の家賃はこない高いねん!! 

…とはいえ、紹介してもろてるこのマンション、めっちゃ気に入ったねんけど。 
でも2DKで10万もするなんて…どこが「おすすめ」やねん。 
あぁ仲介屋さん、まだめっちゃ睨んでるしぃ…。 
やっぱ世の中ゼニかい。 

「別のお客さんも来ているようですし、もっと格安の物件を案内しますよ」 

格安…どんなボロアパートが待ち受けとるんやろ。 
(嗚呼、うちは無事に生きていけるんやろか?) 

そこへガチャっとドアノブをまわす音。別の客って人が来たらしい。 
はいはい貧乏人は立ち去ればええんやろ。ベーだ。 

「ベー……だ?」 

アッカンベーのポーズでうちは固まった。 
目の前に芸能人みたいにかわいい女の子が立っていた。 
そう、新幹線で一緒になったあの子! 

「あーーーーーーーーーー!!!!!」 

うちら二人は同時に指差しあって大声をあげた。 
そういえば、彼女も寮を出て一人暮らしするって言っとったような。 
でも、こんな偶然ってある? 

――――――――――偶然なのかな?うちはあの再会も…絶対に、運命やと思うとるで 



三十七、AI−アイ−A


歌手になるって夢の階段は ずっと急で先も見えないくらいに高くて 

足踏みしてるみたいで 私はもがく魚のようだった 

あの日 キミと暮らし始めて変わったの 

いつも笑顔で 元気で 行動力もあって 私に足りないもの全部もってる 

そしてあのギターの奏でる音 すべてに惹かれたの 

キミだよ 私の高くて険しい夢の階段を 

エスカレータにしてくれたのは 


「いい所ですね。でもちょっと高いし…一人で住むには広すぎるかも」 

家賃はタダ同然の寮生活を抜け出た開放感。 
ちょっとイイ感じのマンションを希望したんだけど、やっぱり予算がきついかも。 
私はふと部屋の反対側を見た。 
新幹線で出会ったあの子がまだマンションの仲介屋さんにおねだりしている。 

「うち、ここ気に入ったねん!ねぇ、まけてや〜まけてや〜」 

ある意味すごいと思う。私にはとてもマネできない。 
でも確かに私も、ここに住みたい気持ちになっている。 
おしゃれだし、窓から見える景色もいいし、何より一番ステキなのは完全防音なこと。 
どれだけ大声で歌ってもご近所から怒られないのは超魅力的。 

「じゃ〜前借はダメ〜?うちCD出して一等賞とってバンバンかせいだるから〜」 

またムチャクチャ言っている。 
ほんとにおもしろい子。でも私と同じような夢…。 

「お願いや〜!加護亜依の名にかけて嘘はつかへんて!」 

(アイ…!やっぱり…あの子) 
今でも思う。 
あのとき口から出た声は、本当に私が発したものか?神様が言わせたんじゃないか? 

「一緒に住みませんか?」 

私の方の仲介屋さんも、加護亜依ちゃんも彼女の仲介屋さんも皆ビックリしてた。 
それはそうだよね。言った私だってビックリしたんだもん。 

「ほ、ほ、ほ、ほんまかぁ〜!!じゃあ家賃も半分こかぁ!!ええなぁそれぇ!」 
「あのねぇキミたち…いくら何でも赤の他人が…」 
「仲介はん。うちら他人やあらへん。一緒に東海道のぼってきた仲やで」 

あきれる二組の仲介屋さん。 
でも加護亜依ちゃんが言っていることは間違いではない。 
もうね、全然他人の気がしなかったの。 

「パンがひとつならわけわけね言うやろ。マンションも1コならわけわけや!決まりぃ」 

めちゃめちゃ強引。そして意味不明。 
だけどそんな所がたまらなくキュートで頼もしい。 
結局二人の仲介屋さんも折れた。私と加護亜依ちゃんは並んで誓約書にサインする。 

「そういえば自己紹介もまだやったね、エヘヘェ」 

彼女はペンで大きく「加護亜依」と書いて微笑む。 

「うちは加護亜依。こんな字。よろしゅう」 

ペンを受け取った私は「高橋愛」と誓約書に記す。亜依ちゃんは目を丸くした。 

「私もアイやよ。これからよろしくね」 

その夜。乾杯。 
亜依はギターで一番になる夢を叶えるための東京進出に。 
私は本格的に歌手を目指すスタートに。 
そしてこんなステキな部屋をGETできたことに! 
そしてなにより、二人のアイの出会いに!乾杯! 

「ねぇ愛ちゃん!歌って、歌ってぇ〜」 
「なら亜依ちゃんがギターで伴奏するんやよぉ!」 
「オッケー!あいぼん東京初ライブやぁ」 

そう言って亜依ちゃんがギターケースから取り出したのは、二つ首の変なギター。 
その変なギターから鳴り響く音にゾクッと震えたのは、酔っ払っていたからじゃないよね。 
感動。そんな言葉じゃ全然足りないくらいに…私の胸に響いた。 
さゆみちゃんとか色んな子の伴奏に合わせて歌ったことはあるけれど、こんなのは初めて。 
気が付くと…私は歌っていた。歌詞も知らないロックンロール。 
月夜が照らす、二人きりの初ライブ。 

「うちはこう見えても…かなりの負けず嫌いや」 

演奏を終えた亜依ちゃんは、腕をまくって私に見せる。 

「やけど愛ちゃんの歌で…こない鳥肌立ってもうた。負けたて思たで、うちが」 
「じゃあ私も負けやよ。ほら、めっちゃ鳥肌立ってるもん。エヘヘへ…」 
「ほんまや。ほな引き分けや、アハハハ…」 

――――――あの晩、二人で鳥肌見せ合いっこして笑ったね 
――――――ムリヤリ笑ってごまかしていたけど、本当は泣きそうやったんやよ 



三十八、AI−アイ−B


うちとののとヨッスィーと梨華ちゃんは子供の頃からの幼馴染。 
いつもバンドのマネっこして遊んでた。 
でもある日、少しだけ大人になったヨッスィーと梨華ちゃんは本当にデビューした。 
後藤真希さんと藤本美貴さんという凄い人たちと組んで。 
瞬く間にスターになる幼馴染。 
まだ小さかったうちとののは約束した。 

いつか自分たちも最高のバンド仲間を見つけてデビューしよう 
ヨッスィーと梨華ちゃんに追いついて、追い越してやるんだって 
二人で勝利の「V」を勝ち取る願いを込めて、このダブルネックギターに刻んだ。 

そしてうちはついに見つけたった!最高のボーカル!高橋愛ちゃん。 
さっそくののに報告や。 
愛ちゃんのボーカルにうちのギター、それにのののあの「能力」が加われば天下無敵や! 
ようやくうちらのスタートやで!のの! 

(っ!!) 
ののが住むマンションの最寄り駅に降りたうちが見たもの…。 
何処の馬の骨か分からない子と路上で楽しそうに演奏するののん姿。 
別に悪いことやあらへん。 
けどののがうち以外の子と楽しそうにプレイしてるんが、なんか悔しかった。 
(ギターの腕もたいしたことあらへん) 
(歌かて愛ちゃんに比べたら全然パッとせえへん) 
(やのに何で、そんな奴と楽しそうにしとるんや!) 
うちは回れ右して来た道を戻った。 
翌日かかってきたののからの電話にもでんかった。 
(あかん。うち子供や) 
(こんな嫉妬…バカみたい…) 
数日後、またののから電話。今度はすぐに出たった。 

「あ〜やっと通じたのれす!あいぼんあいぼん!」 
「のの…どうしたん?騒がしいで」 
「凄い子みつけたのれす!あいぼんと組めばロックの一番になれ…」 
「わかった。これからギター持ってののん家行くわ」 

凄い子…こないだん奴か? 
ええよ。ののがそこまで言うなら試したる。 

のののマンションに入ると、ギターの音が聞こえた。 
弾いているのはこないだの猫っぽい奴と…初めて見る上品そうな娘。 
目がいったのはその上品そうな娘の方。 
(おもろい弾き方すんなぁ。ミスも多いけど…) 

「天才ギタリストたい」 
「そんなぁ私なんて全然…」 
「謙遜せんでもよか!うちは確信したたい。絵里とならロックの頂点に立てる!」 
「ほんと♪」 
「ほんとに凄いのれす。あいぼんとどっちが上手いれすかねぇ?」 

(おいおいのの。その程度の奴とうちを比べたあかんて) 
(それにあの博多弁。ロックの頂点とか軽がるしく言ってくれるやないか) 
(やっぱ気に食わへん) 
うちはちょっとケンカ腰に部屋へ踏み込んだ。 
本当はこんな奴等にうちのギター安々と聞かせたなかった。 
でもあのネコっぽい奴見てると無性に弾いてみせたくなってくる。 
素人のお子様でも実力の差が分かるように『85』と『NIKEY』のカバーをひいたった。 
あいつら、本当に驚いた顔しとる。 

「本当の天才ギタリストが誰か…わかったん?」 
「でもあいぼんと絵里ちゃんが一緒に弾いたら、もっと凄そうなのれす。 
 ねぇねぇあいぼんもれいなちゃんのバンドに入ってくれない?」 

何を言うとるんや、のの?どうしてそんな奴等の肩をもつ? 
うちが博多弁のバンドに入る?逆やで。うちがそいつらを審査しとるんや! 

「冗談やめときぃのの。うちがいたら他のギタリストなんか必要あらへん。せやろ」 
「それに最初からうちはこいつらとバンドなんて組む気あらへん」 
「うちはもう最高のパートナーを見つけとるし」 
「100年に1人の歌姫や。二人でロックの頂点に立つ約束をした」 
「もうすぐ…うちらが音楽業界をまるごとひっくり返したるわ」 

のの、正直失望したで。 
その程度の奴等、そこら中にゴロゴロしとる。 

本物の逸材ってのはうちとか愛ちゃんのことを言うんや。 
それから…のの、お前も。 
早く目を覚ましてまたうちと組もう。 
それまでうちは愛ちゃんと二人でロックの頂点目指して走っとる。 
うちはいつでも待っとるで、のの。 

「ウェェェェェェェン!!」 

険しい顔で家に帰ったら、ボロボロ泣き崩れる愛ちゃんが待っとった。 
どうしたん?と尋ねたら卒業式だったと答える。 

「みんなとお別れしたの。ボイトレ付き合ってくれたさゆちゃんにも…」 
「そうかぁ、それは寂しいなぁ…誰か知らんけど」 
「応援してくれるみんなの為にも!絶対ロックで一番になろうね。亜依ちゃん!」 
「うん!」 

――――――――――そや、うちはずっと一番で走り続けるんや! 
――――――――――誰にも負けへんねん! 



三十九、AI−アイ−C


練習…バイト…練習…バイト…練習…バイト…練習… 
高校を卒業して以来、そんな繰り返しの毎日。 
ライブをするにも、レコーディングをするにも、機材を揃えるにも、お金がかかる。 
私はバイトを三つ掛け持ちして息をつく暇もないくらい。 
そんな単調さでモチベーションが下がらずにいれるのは、あいぼんのおかげ。 

「はぁい!市井紗耶香やでぇ!」 
「これ分かる?COUNTRYの里田まい」 
「おまたせ!藤本美貴さぁん」 

練習中、色んなメジャーギタリストのプレイを真似て演奏してくれるから。 
それに合わせて私はハードな曲から柔らかい曲まで、歌いこむことができる。 
相棒はたった一人なのに、日本中の一流ギタリストとセッションできるみたいや。 
これで上達しない訳ない。 

「そろそろ…ライブやね」 
「うん!!」 

そう、やっぱり練習だけじゃ物足りんわ。 
早くライブがしたい!早くみんなの前で歌いたい! 
でも、二人だけっていうのがちょっと不安やの。 
ベースとかドラムとか探した方がいいって思う。 
だけど、あいぼんは結構強情で… 

「中途半端なレベルのベースやドラムなら、えん方がマシやで」 
「じゃあどれくらいのレベルならいいんや?」 
「う〜ん、85の石川梨華と吉澤ひとみくらい」 

当たり前って顔して、あいぼんは言う。 
日本一のベーシストとドラマーと言われていた二人の名前。 
そんな人その辺にいる訳ないし。 
いたとしてももう何処か他のバンドに入ってとっくに有名になってるわ。 

「だってうちは日本一のギタリストになるし、愛ちゃんは日本一の歌姫になるんやで」 
「っ!!」 
「それくらいじゃなきゃ釣り合わへんやろ」 

日本一の歌姫! 
改めて言われるとドキドキするよ。 
この国に一体どれだけの歌い手がいると思ってるんやろ? 
ファミレスの厨房で食器洗っている私なんかが… 
路上でちょい恥ずかしい服着て販売している私なんかが… 
砂ボコリだらけの工事現場で交通整理している私なんかが… 
(いつか…) 

駅前のビルには、トップスター松浦亜弥や後藤真希らの大きな広告看板が並んでいる。 
今のちっぽけな自分とは比べることもできないほどの存在。 
疲労と寝不足で重いまぶたをこすり、私は空を仰いだ。 
(いつか…日本中に憧れられて…誰よりも輝く…そんなロックスターに…) 
(私が…なれるの?) 

バイトで稼いだお金を集めて、生活費も切り詰めて、ようやく小さなライブに出れる! 
パッとしないイベントで対バンの相手も遊びでやってるようなバンドばかり。 
でも文句なんか言ってられない!とにかく歌えることが嬉しい! 

「うちらで客全員、度肝抜かせたろ」 

あいぼんも嬉しそう。なんだか私も気合が入ってきた。 
だけどやっぱり…現実は厳しかった。 

(―――――――――――――…3人) 
一番手で登場した『II(ダブルアイ)』を迎えてくれたお客さんはたったそれだけ。 
しかも後ろの壁に張り付いてドリンク飲んだりおしゃべりしたり…。 
聞きたいからいるのではなく…次のバンド待ちでたまたまいるだけって感じ…。 
やっぱり身内の客を呼べなかったのが痛いのか。 
あいぼんは幼馴染には頼りたくないって強がるし。 
私の高校時代の友達はライブハウスを怖がってみんな断られた。 

「やるしかあらへんやろ」 

私はステージの上で小さな天才ギタリストを見た。 
(そうだよね…たとえお客さんが何人でも…私の歌とあいぼんのギターは変わらない) 

「構へんよ。うちらはいつか客をこの一万ば…」 
「いつか…十万倍にしようね」 

あいぼんはちょっと驚いて、そしてニコッと笑って、弦を鳴らした。 

このライブは口コミで広がる。 
「すごい二人組がいるらしいよ」 
ライブが行なわれる度、客の人数はどんどん増えていく。 
「結構ビジュアルがいいんだよね」 
4回目のライブで、小さなライブハウスがいっぱいに埋まった。 
「ビジュアルじゃねえよ、あのギターはマジでやばいから、聴いてみろって」 
「俺はボーカルでやられた。マジで鳥肌」 
二人のアイの名が街を越えて飛び出そうとする。 
そんな時期だった。安倍なつみのロックオーディションが告知されたのは。 

「最強のロックバンドかぁ」 
「うちと同じこと考えとる人、おるもんやなぁ」 
「こりゃ出るしかないの」 
「うちらに相応しいバンドメンバーが見つかるかもしれへんしな」 
「がんばろ!私は絶対日本一のボーカルになるから!エヘヘ…」 

そして予選を受けた二人は誰にも負けない最高の得点を挙げ、本選へと進む。 
これが高橋愛と加護亜依の伝説の序章。 
れいにゃーずと対面する少し前の物語。 


――――――――今でも思うとるよ 
――――――――あの出逢いは間違いなく 運命やったて 

――――――――キミだよ 私の高くて険しい夢の階段を 
――――――――エスカレータにしてくれたのは 



四十、トリ


もっきんさんのマンションに届く一通の封筒。 

「つ、つ、つ…ついに来たっちゃぁぁぁぁ!!!!」 

ロック・オーディション出場者への案内通知。 
れいなはただちに絵里とさゆを呼び出す。 
開催時間や集合場所などから注意事項、そしてオーディション詳細の書類。 

「すっごぉい。全然本格的だねぇ」 
「当たり前ばい!安倍さんの事務所は超大手やけんね」 
「これ見て!出場バンドの一覧が載ってるの」 

『NIKEY』や『COUNTRY』『Sun and Cisco Moon』など有名メジャーバンドが並ぶ。 
その中にあった!まちがいなく『れいにゃーず』の名前。 

「なんだかドキドキしてきたの」 
「…っていうかぁ、いつの間にれいにゃーずが定着しちゃったんだろ…もういいけど」 
「あっ!絵里!さゆ!アンメロもいるとよ!」 
「うそぉ!あ〜ほんとだぁ」 

初ライブで対決したインディーズNo1バンド『Anniversary Meron』の名前。 
本当のボーカル柴田あゆみと約束したが、やっぱり来た! 
あのとき勝ち取った名曲「Red Freesia」はすっかり3人のお気に入りになっている。 

「でも本当にすごい顔ぶれが揃ってるねぇ。吉澤さんもソロで出場するしさぁ」 
「ドラムのソロって大丈夫なの?」 
「わからんけどあの人は別格やけんね、問題なかろ」 
「私達に人の心配する余裕なんてないかぁ。どうせ一番無名だろうし…」 
「でも聞いた事ないバンドもいくつかあるの。これとかこことか…」 

『コン&マコ』とか『II』とか、聞いたこと無いバンドも少しではあるが存在している。 

「肝心なのは有名無名やなか。本番でいかに熱っちいライブができるかってことばい」 
「それなら負けないの」 
「うん♪絶対一番だよ」 

改めて、結束を固める三人。 
あのライブの成功が大きな自信となっているのは間違いない。 
だが数分後…さらに驚く事実にれいな達は気付くことになる。 

「ト、ト、ト…トリ〜!?」 
「どうしたのれいな?鳥なんていないよ」 
「さゆは鳥肉より牛肉が食べたいの」 
「ボケとー場合じゃなか!!うちらがトリになっとるんばい!!」 
「鳥になってる?人間だよ?」 
「さゆはきれいな白鳥さんなの」 
「ちが〜う!その鳥じゃなか!!一番最後に歌うってことっちゃぁぁ!!!!」 

目を丸くして固まる絵里とさゆ。 
なんと!出場バンド全30組のラストが『れいにゃーず』になっているのである! 

「ええええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!!!!!!!!!!!」 

しばらく固まったあと、我に返って悲鳴をあげる。 
無理もない。テレビや雑誌に出てる一流バンドがゴロゴロしているこの祭り。 
『れいにゃーず』なんて、ライブ経験が前座で2曲しかない駆け出しバンド。 
いきなり天地がひっくり返る様なポジションだ。 

「なんでなんでなんで?なんで私達なのぉ??」 
「普通NIKEYとか吉澤さんでしょ!?…ありえないの」 
「順番は安倍さんが決めたって書いとるばい。えっと理由は…」 

オーディション参加バンドはすべて公平な視点で審査致します。 
その為、出演順番はあいうえお順とさせて頂きます。 

「あいうえお…。この安倍さんって頭おかしいの」 
「ちょっとちょっと『ろ』から始まるバンドとかいないの〜!?嘘でしょ〜!!」 

国内最大規模と言われるこのロック・フェスティバル。観客総動員数は数万人に及ぶ。 
プレッシャーは前回のライブハウスの比ではない。 
絵里もさゆも、頭が真っ白になってきた。 
ところがただ一人、ガッツポーズを掲げるロックバカがいる。 

「ラッキーやん!めちゃめちゃ目立てるとよ!ヒャッホー!!最高ばい!」 
「…」 

改めてれいなの無鉄砲っぷりに閉口する絵里とさゆみであった。 



オーデ・ロックフェス 出場順 

1.Anniversary Meron 
… 
4.COUNTRY 
… 
8.coconuts 
9.コン&マコ 
10.Sun and Cisco Moon 
… 
15.II 
… 
18.NIKEY 

22.Belize Atelier 
… 
28.吉澤ひとみ 
29.LOVE LOVE MIKITAN 
30.れいにゃーず 



四十一、LOVE LOVE MIKITAN


亜弥に手渡されたロックフェス出場通知を見て、私は死ぬほど吼えた。 

「なんじゃこりゃーーーーーーーーー!!!!!!」 
「何って、ロックのお祭りでしょ!!」 
「違っ!!ラブラ…口に出すのも恥ずかしいこのバンド名は何だってんだ!!」 
「エヘッ。亜弥の事務所のコネで特別にミキたんを本選登録してもらったの」 
「ハァ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜?????」 

亜弥は嬉しそうに答える。 
バンド名『LOVE LOVE MIKITAN』 
もはや怒りを越えて呆れちまう。何考えてんだこのアホ女は? 

「国内最大のロック祭りでしょ♪やっぱりミキたんがいなきゃ始まらないよ!」 
「いや始まってんだろ」 
「安倍さんもミキたんなら大歓迎だって、二つ返事でOKしてくれたみたい♪」 

落ち着け、落ち着け、美貴。 
もうこいつに振り回されるのは無しにしようぜ。 
こないだ紹介された飯田圭織も結局ムダ足だったし…。 
このおっぱい女に関わるとロクなことがねえ。 

「なんならアヤヤ、ボーカルで特別参加したげてもいいよ♪」 
「勝手に一人で出てろ」 
「えぇ〜冷たいよ〜ミキたぁん!」 
「知らねえよ!出る気ねえって最初から言ってんだろ!私はソロでやってくんだよ!」 
「ソロソロって…ちょっとムキになってるんじゃない?」 
「あん?」 
「今のミキたん…かっこ悪いよ」 

亜弥に言われたセリフで、カッとなった。 

「人の気も知らねえで、勝手なこと言ってんじゃねえ!」 
「知らないよ!ミキたん何にも教えてくれないんだもん…けど」 
「…」 
「亜弥が一番好きなミキたんは…ギターひいてるミキたん…だから…」 

突然、亜弥は泣き出した。 
初めてだった。そういえば私はこいつの笑い顔しか見たことない。 
そこで謝るべきだったんだ。 
だけどまともに音楽活動もできない現状にストレスがたまっていて…私は。 

「うるせえ。出てけよ」 

口が勝手にそう言った。 
泣きながら亜弥は小さく俯いた。 
そのまま何も言い返さないで、亜弥は私の部屋を出て行った。 
バタンと閉まる扉の音。 
部屋に残ったのは、耳が痛くなるほどの静寂。 
(フン、うるせえ奴がいなくなって…せいせいするぜ) 

一人になった私は、なんとんなくさっきの出場通知を眺める。 
(LOVE LOVE MIKITAN…) 
(ボケてんのか本気なのか…わかんねーんだよ、くそっ) 
ムシャクシャしてギターケースから愛用のストラトキャスターを取り出した。 
そいつを本能のおもむくままにかき鳴らす。 
世界に通用する日本人ギタリストと言われたそのプレイ。 
一人でギターを奏でると…どうしても思い出してしまう昔の仲間の顔。 

「どうして…そんなこと言うの?ミキティ」 
(梨華…) 
「解散…か」 
(ヨッスィー…) 
「私がロックやめんの。あんたのせいだから」 
(真希…) 

公には何も発表されてないけど…『85』を壊したのは私だ。 
(もう私に…他の誰かとバンドを組む資格なんてねえ…) 
一人きり。誰もいない。 
「ミキたん。どんなことがあっても…亜弥はずっと味方だよ」 
あいつまで…もう本当に…誰もいなくなった。 
信じられなかった。あの亜弥が…自分の中でこんなに大きな存在になっていたなんて。 
(くそ…) 
こんな自分は大嫌いだ。 
(亜弥のバカ。私だって…やりてぇんだよ…ギター) 
ギターの音が何故か泣いてるように聞こえた。 



四十二、血に濡れたレスポール


オーディションに向けて毎晩のように練習を繰り返すれいにゃーず。 
出番がラストと決まって一層、気合が入った。 
一バンドの持ち時間は15分と短い。 
たったそれだけの時間で、審査員や観客を納得させる演奏をしなければならない。 
失敗は許されない。 

「15分ってことは大体3曲くらいばい」 
「とりあえず『>RES』と『Red Freesia』は確定だよねぇ。あとはまたカバー?」 
「持ち歌が他にないの」 
「…いや、実は1曲だけ歌いたか曲があるとよ」 

れいなはいつも使用しているレスポールカスタムをしまうと、荷物の山を漁り始めた。 
古びたギターケースを引っ張り出してくると、それを丁寧に開ける。 
中から出てきたものを見て、絵里とさゆは悲鳴をあげた。 

「れいな!」 
「何なのそれ!?」 

二人が驚くのも無理はない。それがただのギターではなかったから。 
ボディの部分が所々くすんだ紅色に変色している。 
それがまるで血の色に見え…いや、どう見ても本物の血の不気味さ。 
(………) 
れいなは無言でその、血に濡れたレスポールを構えた。 

ギャアアアアアアアァァァァン!!!!!!! 

想像を遥かに上回る…シビレル様な音が飛び出した。 
(すっご〜い!) 
(こんな古臭いギターなのに…信じられないの) 
慣らしを終えると、れいなは徐々にピッチを上げる。 
(あ、この曲!!) 
れいなが奏でるそのハイなメロディを聞いて、絵里とさゆは思い出した。 
(駅前の高架下で、よくれいなが歌っていた曲!) 
(ピアノコンクールに乱入して弾いていた曲!) 
それはまさしく、三人が出逢うきっかけとなった曲。 
初心を思い出して感動する絵里とさゆ。 
だけどれいなはこれまで『れいにゃーず』でこの曲を演奏したことはなかった。 

「自分の曲やなかから、本当はやるつもりはなかったと」 

演奏を終えたれいなが静かに語る。 
じゃあ誰の曲なの? 
そのギターの血の跡は何? 
聞きたい質問は色々とあったが、今のれいなの雰囲気が答えを拒んでいる気がした。 
話したくない過去をムリヤリ詮索するほど野暮ではない。 
いつかれいなから教えてくれる日が来るだろう。 

「ねぇ、今の何ていう曲?」 

絵里の当たり障りない質問に、れいなは『Y』と短く答えた。 

こうして本番で演奏する曲目は決まった。 
1.Y 
2.Red Freesia 
3.>RES 
さすがに絵里とさゆは飲み込みが早い。 
れいなが教える『Y』をまたたくまにマスターしてゆく。 

そしてロックフェス本番前夜。 
もっきんさんを迎えて、15分間の予行ライブ。 
本番さながらのテンションで演奏しきるれいにゃーず。 
気になるもっきんさんの反応は…? 
両方の親指を上げてバンザイポーズ! 

「ぜぇ〜ったい優勝なのれす!!!」 

ワァっと盛り上がる4人。 
もっきんさんが造ってくれた豪勢な手料理で予行パーティー。 
そのまま明日にそなえて早めに解散。 
絵里とさゆは自宅に帰り、もっきんさんは自室でもうイビキをかいていた。 

一人になったれいなは例の「血に濡れたレスポール」を抱きしめ、小さく呟く。 
(もうすぐっちゃ…) 
(もう少しだけ…うちに力…貸してくれんばいね) 
ロックの頂点を夢見る娘も、静かに眠りに就く。 

――――――――――そして運命の一日が始まる。 





某音楽誌にてロックフェス参加バンドの紹介が記載されていた為、 
ここにその一部を抜粋してお届けする。 

『Anniversary Meron』 
柴田あゆみ(Vo)大谷雅恵(G)村田めぐみ(B)斉藤瞳(D) 
インディーズ最強。そう囁かれる噂が決して大げさでないことは彼女達の生の演奏を目にすれば
納得して頂けるはず。元々ダークな面が強いバンドであったが、このオーディショ ンの為に
大きく編成を変えてきた。ボーカルとドラムのシフトである。通常ありえないこの変化が
アンメロにとって大きなプラスとなった。新ボーカル柴田あゆみのカリスマ性は他の追随を許さないし
斉藤のドラムも楽曲にパワーを与えている。今もっともロックらしいロックバンドかもしれない。 

『COUNTRY』 
斉藤みうな(Vo)里田舞(G)あさみ(Dr) 
メンバーの脱退や加入で紙面を賑わせることの多いこのバンドが、常に第一線を保っていられるのは
一貫したその音楽性にあると言えよう。どこか懐かしさを感じさせるカントリー調のメロディには誰もが
心を和ませてしまうはず。卓越した技術を持つ里田とあさみの演奏に新ボーカルみうなのポップさを
前面に出してヒットした名曲「Honey pie」は必聴。 

『coconuts』 
アヤカ(Vo)ミカ(G)レファ(B)ダニエル(Dr) 
今回唯一の海外招待バンド。はっきり言って、レベルの違いに驚かされるかもしれない。 
ワールドクラスの実力を知るには彼女達の生の演奏を聴くのがいい機会だと思う。
安倍なつみ氏の目指す最高のロックバンドに選ばれる者は、最低でもcoconutsに勝てる実力を 
もっていて欲しいと願わずにいられない。 

『コン&マコ』 
小川麻琴(Vo&Dr)紺野あさ美(B) 
申し訳ないが、予選のステージを見た限り本戦に残るレベルとは思えなかった。
演奏はドラム任せで歌もそのドラマーが歌っている。聞くところによると審査員もほとんどが赤点を
出したが、安倍なつみ氏の強い推薦で選ばれたそうだ。順番的にも前後に大物バンドが並び
かなり苦しいと思われるが頑張ってもらいたい。
そういえば演奏に魅かれはしなかったが、曲だけはやけに印象深く耳に残っている。 

『Sun and Cisco Moon』 
RuRu(Vo)稲葉貴子(G)小湊美和(B)信田美帆(Dr) 
もはや風格すら漂うあのベテランバンドもロックフェスへの参加が決定した。貴子姉さんのギターを始め
職人芸と化したそのプレイを、今の若いロック娘達に是非聞いてもらいたい。
しかも当日はスペシャルゲストを用意しているとの意気込み。久々に大人のロックを堪能できそうだ。 

『II』 
高橋愛(Vo)加護亜依(G) 
予選で最高の評価を得たボーカル&ギターの二人組バンド。コアなインディーズマニアの間では
すでに話題の存在らしい。現場で始めて見た著者自身、久しぶりに鳥肌ものの衝撃を受けた。
その衝撃をここに書き記すのはもったいない。皆にその場で体験してもらいたい。
著者個人的には今回の本命。 

『NIKEY』 
保田圭(Vo)市井紗耶香(G)矢口真里(B) 
わざわざ説明する必要もない現役最高のスリーピースロックバンド。日本人離れしたファンキーで
セクシーなベーシスト矢口真里がバンドの音を形成し、シャープで斬れ味するどい市井紗耶香の
破壊的ギターテクがバンドの音をかき乱し、さらにアクの強いヘビーボーカル保田圭が音を違う異次元へ
吹き飛ばす。バラバラの様でいて三人でしか起こせないその化学反応は、まさにロックンロール! 

『Belize Atelier』 
嗣永桃子(Vo)夏焼雅(Vo)菅谷梨沙子(Vo) 
熊井友理奈(G)徳永千奈美(G)清水佐紀(B)石村舞波(K)須藤茉麻(Dr) 
受け入れ易いノリの良い楽曲に大型タイアップがあいまって、今年ヒットを量産し始めた 
勢いに乗る新人8人組バンド。それぞれ高音・中音・低音を担当するスリーボーカルで観客の
ハートを掴み取り、ユリチナと呼ばれるギターの息もピッタリ。バックのサウンド陣も個性的で
おもしろい。この春ワンマンライブも成功させた勢いは本物。
現役ベテラン陣を食う可能性も見えてきたダークホース的存在。 

『吉澤ひとみ』 
吉澤ひとみ(Dr) 
ここも説明不要。日本音楽史に様々な記録を打ち立てたスーパーロックバンド『85』のドラマー。
彼女の合格は確定的と誰もが口にする。それほど圧倒的なプレイであることは誰もがご存知のはず。
問題はドラムソロであるということだけか?後ろ二組がまったく無名バンドであるだけに彼女をラストで
早めに帰宅する予定というオーディエンスもかなり多いとの噂。
やはりあいうえお順は無謀か? 

『LOVE LOVE MIKITAN』 
????(?) 
何だこれ?イロモノバンド?著者は思わず噴き出してしまった。当然まったく初耳の名前。 
何人組なのか?どういう編成なのか?このふざけたバンド名は本気かギャグか?すべてが謎である。
予選にも出ておらず書き様がない。 

『れいにゃーず』 
田中れいな(Vo)亀井絵里(G)道重さゆみ(K) 
上とほぼ同文。バンド名を見る限りどうしてもマトモとは思えない。 
やはり吉澤ひとみをトリとし、ラスト2組はおまけと思って臨むのが得策かもしれない。 
最悪でもロックフェスの質を汚す様な真似だけは避けてもらいたい。 


(文:手頭 美茂) 
「Rock moni」2005年7月号より 





四十三、夢


地平線の向こうまで続いている 

人種も 世代も 性別も 身分も 何も関係ない 

見渡す限りの 数え切れない人人人人人…人の海 

海は 熱狂を波に変えて ステージへと放つ 

まるで天国のステージ 

その上に自分が立っている 

スポットライトを浴びて キラキラと輝いて 声を限りに歌う 


―――――――そんな夢を見た 


(オーデションの朝にこげん夢見るなんて、これはきっと合格の予言ばい) 
(きっと神様がうちにお告げしとーと) 
うちは目を輝かせて飛び起きた。夢の話を早く誰かに話したくて堪んなか。 

「もっきんさん!」 

けど部屋にもっきんさんの姿は無く、なんか表から声が聞こえる。 
(もっきんさん外にいると?でも排気音…?) 
外へ出てうちは驚いた。 
ワゴン車の手入れをしているもっきんさんの姿が視界に飛び込んできたのだ。 
驚きすぎて夢のこともすっとんでしまった。 

「あ、れいな、おはよう」 
「おはようやなか!こん車どうしたと?」 
「レンタ。現地まで乗せていってあげるのれす」 
「…って誰が運転するとよ?」 

待ってましたとばかりの笑顔で、何かを取り出すもっきんさん。 
(あかん。ありえないくらい嫌な予感…) 
(そういえば最近、よく出かけてるなとは思っとーとけど…まさか) 

「ジャ〜ン!!18になったから免許とってきたのれす!!」 

あの夢は、本当の天国を暗示していたのかも…と思った。 

黄泉への送迎車が待ち受けているとは露知らず、コンビニで合流する絵里とさゆ。 
絵里がお菓子やペットボトルを買っていると、雑誌を立ち読みするさゆの顔色が変わる。 

「何見てるのぉ〜さゆ」 
「これ絶対れいなにだけは見せちゃいけないと思うの」 
「え?」 

さゆが読んでいたのは「Rock moni」の最新号。 
今日のロックフェスを特集している。 

「あ〜見せて見せて、れいにゃーずはぁ〜?」 
「イロモノバンド…ロックフェスの質を汚す様な真似だけは避けてもらいたい」 
「…おまけと思って臨むのが得策かも…って何コレェ!!ひど〜い!」 
「れいなが読んだら、この手頭ってライターをドツキにいきそうなの」 
「う〜ん確かに。これは内緒にしとこう」 

ただちに雑誌を戻し、コンビニを出る絵里とさゆ。 
そのまま待ち合わせのもっきんさん家へ向かう。 
その後二人がワゴン車を見て、れいなと同様に死を覚悟したことは言うまでも無い。 

「機材も全部積み終わったれすね。それじゃあ出発進行ぉ!!」 
「お、おぉ〜×3」 
「みんな元気ないれすね。大丈夫、この車と交通費も別料金にしとくのれす」 

(け、結構です!) 
…とはもはや誰も言えませんでした。命がけの旅の始まり。 


都内の某スタジオに響くギター音。そこへ一人の女が現れる。 
人の気配を感じてギターを奏でていた女は手を止めた。 
現れたキャップを深くかぶった女は、唇だけで笑みを造って見せる。 

「腕上がってんじゃん。美貴」 

ギターを奏でていた女――藤本美貴は小さくため息をついた。 

「今朝いい夢見て気分が良かったのに…よりによってお前か」 
「よりによってって何ぃ〜。まぁ、あんたの口の悪さには慣れてるけど…」 
「フン」 
「いい夢って何見たの?」 
「秘密。それより何の用だよ?わざわざ出向いてさ」 
「何の用って…今日ロックフェスじゃん」 
「関係ねぇ話だね」 
「アハハ、ラブラブミキたん♪」 
「…殴るぞ」 

キャップを深くかぶった女は、美貴の睨みをさらりとかわす。 
ただ者ではない。彼女は… 

「相変わらずヤナ奴だぜ…真希」 

かつて日本一のボーカルと称され、『85』で共に伝説を作った相棒。 
解散以来初めて、後藤真希が藤本美貴の前に現れたのである! 
ロックフェス当日の朝。 



四十四、傷心


もっきんさんの運転は意外にも(失礼)上手だった。 
負けず嫌いで、抜かれたらすぐ抜き返そうとする所を除けば…。 
ロックフェス会場への道のりも半分を過ぎた頃、さゆがポツリと呟やいた。 

「そういえば今朝、すごい夢見たの」 
「えっ?」 
「何億ってくらいいっぱいの人が見てるステージで演奏してたの。ドキドキしたぁ〜」 
「えええええぇぇぇ!!!!それうちも今朝見たと!同じばい!!」 
「嘘ぉれいなも!偶然?」 
「そんな偶然なか!これはきっと合格の予言たい!」 
「ヤッタァーすご〜い!!」 
「ちょっとちょっとちょっとちぃよ〜っと待ったぁぁ!!!!!」 

盛り上がるれいなとさゆの間に割って入る絵里。 

「…絵里見てないよ。そんな夢」 
「えっ?そうなの」 
「三人見てたら完璧やったけど…まぁ三人中二人なら十分すごか…」 
「ヤダヤダヤダ〜〜!!絵里も見るぅ〜!!」 

そのとき、運転席の辻がポツリ。 

「ののはダイブしたらすっごい遠くまで流されて、起きたらベッドから落ちてたのれす」 

「え?ちょっと待って。もっきんさんも見たと?」 
「うん。だから早起きしたの」 
「ヤッター!これで3人そろったっちゃ〜!」 
「そろってな〜い!!もっきんさんエリの分の夢とらないでよ〜〜ウワーン!」 

後ろから運転席の辻の首を掴んで揺らす絵里。 
揺れるワゴン車。 

「く、苦し!死ぬのれ〜す!!」 
「本当にうちらまで死ぬからやめると〜絵里!!」 
「だってぇ〜!!」 
「まぁまぁ。別に夢なんだし気にしない方がいいの」 
「するよ!絵里だけ見てないなんてヤダもん!今から寝てその夢見るから!おやすみ!」 

ふてくされて目を閉じる絵里。 
助手席のれいなは困った顔でさゆに目配せする。 

「…まだ時間もあるし寝かせといた方がよかね」 

本当に夢なんか関係ないのに…とれいなもさゆももっきんさんも思っている。 
誰も絵里を不必要だなんて思っていない。 
むしろ「れいにゃーず」は絵里のギターでもっていると言っていい。 
バンド結成以来、間違いなく絵里が一番成長している。 
そしてその進化は留まる勢いを知らない。それがイコールれいにゃーずの進化。 
オーディションの成功は絵里が握っていると言っても過言ではないのだ。 

普段は森林に包まれた静かな草原が、今日は日本で一番騒がしい空間に変貌を遂げる。 
すでにいっぱいに近い駐車場の片隅にワゴンを止め、機材を運び出すれいな達。 

「絵里はまだ寝てるの」 
「しょうがなかね。まだ時間はあるし、うちは先に受付行ってくると」 

出場バンドは予定時間までに、代表者が本部へ訪れることになっている。 

「さゆは絵里と機材を頼むばい」 
「もっきんさんは?」 
「到着と同時にヤキソバの屋台に走っていったと」 
「早っ」 

さゆは緊張でとても食欲がわいてこなかった。 
逆にお腹が痛くてトイレにいきたい気分だ。 
れいなが人ゴミに消えて一人になると、腹痛がさらにひどくなってきた。 

「絵里まだ寝てるの〜?ちょっとだけならいいよね」 
「おトイレ〜」 

さゆはトイレを探しに人ごみへと駆け出していった。 
数分後、ようやく起きる絵里。 

「あれぇ?誰もいない。おいていくなんて皆ヒドいよ〜」 

泣きそうな顔でワゴンを飛び降りる。周りは知らない人ばかり。 

(やっぱり絵里なんか…どうでもいい存在なのかな) 
れいなはずっと昔からロック一筋で、ステージに立つとカリスマ的存在感を放つ。 
さゆもピアノ界では名の知れた天才児で、そのテクニックは超一流。 
(私だけが素人で…足をひっぱっている様な…) 
みんなに迷惑かけて、勝手に居眠りして、結局あの夢を見ることもできなかった。 
(こんなんでオーディションなんか受けて…しかもトリなんかで…いいのかな) 

「うわぁ!」 
「っ?」 

絵里が落ち込んでいると、目の前でズベェっとすっころぶ娘が一人。 

「いったぁ〜い」 
「あの…大丈夫ですか?」 
「え?はい。あっ…すみません。大丈夫です。私ドジで…転ぶの慣れてますから」 
「…へぇ」 
「今日もメンバーのマコっちゃんとはぐれちゃうし…ほんとに私ってダメで…」 

変な人…と絵里は思った。 
とことん自己批判。まるでさっきまでの自分を見ている様で恥ずかしい。 

「出演者の人なんですね。大丈夫ですよ。私もメンバーとはぐれてますから」 
「え、そうなんですか!」 
「よかったら一緒に探しましょうか。あ、私、亀井絵里っていいます」 
「本当ですか!一人で心細かったんです。ありがとう。私は紺野あさ美です」 



四十五、stray cat


「何処行ったと、あいつら〜!!」 

本部で受付を終え戻ってきたれいなは、誰もいないワゴン車に罵声を浴びせた。 
見張りを頼んださゆも、居眠りしていた絵里まで消えている。 

「ほんっとに世話のかかる…」 

れいなは本部の隣にあった迷子呼び出しコーナーへ戻ることにした。 
しかし人の数が凄い。一体何万人いるのだろう? 
人が多すぎて携帯も使えない。確かにこれじゃはぐれない方が難しいが。 

「…って、迷子放送も並んでるっちゃ!!」 

迷子呼び出しに並ぶ列を見て、れいなはウンザリした。 
(こんなの並んでられなか!) 
よく考えたら、まだワゴン車に機材も荷物も置いたままだから、あそこにいるべきだ。 
れいなはまた戻ることにした。 
そうこうしてる内に、ステージの方から大音量が響き出す。 
(うわっ!もう始まっとー!) 
(一組目はアンメロやし…見逃す訳にはいかんばい) 
れいなはまた方向を変え、ステージの方へ駆け出した。 

ロックフェスは『Anniversary Meron』の「This is fate」でその幕を開けた! 
さすがアンメロ。一番手のプレッシャーを感じさせない堂々としたプレイだ。 
ステージ付近は一曲目から激しい盛り上がりを見せている。 

「やっぱライブはいいっちゃね〜♪」 

お祭り大好きれいなはさっそくそのタテノリに飛び込む。 
出場者であることを忘れ、完全に観客化してしまった。 

「Do you love? Can you assert it? How it says or shall I shadow it through life?」 

れいなの脳裏に浮かぶ柴田あゆみの台詞。 
「もう一度同じステージでライブしよう。そのときはこっちも真のアンメロを出す」 
(なぁ〜るほど。これが本当のアンメロ…) 
(確かにすごいっちゃよ!) 
くだらない悩みなんか吹っ飛んでしますこのパワー! 
(あ〜うちも早く歌いたか!) 

ウギュ! 
(おわっ!!) 
1曲目のアウトロ付近でノリ過ぎて、小さなれいなは前の人に吹っ飛ばされてしまった。 
はずみですぐ後ろの人にぶつかって倒れてしまう。 

「あっちゃ〜、すみません」 
「ううんええよ。元気いいの〜」 
「へへっ。元気だけがとりえやけんね」 

手をとって立ち上がる二人。 
ステージでは「this is fate」が終わり、曲間でボーカルの柴田が何かしゃべっている。 

「おっと間違い。とりえは元気とロックっちゃ!」 
「アハハ。おもしろい子やの。でも本当にロックっていいね」 

と言ってほほ笑む、少し年上のきれいなお姉さんって感じの女性。 
ぶつかったのに、ちっとも怒ったりしない良い人だ。 
(やっぱり!ロック好きに悪い人はいなかと!) 

「でもあのボーカルの人ステキやね。なんかオーラ感じる」 
「柴田さん。へへっ、実はうちあの人と知り合いやけん」 
「えーそうなのぉ!すごぉい!」 

アンメロの2曲目が始まった。 
またもアップテンポの楽曲「Now! Let’s become a lover」 
(ギターの大谷さんも、ベースの村田さんも、ドラムの斉藤の奴も、最高に熱か!) 
だが特に秀逸なのは新ボーカルの柴田あゆみだ。 
盛り上げる術をわかっている。確かに感じるかもしれない…オーラ! 
アンメロはその後、バラード曲「Perfeme」を完璧に歌い上げ、 
ロックフェスのオープニングを見事に飾って見せた。 

(ロックの頂点に立つには…あの人に勝たなきゃ) 
(うちにあるか、オーラ…そんなん分からん) 

れいなはそのままライブ観戦を続けた。 
たまにバンドについてさっきのお姉さんと会話をかわす。 

「このボーカルはイマイチっちゃね」 
「でもベースが上手いわぁ」 

そしていよいよ最初の大物バンドの登場! 

「次、Countryやよ!」 
「あ〜うちはあんま好きやなかと」 
「えぇー!私は結構好きやよ。実家思い出してジンとくる」 
「うちはもっと激しいのが良か。シスコムみたいな」 

シスコムはこの後登場する『Sun and Cisco Moon』の通称。 
ある人の影響でれいなもシスコムを聞き込んだ時期があった。 
もっともれいなにとってはシスコムもCountryもはるか上の人には変わりない。 

だが、あさみのドラムから始まる「First Happy Birthday」 
里田まいのギターリフ。そして斉藤みうなのボーカル。 
そのステージにれいなは思わず見とれてしまった。 
今までCountryにはそんなに興味もなかったのに… 
(これが第一線のプロのステージ!) 
圧倒されるれいな。 
その隣で、ぶつかったお姉さん――高橋愛はまったく別の感想をもった。 



四十六、大丈夫だよ


「も〜う。みんな何処行っちゃたの〜」 

おトイレからようやく戻ってきたさゆは、無人のワゴンを見て肩を落とす。 
(もうライブも始まってるし〜!) 
そこへ屋台のヤキソバを抱えて辻が戻って来た。 

「あれ、さゆ1人れすか?」 
「もっきんさん!れいなと絵里知らない?…って誰?」 

辻の隣に良く似た背格好の娘がもう1人、やはりヤキソバを抱えていた。 

「あいぼん。到着早々ヤキソバとは…考えることが同じなのれす」 
「腹が減っては戦ができひんやろ、のの」 
「いいんれすか?食いすぎて演奏できなくなるかも」 
「あいぼんさんの胃袋なめたあかんで。おかわりもできるがな」 
「ののらっておかわりとアイスもいけるのれす」 
「よーし。ほなまた屋台に戻ろか」 
「望む所なのれす。…というわけで、また留守番たのむのれす」 

辻と加護はヤキソバをほおばりながら、また屋台へと戻っていった。 
(一体なんなの〜?あのコンビ) 
(ウゥ…あの二人見てたらまたお腹が…おトイレ〜) 

その頃ステージは、唯一の海外招待バンド『coconuts』の登場で盛り上がっていた。 
しかし舞台袖ではそれ以上に怒りが盛り上がっている娘が1人。 

「コンコォ〜ン!!何処ほっつき歩いてんだ〜出番は次だぞぉ!!」 
「ごめんマコっちゃん、迷子になってました。でもこのエリちゃんに案内されて…」 
「ハハッ、エリも一緒に迷ってただけですよぉ」 
「言い訳はいいからとっとと準備しろ〜い!マジでヤバイだろ〜う!」 
「は、はい!」 

小川麻琴はスティックを上下に降りながら、トロい相方を急き立てる。 
せっせとセッティングを始める紺野にささやく絵里。 

「…怖い人ですね。怒りっぽいし」 
「ううん。マコっちゃんは優しいよ。本番前だから気が立ってるだけ」 
「なんかうちのボーカルにちょっと似てる…すぐ怒るの」 
「そうなんだ。じゃあうちとセッションしたらケンカになりそう」 
「いえてる〜アハハ!」 
「アハハハハハ」 
「笑ってねーでとっととしろい!!」 
「は、はいっ!」 

また小川に怒鳴られる紺野達。 
小川が人一倍ナーバスになるのも無理はない。 
ずっと憧れて目標にしていたドラマー吉澤ひとみと同じステージに立てるのだから。 
(今日!吉澤さんを越えるんだぃ!) 
どうみても無謀な目標を、彼女は絶対できると信じて燃えているのだ。 

「When embracing closely each other, I want to approach more」 

『coconuts』の「Ship in the zeal taking the future」が演奏されている。 
やはり日本人とは段違いのパフォーマンスに、会場の熱気も高まっている。 
出場者控えテントで聞く絵里も、想像を超えるギターテクに正直ビビっていた。 

「でもこの後ってのは本当にきつそうですねぇ」 
「あいうえお順のせい?マコ&コンにすれば良かった」 
「そしたら『Belize Atelier』の次ですよ。逆にやりにくくないですかぁ?」 
「本当ね。結局どこでも一緒ってことか。自分達次第」 
「うん、自分しだいです」 
「ありがと。絵里ちゃんと話せてちょっと気が楽になったかも」 
「それはよかった」 
「…うまくいく様な気がしてきた」 

紺野が笑顔になって、絵里は自分のことの様に嬉しくてほほ笑んだ。 

「きっと…大丈夫だよ。今朝、すてきな夢も見たし」 
「え…」 

夢…。またそのフレーズが…。しかも今度はまったく初対面の人から…。 
絵里の笑顔が強張る。 
『coconuts』ライブ終了の大声援が舞台袖にも響いている。 
立ち上がった紺野は、小川と目配せしてステージへ向かう。 
飛び立つ二人。 
残された絵里は無言で、じっと誰もいない宙空を見詰めていた。 



四十七、掌


ステージに上がった瞬間、視界に入る幾万という人のウネリ。 
それは紺野あさ美にとってもちろん未体験の世界。 
(こんなにいっぱいの人が…私なんかを見るの?) 
イケル…大丈夫…と思っていたのが甘かった? 
手足が震えて動かなくなった。 
(私に…できる訳ないです…こんな) 
場違い。 
(逃げ出したい。逃げ出そう。逃げ…) 
バンッ! 

「後ろつっかえてんだからぁ!早く行けよぅ!」 

モタモタしてると背中を思いっきり引っ叩かれた。マコっちゃんの掌。 
紺野は泣きそうな顔で後ろを見る。 
すると強気な相棒は紫色の唇で死にそうな顔してた。 

「バァカ!緊張してんのは自分だけじゃねぇーぞ!」 
「…無理だよマコっちゃん」 
「うるせっ!行くぞぃ!」 

小川は紺野の手首を強引にひっぱってステージへと駆け上がった。 
そのまま紺野の手を紺野の目の前に持ち上げる。 

「見ろ!」 
「…見ろって、私の手?」 

ベースダコとマメが潰れてボコボコの掌。 

「こんだけ練習したんだ!いつも通りやりゃいいんだよ!」 
「いつも通りだったら…ミスしちゃうよ」 
「じゃあ、いつもより上手くやりゃいいんだよ!」 
「そんなムチャクチャ…!」 

ムリヤリ勢いつけてドラムセットに座る小川麻琴。 
だが改めてその光景の凄まじさに圧倒される。まさに人の海。 
(他のバンドも皆…こんな所でやったのかよ…クソッ!) 
後ろで座っている小川より、1人前で立ってプレイする紺野の方がはるかにきついはず。 
(大丈夫だぁ!やりゃできる!できるはずだ!できなきゃいけねぇんだ!) 
もうガムシャラに小川はドラムを叩き始めた。 
紺野も慌ててベースをかき鳴らす。 
(コンちゃんはあんだけ努力したんだ!だからできなきゃいけねぇんだよぉ!) 
小川は誰より知っている。紺野の掌の意味。 
(バンド練習とバイトの合間にたった一人で作詞して、曲も作って…) 
(さらに寝る間を削ってまでベースの練習してんだ!あんな手になるまで!) 
(そんな奴が…できなきゃいけねえんだ!!) 
正直、バンドメンバーが皆やめていったとき、終わったと小川も思った。 
どこか他のバンドに転がり込むこともチラリと頭をよぎった。 
だけど、小川は残った。 
そこに残っていたのが紺野あさ美だったからだ! 

(こんなノレる曲作れんのは!世界でお前しかいねぇんだよ!!) 

「〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ!!!!!!!!!!!!!!!!!!」 

吼える小川。 
その歌声はお世辞にも美しいとはいえないが、魂がこもっている! 
二人分の魂だ。 
(いい感じ…マコっちゃん) 
今日の小川麻琴は今までにないくらいキレている。 
当たり前だ。こんな大きなステージは初めて。テンションが違うに決まってる。 
(だけど自分は…) 
まるで綱渡りの演奏。 
特にイントロと違い、小川が歌っているときはどうしても紺野のベースが目立つ。 
(失敗はできない。マコっちゃんの足を引っ張りたくない…) 
緊張と不安。見たくないのに見えてしまうオーディエンスの反応。 
色んな要素が紺野の焦りを誘う。 
紺野自身わかっている。自分の演奏は『coconuts』と比べ物にならない。 
どんなに頑張っても、明らかに下降しつつある観客のテンション。 
こころなしかステージ付近の観客数が減っている様な気がする。 
(気にしちゃダメ!わかってることだから…わかって…) 
―――――――――――――ボビピンッ 

「っ!!」 

ついにやってしまった。明らかなミス! 
一度現れたら止まらない。動揺という魔物が紺野の全身に増殖し始めた。 
(嫌!ダメ!まって!アアァ〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!!!) 

「なんか前の人、けっこー移動しとらんね?」 
「無名バンドだから…ここトイレ休憩にあてる人多いんやよ」 

真ん中へんで『coconuts』ライブに熱狂していたれいなと高橋愛。 
まったく赤の他人だが、なんとなくずっと一緒に見てしまっている。 
意気投合という訳でもないが、ボーカリスト同士、互いに色んな意見や感想が出てくる。 

「じゃあ今の内に最前に行くっちゃ!」 
「え?」 
「そしたら次のシスコムが最前列で見れるばい!」 
「あぁ…なるほど」 

紺野と小川の緊張など露知らず、うかれて人の波を突っ切るれいな。 
完全に一ロックオタ化してしまっている。 

「やったやった!最前列GETばい!」 
「…ていうか、私達以外みんな少し引いてる感じが…」 

確かにコン&マコの演奏はたいしたことない。 
ドラムはまあまあだけどベースがひどい。さっきから演奏ミスが目立つ。 
とてもここに立つレベルとは思えない。『coconuts』の後ではそれが余計に感じらる。 
まわりの観客も嫌味なほど明らかにテンションが違っている。 
(厳しいな〜。私も気を引き締めんとあかんの〜) 
その光景を見て自重する高橋愛。 
ところが1人だけ、本当に楽しそうに盛り上がっているバカがいる。 
言うまでもなく…れいなだ。 



四十八、サンキュー!!


「がんばれぇーー!!!!」 

声援が聞こえた。 
こんなに大勢いても、自分を応援してくれる人なんていないと思っていた。 
でもいた。 
(誰?) 
魔物に捕われ固まっていた紺野が、そっと顔をあげる。 
すぐに分かった。 
一番前で騒いでいる二人組の女の子。 

「がんばれぇぇーーー!!!!!」 

それが力になる。 
たった二人でも誰かが自分を応援してくれるという事が、紺野の力に。 
(やらなきゃ!) 
(ちゃんと見ていて…ちゃんと聞いていてくれる人が…いるんだ) 
(どうせ下手なんだ。せめて…思いっきり楽しんでやらなきゃ!) 
紺野は目を閉じた。 
妄想の中では、いつも世界一の歌姫になれる。 
(あんな風に…) 
(音痴だけどベースはいっぱいいっぱい練習したから…なれる!) 
自分が描いたメロディにノる。 
いつしか紺野の表情に笑みが浮かび出した。 

「ほら、いい曲ばい!」 
「…言われてみれば」 

高橋愛は隣ではしゃぐ娘を、不思議な目で見た。 
彼女がノッているとこっちまでノッてくるみたいな。 
そればかりかステージで演奏しているバンドまでノッてきてるみたいな。 

「よかとよぉぉーーーーー!!!!」 

気が付くと、周りにも人が集まり始めている。 
愛は考えを改めた。 
(彼女が言う通り、もしかするとこのバンド…本当にいいかも) 
演奏は下手だけれど、どこかに人を惹きつける魅力がある。 
そして、気が付くと歌を口ずさんでいる自分に気付いた。 
(歌?…この曲のせい?) 
ボーカリストの本能をくすぐらせる。 
愛だけじゃない。 
最初は反応の薄かった観客達が、メロディに聞き慣れてくる内、一緒に口ずさんでいる。 
れいなに至ってはノリノリで叫んでいる 
(フフ。本当に…おもしろい子やよ) 

世界がまだ見ぬメロディメーカー・紺野あさ美。 
偶然にも、彼女の曲を一番前で聞いていた二人こそ、彼女が求めてやまぬ歌い手。 
「ミリオンボイス」と「天使の歌声」 
この後、紺野はこの二人の歌と出逢うことになる…。 

「王佐の才…」 
「何か言いました?安倍さん」 

本部テントのスタッフルーム。 
安倍なつみがライブ映像を見ながら呟いたのを、マネージャーの新垣が聞き返した。 

「いや、おもしろい子だなぁって」 
「あ〜あのドラマー。確かにおもしろい顔っすねぇ〜」 
「違うからガキさん」 
「へぇ?」 

安倍なつみはここで全バンドのライブを見ながら、オーディションの選抜をしている。 
新垣里沙も隣で見ているが「これは大変な作業だ」と思った。 
資料と照らし合わせながら、全バンドの一人一人を細かくチェックしている。 
さっきからずっと無言で黙々と行なっている。 
そこで初めて口を開いたのが9組目のコン&マコだったのだ。 

「…あのベース」 
「下手な方っすか」 
「そうなんだよねぇ。ベースは矢口と比べる訳だし。まいったねぇ」 

ちっともまいってなさそうな笑みで、安倍は資料に何かを書き込んでいた。 
むしろまいっているのは新垣の方である。 
締め切り間際に安倍が強引にねじ込んできた後ろから二番目の変なバンド。 
ここだけがまだ到着の受付にも来ていないのだ。 
(いきなりキャンセルじゃ大問題っすよ〜安倍さん) 

「大成功」と呼べる代物ではない。 
けれどそのライブは確かに、不思議なドキドキを一部の観客に与えた。 

「ワアァァァァァァァァァァァァァァァ!!!!!!!!!!!!」 

いつまでも続く歓声に、誰よりドキドキしているのはステージに立つ本人達。 
コン&マコは見事に15分のステージをやり遂げる事ができたのだ。 
ステージを降りると共に号泣する紺野。 

「ウッ…ウェ…マコっちゃん」 
「って、なぁ〜に泣いてんだよぉ!!」 
「私…続けてよかった」 
「え?」 
「私…マコっちゃんとバンド続けてよかったです」 
「っ!!」 

テレ隠しに、無言で相棒の頭をグシャッとかき回す小川。 

「うひゃ!」 
「バーカ!泣くのは合格してからにしろぃ!」 
「あっ…そ、そうだね」 

小川は逃げるように控え室へ駆け込む。 
その鼻頭が紅く染まっている。 
(バーカ。それはこっちのセリフなんだよ) 
(サンキュー!!) 



四十九、好きな先輩


「Gotta make it love!!」 

ドォンッ!!と爆発するライブ会場。 
往年の人気ロックバンド『Sun and Cisco Moon』の登場である。 
もはや熟年の極みと呼べるギタープレイにれいなは酔いしれる。 

「いやぁ〜〜〜〜〜!!!貴姉ぇ〜〜〜〜〜〜〜!!!!!!」 
「…意外とミーハーなんやの」 

でも愛はそこまではっちゃけれるれいなが少し羨ましく思う。 
まだ冷静さの残る愛が注目するのはボーカルのみ。 
アジア系ボーカリストRuRu。 
ここでも愛は、『COUNTRY』のときと同じ感想を持った。 

「次の曲…ゲストとして招くはずだった…うちらの仲間に捧げます…『GET』」 

愛はチラリと時計を気にした。 
(そろそろあいぼんと約束した時間かな) 
出番までの時間、高橋はライブ観戦、加護は屋台巡りをしたかった為、別行動にした。 
そろそろ戻った方がいい時間である。 
(シスコム終わったら行こうかの) 
隣で熱狂している娘に、とても途中で抜けるとは言い出せなかった。 

大人のロックで観客を魅了するシスコムは、15分の演奏時間を見事に終える。 
なぜかシスコムで一番号泣するれいな。 

「うわ〜〜〜ん!!あつ姉〜〜〜〜〜〜!!!」 
「…そ、そんなに好きなんや」 
「思い出の曲ばい。よ〜しうちも負けずに頑張って歌うとよぉ!!」 
「…歌う?えっ?もしかしてあなたも出場するの?」 
「もちろん!れいなはロックンロールの頂点に立つ女っちゃ!」 
「アハハそうなんやぁ!実は私もボーカルで出るんやよ」 
「えーー!!本当にぃ!?なんてバンド?」 
「ダブルアイ」 
「う〜ん、聞いたことなかね」 
「れいなちゃんは?」 
「れいにゃーず」 
「………………………プ」 
「あーーー笑ったとね!今笑ったと!!ひどか!!」 
「笑ってないよ!笑ってない!でも、てことは…私達ライバルかなぁ」 
「おぉ。ライバルばい。なんか燃えるっちゃ!」 
「お互いがんばろうね」 
「にゃー!」 

ライバルだって…。 
このときはれいなも愛も冗談のつもりではしゃいでいた。 
今日という日が終わったとき。 
その運命を大きく違えることになるとも知らず。 
ほんの短い時間。この時間が二人の人生で唯一、同じ視点で笑い合えた瞬間だったんだ。 

「そろそろバンドのメンバーと約束してる時間なんやって」 
「あー!!忘れてたと!うちらもバラバラやったたい!」 
「じゃあ一緒に控えテント行こうよ。メンバーも来てるかもしれんよ」 

れいなは愛の意見に従うことにした。そしてそれが正解だったとすぐに気付く。 
テントの前にれいにゃーずのキーボードが待っていたのだ。 

「さゆ〜!」 
「あーれいなぁ!!何処行ってたのぉ?探したんだか…!!」 
「悪かったと。ついライブに夢中になって…って、さゆ?どーしたと?」 
「あ……あ…………」 
「震えてるとよ?あーそうそう、途中で他のバンドのボーカルと仲良くなって…」 
「……あ……あ……」 
「もしかして…さゆみちゃん?」 
「にゃ?」 
「…高橋先輩」 
「はにゃ〜〜〜〜〜???知り合い??」 

さゆに高橋愛を紹介しようとしたれいなが、逆に驚くことになる。 
だがさゆと愛の驚きはその比で無い。 
さゆは愛が出場することも知らなかったし。 
愛に至っては、さゆはピアニストの道を歩んでいると思っていた。 
二人を再びひき合わせたのはロックの神か悪魔か? 
さゆは戸惑う。 
(もし今、高橋先輩に…もう一度一緒に演ろうって誘われたら?) 
(私は…先輩とれいな…どっちを選ぶの……?) 



五十、絡み合う因縁


「いや〜本当にビックリやわ〜。こんな所でさゆみちゃんに会えるなんて」 
「わ、私もなの」 

胸がドキドキしすぎて、さゆはまともに高橋愛の顔を見れなかった。 
(先輩の口から…また一緒にって言われたら…) 

「ずっとさゆみちゃんが練習つきあってくれたおかげで、歌も上達したんやよ」 
「そんな…先輩は昔からすっごく上手だったの」 

(私から先輩を奪ったロックが大っ嫌いって…言ってた) 
(けど本当は違うの) 
(うらやましかったの) 
(先輩の心をギュッと捕らえた、ロックンロールに嫉妬していただけ) 
(ロックを始めたのも…きっと何処かで…また先輩と一緒に…) 
(一緒にできたらいいなって…高橋先輩と…) 

涙をこらえて顔を上げるさゆ。 
しかし目の前にいる高橋愛の視線はすでに別の方角に向けられている。 
さゆみではない。さゆみの知らない別の娘。 

「あぁ!あいぼんも来た!」 
「っ??」 
「おーい!こっちやよー!さゆみちゃん。れいなちゃん。あの子が私のパートナー」 

辻を伴って、アイスをほおばりながら歩いてきた加護亜依。 
振り返ったれいなとバッタリ目が合う。 

「にゃぁ〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!!!!!!」 
「ほふぁふぇはこはいはふぉ!!!」 
「え?知ってるの?」 

今度は愛が目を丸くする番であった。 
まさかれいなとあいぼんが知り合いだったとは…。 

「お前はこないだのぉ!!…何やったっけ?」 
「れいなっちゃ!この物真似ギタリスト!!」 
「誰が物真似ギタリストやねん!!」 

(あってるのれす) 
(あってるんやよ) 
こうなると「れいにゃーず」と「ダブルアイ」の因縁もただ事では無くなってきた。 
どうにも折の合わないれいなと加護の間に、辻が割って入る。 

「まーまーケンカはいけないのれす」 
「ケンカしてへんで、のの」 
「ケンカしてなか、もっきんさん」 

すると今度は、高橋が辻に声をかけた。 

「もしかしてアナタが辻さんですか?あいぼんからよく話に聞いているんやよ」 

するとなぜか辻は、れいなの後ろに引っ込んでしまった。 
高橋愛……あいぼんの口から最高のパートナーと言わせた女。 
彼女は何も悪くないって分かっているけど…どうしても気を許せなかったのだ。 

「ののは意外と人見知りしよるから」 
「そうなんや」 
「それより博多弁。ギターのエリって奴はおらへんのか?」 

なぜか加護が絵里の名前だけ覚えていることに、れいなはまたムッとした。 

「来とーと。今は別行動しとるだけたい」 
「ほな伝えといてぇや。どっちのギターが上か、ここではっきり教えたるって」 

加護の宣戦布告。 
もちろん、黙っていられるれいなじゃない。 

「絵里はお前なんかに負けなか!絵里はロックの頂点に立つギタリストばい!」 
「言い過ぎやで博多弁。まぁ、答えはステージの上で見せたるわ」 

余裕の笑みを浮かべたまま、控えテントへと歩み去る加護。 
高橋愛は慌ててその後を追う。 
その前に、加護がいる間ずっと黙ってうつむいていたさゆの肩をポンと叩く。 

「じゃあ。お互いがんばろうね。さゆみちゃん」 
「…は、はい」 

高橋愛は満面の笑みで、さゆの元から去っていった。 
(…お互いがんばろうね) 
結局、一度も…ほんのひとことも…「また一緒に」って言葉は言ってくれなかった。 
自分じゃない別の誰かをその隣に選んで。 
(やっぱり先輩にとって…さゆなんて…) 
(どうでもいい…足手まといで…ちっぽけな…存在なの?) 

さゆの両眼から大粒の涙がこぼれ落ちる。 
それに気付いたれいなが慌てて、近寄った。 

「わ、わ、わ、わ!どうしたと?さゆ!」 
「…無理なの」 
「へ?」 
「もう無理なの。私達じゃ絶対に…先輩達に勝つことなんてできないの!」 
「な、何言ってると!さゆ!」 
「れいなは知らないから!先輩の歌声を知らないから!!」 

いつも冷静なさゆみが、これだけ取り乱すことにれいなはショックを隠せなかった。 
泣き崩れるさゆみをもっきんさんと二人で抱きかかえる。 

「さゆなんて…やっぱり…いらな…」 

小さく呟きながら、さゆは意識を失いガクッと倒れこんでしまった。 
れいにゃーずに立ち込める暗雲。 
失踪する絵里。倒れるさゆ。 
そんな中、最大のライバルとなった『II』のステージが、始まろうとしていた。 



五十一、NIKEYの3人


ロックフェス運営スタッフテントの一つに吉澤ひとみが姿を見せた。 
オーディション判定を行なっている安倍と新垣の所だ。 

「ちわ〜っス」 
「吉澤さん!ここは関係者以外立ち入り禁止ですよぉ!」 
「まぁまぁおマメ、固いこと言うなって。ここのテレビが一番音いいんだよ」 
「当たり前じゃないっすか!オーディションの採点してるんですよ!」 
「ソロだからって部屋で1人で見てるの寂しいじゃん。ねぇ安倍さん」 
「まぁいいべ。吉澤ひとみが普通に外にいたら騒ぎになるべさ」 
「さっすが安倍さん、話せるぅ」 
「でも採点手伝ってもらうべさ。ドラム以外の」 
「うえぇ〜〜〜〜じゃあいいや。次のダブルアイだけ見たら退散しやすよ」 
「ダブルアイ?それが目的」 
「まぁね。幼馴染の妹分が出てるんすよ」 
「そんなコネで採点甘くしませんからね〜吉澤さん」 
「分かってるって。…ったく、おマメはコネコネうるせえなぁ」 
「んなっ…言っていいことと悪いことが…○×△■*%!!!!!!!」 

ギャーギャー騒ぎ出した新垣をほっておいて、安倍の隣に座る吉澤。 
さすがの吉澤もいつもよりソワソワしている感がある。 
安倍はクスリと笑ってモニターに視線を戻し、口を開いた。 

「新垣ぃ。ひとつ仕事を頼まれてくれるぅ?」 

れいにゃーずの様な無名バンドと違い、大物バンドには高級ホテルが手配されていた。 
特に『NIKEY』は各メンバーの寝室と待機部屋の合計4部屋という特権。 
忙しい安倍なつみより良い待遇なのを見て、新垣はほっぺを膨らませた。 
(うぅ〜ヤな仕事ぉ。苦手なんだよな〜NIKEY) 
出番まで一時間をきったというのに未だに全員ホテルにいる。 
安倍なつみに指示された仕事は、そんなNIKEYの3人にステージの中継を見せること。 
待機部屋には専用のモニターが設置されているらしい。 
新垣は恐る恐る、待機部屋をノックする。 

「失礼しま〜す」 

扉を開けてさらにビビる新垣。 
目の前にいたのが般若の様なデスメイクの保田圭!! 

「誰あんた?」 

悲鳴をあげそうになるのを堪えて、口を開く。 

「安倍なつみのマネージャーです。そろそろお時間で」 
「矢口ぃー時間だって!!」 
「まーだだよ〜」 
「…ったく!メイク遅ぇんだよ、あいつはぁ!」 
「おめぇに言われたくねえってさ」 

保田圭の目がギロリと動く。 
タバコをくわえながら、ソファでギターをいじっている市井紗耶香に。 

「なんか言ったか?紗耶香」 
「べ〜つに」 
「チッ!」 

バコッ!!とソファに蹴りを入れる保田圭。 
それでギターをいじっていた市井紗耶香の手がピタリと止まる。 
殺し屋みたいな視線でこっちを睨みつける。 
(わ、わ、私じゃないっすよぉ〜〜蹴ったの保田さんですからぁ!!!) 
新垣はもうドアの前で固まるしかできなかった。 

「おっまたせ〜!!!」 

そんな空気の中、異様に高いテンションで洗面所から出てくる矢口真里。 
いつもはおっかないと思っていたけど、この場ではまるで妖精さんに見えてくる。 
堪らず矢口の耳元に駆け寄る新垣。 

「あ、あの〜お二人、ケンカしてるっぽいんスけどぉ…」 
「あーあー気にすんなよ。そんなの日常茶飯事だから」 

ガジャジャンッ!!!!!!!! 
持っていたギターを壁に投げつける市井紗耶香。 

「も〜う紗耶香。それで今月三本目ぇ」 

呆れた様に頭をかく矢口真里。まったく気にせずドリンクを飲む保田圭。 
(これが日常茶飯事っすか〜〜〜!!!) 



五十二、加護亜依の独壇場


ロックフェスの折り返し地点。 
前半戦ラストとなる15組目・『II(ダブルアイ)』の登場。 
ステージ衣装を身に纏い、並ぶ二人のアイ。 

「いよいよやな〜」 
「いよいよやよ」 
「愛ちゃん。どやった?他のバンドを見た感想」 
「あのねぇ。こんなこと言うと自信過剰とか思われるかもしれないけど」 
「うん」 
「思ったほど…たいしたことないって」 

それを聞いた加護はニィと歯を見せて笑う。 

「そりゃそうや」 
「なんでぇ?」 
「毎日毎日うちのギターばっかり聞いとんねんで。耳も肥えるわ」 
「!!」 

自慢のダブルネックギターを肩にかついで、加護は1人で階段に足をかける。 

「ほな予定どおり行こう。うちらの伝説の大事な一歩や」 

会場の後方、すでに出番を終えたコン&マコの姿があった。 

「あれ〜。絵里ちゃん、何処に行っちゃったのかなぁ」 

ライブを終えた後、控えテントから絵里がいなくなっていた。 
紺野はそれを気にして探し回っていたのだ。 
(お礼を言いたかったのに…) 
相方の小川は、心配性すぎる相方に呆れている。 

「もぅいいじゃん。それよりせっかくなんだしライブ楽しもうぜぇ!」 
「私、何か気に触ること言ったのかなぁ……」 
「だ〜か〜ら〜気にすんなよ。紺ちゃんは変なこと何も言ってねえんだろ」 
「うん。マコっちゃんが怒りっぽいって話と、いい夢見たよって話だけ」 
「コラァ!勝手に変な話すんな!」 
「うひゃあ、ごめんなさい」 
「まぁいいや。で、夢ってどんなの」 
「あ、えっとね…オモチと焼肉と中華とケーキと…とにかくいっぱい食べ放題で…」 
「あ〜もういいもういい。きっとそれが原因だ」 
「え〜〜〜でも夢の内容までは言ってないよ」 
「なんか腹へってきた。屋台行くか」 
「行くっ!!」 

メシの話をすると、たちまち機嫌の直る紺野。 
屋台へ駆け出そうとしたとき、ステージから聞こえてきた音に足を止める。 

「ねぇマコっちゃん。今ってCOUNTRYの番だっけ?」 
「バーカ何言ってんだ。COUNTRYはうちらの前でとっくに終わっているだろ」 
「でも、このギターの音って…」 
「え?」 

紺野と小川がステージの方へ振り返る。 
ステージの上にはたった一人、自分たちと年端も変わらない小さなギタリストのみ。 
けれどその音色はまぎれもないCOUNTRY里田まいの音。 
ざわめく観衆たち。 
もちろんCOUNTRY本人達もその演奏を聞いている。 

「まい!これって…あんた?」 
「んな訳ないでしょ!!ここにいるから!」 

とうてい信じられない。自分のテクどころか細かいクセまで再現されている。 
だが驚くのはこれからであった。 
突如、和やかな演奏がスピーディーで激しいリフに変化する。 
(coconuts!!) 
日本人には困難とされるミカの独特なタッチが…いとも簡単に!! 
倒れたさゆをテントで寝かせたれいなともっきんさんも外で聞いていた。 

「ま、まさか…あの関西弁…!!」 
「あいぼんっ!!」 

ギィギャアギャギャアギャギャギャー!!!!! 
たった一人で全部のメジャーバンドに喧嘩を売る気か!? 
こうなったら怪物ギタリスト・加護亜依の独壇場は止められない。 
れいなの敬愛する『Sun and Cisco Moon』稲葉貴子の音へ! 



五十三、七色のリフ


ホテルのテレビにて、ステージの様子を観覧する『NIKEY』の面々。 
映るのはシスコムの稲葉貴子のプレイを披露する加護亜依だ。 

「くだらねえ。ここはモノマネ大会じゃねぇんだぜ」 

市井は壊したギターと新しいギターを取替えながら呟いた。 
梅コブ茶をすすりながらニヤリと笑うデスメイク保田。 

「そのうち紗耶香のもマネるんじゃない?この子」 
「他の奴等と一緒にすんなババア」 

またガンを飛ばしあう市井と保田。怯えた新垣は矢口の肩にしがみつく。 
しかし矢口はモニターの中の娘に夢中でまるで反応しない。 
(矢口さん……) 
次の瞬間、再び世界が変わる。 

「…っだと!!!!!」 

市井紗耶香が叫ぶ! 
速く!鋭く!危なく!攻撃的なそのギタープレイ!!! 
矢口真里の口から漏れたその言葉が衝撃のデカさを物語る。 

「おいおい…NIKEYの市井紗耶香。そのものじゃんかよ…」 

ゾクゾクゾク…!!!!! 
シビレル様な興奮が、会場中に広がってゆく。 
どこまでいく気か? 
この加護亜依という小さな娘は、たった一人でどこまで駆け上がってゆく気か!? 
(こっからやで…お客はん!!!) 
ペロッと舌を出す加護亜依。 
(年齢が上なだけで、梨華ちゃんとヨッスィーが先にデビューしてスターになって…) 
(幼馴染やのに置いてかれたうちの気持ち!分からへんやろ!!) 
(こちとらそのウズウズをあれからずっと…タメとんねん!) 

「三倍にして返したるわっ!!」 

ギャギャギャギャギャ!!!ギュルルルギィィィギィィォン!!!! 
市井紗耶香から、四度、変化するギター音。 
しかも今度は一度に二種類のリフが聞こえる。 

「あ、ありえない…」 

誰もが驚嘆する。 
それは『Belize Atelier』のツインギター熊井友理奈と徳永千奈美の音。 
一人で二人分のパートを演奏しているのである。 
もはやモノマネの領域を超えている。天才…の領域。 

やがて、会場中の驚嘆は期待に変わる。 
これまで六名のメジャーギタリストを演奏してきた。 
次は…七番目の音は…今や伝説と化したあのバンドのあの女のギターか!? 

「次でおそらく最後。覚悟しとけよ安倍さん」 
「覚悟?そんなもんとっくに吹き飛ばされているべさ」 

安倍なつみの額に大粒の汗が浮かんでいる。 
未だかつて、彼女のそんな顔を見たことは無い。 
吉澤も想像を遥かに上回る妹分のステージに顔をひきつらせていた。 
(いつまでもガキだと思ってたけど…ちょっと見ねえ間に…亜依のヤロウ) 
(美貴と亜依か…。やれやれ、どっちにつけってんだよ) 
そして安倍なつみと吉澤ひとみの耳に、日本一の音が蘇る。 

ギャヴォヴォヴォヴォヴォォォギャヴォヴォヴォォォギャヴォヴォヴォォ!!!!! 

謎の解散から一年。 
もう二度と聞けないかもと…伝説となったあのギターリフ。 
それがまだあどけなさの残る少女の手により、今再び! 
藤本美貴の音。 
それが会場にいるほとんどの人間のスイッチを解き放った。 
堪りかねた様に吐き出される大歓声。 

「ワアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!」 

その大歓声は、会場はおろか会場の外の山や森にも響き渡った。 
関係者様の出入り口駐車場となっているその空間にいる娘にも…。 
圧倒されて森を挟んだ向こうのステージを振り返る。 
(……!!!!) 
亀井絵里は言葉もなく立ち尽くしていた。 

逃げるつもりなのか、そうじゃないのかさえ分からない。 
ただ足が勝手にステージと逆方向へ向かわせたのだ。 
自分だけ夢を見れなくて… 
自分という存在の小ささを改めて思い知らせて… 
(こんな凄い人に…勝てる訳ないよ…) 
絵里はしゃがみこんで叫ぶ。 

「勝てる訳ないよ!」 

「勝つよ!」 

(????) 
絵里はフィッと横を見る。 
他に誰もいないと思っていた関係者出入り口。 
ニット帽にサングラスの娘。いつのまにか隣にその変な人はいた。 

「今のミキたんはもっと凄いもん!!」 

誰に対してか?変な人はそれだけ叫ぶと、ぷいっと出口の方へ行ってしまった。 
どこかで聞いたことのある声だとも思ったが、今の絵里にそれを思考する気力も無かった。 
ステージからはギター音と大歓声が響き続ける。 
こんな中途半端な時間帯に誰も使用しないはずの関係者駐車場。 
落ち込んでしゃがみ込む亀井絵里と、出口で誰かを待っている変な人。 
奇妙な空間と成り果てたその場所に待ち人はまだ来ない。 

一方、大熱狂のステージへ続く階段、裸足の天使がいよいよその一歩を踏み出す。 



五十四、沈黙の世界


大歓声の中、ギターの音を止める加護。 
ダブルネックギターをおろしてステージ袖へ歩き出す。 
純白の衣装を見にまとった娘が、反対側から歩いてきた。 
加護亜依の顔は、これまでのどの瞬間よりも熱くできあがっている。 
それを見た高橋愛は胸の奥から熱いものがこみあげてきた。 
(うん…) 
二人は無言ですれ違う。 
言葉はいらない。 
加護は汗まみれの顔に笑みを乗せて、ステージを降りた。 
与えられた演奏時間の三分の一、5分間を堪能しきったのだ。 

今度はステージにたった一人、純白の衣装の娘が取り残される。 
ギターも何も持っていない。素手の素足。バックの演奏も何もない。 
一本のマイクスタンドと、ボーカリストとしての肉体。 
ただそれだけが何万人の観衆がみつめるステージに存在する。 
ド派手な演出で観衆を魅了したギタリストがいなくなり、あの歓声ももう無くなっている。 
代わって現れた娘が何をするのか、息を殺して待っている状況。 

「歌うんれしょうか?」 

辻が聞いた。 
どうしても気になるあいぼんの選んだパートナー。 
れいなは首を振って答える。 

「まさか」 
「…れすよね」 
「これだけ盛り上がっとー雰囲気の中、たった一人アカペラなんてバカたい」 
「…れすよね」 
「せっかくの熱気を冷ますだけたい」 
「…れすよね」 

何度も何度も、言い聞かせる辻。 
だけど、どうしてだろう…不安が消えないのは。 
(100年に一人の歌姫や。二人でロックの頂点に立つ約束をした) 
あのセリフだ。 
あいぼんの言ったあのセリフ。 
辻は遠いステージに立つ、親友のパートナーを見やる。 
(100年に一人の歌姫) 
安易な表現だ。この100年にそういう表現をされた歌手が一体どれだけいたことだろう。 
だけど辻の震えは止まらない。 

そして、高橋愛はその唇をマイクの前に合わせる。 
まるで口付けをする様に、目を閉じて、右手を軽く胸の前に添える。 
愛の上唇と下唇が離れた瞬間、 

「…―――――――――――――――――♪♪♪」 

天から地上に舞い降りた歌声によって―――――――世界はその色を変えた。 

「!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」 

人は本当に驚いたとき、何もできなくなる。声も出ない。 
ソレが起きた。 
その場にいた数万人。同時にその全員に、ソレが起きた。 
右から左まで見渡す限りの人の波。全員が何もできなくなった。 

全員が……言葉を失った。 

これだけ広い空間で、これだけ大勢の人間が居合わせる場で、 
その瞬間、音はたったの一つだけ。 
高橋愛の歌声だけ。 
他には何も聞こえない。この世とは思えない世界。 

愛の歌声、それだけの世界。 

「上手い」や「美しい」というほめ言葉がでは、形容するに値しない。 
およそその場に居合わせる人々に表現なんて求められよう世界でなかった。 

沈黙。 

それだけが唯一つ残された、その歌声への形容。 
あれだけ騒いでいた人々が沈黙した。 
声を出さないのではない。出せないのだ。 
沈黙の世界に天使の歌声は響き続ける。 

田中れいなも辻希美も… 
安倍なつみも吉澤ひとみも… 
矢口真里も市井紗耶香も保田圭も新垣里沙も… 
紺野あさ美も小川麻琴も… 
亀井絵里も… 
すべての人々が… 

高橋愛の奏でる歌声に、心を奪われた。 

ステージ袖で嬉しそうにほほ笑む加護亜依を除いて。 
耳を塞いで「ミキたんミキたんミキたん…」と呟き続ける変な人もついでに除いて。 
それ以外のすべての人間が行動を止めた。 

「先輩……」 

道重さゆみが目を覚ましたとき、世界は止まっていた。 
控えテントのベッドで横になっていて、聞こえてくるのはその声だけ。 
もうさゆみの知っている先輩の歌声じゃない。 
はるか高みから聞こえる声。 
ロックが変えた。 
ロックが高橋愛の歌声を完全無欠で最高のものに染め上げた。 
(あの頃の…私と唄っていた先輩は…もういない) 
瞳にいっぱいの涙をためて、決別を決意するさゆみ。 
世界中の誰よりも自分が一番先輩の歌声を知っている。 

「私が……先輩と戦います」 



五十五、loving


最初の5分を加護が。次の5分を高橋が。 
そして最後の5分、ついにダブルアイの二人が同時にステージに立つ。 
曲は二人で作ったバラード「loving」 

「い〜つ〜ま〜で〜も二人でならば〜人生〜楽しんで〜いけそ〜うだ〜ね〜♪」 

高橋愛のソロで沈黙していた観客が、今度は純粋にライブを楽しめる。 
自我の強いギターとボーカルが驚くほどかみ合うのだ。 
ソロのときと違い、加護も高橋も思いっきりライブを楽しんでいるから。 
それに… 

「いい曲だ」 

めずらしく吉澤が演奏ではなく曲を褒めた。 
それに安倍も相槌をうつ。 

「そうね。けど…もう1ピース加えたら…きっともっと最高になると思う」 
「どんなピースだい?天才プロデューサーさん」 
「なっちにもまだ分からないべさ」 

加護がひく『藤本美貴』のギター。 
そして『高橋愛』のボーカル。 
果たしてこの曲を完成させる3つ目の『ピース』とは? 

こうして『II(ダブルアイ)』のライブは圧倒的成功を収め、幕を閉じた。 
高橋愛と加護亜依。二人のアイを世界が知った。 
数万人もの観客のいる空気を間違いなく、二人の色に変えてしまった。 

「…凄いです。あんな凄い人達がいるんですねぇ」 

紺野あさ美もまた変えられた一人。 
(ハァ〜あんな人に…私の曲を歌ってもらえたらなぁ…) 

「なぁにボーっとしてんのぉ?腹減ったよコンちゃ〜ん」 
「もうマコっちゃんったら。こんな凄いライブを見たら胸がいっぱいだよぉ」 
「腹と胸は違うってぇ〜ほらいくぞぉ〜!!」 
「……」 

変えられてないバカもいる。 

「愛ちゃん!良かったとよぉぉぉぉぉ!!!」 
「れいな。ライバル応援してるのれす」 
「だってうち感動したっちゃよ。泣きそうやもん」 
「さっき一人アカペラなんてバカって言ってたのに…」 
「よかもんはよかと!うちは音楽を愛しとーと!」 
「でもダブルアイが合格したら、れいな達は不合格になるんれすよ」 
「それはそれ。人は人。れいなはれいな!自分達も最高のライブすればよかたい!」 
「強引…でもれいならしい。わかったよ〜ののも最高の応援するのれす!」 
「うん。頼むとよ!もっきんさん!」 
「でもその前に絵里ちゃん探さなきゃいけねーのれす」 
「にゃー!!また忘れてたと!!絵里ぃぃ!!」 

ダブルアイの後。 
つづく16組目17組目はその空気に呑まれてしまい、まともな演奏もできず終わった。 
もはやロックフェス会場はダブルアイ一人勝ちムードに染まっていた。 

「あーあ。かわいそう。このムードでライブはやってられねぇよな」 
「へ〜、ヨッスィーでも嫌なんだ?」 
「嫌っすよ。私だって一応緊張くらいしますって。あー早く誰かムード変えねえかなぁ」 

そこへ新垣が戻ってくる。 

「ハアァハァ…NIKEYの方、なんとか間に合いました〜」 
「ありがとう新垣」 
「おマメ、おつかれ〜」 
「ウゥ〜のん気な顔してぇ〜。本当に怖かったんですからぁ!!」 

泣き叫ぶマネージャーをよそに、嬉しそうに笑みを浮かべるプロデューサー。 

「そりゃ良かった。ムードを変えてくれそうだべ」 
「そういうムードはもっと嫌なんスけど…」 

(ダブルアイが、あの三人を本気にさせてしまったべさ) 
(さぁて…どうくる?) 
プロデューサーの安倍でなくても期待しない訳にはいかない。 
現役最強ロックバンド『NIKEY』登場! 
完全武装の保田圭・市井紗耶香・矢口真里がいよいよステージへ!! 



五十六、谷間のバンド


『85』デビュー以前、ロックは冬の時代であった。 
そういう時代に現れたのが『NIKEY』の三人。 
矢口市井保田がロックンロールを盛り上げ、それがロック黄金時代の礎を築いたのである。 
『COUNTRY』や『coconuts』など有望バンドが多数出現して時流は盛り上がり、 
ロック黄金時代の頂点は『85』にて完成される。 
だがそんな黄金時代の終焉は、皮肉にも『85』の解散という形で訪れる。 
時代のニーズの流れは早い。 
かつてあれだけ騒いでいた人々も、一人また一人とロックから離れていく。 
そういう谷間の時代でも…わが道のまま支持を得つ続けたのが『NIKEY』だ。 
いつしか彼女達はこう呼ばれる様になった。 

谷間のバンドと…。 

「ケエエエエェェェェェェェェェェェェェェェェェェェィィィィ!!!!!」 

保田圭の恐ろしいシャウトと市井矢口の演奏で、人工的な地震が起こる。 
何万人という人々が一斉に飛び跳ねて起きた局地的な人災だ。 
加護亜依は額にいっぱいの汗を浮かべて、その圧倒的なステージに目を輝かせた。 

「みてみい。愛ちゃん」 
「え?」 
「もう誰もうちらのことなんか覚えてへんで」 

熱狂する観客達。 
待ち望んでいたものがきたという顔。 
あちらこちらでダイブする姿が見受けられる。 

ギュギュギュィィィギャギャギャァァァァ!!!!!! 

特に市井紗耶香のSGのキレが半端じゃない。 
加護に傷つけられた人一倍高いプライドが、彼女本来の闘争心を駆り立てたのだ! 
そして『妖怪』と称される保田圭のボーカルは相変わらず人間離れしている。 
高橋愛は、自分と180度スタイルの違うこの人の中にも学ぶべき所を感じる。 

「けどなぁ、うちが一番憧れとんのはあの人やねん」 

加護の大きな黒目の中に移る小さな影・矢口真里。 
暴走しまくる市井紗耶香のギターと保田圭のボーカルを、 
曲としてまとめあげているのは、まちがいなくこの人のベースである。 

もちろん、矢口真里という人はただの柱で収まり切れるほど、できた女ではない。 
ベースのクセに一番の目立ちたがりで問題児なのだ。 

「いっくぞ〜〜〜〜!!!!」 

矢口のベースの先から飛び出すプリズムライト! 
もはやライブのお約束。無条件で盛り上がる最高のパフォーマー! 
数万人が一斉に叫ぶ! 

「セクシーーーーーーーーー!!!ビーーーーーーーーーム!!!!!!!!」 

矢口のセクシービームが決まってしまえばNIKEYのライブはもう誰にも止められない。 
普段は喧嘩ばかりの3人がステージの上では1つになる。 
これが現役最強バンド。加護や高橋が子供の頃からトップに君臨しつつある者たち。 
それは生半可なことではない。3人ともが本物の実力者であるということ。 

『My struggle』(作詞作曲:市井紗耶香) 
『Kei2011』(作詞作曲:保田圭) 
『145cm of frenzy』(作詞作曲:矢口真里) 

曲リストを見ただけで背筋がゾクゾクしてくる。 
いずれも説明不要の大ヒット曲ばかり。 
それが3人のメンバーそれぞれにあるというのがまた歴史の重みを感じさせる。 
もちろんこれら以外の名曲も、3人は幾つも書き上げてきた。 
ダブルアイはこういう人達に勝負を挑んだのだ。 

『れいにゃーず』は…こういう歴史に挑もうとしているのだ! 



五十七、ヘッドライト


大きな満月が夜空に浮かぶ。 
いつの間にか辺りもすっかり暗くなっていた。 
ロックフェスも終盤を迎えている。 
ただステージの上だけは、止まる事の無い輝きと熱に満ちている。 

「スッペシャ〜ルジャネレ〜ションLOVE♪」 

『Belize Atelier』が若さに任せた勢いで華やかなステージを彩っていた。 

「さすがに若すぎるねぇ」 

安倍なつみも苦笑を浮かべるしかない。 
すると、ずっと隣にいた吉澤がようやく立ち上がりストレッチを始め出した。 

「さぁ〜て、そろそろ準備すっかな」 
「お、ヨッスィー期待してるべさ」 
「まかせとけ」 

まかせた。と安倍なつみは思っている。 
というのも吉澤ひとみの後に続くはずの二組がどうにも心配なのだ。 
『LOVE LOVE MIKITAN』は来るかどうかわからないし。 
『れいにゃーず』もメンバーが行方不明という情報が入った。 
最悪の場合、吉澤一人でこの祭りを締めてもらわなければならないかもしれない。 

「もっきんさ〜ん!絵里ばいたと?」 
「ううん。れいなは?」 
「いなか。も〜〜う絵里は何処いったっちゃね?」 

昼間から行方不明の絵里を探し続けていたれいなともっきんさん。 
さすがにそろそろマジでやばい雰囲気が漂う。 
二人は一度、控えテントに戻ることにした。 
もしかすると戻っているかもしれないし、倒れたまま寝かせていたさゆも心配だった。 

「さゆー!だいじょう…ぶ?」 
「れいな、遅いの」 

ベッドで寝ていると思っていたさゆは、とっくに起きていて一人で機材の整備をしていた。 
その顔はいつになく真剣そのもの。 
(あれ?さっきまで「勝てないの」とか言っとっちゃに?) 

「ねぇさゆ。絵里はまだ戻って…」 
「それよりリハも無いぶっつけなんだから、準備は万全にしとくべきなの」 
「それよりって…絵里がいなか始まらなか!!」 
「絵里は来るよ!私は信じている」 
「…!!」 

(だって絵里は…私と同じ魔法にかかっているんだから) 
さゆみにもうれいにゃーずしか無いのと同じ。 
絵里にもれいにゃーずしか無いのだから。 
(どんなに迷っても、どんなに落ち込んでも、絵里はここに戻ってくる!) 

その頃、絵里はまだ関係者専用駐車場でうずくまっていた。 
一体どれくらいの時間こうしていただろう。 
(みんな、私のこと探してるかなぁ) 
(みんな、怒ってるかなぁ) 
(迷惑ばっかりかけてる。分かってるよ。だけど…ダメなの。エリは…) 
今ではどうしてここで膝を抱えているのか、わからなくなっていた。 
みんなが見ていた同じ夢を、自分一人だけ見ていないから? 
加護亜依を初めとした数々のギタリストの演奏に、自信を失くしたから? 
今更戻って、どんな顔すればいいのか分からないから? 
(あんなに…あんなに…練習したのにぃ…) 
また涙が止まらなくなる。 
膝を抱えている指がクネクネクネクネ暴れ出す。 
わかっている。本当は絵里だって… 
ギターがひきたい!ロックがしたい!! 

(すればいいっちゃ) 

そのとき頭の中に響いた声。いつか言われた声。 
絵里は天を見上げた。大きな満月がまるでスポットライトの様に輝いていた。 
(…私の人生を変えた声) 
次の瞬間、不思議なことが起きる。絵里の周りが本当に光で輝き出したのだ。 
(えっ…?) 
振り返った絵里の視界に入ったのは不思議な事ではなく、大きな車。 
絵里を照らしたのは車のヘッドライトだった。 
(こんな時間に…一体誰?) 
車の脇で、あの変な人が泣いていた。 



五十八、ミキティとごっちん


やられた。 
結局来てしまった。 
助手席で藤本美貴は運転席の後藤真希を睨みつける。 
(この女だけは本当に…) 

「降りて」 
「もう一度いっておくけど絶対ステージには立たねえぞ」 
「どっちでもいいよ。私が頼まれたのは美貴を連れてくるまでだし」 
「あん?お前は降りねえのかよ」 
「…」 
「あーそーだったな。出場者にアノ人もいるんだっけ」 

真希がギロリと睨んでくる。 
こいつの唯一の弱点。 
仕返しだバーカ。 

「ミキたん…」 

助手席のドアを開け待ち構えていたのは、美貴の弱点。 
(やっぱり…来るんじゃなかった) 
ニット帽とサングラスの変な娘…ちっとも変装になってねえよアホ女。 
(クソッ) 
亜弥の顔を見ると、今朝の真希との会話を思い出してしまう。 

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 
「ロックフェスはお前に関係ねえだろ、真希」 
「うん関係ないよ。だから勘弁してよね」 
「はぁ?」 
「私はねぇ、あの松浦って子はちょっと苦手なんだから」 
「亜弥がなんだよ?」 
「だけど…あんな土下座なんかされて頼まれたら、断れないじゃん」 
「え…?」 
「美貴を説得できるのはもう後藤さんしかいないからって泣き付かれたらさ…」 
「…亜弥がお前に?土下座?嘘だろ」 
「嘘じゃないよ」 
「っ!!……」 

あのプライドの高い松浦亜弥が… 

「なんであいつがそんな…バカ」 

目を大きく見開いて固まる美貴。 
それを見た真希が腕を広げてあざ笑う。 

「ほんとだよね!土下座とかバッカみたい! 
そんなことしても意味ないのに!美貴が動く訳ないじゃ…」 
「おい!何だよそれ!亜弥がどんな気持ちでてめえに頼んだか分かんねえのかよ!!!」 

亜弥をバカにされ、気が付くと美貴は、真希に掴みかかっていた。 
すると胸ぐらを掴まれた真希は、プーッと頬を膨らませて笑いをこらえている。 

「ププ…どんな気持ちで・美・貴・に・頼・ん・だ・か分かってるんだ」 

自分のセリフを名前強調で言い返される。 
ハメられた!と気付いたときにはもう真希は爆笑していた。 

「アハハハ!!んあ〜なんだよ〜両想いかよ〜」 
「うるせえ!コロすぞ!!」 
「それじゃあ行こっか。ロックフェス。愛しの亜弥ちゃんも現地で待ってるよ〜」 

(この女だけは…) 
本当にダメだ。後藤真希。松浦亜弥。 
この二人に関わってから藤本美貴はどうかしちまってる。 
真希は表に愛車の青いスポーツカーを用意していた。 

「ヨッスィーのライブ見るつもりだったから、ついでに乗せてくよ」 
「あー私もそれだ!昔の仲間のライブ観戦。ぜってーステージには立たねえからな!!」 
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 

「ミキたん…やっぱり来てくれた」 

あー来るんじゃなかったって後悔してる。 
なんで到着早々、泣き顔のこいつとご対面なんだよ。 
車内で真希はニヤニヤ笑ってやがる。あームカツク。 

「いっておくけど!お前に会いに来た訳じゃねえからな!それにギターもひかない!」 
「うん。いいよ。来てくれただけで…」 

ガシィっと抱きつかれる。 
ブルブルブル…と全身に鳥肌が立ってきた。 
ガバァっと引き剥がす。 
最悪。マジ最悪。 
なによりこんな姿を真希に見られてるのが最悪。 
(真希の奴、よっすぃーや梨華に告げ口したらマジコロす) 
と、とにかく、早くどっかに移動しねえと。 
こんな亜弥と二人連れで一般観客のいる所には行ける訳ねえし。 
しょーがねえぇ。安倍に直接キャンセル言うのがてっとり早いか。 
でも安倍とか何処にいるのか分からねえし。もう暗いし。 
ん、あそこに誰かいる。 
ここ関係者専用の駐車場だったよな?じゃあスタッフの女か?まぁいいや。 

「おいお前!」 

突然声をかけられた絵里は、ビクッと体を震わせる。 
そっと振り向いて「私?」と指で尋ねる。 

「他にいねーだろ!安倍がいる本部の場所知ってるだろ!」 
「は、はい…一応…あの…でも」 
「じゃあそこ案内しろ!」 
「え?ええぇぇぇぇぇぇ!!!!?」 

絵里に「行きたくないです」とか反論する余地無し。 
なぜかスタッフと間違えられて、怖い人と変な人をムリヤリ案内する羽目に…。 
(なんでエリが〜!?) 



五十九、天才的ドラマー


「すげぇ」 

ダダダダドドドドダダドドドドパパパンッ!!!!!!!!!!! 

すでに伝説と化しているあのリズムがここに蘇る! 
強靭なパワーから繰り出される豪快な変拍子バリバリの超高速プレイヤー。 
吉澤ひとみのドラミングに、ロックフェスの熱狂は最高潮を迎えた。 
口々に興奮を叫ぶ観客達。 

「誰だよ。ドラムソロに不安を覚えるっていったやつ」 

完全にもっていってしまった。 
ほとんどの人々が終演の心地でリズムに酔いしれている。 
勝負を挑んでいたはずの小川麻琴も、めずらしく目を輝かせていた。 

「私はよぉ…あの人に憧れてドラム始めたんだぁ」 
「知ってるよマコっちゃん。耳にタコができるくらい聞いてる」 
「…マジかっけーよ」 

紺野のツッコミにも気付かない程、魅了されていた。 
レベルが違いすぎる。完全なる敗北感。 
でも不思議と悔しさよりも嬉しさの方が強い。 
目指す山は高ければ高いほど燃えてくる! 

ヒト気のない関係者専用駐車場に停車している青いスポーツカーの中。 
シートを倒して横になりながら、後藤真希はなつかしい音に耳を傾けていた。 

「いいねぇ」 

吉澤のドラムを聴いているとどうしてもあの頃を思い出す。 
めちゃくちゃ忙しかったけど、最高に楽しかった日々。 
もう戻れない黄金の時間。 
…少なくとも自分は戻れない。 
だけど、吉澤ひとみと藤本美貴はまだあの場所で闘い続けているんだ。 
(美貴。あんたの時間はまだ動いている) 
(ひきなよ…ギター) 
月明かりの下、吉澤ひとみのステージはその輝きを増していく。 

「この先、この国に彼女以上のドラマーが誕生することはないだろう」 

安倍なつみは確信的にそう告げる。それほどに評価している。 
新垣もほぼ同意する。普段のチャランポランな姿はまるで別人だ。 
天が授けしドラムの才能を有した唯一人の娘。 
【天才的】 
そう形容されることを許された娘。 
『85』とこのオーディションで決まる『最強バンド』。 
時代を超えて二つのモンスターバンドに名を連ねる唯一の存在となるはず。 
(このまま…彼女が来なければ) 

そのとき、本部テントの入口から騒がしい音が聞こえた。 
新垣が見に行くと、スタッフ数人と怖そうな女の人がもめていた。 

「出番は次ですから!すぐに準備してください!」 
「だ〜か〜ら〜!それはキャンセルだって。いいから安倍を出せよ!」 

(藤本美貴!!!) 
新垣は慌てて安倍なつみを呼びにいく。 
来た! 
来た! 
本当に来た! 

「藤本美貴さんが来ましたーーー!!!!」 

このとき一番混乱していたのはなぜか亀井絵里だった。 
(絵里はナンデ…?) 
(絵里は何をしてるんだろう今?) 
怖い人と変な人を本部へ案内した。 
そしたらその二人が藤本美貴さんと松浦亜弥さんだった。 
(あれ?でも二人は泣いて抱き合ってたような?あれ?あれ?) 
本部へ着いたらスタッフさんともめだすし…訳がわからない。 
意味もなく時計を見たりする。 
(あれ?もうこんな時間?さっきまでお昼だったのに…) 
絵里は完全にパニック状態。意味もなくメガネをかけてみる。でもすぐ外す。 
(え?え?え?絵里は?どうしたらいいの?) 
そしてまた凹む。 
(本当に真剣に気まずいよ〜〜〜) 

ダダダダダダダジャァーーーーンッ!!!!!!!!!!!!! 

ドラムセットが破壊されかねない程の強打で、吉澤ひとみのステージが終わりを告げる。 

「WAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!!!!!!!!」 

いつまでも鳴り止まない大声援。 
(ん〜〜〜気ん持ちぃイイ〜〜〜〜〜〜〜〜!!!) 
ひさしぶりのライブの熱気を満喫する吉澤。 
(これだからロックはやめられねぇ) 
スティックを握った腕を、上空の満月に向けて高々と掲げる。 
歓声は響き続ける。完全にクライマックスの盛り上がり。 
自分達の出番を終えた高橋・加護・紺野・小川・矢口・保田・市井らも見ている。 
もちろん他のすべてのバンドも会場で見ている。 
みんなで造り上げた奇跡の様な一日。 
そのクライマックスを! 
吉澤ひとみがステージからその姿を消しても、歓声は止まなかった。 
残るバンドは二つ。 
『LOVE LOVE MIKITAN』 
『れいにゃーず』 

だけど、皆が疲れて、歓声が徐々に小さくなり、完全に消えてしまっても、 
ステージ上に、次のバンドは一向に現れなかった。 

満月が黒い雲に覆われる。 
やがて誰もいないステージに、ポツポツと雨が降り出した。 



六十、祭りの終り


「た、大変なのれす!!」 

チューニングをしていたれいなとさゆみの控えテントへ、もっきんさんが駆け込んでくる。 
呼ばれるまま外へ出てみると、信じたくない光景が広がっていた。 
強い風雨に吹き荒れるライブ会場。 
5万人はいた観客の姿が、いまや半分も見当たらない。 

「ど、どーなっとー!?」 
「みんな帰っちゃったのれす!!」 
「えっ!!!」 

遠くに、出口や一般駐車場へ向かう人の波が見えた。 

「まだうちらが終わってなかよ!!」 
「そうだよ!何で皆帰っちゃうの?」 

たまらず叫び出すれいなとさゆみ。 
もっきんさんは静かにステージの方を見つめる。 
吉澤ひとみのライブが終了してから、ずっと無人のステージ。 

「もう10分以上。始まる気配もないのれす。…これじゃ」 

もっきんさんにはその先の言葉は言えなかった。絶望的な空気が三人を包む。 

「これじゃみんな帰ってもしょーがあらへんわ〜。うちなら帰るでぇ」 

用意されたホテルの一室で、外の雨を見ながら加護亜依は言った。 
その横では高橋愛が心配そうに窓の外を眺めている。 

「まだ、れいなちゃんの歌…聴いてなかったのに…」 
「たいしたことあらへんて、あんなバンド」 

もともと期待されていない無名バンド2組がトリ。 
吉澤ひとみを聞いて早めに帰る観客は結構いるだろうと予測されていた。 
その上この風雨に晒されては、帰宅客も増える一方だ。 
それでも音楽があれば…ステージ上で誰かがロックを演奏していれば…大半の客は残る。 
しかしその演奏がいつまでたっても始まらない。 
次のバンドがどれだけ待っても出てこないのだ。 
最悪の展開。 

「ひどいこと言わんといてや。後輩の子のバンドやから…」 
「あぁせやったね、ごめん。でも…かわいそやけど。どうしようもできひん」 

加護はピョンとベッドに飛び移って、天上を見上げた。 
(けど…亀井やったか…) 
(あいつの今のギターは…ちょっと聞いときたかったなぁ) 
でもこうなってしまった今。もう「れいにゃーず」にまともなライブは期待できない。 
盛り上げようにも、客がいないのでは…。ロックフェスもここまで。 

「祭りも終りや…」 

雨がれいなの体をうちつける。れいなはじっとステージを見つめていた。 
その脳裏に浮かぶのは…遠い約束。 
絵里にも…さゆにも…もっきんさんにも…誰にも言ったことのない…遠い遠い約束。 
(こんな…) 
(こんなところで…) 

「こんなとこでで終われんっちゃーーー!!!!!!」 

一人の少女の切なる咆哮が風雨に飲み込まれる。 
ドクン。 
れいなは走り出した。ちょうどテントから新垣が顔を出す。 

「あー探したよ、れいにゃーず。あのさ…」 
「ガキさん!」 

新垣の顔を見て、一斉にテントへ駆け寄るれいな達。 

「あのさ。悪いんだけど、もう少し待っててもらっていい?今…」 
「ハァ?どーなっとーと!?なんで次のバンドは出てこなかばい!?」 
「そ、それで、揉めてて…出るか出ないか」 
「意味わからんっちゃ!出るに決まっとろー!そいつ何処におると!?」 
「お、落ち着いて。だから今ね、本部で安倍さんが話を…」 

新垣が話し終える前に、ブチ切れたれいなは本部テントへ駆け出していた。 

「あっ!れいなっ!」 
「そんバカ!!うちがぶん殴ってでもステージ上げたるっちゃ!!」 



六十一、そして二人は巡り会う


絵里の戸惑いはさらに悪化していた。 
安倍なつみ・吉澤ひとみ・藤本美貴・松浦亜弥… 
TVで見ていたスター達がこんなに集まって、言い合いをしているのだ。 

「安倍さん。最初から言っていたでしょう?美貴は出ないって」 
「これは遊びじゃないべさ美貴ちゃん。お客さんがいるの?ビジネスなの?わかる?」 
「ビジネスなら松浦の事務所とやってくれ。勝手に名前使われてむしろ美貴は被害者だぜ」 
「あなたには少しも責任がないの?子供じゃないべさ」 

安倍なつみも藤本美貴も表面上平静を保っているが、かなりピリピリきている。 
見ちゃいけないTVの裏側を見てしまった気分で、絵里はさらに気まずくなる。 
松浦亜弥は反省しているのか藤本の後ろで黙っている。 
ライブを終えたばかりの吉澤ひとみが安倍なつみと藤本美貴の間に入っている。 

「まぁまぁ美貴。せっかく来たんだし1曲くらいやってもいいじゃん」 

なだめる吉澤を、きつい眼差しで見返す藤本。 

「安倍さんの言いなりかよ」 
「美貴」 
「昔の吉澤ひとみはかっこよかった」 
「美貴っ!!」 

苛立っているせいで、喧嘩を売るつもりのない相手にまで、喧嘩腰になってしまう。 
そこへさらに厄介な人物が顔を出してきた。 

「なっちぃ。だから言ったでしょ。おいらは反対だって」 

安倍の作る最強バンド加入が噂されていたベーシスト矢口真里だ。 
いや、今日のロックフェスではダントツの実力を示していた為、もはや確定かもしれない。 
もともと藤本とは相性の悪かったこの女が来てしまっては、場は収まりようが無い。 

「噂知ってるでしょ。藤本の加入したバンドは必ず不幸な解散を迎えるって」 
「てめぇ」 
「こいつを入れたらせっかくの最強バンドも台無しになっちゃうよ、なっちぃ」 

絵里もその噂は聞いたことがあった。 
インディーズ時代から圧倒的な腕を誇っていた藤本美貴は、 
幾つものバンドからラブコールを受けていた。 
しかしそのいずれもがメンバーのケガや不祥事やケンカでダメになっている。 
ようやく頂点を極めたあの『85』さえ、これからという所で謎の解散になった。 
原因が藤本にあるかどうかは不明であるが、彼女を「死神」と呼ぶものまでいる。 
そしてその話は藤本にとってタブーであった。 

「うるせぇ!てめえは関係ねえだろチビ!!」 
「どんなに腕が良くても、おいら死神とだけは組みたくないな〜」 
「ケッ、こっちから願い下げだ!!」 
「…美貴」 
「止めるなよ、美貴は死神だ。全部美貴が壊したんだ!85も!今日の祭りもな!!」 

否定しようとした吉澤だったが、できなかった。 
怒りに荒れ狂う藤本は本部テントの出口へと歩き出す。 
しかしもう安倍なつみも止めない。 

「矢口の言う通りかもしれない」 

これまで熱烈に藤本へラブコールを送っていた安倍なつみがそう呟く。 
ついに安倍が藤本を見限った。いやむしろその認識は「敵」へと。 

「でしょ〜」 
「ロックフェスはもう終わりだべさ」 

安倍なつみもまた本部テントを出て行こうとする。 
それはつまり、すべての終わりを意味する。 
藤本美貴がいなくなり、安倍なつみがいなくなる。客は帰りだしている。 
ステージには誰もいない。風雨はさらに強さを増している。 
ロックフェスは続行不能。 
すべての終わり。 

(え……) 
ロックフェスの終了を誰もが仕方ないと諦めていた。 
そんな中たった一人、スターでも何でもない、普通の少女だけが… 
(れいにゃーずは?) 
(終わってないですよ?終りじゃないですよ?) 
普通の少女…絵里だけが違った。 

(誰か…) 
藤本美貴が出て行ってしまう。 
このまま彼女がいなくなってしまえば、本当にロックフェスは終わってしまう。 
(誰か…止めて) 
しかし今の藤本美貴を止められる者は誰もいない。 
安倍なつみからも見放された存在だ。 
(吉澤さん!) 
しかし吉澤は動けない。安倍と藤本を繋げなかったことで悔やんでいる。 
(松浦さん!) 
松浦はずっと黙って藤本の後に続いている。彼女自身、反省しているのかもしれない。 
(止めて!お願い!誰か…) 
誰もいないのだ。 
絵里は、誰もいないことに気が付いた。 
(終わり…?そんなの…そんなのって…あんまりだよぅ) 
絵里の脳裏に浮かぶのは、れいなとさゆの顔。今日までの日々。 

れいなとの出会い。さゆみとの出会い。 
三人で曲作りした夜。 
もっきんさんのマンションで毎日の様に練習した日々。 
不安と緊張を乗り越えた初めてのライブ。 
ロックフェスに向けてまたバイトと練習漬けの日々。 

(全部この日のために…) 
臆病なお嬢様だった。その体が無意識に動き出していた。 

「ダメッ!!」 

藤本美貴が止まる。 
出口を塞ぐように、さっきの娘が手を広げて立ちはだかったのだ。 
(なんなんだこのスタッフは?) 

「どけ」 

キレている藤本は冷たく、たった二文字で追い払う。 
そんな目で睨まれたら普通はすぐにどいてしまう。それほど怖い目をしていた。 
れいなと出逢う前の絵里だったら、すぐに遠くへ逃げて出していただろう。 
だけど絵里はどかなかった。 

「ひいてください…ギター…」 

絵里は涙目で、せいいっぱいの想いを伝えた。 
しかし藤本にとっては「下っ端スタッフがなに調子こいてんだ?」くらいのこと。 

「どけって!」 
「キャ!」 

藤本は強引に絵里を押して出口への道を開いた。絵里はよろけて尻餅をつく。 
ちょうどそのとき、テントの出口が外側から開き、雨に濡れたれいなが入ってきた。 
れいなには、目の前の女に絵里が突き飛ばされた様に映る。 

「うちの仲間になんばしよっと〜〜!!!」 

怒るれいなのパンチが美貴の顔をぶっ飛ばして、二人は出逢った。 



六十二、ミキティとれいにゃ


「うわあああぁぁぁ!!」 

れいなの後ろから現れた新垣が悲鳴をあげる。 
と、とんでもないことを…!! 
よりによってあの恐ろしい藤本美貴をぶん殴るなんて…!! 

「れいな!」 
「絵里!大丈夫?」 

絵里にかけよるれいな。しかし絵里の顔はこわばっている。 

「ちがうの!あの人は次のバンドだから…」 
「ほんと!?そりゃあ好都合ば…」 

バコォ!! 
れいなが吹っ飛ぶ。 
完全にぶちぎれた藤本美貴がそこにいた。 

「誰に手ぇ出してんだコラ」 
「痛かぁぁ!!何やお前が悪かやろ!!」 

止まらない美貴。引かないれいな。 
二人は互いの胸ぐらを掴んでぶつかりあった。 

「あ、あ、あ、安倍さぁん!どうすれば…」 

パニくった新垣は泣く泣く安倍にすがる。 
しかし安倍はそっけなかった。 

「暴力は嫌いなの」 

軽蔑する様な視線を暴れまわる二人に送ると、安倍はその場を出て行った。 
(ええぇぇぇ??) 
訳が分からず途方にくれる新垣。 
そうしている間も、れいなと美貴のケンカは荒れる一方だ。 

「とっととライブ始めるっちゃ!!次が詰まっとーよ!!」 
「知らねえよ!てめ−にゃ関係ねーだろ!!」 

矢口はおもしろい見世物を見ているみたいに笑っているし。 
(ミキタンガナグラレタ…ミキタンガナグラレタ…) 
松浦は放心状態に陥っている。 
もう新垣の頼みはあの人しかいなかった。 

「も〜吉澤さんしか止められないですよ〜!!」 

ところが吉澤から返って来た返事は、新垣にとって予想外の内容であった。 

「別に止めなくていいじゃん」 
「はぇ?」 

体格の上回る美貴が一方的に殴り続ける。 
だけどれいなもまったく引かない。むしろ気迫で上回っているかもしれない。 

「関係あるばい!!うちは今日のライブに人生賭けとるっちゃ!!」 

れいなの一撃が美貴を撃つ。 

「うるせえっ!!美貴だってロックに人生賭けてんだよ!!」 

美貴の一撃がれいなを撃つ。 

「やかましか!!逃げとー者がロックを語るんやなか!!!」 
「誰が逃げてるって!?何も知らねーくせに勝手なことほざいてんじゃねえ!!」 

れいなの拳が美貴を撃つ。美貴の拳がれいなを撃つ。 

「知りたくもなかね!!うちの方がロックに命賭けとーとよ!!!」 
「ふざけんな!!美貴が一番ロックに生きてんだよ!!」 
「れいなっちゃ!!」 
「美貴だ!!」 

殴り合いながら、徐々に話がおかしな方向へと進んでいく。 
クククと笑い出す吉澤。 
(最初にれいなと会ったときに思ったよ…こいつら似てるって) 
鬱憤が溜まりまくっていた藤本の中身を吐き出させる奴は、同じ種類の奴だけ。 
(どうしようもねえロックバカ二人め) 

「じゃあ勝負っちゃ!!どっちのロックが上か勝負っちゃ!!」 
「上等だコラ!!ビビって逃げんじゃねえぞ!!」 

もうれいなもオーディションのことを忘れていた。 
もう美貴も安倍なつみとの確執を忘れていた。 
(ロックでは負けられない!) 
その魂だけがこのロックバカ二人を突き動かしていた。 

「ど、どうなってるの?」 

遅れてやってきたさゆみは理解不能な状況に頭を傾ける。 
何故かれいなが天下のギタリスト藤本美貴とどつきあいのケンカをしているのだから。 
そしてそのケンカが、絵里の瞳に輝きを戻しつつもあった。 
(人生を賭けている…) 
ロックバカ二人の言葉一つ一つが絵里の魂を揺さぶったのだ。 
(絵里も…) 

「亜弥!!ギター!!」 
「え?…は、はい!」 

美貴が叫ぶと、放心していた松浦亜弥が驚いて我に返る。 
亜弥がこっそり自分のギターを用意していたことに美貴は気付いていたらしい。 

「美貴のロック。そこで見とけ」 

ストラトを手にした藤本美貴が、ついに嵐吹くステージへと踏み出した!! 



六十三、まわった


会場に残っていた観客は本当にごくわずか。 
九割以上が帰りの混雑でステージに背中を向けている状況だった。 
雨足も強まり、客席からはステージ上もよく見えない。 
そこへ美貴が現れた。 
顔にアザとコブができている。雨でよく見えない状況でよかった。 
美貴は観客に何のアピールもせず黙々とコードを繋ぎ始める。 
だから誰も藤本美貴と気付かない。 
スタッフが撤収作業を始めたと勘違いする者まであった。 
だけど美貴は気にしない。 
職人の目になっていた。 
手動で音の微調整を行なう。 
この嵐の中で、美貴はその作業を黙々と行なう。 
やがて立ち上がり、ストラトキャスターを肩にかつぐ。 
ようやく会場の状況を目にした。 
フッと口元だけで笑みを浮かべる。 

(今の美貴にゃ、似合いだぜ) 

美貴の表情がロックンロール・モードへと切り替わる。 
息を吸った。 
(ワン…ツー…) 
左手の指が弦を押さえ、右手のピックが六弦を走り出す! 
(…スリー) 

音が嵐を切り裂く。 
出口へ並んでいた人々… 
車に乗り込もうとしていた人々… 
森の中で雨宿りしていた人々… 
その無数の背中達へ。 

「!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」 

5万人の背中が…歩みを止めた。 

『不可能はない 例えば6本の弦で 地球も回せる』 
かつて藤本美貴が言ったセリフ。 
今、それが現実となる。 
曲は『85』でも伝説的に語り継がれる超名曲「Romantic gay mode」 
イントロだけで反応してしまう。 
その光景を見ていた者は、世界が逆転したような感覚に陥るであろう。 

5万人の背中が…同時に…まわった。 

帰ろうとしていたすべての人間が…後ろを向いていた人間が、前を向いた。 
車に乗っていた者は車を降りた。 
ステージの方角を見た。 
その音を聞いた。 
(LOVE LOVE MIKITAN…???ミキ…!?藤本美貴っ!!!??) 
(だけどこれは本当に…あの藤本美貴か??) 
5万人が戸惑う。確かに藤本美貴の音だが…違いすぎるのだ!! 

「ロックフェスは中止だって…今スタッフから連絡があった」 
「そっか。この雨や、しょうがあらへん」 

ホテルの部屋の電話に連絡が入ったのを、高橋愛が受けた所だった。 
(さゆみちゃん…可哀想) 
加護亜依はベッドに転がって「Rock moni」の先月号を読みふけっている。 
窓を打ち付ける雨の勢いはさらに激しさを増していた。 
高橋が残念そうに外を眺めていると、加護がふいに雑誌をおいて起き上がった。 

「なんか聞こえへん?」 
「え?」 
「エレキの音や…」 

飛び出した加護は、いきなり窓を全開に開いた。 
雨粒が一斉に愛と亜依にうちつける。 
だけど二人が驚いたのは雨じゃない、その先から聞こえてくる凄まじい音の稲妻! 
ゾクゾクゾクゾクッ…と頭のてっぺんから爪先まで痺れる音。 

「この音って…まさか?だけど…全然違う!いったい誰?中止じゃないんか?」 
「っっ!!!」 

矢継ぎ早に疑問を並べる高橋であったが、相棒が答えられるはずがない。 
藤本美貴をそのまま真似てプレイした加護亜依は言葉を失っていた。 
まるで別の生き物!!想像を絶する音だ。 
『85』の藤本美貴とは比べ物にならない音。 
(どうなっとんのや…!?) 



六十四、一番好きな人の一番好きな曲


ニィっと藤本は凶暴な笑みを浮かべる。 
(聞きやがれクソッタレども!) 
ソロ活動をしたくても、できない状況が続いた。 
好きな音を演奏する。ただそれだけのことをさせてもらえなかった。 
その溜まりに溜まっていたものを今ここで全部吐き出す! 
(これが藤本美貴だ!!!) 

(ミキたん…だ) 
ステージ脇の一番近い場所で、松浦亜弥は大好きな人を見つめていた。 
口元と鼻頭の両方を、掌で抑えていないと嗚咽が止まらない。 
(ギターひいてる…一番好きなミキたんだよぅ) 
亜弥は美貴といた日々をあらためて思い返す。 
「ねぇねぇ『Romantic gay mode』やってよぉ」 
「ヤダ。面倒くさい」 
「亜弥はあの曲がいっちば〜ん好きなのぉ!」 
「あーそぅ」 
「も〜ミキたんのケチィ!」 
「知るか」 
――――――――気が付けばそばにあなたがいた。 
一緒にいてくれた。 
そして今ひいている曲…「Romantic gay mode」 
(亜弥の一番好きな曲だよぉ…ミキたぁん) 
キラキラと宝石みたいな涙の粒が、亜弥の瞳から惜しみなく零れ落ちる。 

「にゃぁぁぁぁ〜〜〜〜〜!!!!!藤本美貴さんっちゃぁぁぁぁ!!!!」 

一方、控えテントで大騒ぎしているのはやっぱりれいな。 
救急箱で傷の手当てをしていたさゆが思わずひっくり返る。 

「今さら何いってるの?れいな。あれだけ殴り合って…」 
「バカァ〜〜!!うちは『85』の大ファンやったとよ〜〜!!」 
「バカはれいななの」 

呆れるさゆみ。 
れいなはショックでプルプル震えている。 

「と、とんでもなかことしちゃったと〜!!」 
「ていうか普通殴る前に確認するの」 
「勢いっちゃ!勢い!れいな本当はビビリやけん」 
「あの藤本さんとロック勝負なんて…バカもバカすぎて怒る気もしないの」 

さっきから聞こえてくる、別次元のギタープレイ。 
月とスッポン、ジミヘンと園児のお遊戯、くらいの差を感じる。 
特に衝撃なのは同じギタリストの絵里だろう。 
ずっと外を見つめたまま固まっている。 
完全に追い込まれたれいにゃーず。覚悟を決めるしかない。 

「やるしかなかね。あ〜も〜ど〜にでもなれっちゃ!!」 

ロックの頂点を前に、れいなのテンションは沸点間近である! 

たった一曲。 
時間にして約4分間。 
『85』時代からさらに進化した藤本美貴のロックンロールが、確かにそこにあった。 
持ち時間は15分とか、そういうルールには決して縛られない。 
雨のせいでほとんどの観客が藤本本人とはまだ確信できていない。 
それほどに以前の藤本とは違う。驚異的なレベルアップをしていたのだ。 
だけど自己紹介もしない。 
なかなかステージに現れず、突然やってきて、演奏して、何も言わずにステージを降りる。 
何にも縛られない。 
しかしそのプレイはその場のすべてのハートを縛り付ける。 
家路につく5万人をギター1本で振り向かせる。 
魅せつけた。 
藤本美貴のロックンロール! 

ステージを降りた美貴は、両手で顔を抑えて泣き崩れる亜弥を目にする。 
ポンとその頭に手を置く。 

「なに泣いてんだよバカ」 
「ウェ〜〜ン!ミキたんが亜弥のいっちばん好きな曲を亜弥のためにぃ〜!!」 
「ハァ?たまたまだよ…って、くっつくな!!痛ぇんだから!!アイテッ!」 

ケンカの痛みに涙を堪える藤本の目が、同じく傷だらけのれいなの顔を捉える。 

「よぉ、次はお前だぜ」 

その言葉に、れいなの全身がドクンと高鳴った! 
さぁロックフェス最終章。すべてはれいな・絵里・さゆみの三人に託された! 


「聞こえた?」 
「うん、美貴の…」 

誰もいない関係者駐車場。 
携帯をかけている後藤真希。 

「じゃあ切るよ。病院で長電話はまずいっしょ」 

藤本美貴のギターを携帯越しで誰かに聞かせていた様だ。 

「またね〜おやすみ」 

通話を切ると、シートを倒して真希はまた横になった。 
その口元に嬉しそうな笑みがこぼれている。 
やがて小さく呟いた。 
「まってるよ」と。 



六十五、この三人で良かった


「新垣。荷物はまとまった?」 
「あ、安倍さん。本当に帰っちゃうんですか?審査は…?」 
「言ったでしょ。もう終わりだって」 

藤本との交渉が決裂した安倍なつみは、ロックフェスの閉幕を告げた。 
それはすなわちオーディションの終了だ。 
だけど… 

「聞こえましたよね。さっきのギター。あれは多分藤本さんですよ」 
「それがどうしたべさ?」 
「めちゃくちゃ凄かったですよ。やっぱりあの人こそ最強の…」 
「新垣」 
「は、はい!」 
「先に車で待ってるから。急いで片付けてね」 

新垣は言葉を詰まらせる。 
伝えられなかった。 
「まだれいにゃーずが残っています」と。 
今の安倍さんに一番見て、感じて欲しかったバンドを…。 

「ごめんなさい…れいにゃーず」 

自分の無力さに、新垣は涙した。 


バチン!!バシィン!! 

「ふにゃーー!!」 

出番直前、れいなの頭とお尻に強烈な二発が入る! 
藤本との殴り合いでボロボロなのが、さらに悪化だ。 

「な、な、なんばしよ〜!!」 

泣く泣く振り返ると、吉澤さんともっきんさんが笑っていた。 

「気合入れてやったのれす!!」 
「会場で見てっからな。ヘタなライブしたら承知しねーぞ」 

緊張で固くなるのをほぐそうという、二人ならではの愛情か。 
れいなは優しさを感じて胸があったかくなった。 

「心配無用たい!!」 

ガッツポーズで応じるれいな。 
この二人が応援してくれるというだけで、どれだけ心強いことか。 

バチン!!バシィン!バチン!!バシィン!! 

その後二人は絵里とさゆにも同じことをして、気持ちよさ気に会場へ向かっていった。 
(う〜ん、ただのストレス発散やなかとね…) 

いよいよである。 
ステージ脇に三人だけになった。 
絵里とさゆが、キズだらけのれいなの顔を見つめる。 

「準備はよかね?」 

れいなの言葉に黙って頷く二人。 
とっくに覚悟は決まっている。 
ダブルアイ… 
NIKEY… 
吉澤ひとみ… 
藤本美貴… 
本当に物凄い人たちのステージを終えての、自分達のステージ。 
れいなはまずさゆの方を向いた。 

「さゆ…」 
「ん?」 
「れいなはさゆの尊敬しとー先輩に勝てないかもしれなか…それでも一緒に…」 
「勝てる訳ないの!」 
「にゃ!」 
「先輩と違って、れいなはさゆが付いてないとダメダメだから」 
「ダメダメは言い過ぎっちゃ〜!!」 
「だかられいなが先輩を越えるまで、もうずっと一緒にいるって決めたの!」 
「さゆ!!」 

さゆは照れ臭そうにほほ笑んで、れいなのほっぺの傷にペタッとバンソウコウを貼った。 

次にれいなは絵里の方を向く。 

「絵里。戻ってくるって信じてたとよ」 
「ゴメンなさい。大事な日にみんなに迷惑かけて…」 
「迷惑した分はこのギターで返してもらうけん。覚悟しとくっちゃよ」 

れいなは絵里にあのギターを渡す。 
世界に一つしかない、テープでグルグル巻きの黄色いギター。絵里のギター。 
絵里がいない間、れいながチューニングを済ませておいた。 
それを受け取った瞬間、絵里の瞳に大粒の涙が浮かび上がる。 

「絵里ね…わかったんだ…」 
「何を?」 
「どうして絵里だけ夢を見れなかったか…」 
「えっ?」 

絵里は袖で涙を拭うと、笑みを浮かべて言った。 

「れいなに出逢ったあの日から…絵里はずっと夢を見続けているんだもん。 
 もともと夢の中にいる人が夢なんて見れる訳ないよね。エヘヘ」 

そう言うと絵里は、れいなの鼻の頭の傷にペタッとバンソウコウを貼った。 

さゆみと絵里。 
二人の想いを確かに受け取ったれいな。 
(……この三人で良かった) 

れいな。絵里。さゆみ。 
三人が円陣を組む。 

「行くとよ!!!!」 

れいなが吼える!! 
絵里とさゆみが吼える!! 

「れいにゃ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ず!!!!!」 
「ニャァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!!!!」 


Ready for Rock’n’roll!REINYARZ!! 
Coming… 



六十六、待っていた者達


嵐のステージに三人が姿を現す。 
人の波で埋め尽くされていた昼間とはまるで別世界の会場。 
そこへ予想もしなかった歓声が沸き起こる。 

「待ってたぞ〜〜!!れいにゃーーず!!」 

誰にも期待されていないと思っていたのに。 
れいな達は驚いてステージ下を見た。 
もはや一割にも満たないオーディエンスの最前列にその集団があった。 
強面のペイントにパンクスタイルの面々… 

「アハ…」 

Anniversary Meronの固定客。 
れいにゃーずがライブハウスで行なったたった一回のライブを見てくれた連中だった。 
(こんな雨の中…待っていてくれたと?) 
(たった二曲だけの…たかが前座バンドやったれいな達を…) 

「オラーー!!しっかりしねぇとぶっ飛ばすぞ〜!!」 

そこへ野太い声が飛ぶ。 
聞き覚えのあるその声の主は…!! 
まさしくアンメロの斉藤瞳本人であった!しかも4人とも揃って最前に構えている! 

「俺達に勝った実力見せてみろっ!!!」 

散々暴言を吐かれたあの人達まで、ずぶ濡れになりながら待っていてくれた。 
絵里もさゆみもれいなも、予想外の嬉しさに胸が熱くなった。 

「やばい。演る前から感動しちゃったよぉ」 
「なんか変な感じなの…すっごくドキドキしてる」 

そこでれいなが一つの提案を持ち出す。 

「絵里。さゆ。曲順変えてもよかと?」 

当初は「Y」・「Red Freesia」・「>RES」という曲順を予定していたが。 
こんな応援を受けては、期待に応えずにはいられない。 

「最初にアレいくと」 
「うん!」 
「OKなの」 

持ち場に散らばりセッティングを始める三人。 
一方出口付近では、藤本美貴に回された大勢の観客達が戸惑っていた。 
あの凄まじいギターが本当に藤本美貴本人か確認もできないまま、ギターの音が止んだ。 
そしてまた無音状態が続いている。 
このまま帰るべきか、ステージへ戻るべきか、ほとんどの人々がどっちつかずの状態だ。 
駐車場では車の中で状況を窺っている者も多い。あきらめて帰る人も再び出始めている。 
そういう中にあの二人の姿もあった。 

「もういいじゃん。帰ろうよ〜コンちゃ〜ん」 
「でも、さっきのギター。やっぱり85の藤本さんじゃない?」 
「あの人が出る訳ないじゃん。何かの間違いだって。ほらもぅ何も聞こえないし」 
「ん〜〜でも…」 
「雨も止みそうにないし。早くしないと電車メチャ混みだって。ほらぁ」 
「う、うん」 

小川麻琴に促されて渋々帰路へ付く紺野あさ美。 
そこへ、聞きなれないメロディが聞こえてきた。 

また別の場所。ヒト気のない関係者用駐車場。 
藤本美貴の演奏を聴き終えた後藤真希が車の中でウトウトし始めていた。 
その車に誰かが近付いてくる。 

「ちょっと〜そこに停めてると出せなくて邪魔なんですけど〜」 
「んあ〜。あ〜ごめんなさい、今どけ…」 
「え?」 
「んぁ?」 

後藤真希と目があったその人物!! 

「ゴト…何でここにアナタがいるの?」 
「あれ?安倍なつみ…さん?」 

交わることのなかった二大巨星が、偶然にも巡り会う。 
そこへ、聞きなれないメロディが聞こえてきた。 



六十七、楽しい唄


「It will 〜♪ believe you gave 〜♪ Red Freesia 〜♪」 

ギュルルゥゥン!ジャジャジャジャ!!ギギャアァァァァン!!!! 

ポンポラルララタン…パラルラタラン…パッタタラタタン…ポラルラララララ…♪ 

れいなのボーカル。 
絵里のギター。 
さゆみのキーボード。 
れいにゃーずが一曲目にもってきたのはあの「Red Freesia」だった! 
これには堪らず『Anniversary Meron』ファンが歓喜の声をあげる!! 
(あいつら…) 
クールな柴田あゆみまでも思わず笑みをこぼした。 
嵐の中、自分達を待っていてくれた皆への、感謝の気持ちを込めた歌。 

「Hey girl!!!!!」 

観客席を指差して、シャウトするれいな。 
会場は一気に盛り上がる。 

「Your love is a bouquet of the souvenir〜♪」 

ノリノリのれいなにつられて絵里もさゆも思わず笑みがこぼれる。 

「トリだってのに、やけに楽しそうにやってやがるな」 
「れいにゃーずらしいのれす」 

少し離れた場所で見ていた吉澤と辻にも、笑みが見える。 
(楽しんで…か。いつからだろう…そんな当たり前のこと忘れてたのは…) 
れいにゃーずのステージに、吉澤はふと懐かしさを覚えた。 
(あいつら見てると…昔の85を思い出すよ) 

「When it presents a red indefinitely freesia, it is upon its word!!」 

その会場の盛り上がりは、出口の方まで聞こえてきた。 

「おい。何か楽しそうじゃね?」 
「ちょっと戻ってみよっか」 

5万人のほんの一部が、ステージへと戻り始めた。 
それにつられて周りの人々も動き出す。 

「ねぇ、列の後ろの方、減ってない?」 

紺野あさ美も気付いた。 
そして聞こえてくる音にやけに魅かれている自分にも気付く。 
さっきまで帰ろうと主張していた小川麻琴もウズウズした顔になっている。 
紺野は笑って相棒に言った。 

「せっかくだし最後まで見ていこうよ、マコっちゃん」 

徐々に人が戻ってきていることを、れいな達も気付いた。 
れいなの声はミリオンボイス。 
観客が増えれば増えるほど… 
バックの演奏が凄ければ凄いほど… 
会場の空気が盛り上がれば盛り上がるほど……その声は百万の光を帯びる。 

「One year 〜♪ has passed soon 〜♪ since two people met 〜♪」 

柴田あゆみはゾクッと感じた。 
正解だった。この曲をこの三人に贈ったこと! 

「てか、上手いぞ、こいつら」 

次に…楽しいだけでは動かない層…音にうるさい連中の耳が動いた。 
まず素人でも気付くほど飛びぬけているのが鍵盤の音だ。 

「これキーボード?ありえねえだろ」 

ワールドクラスのピアノコンサートへ訪れる様な人間でないと、生で体験できない音。 
「神の指」と称された少女の演奏が、ロックフェスに出現した。 
(さゆが一番なの!!) 
(可愛さも!ピアノも!ロックも!!) 
ロックの常識を打ち破る道重さゆみのロックンロール! 
5万人のハートを震わせる。 
その旋律に誘われまたかなりの人数が、風雨の中ステージへ駆け出した。 
今や会場中に、物凄いことが起きそうな空気が漂い始めている。 



六十八、ギタリスト達の戦場


一曲目がアウトロに入ると、突然れいなが二人に目配せした。 
そしていきなりステージ脇へ駆け出ていった。 
驚いたのは絵里とさゆみだ。 
(えっ?なんなの?) 
(繋げってこと?) 
それまで比較的控えめにしていた絵里が必然的に前へ出ることになる。 
れいなのボーカルやさゆのキーボードと違い、ギターはあの藤本美貴の後だ。 
どうしても絵里だけが平凡に思われてしまう。 
ドクン…ドクン… 
自分の胸の鼓動が聞こえる。 
れいながいなくなったことで、視線のほとんどが絵里に向けられていた。 
ほんの数ヶ月前まで、何のとりえもない普通の女の子だった。 
(変わるんだ…) 
絵里の指がクネクネとスピードを増していく。 

「迷惑した分はこのギターで返してもらうけん。覚悟しとくっちゃよ」 

脳裏にれいなの声が浮かんだ。 
絵里の中でモヤモヤとしていたもの、その全てが弾け飛ぶ! 
(!!!!!) 
耳の肥えている連中は、そのギターがありえない奏法であることに気付いた。 
ピックでは表現しきれないクネクネした滑らかさを、尋常じゃない速さで奏でている。 
世界でただひとり絵里にしかできない奏法! 

「Red Freesia」が終了すると、さゆのキーボードがそっと音を潜める。 
れいなが戻るまでの時間を、完全に絵里のギターソロに委ねた。 
絵里の完全なアドリブ。 
練習もしていないそれを、さゆはその場で合わせ出す。 
(さゆ!) 
(絵里!) 
絵里のギターに委ねながら、その音がさらに引き立つ様なメロディをアドリブで叩く。 
道重さゆみという娘は本当に天才であった。 
それほどのサポートを受けては、絵里も燃えない訳にはいかない。 

ギャウウゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥン!!!!! 

ロックの新時代を切り開く音が今、すべての者の魂に響いた!! 

「おい。今演奏しているのは何てバンドだ?」 
「さぁ知らな…」 

答えかけて保田は驚く。 
(めったに他のバンドを気にしないマイペースな紗耶香が?) 
市井紗耶香はホテルの窓際に立つと、じっとステージを見据え出した。 

「あれ?あいつスタッフじゃねえの?」 

松浦と共に控え室で休んでいた藤本が、モニターの絵里を見て気付く。 

「へぇ〜結構うまいねぇ。ミキたんほどじゃないけど〜」 
「くらべんなバカ。けどまぁ…なかなかおもしれえギターじゃん」 

「ちょっと待ってってぇ!あいぼん!」 

加護亜依は走り出していた。高橋愛もその後を追いかける。 
れいにゃーずのライブが始まるとすぐホテルを抜け、雨の中ステージへ。 
しかしそんなダブルアイの前に、信じ難い光景が広がっていた。 
一旦帰りだしていた5万の人の波が、うねるように逆流していたのだ。 

「うわぁ!なんやこれ?これじゃ近づけんが!」 
「愛ちゃん。今ギターひいとる奴の名は亀井絵里。覚えといた方がええで」 
「あいぼん…?」 
「今、確信したわ。この先必ずうちらの前に立ちはだかる」 

マジメな顔で語る加護亜依。 
亀井絵里のギターの脅威がようやくわかった。 
今はまだ藤本や市井などトップレベルとは当然比べ物にならない。 
けど最初に会ったときから約3ヶ月か?ロックを始めたばかりと言っていた。そして今。 
その成長率が尋常ではないのだ!一体この先どこまで伸びてゆくのか? 
しかしそんな加護とは裏腹にノンキな声を出す高橋。 

「キーボードの子は道重さゆみ。覚えておいた方がいいよ〜あいぼん」 
「コラ!マネすな!」 

すでにかなりの注目を浴びた亀井絵里と道重さゆみ。 
だけどまだダブルアイの二人も、5万の観客も知らない。 
肝心要のボーカル!れいにゃーずを造り上げた最高のロックバカの実力!! 
そしてステージにようやくれいなが戻ってくる。 
右手にはあの…血に塗れたレスポールが握り締められていた。 



六十九、奇跡の光景


「も〜う何してたの、れい…」 

戻ってきたれいなに、声をかけていたさゆみがビクッと言葉を止めた。 
(れいな?) 
見たことのない顔をしていた。 
いつもの騒がしいバカヅラ(←さゆの印象)じゃない。 
ギターソロを終えた絵里が肩で息をしていた。 
(…っ!!) 
れいなを見た瞬間、その荒い息が一瞬止まる。 
『生死を賭けた』 
そんな言葉が相応しいかもしれない。 
血塗れのレスポールを抱えたれいなは、そういう表情でステージの中央に立った。 
無言でゆっくりと弦を弾く。 
血色のボディに観衆は当初ざわついた。 
だがそこから流れる音を耳にした瞬間、違うざわめきが起こる。 

「すげぇ」 

一見古臭いボロギターなのに…どこからこんな物凄い音が出てくるのか? 
その速度がどんどん増していく。 
荒削りなれいなのギターテクはお世辞にも一級品と呼べる代物ではない。 
だけどそこから伝わってくるパワーが半端じゃない! 
本能的な、魂のギター!! 

(この曲…) 
絵里とさゆみは同時に思った。 
思わずれいなのギターさばきに見とれてしまう。 
(路上でれいながやってたあの曲…) 
(コンクールに乱入してきたあの曲…) 
絵里とさゆみは同時に目配せした。ただちにれいなに続く。 

二曲目「Y」 
これぞロックというべきハードなハイスピード・チューン。 

「It doesn't worry that it is detailed because the pass I whom everyone 
 also gets to know am a rock'n'roll star. However, it only shouts!!!!!」 

れいなの歌が嵐の夜空に響き渡る。 
一気に引き込まれる人々! 
まるで嵐の出所がこの小さなれいなであるかの如く! 
風雨の音すら掻き消す様な大歓声が、会場中から沸き起こり止まらない! 
すでに出口を出ていた人々。車で出発していた人々。 
すべての人々がその爆発にハートを掴まれた! 
次々と戻り出す人々!Uターンする車の列!駆け出す足は皆ステージへ! 

ついに!ついにれいにゃーずは!すべての人々を…5万の観客を…動かした!! 

「すごいよ!みんな戻ってきたのれす!!」 
「当たり前だ。ロックが好きで集まった奴らだぜ。 
 間近でこんなやべえライブされちゃよ…帰れるはずがねえ!」 

会場から少し離れた高台にいる辻と吉澤は、その奇跡の様な光景に酔いしれた。 
これだけの人間が、嵐の中、有名人でも何でもない、ただの3人の少女の為に動いた! 

「もう我慢できねーのれす!」 
「あっコラ!のの!」 

辻はあっという間に、盛り上がり続ける会場へと駆け下りていった。 
吉澤はこのときほど顔が売れていることを悔やんだことはない。 
入るやいなやダイブする辻希美の姿をうらめしそうに眺めるだけであった。 

「みつけた…」 

前後左右からひしめき合う人の海の中で、紺野は小さく呟いた。 
(私の捜し求めてい…) 
その続きは横から飛んできた小川のタックルにて弾き飛ばされる。 

「な〜にボ〜っとしてんだぁ〜コンちゃん!!さわげさわげぃ!!」 

絵里の、誰にも真似できないギターが! 
さゆみの、世界へ繋がるキーボードが! 
れいなの、魂を賭けたボーカル&ギターが! 
長い長いお祭りのクライマックスを爆発的に彩る! 

その音は、うってかわってヒト気のない場所にいるあの二人にも届いていた。 
ジャパニーズ・ロック最高のボーカルと称された後藤真希。 
そして…最強のロックバンドを目指す日本No1プロデューサー…安倍なつみの元に。 



七十、最後の曲


後藤真希は車から降りると、車体に体を預け、リズムに合わせて指を動かす。 
そんな後藤を見つめる安倍なつみ。 

「まいっちゃうな〜」 
「…」 
「もうロックは卒業したつもりだったのに」 

「85」解散以来、ソロになった後藤は事務所の意向で様々なジャンルの曲を歌っている。 
R&B。ヒップホップ。テクノ。アイドルポップス… 
その時のその時の流行に合わせて、売れる歌を要求されてきた。 
後藤自身もそれでいいと思っていた。 
だけどどうだろう。 
今聞こえてくる若きバンドの音楽が、後藤のハートをこんなにもくすぶらせる。 
(またロックがしたい…って思っちゃうよ) 

「安倍さん?最強のロックバンドを作るんじゃなかったっけ?」 
「ええ」 
「どうして帰ろうとしてるの?こんな熱いバンドが演ってる途中で」 

そう告げた後藤の顔を、黙って見返す安倍。 
やがて静かに口を開いた。 

「吉澤・藤本に声をかけたなっちがどうしてあなただけ誘わなかったかわかる?」 

首をひねる後藤。 
微笑を浮かべる安倍。 

「なっちの目標が『85』だからよ」 
「嘘ぉ」 
「ボーカルが後藤真希じゃ、ただの85改になってしまう。それが嫌だった」 
「85はあれ以上にはならないよ。あの4人だったから良かったんだ」 
「ええ。さっきまでは…はっきりと85を越える自信もなかったわ…けど」 

そこで安倍は振り返る。 
森の向こうのステージの方角へ。 

「たった今…見えた」 
「!?」 
「礼を言うわ、後藤真希ちゃん。あなたのおかげで私は初心を取り戻せた」 
「んあ〜礼なんかより、マジでやばいロックバンドつくってよね。 
 またロックの時代が来たら、うちの社長も私にロック求めるだろうしさ〜」 
「85を越えてもいいのね?」 
「できるもんなら」 
「できるわ。時代は動いている。こういう奴等がどんどん出てきているんだから」 

なっちの指はステージの方角を差していた。 
れいにゃーずの熱いライブ音は響いてくる方角だ。 
安倍も後藤もやや確信に近い想いで、その音を感じていた。 
(再びロックの時代が来る!) 
そして安倍なつみはオーディションの為に…れいにゃーずの為に本部テントへ駆け戻る。 

いつしか雨はあがっていた。 
あれだけ激しい嵐だったのに、誰もがそのことに気付かないでいた。 
別の嵐に乗っかっていたからだ。 
2曲目「Y」が終わり、れいなが天を指差して、皆ようやく気付いた。 

「雨、やんどーとよ」 

雨と汗でビショヌレのれいなが嬉しそうに笑う。 
さっきまでの『生死を賭けた』顔は、すっかり影を潜めていた。 
やっぱりれいなは笑顔がいい、と絵里とさゆは思った。 

「みんなのパワーで嵐吹き飛ばしたっちゃぁぁぁーーー!!!!!!!」 

大声で叫ぶれいなに合わす様に、5万の声が一斉に轟音を沸き起こす! 

「ほんっとにぃ!!よく帰ってきたなぁ!おまいらぁぁぁぁーー!!!!!」 

れいなが叫ぶたび、会場中の人々が声を張り上げる! 
その圧倒的な光景に…れいなは思わず目頭が熱くなる。 
絵里とさゆみだけは聞こえた。 
そのときマイクを通さないで、れいなが小さく言った声。 

「ありがと」と。 

そして三曲目は、れいなと絵里とさゆみの三人だけで作った大切な曲「>RES」。 
長い様で短かったロックフェスの最後の一曲が始まる。 

「安倍さん!!」 

雨に濡れて、息をきらして戻ってきた安倍なつみを見て、新垣は感動の声をあげる。 
(やっぱりぃ!安倍さんならわかってくれるって思ってました!) 

「新垣。この子達の参考書類、全部出して」 
「は、はい!」 

それほど数のない、れいにゃーずの履歴書や応募書の類。 
それぞれのプロフィールやこれまでの経歴が書かれている。 
新垣は喜んで三人分の書類を安倍の机に並べ出した。 

「あっ、ちょっと待って」 
「はい?」 

すると安倍は無造作に、一人分の書類だけ眺めもせずに新垣へ返した。 

「それはいらないから」 
「…え?」 

そして安倍は、好奇心に満ちた目で、残る二人の経歴書を手に取った。 
新垣は訳もわからず、返された一人分の書類を抱きかかえた。 

やがて、最後の曲が聞こえてくる。 
ロックフェス最後の曲…そして… 
…3人の最後の曲。 



七十一、最高のロックンローラー達へ


いけない。 
電流が走っている。 
この感覚はヤベエ兆候だ。 

「ミキたん。ミキたん。あの子たちミキたんにケンカ売るだけあるねぇ」 

隣で亜弥が何かしゃべっている。適当に相槌を返す。 
体がそれどころじゃない。 
自分以外の誰かのライブに心奪われたことなんて…一度しかない。 
後藤真希・石川梨華・吉澤ひとみ。 
あの三人組のバンドを初めて見たときと、同じ感覚。 
れいにゃーず…。 
……フン…どうかしてる。あんなクソガキどもと真希達を比べようなんて。 
そうだ。美貴はもう二度と誰かと組むことは無い。 

「あれ?ミキたん。急に立ち上がってどうしたの〜?」 
「帰る」 
「えぇ?まだ途中だよ。あ、ちょっと待ってよぉ〜。亜弥も帰るから、ミキた〜ん!」 

少なくともあいつの…あの気持ちは…認めねえ訳にはいかないか。 
「うちは今日のライブに人生賭けとるっちゃ!!」 
だが美貴にも譲れないものがある。 
この喧嘩の続きは…またいずれだ。れいにゃーず。 

「Give me answer 伝えたいことは全部詰め込んだからぁ♪ 
Give me answer 何でもいいから返して もっともっともっとぉ♪」 

藤本美貴が去ったロックフェス。 
れいなの魂のこもった歌声が響き渡る。 
絵里のギターがまた涙腺をくすぐらせる。 
さゆみのキーボードは相変わらず美しすぎる旋律を奏でている。 
三人の想いが詰まったまっすぐなバラード。 

「その声が聞けるならぁ 死ぬまでだって歌い続けんだぁ♪」 

長いようで短い一日。数え切れないほどたくさんの夢と希望を乗せた一日。 
そんな一日が終わる。 

「最高の仲間よぉ〜♪」 

ほとんどの観客が帰りだした嵐の中始まった、無名の三人組のライブ。 
だけど三人は挫けず、最高のロックを披露した。 
気が付けば会場は、隙間も無い程の人の海で溢れかえっている。 
いつまでも止むことの無い大歓声。 
終わっても、誰も帰ろうとしない。 
さっきまで誰も記憶してなかったその名を、連呼する人々。 

「れいにゃーず!!れいにゃーず!!れいにゃーず!!!」 

…そしてこのライブは伝説となった。 

「れいな〜!絵里〜!さゆ〜!」 
「もっきんさ〜ん!!」 

ステージから戻ってきた三人にまっさきに飛びついてきた娘。 
ずっと見守ってくれた、れいにゃーずのファン第一号。 

「最高らったのれ〜す!!」 
「ありがと〜やばい絵里も泣きそうだよ〜」 
「緊張がとけたら…なんかもう涙腺がダメなの…」 
「泣いてよか!泣いてよか!今日はうちが許可するっちゃ!」 

泣きながら抱きしめ合う4人。 
5万人のれいにゃーずを呼ぶ声はまだ聞こえている。それが一層は心を打つ。 
そこへすぐ横からたくさんの拍手が聞こえた。 
(にゃっ!?) 
ふと顔をあげると、出演していたバンドの皆が待ち構えていた。 
(嘘ォ…!!!!) 
Anniversary Meronもいる。COUNTRYもいる。Coconutsもいる。コン&マコもいる。 
Sun and Cisco Moonもいる。IIもいる。NIKEYまでもいる。Belize Atelierもいる。 
吉澤ひとみもいる。LOVE LOVE MIKITANを除くすべてのバンドがいた。 
今日という一日を作り上げた女達が、れいにゃーずを祝福に。 

「みんな…」 

「いいライブだった」「まぁ俺たちに勝ったお前らだ、当然だけどな!」 
「あの状況からこれだけ…凄かったよ。感動した。」 
「Japanese Rock is also wonderful!It got excited!!」 
「てゆうかベースとドラム募集してね?」「マ、マコっちゃん!」 
「若くてイキのいいバンドが出てくると嬉しくなるよ。まだまだ負けてられないって」 
「さゆみちゃん。すっごくよかったよ!」「まぁ〜うちがライバルと認めただけあるわな」 
「ちょうど三人だしおいら達の後継者になれそじゃん」「これで安心して解散…」「おい」 
「スッペシャル感動しました!私達も先輩みたいなライブできる様にがんばります!」 
「いいバンドになったな。れいな。絵里。さゆみ。燃えたぜ」 

突然の嵐で、中止になるかと思われたロックフェス。 
そのトリを見事に飾りきったれいにゃーずに、皆が祝福の拍手を送る。 
そこに敵も味方もない。 
みんなロックンロールを愛して集った者ばかり。 

「ウヘヘヘ…れいな」「れいななの」 

ポンとれいなを前に押し出す絵里とさゆみ。 
(うわっ、絵里!さゆ!) 
全員の視線がれいなに集まる。 
(しょ〜がなかねぇ〜) 
みんなの真ん中で、れいなは思いっきり拳を振り上げた。 
最高の一日の締めくくり。最高の仲間達へ。 

「おまえらみんな!!最高のロックンローラーっちゃぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!」 

We are all one. It’s the highest rock'n'roll!! 



七十二、合格発表の朝


UFA(アンフィアーエージェンシー)の会議室からは、昼夜問わず議論の声が聞こえる。 
ロックフェスが終了した時刻からずっと審査が続いているのだ。 
これは社の命運を賭けたオーディションである。 
どうしても慎重にならざるを得ない。 
プロデューサー安倍なつみのマネージャーである新垣も、緊張して行く末を見守っていた。 
最終判断を下すのは安倍なつみであると会長の山崎も口にしている。 
当の安倍はほとんど自ら発言せず、うつむいて物思いにふけっている様子だ。 
(安倍さん、疲れてるのかな〜) 
心配になった新垣はそっと安倍に近付く。 
(え?) 
そこで新垣は意外なものを目にする。 

現在、議論の中心はギタリストの選考であった。 
ギタリストはバンドの要となるポジションであり、それだけに競争率も激しい。 
もう数日話し合っているが、ギタリストだけが未だにまとまらずにいた。 
この原因となっている名前が「藤本美貴」である。 
藤本推薦派はとにかく実力重視。 
藤本反対派は当日の彼女の態度と本人に参加の意志が無いことを掲げている。 
この議論はいつまでたっても双方合意の糸口が見えない。 

しかし、安倍なつみが悩んでいる場所は、周囲のそれと違っていた。 
誰一人として挙げることのなかった、意外な人物の経歴書に頭を抱える安倍の姿があった。 
新垣はその名前を見て首をひねる。 
(安倍さん…なんでこんな人を?) 

そして…ロックフェスから一週間後の日曜日。 
都内の高級ホテルに、出場バンドのメンバーが集結する。 
いよいよオーディションの結果発表である。 
テレビや雑誌などのマスコミも凄い数が揃っていた。注目度の高さが窺い知れる。 
各バンドのメンバーも慣れない正装姿に緊張の色を浮かべている。 

「じゃあ皆、明日は正装でもっきんさん家に集合やけん」 
「は〜い」 
「かわいくしてくるの」 

れいにゃーずのメンバーも前日はそういって別れた。 
当日の朝、鏡の前でビシッと黒スーツを決めるれいな。 

「おぉ〜決まってるのれす!」 
「ま、俄然強めっちゃ」 
「れもこの背中の…」 

そこへピンポ〜ンと鳴るチャイム。 
ただちに玄関へ駆け出すれいなともっきんさん。 
玄関に立っていたのは全身ピンクのナース服を身にまとったさゆであった。 

「どう?かわいい?」 
「か、かわいいれすけろ…」 
「さゆ!今日は正装ばい!正装!なんでコスプレしとーと!?」 
「うちのママは看護婦だから…これが制服なの」 
「あかん。大きく勘違いしとるっちゃ」 
「ドクロのスーツ着てる人に言われたくないの」 

するとれいなは怒って後ろを向く。スーツの背中にドクロの刺繍!? 

「なん言うとや〜!これが良かとよ!」 
「やめてよ〜。恥ずかしくて一緒に歩けないの」 
「それはこっちのセリフっちゃ!」 

服のセンスでケンカするれいなとさゆみを見て、苦笑いするもっきんさん。 

「あと一人が…不安になってきたのれす」 

ちょうどそこへピンポ〜ンというチャイムの音。 

「あ!絵里が来たと!」 
「じゃあ絵里にどっちの服がいいか決めてもらうの!」 
「上等っちゃ!絵里ならこの良さがわかっ…」 
「………」 

扉の向こうに現れたセーラームーンを見て、凍りつくれいなとさゆみ。 

「ジャ〜ン!月に代わっておしおきよ〜ウヘヘヘヘヘ」 

ポーズも決めてご満悦の絵里に、さすがのれいなとさゆもひく。 
そんな三人についにもっきんさんがキレた。 

「三人とも着替えなおしなのれ〜す!!」 
「は、はい〜〜!!!」 

先行き不安な…合格発表の朝。 



七十三、人生が変わる日


大急ぎで着替えなおしたれいにゃーず一行は、もっきんさんの車で会場へ。 

「ふぅ〜なんとか間に合ったねぇ」 
「反省しとらんばい。絵里がコスプレしとーから遅れたとよ!」 
「ウエヘヘヘ楽しかったじゃん。れいなのドクロも似合ってたよぉ」 
「ほんと?ほんと?やっぱり分かる人には分かるっちゃね」 
「…れいなも絵里もセンスがおかしいの」 

あいかわらずバカ話を続けながら、車を降りる三人。 
辻は少し心配になりながられいにゃーずを見送る。 

「中には関係者しか入れないから、ののはここれ待ってるのれす」 
「うん。ありがとね。もっきんさん」 
「絶対にれいにゃーず三人そろって合格するって信じてる…」 

運転席から手を出すもっきんさん。 
その手を強く握り返すれいな。 

「本当に感謝しとるとよ。もっきんさんがいたから…れいなはここまで来れたっちゃ」 
「ののは何にもしてないのれす」 
「ううん。本当に…」 
「…ていうか早くスターになってもらわなきゃ、別料金がたまってしょーがねーのれす」 
「ニャ〜!今日からスターになるけん安心しとーよ!もっきんさん!」 

手を振りながらホテルの入口をくぐるれいなと絵里とさゆみ。 
辻の目は、三人の表情が回転扉をくぐった後に強張ったことを認識した。 
人生が変わるかもしれない日。 
緊張していないはずがない。 
(朝からのバカ騒ぎは…緊張を少しでもほぐそうとしてたんれすね…) 
(大丈夫れす。れいにゃーずはきっと大丈夫れす) 
(…そうれすよね、神様) 
残されたもっきんさんは一人、祈りをささげた。 

ドクン。 
ドクン。 
胸の高鳴りが止まない。 

「やばいよ〜緊張してきたの」 
「遅いってさゆ〜。絵里なんてこの一週間ずっと緊張しっぱなしだもん」 
「二人とも甘いっちゃね」 
「れいなは緊張してないの?」 
「うちなんか福岡から上京したあの日からずっとドキドキのままやけんね!」 
「嘘だ〜!れいな鈍感じゃん」 
「失礼やね〜。繊細ばい!れいなにだって人に言えん悩みくらいあるとよ!」 

(胸か…) 
口には出さずつっこむ絵里とさゆの優しさ。 
そうこう騒いでいる間に、ついにオーディション発表会見の間へ。 

「カメラがいっぱいなの」 

中の雰囲気に目を丸くするさゆ。 
大きなピアノコンクールでもこれだけ報道陣が集まったことはない。 
比較的場慣れしているさゆでそれだから、絵里の動揺はその比ではない。 
(うわあぁぁ〜ほんとに芸能人みたいぃ) 
しかも空気が張り詰めている。 
各テーブルに座している出場バンドの面々から、並々ならぬ緊張感が伝わっている。 
無名なバンドから超一流バンドまで、すべてのバンドがだ。 
改めてここで選ばれることがどれだけ凄いことなのか、思い知らされる。 
さらに緊張を深めながら、自分達のテーブルに向かうれいにゃーず。 
そこへ近付いてくる人物が一人。 

「よぅ」 
「吉澤さん」 

(かっこいい!) 
三人は素で思った。スーツ姿がはまりすぎている。 

「なぁんだ。お前らのことだからもっと変な格好で来るかと思ったのに、普通だな」 
「と、と、当然ばい。身だしなみは最低限のマナーやけん…」 
「美貴は…やっぱ来てねえみたいだな」 

藤本美貴! 
ほぼ全てのバンドが揃った今となっても、やはり彼女一人だけが姿を見せていなかった。 
めずらしく少しさみしそうな顔を見せる吉澤ひとみ。 

「じゃあ。一緒にやれるといいな、バンド」 

親指を上げて席に戻る吉澤。やっぱりかっこいい。 
…と見惚れていると、マスコミのカメラが一斉にフラッシュをたき始めた。 
ホールの奥は、段差一つ高いステージになっている。 
そこへ、今回の主催者・安倍なつみが登場したのである。 

「本日はお忙しい中、お集まり頂きありがとうございます」 

音楽番組で見られる様ないつもの笑顔はなかった。冷静に淡々と挨拶を述べる安倍。 
そのムードがさらに会場の緊張感を高める。 
序盤はUFA関係者から、今回のオーディションの目的と経緯。 
さらに先週開催され大成功を収めたロックフェスの事後報告が続く。 
その間も、集まったバンドメンバー達は黙ってその刻を待っていた。 

紺野と小川は両手を胸の前で合わせて祈る姿勢で…。 
加護と高橋は二人ともまっすぐな視線で安倍なつみを見ている。 
矢口と市井と保田は珍しく目をつぶって大人しい。 
吉澤は一人退屈そうに、指をテーブルの上で転がしている。 
他のバンドのメンバーもそれぞれにその瞬間を待ち続けている。 
れいなと絵里とさゆみはテーブルの下で手を繋いで… 

…その刻は来た。 

「それでは、ロックバンド・オーディション!合格者の発表を始めます!」 



七十四、発表@


「まず…ドラマーの発表から行ないます」 

安倍なつみの口からその単語が告げられた瞬間、報道陣のカメラが一斉に向きを変えた。 
まだ名前を呼ばれた訳でもないのに皆、吉澤ひとみを撮っている。 
退屈でアクビをしかけていた吉澤は、あわてて姿勢を正し、マジメな顔を作る。 

(くそっ、まだ決まった訳じゃねーのによぉ) 
コン&マコのドラマー・小川麻琴は心の中でぼやいた。 
自分が選ばれる可能性だって少しは…ほんの少しくらいなら…あるはずだ。 
もちろん希望を捨てている人間なんてここにはいやしない。 
Aniversary Meronの斉藤瞳。 
COUNTRYのあさみ。 
Coconutsのダニエル。 
Sun and Cisco Moonの信田美帆。 
Belize Atelierの須藤茉麻。 
などなど…パワフルな顔ぶれが揃っている。 
みんな最強バンドに選ばれることを一様に信じているのだ。 
それでも…。 

「ドラム!吉澤ひとみ!」 

やはり安倍の口から告げられた名前はこの人。 
最強ロックバンド。まず一人目。 

「選ばれた人は、前のステージに出てきてください」 
「へいへい」 

クールに立ち上がる吉澤ひとみ。 
カメラのフラッシュが一斉に彼女を狙いうつ。 
敗れた者たちも、他の者たちも、祝福の拍手を贈る。 
ステージへ向かう途中、れいにゃーずのテーブルの前で軽くウインクしてみせた。 
(吉澤さん…) 
待っていてくれているんだ、とれいなはまた感動した。 
吉澤は幼馴染の加護にも視線を送った。 
ずっと吉澤を見ていた加護だったが、視線が合うとぷいっと視線を外す。 
(へっ、いっちょまえにライバルぶりやがって…) 
吉澤は安倍なつみの前に着いて、ようやく小さな笑みを浮かべる。 

「実は結構ドキドキしていましたよ。選ばれて安心した」 
「ドラムだけは少しも迷わなかったべ」 

事実、審査会議でもドラムだけは満場一致で即決したのであった。 
今のロック・シーンで吉澤ひとみがいかに突出しているかを物語る。 

「続きまして…ベーシストを発表します」 

ここで新垣はあの審査の日を思い出した。 
意外にも、安倍なつみが一番悩んでいた箇所である。 
ベースといえば『NIKEY』の矢口真里。 
誰もが彼女を本命に推していたし、審査会議もその方向で進んでいた 
Aniversary Meronの村田めぐみ。 
Coconutsのレファ。 
Sun and Cisco Moonの小湊美和。 
Belize Atelierの清水佐紀。 
他にも個性的な面子が揃ってはいるが、やはり矢口真里が頭一つ抜けている。 
ロックフェス当日の生のライブを見てもその印象が強かった。 
マスコミ達もほとんどが矢口真里にカメラの焦点を合わせ始めている。 

「やれやれ、ようやくあんた達とおさらばできるね〜」 

矢口真里は嬉しそうにメンバーの保田圭・市井紗耶香に言う。 
NIKEYはずっと前から互いに解散だ解散だ言い続けて、今に至っている。 
自分達の後に続くバンドが現れないこともあったし、単純にきっかけもなかった。 
そうやってずるずるとトップに居座り続けていたのである。 
だが個性が強すぎる三人だ。そろそろ別々のやりたい道へ進みたいと思っていた。 

「矢口ぃあんたねぇ。そういうことは決まってから言いな」 
「つーか三人とも合格したらどーすんだ?また一緒じゃねえか、勘弁してくれよ」 

市井紗耶香の笑えない冗談に、矢口も保田も顔を歪める。 
はっきり言って三人とも十分合格の可能性を秘めた実力者である。 
特に比較的ライバルの少ないベースの矢口は、合格に絶対の自信を持っていた。 
そしてそれは会場のほとんどの人間も同じであった。 

けれど新垣里沙は違う。 
あの映像が…脳裏を強くかすめる。 

真剣な眼差しで、ある娘の経歴書を眺める安倍なつみの姿。 
聞き覚えの無い名前のベーシスト。 
新垣自身、まったく印象に残っていない娘である。 
採点でいえば全ベーシストの中でも最下位。「赤点」というべき存在かもしれない。 
今、選ぶべきは最強バンドに相応しい最高のベーシスト。 
まさに矢口真里の様な存在である。 

結局、安倍なつみがどういう結論をくだしたのか? 
新垣は知らない。 
合格者が決定したのはつい昨晩。 
最重要機密事項であるそれは漏洩を恐れ、ごく一部の者にしか知らされていない。 
安倍のマネージャーである新垣でもまだ知らないのだ。 
この発表は結果次第で事件となる。 
新垣は人一倍不安な気持ちで、安倍の発表を待った。 

そして会場にその名が響き渡る。 



七十五、発表A


「ベース!矢口真里!」

その名が呼ばれた瞬間、カメラが一斉に日本の誇るセクシーベースをとらえる。
当然、という顔つきで立ち上がる矢口真里。

「そんじゃ、お先ぃ〜」
「うるさいわね」
「とっと行け」

保田と市井をからかう口調で、ステージへ歩み寄る。
安倍なつみの前でピースマークをつくった。

「ま、おいらしかいないっしょ」
「…だね」

矢口はそのまま吉澤の隣に並ぶ。

「よろしくね〜」
「一緒にやれて光栄です」
「キャハ。こちらこそ」

最強ロックバンド・これで二人目。
リズムを形成するドラムとベースが埋まった。

(やっぱりダメだった…)
肩を落とす紺野あさ美。
(ハッ。私は何を落ち込んでいるんだろ。当たり前のことなのに…)
ステージに立つ矢口真里を見上げる。
自分とは全然違う。どこから見てもスターだ。
(私なんかが選ばれるはずないよね………だけど)
だけど……。
(最高のバンドの…最高のボーカルに…私の作った曲を…歌ってもらいたかったなぁ)
シンデレラになんてなれやしない。
まったく無名の娘が選ばれることなんて…どれだけ無茶な夢だろうか。

新垣はほっと胸をなでおろす。
やはり安倍なつみが選択したのは大本命・矢口真里であった。
それでいい、と思う。
安倍なつみに求められていることは揺ぎ無き確かな最強バンドの形成。
危険な賭けは必要ない。
そして安倍なつみはその通り、確実な選択をしてきている。
だけど問題はここからである。
ドラムとベースはある意味、大方の予想ができていた。
けれど、ここからは…

「続きまして…ギタリストの発表にうつります」

この先は、確実な選択などない群雄割拠の戦い。
Aniversary Meronの大谷雅恵。
COUNTRYの里田舞。
Coconutsのミカ。
Sun and Cisco Moonの稲葉貴子。
IIの加護亜依。
NIKEYの市井紗耶香。
Belize Atelierの熊井友理奈と徳永千奈美。
LOVE LOVE MIKITANの藤本美貴。
れいにゃーずの亀井絵里。

ギタリストは間違いなく最激戦区であるだろう。
有力所を並べて見るだけで、そうそうたるメンバーだ。

「絵里…」

れいなは隣に座る絵里の顔を覗き込む。
今まで見たことも無いくらい緊張した面持ちになっている。
テーブルの下で繋いでいる手の力を強めた。

「大丈夫たい。うちは絵里のギターが一番凄いって思っとーとよ」
「さゆもなの」

二人のはげましに、小さく笑みを浮かべる絵里。
(嘘じゃなか。本当に絵里は凄いっちゃ。だから…だからお願い…)
まるで自分のことの様に、祈るれいな。
そして運命の歯車は回り出す。



七十六、発表B


「ギター!加護亜依!」

同じ「アイ」という名前を聞いて、高橋愛はビクッと肩を揺らした。
(あれ?アイって…え?)
隣で目を丸くしている加護を見て、ようやく我に返る。

「あいぼん!あいぼんやよ!」
「う、うん…」
「合格やって!やったんやよ!!」
「ほんまに…うち?」
「決まっとるが!あいぼんしかえんがの!!」

周りのことなど気にせず、大声で相棒を抱きしめる高橋愛。
いつも勝気で弱みを見せたがらない加護の大きな黒目が濡れる。
(いつか日本一のギタリストにって…ずっとずっと…)
スターとなった幼馴染に追いつこうと、いっぱいいっぱい努力して、それがようやく…。
大勢のカメラマンのフラッシュの中、涙をふいて立ち上がるあいぼん。
(やったで!ヨッシー!やったで!梨華ちゃん!やったで……のの!!)
ついに天才ギタリスト加護亜依がスターダムに!
一方…

「ウヘヘ…ダメだった」

ペロッと舌を出して、はにかむ絵里。

「なんで絵里やなかと」

納得いかず怒っているのはれいなの方である。
さゆは心配そうに絵里を見つめている。

「しょうがないよ。だって絵里なんかまだぜんぜん素人だし…」
「素人とか関係なかと!絵里のギターはすごいっちゃよ!うまく説明できんけど…こう」
「もういいよ、れいな」
「そう!魔法みたいに…絵里のギターは人をドキドキさせとーよ。そんなの絵里だけたい」

魔法。
もしれいなの言葉が真実ならば。
それはきっと絵里だけの魔法じゃない。れいなの魔法。
(れいなのおかげで…れいなと一緒にロックできたから…手にした魔法だよ)
絵里はまた胸が暖かくなる。

「ありがとう、れいな。その言葉だけで絵里はいいよ…」

ところが、絵里の魔法は…本当の奇跡をおこす。

「ギタリストを…もう一名!」

安倍なつみが発した内容に、会場がどよめきに包み込まれる。
あっけにとられて振り返った絵里は…プロデューサー安倍なつみと目が合った。

「ギター!亀井絵里!」

「きたあああぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!にゃああああぁぁぁぁぁぁ!!!!」
「絵里!!やったの!!凄いの!!」

両腕を振り上げガッツポーズをつくるれいな。
絵里の手をとってピョンピョン飛び跳ねるさゆ。
だけど絵里はボーっとしていた。
(え?え?え?え?え?え?え?え?)

「選ばれた二名、前へ」
「は、はひ!」

返事の声も裏返る。絵里はうながされるまま前へ。
まだ何が起きているのか頭がついてゆけない。
加護・亀井が矢口の隣に並び立つ。
いよいよ揃いつつある最強ロックバンド。これで四人。
(何?何?何?何?何?何?何?何?何?何?)
自分に向かって、ありえない数のカメラがフラッシュをたいている。
絵里はパニック状態のままステージに立ち尽くしていた。
視界の端でれいなとさゆがお祭り騒ぎしているのが見える。

「よーし!この調子でれいにゃーず三人合格いくとよぉ!!!!
「うん!!!」

そして安倍なつみが次に発表するのはいよいよ…!

「それでは、ボーカリストの発表にうつります」

Aniversary Meronの柴田あゆみ。
COUNTRYの斉藤みうな。
Coconutsのアヤカ。
Sun and Cisco MoonのRuRu。
IIの高橋愛。
NIKEYの保田圭。
Belize Atelierの嗣永桃子と夏焼雅と菅谷梨沙子。
そして…れいにゃーずの田中れいな。
まさに各バンドのエースばかりが揃っている。
このボーカルが最強バンドの成功を握るといっても過言ではない。

れいなは拳を握り締める。
このときの為に人生のすべてを賭けてきた!だから絶対に…!!
(れいなはロックンロールの頂点に立つ女っちゃ!!!れいなは…!!!)

「ボーカル!高橋愛!」

れいなの斜め前のテーブルで、高橋愛が飛び上がった。
そのままステージへ駆け出してIIの相棒である加護亜依と泣きながら抱き合った。
まるで映画のハッピーエンドみたいな光景。
マスコミはその光景をこぞってカメラに収めている。
安倍なつみがほほ笑みながら、次の言葉を告げる。

「合格者は、以上です」

まるでモノローグの様に…一連の映像がれいなの視界を通り過ぎていった。



七十七、シンデレラになった少女


「ちょっと待ってください!」

すべての発表を終えた安倍なつみの前に、一人の少女が駆け込んで来る。
合格者の一人・亀井絵里だ。

「れいなは?ボーカルはどーして?れいなじゃないんですか!?」

安倍は微笑を浮かべたまま、冷静に応じる。

「言ったでしょ。暴力は嫌いって」

ロックフェス終盤のこと。
殴りあう藤本美貴とれいなを見て、安倍なつみは軽蔑する様に退出していった。

「そんな…!あれは違うんです!れいなは私の為に…!」
「フフフ冗談。はっきり言ってしまえば単純に実力。
 ボーカリストとして高橋愛さんの方が上だった。それ以外に理由はないから」
「っ!!!」
「まだ異論がある?」
「さ、さゆは…?キーボードは発表しないんですか!?」
「アハハハハハハ!」

必死で食い下がる絵里を見て、安倍なつみは大声で笑い出した。

「あなた達よく話を聞いてなかった?キーボードはなっちだって最初から決まってるの。
 だから悪いけど…道重さんは審査の対象に入っていません」
「えっ!?」

マネージャー新垣里沙はれいにゃーずの審査を思い出していた。
三人の資料を安倍に渡したとき、キーボードの道重さゆみだけは見ずに返されたこと。

「亀井さん。あなたのギターは頂点にふさわしい才を秘めているから」
「え、絵里は…」
「…あの二人じゃなく、あなたが」

絵里は…静かに後ろを振り返った。
そして目が合う。
呆然と立ち尽くすれいなとさゆみと…。
走馬灯の様に巡る思い出。

「あの、お願いがあります!私にロックを教えてください!先生になってください!」
「へ?」
「私、あなたにロックを教わりたいんです」

(絵里は…)

「待つたい!」
「?」
「先生とかじゃなく…バンド仲間ならうちは大歓迎だけど」

(れいなと…)

「この二人は私が呼んだの!だから悪いのは全部私!」
「さゆ…!」
「何を言ってるのさゆみ!?あなたがこんな汚らしい子達と同じな訳…」
「…同じだよ。少なくとも…絵里とは同じ魔法にかかってる」

(さゆと…)

「なんかさー楽しいね、こういうの」
「こういう風に皆で何かを造り出すっていうの、私今まで経験ないから…」
「うちもなかよ」
「私も…無いかな?」
「エヘヘみんな一緒だ。ワクワクしてくるね〜」

(3人で…)

「すごいじゃん!れいな!」
「凄かとはもっきんさんの交友関係ばい!これでついにライブできるとよ!」
「ちょっと燃えてきたの」
「そうと決まれば!練習ばい!練習!」

(きっといつか…)

「れいにゃ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ず!!!!!」
「ニャァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!!!!」

(夢を叶えるって……)

「何処へ行く気?亀井さん」

安倍なつみの声で、絵里は我に返る。
気が付くと…足が勝手にステージの前端に…降りようとしていた。

「もしかして?辞退したいと言うの?」

ザワザワ…
絵里の言動と安倍なつみの発言で、会場に不穏なざわめきが立ち昇る。

「日本中のギタリストの頂点に立てる資格を…まさか捨てるというの?亀井さん」
「え、絵里は…」

震えながら絵里は、れいなを見た。
(今の絵里があるのは全部…れいながいたから)
(夢はずっとずっと…あのときから変わってない!)
「絵里はぁ!れいなと一緒にぃ!ロックンロールで一番になるんだぁ!」
(そうだよねぇ、れいな)
(…ねぇ、れいな)
(何か言ってよぉ…)

普通の少女からシンデレラになった少女の叫びが、会場に響き渡る。

「れいなぁ!!!」



七十八、別れ


「おめでと、絵里」

呆然としていたれいなが、ムリヤリ笑みを浮かべて言った。
ステージの上で首を横に振る絵里。

「絵里はもうとっくにうちを越えとーよ。だから…」

だから…
その先の言葉が続かない。
唇を噛み締めて、うつむくれいな。

「何言ってるの?絵里が言って欲しいのはそんなことじゃないよ!」

うつむくれいなの肩を、さゆみが揺り動かす。
さゆみは知っている。
本当に必要とされたい人から本当に言われたかった言葉。

「戻って、一緒にって…」
「さゆ!絵里は自分で夢を掴んだと!その邪魔なんかうちにはできなか…」
「じゃあいいの!?れいにゃーずがバラバラでも!絵里がいなくなっても!!」
「選ばれなかったうちらが悪かたい!そんなうちらに絵里を引き止める資格なんて無か」
「れいな。本気で…言ってる?」

さゆみがれいなの両肩を揺さぶりながら、問いかける。
唇をきつく噛み締めたまま、なすがままに俯くれいな。

「れいな!さゆ!」

もう見ていられなかった絵里は、自らステージの外へ足を踏み出そうとする。
それを見たれいなが声を張り上げる。

「来るなっ!!」

ビクッと動きを止める絵里。

「簡単に夢ば捨てとー奴は!たとえ戻ってきても!うちは仲間なんて認めなか!!」
「…っ!!!」
「絵里は世界一のギタリストになる女っちゃ!!!」

絵里の瞳からボロボロととめどなく涙が零れ落ちる。
口元を手で覆わないと…みっともない嗚咽をあげてしまう。

「約束ばい!うちの代わりに絵里がロックの頂点に…」

それが限界だった。
れいなは身を翻して走り出す。
腕で顔を隠しながら、会場を飛び出していった。

「れいなっ!!」

さゆみは絵里の方を振り返った。
今までの人生で出逢ったどんな人よりも、いっしょに笑って、いっしょに落ち込んで、
いっしょにドキドキして、いっしょにれいなの魔法にかかった…大親友。
(心配いらない)
(あんな凄い人たちがいて…それにボーカルは高橋先輩…)
(絶対にすごいバンドになるの)
(絶対に私の親友もすごくなるの)
(だから…泣いちゃダメなの)
さゆみは胸の前で小さくガッツポーズをつくって、ムリヤリの笑顔を絵里に送る。

「…絵里」
「さゆぅ!」
「スターになっても…友達でいてね」

それだけ言うと、さゆみもまた振り返って走り出した。
走り出すと同時に瞳の奥から雫が次から次へとあふれ出てくる
れいなを追っていってしまう親友の背中へ向けて、絵里も泣きながら声を張り上げる。

「当たり前だよぉ!!」

静寂。れいなとさゆみが飛び出した会場で誰も言葉を発さない。
やがて、ステージの上で泣き崩れる絵里を吉澤ひとみが大きな腕で抱き起こした。

「がんばるしかねえよ。あいつらの分も…」

涙を拭きながら、強くうなずく絵里。
れいなとさゆとした約束。絶対にロックンロールの頂点に!

会場の出口前で、もっきんさんは今や遅しと結果を待っていた。
そこへ想像もしていなかった光景が飛び込んでくる。
顔を隠して駆け出してきた少女。

「…れ、れいな」

もっきんさんが呼び止める声も聞こえない様に、俯いたまま行ってしまう。
(ふぇぇ??どうしちゃったんれすか??)
今のは確かにれいなだった。
だけど…見間違いじゃなければ…泣いていた様な…
そこへ、やはり顔を抑えて泣きじゃくるさゆみが現れる。
今度はと、もっきんさんは走り抜けるさゆみを抱きとめた。

「さ、さゆ!泣きやむのれす!何があったのか教えてくらはい!」

だけど号泣し続ける今のさゆみに、まともな説明などできやしない。
そのうち辻はさゆを抱きしめながら、絵里だけが戻ってこないことに気付いた。

れいなは…あてもなくどこまでも駆け抜ける。
涙も鼻水も汗もよだれも、色んなものが混じってグシャグシャの顔のまま。
(約束ばい!うちの代わりに絵里がロックの頂点に…)
そんなはず無かった。バカみたいにかっこつけて。
誰よりも絵里を呼び止めたかったのは自分のくせに…。本当のバカだ。
(うちは本当のバカたい)

「ウッ…エグッ…ウワッ…アァァ…ワアアアァァァァァァ〜〜!!!!!!!」



七十九、もう一人


合格発表後、そのまま会場は記者会見の場へと変わる。
安倍なつみと選ばれた5人のメンバーが並んで、記者からの質問が飛び交う。
その間もずっと絵里だけは上の空であった。

「明日からの予定ですが、分刻みでビッシリ埋まっていますので」

会見終了後、安倍なつみのマネージャーからバンド全体のマネージャーとなった新垣が、
選ばれた5人にこれからのスケジュールをおおまかに説明する。

「亀井ちゃん。当分家に帰れないと思うから、今日は甘えてきな」

新垣がぽんと絵里の肩を叩く。
絵里の家まではUFAの社員が車で送迎してくれた。
そのまま両親に会って、事情や今後のことについて説明しだす。
もともと有名人な吉澤・矢口は別として、未成年組の三人には親の承諾が要るらしい。
地方出身の高橋と加護には電話で。
もっともあの二人の親は初めから了解しているから問題無い。
都内在住の絵里だけが直接面談だ。

「いえいえ、とんでもない。こちらこそ娘を宜しくお願いします」
「絵里。みなさんの足をひっぱるんじゃないわよ」

れいなとロックを始めるときは、あれほど反対していた父さんと母さんが…
社会的に認められた一流の名前を前にして、掌を返す様にお祝いしてくれた。

キーボード 安倍なつみ
ドラム 吉澤ひとみ
ベース 矢口真里
ギター 加護亜依
ギター 亀井絵里
ボーカル 高橋愛
選ばれし名前を眺めながら、新垣里沙は光悦の表情を浮かべていた。

「いやぁ…ようやく決まりましたねぇ」
「新垣ぃ」
「はい?」
「なっちの判断は…まちがってないよねぇ」

ひさしぶりに落ち着いた夜だった。
ずっと選考で慌しく、明日からも慌しい日々が始まる。
そんな夜に、会社の自室で夜景を外の眺めながら、安倍なつみはふと呟いた。
二人きりの空間で新垣は怒った様なそぶりを見せる。

「何言ってんすか〜!完璧ですよ!これ以上の選択肢は無いですから!」
「本当?」
「まちがいないです!絶対にすごいバンドになりますよ」
「ありがとう。新垣も今日は早めに帰って休んどきな」
「え?いいんすか?」
「その分明日から死ぬほど働いてもらうから」
「ウヘェ〜やっぱり。じゃあお先に失礼しま〜す!」
「うん、おつかれ」

扉が閉まる。
部屋には誰もいなくなった。
窓ガラスに映る安倍なつみの表情が…音も立てずに変化する。

「もう一人…」


「なぁなぁコンちゃんよぉ〜」
「マコっちゃん。落選したのに元気だよね〜」
「しょうがねえだろ〜そういうキャラなんだよぉ」

解散後、せっかくだからと街をまわってようやく帰路に着くコン&マコであった。

「明日さ。れいにゃーずの連中に会いにいこうぜ!一緒に組もうってさ!」
「本気?」
「あったりめえだろ〜!あいつらとならそこそこはやれると思うぜ。なぁ」
「…うん、そうだね。それがいいかも」
「おっし決まりぃ!じゃあ明日な、コンちゃん」
「うん、おやすみ、マコっちゃん」

(れいにゃーずはギターの絵里ちゃんが抜けたけど、ボーカルの子はギターもできるし、
 キーボードの子も凄く上手かった。そこにベースとドラムで私達が加われば…)
落選はしたけれど、紺野の描くビジョンには少しだけ希望が見えた。
(れいにゃーずのあのボーカルの子に…私の曲を歌ってもらえたら…)
ポワワワワァ…と夢とほっぺが膨らんでしまう。
紺野は弾む足取りで、自宅へと駆け出した。

「紺野さん?」

ふと、聞き覚えのある声に呼び止められ、紺野は足を止めた。
自宅の前に人影が一つ。

「紺野あさ美さん?」

人影がまた自分の名を呼ぶ。
その声は確かに聞き覚えのあるそれだ。
だけど、そんなはずはない。
あの人が今、こんな所にいるはずがない。
私の家の前でわざわざ私の帰りを待っているはずが無いのだ。
あの人が…

隠れていた月の光が雲の隙間からわずかに光を落とす。

紺野あさ美の前に…天上界に住む人物の顔が浮かび上がった。
平凡な一市民の少女は魚みたいにパクパクと口を開閉させる。

「……あ、あ、あ」

人影は…ゆっくりと紺野あさ美の前に歩み寄ってきた。
紺野は声を震わせながら、その名を告げる。

「安倍なつみ…さん」



八十、何も変わらない日


リンリンリン
うさちゃん風鈴の音で目が覚めた。
いつもと何も変わらない朝。

「さゆみ。夏休みだからっていつまで寝ている気?」

ママに怒られながら一人遅い朝食をとる。
芸能ニュースは、昨日のバンドメンバー発表の件で騒がしい。
昨日まで隣にいた親友がテレビの向こうでぎこちない笑みを浮かべている。
それ以外は、いつもと何も変わらない朝。

「いってきま〜す」

朝食を終えたら、いつもの様に家を飛び出す。
ご近所さんの風景も、見慣れた商店街も、いつもと変わらない。
駅でいつもと同じ料金の切符を買って、いつもと同じ電車に乗る。
降りる駅も同じ。
目的地もいつもと同じマンションのいつもの部屋。
そこに変わらない顔が集まっている。

あの発表後、れいなはいつまで経っても部屋に戻ってこなかった。
だからさゆみはもっきんさんと一緒に辺りを探し回った。
けど深夜になっても全然みつからなかった。
しかたなく戻ったら、れいなは先に戻っていて猫みたいに丸まって眠っていた。

「起こそうないほうがいいよね」
「話は明日れすね…これからのこととか、色々と」
「…うん」
「もう遅いし、家まで車で送るのれす」
「ありがとう」

昨日はそうやって別れた。
れいな探しにヘトヘトで、だから今日さゆみは寝坊した。

「おはよ〜う。もっきんさん。れいな」

挨拶をしたのに、返事もなかった。
もっきんさんの部屋の扉は、鍵もかかってなく開いていた。

「ねぇ〜れいな〜!」

上がって奥まで行く。
何も変わってはいない。いつもと同じ廊下に、いつもと同じキッチン。
そして部屋もいつもの様に散らかっている。
何も変わっていない。
何も…

「…もっきんさん?」

部屋の奥で、もっきんさんが窓の外を見ながら座り込んでいた。
だけど他に誰もいない。

「れいなは?コンビニでも行ってるの?」
「……家に……帰ったのれす」

さゆみは首をひねった。
もっきんさんの言うことはたまに理解できない。

「家って。ここがれいなの家じゃないですか」

もっきんさんは外の景色を眺めたままこっちを見ず、ボソッと呟いた。

「ここはれいなの家じゃねーのれす」
「え???」

CDコンボにはロック系CDが山積みになっている。
れいなが命より大事にしていたレスポールも、ケースごと壁に立てかけてある。
いつもと何も変わらないれいなの部屋。

「ちょっと、もっきんさん。冗談はやめてよ。れいなは何処?」

さゆみは、こっちに顔も向けないもっきんさんに少しイラッとして肩を引っ張る。
振り向かせたもっきんさんのその瞳が…透明の雫で濡れていた!
一度だって見せたことのない顔。

「え…!?」
「れいなは家に帰ったのれす」

さゆみは……まだ理解できていなかった。
目を丸くして固まったまま、動けない。

「……帰ったのれす」

一陣の風が吹く。

リンリンリン
子猫の風鈴の音が、静かになった部屋に音色を届ける。
それはいつもと何も変わらない音色だった。



八十一、どん底の乙女たち


「来れないって〜!どういうことだよぉ!コンちゃん!!」

小川麻琴の咆哮が夏空を切り裂く。
二人でれいにゃーずに会いにいこう、昨日そう約束したばかりだ。
携帯の向こうで謝る紺野の声はかぼそかった。

「ごめん、ほんとにごめんなさい」
「謝るよりさ〜理由は?どうして?何かあったの?」
「ごめんなさい。言えないの」
「二人きりのコン&マコの…パートナーの私にも…言えないって何だよぉ?」

しばしの沈黙のあと、絞り出す様な声で紺野は言った。

「あのぉ…私…コン&マコも…やめます」
「ハァ!?」
「本当にごめん!マコっちゃん!」
「ちょっと待ってよ!いきなりなんだよそれ!直接会って話そうよ!」
「ごめん…私…会えない」
「コンちゃん!!」
「今まで…ありがとう。本当にごめんなさい」

ツーツーツー。それで携帯の着信はきれた。
あんまり突然のことで、麻琴は目の前が真っ暗になって固まった。

うっすらはげあがった頭が小刻みに揺れる。
中年太りのおっさんだが、こう見えても関西では名の通った敏腕プロデューサー。
デモテープをノリノリで聴き終えると、イヤホンを外して彼は言った。

「いや〜ええわあ。やっぱあんた天才やなぁ、藤本はん」

藤本美貴は当然といった顔で微笑を浮かべた。
東京近辺では安倍なつみの影響力が強く、どの事務所も自分を避けようとする。
考え抜いた末、藤本はデモテープを作って大阪へ乗り込んできたのだ。

「じゃあ契約してくれるんスか?」
「アッハッハッハ」

突然笑い出した中年プロデューサー。だが目は笑っていない。

「それは無理な相談ですわ」
「え?」
「今の時代、上手い下手っちゅうんはそーそー関係あらへんのよ」

親指と人差し指でマルをつくって、笑みを浮かべる。

「ゼニなるかならへんか?大事なんはそこやん」
「…っ!」
「しょっぱい演奏でもゼニになったもんが勝ちの時代なんですわ」
「……」
「うちで今の藤本はん背負うにはリスクが大きすぎまんねん。ゼニが逃げてく」

中年プロデューサーは無造作にテレビを付けた。
芸能ニュースは安倍なつみのバンドでもちきりである。

「ほら、今はあそこと手ぇ結ぶんが一番ゼニになるんですわ」
「もういい」

デモテープを奪い取ると、藤本美貴は無表情のまま立ち上がった。
事務所の出口扉に手をかけた藤本の背中へ、プロデューサーは最後の忠告を述べる。

「はっきり言いまひょか。もう日本中の何処さがしても、
 死神の藤本はんと手ぇ結ぼうなんてバカはいまへんわ。
 調子にのって敵を作りすぎたツケですわなぁ。アッハッハッハ」

バタン!
扉を思いっきり締め付けて、藤本は外へ飛び出した。
そこから御堂筋線に乗って新大阪駅へ向かう。
目を閉じると、うっとおしいハゲの笑い声が聞こえてくる。
大阪に来たのは完全に無駄足となった。
新幹線のホームで、藤本は怒りにデモテープを握りしめた。そのとき――!!

一人の娘が視界に入る。

反対側のホームに停まっている東京から博多へ向かう新幹線「のぞみ」の車内。
遠目だから本当にあいつかどうか分からない。
ホームを越えて確認する間もなく、新幹線「のぞみ」は博多へ出発してしまった。
そして藤本美貴の脳裏にあのどうしようもないロックバカの顔が浮かんだ。

「れいにゃーずも…もう終しまいれすね」

れいなのいなくなった部屋でもっきんさんはポツリと呟いた。
いつもと同じ部屋が、なんだかガラーンとして見えた。

「まだ…終わってないの」

立ち尽くしていたさゆみが、震えながら口を開く。
そして静かに、血に濡れたレスポールをギターケースから取り出した。
使い込まれすぎて薄くすりへった古ギター。
(こげんボロボロになるまで使ってとー者が、そう簡単にやめられる訳なか)
いつかれいなから言われた言葉が頭をよぎる。
その血に濡れたレスポールを抱きしめながら、さゆみは吼えた。

「こんなにボロボロになるまでロックしてたれいなが!そう簡単にやめる訳ないの!」
「さゆ…」
「このギターはさゆが持ってるの!今度はさゆが!れいなにギターを返す番だから!」

もっきんさんはさゆみの意志に驚き、そして胸をうたれた。
絵里もいなくなり、れいなもいなくなったのに、一人になっても彼女は諦めていない!

「れいにゃーずはさゆが守っていくの!!」

絶対にれいなは帰ってくる。
さゆみは信じている。だかられいにゃーずは失くさない。
れいなが帰ってくるその日まで。



八十二、SA・KU・RA


『SA・KU・RA』に決定したバンド名。
デビューシングルの発売も公表された。
発売当日にスペシャルライブを開催することも発表。
芸能界は忙しい所とある程度覚悟はしていたけれど、想像を絶する日々だった。
TV・ラジオ・雑誌・その他ありとあらゆるメディアからの取材依頼。
デビュー曲のPV撮影に、ジャケット撮影。スペシャルライブのリハーサル。
その合間を見て各自、渡されたデビュー曲の練習をしなければならない。

「亀ちゃん。あさっての音合わせまでにマスターしといてね」
「え…?あさってですかぁ!!でも朝から深夜までスケジュールいっぱい…」
「AM2:00〜5:30が空いてるでしょ」

寝る時間は…?とは聞き返せなかった。
6人分のマネージャーをしている新垣さんは絵里よりもっと忙しそうにしているから。
それに忙しいのは絵里だけじゃない。他のメンバーも同じだ。

「亀井ぃ〜!何ボーっとしてんだぁ!ラジオの収録始まるぞぉ!!」
「は、はいぃ!すいません矢口さん今行きますぅ!!」

クタクタになるまで動き回って、宿舎のベッドに辿り着いたのは夜中の二時半。
眠くて眠くて死にそうだったけど、ここからデビュー曲の練習をしなければならない。
私は他のメンバーよりも一番ヘタクソなのだから、一番練習しなきゃいけない。
だけど…ギターに触れているこの時間が…唯一のやすらぎでもある。

「亀井ちゃん。また同じとこ間違えたべさ」
「あっ!ご、ごめんなさい」
「ちょっと〜ちゃんと自主練したの〜?おいら達だって疲れてるんだからね〜」
「は、はい。ごめんなさい」

6人全員揃っての貴重な音合わせの時間。
やっぱり私だけがミスを連発している。安倍さんや矢口さんに怒られてばかりだ。

「安倍さ〜ん。サビの後なんスけど、もうちょいテンポ早目がよくないスか?」
「え〜?そ〜うヨッスィー?あ、じゃあ亀井ちゃんは今のトコ練習してて」
「は…はい」

吉澤さんも、音楽のこととなると徹底してこだわりぬく。
ちょっとでも気になる所は安倍さんや矢口さんと話しあって、曲の完成度を高めている。

「ギターのリフがおかしゅうなるから、うちはこのままでええと思います」

加護さんは毎回その会話に割ってはいる。
私と一つしか変わらないのに、あんな凄い人たちに堂々と意見を言えるのが羨ましい。
一方の高橋さんはまた違う意味で変わった人だ。
そういう会話には一切加わらず、一人ヘッドホンをしながら鼻歌で歌詞の確認をしている。
演奏は演奏陣に任せて、自分はあくまでボーカルに専念するつもりだろうか。
とにかく私以外の全員に共通することは…みんな本気だということ。
誰もふざけていない。『SA・KU・RA』というバンドにすべてを賭けている。
これがロックの頂点を目指すということ。
なんだか私だけが…場違いな感じ。

そんな風に私が落ち込むと、いつもあの声が聞こえてくる。
「約束ばい!うちの代わりに絵里がロックの頂点に…」
どんなに忙しくても片時も忘れたことはない。
私はれいなと約束したんだ。
世界一のギタリストになるって。絶対に夢を叶えてみせるって。
だからくじけている暇なんてないんだ。
忙しすぎて連絡をとることもできないけれど。
れいなだって、きっと今頃さゆと一緒にがんばっているはずだ。
だから…絵里も負けない。
れいなとさゆみのことを思うと、自然と指がクネクネ動き出す。
どんなに難しいリフだってできない気がしなくなる。

「亀ちゃん!ストップ!」

突然、吉澤さんに呼び止められて私はビクッと肩を揺らした。

「今のリフ、もう一回やってくれよ」
「は、はい…」

言われるがまま、私は指をクネクネ動かす。
好き勝手に奏でていたメロディを皆の前で。

「ほら。これいいじゃん!リズム早めてもこのリフならさ」
「ふ〜ん、悪くないかもね」
「じゃあ試しに一回それで合わせてみるべさ」

あっというまにリズムを修正してみせる吉澤さんと矢口さん。
それに合わせて、私はさっきの通りにギターをひく。
さすがというべきか、加護さんも一回聞いただけでもう同じリフをひいている。
ていうか私は自分でも驚いた。
早めたテンポとさっきのリフが、びっくりするくらい絡み合うのである。

「オーケー!オーケー!」

安倍さんが手を叩いて演奏を止める。

「亀井ちゃんのリフ採用〜!」
「えっ?」

私はキョトンとみんなを見つめた。
超一流のプロデューサーとミュージシャンの中で、絵里のメロディなんかが…!!

「キャハハ、亀井やればできんじゃん」
「矢口さん。あいつはああ見えても天才っスよ。なぁ亀ちゃん」
「フン。いい気なったあかんで。他はほとんどうちのリフやさかい」

みんなの笑顔で私の心が少し軽くなる。
そうだ。迷っている暇なんかない。
私だって他の人たちと同じ、選ばれたメンバーだ。
『SA・KU・RA』の一員だ。
胸を張って、がんばるしかないんだ。
(れいな。さゆみ。私はがんばるよ…)



八十三、ヤブ医者とビールと墓参り


うみのなかみちから見える玄界灘の景色が、子供の頃からのお気に入り。
志賀島の向こうに夕日が沈むのを見て帰路に着いた幼き日々。

れいなは福岡に帰ってきた。

数ヶ月ぶりに見る地元の景色は何も変わりない。
少し行くと公営の霊園がある。
お盆は過ぎちゃったけど、ちょっと遅い墓参り。
帰ってきたこと、あの人だけには報告しなければいけない。
あの人のお墓は小高い山にある霊園の一番高い丘の上。
(バカとなんとかは高いところが好きって…ほんとっちゃ)
Tシャツの背中がじっとりと汗ばむ。
後ろを振り返ると、博多湾と玄界灘が一望できる。
(きっと怒られるっちゃね。約束やぶって)
額の汗をTシャツの袖で拭うと、れいなはさらに上へ歩を進めた。
この急な階段を登りきればようやくあの人のお墓に辿り着く。
(帰ってきたとよ…ゆ)

「っ!!」

場所が場所だけにほとんど誰も訪れるない辺ぴな墓前に、一人の女性が立っていた。
誰かが登ってきた気配に気付くと、女性はすぐにれいなの方に振り返る。
そして驚いた表情を浮かべた。

「れいなちゃん!」

今は誰にも会いたくなかったれいなは、わざと顔をそむけた。
しかし女性は構わず駆け寄ってくる。
派手な服装に、派手な髪型、濃いメイク、片手に缶ビール。
れいなは昔からこの女性が苦手だった。

「ひさしぶりじゃん。大きくなったな」
「なっとらんたい」

胸にコンプレックスをもつれいなは勘違いして、そう呟いた。

「れいなちゃんも今日墓参り?私も仕事が忙しくて盆に間に合わなかったくちだ」
「石黒さんはヤブ医者のくせに急がしかと?」
「ハハッ。ひさしぶりに聞いたぜ。
 私のことヤブ医者呼ばわりすんの世界に二人しかいねえし」

この派手な女性・石黒彩はこれでも医者である。
若いのに腕が立つと評判の名医で、いくつもの難しい手術を成功させてきた実績をもつ。
だけどれいなにとってはヤブ医者なのだ。

「二人じゃなか…もう一人しかいなか」
「おっと、そうだったな」

れいなは墓前まで早歩きで進むと、両手を合わせてしゃがみこんだ。
石黒もその後ろで立ったままお参りした。

「しかしれいなちゃんも、あいかわらず変な博多弁だね」
「博多弁じゃなか!うちのはれいな語っちゃ!」
「フフッ。誰かさんのマネばっかして」

(関西弁じゃねーって!俺のは裕子語だって言うてるやろ!)
昔、そんな風に騒いでいたバカを一人知っている。

「こっちのマネごとは…まだ続けてんのか?」

石黒はギターをひく振りをして、そう言った。
安倍なつみのオーディションでトリをつとめたバンドなど、忙しい石黒は知らない。
れいなは立ち上がると、小さな声で呟いた。

「もうしとらん」
「え?ギターやめたの?れいなちゃ…」
「うるさい!!ヤブ医者には関係なかっ!!」

一番触れてほしくない所に触れられたれいなは、叫んで逃げ出した。
石黒が止める間もなく、階段を駆け下りてゆくれいな。

「なんだ?行っちゃったよ。まぁ反抗期の年頃か」

残された石黒は手にしていた缶ビールをプシュッと空けた。
そのまま無造作に口元へ運ぶ。
プハーっと大きく息をつくと、墓石に向かって笑みを向ける。

「わかってますよ。あなたも飲みたいんでしょ」

物言わぬ墓石に向かって独り言の様に呟くと、石黒はビールの残りを墓石の上から注いだ。
墓石にまんべんなくビールが染み込む様にゆっくりとまわして注ぐ。
ビールが空になると、空き缶を砂利の上に置いて自分も腰をおろす。

「やっぱり夏はこれですね」

「えぇ。うちは旦那もガキも元気っすよ。超元気。マジうっとおしいくらい!」

「失礼。墓の中の人に言うセリフじゃねーっすね」

「…」

「れいなちゃん。大きくなってました」

「ギターやめたって、本当ですかね」

「あぁ〜わかってますって。約束はちゃんと覚えてますから」

「じゃあそろそろ。また来年きますんで、お元気で。…ってのも変か」

空き缶を手に立ち上がった石黒は、もう一度墓石に向かって頭を下げた。

「バイバイ、裕ちゃん」



八十四、SA・KU・RAのデビュー


夏の終わり。
本当にいろんなことがあった夏だった。
その集大成。この夏最後のビッグイベント。
『SA・KU・RA』のデビューシングル発売とスペシャルライブ。
なお、ライブの模様はゴールデンタイムに生放送されるという破格の扱いである。

「ハァ…ハァ…ハァ…」

学校帰り、制服姿のさゆみが走っている。
その手には一枚のCD。
目的地はいつものあの場所。

「もっきんさ〜ん。SA・KU・RAのCD買ってきたの!」
「ふぇ?」

部屋の中には、せんべいをくわえてジャケットを眺めているもっきんさんの姿が。

「あ〜〜!もっきんさんも買っちゃったの」
「らってあいぼんのデビューシングルれすし…さゆこそ!」
「絵里のCDなんだからさゆは買うに決まってるの!」
「なんか…売れてそうれすねぇ」
「クラスの子もほとんどみんな買うって言ってたよ」
「…もうすぐテレビ始まるのれす」

特別番組は、安倍なつみがオーディションの募集を開始する所から始まった。
そして今や伝説となったあのロックフェスの映像を流す。
当たり前だが、ほとんどが合格者のシーンばかり。
LOVE LOVE MIKITANは完全カットだし、
れいにゃーずに至っては絵里ソロのシーンのみ。
そして合格発表の映像。
れいなやさゆみが騒いだシーンはやっぱりカットされている。
テレビの編集ってのは凄いもんだと、さゆは感心した。
実際はあんなにつらかったのに、テレビで見ていると感動してしまう。
6人とも応援したくなってしまう演出。
メンバーのがんばっている姿を泣かせる音楽で映し出してゆく。
ある種の洗脳に近い。

「ウッウッ…み、みんな、夜おそくまでえらいのれす…グスッ」
「絵里も高橋先輩も…すごいよぉ〜。」

そしてこの二人は単純で洗脳されやすかった。
番組の後半は完全生中継。
『SA・KU・RA』のメンバーによるデビュー曲初ライブとなる。

「ファーストシングルの『rainy sunny after love』歌います」

ボーカルの高橋愛がそう言った。
いよいよだ。
さゆみともっきんさんも緊張してきた。
安倍なつみが作り上げた「最高のロックバンド」の実力がいよいよそこに―――。

衝撃がテレビの中から飛び出してきそうだった。
凄かったあのロックフェスの…より最高の部分だけが凝縮している感じ。
吉澤ひとみの圧倒的なドラミング。
矢口真里のセクシーなベースパフォーマンス。
日本が誇る最強のリズム隊に、とんでもないコンビがメロディを乗せる。
完全に藤本美貴を映した加護亜依と、常識をうちやぶるクネクネ速引きの亀井絵里。
まったくタイプの違う二人の天才ギタリストが競い合う様に前に出てくる。
(正解だった。競わせることでさらに実力を発揮させてる。二人共まだまだ上手くなる!)
安倍なつみは勝利の確信を得た。
吉澤と矢口に関しては初めから心配していないし、
半分博打だった加護と亀井のツインギターが想像以上に当たりだった。
こうなってくるともう…最後の一人には、何も求めない。
およそ歌に関して、高橋愛というボーカリストにあれこれ思案する必要は皆無。

「It will not cry tomorrow. It has not cried any longer. This tears are made at the end.」

その歌声に、日本中が息を呑んだ。天性の歌姫である。
(これがSA・KU・RAよ!)
安倍なつみは再びほほ笑んだ。
ボーカルやギターが衝撃的すぎて、普通の視聴者には気付かないかもしれない。
だけどさゆみの心胆をもっとも冷やしつけたのは…そのどれでもなかった。
安倍なつみのキーボード。
神童と称されたさゆみだから気付くのかもしれない。
まだ結成間もなくコンビネーションに欠ける音楽達を、一人ですべてカバーしている!
よほど注意しなければ気付かないメロディの隙間を埋めているのだ。
つまり今の安倍なつみは本気じゃないということ。
今後チームワークが固まり、安倍なつみが本来の演奏をできる様になったとしたら…!
もはやさゆみの想像を絶する領域だ。

こうしてSA・KU・RAのデビュー曲『rainy sunny after love』スペシャルライブは、
最高のパフォーマンスによって大成功を飾った。
番組の視聴率は、音楽番組としては異例の25%をマークすることになる。
この成功が話題となり、子供から大人にまでSA・KU・RAは瞬く間に浸透していく。
結果、『rainy sanny after love』は一週間で70万枚を売り上げダントツの1位を飾り、
そのあと約1ヶ月間No1の座を守り続け、最終的な売り上げは180万枚に及ぶのだ。
しかも『rainy sunny after love』から1位の座を奪い取ったのは、
急ピッチでリリースされたSA・KU・RAのセカンドシングル『Full cherry』である。
この曲もまた売れ続け、二ヶ月間チャートのトップを独占という異常事態が起こる。
『Full cherry』は190万枚を売り上げる。
またメンバー全員ビジュアルレベルも高く、アイドル的人気も得ることになる。
一躍SA・KU・RAは社会現象と化すことになるのである。

そんなことはまだ知らないさゆみともっきんさんは、ただただ圧倒されていた。
ロックフェスのときもいくつか凄いというバンドはあった。
だけどこれは凄いのレベルが違いすぎる。

「本当に越えるかもしれねーのれす。85を…」

『85』オタのもっきんさんがそう洩らしたことが、どういうことかさゆみには分かった。
さゆみは、れいなの残したレスポールをギュッと握り締める。
(れいにゃーずがロックの頂点に立つなんて…もう)
もうさゆみには「諦める」以外の選択肢が残されていない気がしていた。
…そのときだ!
リンリンリンともっきんさん家の電話が鳴った。

この電話が、絶望の淵にあるれいにゃーずの運命を大きく変えることになる。



八十五、最後の架け橋


「もっきんさん、電話鳴ってるの」

圧倒的パフォーマンスを見せた『SA・KU・RA』のライブ終了直後であった。
幼馴染が二人メンバーにいるもっきんさんは、相当の衝撃を受けていたようだ。
さゆがいくら呼んでも放心状態であった。
(もぅ…しょうがないの)
今は出れないことを伝えようと、さゆが代わりに電話をとった。

「もしもし」
「おぅ辻。ひさしぶり。藤本だ」
「え?」
「また仕事を頼みたいんだ。今からそっち行くよ」

どうやら相手はさゆをもっきんさんと勘違いした様だ。
しかも否定する間もくれず、一方的に用件を告げてくる。

「あ、あの…」
「30分くらいで行く。じゃあな」

ガチャン。
さゆは結局何も言えないまま、電話を切られてしまった。
(怖そうな声の人だったの)
だけど仕事と言っていたので、もっきんさんに知らせない訳にはいかない。

「もっきんさん。もっきんさん」
「ふぇ…あっ、さゆ」
「ごめんなさい。電話がかかってきたから代わりに出ちゃったの」
「あぁ〜ののがボーっとしてたかられすね。こっちこそごめんなのれす」
「ううん。それでね、藤本って人がお仕事頼みに今から来るって…」

その名を聞いた瞬間、勝手に電話に出ても怒らない温厚なもっきんさんの目つきが変わる。

「来るって?ここにれすか?」
「う、うん」

するともっきんさんは突然玄関へ向かって駆け出した。
さゆも驚いて後に続く。

「どこ行くの?もっきんさん。」
「出かけるのれす!あいつには会いたくねーのれす!」
「え?だってお仕事って?」
「そんなの知らねーのれす!」

ひどい剣幕であった。
もっきんさんがこんなに誰かを嫌っているのを初めて見た。
世界中の誰からも愛され、世界中の誰をも愛する、マスコットの様な人だと思っていた。
きっとそいつはよっぽどの悪人に違いない。そういえば確かに怖そうな声だった。

「さっきの藤本って人、そんなに悪い人なの?」

すると、もっきんさんは眉を吊り上げて言い捨てた。

「何言ってるんれすか!藤本美貴れす!梨華ちゃんを裏切った女れす!」
「!!!」

当時ネットなどで「85」のギタリストとベーシストは犬猿の中という噂が囁かれていた。
それが解散の原因であるなど、様々な憶測が飛び交ったものである。
そしてベーシストの石川梨華と辻希美は幼馴染。
辻がそのギタリストを嫌っていてもおかしくはなかった。

だけど…何故だかわからないけれど、
その名のせいで電撃がビビッとさゆみの背筋を駆け抜けたのである。
さゆみはその名前の女をあのロックフェスの日、見ている。
れいなとロックのことで殴り合っていた女だ。
彼女の神がかったギタープレイは、今でも思い出すだけで鳥肌が立つ。
だけど安倍なつみとの確執が原因でSA・KU・RAに選ばれなかった女。

「…藤本美貴」

さゆみは小さくその名を呟いた。
それだけで胸の奥がカーッと熱くなってくる。
――――あの女が今からここに来る!!

「さゆも早く逃げた方がいいれすよ!じゃあね!」

マンションの鍵を閉めて外に出ると、もっきんさんはすぐに何処かへ行ってしまった。

数十分後、辻希美のマンションに藤本美貴が現れる。
チャイムを押しても返事が無く、ノックをしても返事が無く、呼んでも返事が無い。

「チッ。居留守か?逃げやがったか?あのやろう…」

しかたない。もともと無理は承知で訪れたのだ。
藤本も『SA・KU・RA』のライブをTVで見ていた。
そしたらいてもたってもいられなくなり、切り札・辻希美に電話したのである。
自分が嫌われていることは知っていた。だけど動かない訳にはいかなかった。
このままロックンロールの舞台をあんなバンドに独占されてたまるか、という気持ちだ。
だけどその切り札も潰えた。もう藤本美貴には何の術も残されていない。
(ちくしょ…どうして…美貴はただロックがしたいだけなのに…)

「あの…」
「ん?」

そのとき、一人の娘が声を掛けてきた。どこかで見覚えのある娘だ。
(あのクソガキの…れいにゃーずの…メンバーか?)
昔の道重さゆみだったら、こんなヤンキー顔の怖そうな女に声を掛けることは無かった。
だけどさゆはれいなに会って変わった。
ヤンキー顔でも純粋に夢を追いかける熱くて最高なバカがいるって、知ったのだ。
そして彼女には、あのバカと同じニオイを感じた。

―――れいなへと繋ぐ最後の架け橋。

藤本美貴と道重さゆみが今、巡り会う。



八十六、ノラネコ


駅前の大型看板に亀井絵里の写真が大きく貼られている。
何処をふらついても大音量で流れてくる音楽。
道ゆく女子高生の会話に出てくる名前。
街中が『SA・KU・RA』に満ちていた。

学校にもいかず、働く訳でもなく、何もすることがなく、ブラブラと街をさまよい、
誰からも相手にされず、誰にも必要とされず、ただ無意味に日々を過ごす。
田中れいなはまるでノラネコの様であった。

同じ夢に向かって共に歩んできた二人に、たった半月で天と地ほどの差が開く。
これがあまりにも重い現実。
(はっきり言ってしまえば単純に実力。ボーカリストとして高橋愛さんの方が上だった)
(亀井さん。あなたのギターは頂点にふさわしい才を秘めているから)
(…あの二人じゃなく、あなたが)

ドンッ!
フラフラしていたれいなは、女子高生の集団に突き飛ばされて路地裏のゴミに転がる。
怒り返す気力も無く、ゴミ捨て場に放置されたダンボールの箱の中で寝返りを打った。

「ヤ〜何アレ。きったな〜」
「てゆ〜か、この亀井って子ばりかわいかね〜」

薄汚いノラネコは、ダンボールの中で高い空を仰いで、孤独に鳴く。
(……れいながおらんでも誰も困らん。必要なか人間たい)

その公園には想い出があった。
哀しいとき、つらいとき、いつでもあの人がいて、唄ってくれた。
今はもう音の死んだ場所。
それなのに気が付くと足はそこへ向かってしまう。

〜〜〜〜〜〜〜〜♪

(っ!?)
薄汚いノラネコの耳に…風が音楽を運んでくる。
れいなは公園の奥へと走り出した。
いつも彼女がギターをかきならしていたあのベンチへ。
(裕子姉ちゃん!!)
ベンチの前に辿り着いたれいなの視界にうつる中澤裕子の姿。

「なんやま〜たお前か。ノラ」
「ロックっちゃ!ロックひくっちゃ!おばちゃん!!」
「誰がおばちゃんやっちゅ〜ねん!ピチピチギャルやゆうとるやろクソガキ!!」

立ち尽くすれいなの目の前を幻覚が通り過ぎてゆく。
ギターはベースに…。中澤裕子だと思っていた姿は石黒彩へと姿を変える。

「ん〜?なんだぁ、またお前か」
「にゃ!?ま、まぎわらしかねヤブ医者!何でうちのストーカーしとーと!」
「おいおい。私は裕ちゃんゆかりの場所を巡っているだけだぜ。
 お前が私の行く所に着いて来てんだろ。」
「た、たまたまっちゃ!……それより何でヤブ医者がベースなんかひいとーと?」

石黒はベースを持ち帰ると、懐かしげにボディをさする。

「何年ぶりかな。私も昔はそれなりのベーシストだったんだぜ」
「めちゃくちゃ上手かったたい。なんで辞めたと?もったいなか!」

すると石黒の顔つきが変わる。

「れいなちゃん。それはこっちのセリフだ」
「う、うちなんか…才能もなかし」
「才能?そんなくだらねーもん、私も裕ちゃんもこれっぽっちもなかったよ」
「だって!愛ちゃんも、絵里も、選ばれた人はみんな才能の塊っちゃ!勝てる訳なか!!」
「おい」
「うちがロックンロールの頂点になんて…最初から無理な話だったっちゃ」

涙ながらに訴えるれいなへ、石黒の口から痛烈なひとことが放たれる。

「そのセリフ、そのまま裕ちゃんの前で言ってみろ」

石黒はベース片手にベンチを立つと、そのまま公園を歩き去っていた。
呆れ果てる…そんな顔だった。
昔からの知り合いにすら見放されたれいな。

(約束やで…れいな)

裕子姉ちゃんの前で……そんなの言えるはずがなかった。

波の音が聞こえる。夕暮れの砂浜。
肩を落として、うつろな瞳のまま、れいなはそこへ辿り着いた。

初秋の波間に足を踏み込むと、ひんやりとした冷たさが感覚を刺激する。
ザブザブと膝まで進む。このまま冷たさが全身に届くようだ。

(れいなはもう…疲れたっちゃ)

さざなみが腰の辺りまで濡らしてゆく。
ツーと瞳の隙間から一筋の雫がこぼれ落ちた。

(生きてても…意味なんてなかと)

どこまでも続く広大な水平線。最期に相応しい景色。
もう海水はれいなの肩までも覆っている。

(ねぇ?)
(そっち行ってよかと?裕ちゃん)

チャプン。
全身が海の藻屑と消える。

(……)

れいなは考えるのをやめた。



八十七、ケンカの続き


冷たく暗い海の中。
細長い腕に抱きとめられた。

(嗚呼、裕子姉ちゃん。やっとお迎えにきてくれたと?)

意識を失う最期に感じたのは…
自分を包み込む大きな手と、うすっぺらい胸板。
……………………………
………………………
…………………
……………
………


「誰がうすっぺらい胸板だ!!マジで殺すぞクソガキ!!」

二人分の体重を支えながら、藤本美貴が必死で波をかきわける。

「ゼエ…ゼエ…ゼエ…」

れいなの体を砂浜に叩きつけて、自分もそこにへたりこむ。
(ちっくしょー。寝言で勝手なことばっかいいやがって)
びしょぬれの髪を雑にかき乱して美貴はれいなを睨み付けた。
れいなはまだ意識が戻っておらずピクピクしている。
免許とるとき学んだ人口呼吸の絵づらが、頭の片隅に思い浮かんだ。

「もぅ…最悪」

ぐいぐいっとれいなの胸を押し付ける。
(てめーだってうすっぺらいじゃねーかコノヤロー)
睨みつけると、青紫だけどプルンとしたれいなの唇が視界に入り美貴は口元を歪める。
(何でこんなクソガキと美貴が…ちっくしょ〜)
覚悟を決める。
美貴はれいなにカプッと口付けた。
呼吸が戻るまで、美貴は何度もれいなの唇に空気を流し込む。
(こんなシーンを亜弥に見られたら刺されるな)

「ゲホッ。ゴホッ。フニャァ〜」

そうしてようやくれいなは息を吹き返す。
意識が戻ったら絶対殴ると、口元を拭きながら美貴は思った。

「ニャ?ここは天国?地獄?」
「地獄だコラ」

生還したれいなが最初に目にした光景は、自分に降りそそぐ恐ろしいゲンコツ。
ゴッ!!

「ふにゃぁぁ〜〜〜〜〜〜〜〜!!!!!」

殴られてようやく意識ははっきりしたれいなが、その人物の存在に気付く。

「ふ、ふ、藤本美貴!!!!」
「呼び捨てにすんじゃねえ!!」

ゴツッ!
もう一発れいなの頭をどつく。

「こ、こ、殺されるっちゃ!!」
「おう!ロックやめたとかふざけたこと言ってるバカをぶっ殺しにきたんだよ!」
「え、え〜〜!!」
「なのに何で殺しに来た美貴がてめぇの命救わなきゃなんねぇんだよ!!」

れいなの表情に驚きの色が浮かぶ…。

「じゃあ…あの長い腕とうすっぺらい胸板はふじ…」

ガゴォ!!っとこれまでで一番大きなゲンコツがれいなを襲った。

「むぐぅ〜」
「どしたよ?来いよ?」
「へ?」
「昔のお前ならすぐに殴り返してきたぜ」
「あ、あれはそんな…」
「誰より一番ロックに命賭けてんじゃなかったのかよ」

両手両膝を砂浜につけた状態で、れいなは前に立ちはだかる藤本美貴を見上げた。
だけどすぐに顔をそむける。

「うちはもう負けたと…。一番にはなれんかったと」

やれやれという感じで頭をかきながら視線を横に向ける美貴。

「うな重だっけか…マジであのガキの言ってたとおりかよ」
「さゆ?」
「あいつは一人でもバンド守ってるのに、お前はこんな所で勝手に自殺だ」
「……さゆが!」
「恥ずかしくなるぜ。こんなクズとロック勝負してたなんてよ」
「え、あ…」
「もう止める気もおきねえ。一人で勝手に死んじまえ!」

砂浜を立ち去ろうとする美貴。
その背中が涙で滲んで…見えなくなってゆく。
(いやばい。死にたくなかと。れいなだって本当は…ロックが…ロックが…)

「ロックしたかよ!!!」

れいなの叫びに、ピタリと足を止める藤本美貴。
背中を向けたままその声に耳を傾ける。

「だけど安倍さんは…高橋さんのが上だって言っとーと。だから一番にはなれな…」
「アホか」
「ふにゃ?」
「お前が負けたのは安倍なつみの基準でだろ。
 それ以外の何十億の人間はまだどっちが上かなんて決めちゃいねえぜ」
「…っ!!」

震えながら、ゆっくりとその場に立ち上がるれいな。

次に藤本美貴が漏らした言葉は、
おそらくれいなにとって一生忘れることのできない言葉となる。

「少なくとも美貴は…お前の歌の方が胸に響いた」



八十八、ここがスタート


幻覚かと思った。
あの伝説のギタリスト藤本美貴がうちの歌を褒める発言。
胸の内側がギィウ〜って熱くなった。
泣きそうになった。
叫びたくなった。
ロックンロールが…したくてしたくて堪らなくなった。

「れいなぁ〜〜〜!!!」

そのとき、車道へ続く道の向こうから一人の少女が駆け出してきた。
その両腕で見慣れたギターケースを大事そうに抱えている。

「…さゆ」

うちは裏切り者だから、もう合わす顔は無いって思っていた。
だけど、たった一人でれいにゃーずを守ってくれていたさゆと、
その腕の中にあるギターを見たら、全身の震えが止まらなくなった。

「れいな!」
「…さゆ」

パァン!!
駆け寄ってきたさゆの平手打ちが、いきなりうちの頬に飛んできた。
さゆの眼にはうっすら涙が浮かんでいた。

「どうして!?どうして黙っていっちゃったの!?」
「…ごめん」
「さゆにはもうロックしか…れいにゃーずしか無いんだからね!!」
「ごめん」

うちが落ち込んでうつむくと、さゆはギターケースから中身を取り出した。
血に濡れたレスポール。
ドクン。
鼓動が猛る。
さゆがうちの腕の中にそいつを押し込む。

「こんなにボロボロになるまで使ってた人が、そー簡単にやめられる訳ないの」
「!!!」
「れいながさゆに言ったセリフだよ。バカ」

腕の中のそいつを握っていると、どうしても顔がくしゃくしゃに歪んでしまう。
うちはバカだから…ようやくわかったと。
どうしてうちがさゆにピアノを渡したあのとき、さゆが突然泣き出したのか。

「さゆ」
「ん?」
「またうちと一緒に…バンド…してくれませんか?」

嬉しかったとよ。
そこに仲間がいること。また大好きなギターがひけること。嬉しかったから泣いたと。

「当たり前のことを、いちいち聞かないでほしいの。れいな」

だから今、うちの眼から涙がこぼれても、それは当たり前っちゃ。

「フゥ〜〜ッ」

藤本美貴は、背中で二人の青臭いやりとりを聞きながら大きくため息をついた。
(美貴もヤキがまわったな。こんなガキどもにつきあってこんな所まで)
(さて、とんこつラーメンと焼肉でも食って帰るか)
あとはガキ二人に任して、その場を去ろうと再び歩き出した。
そこへあのクソガキのバカデカイ声が飛んでくる。

「藤本美貴さーんっ!!!!!!!!!!!!!!」

(ちょ…!声デケーよ。さっきまで死にそうだったくせに!)
藤本は立ち止まって振り返ろうとした。そのとき…!

「わざわざ来てもらって、その上助けてもらって、何もお礼できなかけど…
 もう一つだけ!どうしてもお願いがあります!!」

(んだょ…めんどく…)
そのとき…すぐ後ろで、クソガキが土下座をしている音が聞こえた。

「藤本さん!うちらと一緒にバンド組んでください!!」
「!!」
「れいなはSA・KU・RAよりも!もっともっと凄い!最高のバンドを作りたかと!!」
「…」
「それにはギターは藤本さんしかおらんっちゃ!お願いします!!」

藤本美貴は振り返ることができなかった。

「バカか。美貴は死神だぜ。バンドが潰れるだけだ」
「そげんこつ関係なか!!れいなはその死神に命救ってもらったけんね!」

ニィッとほほ笑むれいな。
美貴は背中を向けたまま、必死に頬の緩みを取り除こうと唇を噛んでいる。
もう二度と…バンドなんてできないと思っていた。
「はっきり言いまひょか。もう日本中の何処さがしても
 死神の藤本はんと手ぇ結ぼうなんてバカはいまへんわ。
 調子にのって敵を作りすぎたツケですわなぁ。アッハッハッハ」
(いたぜ。そのバカが…)
れいなに背中を向けたままの藤本美貴が口を開く。

「はっきりいって美貴は…お前みたいなクソガキは気に入らねえ…」

れいなの顔が曇る。

「…けど、SAKURAを越えるってトコだけは、気に入った」

れいなの顔が晴れ上がる。
笑顔をムリヤリ取り除いたクールな表情で振り返る藤本美貴。

「また泣き言いって逃げ出したら、今度はぶっ殺すぞ」
「うちはもう逃げんたい。ロックンロールの頂点まで突っ走るっちゃ!」
「上等だ。本物のロックってやつを見せてやろうぜ」

どちらからともなく、伸びる掌。

『SA・KU・RA』に勝てるバンドなんて、一生現れないって思ってた。
この二人が手を握り合う、その日までは。

道重さゆみは夕焼けの海岸線、握手を交わすれいなと藤本を見てまた涙ぐむ。
するとれいなが自分を呼ぶ。

「さゆも来るっちゃ〜!」
「う、うん」

田中れいな。藤本美貴。
この二人のロックが交わったときどんな音が生まれるのか!?
たまらなく湧き起こる無限の可能性。
そして自分もその一員であるという事実が、さゆをどうしようもなく興奮させる。

「ここがスタートたい」
「うん、そうだね」
「やれやれ。まずはベースとドラムみつけねえとな」
「そんでもってぜぇ〜ったいSAKURAを越えるっちゃ!!!行くとよ〜!!!」

れいにゃーずは再び三人に。

新たな伝説の始まり。

「にゃああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」



八十九、新生れいにゃーず始動


「れいなぁ〜〜〜〜〜!!!」
「もっきんさぁ〜〜ん!!!」

ガシィと抱き合う辻希美と田中れいな。

「うぅ、感動の再会なの」
「そうか?てか何でお前まで泣いてんだよ!」

もらい泣きするさゆみにツッコミをいれ、美貴は先行きの不安を感じた。

「もっきんさん、またここに住んでもよかと?」
「当たり前田のクラッカーなのれす。別料金払うまで逃がさねーのれす!」
「もっきんさん、相変わらずそうゆことはしっかりしてると」
「それより問題は…」

辻はチラリと藤本美貴に視線を向ける。

「ろうしてミキティと一緒なんれすか?」
「そうそう、紹介するっちゃ!一緒にバンドやることになった藤本美貴さ…」
「ダメ!ぜぇ〜ったいダメなのれす!」
「え?」

もっきんさんの予想外の反応に面食らうれいな。

「あいつは梨華ちゃんがケガしたからって、85を解散させた奴なのれす!」
「いや、悪そうな顔しとーけど実際そんな悪か人じゃ…ちょっと悪いくらい…」
「フォローなってねえだろコラ」
「ダメ!れいなとさゆはいいけど、ミキティは絶対うちには入れないのれす!」
「えぇぇ〜」
「しょーがねーよ。嫌われてんのは知ってるから。美貴は別のスタジオで練習する」
「ダメッちゃ!全員そろって練習しなきゃ意味なかよ!うちらも行く」

美貴は昔からよく利用しているスタジオへ向かう。後に続くさゆみとれいな。
するとれいなはムリヤリもっきんさんの手も引っ張ってゆく。

「久しぶりだし、もっきんさんも来るとよ」
「へ、へい」

ちょっとばつが悪そうに、言われるがままトコトコ付いてくるもっきんさん。

「そういえば皆が福岡に出かけてる間に、変なお客さんがれいにゃーず尋ねて来たのれす」
「客?誰っちゃ?」
「名前聞かなかったのれす。ちょっと太ってておもしろい顔した子れした」
「太っておもしろい顔??誰やろ??そんな知り合いおらんとよ」
「ストーカーじゃねぇの」
「どうしよう藤本さん。きっとさゆが可愛いすぎて狙われてるの」
「知るか!」

そんなくだらない話も、スタジオに着くと全員の頭から消えうせた。
いよいよ新生れいにゃーずの初練習がはじまる。

一時間経過。メンバーの顔色は一様に冴えない。

「バラバラなのれす」

横で聞いていたもっきんさんが苦々しく感想を漏らす。
藤本美貴の他を寄せ付けないほど圧倒的なギターに、
れいなもさゆも必死になって付いてゆこうとした。
だけど…特にれいなのギターは、ブランクもあって全然ダメだった。
さゆみは今更ながら絵里のギターのありがたみに気付かされた。
クネクネ柔軟な絵里のギターは誰と絡んでも見事に絡み合う。
バンドを組んだばかりのれいにゃーずがあっさり噛みあったのは、絵里の力だったのだ。
事実、SAKURAでも絵里は加護亜依と見事なコンビを披露している。

「これじゃ練習どころじゃねぇな」

美貴がギターをおろして、勝手に休憩に入る。
れいなは何も言い返すことができなかった。
(なんでうちは今までさぼってたと…。悔しか…)
スタジオ内に嫌な空気が流れる。
(だからののは反対らったのれす…)
このままじゃSAKURAどころか、とてもバンドとして成立しない。
新生れいにゃーずに早くも黄色信号。
(どうすればよかと。美貴さんにやっぱバンドやめるって言われたら…)
れいなはギターを抱えたまま考え込む。
だけどいい考えなんて、浮かびやしない。
そうこうしてる間に美貴の方が、何か決意した顔で口を開いてしまった。

「やっぱり…」
「にゃあぁぁ!!!ちょっと待つっちゃ美貴さん!!」
「あん?」
「うちもっともっと練習するから辞めるとかまだそんな…!!!」
「ハァ?何言ってんだお前?」
「はにゃ?」
「やっぱりベースとドラムを先に探さねえとな、って言おうとしたんだけど。
 バラバラなのはリズムの問題だからよ。そこがしっかりしてれば合うはずだし」

固まるれいな。
やがてごまかす様に得意の大声でわめき散らす。

「れ、れいなもそう思ってたと!!よぅし!ベースとドラムさがすっちゃよぉぉ!!!」
「言っとくけど、その辺のヘボベースやヘボドラムじゃ納得しねえからな」
「わかってるばい!相手は矢口さんと吉澤さんやけんね」

さゆみともっきんさんは黙って首を傾け合った。
矢口真里・吉澤ひとみクラスのベースとドラムが簡単に見つかれば、誰も苦労はしない。

「ところでアテはあんのかよ?」
「ニヒヒ…実は一人すごいベースを…」

「あんのぉ〜〜〜」

そのときスタジオの扉が開いて、いきなり誰かが入ってきた。全員の視線が集まる。
(あ…!)
そこに、ちょっと太ってておもしろい顔が立っていた。



九十、ドラムは?


「小川麻琴!ドラム!れいにゃーずに加入希望!!」

れいな、さゆ、美貴、もっきんさん、みんな眼を丸くした。
変な女がいきなり現れていきなり大声でいきなりなことを言い出すから。

「よろしくおねがいしやぁ〜す」

しかも勝手に話を進めだす。
慌てて止めに入るれいな。

「ちょ、ちょ、ちょ〜っと待つたい!」
「はぁ?」
「確かにドラム募集しとーけど、そんな急に言われても困るとよ」
「じゃあ演奏見せればいいんすかぁ?」
「その必要はねえ」

会話に割って入る美貴。

「却下だ。帰れ」
「ええぇぇぇぇぇ!!なんでえぇぇ?」
「まずそのデブったビジュアルがありえない。それにこれ以上お笑いキャラはイラネ」
「さゆもストーカーは嫌なの」
「…という訳なんで、申し訳なかとけど…お引取りを〜」

するとマコはドタバタ暴れ出した。
スタジオ全体が地震の様に揺れ始める。

「え〜一曲くらいドラム見てくれたっていいじゃぁ〜ん!!わざわざ来たのにぃ〜!!」

(こ、これは危険っちゃ!)

「れいなぁ。せっかくらし、ちょっとくらい叩いてもらうのれす」
「そ、その方がよさそうやね」
「本当!よぉ〜し!そこのドラムセット借りるぜぃ!」

ものすごい切り替わりの速さ。
変な勢いの人だ、とれいなは思った。

ダダダッ!!!ジャンジャン!!

「おっ」

だが、ドラムを叩き始めた途端、アホヅラが一変する。
(へ〜、意外といけるれすね)
(けっこう上手いの)
(む〜ていうか、どっかで聞いたことあるドラムたい)
そしてれいなはようやく思い出す。

「あ〜〜!!ロックフェスに出てたコン&マコのドラムやなかと!!」
「お〜い今頃気付いたんかい!!」

あのロックフェスに出場していたのなら、上手いはずだとさゆともっきんさんも納得する。
ていうか、はっきり言って戦力になるかもしれない!
どうする?と皆の視線が怖い顔の藤本美貴に注がれる。しかし…。

「却下だ」
「ええぇぇぇぇ!!なんですかぁぁ!!」
「うるせえな。顔だよ」
「美貴さん。その言い方はちょっと酷かとよ…」
「何だよ。美貴はわざわざ優しく言ってやったんだぜ。本音で言っていいのかよ」
「本音?」

スッと立ち上がった藤本美貴が、まるで死刑宣告の如くマコに告げる。

「お前じゃこの先どれだけ頑張っても、吉澤ひとみに追いつくことはできない」

とことん陽気だった小川麻琴の顔色が一変する。
ビジュアルを言われるよりも…一番聞きたくなかった事実。

「最強にふさわしいドラムが見つかるまで、練習用の仮ドラマーとしてならいい。
 だけど、可能性が無い奴を本メンバーとして認める訳にはいかない」
「美貴さん!!」
「何だよれいな。お前も言ったろ、本気で上を目指すって」
「やけど…」
「仲良しこよしのお遊びじゃ、SAKURAには勝てねえんだよ」

そのセリフにれいなは何も言い返せなかった。ガクンとその場に崩れ落ちるマコ。
美貴はそのままスタジオを出て行ってしまった。

「なんれすか!あの態度は!!」

怒り出すもっきんさん。落ち込むれいな。

「だけど…うちはあの人の言ってること否定できなかったと」
「れいな!このままじゃれいにゃーずがミキティ色にそまっちまうのれす!」
「頂点を目指すにはその方がよかかもしれんと…」
「ダメらよ!!れいにゃーずはれいな中心らなきゃダメなのれす!」

もっきんさんの怒る気持ちも、れいなの迷う気持ちも理解できるさゆは戸惑った。

「と、とにかくベースとドラムを見つけるのが先決なの!ね、れいな!」
「そうっちゃね。美貴さんを納得させる人をうちらが探せばよかとね!!よぉぉし!」

さゆの言葉で自分のすべきことに気付いたれいなは、勢いよくスタジオを飛び出した。
その後にさゆも続く。スタジオには怒るもっきんさんと崩れたマコが残った。

「あーもう!しょうがない。ののが一肌脱いでやるのれす!!」

もっきんさんは拳を握り締めると、落ち込むマコの顔を持ち上げた。

「今日からののと特訓れす!」
「へ?特訓?」
「めちゃくちゃ上手くなって、ぜぇ〜ったいミキティの鼻を明かしてやるのれす!」
「そ、そんなこと…できる?」
「無理でもやるのれす!れいにゃーずをミキティ色には、ののがさせねーのれす!」

同じ頃、都内外れの地下スタジオ。

まっくらな室内に轟音が響く。
髪の長い女が二本のスティックを変幻自在に振り回していた。
この世のものとは思えないドラムさばき。

ダダダダァダダダダダダダッダダァン!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!

ラスト一打がシンバルを叩き揺らしたあと、憑き物が落ちた様に女の頭部が落ちる。
ガラガラガシャーン!!!
派手にドラムセットの中を転がり落ちる。

「いったぁ〜」

髪の長い女は、痛む体を抑えながらゆっくりと起き上がる。
そして棚に飾ってある写真を眺めた。
古い写真だ。5人の女が写っている。その中に自分とあの女もいる。

「なっち」

その名を呟くと、飯田圭織は静かに写真を元の場所へ戻した。



九十一、ベースは?


「えええぇぇぇぇ!!!!!!!」
「うるせっ!声でけぇよ!こっちは病院だぞ!」
「ヤブ…石黒さん!!都内の病院に来とーと!?」
「ああ。短い盆休みも終わってまた患者巡りだ。つーかれいなちゃんこそ何して…」
「どこの病院?どうしても石黒さんに会いたかとよ!!」
「はぁ〜珍しいこともあるもんだ」

携帯の通話を切ると、石黒彩は眉をひそめた。
先週福岡で再会したときは死にそうな顔で落ち込んでいたくせに…。
(今どきのガキの思考回路は理解不能だわ)
とはいえ、元気ならそれにこしたことはない。あいつは元気が似合ってる。
石黒は少し笑みをこぼして患者巡りを再会した。

「ちわ〜っす。お元気ぃ?」
「あ、先生。おひさしぶりです。はい、元気ですよ」

優等生な返事をよこす患者さん。
約一年前、上腕の手術を施した患者だ。
かなり厄介な手術で、この病院から石黒へ直々に依頼があった程の大仕事だった。
手術はなんとか成功し、術後のリハビリも順調。退院も近いらしい。

「おかげでまた普通の生活ができそうです。本当に先生には感謝してるんです」
「いいって。医者が患者を治すのは当たり前だろ」

おだやかな昼下がり。静かな病院。当たり障りない女医と患者の会話。
そんな平和な日常を乱す暴風雨参上!!

「石黒さぁぁぁぁぁん!!!!来たっちゃぁぁぁぁっぁぁ!!!!!」

無言でひっぱたかれるれいな。

「うるさい。病院だって言ってるだろ!!」
「ご、ごめんなさい」
「つーかあんたロックやめて落ち込んでたんじゃなかったけ?」
「そんな訳なかと!れいなはロックの頂点に立つ女っちゃ!」
「はいはい…おめでとう」
「そこで、今日は石黒さんにお願いがあってきたとよ」
「お願い?何?」
「うちらのバンドにベースで参加してください!またロックで燃えるっちゃ!!」
「ハァァァ?何言ってんだお前?」
「石黒さんのベース、めっちゃ上手かったとよ。矢口さんとも張り合えるくらい!」
「おい…矢口って、元NIKEYで今SAKURAの矢口真里?無茶言うなよ」
「お願い!どうしても凄かベースが必要たい。他にアテが無かとよ!」
「頼まれても無理に決まってるだろ。私は医者だぜ。現役バリバリの矢口と比べんな!」
「そげなぁ〜。石黒さんなら美貴さんも納得してくれると思ったとにぃ〜」
「誰だよ美貴さんて」
「へっへ〜聞いて驚くとよか!なんと85の藤本美貴さんとバンド組むことになったと!」

ガシャーン!!
そのとき、患者さんのもっていたコップが床に落ちて割れた。

「あ、すいません」
「いやいいから」

慌てて破片を拾おうとする患者を、石黒が制してほうきとちりとりを持ってくる。
そこでようやくれいなは石黒の後ろにいた患者の姿を認識した。

「あれ?もしかして?」
「やっぱり…あなたあのときの…」

そういえばここは、上京したばかりの頃もっきんさんに連れられて訪れた病院。
あのとき対面したのは他でもない『85』の石川梨華!

「覚えててくれたと!田中れいなです!アンメロのときはお世話になりました!」
「いや私はただ紹介しただけだから。それよりミキティとバンドって本当?」
「本当っちゃ!うちも信じられなかけど…」
「そっか。そうなんだ…ミキティが」

嫌な顔されるかと思ったけど、意外にも石川さんは少し嬉しそうな顔をした。
もっきんさん曰く「二人は犬猿の仲」らしいけど…よくわからんたい。

「あのぅ…またお見舞い来てよかとですか?」
「もちろん。ののにも来なさいって言っておいて」
「はい!!」

憧れの人と偶然にも再会できて、れいなは満面の笑みを浮かべる。

「じゃあ石黒さん!また来るけん!ベースのこと考えておくとよ!!」
「お、おい!!」

割れた破片を片付けていた石黒が止める間もなく、暴風は飛び去っていった。
石黒はため息をついて、また石川のベッドの横に座りなおした。

「なんだよ。あいつと知り合いだったの?」
「ちょっとだけ。先生こそ」
「昔のな…まぁダチの忘れ形見っていうか…」
「明るくて元気で、気持ちのいい子ですね」
「人のいうこと聞かねえけどな。バカだし。今日も本当にバカだったし」
「バカバカ言い過ぎですよw先生」
「だってバカじゃん。目の前にとびきりのベーシストがいるのに気付かねぇんだぜ」

途端に石川梨華の顔色が曇る。

「やめてください。私はもうベースをひけませんから」
「手術は成功したぜ。できるかどうかは本人の気持ち次第じゃねえの?」
「やめてください!」

いつもおだやかな石川梨華の語気が強まる。
彼女は恐れているのだ。昔の様に弾けなかったときの周囲の落胆。
無理をしてケガが再発すること。またバンドに迷惑をかけてしまうこと。
色々な恐れが、石川梨華の心を閉ざしてしまっていた。
(やれやれ。こっちの病気は手術より厄介かもな)
(お前にどうにかできるか?れいな)



九十二、MY DEAR BOY


殺人的スケジュールの中、久しぶりに落ち着ける合同練習の時間。
SA・KU・RAの各メンバーは、ゆっくり話す暇も無かった友人らへ連絡を取っている。

「おぅ。じゃあ、まったね〜」

電話をきる矢口真里。
誰かに話したそうな顔つきでスタジオへと駆け込む。
スタジオには吉澤ひとみが残っていた。

「よっすぃーよっすぃー!聞いてよ〜」
「なんすか矢口さん?保田さんと市井さんに連絡とってたんじゃ…」
「その紗耶香!あいつ結婚したんだって!しかも旦那もギタリストってw」
「へ〜。かっけー」
「圭ちゃんはバラエティとかドラマ出るんだって燃えてた。あのメイクとキャラでw」
「ハハハ…みんながんばってるんすね」
「ま、おいらはあいつらの分までロックしねえとな」
「そうだべさ」
「おわっ!」

いつのまにか会話に入ってきた安倍なつみに驚く矢口。
その手には新曲、3rd singleのデモテープ。

「ようやくできたべ。聞く?」
「なっちぃ!聞くに決まってんだろ!」

新曲を聴き終えた矢口と吉澤の目は、久しぶりに輝いていた。

「ちょ、なにこの名曲!!なっち、こんな曲調もできんだね」
「かっけー曲っすね。こういう激しいのやりたかったんすよ」
「えへへ。前二曲でついたバラードのイメージを変えてやりたかったの」
「タイトルは?」
「MY DEAR BOY」

そこへ、顔色を変えた加護亜依が飛び込んでくる。

「おー加護ぉ。新曲来たぞぉ。お前も聞くかぁ?」
「や、や、矢口さん。そ、それよりニュースニュース!!安倍さんも!よっすぃーも!」
「落ち着きなって。どうしたべさ」
「ののと携帯でしゃべっとって聞いたんやけど…」
「うん」
「あ、あの藤本美貴と田中れいなが手を組みおったって!!」

衝撃発言のつもりで加護は大げさに言い放った。
ところが三人の反応は薄い。「ふ〜ん」という感じ。吉澤のみおもしろそうな顔をした。

「美貴とれいなちゃんかぁ〜。おもしれ〜組み合わせだなそれアハハ」
「笑っとる場合やないでヨッスィー!あいつら絶対SAKURAに牙むける気や!」
「おいおい加護。おいら達は…」

矢口が諭そうとした所で、スタジオに高橋愛が現れ、加護はそっちへいってしまった。

「愛ちゃん!愛ちゃん!ニュースやでぇ!!ニュース!」

「れいな?そんな子知らんがし」
「っ!?」
「安倍さん新曲できたんですね。私にも聞かせてください」

高橋愛はそんな話題をまったくスルーして、新曲に没頭してしまった。
ポカーンとした加護を再び矢口が諭す。

「高橋が正しいよ加護。おいら達はもうロックの頂点に手が届く場所にいるんだぜ。
 下を見てる暇なんて無いんだよ。そんな些細なことでいちいち騒ぐなって」
「そやけど…こいつら絶対うちらに挑んでくる気や…」

そのときデモテープを聴いていた高橋愛が、曲に合わせて歌い始める。

「My dear boy!Everything is true. ROMAN is drawn.Hey my boy!」

ゾクッとした。いつも聞いている声なのに。
高橋愛は変わった。
純朴な田舎娘はもういない。今やSAKURAでもNo1の人気を誇る天才歌姫。
田中れいなの名なんて忘れるはずだ。もう手が届かない程はるか高みにいる。

「くるならくればいいべ。SAKURAはそれ以上の速度で進化している」

安倍なつみが不敵に笑う。
高橋の歌声を聞いて、ベテランの矢口や吉澤までも刺激を受けてしまう。

「ボヤボヤしてたら置いてかれるぜ、亜依」

ポンと加護の肩を叩く兄貴分、吉澤。

「絵里ちゃん。昨夜からずっと部屋に篭って、とり憑かれた様にギターひいてたぜ」
「っ!」
「だ〜からいねえのか。ちょっとおいら呼んでくるよ」

矢口がスタジオを出て行く様子を、加護はじっと眺めていた。

「自分がバンドの足を引っ張ってるって、ずっと悩んでたからな〜」
「フン。誰もそこまで期待してへんて」
「でもか〜なり上達してたぜ。そろそろメインギターの座もやべえんじゃねえの?」
「100億光年早いっちゅ〜ねん!No1ギタリストは藤本でも亀井でもあらへん!」

加護亜依の瞳に炎が宿る。
幼馴染の吉澤は、負けん気の強い加護の焚き付け方よぉ〜くわかっている。
ダブルネックギターを抱え込むと、すごい勢いで弾き始めるあいぼん。
(美貴。れいなちゃん。悪いけどもう無理だぜ)
ボーカル。ギター。ベース。キーボード。そして言うまでもなくドラム。すべてが最強。
SA・KU・RAはまぎれもなく史上最強のバンドだ。
もう誰も追いつくことはできない。
いずれ『85』の伝説もすべて塗り替えることになるだろう。

そして、ロックンロールの頂点へ…



九十三、試練


「ちょっと待て。なんだぁそれぇ!?」

眼を丸くした小川麻琴が呟く。
せっせと異様なセットを組み立てながら、辻希美はほほ笑んだ。

「のの特製、八段もっきんれす!」

ズラーッと斜めに重なり合う八つの木琴。
まともな思考回路の持ち主では思いつかない物体がそこに出現した。

「あの…たしかドラムの特訓だよなぁ」
「そうれすよ。ののはドラムできねーので木琴で教えるのれす」
「冗談だろ」
「はいはい!これと同じものをドラムで作るのれす!」

あいた口が塞がらないマコ。
前の相棒の紺野あさ美もおかしな奴だったが、この「のの」って奴は桁違いだ。

「らいじょうぶ。ののに任せとけば心配いらねーのれす!」

とんでもない奴につかまってしまったとマコは肩を落とした。
初めて辻希美と遭遇したときの田中れいなと同じ様に…。

(飯田圭織。どっかで聞いた名前だと思ったら…)
飯田がよく使っている地下スタジオに現れた娘。
その顔を見た飯田は呆れ顔を浮かべる。

「また貴女?藤本美貴さん」
「へへっ」
「人の忠告を無視してまだ安倍なつみに反抗しているそうじゃない」
「まぁね」
「何しにきたの?もう事務所も無いわよ」
「安倍なつみは1人で勝てる相手じゃない。あんたそう言ったよな」
「ええ」
「実はバンドを組むことになったんだ。安倍のSAKURAを越えるバンド」

その言葉に飯田圭織は少しの驚きを見せる。
一匹狼の藤本美貴が85以外のバンド…一体どんな奴等と?

「でもまだいいドラムがいなくてね。色んなツテを使って探し回ってんだ。
 そしたら古い話でおもしろい名前を見つけちまった。神と交信するドラマー」
「……」
「飯田圭織さん。色々と調べさせてもらったよ。あんた実はすげえドラマーだったん…」
「バンドなら無理よ」
「ハ?まだ何も言ってないッスけど…無理って何で?」
「交信は肉体も精神もギリギリの状態。今では3曲がリミットってとこ」
「っ!!」
「たった3曲しか持たないドラムじゃライブもできないでしょ。だから無理」

「無理でもやるっちゃぁぁぁ!!!!」

大声でわめきちらし、また石黒にどつかれるれいな。

「うるさい!病院だって言ってるだろ。ほんと毎日毎日!」
「石黒さんがOKしとー日までうちは来るけん!」
「だから無理なもんは無理だって!他さがせ他!」
「ベーだ!明日も来るけんね!」

走り去るれいなに、ため息をこぼす石黒。
(あのバカ…毎日来てるんだから、いい加減気付けよ)
石黒はわざとれいなが来るタイミングには石川梨華の病室にいる様にしている。
最近はそれに石川梨華が気付いてか、わざと無表情を装い出している。

「なぁ石川ちゃん。あいつしつこいから代わりにやってくんね?」
「先生は私のケガを再発させたいのですか?」
「いやまぁ医者の立場としては言えねえんだけどさ」
「じゃあやめてくだ…」
「一人のロックファンとして頼んでいる。また石川梨華のベースが聞きたいって」
「っ!!…そんなの」
「石川ちゃんはもうロックが嫌いになったの?」

ロックが嫌いに?
その言葉が引き金となってか、無表情だった石川梨華の顔色が大きく歪んだ。

「嫌いになる訳ないじゃないですか!!私は誰よりもっ!!」

「誰よりも…また…ロックが…したいって…思って…」

左手でケガをした右手をギュッと抱え込む。
その瞳には涙の粒が浮かびつつあった。

「だけど…またケガが再発して…今度はもう治らなかったら…
 二度とベースが持てなくなったらって…そう思ったら私…怖くて…怖くて」

唇を噛み締めて泣き震える石川梨華。
誰にも言えず胸に抱え込んでいた苦しみをついに吐露した。
石黒はその背中を優しくなでた。

「悪かった。ごめん」

(神様はどうして…こんなに純粋にロックを愛する人々に試練をくだすのだろう…)
天を仰ぐ石黒の視界に、遠い過去の背中が見えた。
(ねぇ、裕ちゃん)
(いつも陽気だったあなたも…苦しんでいたのですか?)
背中は何も語らない。
石黒はそっと視線を天井から、隣で涙を流す娘に移した。

「昔、一人のロックバカがいた」

涙ぐむ石川梨華の隣で、石黒は唐突に語り始める。
遠い遠い昔話。Yという女の物語。



九十四、Yの伝説@ 〜MORNING DAUGHTER〜


ずいぶんと古い話になる。
私…石黒彩もまだ19の小娘だったし。
だけどあの人との想い出の数々は…今も少しも色褪せやしない。

「5人。集まったな」
「一体何々ですか?うちら全員敗者ですよ」
「そう。君たちオーディション敗者組に最後のチャンスを与える為に呼び出したのだよ」

当時はまだ中堅事務所だったUFAがTV番組でロック・オーディションを開催した。
私を含め、そこに集められた5人ともが最終審査まで勝ち残っていた。
だけど選ばれたのは…

「合格者!平家みちよ」

そのときは悔しかったし、泣いたりもした。
だけど誰も彼女を妬んだりはしなかった。みっちゃんはいい子だったから。

「本当にごめんなさい。みんなの分まで絶対にがんばりますから」

彼女は落選した一人一人に頭を下げてまわった。
本当にいい子だった。
それから私達はそれぞれ地元に戻り、また元の暮らしに戻った。
そこへ突然、あの呼び出しを受けたのである。

「5万枚だ」
「は?」
「手売りで5万枚を達成できれば、君達5人でバンドを結成し、デビューを約束する」

驚きのあまり、誰も声を発する者はなかった。
UFAの会長である山崎さんは強い口調で言い放った。

「バンド名はMORNING DAUGHTER」

きっと伝説になるバンド、と誰かが言った。
後にその意味を深く理解する。とんでもない奴等ばかりだったのだ。

「ベース。石黒彩」

昔からバンドのおっかけをしていて、つきあっている彼氏もバンドマン。
私は他の誰よりもロック漬けの日々を過ごしている自信があった。
生まれつき手先も器用で、ベース演奏で負けたと思ったことは一度も無い。
はっきりいって天狗になっていた。あの四人のバケモノどもを知るまではね。

「キーボード。安倍なつみ」
「ドラム。飯田圭織」

この二人組は私と同じ北海道の出身だったが、同い年で、誕生日も二日違いで、
生まれた病院も同じという奇妙な因縁があり、いつも仲良く二人一緒にいた。
まだ16歳のこいつらを最初私は舐めていた。
こんなガキどもにロックの何が分かる!…ってな。私も若かったよ。

だから彼女達の演奏を聴いたとき、マジで耳を疑った。
そういえば昔テレビで見たことがある。仔犬を抱いた天才ピアノ少女。安倍なつみ。
飯田圭織も普通じゃなかった。
いつもはボーっとしてるくせにドラムセットに腰を下ろすと神がかる。人間技じゃねえ。

「ボーカル。福田明日香」

一番ありえなかったのはこいつだ。
若干12歳の歌声に私は鳥肌が止まらなかった。
世の中にはいるもんだな、こういう奴が。眼が覚めた思いだったよ。

「ギター。中澤裕子」

そしてそんなモンスターバンドを一手にまとめあげていたのが、あの人だ。
演奏自体は荒削りな所もあるが、直接魂を鷲づかみにされるような力強さに満ちていた。
私は未だにあの人ほど「ロックンロール」という言葉が相応しい人を見たことが無い。

「上等や!やったろうやないか!ただしやるからにはてっぺんや!それ以外ないで」
「ロックのてっぺんね。私もそのつもりだよ」
「なっちもやるべさ。ぜったい最高のロックバンドにするべ!」
「うん。圭織もいいよ」

福田明日香も無言で頷いた。
5人ともがこの件を承諾し、私達の手売りは始まった。
各地で路上ゲリラライブを行い、その場でCDを売る。
そして最終日にはドームを貸しきってのイベントも行なうこととなった。
事件が起きたのはその最終日。イベント直前のことだった。



九十五、Yの伝説A 〜GO WEST〜


私達5人はそれこそ死に物狂いでがんばった。
最年長の裕ちゃんを中心に、いつしか強い結束で結ばれるまでになっていた。
そしてようやく辿り着いた最終イベント。
5人で輪になって、裕ちゃんがお決まりの気合を入れる。

「今日ですべてが決まるで!死ぬ気でいくぞお前ら!!」
「おおっ!!!」
「がんばっていきまっしょ〜い!!!!!!」

そこへUFAの会長が直々にやってきた。

「アッハッハ。がんばっているねぇ」
「あ、山崎会長。おはようございます!!」
「おはようございます!!」

次々に頭を下げて挨拶をする。私達にとっては尊敬すべき偉い人。
だがその後、その人の口から…信じられない言葉を耳にしてしまう。

「ハハハ…その調子でうまくがんばっている演技を続けてよ」
「え?」
「あれ?なんだ聞いてなかったの。君たちがデビューするシナリオは決まってるからさ。
 今日のイベントは宣伝みたいなものだよ。ああ、君たちはなにも心配しなくていいよ。
 ちゃんと5万枚売れるように、こっちで人も用意してあるから。アハハ…」

「ちょ、ちょっと待ってください!そんな話、私達は…!!いつから?」

私は思わず聞き返した。何かの冗談だと言って欲しかった。

「いつからって最初からだよ。この手売りもあのオーディションも全部シナリオ通り」
「!!!」
「最近のユーザーには、敗者ががんばって成功を収めるシナリオがうけるんだよね。
 番組の注目度も上り調子でいい感じになってる。君たちはこのまま私の作ったレールに
 乗っていけば確実に成功するから。とりあえず今日は涙の一つでも流してね」

言葉がでなかった。
だけど、どうしても聞いておかなければいけないことがあと一つだけあった。
私は必死で声を振り絞って会長に尋ねた。

「あ、あの…じゃあみっちゃ…平家みちよさんはどうなるのですか?」
「彼女は実にいい捨て駒になってくれそうだねぇ。
 まぁ適当に何枚かCD出したら、あとはポイッと。アッハハハハハハハ!!」

(本当にごめんなさい。みんなの分まで絶対にがんばりますから)

バコォッ!!!!

次の瞬間、中澤裕子の拳が高笑いする会長の顔面をぶち抜いていた。

こうして伝説をつくるはずだったモンスターバンド『MORNING DAUGHTER』は、
永久に陽の目を見ることの無いまま、歴史の闇へと葬り去られたのだった。

それから月日は流れた。
ロックスターの夢やぶれた私は、ベースを止めて医大に進んだ。
他のメンバーの噂も少しではあるが聞こえてくる。
裕ちゃんの起こしたあの事件は、様々な亀裂を生んだらしい。
結局、会長のやり方に賛同してUFAに残ったのは安倍なつみ一人だったそうだ。
大親友の飯田圭織は反対派にまわり、平家みちよを連れてUFAを去った。
ボーカルでまだ12歳だった福田明日香は何も言わずに消息を絶っている。
全ロックボーカルの起源とも呼べるあの『オリジンボイス』を二度と聞けないのは残念だ。
そしてあの人は…

「裕ちゃん!!」
「おぉ!!彩っぺやんか!!ひさしぶりぃ!どないしたん急に!?」

夏休みをもらって、私は全国を放浪する裕ちゃんに会いに行った。
彼女はあれから自作でCDを作り、なんとそれを路上ライブで手売りしていると言った。

「手売りで5万枚。これ果たすまではぁみっちゃんに合わす顔あらへんじゃん、な」
「あいかわらず妙な関西弁っすね」
「関西弁じゃねーって!俺のは裕子語だって言うてるやろ!」

全国各地を歩いてまわってるから、彼女の方言は実におもしろいことになっている。

「せっかくや。彩っぺも1枚買うてけよ」
「え〜。貧乏医大生なんすからまけてくださいよ」
「しゃーないな。おまけやで、ほれ」
「お〜裕ちゃんふとっぱらぁ。この借りはいずれ」
「あー期待せんでまっとるわ」

さっそくCDウォークマンで聞いてみる。
やっぱりこの人は凄い。ギター一本とは思えない熱いビート。

「いい曲っすね。タイトルは?」
「実は決めてなくて。仮タイトルの『Y』のまま売ってる。裕子のYやで」
「もうそれでいいんじゃないっすか?裕ちゃんっぽい熱い曲だし」
「誰が暑苦しいやコラ」
「言ってない言ってないw」

北海道・東北から東京を経由して西へ西へ。
裕ちゃんの全国手売りの旅もようやく終りが近付いているらしい。
私がもらったCDで49980枚目。残り20枚。
一つの町で売れて10枚そこそこ。よくぞここまで続けたものだと尊敬する。

「立ち止まってちゃんと聞いてくれて、応援してくれる人もおるんよ。
 誰かの作ったレールでポンと上いくより、うちにはよっぽど嬉しいこっちゃで」
「5万枚達成したら、どうするんすか?」
「圭織がさ。ちっこい音楽事務所作るんやって。そこでまたゼロから始めようかってな。
 なぁ。彩っぺ。そんときはお前もどうや。また一緒にやらへんか」
「えぇ、考えておきます」

私はもうベースをやめたから、誰から誘われても断るつもりだ。
それが中澤裕子以外ならば。

「次は何処まで行くんすか?」
「博多や。そこがこの旅の終着点になるやろな」



九十六、Yの伝説B 〜CAT MEETS ROCK〜


「ねぇ〜また来たとよ〜あんうるさか子」
「あげん子、はぶればよかとよ」
「行くと行くとw」

バサバサ髪の少女が、公園の入口に佇んでいる。
同い年頃の女の子達が笑いながら、走り去っていく。
(うわ〜最近のガキも怖いもんやな〜)
公園のベンチでギターを抱えながら、中澤裕子は思った。
ボサボサ髪の少女は一人で砂場に入ってナニカ作り始めた。

Lonely♪Is everyone solitary now♪
Lonely♪Are you one person now♪

中澤裕子がギターで弾き語りを始めると、砂場の少女はじっとこちらを見てくる。

Lonely night is I want to meet♪
Lonely night is CRY CRY CRY!!!

一曲歌い終えてバサバサ髪の少女を見ると、彼女は立ち上がってこっちを睨んでいた。
いかにも生意気そうな顔している。

「ちょっとそこのガキ、何か用?ギターうるさいって文句なら受付けへんで」

すると少女は、周囲を警戒するネコみたいにオズオズ近寄ってきた。

「おかしか唄っちゃ」
「ハァ〜?お前『SYARAN Q』も知らへんのか?今全米で一番売れとるバンドやぞ」
「しらなか。きょ〜みなか」
「自分から近付いてきたくせに興味ないとか。ほんと生意気なガキやな〜」
「フン」
「その性格なおさな友達できへんで」
「友達なんかいらんたい」

こんなガキに関わりあうつもりはなかったが「ロック興味ない」発言だけは許せなかった。
中澤裕子はリュックからウォークマンを取り出すと、少女にムリヤリ押し付けた。

「これが『SYARAN Q』や!聞いてみぃ!」
「知らなかもんは知らな…」

♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪!!!!!!!!!!!!!!!

その音が耳から放たれたとき、頑なだった少女の表情が変わる。
大きく開かれた眼に違う世界が広がり出す。そんな顔。
曲が終わった所で中澤裕子はニヤリと笑って尋ねた。

「SYARAN Qの『Going City Story』や。どや?」

答えは聞くまでも無かった。
答えは少女の顔が有言に述べていた。

「うちの憧れのバンド。これがロックンロールや」

そして中澤裕子はいつもの様に『Y』を演奏し始める。
少女は立ち尽くしたまま、ずっとそのロックに視線を向けていた。
歌い終わって片づけを始めても、少女はそこにいた。

「なんやお前。ロック、気に入ったんか?」
「……」
「愛想悪いガキやなほんま。名前くらい言わんのか?」
「……」
「まぁええわ。ノラネコみたいに汚いしノラでええわ」
「…れいな」
「ほぉ〜うちは中澤裕子や。明日もここでやるさかい、よかったら来な。ノラ」
「れいなっちゃ!バカ〜」

その日から、れいなは毎日のように中澤裕子の元へ訪れる様になった。

「なんやま〜たお前か。ノラ」
「ロックっちゃ!ロックひくっちゃ!おばちゃん!!」
「誰がおばちゃんやっちゅ〜ねん!ピチピチギャルやゆうとるやろクソガキ!!」

手売りのCDも49999枚でストップ。
中澤裕子は最後の1枚をこの少女に…と思ったのだろうか。
やがて中澤は少女にギターを教え始める。
練習用の古いギターを渡して、二人で朝から晩までロック!そんな日々が続いた。

「ノラ。もっと上達したらうちと一緒にライブするか」
「するっちゃ!約束ばい!ライブライブ♪」

中澤裕子のレスポールは…まだ染みひとつ無い…輝きに満ちていた。



九十七、Yの伝説C 〜X’MAS LIVE〜


裕ちゃんが倒れた。
私の元にそういう連絡が入ったのは秋の終わり頃だった。
慌てて駆けつけた福岡の大学病院。

「おぉ、彩っぺ。わざわざ東京から来たん?そない顔しおって…」
「裕ちゃん…」
「心配いらへんて。うちの体のことはうちが一番よ〜くわかっとるから」

彼女はいつもの陽気な顔で笑っていた。
ほっとした私はひさしぶりの仲間と談笑を交わす。
そこで私は、裕ちゃんが一人の少女にギターを教えていることを知る。

「もうすぐクリスマスやろ。イブの夜、一緒にライブすんねん」
「まったく…1年以上も音沙汰無しで何しているかと思えば…」
「生意気やけど、おもしろいガキやねん」

中澤裕子のそういう顔を初めて見たと思った。
まるで母親の様な顔をしている。

「そうそう、私、もうすぐママになるんすよ。年が明けたら彼と婚姻届も出すんで」
「ほんま!?おめでとう!ちくしょ〜先こされたぁ〜」
「アハハ…裕ちゃんはまだまだ無理っぽいっすね」
「やかまし」

その日、症状もカルテも確認せずに帰ったことを、私は今でも後悔している。

次に連絡が入ったのはクリスマスの一週間前だった。
裕ちゃんがまた倒れた。すぐにでも手術の必要がある。
そう聞いたとき、私は裕ちゃんの性格を考えなかった自分の愚かさを呪った。
(うちの体のことはうちが一番よ〜くわかっとるから)

「どうして?裕ちゃん!?」

ベッドで横になる裕ちゃんに訴えた。彼女は笑って答えた。
(もう手術しても助からん)
(ちょっとだけ死ぬのが遅うなるだけ。自分の体や、よ〜わかる)
(病院のベッドで死ぬなんてまっぴらやからな)
(うちはまだ何も残せてへんから)
(あの子に…れいなに残して)
(中澤裕子はロックンローラーとして死にたい)

「ダメだ!手術するんだ!絶対に死んじゃダメだ!!裕ちゃん!!」

死なせない。
この人だけは死なせたくない、私は心からそう震えた。
それから一週間、私はつきっきりで裕ちゃんを看病した。

「手術の日が決まったよ。クリスマスイブの夜だ」

頬のこけ落ちた顔で、裕ちゃんはまだ笑っていた。
ベッドの隣には、あのレスポールが立てかけてある。

そしてクリスマスイブ。
ジングルベルがにぎやかに輝く駅前広場の一角。
十にも満たない小さな少女が一人、ギターを抱えて現れた。
れいなは何も知らされていない。中澤裕子の病気のことも何も知らされていない。
ここ一週間は何故かいつもの公園に来なかったけれど、今日は絶対に来てくれる。
約束していたのだから、ずっとずっと。そう信じて待ち続ける。
(おばちゃん…)

「先生!中澤さんがいません!!」

看護婦の慌てた声が手術室に響く。
手術の手伝いを自ら志願した研修医の石黒彩も衝撃で、目を見開いた。
もうまともに動ける体じゃないはずだ。それなのに…
中澤裕子の病室に駆けつけると、確かにもぬけの殻になっていた。
あのレスポールも無くなっている。
(裕ちゃん!!)

ガラガラガシャーッ!!!
繁華街の立て看板につまずいて転がる。
手にも足にも力が全然入らない。視界もおぼろげで、頭もボーっとしている。
それでもレスポールを握る手だけは離さない。
歯を食いしばって立ち上がる。一歩一歩足を前に進めてまたけつまずく。
(まだまだ…待ってろよ、れいな)
(約束したもんな、絶対に行くゆうて)
中澤裕子はもう一度力を込めなおし、また立ち上がった。

約束の場所へ向かって。



九十八、Yの伝説D 〜I AM A ROCK’N’ROLLER〜


ジングルベル♪ジングルベル♪
幸せそうに歩くカップルや親子連れ。ひとりぼっちのれいなの前を通り過ぎる。
広場の中央に立っている時計を眺めると、約束の18時はとっくに過ぎている。
(なにしとーと?おばちゃん)

自分の背丈ほどもあるギターをギュッと抱え込み、待ち続ける。
1時間…
2時間…
中澤裕子はまだ来ない。
冷たい風に赤くなった手、ハァーと息をふきかける。
(…おばちゃん)

3時間…
4時間…
にぎやかだった人通りもまばらになり、お店の明かりも徐々に消えてゆく。
それでもまだ来ない。半べそかきながら、れいなはじっと待ち続ける。

5時間…
(今年も男はおらんし。しゃーないイブはノラとライブでもしたろか)
(ワ〜イ!ライブっちゃ、ライブっちゃ)
(よーし約束やで。二人でここを日本一ロックな街にしたろ!)
(うん!)
23時55分。約束の夜も残り5分をきったとき、奇跡は起きた。

「待たせたの〜ノラ」
「おばちゃん!やっと来た。ほんとに待ったとよ!遅か遅か!」
「悪い。うちにも色々と、大人の事情があんねん」
「言い訳はいらんと!」
「まぁ、時間もあらへんし。さっそく初めよか」
「どの曲すると?れいな、すっごく練習したとから、どれでもよかとよ」
「やっぱ『Y』やな」
「OK!レッツゴー!REINARZ(レイナーズ)!!」
「ちょ、ちょい待て!なんやそのレイナーズゆうんわ!」
「れいなとおばちゃんのバンド名たい。昨日寝ないで考えたと」
「自分の名前しかあらへんやん!あかん。あかんでそんなバンド名!」
「えー!じゃあどうすればよかと?」
「せやなぁ〜。ほな裕子のYを1文字付け加えよか。REIN’Y’ARZ(レイニャーズ)や」
「れいにゃーず?」
「ちゅーかバンド名なんか後でええやろ!ほらライブはじめるで!」
「うん!」
「なぁノラ」
「何?」
「ロック好きか?」
「うん。大好き」
「そっか」
「どうしたと?今日のおばちゃんおかしかよ」
「れいな…いつか二人でロックンロールの頂点に立とうな」

(おば…裕子姉ちゃん?)

腕からガクッと崩れて、れいなは気が付いた。
口元についたよだれを袖でぬぐう。
どうやら眠ってしまっていたようだ。

「あれ?裕子姉ちゃんは?ライブは?」

広場の時計を見上げる。日付はとっくに変わってしまっている。
駅前の広場にはもう人の気配はしない。当然、中澤裕子の姿もない。
あれは夢だったのか…?

「そんなはずなか!裕子姉ちゃんは絶対来たっちゃ!ぜったい!」

れいなはギターを抱えて走り出した。
(あれは夢じゃなか!裕子姉ちゃんはれいなと一緒にライブしたと!)
繁華街を全速力で駆け抜ける。
ズベッ!!!
水たまりにすべって、れいなは派手に転んだ。
(約束したと…いつか二人で…)
涙でにじむ視界の隅に、見覚えのある物体が映った。

「……レス・ポール?」

中澤裕子が命よりも大事にしていたギターが…水たまりの中に…。
いや違う。これは水たまりなんかじゃない。
れいなは自分の掌についた液体を眺める。

「こ、こ、これは…血っちゃ」

おそるおそる、水たまりの向こう側を見上げる。
人が、倒れていた。
人が、血を吐いて、倒れていた。
ギターを握り締めた中澤裕子が、血を吐いて、倒れていた。

「うわあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっ!!!!!!!!」

れいなは悲鳴の様な声で叫んだ。
叫びながら、動かなくなった大好きな大好きな人を抱き起こした。

「裕子姉ちゃん!裕子姉ちゃん!!裕子姉ちゃん!!!裕子姉ちゃん!!!!」
「起きるとよ!ライブするとよ!!こんな所で寝てたら風邪ひくとよ!!!」

返事はない。呼吸もしていない。
れいながどれだけ呼んでも、中澤裕子はもうピクリとも動かない。
訳がわからなかった。訳もわからずれいなは叫び続けた。

「嘘やんね。死んだフリなんかしとーも、れいな騙されんけんね!ねぇ!ねぇってば!!
 約束したとね!?二人でロックンロールの頂点立つってぇ!!約束したとね!?
 ヤダよ!おいてかんといてぇ!一人にせんといてぇ!裕子ねぃちゃぁん…」

友達もおらんとひとりぼっちやったれいなの相手してくれたんは、裕子姉やった。
生きる希望も夢もなかったれいなにロックっていう夢をくれたんも、裕子姉やった。
知らなかろ?うちが毎日笑うようになっとも…裕子姉のせいやったとよ…。

「あああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」


約束やで…れいな。

うちの代わりにお前がロックンロールのてっぺん立つんや。

れいにゃーずの中に中澤裕子の文字は生き続ける。

てっぺんの景色。うちに見せてぇや。

なぁ、れいな。

………。

静かやなぁ。

なぁんも聞こえへんで。

もう一回だけ、聞きたかったなぁ。れいなの歌声が。

てっぺんからうちの耳にも届くくらい大きな声で、歌ってぇや。

れいなの…。

れいにゃーずの…ロックンロールを。



九十九、4人目


「私が駆けつけたときにはもう…あの人は息を引き取っていた」
「そのとき傍らで泣きじゃくっていた少女がれいなちゃんだよ」
「結局私はあの人を救えなかった…ヤブ医者だって…」

語り終えた石黒さんは、強い気持ちを抑え込むようにぐっと歯を噛み締めていました。
私は何も言葉にすることができませんでした。

「長々とごめんね」
「い、いえ」
「だけど知ってほしかった。ケガや病気で苦しんでいたのは石川ちゃんだけじゃないこと。
 ロックに命賭けたバカがいたこと。その意志を命がけで継ぐバカが今もいるってこと」

石黒さんは立ち上がると、背中を向けて立ち去ろうとする。

「裕ちゃんと約束していたんだ」
「え?」
「もしものことがあったられいなを頼む…って」
「……」
「だからって石川ちゃんに強制はできない。またケガさせる訳にはいかないし」
「……」
「けどもし再発したら絶対に直すから!私が!二度とヤブ医者と呼ばれないように!
 だから恐れないで、自分の信じた道を歩んでほしい!石川梨華の道を!」

(私の信じた道…)
先生に言われた言葉。ロックに命を賭けた人の物語。今も走り続ける娘。
色んなことが頭を巡って、私は何がなんだかわからなくなった。
(一体…私はどうすればいいの?わかんないよぉ…)
頭を抱えながらベッドにうずくまる。その夜、私は夢を見た。


地平線の向こうまで続いている

人種も 世代も 性別も 身分も 何も関係ない

見渡す限りの 数え切れない人人人人人…人の海

海は 熱狂を波に変えて ステージへと放つ

まるで天国のステージ

その上に自分が立っている

れいなちゃんがいた 美貴がいた もう一人かわいらしい子がいた

ドラムセットにも気配を感じたけれど顔までは見えなかった

5人でスポットライトを浴びて キラキラと輝いていた

――――――そんな夢を見た

翌日、私は退院した。
家に戻るとすぐにベースを取り出す。
その足で、れいにゃーずが活動しているというスタジオに向かった。
85時代に美貴がよく使っていたスタジオだから、迷うことはなかった。
到着すると、ガラス越しに二人の娘の姿が見えた。
れいなちゃんと夢に出ていたかわいらしい子。
キーボードとギターの音色と歌声が聞こえてくる。
私は鳥肌が立ちそうになった。
(どうすればいいのか…答えは初めからわかっていた。私が逃げていただけ)
(もう…逃げない)
ベースを握り締め、私はスタジオの扉を開いた。
いきなりの乱入に固まる二人。私は言った。

「演奏を続けて」

声もでないくらい戸惑っていた二人だが、即座に理解してくれたのか演奏を再開する。
私は素早く準備を整えると、立ち上がりベースを構える。
どれくらいぶりだろうか、この感触。

♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪

れいなのギターとさゆのキーボードが響いていたこの空間に、日本一のベースが蘇る。
(うわっ!このリズム!すっごくやりやすい!全然違うの!)
(凄か!めちゃくちゃ凄か!ヤブ医者より全然凄か!で、でも…)
驚愕するれいなとさゆをよそに、石川梨華はどんどんリズムを上げてゆく。
指の動きを1本1本確かめるように。

(いける!またベースがひける…)
(私は帰ってきた!)
私はれいなちゃんの歌声と、もう一人の子のキーボードに耳を傾けた。
(先生の話はまちがってなかった。この子達は本気で上を狙っている)
(ここに美貴のギターと、いいドラマーが加われば…)
もう諦めかけていたナニカが、胸の中でノソリと動き始めた。確かに。力強く。
演奏を終えた私は、改めて二人の前に立つ。

「いきなりでごめんなさい。石川梨華。担当はベースです」
「石川さん。それは分かっとーけど、どうしてこないこと?」
「私をれいにゃーずに入れてください!」
「にゃっ!!?」

私は頭を下げてお願いした。
石黒先生にあの話を聞いたから同情で、というつもりはなかった。

「今、一緒に演奏して思ったの!もっともっとずっと一緒にやりたいって!」
「ケガはもうよかと?」
「大丈夫。完全に直ったから。怪我も、弱い心も!」
「それなら…れいな的にはぜんぜんOKどころか、大歓迎ばい」
「本当。あの石川さんなら、こっちが頭下げたいくらいなの」

さしだされた二つの手。
私は両方の掌でその手を握り締める。
どうやら私は笑っているようだ。
何時以来だろう。こんなに素直に笑えたのは?

中澤裕子さん。
会ったこともないし、顔を知らない貴女に、私は大きな借りができました。
れいにゃーずを頂点に立たせることで、この借りは返します。
それが私の…石川梨華の選んだ道です。


「にゃあああ!!じゃぁ〜あらためて自己紹介するとよ!」
「うちは田中れいな!いずれロックンロールの頂点に立つ女っちゃ!」
「私は道重さゆみ!可愛いの頂点に立つ女なの。とりあえず石川さんはライバルなの」
「もう一人、藤本美貴ゆう怖か姉さんおるけど、それは石川さんのが詳しかやろ」
「う、うん」

(美貴かぁ……まずはそれが一番の難関になりそう)



百、導かれし乙女たち


藤本美貴が久しぶりにスタジオを訪れたのは、石川梨華が加入した翌日の午後であった。

「何してんだお前」

れいなとさゆと一緒に練習する梨華の顔を見て、開口一番そのセリフ。
呆れた顔で昔の仲間の顔を見つめる美貴。梨華はそれに笑顔で応じる。

「ベースとしてれいにゃーずに入ったの。またよろしくね」
「よろしくじゃねぇだろ。ふざけんな」

(ミキティと梨華ちゃんは犬猿の仲なのれす)
もっきんさんの言ってた内容を思い出し、れいな達は慌てて間に入った。

「美貴姉!SAKURAに勝てるベースは石川さんしかおらんとよ!」
「そうだよ!私も賛成なの。多数決で石川さんの加入は決まりなの」
「あのなあ…。『勝てる』とか『賛成』とかいう問題じゃねぇんだよ。そうだろ梨華」

美貴は怒るというより呆れた顔で、梨華の右手を睨む。

「もう大丈夫だよ。ベースやれるから」
「ダメだ!」
「美貴、お願い、私は…」
「ダメだ!」
「美貴…」

「ちょっと〜ケンカなら後にしてくれる?」

聞き覚えのない声にれいなは振り返った。
すると、まるでモデルの様な長髪の美女がスタジオの入口に仁王立ちしていた。
美貴が駆けつける。どうやら彼女が連れてきた客の様だ。

「すいません。ちょっと予定外の奴が…」
「だから揉め事は私が帰ってからにしてよ。とりあえず今は全員でやればいいじゃん」
「美貴姉ぇ〜。そん偉そ〜な態度ばしとー人は誰たい?」
「れいな、口に気を付けとけ。うちとCD契約してもらう音楽事務所の飯田さんだ」
「CD契約!!いつの間にそげん…!!」
「契約とか初耳だねぇ。あなたのバンドを見学に来ただけよ」
「まぁまぁ飯田さん。一曲聞けば契約したくなりますよ」
「ていうかもう事務所も潰れたけどね。いいよ、どうせ暇だし聞くだけ聞くわ」

美貴はれいなとさゆを口元に呼び寄せ、囁いた。

「つー訳だ。SAKURAに敵対するうちと契約してくれるアテなんて他にねーからな」
「急やけど問題なか。アテは一つあれば十分っちゃ」
「で、どの曲するの?4人で合わせた曲なんて無いのに」
「こないだ3人で作った曲あったろ。あれでいい。梨華の心配なんかする必要ねーよ」

そう言うと、美貴は新曲『SYABON BALL』の楽譜を梨華に投げつけた。

「ぶっつけ本番だ。失敗したら速攻追い出す」
「失敗?誰に言ってんのよ」

(なんかあの二人…口ではケンカしとーに…本当は凄く信頼しとーみたいっちゃ)
美貴と梨華のやり取りを見て、れいなはふとそう思った。
そのときセット準備をしていたさゆみがポツリと呟く。

「でもこの曲…ドラムがないとイマイチ盛り上がらないの」

その言葉に、れいなと美貴はハッと顔をしかめた。

「美貴姉…ドラムはどうなっとー?」
「あぁ。計画が狂ってな。最高のドラマーはいたけどいなかった」
「意味わからんと」
「今日はドラム抜きでやるしかねーよ。厳しいけどな」

そこへバァァン!!と大きく開くドア。

「ジャ〜ン!心配いらねーのれす!!ドラムならここにいるのれす!!」
「もっきんさん!」
「特訓の成果を見せてやるのれす!麻琴!」

威勢良く駆け込んできたもっきんさんの後ろに立っていたのはやはり小川麻琴。
両手の指全部にボロボロのテーピング。肩と肘にボロボロのサポーター。
だが以前と一番違うのはその眼光だ。
れいなと美貴の前まで歩み寄ると、迷うことなく言い放つ。

「何言われたって私は諦めねーから!絶対にれいにゃーずのドラムになる!
 始めてれいにゃーずの音を聞いたときから、ここしかねーって思ったんだ!」

こんなまっすぐな、こんなロックな台詞を吐かれて、応えられないれいなじゃない。

「美貴姉…ドラムは…」
「勝手にしろ!どいつもこいつも!」

そっぽを向いてチューニングを始める美貴。
れいなは満面の笑みで小川麻琴とハイタッチを交わす。

「れいにゃーずのドラムは小川麻琴っちゃ!!!」

一方、希美は幼馴染の梨華を見つけて、ダッシュで抱きつきにいった。

「来てくれたんれすね梨華ちゃん。これで怖いものなしなのれす」
「ヘェ〜ののにも怖いものなんてあったんだぁ」
「失礼れすね。あるのれす!牛乳と英語のテストがこえ〜のれす!」
「ウフフ冗談だよ。ののに頼まれちゃ来ない訳にはいかないでしょ」
「ののは何もしてねーのれす。全部れいなが…。みんな、れいなの元へ集まったのれす」

梨華と希美は、ドラムセットの準備を手伝っているれいなを見て、ほほ笑んだ。

「そうだね。みんな、れいなちゃんに惹かれて…」

辻希美。道重さゆみ。藤本美貴。小川麻琴。石川梨華。みんな…。田中れいなの元に。

そして飯田圭織もれいなを見ていた。
(あの藤本美貴が認めたボーカル。まだ子供じゃない…)
(さぁて、どれほどのものか…聞かせてもらうわよ)

準備は整った。
ついに5人が並ぶ、れいにゃーず。
壁によりかかり見つめるのは飯田圭織と辻希美。

「あんた誰れすか?」
「飯田圭織。今日はただ見学に来ただけよ。あなたこそ誰?」
「ののは辻希美れす。れいにゃーず見るの初めてなら、きっと度肝を抜くれすよ」

お子様が何を…。と飯田は思う。
『MORNING DAUGHTER』『85』『SA・KU・RA』と幾つもの怪物バンドを見てきた。
今更そんじょそこらの音で肝を抜くほど、まだ耳は腐っちゃいない。
飯田圭織は再びれいにゃーずの5人に眼を向ける。
お子様ボーカル。とろそうなキーボード。どんくさそうなドラム。ケガ人のベース。
藤本美貴以外はとても期待できそうにない感じだ。
(こんなメンバーでなっちと戦おうなんてバカバカしすぎる…)

「そう捨てたもんやあらへんで、圭織」

バッと飯田は大きく眼を見開いた。
(…裕ちゃん!?)
ほんの一瞬だった。
その声と…。目の前のお子様ボーカルの姿が、あの人をだぶって見えたのは。
(まさか…ね)
もう何年もずっと、たった一人で戦い抜いてきた。
動揺する飯田圭織の心に今、れいにゃーず5人のロックが届く。

あの人の意志を継ぎし、魂のロックンロール!



百一、ねぇ笑って


10の実力を持つメンバーが5人集まり、単純に50となる例は少ない。
どんなに上手い同士でも音楽性が合わなかったりと、せいぜい30や40がほとんどだ。
だが今、目の前でバンドはどうだろう。
10+10+10+10+10が100にも200にもなっている感じだ。
(こ、これは…)
(すげーのれす!!)
初見の飯田圭織はもちろん、常連の辻希美ですら驚きを露にした。
5人揃って奏でる音楽がそれぞれ他のメンバーの魅力をさらに引き上げている様な。
そしてその原動力となっているのは藤本美貴でも石川梨華でもない。
中央で叫んでいる小さな娘だ。

「SYABON BALL〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!!!」

(何故だ…)
(何故こんな子が…こんなにも…裕ちゃんとダブって見えるの?)
飯田圭織に、かつてない動揺が走る。
忘れようと思っても忘れられない。
誰より尊敬していた。誰よりもロックンロールそのものだった。
(あの人さえ生きていれば、なっちを止めることも…)
そのとき飯田圭織の耳にどこからか声が聞こえた。彼女だけに聞こえる声。

「圭織ぃ。すまんかったな。一緒にゼロから始めようって話…守れんでぇ。
 こいつはうちの置き土産や。ずいぶんと時間はかかってしもたけどな。
 手に余ったら遠慮なくシバイてええから。圭織に…託してええか?」

「…すごい」

演奏を終えた5人は口々にそう呟いていた。
ベースとドラムの加わったれいにゃーずに、れいなもさゆも興奮して震えている。
経験豊富な美貴や梨華にしても、想像以上の一体感に驚きを隠せない。
一番騒いでいるのは小川麻琴だった。
れいにゃーずの一部となりこれほど凄いグルーブを生み出せた歓喜に。
そんな5人の元へピョンと飛び込むもっきんさん。

「みんな!ほんっと〜にすげーのれす!!最高らったのれす!!」

だけど誰も反応しない。
5人とも不思議なものを見た顔で、もっきんさんの後方に視線を向けて固まっている。
(いったいど〜しちゃったのれすか…)
つられて振り返るもっきんさん。

「っ!!」
「…飯田さん」

そこに見えたのは、眼を見開いて涙を流している飯田圭織の姿であった。
8年もの長き渡りたった一人で戦い続けた娘の…
ずっとずっと待ち続けた娘の…

「音楽事務所つくるんやって。本気であのクソ会長に挑む気か。ええな、ロックやん」
「うちはどうしても手売りを成し遂げたい。それ終わったら手ぇ貸しにいってもええか?」

待ち続けた娘の…歓喜の涙だ。

「なに泣いとーと?」
「おいおい。泣いてかわいい歳じゃねーだろ」
「美貴もそろそろ人のこと言える歳じゃないでしょ」
「梨華ちゃんもれすよ」
「いや〜分っかります!わぁたしも泣きそうっすよ〜!感激したんすよね〜!」

騒ぐメンバーの中で、ハンカチを取り出して駆け寄ったのは道重さゆみ。
たった一人でれいにゃーずを守り抜いた娘だ。
新生れいにゃーずの初めての観客が涙してくれたことに、胸が震えていた。
涙する飯田圭織にそっとハンカチを差し出して言う。

「ねぇ笑って」

その台詞にハッとしてさゆの顔を眺める圭織。蘇る昔の記憶。

「ねぇ笑って」
「なんやねん圭織。手売りでしんどいねん。ほっといてや」
「だ〜か〜ら〜。そうゆう大変なときこそみんな笑っていこうって!」
「ていうか圭織が一番笑ってないべさ」
「え、え〜」
「アハハハハハハハハハハハハ」

圭織はハンカチを受け取ると優しくさゆみを抱きしめた。
その顔には何年ぶりであろう、心からの笑みが浮かんでいた。

「ありがとう。素敵なバンドだよ」

翌日、飯田圭織は再び音楽事務所を立ち上げる。

「これが二度目の敗者復活かな」

今度はきっとうまいく。
(そうだよね…裕ちゃん)

UFAを敵に回している以上、状況は困難極まりない。
だけどもあいつらならば不可能は無い。そんな気持ちにさせてくれる。

「待たせたね、なっち。今そっちへいく」

飯田圭織のゼロからの再スタート。
事務所の名前は『乙女組』
所属バンドは『れいにゃーず』ひとつだけ。



百二、音の聞こえる文章


音楽事務所といっても仕事場を借りる金すらない乙女組。
飯田とれいな・さゆ・美貴・梨華の5人はとりあえずファミレスで打ち合わせ。
小川は例によって辻の居残り特訓を受けている。

「で、れいにゃーずのオリジナル曲はどれくらいあるの」
「『Y』と『Red Freesia』と『SHABON BALL』と…あと作りかけが二曲たい」

れいなが『>RES』を挙げなかったことに、さゆだけが気付いた。
やっぱりあの曲だけは封印するのだろうと察して、さゆも黙っていた。

「それだけじゃCDも出せないしライブも満足にできないわね」
「心配いらねーよ。こっちにゃ秘密兵器がいるしな」

美貴がよく口にする秘密兵器。れいなはまだそれが何か教えてもらってない。
メンバーでは梨華だけが納得して頷いている。

「とにかく、しばらくは曲作りと練習にはげんでね。デビューの準備は私が進めるから」

飯田が場を締めて解散。
メンバーが揃ったからすぐデビューという訳にもいかない。
やることは多すぎるし、障害も多すぎる。
SAKURAの新曲「MY DEAR BOY」はすでにダブルミリオンを達成している。
目指す場所はあまりにも遠すぎた。

それから一週間後。飯田が見慣れない女を伴ってスタジオに現れた。

「ども。フリーライターのソン・ソニンです」
「私の古い知り合いでね。業界じゃ結構名も知れてるし、顔も広い。
 れいにゃーずの宣伝にはうってつけの女よ」

ソニンはれいな達に名刺をくばってまわる。
笑みを作ってはいるが、どこか喰えない印象の女である。
だがその経歴は本物。
超メジャー雑誌『週刊少年EE JUMP』で芸能記事を担当した後、フリーに転身。
近年は主に『Rock moni』でロック系の仕事をこなす一方、依頼があればカレーライスでも
津軽海峡についてでも文章を書ける業界でも話題のライターである。

「85の藤本美貴と石川梨華。それがロックフェスで伝説をつくったあのれいにゃーずに…
 感謝しますよ飯田さん。こんなおいしいスクープは滅多に無い。
 ぜひRock moniで紹介記事を書きたいね」

そのセリフに一番反応したのは『Rock moni』を愛読しているさゆだった。

「れいなれいな!ついにさゆがグラビアデビューなの!!」
「別に…本じゃ音は伝わらんとよ」

れいなのボヤキにソニンが訂正を入れる。

「そうとは限らない。数は少ないが、世の中には音の聞こえる漫画・音の聞こえる小説を
 生み出せる人物も存在する。君たちのロックを文章で伝えることも可能だ」

「ずいぶんと挑戦的たいね」
「自信があるからよ」
「れいにゃーずのロックンロールは生半可じゃなか!そこで聞くとよか!」
「そのつもりだ」

れいなは息巻いてメンバーを集める。
傍観者を決め込んでいた藤本はあきれ顔で、れいなに言う。

「だれかれ構わずケンカ売んなよ。お前は私よりタチ悪ぃな」
「ケンカじゃなかよ。ロック勝負だけは譲れんと!」
「まぁまぁいいじゃない。できたての新曲を試してみようよ」

気性の激しい藤本とれいなを石川がなだめる。
藤本は石川がまとめ役になっていることが気に入らない様で、そっぽを向く。
そんな険悪な空気をもっきんさんと小川のお笑いコンビが勢いで吹き飛ばす。

「うお〜し新曲まってましたぁ〜!」
「麻琴!特訓の成果をみせてやるのれす!」

さゆは念入りに鏡をチェックしている。
(グラビアデビューなの)
そして最後はいつもの様にれいながシャウトで気合を入れる。

「Are you ready!れいにゃ〜〜〜〜〜〜〜〜す!!!」

新曲のタイトルは『Garden of love』。バリバリのロックチューン。

ソニンは演奏の途中で背を向けた。
そのまま飯田に一言だけ告げてスタジオを出た。

「今日は帰るわ」

あわてて飯田が呼び止めに走る。

「待ってよソニン!気に入らなかった訳?いい演奏じゃない」
「どアホウ」
「え?」
「話題性だけでポッと出のヒットを狙う一発屋バンド。そういうつもりで来たんだ」
「なによそれ」

ソニンは袖をまくってみせる。鍛えられた腕に無数の鳥肌が立っていた。

「本物じゃねーか。勘弁してくれよ飯田さん」
「ソ、ソニン…」
「こんな気持ちであいつらの記事書くわけには行かねー。だから今日は出直します。
 気持ち入れなおして、編集長からRock moniの表紙と巻頭もぎとって、また来ます」
「表紙と巻頭!!本当に!!」
「ライター人生、賭けてみたくなるバンドですよ。あいつら」

こうしてまた一人、れいにゃーずのロックに魂を奪われた娘が現れた。
編集部に戻ったソニンは、さっそく編集長にことの次第を語る。
そして表紙と巻頭記事の約束を取り付けた。
但しその約束には一つの条件が架された。
その条件が…れいにゃーずの運命を大きく左右することになる。



百三、気のせいだろう


「ライブできると〜〜〜〜!!!!」
「ああ。ライブの成功が編集長の出した条件だ」
「にゃ〜〜〜!久々のライブっちゃぁ〜〜〜〜〜!!!」
「願ったり叶ったりなの」
「どアホウ。そんなお気楽な話じゃねえ。私が相当まくしたてたからな」
「どういう意味だ?」

藤本が尋ねると、ソニンは顔色を変えて告げる。

「ちょっと大げさにな、『SAKURA』に匹敵するバンドだって力説して…」
「いやちっとも大げさじゃねーよそれ」
「したら社の総力をあげての企画になっちまった。各メディアのお偉いさん方も招く。
 失敗は絶対に許されない。失敗したらもう二度と…チャンスは無いと思っていい」
「なぁ〜んだ。やっぱり願ったり叶ったりじゃない」

梨華がほほ笑むと、他のメンバーも同意した。
不審に思うソニンに飯田が説明する。

「この子達SAKURAと敵対してるから、業界からはまったく相手にされなくてね。
 だからお偉いさん方にライブを見てもらえるチャンスがたった一度でもあるだけで、
 それは夢見たいな話なわけ。感謝するわよソニン」
「そ、そうだったのか…」

れいにゃーず5人揃ってのスタジオ練習を見るたびに、ソニンは思う。

こいつらは世の中に出なきゃいけないバンドだ。
世の中の汚ねぇこと、間違っていること、許せねぇこと、
そうゆうもんを全部ぶっとばす力を持っていやがる。

あらためて自分のペンにかかる責任の重さを認識する。
だが相手があの『SA・KU・RA』となると、どうだろう…?
ソニンは帰り際に飯田を呼び出して尋ねてみた。

「飯田さんよぉ。れいにゃーずは確かにいいバンドだよ」
「そりゃどうも」
「だがSAKURAと比べるとよ…悪ぃけどどうしても見劣りしちまう」

思い切って本音を言ってみると、飯田は意外にも冷静な反応を返した。

「知ってるわよ。悔しいけど…どうあがいても勝ち目は無い」

高橋愛のボーカルはもはや神がかってきている。勝敗は明らか。
藤本・田中vs加護・亀井のギター対決も明らかにれいなだけが実力不足で劣る。
ベースの石川も全盛期の魅力は無い。一方の矢口はここ最近さらに勢いを増している。
道重のキーボードに賭けてみたい所だが、相手はあの安倍だ。難しいだろう。
そしてなんといっても一番決定的なのは…ドラム。

「私もドラムだったからよく分かるのよ。小川と吉澤じゃレベルが違いすぎる…」

ソニンも同意見だった。
ギター・ベース・キーボードはこれからの努力次第で勝ち目が見えない訳じゃない。
ボーカルも厳しいが、れいなのミリオンボイスは未知の可能性を秘めている。
だがドラムだけは…どうあがいても勝ちが見えてこないのであった。

「小川も悪いドラマーじゃねぇよ。ダイナミックだしハートも熱い」
「ただ…吉澤ひとみが凄すぎるのよね」
「あんたにそこまで言わせるたぁたいしたもんだ。飯田圭織のドラムもやべえだろ」
「私は時間制限ありの未熟者よ。吉澤ひとみはスタミナもある…勝てないわ」
「タフネスだけなら小川も負けてねぇだろ」
「実力が伴わなきゃ…」
「だったらそれをあんたが補えばいい。飯田圭織のドラミングを叩き込んでやれよ」
「私のは教えてできるものじゃないわ」
「そんなもんやってみなきゃ分からねーだろ。つーか他に策も無いんだろ?」
「でも…圭織には仕事が…」
「ライブの準備と手回しなら全部こっちでやってやる!だから!」
「ソニン…どうしてそこまでしてくれるの?」
「言ったろ。人生賭けてみたくなったって」

ニィと笑うソニン。
飯田は泣きそうになった。
まだ引き合わせて一週間程なのに…こんなにもれいにゃーずのことを想ってくれる。

「勘違いすんなよ、これは仕事だから。失敗したら捨てるぞ」
「うん…」
「だから…きっちり鍛えてやって、ぜってぇー失敗させんなよ」

美貴・さゆ・梨華がひたすら曲を作り、れいなが作詞に頭を抱えている頃、
麻琴はあいかわらずもっきんさんの特訓を受けていた。
もっきんさんが木琴で見せた超絶プレイを、ドラムで真似するという特訓だが…。

「全然できてねーのれす」
「できるかぁ〜!!一秒間に16連打とか必要ねーだろぉ〜!!」
「見てる人がよろこんでくれるのれす」
「いや。そ〜ゆうんじゃなくて…もっとさぁ…」
「あれ?いいらさん?」

そこへ飯田圭織が鬼の形相を浮かべて現れる。

「代わって辻ちゃん。今日から圭織が小川を特訓する」
「ふぇ?」
「マジすか!お願いしますよ飯田さん!!やった〜」

その喜びはすぐに後悔へ変わる。
飯田の地獄の特訓は、もっきんさんのヌルさとは比べものにならなかった。
交信状態のドラミングを見せ、それに近いプレイを動けなくなるまで強要させる。
負けず嫌いの小川であったが極度の疲労でついに意識を失った。

「あ〜ダウンしちゃったのれす。でもよくがんばったれすね」
「明日はもっとハードにすると伝えておいて」
「へい。いいらさんもお疲れ様でした〜」

バイバイと元気よく腕をふって帰路に着く飯田を見送る辻希美。

「?」

帰り道、飯田はふとおかしなことに気付いた。

自分が手本を披露しているときも…
麻琴が何度も繰り返しているときも…
あの少女はずっとその激しい動きを真似して木琴を叩いていた…。
ほとんど休まずノンストップで…
なのに最後まで、バイバイと元気よく腕をふっている…!!

「まさか…ね」

気のせいだろう。
自分が指導に夢中になっている間に休んでいたに違いない。
そう考えなおし、飯田は再び帰路に着いた。

運命のライブまであと一ヶ月。



百四、絵里の夢は…


「絵里の夢はSA・KU・RAを世界一のバンドにすることですよ?」

テレビから聞こえてきた声に、れいなは飲みかけのお茶を吹いた。
SAKURAが出演している音楽番組だ。

「れいな、汚いのれす」
「も、もっきんさん…だって」

あかぬけたメイクに髪型に衣装。明朗なトーク。
もう昔の…れいなの知っている絵里の面影は薄れていた。

「ふんいきかわったれすね」
「雰囲気どころじゃなか、違う人みたいっちゃ」

(絵里の夢はぁ!れいなと一緒にぃ……)
もうあんなこと忘れてしまったのだろうか。寂しい気持ちになる。
だけどそれでも仕方が無いと思う。住む世界が違いすぎた。
トークを終えて大ヒット曲「MY DEAR BOY」のスタンバイに入るSAKURA。
キラキラと輝くステージだった。
大勢の観客とテレビカメラの前で堂々としたプレイを見せる亀井絵里。
家のこたつで丸くなってもっきんさんとお茶を飲んでいる田中れいな。
あまりに違いすぎる存在だ。

「安倍さ〜ん!なんですか〜今日の台本」
「しょーがないでしょ。テレビ局側がリクエストしてきたんだから」
「うちの事務所ならそんなの拒否れるじゃん」

プ〜と頬を膨らませる絵里に、安倍が振り向いて顔を近づける。

「なんだべ?世界一のバンドを目指したくないべか?」
「そ〜ゆ〜わけじゃないですけど〜」
「じゃあどんな夢ならいいべさ」
「それは…」

(れいなと…)
絵里はニコッと笑顔を作って答えた。

「ギターですよ!絵里は世界一のギタリストになる女ですから!」
「なら文句言う前にもっと練習しなさい」
「してますよ〜だ」

生放送のTV出演後、SAKURAは三組に分かれてラジオのゲスト出演にまわる。
殺人的に舞い込んでくる出演依頼をこなす為、新垣が考えた苦心の作だった。
今夜は矢口加護組、吉澤高橋組、そして安倍亀井組に分かれていた。
絵里にとって、なぜか今や安倍がメンバーの中で一番気が合う存在となっていた。
最初は怖い人かと思ったら意外と子供っぽい所が多いのだ。

「まだまだね。日本だけでもあんたより上手いギタリストなんてい〜っぱいいるわよ」
「え〜!そ〜ですかぁ?」

二人は並んで移動バスに乗り込む。
なっちにとって貴重な休憩時間だったが、そこでもまだ絵里に食い下がられた。

「ね〜ね〜安倍さん。そろそろ絵里もメインパートにしてくれませんか〜」
「あんた本っ当うるさいわね〜。最初は大人しかったくせに」
「ウエヘヘヘへ。自信がついた証拠ですよぉ〜」
「いいから寝かせてよ。メインギターはまだまだ加護ちゃん」
「えぇ〜??絵里も上手くなったんですって〜。もうあいぼんにも負けないもん」
「だったら正々堂々勝負してみな。勝てたらメインにするから」
「勝負!!それだぁ!!」

大声でバスの中を駆け回る絵里。
うるさくて寝れないなっち。
絵里はギターを取り出してなっちの横に戻った。

「ジャ〜ン。聞いてください」
「ちょ!ちょっと!あんたここで弾く気!?」

クネクネクネクネクネクネクネクネクネクネクネクネクネクネクネクネ…!!!

それを見た瞬間、なっちの眠気は完全に覚めた。
音を立てずに弦の上で指捌きを披露する絵里。
十本の指がまるでそれぞれ生きているみたいに見えた。
信じられないスピードで、信じられない動きをしている。
そういえばこの所、テレビ出演や取材ばかりでまともに絵里のギターを見てなかった。
(この子、もしかして本当に…)

「SAKURAに匹敵するバンドらしいっすよ」
「うっわ〜。ふざけてんなぁ〜」

そのとき、なっちと絵里の耳に事務所スタッフの会話が聞こえてきた。
気になる単語を聞き返すなっち。

「SAKURAに匹敵するバンド…ってなんだべさ?」
「あっ、安倍さん。なんかどこぞの無名バンドが業界人集めてライブするって話ですよ」
「ただの虚言っすよ。てかうちを敵に回そうなんて事務所が存在したんすね」
「何処の事務所のなんていうバンド?」

ふと、胸騒ぎを覚えてなっちは聞き返した。

「えーと確か…『乙女組』とかふざけた名前の事務所で…」
「バンド名はなんだっけ?」
「ああそう!こっちもふざけた名前の…たしか『れいにゃーず』」

パチン!

その名前を聞いた瞬間、神業的プレイを披露していた絵里のギターの弦が切れた。

「…」
「そんなふざけた名前のバンド…他にないべさ。ねぇ絵里」

もうとっくに絵里の顔から、笑みは消えていた。



百五、死神の涙


「U CAN DO!U CAN DO!U CAN DO!!」

ジャッジャッジャジャジャ!!ジャッジャッジャジャジャ!!ジャッジャッ…

「ダメだダメ!!」

いきなり演奏を止める美貴。
中央のれいなに向かって怒鳴り声をあげる。

「れいな!本番はもう明日だぞ!何だよその気の抜けた声はよ!!」

れいにゃーずの存続を賭けた運命のライブ前日。最後のリハーサルのことだった。
曲はできたばかりの『FRIENDSHIP 〜Doesn't become an ugly mind〜』
今までの曲の中でも一番気合の入ったロック・チューンとなっている。

「き、気合入っとーとよ」
「入ってねーよ!先週からずっとおかしいぞお前!!」

あの日からだ、と見学していたもっきんさんは思った。
「絵里の夢はSA・KU・RAを世界一のバンドにすることですよ?」
彼女のあのセリフをテレビで聞いた日からだ…れいながおかしくなったのは。

「まぁまぁ。れいなちゃんはきっと本番に強いタイプだから」

見かねた梨華が止めに入ったが、今日の美貴はいつにも増して機嫌が悪かった。

「本番だろうがリハだろうが関係ねー!失敗は許されねーんだ」
「わかってるわよ!だけど怒ったって調子がよくなる訳じゃないでしょ!」
「うるせえ!でしゃばんな!だいたい美貴はまだお前もドラムも認めてねーんだよ!」
「…っ!!!」

その言葉に、梨華よりも重く反応したのはドラムの麻琴だった。
そして怒ったのは、誰よりも麻琴の努力をそばで見てきた希美だった。

「ののだってミキティは認めてねーのれす!!」
「おいおい辻ぃ。これはバンドの問題だから部外者はひっこんでてくれよ」
「ぶが…」

パシィン!!
大きな音をたてて平手打ちが美貴の頬をうった。
目にいっぱいの涙をためたさゆみだった。

「れいにゃーずは…れいにゃーずはれいなともっきんさんから始まったバンドなの!!」
「もっきんさんがいなかったら…れいにゃーずは無いんだからね!!」

沈黙が、スタジオ内をつつむ。
誰よりもれいにゃーずへの想いが強いさゆみの泣き声だけが、聞こえ続けた。
飯田は明日の打ち合わせでいない。焦りからか、バラバラになるメンバーの想い。
こんなとき、みんなをまとめてくれたのは…いつもれいなだった。
その肝心のれいなもずっと俯いて黙っている。

「そうかよ。部外者は美貴か」

沈黙をやぶったのは美貴のその言葉だった。
乱暴にギターを片付けると、スタジオの扉を開ける。

「じゃあな」

誰も止めなかった。止められなかった。
(れいな…)
さゆみは泣きながられいなを見る。
(このままじゃ美貴さんが…いっちゃうの…れいな)
言い合いをしていた梨華や希美、もちろん麻琴にも止められない。
叩いてしまったさゆみ自身にもそんな資格は無い。
れいなしかいなかった。
美貴を追いかけて、呼び戻せるのはれいなしかいなかった。

「れいなぁ…」

かすれた声で名前を呼ぶ。
しかしれいなはうつむいたままで動けなかった。

「…ごめん」

それだけを小さく呟くと、れいなはそのまま黙り込んだ。
本番はもう明日。直前となると言い知れぬ緊張が全員を襲う。
その緊張が最悪の展開へ向かってしまった。
明日は藤本美貴抜きでライブを成功させなければならなくなってしまったのだ。

家に帰った美貴は、かついでいたギターをソファに放り投げた。
何の感情も無い顔で着ていた服を脱ぎ始める。
衣類を無造作にまとめるとシャワールームに入り、熱いシャワーを全身に浴びる。

シャアアアアアアアアアア

――――――藤本美貴は死神だ
――――――奴の関わったバンドはみな不幸な最期を迎える

シャアアアアアアアアアア

――――――藤本さん!うちらと一緒にバンド組んでください!!
――――――バカか。美貴は死神だぜ。バンドが潰れるだけだ
――――――そげんこつ関係なか!れいなはその死神に命救ってもらったけんね!

シャアアアアアアアアアア

――――――そうかよ。部外者は美貴か

シャアアアアアアアアアア

「…ウッ…ウウッ…ウウウゥゥッ……ウゥッ…」

シャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア
シャアアアアアアアアアア




百六、85解散の真相


運命のライブ当日。
藤本美貴の姿はやはり無かった。
事情を聞いた飯田が、当然の如く雷を落とす。

「バカ!何考えてんのあんた達!!藤本抜きで成立する訳ないでしょ!!」
「わかっとーと。だから今朝さゆと二人で家まで謝りに言ったとよ」
「でも…美貴さんいなかったの」
「じゃあ心当たりありそうな所全部電話しな!石川!」

藤本の交友関係に一番詳しいはずの石川が呼ばれ、渋々と携帯を取り出す。
やっぱり最初に思いついたのは松浦亜弥。電話は意外にもあっさり繋がった。

「もしも〜し、石川さん?」
「あ、急にごめんね。そっちに美貴来てない?」
「んーん。ミキたん全然来てくれないんですよ〜!でも、ど〜かしたんですか?」

石川はかいつまんで事情を説明した。ライブのこと。ケンカのこと。

「そ〜なんですか〜。大変ですね〜。もしミキたん見つけたら伝えときますね〜」
「うん、ごめんね亜弥ちゃん。それじゃ」

通話をきる石川。
このとき電話の向こう側であややが悪魔の笑みを浮かべていることなど露知らず。

「さっすがミキたん。亜弥が手を出さなくても、あのクソバンドを辞めてくれた♪」
「でもこのチャンスを逃すわけにはいかないわ。にっくきネコ娘への仕返し!」
「フフフ…亜弥を敵に回したこと、すっご〜く後悔するといいわ。れいにゃーず!」

完璧な変装をほどこすと、松浦亜弥はライブ会場へと向かって走り出した。

「ファァァァ」

その頃、ライブ会場に大きなアクビのもっきんさんが到着。

「もっきんさん、眠そうなの」
「うん。昨日の夜遅くまで麻琴の特訓につきあってたのれす」
「え〜昨日まで特訓したの?」
「麻琴が緊張して眠れないからって付き合ってたのれす。ねぇ麻琴…」

さゆともっきんさんが麻琴に声を掛けようと振り返る。
キョロキョロと楽屋を見渡す二人。
いない。
やがて真顔で見詰め合う。

「まだ来てね〜のれす!!」
「寝坊なの!!」

大騒ぎするさゆともっきんさんの声に頭を抱える飯田。
(…ったく、どいつもこいつも)

「お偉いさん方が到着し始めたよ。飯田さんとバンドの代表者!挨拶に来て!」

慌しく楽屋に駆け込んでくるソニン。
頭を抱えていた飯田がさらに顔を歪める。

「このクソ忙しいときにぃ〜。石川!死んでも藤本を探せ!道重は小川を叩き起こせ!!」
「れいなは?れいなはどうすればよかと!?」
「お前はバンドの代表者だろ!とっとと挨拶いくわよ!」
「うえ〜そうゆうの苦手っちゃ」
「いいから来い!」

ソニンと飯田に引っ張り出されるれいな。
楽屋に残された梨華とさゆと希美の3人に緊張が走る。

「死んだら探せないよ〜。そうだ。ごっちん!ごっちんにかけてみよ!」
「そうれす!あややとごっちんはスタジオ見に来る程れいにゃーずファンなのれす!」
「え?来たことあるの?私知らないよ」
「あ、これは内緒れした。てへてへ。(外伝を参照してくらはい)」
「もう何なのよ〜?」

もうリハーサルの時間も過ぎてしまっている。
さゆは麻琴の携帯に何度もコールしているが、なかなか繋がらないようだ。
真希にかけた梨華の方が先に繋がった。

「もしもし。ごっちん!?」

事情を伝える梨華。しかし真希の所にも美貴は来ていないみたいだ。

「も〜う何処行っちゃったのよ〜美貴は?」
「んあ〜。そんなに心配いらないと思うけど…」
「ごっちん。そんな悠長な事態じゃないんだからね。時間が無いんだから!」
「大丈夫、美貴は来る。賭けてもいいよ〜」

いつものノンビリとした声で、断言する真希。
何の根拠もないのに彼女が言うと本当にそんな気がしてしまう。

「根拠もないのにそんなこと言わないでよ!」
「あるよ〜根拠なら」
「え?」
「あんなにバンドを愛する奴を、私は他に知らないもん」

(バンドを愛する?美貴が?85を解散に追い込んだ張本人が?嘘…)
梨華は混乱した。真希の言っている意味がわからない。
すぐ横で対話を聞いていた希美も同様だった。藤本美貴は85を解散させた憎い奴だ。

「だって私がケガしたとき、85を解散にしちゃったのは美貴でしょ!」
「…そうだよ。これは絶対に秘密だって…美貴から言われてたんだけどね」
「え?何?」
「あのとき…事務所は新しいベースを探して85を続けさせる気だったんだ。
 私もヨッスィーも仕方ないと妥協したよ。だけど美貴だけは違ったんだ。」

「後藤真希。吉澤ひとみ。石川梨華。藤本美貴。この四人以外で85を続ける気はねえ」

ゾクゾクッとした感覚が梨華を襲う。

「そう言ったんだよ。あの美貴が。それで事務所と完全に意見が食い違って…解散」
「…嘘」
「嘘じゃないよ。誰よりもバンドを愛し…あの4人であることをこだわったのは…」

用意されていた頂点への道も投げ捨て!
業界を敵だらけにしてしまっても!
たった一人ですべての罪を背負うことになっても!

「仲間を選んだのは…美貴なんだよ」

梨華の瞳から…大粒の涙が零れ落ちる。

「ど、どうして…言ってくれなかったのよぉ…そんな大切なこと…」
「しゃべったら殺すって美貴が。特に梨華ちゃんには」
「バカァ〜〜!ウッウッウウウゥ〜〜〜」

(私達は美貴にとんでもないことを言ってしまった…)
「そうかよ。部外者は美貴か」
(誰よりもバンドのことを考え…成功を願っていたのは…誰よりも…)
梨華の口から…重い後悔の嗚咽が零れ落ちる。

「ウッウッ…戻って来て…ウウッ…お願い…美貴っ!!」



百七、ピーポー


「本日はお忙しい中ご足労頂きまして誠にありがとうございます」
「れいなです」
「あ、部長。その節はどうもお世話になりました。彼女がボーカルの…」
「れいなです」
「はじめまして。乙女組取締役の飯田圭織と申します。本日は宜しくお願い致します」
「れいなです」

来訪がとぎれた隙を見て、バコッとれいなの頭をどつく飯田。

「ちょっ!なんばしよっと!」
「あんたね〜。大事なお客様ばっかりなんだから。もうちょっと愛想よくしなさい」

テレビ曲、ラジオ局、出版社、レコード会社…様々な客が来訪している。
バンドの未来がかかった日なのだ。しかしれいなはずっとふてくされている。

「愛想いいロックンロールなんて興味なか」

いちいち中澤裕子みたいなセリフを吐く奴だ、と飯田は顔をしかめる。
しかも反論できない。

「てゆ〜か、これ別にれいなおらんでもよかろ。先戻るけん」
「あ!田中!コラァ!」

飯田が止める間もなく、れいなはネコみたいに逃げてしまった。

控え室に戻ったれいなは、中の光景を見て驚く。
携帯を握ってオロオロするさゆと、抱き合って泣きじゃくる梨華ともっきんさん。

「ど、ど、どーしたと?」
「ミキティがいい人らったのれ〜す!!ウエ〜ン」
「は?そんなん前から知っとーよ」

梨華は言葉も涙で出ないらしい。
訳もわからずれいなはさゆの方を見た。

「麻琴さん。家の電話も携帯もでてくれないの〜!」
「さ、最悪っちゃ。やっぱりあん人は失敗やったとか?」
「どうしよ〜れいな」
「どうするもこうするもなか!やるしかなかよ!いざとなったら三人でも!」

リードギターとドラム抜きで…。
さゆの表情に不安の色が濃く浮かぶ。
その肩をポンと叩くれいな。

「信じるとよ、美貴姉とマコさんを。信じてうちらは準備するっちゃ」

二人が駆けつけたら、すぐにでもライブに飛び出せるように…。
泣きながらうんうんと頷く梨華。
もっきんさんはもう元気よく立ち上がっている。
さゆの不安も少しだけ薄れていた。
れいなは天を仰いで祈る。二人は絶対に来てくれる!!

「うわあああああ!!!やっちまったぁあああああ!!!!!」

その頃、会場から少し離れた国道。
絶叫しながら自転車をすっとばす小川麻琴の姿があった。
(なんで、なんでこんな大事な日に寝坊なんかしちまうんだよ〜私は〜!!)
昨夜は緊張でまったく寝付けず、ひたすらドラムを叩き続けた。
ようやく意識を失ったのは明け方近くであった。
昼過ぎに目覚めて血の気が引く。もうリハの時間直前となっていたのだ。
携帯電話を忘れるほど慌てて家を飛び出した。
限界ギリギリで自転車をこぎ続けている。

(お願いだから!間に合ってくれ〜)
(ドラムは私しかいないんだ!やっと認めてもらえたんだ!)
(私のせいでれいにゃーずのライブが失敗なんてことになったら…)

血の気が引く。同時に涙みたいなものもこぼれてきた。
麻琴にとってれいにゃーずは、ようやく見つけた居場所だった。

「あのぉ…私…コン&マコも…やめます」

ずっと一緒にやってきた相棒。紺野あさ美。
彼女に裏切られたあの日から小川麻琴に居場所はなくなった。
ひとりきりでどん底にいた。
そんな自分にあったたった一つの光。
それが『れいにゃーず』だった。

ロックフェスでその熱いライブを見たときから、ここしかないって思った。
あいつらに出会えてその想いは確信に変わったんだ。
れいにゃーずの為ならば、どんな辛い特訓にだって耐えることができた。
足をひっぱりたくなかったから。
れいな。さゆ。藤本さん。石川さん。凄いメンバーばかりだ。
そしてこんな自分を精一杯サポートしてくれた辻ちゃんと飯田さん。
(みんなの為にも…絶対に…間に合って…)

ゴオオオオオオォォォォォォ…

そのとき麻琴の視界の隅に、車道に飛び出した幼児と迫る大型トラックが映る。
(え?おい。バカ…)
転ぶ幼児。急ブレーキを踏む大型トラック。間に合わない!!
(バカヤロォ!!!!)
麻琴のこぐ自転車が、急転回して車道へ!
転んだ幼児に向かって手を伸ばす!

キキキイィィィィィィィィィィ!!!!!!

「マコっちゃんって、肝心なときにいっつもヘマするよね」
「コンちゃんにだけは言われたくねーんですけど」
「エヘヘ。でも私、マコっちゃんのそ〜ゆ〜所好きですよ」
「嬉しくね〜」

嗚呼、まったく、嬉しくねえ。

ガラガラガシャガシャーンッ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!

「二人になっちゃったね。どうしようかオーディション」
「二人でもいいんじゃね?コン&マコとか」

「私…マコっちゃんとバンド続けてよかったです」
「バーカ!泣くのは合格してからにしろぃ!」

「ごめん…私…会えない」
「コンちゃん!!」
「今まで…ありがとう。本当にごめんなさい」

「小川麻琴!ドラム!れいにゃーずに加入希望!!」
「却下だ。帰れ」
「あーもう!しょうがない。ののが一肌脱いでやるのれす!!」
「代わって辻ちゃん。今日から圭織が小川を特訓する」
「れいにゃーずのドラムは小川麻琴っちゃ!!!」


(れいにゃーずのドラムは…。へへ…)


ピーポーピーポーピーポーピーポーピーポー……
ピーポーピーポーピーポー…
ピーポー…
……



百八、もう終わり


ステージの袖から会場の様子を覗きこむれいなとさゆみ。

「フツーのお客さんが一人もいないの」
「やりづらか感じたい」
「ここまできびしい状況とは…甘かったわ」

二人の後ろで飯田が、苦々しい顔をしていた。
宣伝するお金なんてなかった。
都内の有名ライブハウスなどに告知張り紙をしてまわったくらいだ。
それでも「れいにゃーず」の名前だけで集客できないかと期待していた。
ロックフェスのあのライブは、ネットの掲示板などで未だに語り草となっている。
ネットにもこのライブについて書き込んでおいた。
コアな層ならばきっと反応してくれると信じていた。
さらに、無料で入場制限も設けなかった。
それでも結果はこの有様だ。

「まさか…ゼロとはね」

会場にいるのは、バンドの評価にきたお偉いさん方ばかりが十数人程度。
みんな、300人は入るスペースの後ろ側の壁に寄りかかったり座り込んだりしている。
ステージ手前から中央にかけてはガラーンとした空間が広がっていた。
これでどうやって盛り上げろというのだろうか!?
ライブをやるには最低の環境だった。

しかし実際、客は来ていた。
張り紙やネットにあった「れいにゃーず」の文字に反応したロック好きが!
ところが…。

「本日こちらは立入禁止となっています」
「れいにゃーず?何ですかそれは?」

屈強なガードマン達が、会場手前の道路で入場規制を行なっていた。
「れいにゃーず」目当てで集まってきた人々を、無下に追い払う。

「うわー!やっぱりデマかよ!」
「ちくしょ〜ダマされた!」
「私なんかわざわざ遠征してきたのにぃ〜」

その様子を物陰で見ながら、ニタァ〜と笑みを浮かべる松浦亜弥。
(ウフフ〜これでれいにゃーずのライブはお客さんゼロ)
松浦が金に物をいわせて用意した日雇いガードマン達。
れいにゃーず嘘情報に騙されて怒り嘆くファン達。
こんなに愉快なことはない。

「亜弥からミキたんを奪ったらど〜なるか。後悔するといいわネコ娘!」

松浦亜弥、勝利のVサイン。

「これでれいにゃーずは完全に終わりでぇ〜す」

「終わりか…」

ストラトを抱えて、公園のベンチでタバコを吹かす藤本美貴。
それはライブ会場にほど近い公園だった。
朝起きて、腕が勝手にギターを掴み、足が勝手にここまで自分を連れてきた。
(関係ねえ。美貴はもう部外者だ)
頭でどれだけ言い聞かせても、体がそれに逆らった。
時計を見る。13時50分。
ライブ開始時刻まであと10分。もう間に合わない。

「自分に正直になりなさい。行って皆と一緒にギターひきたいんでしょう」

自分の中の天使が訴える。

「行くこたねぇよ。お前を部外者扱いしたクソガキどもなんか、どーなってもいいだろ」

自分の中の悪魔が嘲笑する。

(そうだよな)
ベンチ横の灰皿にタバコを押し付け、美貴はゆっくりと立ち上がった。
無言で公園の出口へと歩き出す。
(もう…終わ…)

ピーポーピーポーピーポー…

公園を出た美貴の前を、救急車が慌しく駆け抜けて、止まった。



百九、ミキティとマコ


救急車の回りは、ヤジ馬で人だかりができていた。
美貴も何となく気になって近寄る。
どうやら国道に飛び出した自転車が大型トラックにはねられたらしい。
(うわ痛そ。つーか死んでないよな?)
小さな女の子の泣き声が聞こえた。少女はすりキズ程度の様だ。
美貴はほっとしてその場を離れようとした。
すると救急車の中からなぜか言い争う声が聞こえて、美貴は足を止めた。

「はなせえええ!!私は行かなきゃならねぇんだ!!」
「大人しくしなさい!あなたは重体なんですよ!!」
「関係ねえよ!はなせぇぇぇぇぇぇぇ!!!」

美貴は人ごみをかきわけて、飛び出した。
強引に救急車の搬入口の前に出る。そこで見たもの…。

「お、小川…」
「藤本さん!!」

美貴は思わず口元に手を当てる。
小川麻琴の右肩から腕、脇腹にかけてが直視できない状態になっていた。

「ちょうど良かった!藤本さん!こいつら説得してください!私はライブ行かなきゃ…」
「なに言ってんだお前?行ける訳ねーだろ」
「だって!ドラムは私しかいないんすよ!ドラムがなきゃライブの成功なんて…!」
「ライブどころじゃねーだろ!病院だろ!!」
「私はどーなってもいい!!でもれいにゃーずは今日のライブにかかってるんだ!!」

美貴は頭がおかしくなりそーだった。
こいつは…マジで…本気な目でこんなことを訴えかけている。

「れいにゃーずがなくなったら…私には本当に何もなくなっちゃう…」
「もう二度とドラムが叩けなくなってもいいのか?」
「私の代わりならいっぱいいます。でも…れいにゃーずの代わりはない!!」

ドクン。
美貴の胸が揺さぶられる。
てめえの体よりもバンドを想っているのか!?
もしれいなやさゆみだったら…?
あいつらもきっと同じことを言うだろう。
梨華も…手にバクダンを抱えながら、それでもバンドに賭けている。
(美貴だけか)
部外者だったのは…確かに美貴だけだった様だ。
五体満足で好きなだけギターをひけるくせに、何をウジウジ悩んでやがった。

「小川」
「…は、はい」
「お前の代わりだっていねーよ」
「っ!!!!!!」
「れいにゃーずのドラムは小川麻琴しかいねーんだよ」

美貴は救急車に乗り込むと、麻琴を抱き起こした。

「行くぞ」
「ど、何処へ?」
「決まってんだろ。スポットライトの中だ」

周りの救急隊員が止めに入るのを、美貴は眼光で威圧して止めた。
麻琴に肩を貸すと、救急車を飛び降りる。

「うぐぅ!!」

痛みで顔をひきつらせる麻琴。
応急処置はしてある。だが気を抜くと意識が落ちそうな痛み。

「無理か?」
「いけます!気を抜くと意識飛びそうっすけど」
「じゃあ心配はいらねーな。ライブの緊張と興奮で気を抜いてる暇なんかねえ」
「ハハッ…」

笑った痛みで小川はまた顔をひきつらせた。
美貴の強烈な眼光で、野次馬が割れて道が出来る。
しかし救急隊員がまだ止めに入る。

「君たちは自分が何をしてるのか分かってるのか!?彼女は怪我人なんだぞ」
「知ってるよ。だが怪我人である前に…こいつはロックンローラーだ」
「…っ!!」

もう二人を止める者はなかった。
れいにゃーずの待つ会場へ、一歩一歩確実に前進する藤本美貴と小川麻琴。

「ハアァハアッ…ハァハアッ…」

汗をダラダラ流して、怪我人に肩をかしながらヒョコヒョコ進む自分がいる。
(ちくしょー格好悪ぃなぁ)
しかし、そんな自分を何処か気に入っている自分もいる。

「ちょっと!何だい君たちは?」

ようやく辿り着いた関係者専用出入口にて、また止められる。
美貴はフゥ〜と息をついて答えた。

「こいつはれいにゃーずのドラム。そして私は…」

もう迷わない。
ここが私の居場所だ。

「れいにゃーずのギタリスト。藤本美貴だ」



百十、落ちたスティック


結局、美貴と麻琴は来ないまま、ライブは始まった。
れいな・さゆみ・梨華。三人きりのれいにゃーず。
一曲目は新曲でなく、やり慣れた『Red Freesia』を選んだ。

「やっぱり全然ダメだ。特に石川がひどい」

ステージ脇で、飯田が眉間にしわをよせて見守っていた。
その隣で辻が両手を合わせて祈っている。
石川梨華という娘は『85』の中でも、もっとも振り幅の大きな娘であった。
調子の良いときの石川は、真希やひとみや美貴ですら霞むほど圧倒的な輝きを放っていた。
しかし悪いときの石川は、途端に空回りする。
今はその悪さが顕著に出ていた。
怪我から復帰後初のライブという緊張感。
バンドの危機に年長の自分がしっかりしなきゃという責任感。
そして藤本美貴に酷いことを言ってしまった自分への後悔と嫌悪感。

「完全に…ネガティブ梨華ちゃんなのれす」

その悪さがれいなにも伝染してしまっている。
れいなのミリオンボイスは、バックの演奏が凄ければ凄いほど、
会場が盛り上がれば盛り上がるほど、その歌唱力が無限大に高まってゆく。
観客ゼロ。リードギターとドラム抜き。ベースも不調。
この環境では、れいなの魅力が発揮される訳がなかった。

「おい。ソニン。説明してもらおうか」
「いやぁ和田さん…アハハ」

親しくしている業界の実力者に睨まれるソニン。
今回のライブ開催ではかなりの助力を頂いた。
それも「SAKURAに匹敵」なんてとんでもない煽りをしたからだ。

「笑い事じゃすまないぞ。この程度のバンドじゃあ」
「もちろんすよ。まだ準備運動みたいなもんで…エヘヘ」

仮に失敗なんてことになったら…もうバンドだけの問題では済まない。
和田さんの会社の方にまで大打撃となってしまう。
忙しい中わざわざ来てもらった他のお偉いさん方も、明らかに不満な顔つき。
それでも怒って帰らないでいてもらえてるのは多分あの娘のおかげだ…。

道重さゆみ。

世界的ピアノコンサートにでも趣かなければ聴けないクラスの旋律を奏で続けている。
メンバーが足りなくても、周りが不調でも、彼女の「神の指」だけは揺るがない。
ここでもまた…全滅寸前のれいにゃーずを紙一重で支えたのはさゆみだった。
(たいしたもんだ。だがこれはクラシックじゃねえ…ロックだぜ)
いつまでもさゆのキーボードだけでごまかせる訳じゃない。
ソニンは歯軋りしながらステージを見つめる。
(何やってんだよ…あいつら!!)
(とっとといつもの本物のれいにゃーずをお見舞いしやがれっ!)

「き、来ました!!」

そのときであった。
スタッフの声が聞こえて、ステージ袖にいた飯田と辻が顔を向け合う。
扉が開くと、汗だくの藤本美貴がそこに立っていた。

「ミキティ!!」
「藤本!!」
「悪ぃ。遅くなった」

倒れ込むようにその場に座り、汗を拭く美貴。
まっさきに駆け込んできたのは辻希美であった。

「ごめんなさい!のの、ミキティにひどいこと言ってしまったのれす!」
「いや。あれはお前の言う通りだった」
「ふぇ?」
「つーか今はそれどころじゃねえだろ」

美貴は、辻の後ろにそびえ立つ飯田圭織を見上げた。

「まだ…間に合うか?」
「ギリギリね。リハーサルの時間は無いわよ」
「美貴はいい。それより廊下でスタッフに血止め受けてる奴を…頼む」
「血?ちょっと何よそれ?誰のこと?」
「誰って…れいにゃーずのドラマーは一人しかいねえだろ」
「っ!!!!」

バァン!!!
スタッフ二人に抱え込まれながら、右肩から半身が血に染まった麻琴が現れる。
その姿を見た途端、固まる辻。

「麻琴…」
「ちょっ…その体どうしたの小川!!」

怒ったように叫ぶ飯田に、美貴が答える。

「子供助けて事故ったってよ」
「じゃあ救急車を呼びなさい!何考えてるのあなた達は!!」
「もちろんライブの成功だろ…なぁ」
「ふざけないで!!その体でドラムなんて叩ける訳ないでしょ!死にたいの!」
「似た様なことは美貴も聞いたよ飯田さん。命よりもバンドが大事らしいぜ」

目をカッと見開いて麻琴を睨みつける飯田。
麻琴は全身を震わせながら…痛みで目に涙を溜めながら…首を縦に振った。

「ダメよ!そんなバカなこと私は絶対に許す訳にはいかない!」
「許すとか許さないじゃねえ。麻琴がやるって言ってんだ」

あっというまにストラトのチューニングを終えると、美貴は再び立ち上がる。
ドラムスティックを持つと、麻琴に向けて差し出した。

「さぁ。いこうぜ。麻琴」
「…うん」

笑顔を浮かべてスティックを受け取る麻琴。

―――――コトーン

無造作に床に落ちるスティック。

「あれ?アハハ」

拾おうと腕を伸ばす。
プルプルと震えるばかりで、腕にぜんぜん力が入らない。
力を入れようとするたびに悲鳴をあげそうな痛みが体を襲う。
その痛みで涙が止まらない。涙で落ちたスティックも見えなくなってきた。

「あれぇ?おかしいな?」

もうライブは始まっているのだから。
れいにゃーずのドラムは私しかいないのだから。
このライブだけは絶対に成功させなきゃいけないんだから…。
私はどうなってでも…絶対に…絶対…。

「おかしいよ…藤本さん…辻ちゃん…飯田さん…。おか…」

――――――――――――――ッン

気が付くと、スティックが目の前にあった。
固い床が頬にあたって冷たかった。
……遠いところから、誰かが自分の名前を呼んだ気がした。



百十一、5人目


「おいコラ!何の冗談だよ…麻琴」

落としたドラムスティックを拾おうとしながら、前のめりに崩れ落ちた小川麻琴。
美貴はその胸倉を掴んで引っ張り上げた。

「立てよ、てめぇ!ライブすんだろっ!!」
「ちょ、ちょっと藤本!!」
「ミキティ!!」

乱暴な行為を見かねて、飯田と辻が止めに入ろうとする。
しかし美貴は吼え続けた。

「ドラムがいなきゃな!てめぇがいなきゃな!れいにゃーずは終わっちまうんだよ!!」
「…ってる」
「死んでもライブすんだろ!!ちゃんと責任もって…」
「わかってる!!でも…でも…体が動かないんだよぉ!!!」
「じゃあ根性で動かせっ!!」
「藤本!」

強引に藤本を引きはがす飯田。崩れる麻琴は辻が受け止める。
麻琴は涙と鼻水とヨダレをボロボロ垂らしながら嗚咽していた。

「体中が麻痺して…言うこと聞いてくれないんだよぉ…ウッウッウウッ…」

抱きとめた飯田だけが気付いた。
荒れる藤本の瞳に光るものが満ちていたこと。

これで…
これでもう二度と…
100%のれいにゃーずは…
最高のロックンロールに辿り着くことは…できなくなった。

飯田はステージで辛いライブを続ける3人に目を向ける。
(石川…せっかく怪我から戻ってきてくれたのに…ごめん)
(道重…あなたがたった一人でも守り続けてくれたバンドなのに…ごめん)
(れいな…お前の唄を…想いを…魂を…世界中の奴等に響かせたかった…ごめん)
飯田の瞳にも、涙が浮かび上がる。
(れいにゃーずはこれで本当に終わ………)

「飯田さんっ!!」

幕を引きかけた。そのとき麻琴の叫び声が聞こえた。

「飯田さん!私の代わりにれいにゃーずのドラムを叩いてください!」
「え?」
「お願いします!!このまま私のせいでれいにゃーずが終わるのだけは…嫌だ!」
「何言ってるの?そんなのム…」

戸惑いの色を浮かべる飯田圭織。
麻琴の命がけの訴えを前に、「無理」という言葉を口に出すことができなかった。

「ののからもおねがいれす!!いいらさん!れいにゃーずをまもってくらはい!」

嗚咽する麻琴の隣で、彼女を支えながら辻希美も懇願していた。
そのとき、飯田圭織は天からの光明を感じる。

「やめろお前たち。引退した人に無理言って困らせるんじゃねーよ」
「れもミキティ…」
「この人のドラムには時間制限があるんだ。どのみち無理なんだよ…もう」

二人を止めた美貴の顔が曇る。麻琴と希美も肩を落としうなだれた。
小川麻琴がドラムを叩けなくなった時点で…もう。

「藤本の言う通り。第一私はれいにゃーずの曲をほとんど叩いたことが無く、覚えてない」

三人が無言になった所で、飯田圭織が突然口を開く。
その顔は、まるで神から交信を終えたお告げ人の様になっていた。

「だけど…一人だけいる」
「?」
「れいにゃーずの曲を完璧にマスターしていて、最高のドラムが叩けるかもしれない…
 そんな奴が、世界にたった一人だけ…存在する」

驚愕の内容に、美貴と麻琴は目を見開いて飯田を見る。
辻希美も飛び上がっていた。

「誰れすか!?誰れすか!?そのすごい人を早く連れてきてくらはい!!」

飯田圭織はまっすぐ辻希美を見返した。

「もう…ここにいる」
「嘘ぉ?どこに隠れているんれすか!?時間がないのれす!いいらさん、はやくはやく!」

飯田は床に落ちたドラムスティックを拾い上げる。
そのとき麻琴と目を合わせた。麻琴は口を固く結ぶと、強く縦に頷いた。

「ちょっと何やってるのぉ?いいらさん、はやくそのすごいドラマーを…」

飯田圭織の手と小川麻琴の手がスティックをはさんで重なった。
そのままそれを辻希美の前にゆっくりと運ぶ。

「お前だ」
「?」
「れいにゃーずを全曲マスターし、奇跡が起こせる可能性を秘めたドラマーは…」
「え?え?え?」
「世界でたった一人…辻希美しかいない」
「!!!!!!」

呆然と固まる辻希美。
あまりに重い重いスティックが…今、希美の小さな両手に収まる。

そのときちょうどステージで、1曲目の演奏が終わった。

「いくぞ」

ギターを担いだ美貴が声をかける。しかし希美はまだ固まっている。
そんな希美の胸倉を掴んで、美貴は声を荒げた。

「おいコラ。何ボーっとしてんだよ」
「らって…のの」
「麻琴が命がけで託した想い。わからねーならこの場からとっとと消えろ」

ドンと突き放して、美貴はステージへと歩き始めた。
希美はその背中を見る。
苦しそうに顔を歪める麻琴を見る。
そして、ステージでつらそうにしている梨華とさゆみを見る。
…つらそうにしているれいなを見る。

「いい歌れすね」
「ののもいっしょにやりたいのれす」
「よし行こう!もっきんさん!地平線の彼方へ!」

(れいな…)
(麻琴…さゆ…梨華ちゃん…いいらさん…ミキティ…)
スティックを強く握り締める。瞳に宿る炎。
みんなの想い。自分の想い。全部その手に。
(ロックは…れいにゃーずは死なねーのれす!)
れいにゃーず最後の一人・辻希美が今、前へ踏み出した。



百十二、ここから


その女がステージに立つだけで、憂鬱なムードは一変する。

「藤本美貴っ!!」

あくびを噛み殺していた業界人たちが一斉に色めき立った。
それはステージ上のれいな達も同じ。

「美貴姉…」
「おいおい、しけたライブしてんじゃねぇよ」
「何ゆうと!美貴姉がおらんから!」
「こっからだな」

美貴の言葉にれいなはコクリと頷く。
だが次の瞬間、ありえない人物が藤本美貴の後ろに見えてれいなは戸惑った。

「も、もっきんさん!!ど、どうしたと?」
「ここからなのれす」

スタスタとドラムセットに向かって歩いてゆく。
さゆみも梨華も、訳も分からずあっけにとられていた。
だが問い詰めている時間はない。
初めて、ドラムセットの前にストンと腰を下ろす辻希美。
ステージ上に5人が揃う。

ギギギュゥォォォォォォン!!!!!!

藤本美貴のギターが始まりの合図となった。
いきなりの全力疾走!!
倦怠気味だったれいな・さゆみ・梨華に走る衝撃!!
希美は大きく深呼吸する。
目の前にある太鼓にシンバル…ぜんぶ木琴だと思え!

パァン!!

2曲目『Garden of love』
この5人での記念すべき最初の曲となる。
イントロから飛ばしまくる藤本美貴の超絶ギターリフ!
「ごめんなさい」
梨華は美貴が来たらそう謝ろうと思っていた。
だけど分かった。美貴はそんな言葉を求めてなんかいない。
(私にできる償いは…最高のパフォーマンスを見せることだけ…)
ベースの音色が変わった。
まるで美貴のギターに対抗する様にテンションを上げていく。

「すげ…」

ソニンは思わず吐息を漏らした。
気が付くと、和田を始めとした業界のVIP達も身を乗り出している。
ギターとベースが強いバンドだと予想してはいたが、ここまで圧倒的だとは!

音を支配しているのは完全に石川梨華であった。
まだたどたどしいドラムの分までリズムを作り、
一曲目飛ばした分、少し抑え目にしているキーボードの分までメロディアスに。
そんな風に周りをカバーしながら、一人飛ばしまくるギターにも合わせている。
『バンドの質はベースで決まる』
まさに彼女はそれを体言していた。

「さすが『85』コンビ…あの二人は別格だな」

その場の全員が藤本美貴と石川梨華のプレイに酔いしれた。
(これじゃダメよ)
しかし、舞台袖で見守る飯田圭織は眉をしかめていた。
もともと知名度の高い藤本・石川が認められても意味がない。
『れいにゃーず』5人としての良さを見てもらえなければ…!!
(それも全部アンタにかかってんのよ…れいな)

「Hey!Everytime I’m so proud of you ♪」

だがれいなはまだノリきれていなかった。
両隣の藤本石川のプレイが凄くても、やはり客がいないことが強く影響していた。
ノリきれていないのは希美も同じだったが、責めることはできない。
間違えずついていくのが精一杯だが、初ドラムでそれなら十分すぎる奇跡だ。
このままじゃいけない。
それはさゆみにも十分に分かっていた。
だけど自分にはどうにもできないことも分かっていた。
悔しさに俯きかけたそのとき…

バァァン!!!

「うわっ!本当にライブやってるよ!!」
「れいにゃーずだ!!すげぇ〜!!」

一瞬5人は何が起きたのか分からなかった。
突然、会場入口の扉が一斉に開き、数え切れないほどの人の波が押し寄せてきたのだ。
とても入りきりそうにない人数がそのままステージへ駆けて来る。
壁際でのんびりしていたお偉いさん方も次々に流されてしまう。
そしてその先頭には予想外の人物がいた。



百十三、奇跡のライブ


「ええぇぇぇぇ!!!ミキたんが来たのぉ〜〜〜!!!?」

携帯越しにその情報を聞いた松浦亜弥は、思わず大声で叫んでしまった。
その声を耳にした街ゆく人々の視線が一斉に集う。

「松浦亜弥がいる〜〜〜!!!」
「っ!!!」

突然、現れたトップアイドルに、街は瞬く間に騒然となる。
ガードマンに遮られて落ち込んでいた僅かなれいにゃーずファンも反応した。

「何だよこの騒ぎ?」
「やっぱりあるんだ!ライブ!!」

1人が動けば10人が動く。10人が動けば100人が動く。100人が動けば…
松浦亜弥を先頭に、街中の若者達が巨大な集団と化した。

「いやぁ〜〜〜助けてぇ〜ミキたぁ〜〜〜ん!!!」

たまらず松浦はライブ会場へ逃げ出す。
後ろに数え切れない程の人数を引き連れて…。

「ど、どーなっとーと?」

その光景にれいなは目を丸くした。
ガラガラだった会場が、今や入りきれないほどの人の波に埋め尽くされている。

「もう言い訳はできねーぜ」

隣で美貴が言った。

「ミリオンボイスの舞台は完全に整ったの」

さゆみがほほ笑む。

「うん。ののもそろそろ太鼓に慣れてきたのれす」

希美も楽し気な顔に変わっている。

「さいっこーのライブ。いこう!」

梨華が言った。もう迷いは無い。
(みんな……ありがと…)
れいにゃーず全開!!!

「行くっちゃよぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっっ!!!!!!!!!!!!」

れいなのシャウトが、奇跡のライブの幕開けを告げる。

かつてない音が、空間を揺るがした!!
松浦亜弥を追いかけて興味本位でやってきた若者達の魂を激しく脈打つ。
特に目立ち出したのが辻希美のドラムだ!!

「間違ってなかった…」

飯田の呟きに、満身創痍の麻琴も涙で応じる。
ドラムが止まらない。驚異的なスピードで、さらにそのスピードを上げ続けている。

「当たり前だぁ。あいつの木琴のスピードはまだまだこんなもんじゃねぇよ」
「吉澤ひとみと競えるドラマーなんて現れないと思っていたよ…ついさっきまで」

二人が自分達の想いを託したドラマーは、間違ってなかった。

(のの…)(もっきんさん…)(辻…)
梨華も、さゆみも、美貴までもが、初心者ドラマーに脅威を感じる。
(冗談じゃないわ。妹分のののに負けてらんないわよ!)
(一番かわいくて目立たなきゃいけないのはさゆなの!!)
(どいつもこいつも調子こきやがって。美貴を本気にさせてえようだな)
ベースが!!キーボードが!!ギターが!!
自分が一番だと言いた気にガンガンガンガン熱い音で前に出てくる。
バックの演奏がこれほど圧倒的だと、半端なボーカルは掻き消されてしまう。
だけど、最高のメンバーとこれだけ大勢の観客に盛りあったときのミリオンボイスは…
半端じゃない!!!

「Even if the earth changes after 100 years!!
Feelings do not change.!!Love gerden!!!」

(一番近い場所で…れいなのステージを…)
ドラムを叩きながら希美はずっとれいなの背中を見ていた。
一人ぼっちで上京してきたれいな。一人ぼっちで路上ライブを繰り返してたあの頃。
(あのころから信じてたのれす…れいなは絶対に…絶対に)

(絵里に会いにいこう…れいな)
さゆみにとってれいにゃーずは宝物。そしてれいなはかけがえの無い親友。
遥か高みにいってしまったもう一人の親友の場所まで…このメンバーとならいける。
(三人はロックの頂上でもう一度巡り会うの。ね、れいな)

(まだまだ、こんなもんじゃねえぞ)
美貴にとって倒すべきバンドは『SA・KU・RA』越えるべきは『85』
麻琴にも誓った。このバンドに人生を賭けられる。もう迷いは無い。上に行くだけ。
(返さなきゃいけねえ借りは溜まりまくっているんだ。そうだろ、れいな)

(楽しい!こんなに楽しいロックを怪我なんかで捨てかけた自分がバカみたい)
梨華をれいなと結びつけたのは何か?それはおそらくあの人だろう。
誰よりもロックを愛し、何よりも大切なことをれいなにも…梨華にも教えてくれた。
(れいな。もっと大きな音で、このロックンロールを天国のあの人まで届けよう!)

(れいなっ!!!)

「にゃああああああああああああああああああああ!!!!!!!!」


その日の深夜。
山崎会長に呼び出される安倍なつみの姿があった。

「まずはそれを聞け。部下に忍び込ませて録音したものだ」

言われるがままイヤホンをつける安倍。
流れてきた音楽に、目つきを変える。

「会長。これは…」
「れいにゃーずのライブ。今日のな」
「本気でSAKURAに挑む気みたいですね」
「ちょっと奴等の素性を調べさせた。したらなぁ…懐かしい名前が出てきたよ」
「?」
「ボーカルの田中れいなの師…あのいまいましい中澤裕子だってよぉ」
「っ!!!」

何年も昔の話だ。会長の言動を許せず、殴り飛ばして去った女がいる。

「裕ちゃ…あの中澤裕子ですか!?」
「そういうことだ。こういう野蛮で下品なバンドを世の中に出す訳にはいかんだろ」
「SAKURAは絶対に負けません」
「おいおい…勝負などさせてやる必要はない。消せ」
「は?」
「どんな手を使ってでもいい。あらゆる金と権力を駆使して、このバンドは潰せ」
「………っ!!」



百十四、逃した魚は大きいぞ


「忙しすぎて死ぬかもしれないわね」

ライブ翌朝、TV局・ラジオ局からの出演依頼が殺到。
さらに各メディアからの取材依頼も、とても回りきらないペースで来ている。
飯田圭織は嬉しい悲鳴をあげていた。

「うちは全部受けてやるっちゃよ!」
「れいな〜こっちの身にもなってよねぇ。求人募集しないと…」

音楽事務所『乙女組』は現在、代表の飯田圭織一人で運営されている。
止むことなくかかってくる電話に、れいにゃーずのメンバーも手伝う羽目になっていた。

「みんな〜そろそろお昼だよ。『Rock moni』の取材の時間!!」

スケジュール担当の石川の声で、全員が顔を上げる。

「え〜まだお昼食べてないのれす」
「もっきんさん。移動しながらおにぎりほおばるとよ」
「メイクの時間も無いから藤本さんがヤバイの。さゆはすっぴんでも平気だけど…」
「ほぉ〜うな重。いい度胸になってきたじゃねぇか」
「ほらほら!時間ないから行くよ〜!美貴も!メンチ切ってないで早く〜!」

慌しく出版社へ出かける5人を見て、飯田は不安気に仕事をすすめていた。
(あいつらだけで大丈夫かな〜。ていうかこれじゃ本当に身動きがとれないって)
(よし、麻琴が退院したらマネージャーにしてこき使おう)

ソニンとの約束で、取材の最優先権は『Rock moni』にあった。
ライブが実現できたのも、ソニンがこの出版社の和田社長に強く働きかけたことが大きい。
そして半信半疑だった和田も、すっかりれいにゃーずにベタ惚れした一人だった。
(こいつらなら、今の腐敗した音楽業界に熱い風を吹かすことができる!)
そう思って和田も今回の独占記事を楽しみに待ち構えていた。
―――――そこへ一本の電話が鳴り響く。

「あ〜!ソニンと和田さんが入口で待っていてくれとーとよ!」
「ほんとれす!のの達VIPなのれす!」

思わぬVIP待遇に喜んで駆け出すれいなともっきんさん。
だが他の三人は、和田とソニンの浮かない表情に違和感を覚えた。

「すまないっ!」

開口一番、頭を下げる和田とソニン。
訳がわからず目を丸くするれいなともっきんさん。

「ちょ…いきなり謝られても訳わからなか」
「昨日のライブ。あんなに興奮したのは数年ぶりだった。本当に…最高だった」
「て、照れるのれす」
「しかし、君たちと仕事をすることはできなくなってしまった。申し訳ない」
「ふぇ?なんれれすか?」
「理由は言えない。私にも社員とその家族の生活を守る責任があるんだ。
 君たちのことはいちファンとして、応援し続けたいと思っている」
「そ、そんなのってなかよ!和田さ…!!」

和田の肩に掴みかかろうとするれいなとの、間に割って入るソニン。

「責めるなよ。和田さんだって…つれぇんだ」
「ソ、ソニンさん…うちは納得できなか…ッング」

ガシィッと後ろかられいなの首根っこを掴む腕。
藤本美貴は静かな視線でソニンと和田を見た。

「わかったよ、和田さん、ソニンさん。こっちこそ悪かったな」
「藤本…すまない」
「責めはしねえよ。けどな…逃がした魚は大きいぜ」

「帰ろう」と梨華が、希美とさゆみを促す。
れいなは最後まで納得できずもがいていたが、美貴に強引に連れてかれた。
ソニンと和田は歯を噛み締めながら、5人の後ろ姿を見えなくなるまで見守った。

「飯田さん!おかしなことになっと〜よ!ちょっと聞いと〜?いい…」

乙女組事務所に戻ったれいなは早速、飯田を問い詰めようとした。
ところが、自分達よりももっと顔をこわばらせている飯田を見て、動きが止まる。

「どーしたと?飯田さん」
「キャンセル…すべての仕事がキャンセルになった…」
「っ!!!!」

あれだけギッシリ詰まっていたスケジュールが、ほんの数時間で全消滅してしまった。
れいにゃーずに…過去最悪の衝撃が走る!!

…ガシャン

安倍なつみが受話器を置く。
すべて指示通りに事が済んだ。
事実上の抹殺。
これで、れいにゃーずが公の場に立つ可能性は限りなくゼロとなった。

「フゥ…」

ため息が出る。
目をとじると昔の仲間の顔が浮かんできた。

圭織…明日香…彩っぺ……裕ちゃん

(なっちはもう…引き返せないべさ)
ギィ…とイスから立ち上がると今の仲間の元へ向かう。

『SAKURA』はこの年の音楽賞を総ナメ。
頂点に…手をかけていた。



百十五、新年会


2005年CDシングル年間売り上げ1位から3位を独占。
発売されたばかりのファーストアルバムも300万枚を突破。
初の全国ドームライブも大成功。
紅白を筆頭に年末年始の音楽番組にひっぱりだこ。

『SA・KU・RA』は満開に咲き誇っていた。

「いや〜あっという間の1年でしたね〜矢口さん」
「ちょ…それおいらのおちょこ!ヨッスィー飲み過ぎ!!未成年のくせに!」
「エッヘッへ。今年で成人するからノープロブレムっすよ」

年が明けて、わずかな休息。
内輪だけのささやかな新年会。

「あいぼんちゃ〜ん。なぁ〜にオレンジジュースでチビチビやってんの?」
「もぉ〜絡まんといてぇ〜。ちょっと愛ちゃん助けてっ!!」
「触らぬ神に祟りなしやよ」

加護が吉澤にセクハラされている絵図を、赤ら顔で流す高橋。

「なんだよ〜高橋。お前も意外とイケんじゃん」
「いや矢口さん。普段は飲まん様にしてるんやって。喉に負担かけたくないしの」
「へ〜ボーカルは大変だねぇ。おいら飲みまくりだぜキャハハ」

笑い事じゃないな…と高橋は心の中で思った。

そんな中、安倍なつみはひとり浮かない顔をしていた。
消えたあのバンドのことが頭から離れてくれないのだ。
山崎会長の命令を受けて、業界から完全封鎖をかけたあのバンド。
あれから一ヶ月。今や噂すら聞こえてこない。
無理もない。何もできないのだから。
だけど…

「…安倍さん?…安倍さん!!」
「えっえ?」
「どうしたんですか?さっきからボーっとしてるが」
「あ、愛ちゃん。ごめんごめん大丈夫」
「ちょっと相手してください。あれに巻き込まれるのは勘弁やって」

あれ…高橋の指す方向。吉澤に矢口も加わり加護へのセクハラは地獄絵図と化していた。

「うわ。放送禁止だ」
「気付かないフリやよ。静かに飲んでましょ」

そういえば高橋と二人きりで話すことなんて無かったな、と安倍は思った。
高橋愛。彼女がいてくれたからSAKURAはここまでなったのだと心底思う。
本当はあのとき、悩んだ。
田中れいなと高橋愛、タイプの違うどちらのボーカルを選ぶか?
その答えは間違っていなかった。今は確実に言える。

「安倍さん」
「なぁに」
「私、アメリカに行きたいです」

一瞬、空気が変わった。
安倍はすぐに笑って答える。

「SAKURAの海外進出?それもおもしろそうだね」
「ううん。違います。ひとりのボーカリストとして…挑戦してみたいんです」
「愛ちゃん?SAKURAに不満があるの?」
「いいえ。私はこのバンドが大好きやよ。だけど…」
「あなたはまだ日本で一番のボーカルになった訳じゃない。後藤真希、松浦亜弥…」

それから…田中れいな。そう言おうとして安倍は言葉を止めた。

「じゃあ一番になったら私…」

高橋が言いかけたとき、バァンとスタジオの扉が開いた。
ずっと姿が見えなかった亀井絵里がギターを担いでやってきたのだ。
彼女は新年会スタート早々、吉澤と矢口に潰されている。

「ウエヘヘヘヘヘヘ。加護ぉ!!勝負しろぃ!!」

完全によっぱらっていた。
加護にギター対決をふっかけるのだ。

「じょ、上等や!やったろうやないかい!」

これでセクハラから逃れられると、慌てて受けて立つ加護。

「おお、ちょうどいい余興じゃん。やれやれ〜」
「負けたほう脱がすからな〜」

吉澤矢口のセクハラコンビが煽る。
(えらいことゆうとるで、おい)
ひとりシラフの加護はギターと服を調えながら、震えた。

「絵里の成長を見せてやりますよ?ウエヘヘヘヘヘ」

笑い上戸の絵里はずっとフラフラしてる。
(…こない奴に負けるかっちゅうねん)

「うわっ、みんな酒くさいですよ〜」

そこへマネージャーの新垣が、買出しを終えて戻ってきた。

「いいとこ来た新垣。審判お願いね〜キャハハ」
「ハァァァァ?何すかそれ矢口さん?」
「おいらとヨッスィーとなっちと高橋と新垣。5人で審査員ね。3点とったら勝ち」
「だから審査って何すか矢口さぁぁぁん!!」
「ついでに、勝った方を次の新曲のメインギターにするべさ」

横から割って入ったこの安倍の一言で、絵里と加護に完全に火がつく。
(ウエヘヘヘヘヘ、絵里の時代ですよ?)
(冗談やあらへんで!こんなんでメインとられてたまるかい!!)
新年早々、因縁の対決。加護亜依vs亀井絵里!勃発!!



百十六、加護亜依vs亀井絵里


酔いが完全にさめた。
自ら先行を名乗り出た加護亜依の演奏だった。
年下の幼馴染にまさか鳥肌を立たされるとはと、吉澤ひとみは驚嘆した。

「あいつ…」

藤本美貴そのものだった。
オーディションですべての人間をま・わ・し・たあの絶対的領域。
わずか数ヶ月。ハードスケジュールの中で、この小さな天才はその領域へ…。

もしかしたら加護亜依という娘に天井は無いのかもしれない。
もしかしたら加護亜依かもしれない。
50年後100年後、現在のロック史を語られたとき最も偉大な名前として残るのは…。

新垣も。矢口も。安倍すらも。同様に鳥肌を立てていた。
平然としているのは加護の実力を心底見知っている相棒の高橋と、
よっぱらい顔で笑っている亀井だけ。

「終わりや。まだやるんか?」
「ウエヘヘヘへ…次は絵里の出番ですよ?」

加護のあのプレイの後でこの余裕。大物かただのバカか?
絵里がギターを構えて皆の前に立つ。

酔いがまわってきた?
体の奥側から妙なテンションが沸々とわきあがってくる。
フラフラと踊り出したくなる、歌いたくなる、笑いたくなる。そんなメロディ。
矢口も吉澤も高橋も新垣も安倍もみんな、いざなわれていた。

エリックワールド

自分勝手にクネクネと、楽しそうにギターと共にはしゃぎまわっている。
そんな自分だけの世界に気が付けばまわりの皆が引きずり込まれてゆく。
ギターの上手い下手を越えた次元にある能力。
亀井絵里だけが持ちえたワールド。
(いや違う…)
吉澤はもう一人だけ、そんな力をもっていた娘を思い出す。
周りを巻き込むほど強烈なロックワールドの持ち主。

田中れいなと亀井絵里。
この二人が出逢い、この二人が引き裂かれたのは神のイタズラか?

演奏を終えた絵里に、メンバーからの拍手が贈られる。
うかつにも自分も拍手をしていたことに気付き、慌てて手を下ろす加護。

「そ、それじゃ判定で〜す。一人ずつどちらが良かったか答えてください」

審判役の新垣が告げると、全員が悩む。
どちらが良かったか?

「う〜ん、純粋にギター勝負となると…亜依だな。悔しいが凄ぇと思った」
迷った末、吉澤は加護に一票。

「おいらは亀井のが良かった。単に藤本がキライってのもあるけど」
矢口はひどく個人的な理由で亀井に一票。

「亀ちゃんには悪いけどやっぱりまだ加護さんの技術が上ですね」
意外と音にうるさいガキさんは加護に一票。

「私は亀井ちゃんにしとくわ」
「愛?」

加護とは相棒関係にあった高橋が、亀井を選んだことでメンバー間に動揺が走る。

「ギターはよくわからんけど、ボーカルとして歌いたくなった方を選んだだけやよ」

きついが納得の理由だった。亀井に一票が入る。これで2−2。
まさかここまで五分五分の展開になるとは。
勝敗は残る安倍に委ねられた。

「なっちは…」

加護と亀井の顔に緊張が浮かぶ。結果は…!?

「どっちも良かった〜。引き分けじゃダメかな?」
「ええぇぇぇぇぇぇぇ??」
「安倍さぁ〜〜ん!!」
「じゃ〜引き分けということで…」
「コラ!ガキさん!勝手に締めるな!!」

加護と亀井に追いかけられて逃げ回る新垣。
そんな二人の後ろに恐怖の影が…。

「負けた方を脱がす約束だったよねぇ?引き分けは〜?」
「両方脱がすに決まってるでしょう矢口さん」
「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!!!!」

今度は逆にセクハラ矢口吉澤コンビに追い掛け回される加護と亀井。
そんなドタバタ劇を離れて見守る安倍と高橋。

「次の新曲が決まったよ。高橋」
「え?なんですか安倍さん」
「ようやく絵里が…あんた達に並ぶ…3つ目のピースに成長したべさ」

加護がひく『藤本美貴』のギター。
『高橋愛』のボーカル。
そこに加わる3つ目のピース『亀井絵里』。
伝説のバラード「loving」の完成から、SAKURAの新年は幕を明ける。



百十七、つんく


『SYARAN Q』は今や伝説となりつつある往年のロックバンド。
米国を拠点に、その熱いロック魂を世界中に響かせていた。
だが最近はほとんど活動していない。
ビッグネームの弊害。
メンバー間のいざこざ。
過ぎ去ったロックブーム。
様々な問題により、あの頃の熱い想いはすっかりと薄れてしまっていた。

プルルルルル…

携帯が震える。
(まこと…またかい)
黄土色の平野に細長く伸びる道路を走る1台のスポーツカー。
その男はハンドルを片手に、携帯を耳元へ運んだ。

「つんくや。おぅ、あけましておめでとさん」
「なんやお前もしつっこいなぁ。その話ならもうケリついたはずやで。」
「再活動?ありえへんて。時代を見てみぃや。もう俺らの出る幕ちゃうやろ」
「金なら十分かせいだ。名前も売れた。これ以上何が必要やっちゅうねん」
「今どこにいるかて?俺もわからへんよ。もうええやん。余生を自由気まま過ごそうや」
「ほな切るで。はい、バイバイ」

携帯を助手席に放り投げると、つんくはアクセルをさらに強く踏み込んだ。

ワシントン州シアトル郊外の町。
寒空のこんな時期は人通りもまばらである。
つんくを乗せたスポーツカーは、アテも無く住宅街をさまよっていた。
(アカンわ。完全に迷ってもうた)
とりあえず腹が減った。
どこか食事のできる店を探そうと、再びハンドルを切る。
ホットドックの店を見つけた。5ドルでバーガーとドリンクを購入する。
店の若い金髪ギャルは自分を見てもまったく気が付かない。それに一抹の寂しさを覚えた。
(ええやん。昔は騒がれることをあれほど嫌がってたやん)
自分につっこんでみる。
バンド活動をやめてもうどれくらい経つだろう。それすら思い出せない。
今の若い子が自分に気が付かなくても当然だ。
バーガーをドリンクで流し込むと、店を出て車に戻る。
道路の真ん中に日本人らしい少女が立っていた。
(お、こないとこにジャパニーズガール。珍しいやん)
つんくはサングラス越しにチラリと視線を向ける。
少女もこちらを見ていた。
目がキラキラと輝いていた。

「つ、つ、つ、つ、つ、つ、つ……」

口元震わせながら、妙なことを口走っている。
とうとう腰を抜かしてしまった。

「つんくっちゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」

びっくりした。
いきなり大声で名前を叫ばれるなんて何年ぶりか?
しかもこんな小さな女の子なんかにだ。
その日本の女の子はネコみたいにパタパタかけよってきた。
ちょっとおもしろくて笑いそうになった。

「れいなです。れいなです。ほんまにつんくさんたい!」
「いや、ちょ…」
「裕子姉が大好きやったと!裕子姉と始めて出会ったときいつも歌ってたと!」
「ゆうこ?いや誰や?」
「『Going City Story』はれいなの人生を変えてくれた曲っちゃ。」
「……」
「ずっと…ずっとお礼を言いたかったと。ロックを…ありがとうございました」

深々とおじぎする少女。そのまま商店街の方へと走り去ってしまった。
早口で一方的にまくしたてられて、何を言ってるのか全然わからなかった。
だけど何故かそこにある魂の様なものだけは、ひどく熱く胸に残った。

「それって…ロックやん」

つんくは懐かしい気持ちに駆られた。
その後の行動は、何かが自分の背中を後押ししたとしか思えない。
足が勝手に歩き出していた。
少女が駆けて行った方角へ。
やがてその方角から、懐かしくも新しいロックンロールが聞こえてきた。

異様な光景だった。
アメリカの小さな町の駅前の広場に、5人の日本人の娘。
それぞれの手にギター、ベース、キーボード、ドラム…。

(こいつらは何をしとるんや?)

中央にさっきの少女がいた。
音が鳴り始めると、つんくを不思議な幻覚が襲う。
寒空のちっぽけな広場が、大観衆の熱気に包まれたビッグステージに変わる。

(なんでこんな所でやっとるんや?)

ドクドク…眠っていた魂が震えだす。
さっきの少女が別人だった。
周りを囲む誰一人も、余計なものなどない。至高のビート。

(こない所でやっとるレベルやないで、こいつら…)

すべてを手に入れた。
情熱も感動もすっかり枯れ果てた。
そんなつんくの瞳から…一滴の涙が零れ落ちる。

「ロックやん…」



百十八、目が覚めて…


「アホなの!信じられないアホなの!天衣無縫のアホなの!
 史上類を見ないアホなの!辻よりアホなの!驚天動地のアホなの!」
「さゆぅ…そこまで言わんでもよかと…うちもへこんでるとよ」
「いやウナ重の言うとおりだ。天下のつんくさんだぜ。こんなチャンスねーっつの」
「まぁまぁ皆。私はれいなに賛成だよ。やっぱり最初に決めた目的は果たさなきゃ!」
「……それより今、聞き捨てならねーセリフがあったのれす」

広大な大地を走るピンクのワゴン車。通称“ノノワゴン”
れいな、さゆみ、美貴、梨華、希美の5人を乗せてひたすらに駆け抜けている。

「アメリカに行くっちゃ!」

日本にてすべての道を絶たれ、意気消沈するれいにゃーず。
誰もが絶望しかけたとき、ボーカルの娘がそんなことを叫び出した。

「手売りっちゃ!それしかなか!アメリカで5万枚手売りするっちゃ!!」

言い出したらきかない。それがれいな。
なだめようとするメンバーを次々と強引に説き伏せ、ついに実現させる。
飯田圭織は日本に残り、秘密裏に協力者を探すことにした。
れいにゃーず5人はわずかに残る資金を絞り出し、海を渡る。
あの人の叶えることができなかった夢を叶えるため。

手売り5万枚!時を止めた伝説を、自分達の手で再び動かす!!

「だからごめんなさい!今はプロデュースの申し出は受けられません!」

プロデュースしたい。
そんなつんくの申し出を、強い意志で断るれいな。

「れいにゃーずは自力で5万枚売りたか…です」

「…って、マジでアホとしか言い様がないの」
「れいなさんよぉ。カッコつけるにも時と状況を考えてくれねぇか?」

渡米して一週間。CDは一枚も売れていない。
手持ちのお金も減る一方。路上ライブをしても誰も聞いてくれない。
原因はれいなの英語の発音にあった。日本語同様めちゃくちゃだ。
さゆと美貴が怒るのも当然であった。

「だから…反省しとるとよ…」
「ほら、れいなもこう言ってるんだし、皆でがんばって手売り達成しようよ!」

梨華は手売り賛成派だった。
れいなの過去…中澤裕子の想いを知っているせいもある。
残る希美はどちらともなく中立的な位置。常にマイペース。

「あ」
「どうしたと?もっきんさん?」
「ガソリンが切れたのれす」
「えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!」


「さむい〜〜〜〜!!!」

冷たい風が吹きさらしの大地、楽器を積んだワゴン車を押して行く5人の娘。

「最低。次の町までまだ10kmもあるの」
「今頃SAKURAは豪華なおせちとおいしいお酒で楽しんでるんれすかねぇ」
「言うな。ぶちきれそうになる」
「ハーックション!!」

大きなクシャミをして鼻水をすすったのはれいな。
梨華が心配そうに顔を覗かせる。

「大丈夫ぅ〜れいな」
「ぜんっぜん平気ばい!!」
「無理しないで、先に車の中で休んでなさい」
「そげんこつできなか。うちだけ楽するなんて…ファッファ…ックション!」
「おい、梨華の言う通りだぜ。ボーカルに風邪ひかれたらたまんねぇんだよ」
「そうれす。ののが二人分押すかられいなは寝てるのれす」
「みんな…」
「はやく乗るの!」
「う、うん」

恥ずかしそうにれいなはノノワゴンに乗り込む。
毛布にくるまって横になった。すると目頭が熱くなる。
本当にいい仲間たちに出逢えた。改めてれいなは誓う。
ロックの頂点に立つまで命がけで歌い続ける!みんなの為にも!!絶対に!!

(ふにゃ?)
翌朝だった。
目が覚めて…突然、頭の中に聞いたことの無いメロディが流れてきた。
起き上がるれいな。
座席で折り重なるように眠る4人の仲間。
長い長い道の途中で止まっているノノワゴン。
そして地平線の向こうから昇る朝日が、視界に入る。
メロディはどんどん流れていく。
同時に次々と浮かび上がる言葉たち。

「MORNING ROAD」

まるで夢の中から導かれる様に、れいなに降りてきたその楽曲は、
この先、れいにゃーずの運命を大きく変える曲となる。



百十九、フォーフォーフォー  前編


CDが日本で一番売れても、
ライブで何万人のお客さんを熱狂させても、
まだ勝った気がしない。
結局は、あいつなんだって思う。

――――――――私はあいつに勝ったのか?


小学5年生のときには『学校一の美人』って呼ばれていた。
スポーツは誰にも負けなかったし、男女問わず人気があるのは自覚していた。
吉澤ひとみ。11歳。

あの頃は…ロックなんて興味も無かった。

「楽器クラブ、入りませんか〜」

うちの学校では3年生からクラブ活動の時間があった。
私はずっとバレーボールクラブに入っていて、中学高校もバレーを続けるつもりでいた。
だから校門の前で、色黒の女子が控えめに声をかけてきたとき、相手にしなかった。

「楽しいよ?楽器クラブ」

トーンのおかしいアニメ声で、誰彼構わず声をかけている。
はっきりいって苦手なタイプ。
私だけじゃない。他の子もみんな彼女を避けて通っていた。
子供というのは残酷だ。
みんな前ならへ。
1年生から6年生まで、誰一人として彼女の前に立ち止まる子はいなかった。

「誰か…」

彼女は次の日も、また次の日も、登下校の時間、ずっと校門で呼び続けていた。
やればやるほど周りから白い目で見られることにも気付かず。

あとで知ったのだけけれど、彼女の名前は石川梨華。
ひとつ年上の小学6年生。
もともと変わった所のある子で、友達はいないらしい。
私とは、正反対の人生を歩んでいる子。
この先も一生交わることなんてないと思っていた。

「くらすにてんこうせいがきたのれす」

辻希美。通称のの。
家も近く、物心つく前からいつも後ろについてきた妹みたいなかわいい幼馴染。
小学校にあがっても、やっぱり私と同じバレークラブにくっついてきた。
「ののはチビだから無理だ」って言ったのに、驚くほど上達がはやい。
バカだけど明るくてかわいくて皆に好かれていて、悩みなんて何も無いと思っていた。
そんなののが初めて、私に悩んだ顔をみせたのだ。

「てんこうせいが、めちゃくちゃかわいいのれす!」
「へ〜いいじゃん」
「よくないのれす。ののよりちやほやされてるんらよ!」
「そんな可愛いなら今度紹介してよ。見たい見たい」
「も〜〜!よっすぃーのバカァ!!」

次の日の放課後。
しょうがないから、のののクラスへ顔を出してやった。
2コ下のガキンチョどもは、私が顔を出すといつもキャーっと騒ぐ。
ののは自慢げに私の元へ駆け寄ってくる。

「で、噂の転校生ってどれよ?」
「それが…どっかいっちゃったのれす。いっしょにさがしてくらはい」
「えっ?何だよそれ?」
「らって、いっつもすぐろっかいっちゃうんらもん!」

ののに駄々こねられと、断れない。私の唯一の弱点。

手分けして探すっていったって、アテなんか無い。
とりあえず普段自分が行かない様な所に顔を出してみた。
図書室。理化室。音楽室…。
どこにもいない。
ていうか、よく考えたら私は探している相手の顔を知らない。私もバカだ。
のののクラスに戻った。ののはまだ戻ってなかった。
すっかり日が暮れて、夕焼けがきれいだった。
そのうちののが半泣き顔で戻ってきた。

「よっすぃー!てんこうせいもうかえっちゃったみたいれす」
「…だと思ったよ。もういい、帰る!」
「ごめんらさい」
「いいよ、帰ろう」

二人で、校門まで降りた。
時間も遅くて、ほとんど誰もいない。

「あのくろいひとも、もういないれすね」

石川梨華のことだった。
のののクラスでも噂になっているらしい。

「あのひとおもしろそーらから、こんろしゃべってみてーのれす」
「やめとけ。ののまで変に思われるぞ。あ、もう思われてるか」
「コラー!よっすぃー!!」
「アハハハハハ…」

校門の前で、はしゃいで逃げ回った。
そのとき3階のかどっこの部屋の電気が、つけっぱなしになっていることに気付いた。
あそこはたしか…音楽室。

「ヤベッ!消し忘れたの私かも!」
「ふぇ?」
「ちょっと消してくる!ののは先帰ってな!」
「あ、よっしぃー!」

転校生探しで寄ったときは誰もいなかった。
だから音楽室に最後に入ったのは自分だと思っていた。
担任の先生が電気の消し忘れとかにうるさくて、連帯責任とかになっちゃうから。
そのときは別にそれ以上深くは考えてなかったんだ。

「ウッ…ウウッ…ウッ…」
「っ!!?」

正直ビビった。
誰もいないはずの音楽室から、すすり泣く声が聞こえたから。
本当は逃げ出したかったけれど、そのときの私は好奇心が恐怖心を上回った。
ゆっくりと足音を立てずに、音楽室に近付く。
そこで私は、見てはいけないものを見てしまった。

「ウウ…ウェッ…ウゥッ…ウッ…」

音楽室のすみっこで、膝を抱えて泣いている色黒の女の子。
誰にも相手にされなくても、たった一人で気丈にがんばる女の子の…涙。


誰もいない放課後の音楽室で

私、吉澤ひとみはあいつに…

石川梨華に…出逢った。

誰か教えてよ。

私はあいつに勝ったのか?



百二十、フォーフォーフォー  後編


加護亜依。通称あいぼん。
生まれて初めて他人を天才だと思ったのは、悔しいけどこいつかもしれない。

「よっすぃー!あのこれす!あのこがてんこうせいれす!」
「えっ?どれどれ?」
「あのおだんご…。あ〜っ!くろいひととしゃべってるぅ〜!!」
「えっ?」

音楽室で泣いている彼女を見た、その翌朝のことだった。
ののが指差した噂の転校生は、たしかにびっくりするほど可愛かった。
けどそれ以上に驚いたのは、その転校生があの石川梨華と話していたこと。

「かごさん。おはよ。なにしてるんれすか?」
「あぁ、つじさん。おはょう。うち楽器クラブはいろ思うとるんよ」
「えぇ〜っ!!」
「うち音楽好っきゃねん」

音楽が好きだと言ってあどけなく笑うその関西弁の少女は、やばいくらい可愛かった。
だけど何故か私は、陰気でちょっと太めな石川梨華の嬉しそうな顔の方に見とれた。

「ありがとう。本当にありがとう。本当に嬉しいよ」
「いいですて〜逆にうちがお礼いいたいわ〜」

石川梨華はちょっと涙ぐんで加護亜依にお礼を述べていた。
加護亜依はそれを照れくさそうにごまかしていた。
その様子をののはちょっと悔しそうに眺めていて…突然声をはりあげた。

「きめたっ!!ののもがっきくらぶにはいるのれす!!」

おいおいおい。心の中でつっこんだ。そんなとこで張り合うな!
石川梨華に感謝感激されてテヘテヘしているのの。
嫌な予感が全身を駆け巡る。

「よっすぃーもいっしょにはいってくらはい」
(うわ!)
「え?君も入ってくれるんですか?やった!」
(言ってねー!)
「かごさん。いしかわさん。こっちはよっすぃーれす。やさしくてたよりになるのれす」
(勝手に紹介すな!)
「うわ〜ごっつかっこいいやん。加護亜依いいます。よろしゅう〜」
(いやいやいやいや、よろしくとか無いから!)
「加護ちゃん。辻ちゃん。よっすぃーさん。本当にありがとうございます」
(まとめるな〜!)

弱点が一気に3つに増えた気分だった。
私はクールでスポーティーな人生を歩む予定だったんだよ。
その後、この3つにどれだけひっかきまわされたことか。
思い出すだけで頭が痛くなるし…笑っちまうよ。

変人扱いで友達もいない色黒女。
噂の美少女転校生。
バカだけど明るくてかわいい人気者。
学校一の美人。

ありえない組み合わせの4人。
嫌でも注目されてしまう。

私は最初ちょっとだけ遊びにつきあって、またすぐバレーに戻るつもりだった。

「じゃあみんなそれぞれ好きな楽器をもって、弾いてみよう」

私は大きくておもしろそうだから大だいこを選んだ。
加護ちゃんはちょっと迷ってギター。
ののは迷わずもっきんに飛びついた。
石川梨華は最後に地味にトライアングルを持った。

4人で合わせて適当にひいた。
当たり前だけどみんな初めてだから、めちゃくちゃだった。
だけどののと加護ちゃんは瞬く間にやり方を覚えていく。
もっきんはともかく、ギターなんて誰もできなかったから、本気で凄いと思った。
しかも彼女は全部独学だ。テレビで上手い人のを研究してそれを真似て上達していった。
小学生ながら、天才ってのはいるもんだと実感した。
でもそれ以上に悔しかったのは石川梨華だった。
でっかい大だいこなのに、小さいトライアングルなんかに一度も勝てなかった。
場のリズムはいつもすべて石川梨華に支配されていた。

中学生になりそれぞれベースとドラムに楽器を持ち替えてからも、
私は石川梨華に勝ったと思ったことは一度もない。
そんな天才的な加護と石川が、一目置いたのがののだった。
二人とも同じことを言っている。
「ののと同じ楽器を選ばなくてよかった」
私は音楽に死ぬほどのめりこんでいく。4人中3人は天才だったのだ。

小学校を卒業して、梨華ちゃんと私が中学生になった辺りから
本格的なバンド活動を4人で始め出した。

「キャッチフレーズはALL FOR ONE, ONE FOR ALLだよ」
「アールフォ〜?」
「のの、ちゃうやろ。オールや」
「みんなは一人の為に、一人はみんなの為に、だな」
「じゃあのの達はフォーフォーフォーれすね」
「なんだよそれ」
「『FOUR FOR FOUR』4人は4人の為にってこと?」
「へ〜なんかおもろいやん、それ。フォーフォーフォオオ!!」
「ハードゲイか!」

4人は4人の為に!
バンド名「フォーフォーフォー」
あの頃は毎日が楽しくて、いつも笑っていた。
ずっと一緒にいて、まるで4人で家族みたいに思っていた。
たとえ離れ離れになっても…。

あいぼんがまた関西に転校しちゃって、
ののが大泣きしてふてくされて、
私と梨華ちゃんは、真希と美貴に出会って、デビューして、
4人は別々になっても、家族だよ。

私は必死でがんばるから。がんばってきたから。
辻希美や加護亜依に負ける訳にはいかないし。
後藤真希や藤本美貴になめられる訳にもいかない。
そして…。

「ありがとう。私がこうしてロックできるのも…
 あのときヨッスィー達が、私に声をかけてくれたからだよ」

85の初ライブの後に告げた梨華ちゃんの言葉。

「別に」

感謝なんかいらない。
私はずっとずっと石川梨華に勝ちたいから、頑張ってきたんだ。
梨華ちゃんじゃなく私が安倍さん直々に『SAKURA』に選ばれて、
『SAKURA』はもうすぐ梨華ちゃんといた『85』を越えようとしている。

――――――――私はあいつに勝ったのか?

その答えは、もう出してもいいよな。
石川梨華。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

「吉澤さん!大変です!大変です!!テレビ!!」

マネージャーの新垣が、これまでにない形相でスタジオに駆け込んできた。
(なんだよ、騒々しい)
私は重い腰を上げるとテレビのある控え室へ向かった。
最初に、亀井と高橋の凍りついた顔が見えた。
その後あいぼんが私を見て、黒目をウルウルさせて言った。

「のん…」

私は嫌な予感がしてテレビを覗き込んだ。

『無名のジャパニーズロックバンド!!全米ビルボードチャートの頂に!!』

石川梨華のベースが、テレビの中から私の耳を貫いた。

「楽器クラブ、入りませんか〜」
「ウウ…ウェッ…ウゥッ…ウッ…」
「加護ちゃん。辻ちゃん。よっすぃーさん。本当にありがとうございます」

結局は、あいつなんだ。
答えはまだ出させてくれないみたい。



百二十一、3月9日


あの時期のことはあんまり覚えていないの。

れいにゃーずに変わりは無かったけど、
周りの景色だけが物凄いスピードで走り抜けていった。

でもちっとも怖くはなかった。

さゆみの前にはいつもれいなの背中が見えてたから…

ね、怖くなかったよ。


れいにゃーずのメンバーで、さゆみだけが高校生だったの。
アメリカに渡るっていうことは学校を中退しなきゃいけないってこと。
それに迷いはなかった。
うちは親が厳しいし100%反対するに決まってるけど、迷いはなかった。
クラスメイトとも会えなくなってちょっと寂しいけど、迷いはなかった。

(ロックンロールで生きていく!)

れいなみたいに声に出して言うのは恥ずいけど、もうずっと決めていたから。
勝手に退学届けを提出して、半ば家出気味に家を飛び出した。
もう後戻りはできないの。
福岡からたった一人で上京してきたれいなのスタートラインに、ようやく並んだ気分。

「本当によかと?さゆ」

旅立ち前の空港で、心配そうに尋ねるれいな。
今さら何なのって思う。
だったらさゆのピアノコンサートに乱入してくるな。
だったらさゆが捨てたピアノをダイビングキャッチするな。
今さらそんなこと聞かれても遅すぎるの、バカれいな。
さゆみは…。

「さゆみはロックで生きていくの」

渡米してから最初の2ヶ月は、おそらくさゆみの人生で最もきつい期間だって思うの。
交通費に宿泊費に機材費、食事代。お金はいくらあっても足りない。
CDはちっとも売れなくて収入はほぼゼロ。
毎日使っていたホテルを、二日に一度にし、三日に一度にし、一週間に一度に…。
交代で車の後部座席で寝て起きて、食費もけずってきて。
でも本当にきつかったのはそんなことじゃないの。
毎晩、延々と続けた路上ライブ。
誰も立ち止まって聞いてくれなかった。
自分達の音楽を誰も聞いてくれない。こんなにツラいことはないの。
それでもさゆみがくじけずに耐えられたのは…

「明日っちゃ!明日はきっとお客さんが一万人くらい集まる気がするっちゃ!」
「そんなスペースねえよ」

れいながいたからなの。
ミキティにつっこまれても、超前向きでいつづけるれいながいたから。

「―ックション!!うぅぅ寒かとね〜」
「れいな、薄着すぎ。カゼひくよ、もっと着なさい」
「厚着でブカブカのロックなんてカッコ悪か!」
「梨華ちゃん、お母さんみてーなのれす」
「心配いらねぇよ。バカは風邪ひかねーだろぅ」
「だから美貴姉も健康っちゃね」
「ナンカ言ったか?うぅ〜しっかし今日は一段と寒ぃーなぁー」
「みんな見て見て!こなゆきがふってきたのれす!」

あの時期は毎日、白い空に誓っていたの。明日こそは…って。

きっかけは…エコ。
曖昧な記憶の中でもあの日のことだけは鮮明に覚えている。
桜のつぼみがふくらみはじめた3月9日。
辿り着いた小さな町でエコフェスティバルが開かれていた。
梨華さんと二人で飛び入り参加をお願いしにいったら、なんと聞いてもらえたの。
とっても質素で環境に優しい生活をおくっていたから?
何ヶ月ぶりだったかな、まともに人前で演奏できるのは、とにかく嬉しかった。

「ダメでもともと…思いっきり楽しもうよ」

梨華さんがそうやって、みんなを励ましてくれた。
本当言うとあの頃は自信をなくしかけていたの。海外じゃ通用しないって。
でもあの日のライブは、本当に楽めた。
多分アメリカに来てから初めて心から楽しめた瞬間だったと思う。
状況がつらすぎて…れいにゃーずの一番大事な部分を忘れてしまっていたの。

「にゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!」

日本を発って、はじめてお客さんが楽しんでくれた。
さゆは英語が苦手だけれど、アメリカ人と気持ちが通じ合った気がしたの。
ライブを聞いてくれたほとんどの人がCDを買ってくれたの。
恥ずいから我慢していたけど、れいなが泣くのをこらえているの見ちゃったら、
耐え切れなくてなって、大泣きしてしまったの。
本当はつらくて、不安で、心細くて、もうダメだって、何度も思っていたから…
強がっていた気持ちが一気に溢れ出ちゃったの。
れいなと抱き合って大泣きするなんて、いつ以来だったろうね。

エコフェスティバルの模様は、たまたまアメリカの地方ラジオで流されていて、
リスナーから問い合わせが殺到したらしい。
『あのバンドは何者だ?』って。
それだけなら、あんな爆発的変化はなかったと思う。
この問い合わせに全国放送で答えたのが、あのつんくさんじゃなければ。

「That band is real rock’n’roll. REINYARZ.」

その先の記憶が、さゆみは曖昧なの。
路上ライブの観客が急激に増えて、
手売り5万枚のCDがあっというまに完売して、
米国の音楽事務所がいくつも名乗り出てきて、
もう一度ちゃんとした環境でアルバムを再録することになって、
5人だけじゃ対応しきれなくて、日本から飯田さんと小川さんが駆けつけて来て、
正式にメジャーでアルバムを発売することになって、
取材とかテレビ出演なんかがバタバタバターっとあって、
気がついたらCDが全米中に発売されていて、
気がついたらチャートの1位になっていた。
戸惑ってばかりで、売れて嬉しいとかゆう実感が全然なかったの。

目まぐるしすぎてさゆはよく覚えていないから、
覚えているのはれいなの背中だけ。
ちゃんと聞く暇もなかった。

(れいなはどう思っているのかな?)

変な質問。嬉しいに決まってるよね。れいな。
さゆもきっと嬉しいよ。まだ実感が湧かないだけ。

こないだ国際電話でママから電話があったの。
ものすごく喜んでた。さゆみよりぜんぜん実感があるみたいなの。

その電話で知ったんだけど3月9日は
さゆみの高校の卒業式があったんだって。

きっとあの日は、さゆみ達にとっても卒業の日だったんだ。
普通の道重さゆみからの卒業。
普通の田中れいなからの卒業。
普通のれいにゃーずからの卒業。
もう二度と戻れない。

れいながスーパースターだって、アハハ、笑っちゃうの。

ね、れいな。

気のせいかな?
最近れいなの背中がなんだか凄く焦っている様に見えるんだ。
心配ごとがあったら頼りないけどいつでも相談にのるよ。

れいながさゆみを強くしてくれた様に
れいなにとってさゆみも…そうでありたいの。



百二十二、れいにゃーずがやって来る にゃー!にゃー!にゃー! 前編


椅子が並んでいる。その椅子に一人ずつ誰かが座っている。ひとつを除いて…。

ロバート・ジョンソン
ジミ・ヘンドリックス
デュアン・オールマン
スティーヴィー・レイヴォーン
ランディ・ローズ
ジョー・ストラマー
ロイ・ブキャナン
カート・コバーン

(一体どうなってんだ?他にもまだいやがるな)
(まっくらで何処かもわからねえ。こんな所で何やってんだこいつら?)

「お前は誰だ?」

(あん?何だよ?)

「座れ」

(うるせえ。美貴は忙しいんだ。やることもいっぱい残ってんだよ!)

ひとつ空いた椅子を蹴っ飛ばしてやったら、目が覚めた。


『新世代ギタリストの最高峰・藤本美貴』

「ニャハハ、ちょっと褒めすぎっちゃね」

通路を挟んで隣の席で、れいなが音楽雑誌を見てニヤニヤしてた。
反対側では辻がよだれを垂らして眠っている。
梨華とウナ重も後ろの席で寝息を立てている。
そうか、今は空の上だったよな。

アメリカで記録的セールスをあげたれいにゃーずのCD。
その後、全世界で発売。当然日本でも。
旅立ちから約半年、れいにゃーずは堂々の凱旋をするに至った。

誰もが名前を知るロックスターになっても、こいつらは変わらない。バカなままだ。
実感が湧かないと言っている。心配しなくても日本に帰れば嫌でも実感するさ。
もう昔とは違うって。

「腹へったな、れいな」
「美貴姉、機内食は食ってなかと?」
「肉が食いたいんだよ」
「アメリカでもいっぱい食ってたばい」
「バカ、日本の焼肉は別だろ」
「ふ〜ん。れいなは明太子が食べたかよ」
「ま〜スケジュールを見る限り、当分焼肉どころじゃなさそうだけどな。やれやれ」
「忙しいのはいいことたい。でも早くライブがしたいっちゃ」
「あぁ、ライブしてーな。それなら焼肉も我慢できる」

日本に帰国するのはこれで二度目。
一度目は誰にも知られずひっそりとした凱旋。
そして今回は、空港が人で埋まっていた。

「す、す、す、すげーのれす!お祭りでもあるんれすか?」
「…お前の頭がお祭りだ」
「もしかしてこの人たち全部、れいにゃーずを見たくて集まったの?信じられないの」
「ほんとに…85のときより凄いかも」
「にゃあの音も出なかよ」

ガキどもの手前、冷静をよそってはいたが、正直鳥肌が立った。
うっとおしいことに梨華だけはそれを見抜いて、近寄ってきやがる。

「また戻ってきたね。この光の中に」
「フン。しかしヨッスィーでも真希でもなく、よりによってお前ととはな〜」
「お互い様でしょ」

本当に空港を埋め尽くすほどの人の波。
その後うちらを待ち受けていたのは秒単位の超過密スケジュール。
深夜、日付が変わるまでみっちりと働きまわった。

「ほんと忙しい日の夜れすね」
「リンゴかお前は」
「リンゴ?食べたいのれす」
「もういい」

ホテルの寝室に入ると、れいながベッドの中で転がりまわっている。

「何やってんだ、お前」
「あ〜美貴姉。新曲が上手くまとまらなくて悩んどーとよ」
「例の朝起きたら突然浮かんできたってやつか?いつから悩んでんだよ」
「だってあれから急に忙しくなったけん暇がなかったっちゃ」
「そういやまだ、ちゃんと聞いてなかったな。どれ途中でもいいから聞かせろよ」
「うん」

れいなはレスポールを取り出して、歌い出す。

『MORNING ROAD』

意識がぶっとんだ。

「美貴姉?泣いとーと?」

気が付くと、れいなは演奏を終えていた。
目を丸くして私の顔を覗き込んでいる。
驚いてほっぺたを触ってみると、涙で濡れていた。

「バ、バカ!ち、違う!これ、これは…」

悔しいけど、口の達者な私が否定できなかった。
れいなの歌に感動して泣いたらしい。
人前で泣いたことなんて記憶にない美貴が…。

「れいな。この曲どうした…?」
「へ?だから起きたら突然頭に…」
「他の誰にも聞かせてねーだろうな!」
「み…美貴姉がはじめてっちゃ」

自慢じゃないが美貴は世界中のロックを聞きあさってきた。
本当に感動できる音楽というのをそれなりに分かっているつもりだ。
だけど今の…『MORNING ROAD』は…

「誰にも漏らすなよ、れいな」
「分かっとーよ。美貴姉が泣いたことは誰にも言わんっちゃ」
「違げーよ!今の曲だ!」
「にゃ?」
「完成したらロック史を…いや音楽史を変える曲になるかもしれねーぞ」
「ま、またまたぁ…美貴姉は冗談ばっかり。うちにそんな曲…」
「私が冗談嫌いなの知ってんだろ!……マジだ」

一番驚いてんのは私だよ。
幻に見た伝説のギタリスト達。あれも何か関係あったのか?

「ど、ど、どーすれば良かと?うちじゃこれ以上の完成なんてできなかよ!」
「落ち着け。わかった、私が代わりのアレンジャーを今から連れてくる」
「その人は大丈夫たい?」
「まぁ、アレンジに関しては美貴の知る限り世界最高の奴だ」

れいにゃーずが歴史を変える。やれやれ…久々に本気で燃えてきたぜ。



百二十三、れいにゃーずがやって来る にゃー!にゃー!にゃー! 中編


「コンちゃん!!」
「今まで…ありがとう。本当にごめんなさい」

あの日から紺野あさ美の時間は止まっている

だから外の世界で何が起きていようと、私には関係ない

とある日本のバンドが海外で成功したというニュースも

そのバンドが凱旋するというニュースも

関係ないはずだった

テレビの向こう側、飛行機から降りてくる一行の中に、彼女の姿を見るまでは…


「マコっちゃん……」


マコっちゃんが交通事故で入院したという話は人づてに聞いていました。
だけど私はお見舞いさえ行かなかった。
裏切り者の私にはそんな資格すら無いから。

テレビでマコっちゃんを見つけたとき、少しホッとした。
無事に退院したみたいだったから。
でもそれ以上に驚いたのは、彼女がマネージャーだったこと。

もうドラムはやらないの?
れいにゃーずはドラムを捨ててもいいほど魅力をもったの?
聞きたくても私には聞く術はない。

コン&マコは完全に道を違えた。
マコっちゃんはれいにゃーずのマネージャー。そして私は…

「コンコ〜ン」
「安倍さん」
「おじゃましま〜す」
「いい加減そのノックと私のあだ名をかけるの辞めてくれませんか?」
「エヘヘへへ。だっておもしろいじゃん」
「ちっとも」

『SA・KU・RA』のキーボード兼プロデューサー・安倍なつみ。
マンションの自室に篭りきっている私の、唯一の話し相手。
そしてそれが今の私のすべて。
バンドを捨てて。親友を捨てて。選んだ私の歩む道。

「れいにゃーずのニュース、テレビで見てたの?」
「はい。今日はどのチャンネルを付けてもそればかりですから」
「エヘヘ。ほんとにビックリだよね〜」
「どうしてニコニコしてるんですか?SAKURAにとっては悪いニュースですよね?」
「そうでもないよ。実を言うとなっちは嬉しい」
「?」
「あのまま消えられたらやっぱ後味悪いしさ。
 ちゃんと実力で白黒つけられると思うと、うん、やっぱり嬉しいべさ」

私はよく意味が分からなかった。
安倍さんが「会長ビビってるけどね」と付け加えたが、やっぱり分からなかった。

「やはり…勝負を挑む気ですか?れいにゃーずと」
「当然。ロックの頂点に立つバンドは一つだけだよ」
「勝算はあるのですか?」
「今日の朝」
「はい?」
「目が覚めたら勝算が振ってきた。だからここに来たの」

また分からなかったが、いつものことなので気にするのをやめた。
安倍さんの考えの全てを把握するのは無理だ。
一緒にいて、この人ほど底の見えない人はいないと思った。
安倍なつみが勝てると言うのならば、きっとそういうことなのだろう。
それに私は私のすべきことをするだけである。

「では、始めましょう」

その曲が完成したとき、私は泣いた。
涙なんてとっくに枯れ果てたと思っていたのに。まだあるものなんだなぁ。
驚いたことに安倍さんも泣いていた。
その涙を見て、私はとんでもないことをしたと強く実感した。

「I wish」「LOVE REVOLUTION 21」
おそらくSAKURAの究極形ともいえる楽曲が2つできあがった。
だが3つ目のその曲が音楽になった瞬間、前の2つが霞んで消えた。

マコっちゃん、ごめんなさい。
れいにゃーずはやっぱり勝てない。
ロックンロールの頂点に立つのはSA・KU・RAです。

「コンコン、ありがとう」
「いえ。私こそありがとうございました」

3つの曲をもって、帰途に着く安倍さんに尋ねた。

「安倍さん。その曲のタイトルは?」

振り返る安倍さんを、昇る朝日の光が包み込む。
彼女はあどけない笑顔で言った。

「MORNING ROAD」



百二十四、れいにゃーずがやって来る にゃー!にゃー!にゃー! 後編


「れいにゃーずがやって来る!にゃー!にゃー!にゃー!」
「…ったく、にゃーにゃーにゃーにゃーうるせっつーの」

テレビに文句をつける女、矢口真里。

「ね〜ね〜チャンネル変えようよ〜。おいら見たいドラマあんだけど」
「ダメっす」
「ダメやよ」
「矢口さん、ちょっとうるさいでぇ」

朝からずっとれいにゃーず特番にかじりつく吉澤と高橋と加護の3人。

「んだよ〜!!ど〜でもい〜じゃんよ〜!れいなにゃーずとかさ〜!!」

小さい体をゴロゴロ転がして訴える女、矢口真里。
この3人にとってはどうでもよくない話らしかった。
昔からの幼馴染が、いつのまにか全米の頂点に立ち、驚く吉澤と加護。
そしてアメリカデビューの夢を先に奪われ、田中れいなを意識し始めた高橋。

「ったく、どいつもこいつも」
「しょうがないっすよ。今後のSAKURAには避けて通れないバンドですから」

やってきたマネージャーの新垣を見て、起き上がる矢口。

「おマメさぁ。なっちと亀井は何処行ってんの〜?」
「安倍さんなら朝から出かけてます。曲作りにいくって」
「またぁ?なっちって曲作るときいつも外出するよね。別にいいけどさ」
「亀ちゃんはずっと部屋に篭ってコレっす」

新垣はギターの弾き真似をしてみせる。
絵里はれいにゃーずのニュースが全米から届いたその日から、
人が変わった様にギターにかじりついている。
彼女の部屋からは、昼夜問わず超絶リフ音が聞こえてくるという。

「ほっとけばいいよ。そのうち飽きるだろ。ファ〜ア、おいらもう寝ようかな」
「矢口さんは焦んないですか。正直私も不安です。このままれいにゃーずに…」

新垣里沙はマネージャーである前に、安倍なつみとSAKURAの大ファンでもある。
今回の件を実は誰よりも気にしていた。
そんな新垣に、矢口はアクビを噛み殺しながら応じる。

「バーカ。経験が違うっつーの。おいらはこんなこと何度もあって慣れっこだって」
「え?」
「NIKEY時代も、下から85だのIIだの色々出てきたもんだよ」
「あぁ〜」
「それでもおいらはずっと上に居続けてんだ。今回も同じ!」

その言葉には確かな重みがあった。
安倍よりも、後藤よりも、誰よりも常に最前線を駆け抜けてきた女、矢口真里。
れいにゃーずの前に大きく立ち塞がる者の一人である。
そしてさらに一人。れいにゃーずと最も因縁深き娘が今、狂気の淵にいた。

頭が痛い。
絵里はどうしちゃったんだろぅ。
おかしいよ。
テレビの中で輝いているれいなとさゆみを見てからだ。
嬉しいことだよ。れいにゃーずが世界に認められたんだよ。
れいなとさゆみの夢が叶ったんだよ。
どうして…?どうしてこんなに頭が痛むの。
考えると、とっても嫌なことを想う自分がいる。
いつのまにか、れいな達を下に見ていた自分がいる。
考えたくないよ。何も考えないようにギターを引き続けるしかない。

(絵里がいないのに、どうしてれいなとさゆは笑っているの?)

そんなこと考えてない!

(絵里なんかより藤本さんの方がいいに決まってる。絵里は邪魔だった?)
(石川さんともっきんさんも、絵里がいないから加わった?)

やめて!もうやめて!頭が割れそうなくらい痛い!

(れいにゃーずには最初から、絵里の居場所なんて無かった)
(れいにゃーずは絵里が抜けたから成功した)
(れいにゃーずは…)

やめてぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!!!!!


「お前は誰だ?」

不気味な声が聞こえて、顔を上げると、景色が消えていた。
ロバート・ジョンソン
ジミ・ヘンドリックス
デュアン・オールマン
スティーヴィー・レイヴォーン
ランディ・ローズ
ジョー・ストラマー
ロイ・ブキャナン
カート・コバーン
………
今は亡き伝説のギタリスト達が椅子に座って、こっちを見ている。
そして絵里の前に椅子が一つ転がっていた。

「お前は誰だ?」
「か、亀井絵里…です」
「座れ」

それがどういうことを意味するか?なんとなく分かった。
だけど忘れてないから…れいなと約束したこと…絵里は忘れてないから。
(絵里は世界一のギタリストになる女っちゃ!!!)

椅子を起こして、そこに並んで座った。
頭の痛みはいつのまにか消えていた。



百二十五、秘密兵器


「も、もっきんさん?」
「へい」
「美貴姉、これは一体どういうことばい?」
「世界最高のアレンジャーだよ」
「まさか…もっきんさんのことだったと?」
「前に言ったろ。秘密兵器だって」
「てへてへ」

てへてへ笑っているその姿はどこから見てももっきんさんでしかない。

「ええええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!」
「85のCD覚えてるか。編曲は全部NONになってたろ」
「でもあれって…」

当時はそのクレジットについて色んな説が飛び交った。
メンバー全員で取り組み特定の編曲者はNON(誰もいない)と表しているとか。
だけど今明かされる真実は…。

「85のアレンジは全部、辻がやってたんだよ。もちろん公には内緒だけどな」

びっくりしすぎて声もでない。
だけどそれでもっきんさんの色んな謎が解ける。
この若さであんな立派なマンションに一人暮らししていた理由も、
85メンバーとやけに仲がいい理由も…全部。

「あれ?じゃあ、どうして今までアレンジしてくれなかったと?」
「それは別料金れすよ」
「自分のバンドっちゃ!!」
「辻に頼ってたら、お前らが成長しねえと思って黙ってたんだよ」

美貴がレスポールをれいなに渡す。

「だがこの曲は別だ。聞かせてやれ」
「言っておくけろ、ののは音にきびし〜れすよ」

れいなは作りかけの「MORNING ROAD」を披露する。
歌い終わった後、辻希美はよだれも鼻水も全開で号泣していた。

「泣きすぎだバカ」
「らっていい曲なんらもん!!」

藤本美貴に辻希美。
二人続けてこれだけの反応をされて、れいなもようやくこの曲の凄さに気付き出した。

「アレンジ、お願いしてもよかと?もっきんさん」
「当たり前なのれす!こっちがお願いしてーくらいなのれす!」
「ところで別料金って…」
「れいな!」
「にゃ?」
「一流のそこそこヒットする曲なら…金で買えるのれす。
 だけど、本当に人の心を感動させる曲は…金では買えねーのれす」

固まるれいなと美貴。

「だから、この曲に金はとれねーのれす」
「まさかもっきんさんの口からそんないいことが出てくるとは…驚きっちゃ」
「お前ほんとに辻か?辻に変装したSAKURAのスパイじゃねーだろうな」
「失礼なのれす!ののはののれす!」
「アメリカの首都は?」
「え?えーとえーと…板橋区」
「まちがいない。辻だ」

その頃、石川の部屋では…。

「石川さん。なんかれいな達の様子がおかしいの」
「なによ〜も〜」

疲れてゆっくり寝ようとしていた所を、さゆに叩き起こされる梨華。

「藤本さんともっきんさんと3人でこっそり集まってるの!」
「えぇ?」
「と思ったら突然、泣き声とか聞こえてくるんだよ。絶対おかしいの!」
「あれよ。また胸の話でもしてるんでしょ」
「なるほどなの」

納得するさゆみに背中を向けて、ベッドに倒れこむ梨華。

「おやすみ」

翌日、れいにゃーずは三ヶ月連続でシングルリリースすることを発表。

『kokoniiruzee!』
作詞:田中れいな 作曲:石川梨華  編曲:れいにゃーず

『Say Yeah!〜More Miracle Night〜』
作詞:田中れいな 作曲:辻希美   編曲:れいにゃーず

『MORNING ROAD』
作詞:田中れいな 作曲:田中れいな 編曲:れいにゃーず


偶然にも同日、SAKURAもまた三ヶ月連続シングルリリースを発表した。

『I wish』
作詞・作曲・編曲:安倍なつみ

『LOVE REVOLUTION 21』
作詞・作曲・編曲:安倍なつみ

『MORNING ROAD』
作詞・作曲・編曲:安倍なつみ



百二十六、梨華の右手


「終わっちゃうのかな…このまま」

真希の呟きに誰の返事もない。
よっすぃーも美貴も遠くを見て、黙っている。
私は泣きながら右手を押さえていた。

「ごめん」

それが精一杯だった。
それ以上言葉にすることはできなかった。
誰も私を責めようとしない。それが余計に辛い。

頂点を駆け抜けていた『85』は、私の右手のせいで、その全てを終えた。

あんなにきついことはなかった。
もう二度と私はロックに携わらない、と思った。
二度と同じ過ちを繰り返してはならない、と。

2年前の夏…


「一週目の売り上げが出たよー!」

れいにゃーずの控え室ににわかに緊張が走る。
三ヶ月連続シングルリリース。しかも全てSAKURAと同日発売。
誰が見ても分かる。れいにゃーずとSAKURAの決戦である。
音楽市場はこの決戦に嫌が応にも沸騰した。
デビュー以来、国内で数々の記録を塗り替え続ける最強バンド『SA・KU・RA』か?
どん底から瞬く間に世界へ手を伸ばしたシンデレラバンド『れいにゃーず』か?
初戦の結果は…!!

「初登場…2位ね」

飯田圭織の発表に、肩を落とす一同。

「じゃあ1位はSAKURAっちゃ?」
「まぁ当然でしょ。でも僅差だしいきなりミリオンだし凄いわ。喜んでいいわよ」
「喜べなか!負けは負けたい!」

ふてくされるれいな。
負けた理由はいくつもある。
ノータイアップの『kokoniiruzee!』と違い、『I wish』は大ヒット映画の主題歌。
それに国内ではこの一年間つかんできた固定ファンの数が違う。
国内のユーザーにとってれいにゃーずはまだ話題先行の新人バンドでしかない。
むしろここまで僅差の勝負となったことに驚いていいくらいである。

「まぁ、次の二つで勝てばいいんだよ」

美貴がめずらしくポジティブな意見で、れいなをなだめる。
それだけ楽曲に自信があるということだ。

「辻大先生のミラコーならいける。そうすりゃ三発目はMORNING ROAD」

これは何かの偶然か?できすぎた運命か?
二つのバンドが同じタイトルの曲を同じタイミングで発売する。
どちらも直前まで音源を封印している為、ネット上などで様々な憶測が飛び交っている。

「まさか同じタイトルなんてな。安倍の奴、いい恥をかくだけだ」

れいなに舞い降りた至高のメロディを、辻が究極に仕上げた。

「安倍なつみがどんな曲を書いたか知らないが、
 うちの曲に勝てるはずねえ。勝つのはれいにゃーずだ」

美貴は何の不安も無しに、そう断言してみせた。
れいなもさゆみも希美も同様に強気に燃え上がっている。
ただ一人、梨華だけが暗い顔をしていた。
そっと控え室を離れて、誰もいないスタジオに向かう。
そして無言でベースを弾き始めた。

(負けたのは…私のせいだ)
(『kokoniiruzee!』は私が書いた曲。私が安倍さんに負けたんだ)
(私、れいにゃーずに何か貢献してきたかなぁ?)
(…足を引っ張っているだけかもしれない)

何も無い所かられいにゃーずを作り出した、れいな。
れいにゃーず消滅の危機をたった一人で守り抜いた、さゆみ。
絶望するれいなを救ってれいにゃーずを復活させた、美貴。
ドラムを失うれいにゃーず最大のピンチに奇跡を起こした、のの。

(私は何をした…?)
(足を引っ張っているだけじゃないの?)
(85のときも…今も…)
(私は…)

チクリ

梨華はベースを奏でる手を止めた。
一瞬、ほんの一瞬だけ。
右手に小さな違和感が走った…様な気がした。

(まさか…ううん…違うよ。そんなはずは…)
またベースをひきはじめる。
(れいにゃーずは今が一番大事な時期だよ。こんなときに…)

チクリ

梨華の顔が青ざめる。
ゆっくりと、視線を自分の右手に移した。
(嘘…だよね?)
脳裏にあの絶望の日々が蘇ってきた。



百二十七、隠し撮り


都内のとあるフィリンピンパブ。
唄がすごく上手い看板娘がいると、一部で噂の店である。
そこへ、春だというのにニット帽を深くかぶった小柄な女性客が訪れた。
女性客は看板娘と二人きりで話すと、ごく短い時間で席を立った。
「お金はいらない」と看板娘が言うのを遮り、多めの額を置いて女は店を出た。

1位 SA・KU・RA『LOVE REVOLUTION 21』152.7万枚
2位 れいにゃーず『Say Yeah!〜More Miracle Night〜』147.5万枚
3位 Belieze Atelier『Let’s Go Pilili!』5.8万枚

SAKURAとれいにゃーずの直接対決第2ラウンド。
軍配はまたしてもSAKURAに上がる。
だが、その差は徐々に縮まりつつあった。
残るは1曲『MORNING ROAD』

「これで3連勝は間違いなしだなぁ。ファッファッファッ」

安倍なつみの前で、UFAの山崎会長は高笑いする。

「ところで会長、折り入ってお話があるのですが」
「おぉ何でぃ」
「今年の夏も、大規模なライブを開きたいと思っています」
「いいじゃねぇか。やれやれ。また金になる」
「30万人規模のオールナイトライブを構想しています」
「はっ?おいおい去年で数万規模だぜ。そりゃあ欲張りすぎだろ」
「いえ、実現できます」
「無理だ!SA・KU・RA一組でそんな馬鹿げた人数相手にオールナイトなんてよ!」
「一組ではありません。ステージは端と端に二つ設けるつもりです」
「………何を考えている。安倍」
「SAKURAとれいにゃーずの頂上決戦」

山崎会長の顔から笑みが消える。

「わしがそれを許すと思っているんか?」
「いいえ。会長のれいにゃーず嫌いはとてもよく承知しています」
「じゃあいい。この話は無しだ」
「会長が無しとおっしゃっても、ライブは決行します」

山崎の眼光が鋭くなる。安倍なつみは顔色を変えない。

「安倍よぉ、お前わしに逆らう気か?」
「それは会長次第です」
「わしに逆らってどうなるか、知らねぇはずはねぇだろう」
「ええ、誰よりも」

おかげで、この手をどれだけ汚してきたことか。

「だからこの8年間。気付かれない様に人脈を築いてきました」
「なにぃ?」
「あなたに頼らずとも、夢を実現できるだけの人脈と地位が、今の私にはあります」

立ち上がる安倍。会長を見下ろす。

「あなたには感謝しています。たっぷりと大人の汚さを教わった」
「安倍ぇ…」
「SAKURAは独立します。お世話になりました」

UFA会長室を後にする安倍なつみ。歯軋りを鳴らす山崎。

「わしを敵に回して、ただで済むと思うなよ…」

部屋の外でオロオロしながら、安倍を待っていた新垣里沙。

「あ、安倍さん」
「心配かけたね新垣。今までありがとう」
「何言ってんすかー安倍さん!私はどこまでもついていきますよ〜!」

安倍は驚いた顔で、豊かな眉毛を吊り上げた娘を見返す。

「苦労かけるよ。今までとは比べ物にならないくらい」
「それでも私はずっとずっと!安倍さんに付いて行きます!」

まいった。
不覚にも泣きそうになった。

「すぐメンバーに伝えて。マスコミ各社には今夜FAXで。記者会見は明日の正午」
「はいっ」
「向こうの飯田さんとはすでに話が通してある。事後報告だけ頼むわね」
「はいっ」

わざと用件だけ厳しく言い放った。
何だかたまらない気持ちになった。
最近こういうときは彼女の所へ足が向く。あの時間だけは自分が自分でいれる気がする。

「悪いけど今夜は外出するから。何かあったら連絡ちょうだいね」
「大丈夫です。今夜くらいゆっくり休んで下さい」
「ありがと」

少し離れた駐車場に車を停めて、暗い夜道を歩く。
何の変哲も無いマンション、その一室。

「コンコ〜ン」

ノックすると、いつもの困った顔で彼女は姿を見せる。
世界中でたった一人、弱い安倍なつみを知る娘。
私は笑顔で扉をくぐる。

カシャ

誰にも知られてはいけない秘密の時間を越えて、
日が昇る前に、私はマンションの部屋を出る。
彼女はやはり困った笑みで、私を見送ってくれる。
どこかで鳴るシャッター音になんて、気付くことも無く…

カシャ カシャ カシャ



百二十八、記者会見


記者会見は滞りなく終わった。
向こうの代表は飯田さん。
こっちは私、安倍なつみ一人。
すでに決められた内容を決められた通りに答えるだけ。
おそらく、この夏最大のフェスティバルになるであろう。

TOP OF THE ROCK’N’ROLL
SA・KU・RA vs れいにゃーず

現在国内を揺るがす二大モンスターバンドの夢の共演。
このニュースはテレビで大々的に扱われ、新聞の一面も独占した。
SA・KU・RAがUFAから独立という記事はおまけの様に小さく扱われていた。
記者会見の最後に、私は飯田さんと握手を交わした。
…8年ぶりに触れる圭織の手。

「勝たせてもらう」

飯田さんは小声でそっと囁いた。

「あんたにだけは、負ける訳にはいかないから」

その話をすると、フィリピンパブの看板娘はフゥ〜と煙草のケムリを吐き出した。

「いいかげん仲直りしたら?」
「別にケンカしてる訳じゃないしさ」
「ケンカの方がまだマシね。どっちも強情だし」
「あんたほどじゃないべさ」

お互いの顔をにらみ合い、ニタ〜と笑う。
今となっては、あの頃の悩みを相談できる唯一の存在。

「そういえばこないだ、久しぶりに彩っぺが来たよ」
「へぇ!元気だった?」
「元気すぎ。つーかガキと旦那連れてこんな店来るか普通?」
「ロックだね」
「なっちや圭織のこと、羨ましそうにしてたよ。まだ夢を追っているって」
「なんだかんだ一番幸せにしてんの彩っぺじゃんね」
「ほんと、そうだね」

あの頃、同じ夢を追いかけた5人。
今はもう別々の道をそれぞれに歩いている。
結局まだ夢を諦め切れていないのは…私と圭織だけだ。
それももうすぐ終わる。

「感謝してるよ明日香。こないだあなたと話せて決心が付いたから」
「決心?」
「夢を実現する決心よ」

店を出ると、小雨が降っていた。
少し濡れたい気分になり、傘もささずに通りを歩く。

携帯が鳴った。
新垣からだった。

「はい」
「た、た、た…大変なことになりました!!」

新垣の慌てぶりは尋常でなかった。

「週刊誌モニデーに!!あ、安倍さんの朝帰り!!で、でももっとヤバイのは…!!」

事務所へ走った。
入口付近は報道記者でいっぱいに埋め尽くされていた。
一斉に騒ぎ立てられて、何を言われているのか理解できなかった。
唯一聞き取れた恐ろしい言葉

「盗作」

写真で相手の顔がバレた。
天才メロディメーカー・紺野あさ美。
ネットの掲示板で瞬く間に広がる、二人の関係を巡る有らぬ疑い、誹謗中傷の類。
そして簡単に辿り着く結論。

『SA・KU・RAの曲はすべて紺野あさ美が作り、安倍なつみはそれを盗んだ!!』

デビューから一年足らずで一千万枚以上売り上げたモンスターバンドのプロデューサー。
もはや事態は、ただの推測で終わる状況になかった。
ネットの噂がついには警察を動かすまでに発展する。
家宅捜索。
結果、みつかった「MORNING ROAD」の音源。
れいにゃーずの「MORNING ROAD」とアレンジが異なるだけの楽曲。
言い訳のできる空気はどこにも無かった。

出演を予定していた音楽番組。
SAKURAは自分のいない5人での出演。
TVの中で、矢口と吉澤と高橋と加護と亀井が頭を下げていた。
死にたくなった。

記者会見の場が設けられた。
一週間前の記者会見ではたしか、饒舌に落ち着いて話せたはずだ。
ところが今回は、ノドから声が出なかった。
何もしゃべれなくなった。

事務所に戻ると、はがきやメールが大量に届いていた。
「死ね」と書かれていた。

窓の外を見ると強い雨が降っていた。
すべてが終わった。



百二十九、なっち@ 〜小さな頃から〜


ランドセルにカッターナイフで「シネ」と彫られた。
教室のみんながニヤニヤ笑っている様に思えて、学校を飛び出した。
帰り道、文字が分からなくなる様に自分でもっと傷を増やす。
そうして帰ったらおばさんにこっぴどく怒られた。

階段下の小さな布団部屋が、居候の私に与えられた寝床。
友達のいない私の唯一の遊び道具がおもちゃのピアノ。
うるさいからって音が出ない様にされたピアノ。
指で押してどんな音が出るかを頭の中で想像する。
休日はそうやって一日中すごした。

いつから一人ぼっちなのかあまりよく覚えていない。
本当のママの膝の上はあたたかかった気がするけれど。
物心ついた頃には、おばさんの旅館に一人で預けられていた。
厄介なものを託されたとよく愚痴をこぼされた。

世界中に味方なんて誰もいない。生きている意味もない。
どうして私は生まれたのだろう?
毎日そんなことを考えていた。
小さな頃から。


「キャンキャン!」

仔犬の鳴き声で目を覚ます。
川原でうずくまり泣いていた所だった。
私は辺りを見渡す。
ダンボールが上流から流されていた。鳴き声はその中から聞こえた。

「大変!」

私は川へ飛び出した。
昨日の雨で、川の流れは速かった。
小学生の自分には無謀な行為だと、気付いてはいた。

(死んでもいい)

そう思った。
私の命で仔犬が助かるのなら…。
自分の生きていた意味がそれで少しでもあるのなら…。

「キャンキャンキャン!!!」

ここで死にたいと思った。

「アホかお前!!」

突然、ガバッと川から抱き上げられた。
鬼の形相をした関西弁の女子高生が、私と仔犬を川から引っ張り上げる。
大人からすればたいした深さの川ではなかったらしい。

「何考えてんねん!死にたいんか!?」
「離して!死なせて!」

私がそうやって抵抗すると、ほっぺを思いっきり引っぱたかれた。

「簡単に言うな!死んだあかんわ!!」
「なんでだよぅ!!」
「知らんわ!死んだあかんもんはあかんのや!!」

ムチャクチャな人だった。
きれいなセリフは何も与えてはくれなかった。
濡れた私と仔犬を抱えたまま、お世話になっているという先生の自宅に連れてかれた。
服を乾かしてもらい、暖かいスープをもらった。

「家はどこや、送ったるわ」
「帰りたくない」
「ひねたガキやな…ったく」
「死にたいの!」
「ええ加減にせえよ、ほんま」

私は先生宅の奥の方へ逃げ出した。
すると目の前に、巨大なグランドピアノが現れた。

「うわ〜」
「コラ!お前、勝手にさわんな!」

鍵盤に触れた。美しい音が聞こえる。

「音が鳴った♪アハハ」
「当たり前やん」
「ドレミが聞こえるよ。アハハアハハ」
「なんや…ええ顔で笑えるやないか。好きなんかピアノ?」
「うん!」

ピアノをひいているときだけ、ヤなことを忘れられる。

「ほなここで習ったらええ。夏先生の専門は音楽やさかい」
「お姉さんもピアノひくの?」
「うちの専門はギターや。うちにピアノなんか似合わへんやろ」
「うん」
「ほんま腹立つガキやな」
「アハハ」

私は笑顔で、ピアノを奏でてみた。
何十万回と頭の中でだけ聞こえていたメロディを。

「おぉなんや上手いやん」
「上手いなんてもんじゃないわよ」
「あ、夏先生」
「誰なのこの子は?」
「さぁ?」
「中澤。あんた、とんでもない才能を救ったかもよ」
「またまたぁ」

お姉さんと先生が何をしゃべっているかは聞こえなかった。
私は自分の指が生み出す音楽の中を飛び回る。

「キャンキャンキャン!!」

助けた仔犬が私の膝の上に乗っかってきた。

「ちょっとーコラー」
「キャンキャン!」

ペロリと頬をなめられると、くすぐったくて私は身をかがめる。
なんだかとても…あたたかかった。



百三十、なっちA 〜夢ならば〜


「仔犬を連れた天才ピアノ少女。TVで見たときはビックリしたで」

6年ぶりに再会した裕ちゃんは、ちょっと派手目なOLになっていた。
あの後、私は夏先生の下でピアノの練習に励み、数々のコンクールで優勝。
今やちょっとした有名人。

「でもまさか、こんな所で再会するとはな〜」

女性ロックバンドオーディション。
もう一度あなたに会いたかったから、とは死んでも言えない。

「負けないからね」
「ふふん。10年早いわ」

けど結局、私も裕ちゃんもそろって落選。

「ダメじゃん」
「うっさい!相変わらず子憎たらしいガキやな〜」
「もう歳なんだし、ロックの夢なんてあきらめなよ」
「アホぬかせ!うちは死ぬまでロックンロールやねん!いや死んでもや!」
「殺しても死ななそうなのに…」
「もうええ!どうせあんたとは金輪際会わへんしな!せいぜい元気でやりぃ」
「そっちこそ〜。マジメにOLするといいべ」

ところがところが後日、呼び出されての敗者復活。

「ベース。石黒彩」
「キーボード。安倍なつみ」
「ドラム。飯田圭織」
「ボーカル。福田明日香」
「ギター。中澤裕子」

気まずい空気。私は裕ちゃんと無言で見つめあう。

「上等や!やったろうやないか!ただしやるからにはてっぺんや!それ以外ないで!」
「なっちもやるべさ。ぜったい最高のロックバンドにするべ!」

こうして「MORINING DAUGHTER」は誕生した。
5人で5万枚の手売りに挑戦。
その最終日の夜、ホテルで裕ちゃんと語り合った。

「圭織も彩っぺも明日香も、すげー奴等や。うち本気でてっぺん獲れる気してきたわ」
「…なっちもだよ」
「へぇ〜」
「何よぉ」
「いや、お前にも素直な所もあんねんやな〜思て」
「なっちは昔から素直のカタマリだべさ」
「…ツッコミ所が多すぎやけど、ええわ、今夜だけは勘弁したる。ええ気分やしな」
「いい気分なんだ?」
「ああ。ようやく夢が叶う。実は嬉しゅうてしょうがないねん」

嬉しくてしょうがないのは、なっちだって同じだよ。
裕ちゃんは私に生きる意味を与えてくれた人。
裕ちゃんの夢はなっちの夢。
なっちは、裕ちゃんの夢のお手伝いをする為に生きてきたんだから。

明日、5万枚の手売りを達成して、
MORINING DAUGHTERとして、デビューが決まったら、
憎まれ口じゃなく、ちゃんと素直な気持ちを伝えよう。
「ありがとう」って。

―――――ところが、運命の日。すべては狂いはじめた。

「いつからって最初からだよ。この手売りもあのオーディションも全部シナリオ通り」
「君達は私の作ったレールに乗っていけば確実に成功するから」
「彼女はいい捨て駒になってくれそうだねぇ
 まぁ適当に何枚かCDを出したら、あとはポイっと。アッハハハハハハハ!!」

裕ちゃんが飛び出す。
(ダメ!)
止めようとしたけれど、間に合わない。
(この人の言っていることは最低だけれど、間違ってはいない)
(私達の目指している世界は…厳しくて汚いけれど…そういう世界なんだ)
(夢の為には…捨てなきゃいけないこと、我慢しなきゃいけないことはいっぱいあるの!)
(だから…)

「裕ちゃん!!」

バコォッ!!!!

「裕ちゃんに続いて彩っぺも出て行ったよ」

飯田圭織は初めてできた同年代の親友だった。
出身も同じで、生まれた病院も同じで、誕生日もたった二日違い。
一緒にバンドを組めて、運命を感じた娘だった。

「圭織ももう出て行くから」
「そう…」
「なっちも来ない?皆で一緒に会社を起こしてUFAを見返してやるの!」

無理だ、と思った。
子供の浅はかな考え。この世界はそんな生易しいものじゃない。
あいつらに逆らっても叩き潰されるのがオチ。

「…なっちは残る」
「え?」
「山崎さんからプロデュースの仕事…誘われたから」
「ちょっと…嘘でしょ?その申し出を受けるってこと?」
「うん」
「5人で一緒に夢を叶えようって!約束したじゃん!」
「したよ…」
「裏切る気…なっち」
「…」

何も言い返せなかった。圭織はまがったことが大嫌いな娘だから。
今はまだ、どう説得しても納得してもらえないだろう。親友との決別。

みんないなくなった。
一番最後に、最年少の福田明日香が淡々と出て行った。

「明日香、あなたはどうするの?」
「別に…普通に学校に行きます」

最期まで感情を表に出さない変な子だった。
だからかな、彼女にだけは本音を伝えようと思ったの。

「もう歌わないの?」
「さぁ…」
「他の人はみんな、UFAと戦うつもりらしい。でもね、それじゃ無理なの。
 それじゃあ5人の夢は絶対に叶わないの。それがこの業界」
「…」
「だからね。なっちはここに残る。どんなに辛くても、ここに残る。
 いつかまた5人が集まって夢を叶えられる日が来るまで。
 なっちはここに残って、その道を開いてみせる」

明日香はあいかわらず無表情だったけど、じっと私の話を聞いてくれた。

「だからね明日香。そのときはまた…歌ってくれる?」
「条件次第…」
「条件?」
「中澤裕子。石黒彩。飯田圭織。安倍なつみ。この4人の演奏以外では私は歌わない」

泣きそうになった。去っていく明日香の背中に私は誓う。
絶対にまた、5人は集まるんだと。



百三十一、なっちB 〜だって生きてかなくちゃ〜


耐えるのは慣れている。
小さな頃からずっと一人ぼっちだったから。
山崎は私にプロデュース業をさせる代わりに、汚い仕事を全部まわしてきた。
恨みはいっぱい買った。
その代わり、少しずつ信頼できる仲間も増やしていった。

いつか飛翔する。その日の為に…


「もしもし…なっち?」

慌しい年の瀬に、その電話はきた。
同じ夢を志した仲間の一人・石黒彩。
彼女から連絡があったのはあの事件以後、始めてのこと。
一人で辛い気持ちにあった私は、久しぶりにきた仲間からの電話に心を弾ませた。

「彩っぺ〜!久しぶり〜。どうしたべさ急に」
「…だ」
「え?なになに?なっちは元気だよ。でもお仕事って大変なのねぇ〜色々と…」
「……んだ」
「ん?彩っぺはどうしてるの?他のメンバーと会ったりしてる?裕ちゃんとか。
 そうそう聞いた〜?あの人、一人で手売りしてるんだって。ほんとバカだよね〜。
 裕ちゃんのバカはきっと死んでも治りゃしないよアハハ…」
「…死んだ」
「ハハ…え?」

「裕ちゃんが死んだ」

意味がわからない。

「ちょ、ちょっとやめてよ彩っぺ。何言ってんの?そんな訳ないでしょ、あの人が…」
「本当に…死んだんだ」
「ま、またまたぁ…嘘よね?」
「嘘じゃない」
「嘘だぁ!!あの人が死ぬ訳ない!!裕ちゃんは殺したって死なないんだよ!!」
「……っ」
「うそだああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!」

すべてがまっくらになった。

「何考えてんねん!死にたいんか!?」
「離して!死なせて!」
「簡単に言うな!死んだあかんわ!!」
「なんでだよぅ!!」
「知らんわ!死んだあかんもんはあかんのや!!」

(死んだあかんって…言ってたくせに)
(どうして自分だけ勝手に…何にも言わずに…)

「だからね。なっちはここに残る。どんなに辛くても、ここに残る。
 いつかまた5人が集まって夢を叶えられる日が来るまで。
 なっちはここに残って、その道を開いてみせる」

もう永遠に5人は揃わない。
私の生きている意味は…。

(そんなのってないよ…)
(まだちゃんと…「ありがとう」も言えてないのに…)
(UFAに残った訳も…みんなを裏切った理由も…言えてないのに…)
(本当のなっちの夢も…何も…言えてないのに…)

「そんなのってないよぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!!」

死のうと思った。
部屋で首を吊る縄を用意した。
遺書を書き始めた。

【裕ちゃんの後に続きます 安倍なつみ】

(後に続く?死ぬことが後に続くこと?)
遺書を書いていたら疑問が湧いてきた。
(そうしたら、夢はどうなるのか?)
(私が死んだら…裕ちゃんの夢の続きは…誰が描けるのか?)
(ううん。死んだから夢はもう終わり。ねぇ?裕ちゃん)
どこからか声が聞こえてきた。

「アホぬかせ!うちは死ぬまでロックンロールやねん!いや死んでもや!」

(嗚呼、終わりじゃないんだ)
あの人が死んでも、あの人の夢は終わらない。
中澤裕子の夢は安倍なつみの夢だ。
私は遺書を破り捨てた。
だって生きてかなくちゃ、夢は紡げない!

「私はロックの頂点に立つ。どんな形であろうと…絶対に!!」

それが昔の仲間を傷つけることになろうとも…
世界中を敵に回すことになろうとも…



――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
そして、時は巡る。

自分自身の手で、最高のロックバンドを作り上げる舞台は整った。
NIKEYに吉澤ひとみや藤本美貴という日本最高峰の実力者。
さらに高橋愛や加護亜依や亀井絵里や道重さゆみといった超新星が集う。
そんな中、一人…。
中澤裕子を彷彿とさせるロックンローラーが、私の前に現れた。

「にゃあああああああああああああああああああああ!!!!!!」

田中れいな。
喜びと恐怖が同時に全身を襲ってきた。
裕ちゃんと描くはずだった夢の理想像がみえたような…。
8年間耐え続けて追い続けた夢を彼女に奪われるような…。
私は迷った。迷った末に、恐怖が喜びを上回った。
そして会長の指示に従い、田中れいなのれいにゃーずを排除する。
だが何処かで信じていた。
れいにゃーずが真に裕ちゃんの意志を継ぐバンドならば、必ず這い上がってくると。
そしてそのときこそ、決断のとき。

れいにゃーずを越えて、裕ちゃんの夢を越えて、私はロックの頂点に立つ!

それはもう、手の届く場所にまできたはずなのに…
すべてが終わった。



百三十二、れいな動く


「ライブは中止になったわ」

飯田がそう報告すると、れいなは大きく飛び上がった。

「冗談っちゃろ!うちめちゃくちゃ楽しみにしてたとよ!」
「しょうがねえだろ」
「美貴姉!」
「悪いのは安倍なんだ。敵が自滅してくれて不戦勝ってこった。喜べよ」
「それ本気で言ってると?美貴姉?」
「…」

美貴が無言でれいなを睨み返す。明らかに機嫌が悪い。
そのまま扉を蹴っ飛ばして、控え室を出て行った。

「野暮なこと言うな、れいな。誰よりもSAKURAと戦いたがっていたのはあいつだ」

飯田がれいなの肩に手を置く。他のメンバーは無言だった。

「明日、安倍なつみの二度目の記者会見がある。そこで正式に発表の予定だよ」
「発表って…」

ライブの中止。安倍なつみの無期限謹慎。SAKURAの活動休止。
すべての終わりの発表。

「れいな。変なこと考えてない?」
「さ、さゆ…」
「記者会見に乗り込んで、ライブの中止を中止させよーとか」
「流石さゆ。するどかね〜」
「余計なことしちゃダメだからね!こっちにまでとばっちり来ちゃうの!」

付き合いの長いさゆには、れいなの考えがお見通しだった。
実際彼女はピアノコンサートに乗り込まれた前歴がある。

「気持ちは分かるよ。でも今回だけは絶対ダメ。シャレが通じる状況じゃないの」

それだけ言うと、さゆも控え室を出て行った。
本音を言えば、同じピアニストとして安倍なつみと競いたかった。
でもそれも二度と叶うことは無くなった。

「梨華さん梨華さん!!どうすればよかば〜い?」

メンバーの中で、困ったときにいつも優しいアドバイスをくれるのが石川梨華だった。
しかし…

「どうしようもないよ」

その一言だけで梨華も控え室を出て行ってしまった。
ここ数日、石川梨華の様子は特におかしい。
今回の件でショックなんだろうと、れいなは勝手に思い込んだ。

控え室には、れいなと希美と飯田圭織だけが残った。

「もっきんさんは?どう思っとーと?」
「よくわかんねーのれす」
「そう…っちゃよねぇ」

そのとき、テレビでまた一連の安倍なつみ盗作報道が流れた。
紺野あさ美は自宅に閉じこもり、黙秘権を行使している。
SAKURAの楽曲はすべてこの紺野あさ美が作ったと報道されている。
それについて紺野は否定も肯定もせず、黙っている。
不自然なほど頑なに、彼女は口を割らない。

「うちはど〜しても納得できなかよ」
「れいな?」
「MORNING ROADを盗作する機会なんて、絶対に無かったはずたい!」
「そ〜れすよね。あの時点であの曲知ってたの…のんとれいなとミキティだけだし」
「証拠も曖昧っちゃ。なのに中止とか謹慎とか、勝手に決められてくみたいやけん…」
「おそらく、裏で手を回されている」

突然、れいなと希美の会話に飯田圭織が口を挟んできた。
その内容に二人は顔を見合わせる。

「UFA離脱直後のこの事件。あの会長と何かあったか…」
「ど〜いう意味っちゃ?飯田さん?」
「マスコミやネットの騒ぎだけで警察の介入なんて考えにくい。十中八九これは策略よ」
「え?」
「変わってないわ。少しでも弱みを見せたら、そこに付け込む大人の手口」

飯田の口から出てくる言葉には、れいなや希美が知らぬ重い因縁を感じさせた。

「気を付けなさい。安倍を潰したら、次の狙いは…うちらよ」
「ちょ、ちょっと待って、飯田さん!」
「何?」
「飯田さんはやっぱり…安倍なつみが盗んだって思っとー?」

飯田は少しの間、目をつむり、やがて答えを口にした。

「私は現実主義者だから。れいなが盗んでない以上、安倍が盗んだとしか言えない」
「そう…」
「ただし、交信状態で頭の狂った飯田圭織の答えは…違う」
「ふぇ?」
「あの曲は裕ちゃんの贈り物だった。だから意志を継ぐれいなに舞い降りた。
 そして、もう一人だけ…裕ちゃんの意志を継ぐ呆れたバカを、私は知っている」
「もしかして…それって…」
「安倍なつみの夢は中澤裕子の夢。私が言えるのはそれだけよ」

部屋を出て行く飯田。
その背中を見ながら、れいなは確信した。

「もっきんさん。れいなマコっちゃんとこ行くたい」

小川麻琴は、かつての紺野あさ美のただ一人の相棒。
れいなが動く!それだけのことで希美は何故だかたまらなくワクワクしてきた。

「のんはバカれよくわかんねーから…れいなに付き合うのれす」



百三十三、紺野の約束


昼夜問わず、マンションの前に集っていたマスコミも、
最近はちらほらという感じに落ち着いてきた。
事件の幕引きが近いのだろう。

絶対に誰にも言わないこと。

それが安倍さんと交わした唯一で絶対的な約束。
たとえ何があろうとも、真実はこの胸の中に封印する。
たとえすべてが終わっても…

明日の記者会見ですべてが終わる。
安倍なつみは音楽業界から永久に追放される。
そんな夜に、紺野あさ美は布団にくるまって眠っていた。

ピンポーン。

インターホンの音。
また何処かの失礼なマスコミか、と紺野は眉をしかめる。

ドンドンドンドン!!

夜中だというのに、ドアを強くノックする音。
ここまで無礼なマスコミは今までにもいなかった。

「れいなで〜す!」

(れいな?)
紺野はガバッと布団から起き上がる。
れいなという名前で思い当たるのは「れいにゃーず」のボーカル。
だけど彼女がこんな所に来るなんてあり得ないと思っていた。
足音を立てずに玄関の方へ向かう。

「紺野さんを迎えにきたと!一緒に記者会見に乗り込むっちゃ!」

間違いなくれいにゃーずのボーカルの声だった。
そして理解不能なことを大声で叫んでいる。

「開けて!紺野さ〜ん!」

開けられるはずがない。
記者会見なんかに連れていかれたら、それこそどんな目にあうか?
安倍さんとの約束をやぶることに成りかねない。
このまま、じっと黙っているしかないんだ。なのに…

「れいなは知ってるとよ!安倍さんは盗作なんかしとらんちゃろ」

(『MORNING ROAD』のこと?)
そう、あの曲は…あの曲だけは紺野もわからない。
安倍さん曰く、目が覚めたら舞い降りてきたという至高の楽曲。

「それにSAKURAの曲も紺野さんが作ったんじゃなか!全部安倍さんばい!」

(っ!!!)
(なんで…?)

「なんで分かるか?教えて欲しかと?紺野さん」

(まさか…でも…)

「誰よりも紺野さんの生み出す音楽を知っている人が言ってたと」
「っ!?」
「ふざけんな、あんなのコンちゃんの曲じゃねー。聞きゃわかる!
 コンちゃんの曲はもっともっと凄ぇんだよ!!…って」

(マコっちゃん…?)
そんなの他にいない。
私が勝手に、裏切って、傷つけた、たった一人の相棒。
もう私のことなんて、最低な奴だと思っているに違いないのに…
両方の瞳から涙がこぼれ落ちてきた。
声を漏らさないように、唇を噛む。

「あの人、恥ずかしがって、ここには来なかったけど、心配してたとよ」
「?」
「紺野さんのこと心配してたと」

くちびるを両手で押さえる。
嗚咽が我慢できなくなっていた。

「だから紺野さん!安倍さんを救えるのは、れいなと紺野さんだけっちゃよ!!」

安倍さんえを救える?だけど安倍さんとの約束が…。
(私はどうしたらいいの?)
そのとき、別の声が聞こえた。

「はじめまして、辻希美というのれす」
「?」
「のん、むずかしーことはよくわからねーんれすけろ…」
「…」
「すきなひとをたすけたい…それらけれいいんじゃねーれしょうか?」

好きな人を助けたい。
(なんだ…私は何を悩んでいたのだろう?)
(私は安倍さんを助けたい)
(約束をやぶって、嫌われることになろうとも、私は安倍さんを助けたい)
簡単なことだった。

カチャ
扉の鍵が開く音。
れいなと希美の前に、涙でボロボロの紺野あさ美が姿を見せる。

「紺野さん!一緒にいってくれると?」
「…はい」

紺野が頷くと、れいなと希美は満面の笑みを浮かべる。
不思議な子達だと思った。
もうどうにもできない状況だと思っていたのに、
彼女達といると、本当に何とかなる様な気がしてくる。
もしかしたら…安倍さんも…。

「じゃあ帰ってギターをとってくるっちゃ。紺野さんの得意楽器は?」
「え?え?一応ベースですけど…」
「おっ、ちょうどよか。ギター・ドラム・ベースが揃ってると!」
「こんなときのために移動可能8段太鼓をつくっておいたのれす」
「あ、あの〜?まだ会話が掴めないんですけど…」
「イヒヒ〜。乗り込むときはロックで!と決まってるっちゃ!さ、準備準備!」

安倍さん…やっぱり無理かもしれません…。



百三十四、なっちありがとう


「にゃーーーーーーーーーー!!!!」

テレビからその声が聞こえてきたとき、茶を吹いた。
安倍なつみの記者会見、生放送。
れいなの叫び声が聞こえてくるなんて、ありえないはず…。
頼むから美貴の聞き間違いであってくれ。

「さ、最悪なの…」

ウナ重が顔をこわばらせている。
梨華もテレビを見ながら凍り付いている。
美貴は神に祈る気持ちでテレビを見返した。

ドンドコドンドコドンドコドン!!
ギィギュウルルルギュギャギャギャ!!!

願いはむなしく場違いなドラムとギターが響いてくる。

「れいなと辻か!忘れてた!あの二人のバカさ加減を忘れてた!」
「どうするの?石川さん藤本さん!!」
「どうするって言っても…もう」
「行くしかねーだろ!ったく、あのバカども!」

うちら3人は大急ぎで記者会見会場へ向かった。

その頃、れいなと希美はあっというまに警備員に取り押さえられていた。

「イタイイタイ!離すっちゃー!!」
「なっちしゃんに話があるのれーす!!」

愚かな二人を人々はあざ笑う。

「とんでもない奴等だな。こんなことするなんて」
「あれはれいにゃーずのボーカルとドラマーだろ、何を考えているんだ?」
「売名行為だろう。ま、どっちにしたってロックは終わりだ」

SAKURAが消えれば、現在のロックブームは沈静化する。
それが業界での通説だった。
安倍なつみは二人の乱入を、複雑な想いで眺めていた。

「さ、記者会見を続けましょう。安倍さん」

司会のアナウンサーが安倍に続きを要求する。
「盗作」
その事実を自らの口で認めさせる。
その瞬間、確実にすべてが終わる。

「これまで発表しました、すべての作品につきまして、私は…盗」

「SAKURAの楽曲は全部安倍さんが作ったものですっ!!」

そのとき、一人の少女が会見席に飛び込んできた。
警備員はれいなと希美にかかりきりで、誰もいない。

全員が目を丸くする。
それがこれまで黙秘を貫いてきた今回の事件の重要証人。紺野あさ美だったから。

「こ、コンコン…どうして?」
「みなさん、聞いてください!安倍さんは盗作なんてしていません!私が証明します!」

日本中に向けて、高らかに宣言する紺野。
驚く記者たち。一人がたまらず聞き返す。

「ではどうして、安倍なつみはあなたの家に通われていたのですか?」
「それは…」

紺野はチラリとなっちを見て、口を開いた。
絶対に言わない。その約束をやぶる。たとえ嫌われても。

「昨年の夏、SAKURA結成直前のことです。
 安倍さんは一人で私の元を訪れ、頭を下げてこう言いました。
 私に作曲を教えてください、と」

ザワつく会場。
あのプライドの高い安倍が素人の紺野に!?

「最初は断ろうとしました。けれど、安倍さんの強いキモチに私も折れて…。
 忙しい仕事の合間にやってきて、寝る間を惜しまず作曲の勉強をして、
 私はいつしか彼女のことを心から尊敬する様になりました。
 楽曲の質が高くなってきたのは努力の賜物です。私は決して書いたりしてません!」

紺野あさ美の口から出てくる内容はすべてが衝撃的なものだった。
栄光に飾られた安部なつみのイメージを、まるで別物にする様な。
最後に紺野は、安倍の方を向いて頭を下げた。

「ごめんなさい安倍さん。誰にも言わないって約束やぶっちゃいました」
「コンコン…やぶりすぎだよ」
「はいっ」

記者の一人が、立ち上がる。
最初に現場写真を撮った出版社の記者だ。

「それでは、MORNING ROADの件はどう説明されるのですか?」

この質問に安倍と紺野は言葉を詰まらせた。
中澤裕子が二人に同じ曲を贈った…なんて説明じゃ通用するはずない。

「簡単ばい。あれはれいながパクったっちゃ」
「っ!!!!」

いつのまにか会場に駆け戻ってきたれいなが、トンデモナイことを言ってしまう。
会場をさらなる衝撃が襲う。
その言葉に安倍なつみは愕然とする。

「何言ってるのあなた!?バカなこと言っちゃダメ!!」
「あー!!ののも見てたのれす!あれはれいなが盗んだのれす!」

警備員と押し合いながら、希美までトンデモナイことを言う。

「やめて!!なっちがマネしたの!」
「違かと。れいなが盗んだとよ!」
「なっちが!」
「れいなが!」

このやり取りに、集まった記者達は呆然とする。

「それじゃあ、どっちが盗んだか、勝負して決めるばい!」
「しょうぶ?勝負って何よ?」
「勝負はロックに決まっとーと!れいにゃーずとSAKURAでライブ勝負っちゃ!!」

話を強引にそっちへもっといくれいなに、安倍は思わず笑みをこぼしてしまう。

「あなた相当バカね…SAKURAはもう…」
「いいじゃん。受けてたとうよ。キャハハ」

聞き覚えのある笑い声に振り返る安倍。
気が付くと後ろに矢口、そして吉澤、高橋、加護、亀井。SAKURA全員集合。

「みんなで会見のりこもーって集まったんやでぇ」
「あっちの三人に先こされてもうたけどの」
「バカはあんただよ安倍さん。何でもかんでも一人で抱え込むな。仲間だろ」

吉澤がポンと安倍の背中を叩く。
その瞬間、ずっとずっと…8年間押さえ込んでいたなつみの涙が、零れ落ちた。

「みんな、………とう」



百三十五、繋がる手


「ウォラァァ!!」

会場の扉を蹴破って、美貴様登場!

「れいなー!辻ぃー!何やって……ってなんだこりゃ?」

目をパチクリさせる美貴様。
会場はいつのまにかSAKURA vs れいにゃーずのライブ会見になっていた。

「おぉー!れいにゃーずも全員登場だ!!」

息巻いてやってきた美貴・さゆみ・梨華を歓迎する記者たち。

「梨華さん、どうなってるか説明してほしいの」
「聞きたいのはこっちだよぉ〜」

「こっちこっちれす〜!」
「さっすが、いい所に来たっちゃねぇ」

希美とれいながのんきなバカ面で三人に声をかける。

「なんか異常にムカツクのは美貴だけ?」


SAKURAのメンバー全員とれいにゃーずのメンバー全員が揃ったことにより、
会場は先ほどまでのムードから一変、お祭りムードに!!

最高の名曲『MORNING ROAD』に相応しいのは、
このライブ対決に勝利した最高のバンドだけ!!

以下、各メンバーのコメント

安倍「お騒がせしたこと深くおわびします。もう迷いません。絶対に勝ちます」
高橋「れいなちゃんとのボーカル対決、楽しみですね」
加護「バンドが勝つのはもちろん、ギターでもナンバー1になったるさかい応援してや〜」
亀井「がんばります」
矢口「ま、れいにゃーずの奴等にちょっと経験と実力の差ってやつをみせちゃおっかな」
吉澤「今度の件で、うちらの結束もより強くなりましたし、ライブが楽しみっすね」

田中「みんなで盛り上げて、最高のライブにするっちゃよ〜!!!」
辻「なんかワクワクしてきたのれす。ワクワクしすぎてお腹すいたのれす」
石川「そうですね。100%出しきって悔いの残らないライブにしたいです」
道重「とりあえず可愛さだけならこの中でさゆが一番なの」
藤本「ま、嬉しいかな。直接SAKURAをぶっつぶせるからね」

記者会見が終わり、退出する両バンドのメンバーたち。

「のの〜!おいしい所もってきすぎやで!!」
「ほんとだよ〜。私にくらい言いなさいよ〜」
「あいっかわらずバカだな、お前」
「てへてへ」

さっそく集まって盛り上がる昔馴染の石川・吉澤・辻・加護の4人。
れいなとさゆみも、久しぶりに再会した絵里に声をかけようと廊下で待っていた。

「あ、来たよ」
「絵里!!久しぶりっちゃね!元気にしてたと?」

笑顔で手を差し出すれいな。
ところが絵里はまるでそれに気付かないとばかりに、無視して横を通過する。

「え?」

笑顔のまま固まるれいな。
さゆみが驚いて追いかける。

「ちょ、ちょっと、絵里」

掴もうと伸ばしたさゆみの腕を、無造作に振り解く絵里。

「絵里?」

絵里は一瞥すらくれることなく、無言で二人の前を去っていった。
呆然とするれいなとさゆみ。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「…絵里」
「さゆぅ!」
「スターになっても…友達でいてね」
「当たり前だよぉ!!」
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
最後に別れたシーンが頭をよぎる。
(どうしたと…絵里)

「れいなちゃん」
「にゃ?」

動揺していると、最後に会場を出た安倍なつみが声をかけてきた。

「ありがとう。お礼を言うわ。コンコンを連れてきてくれたことと…」
「安倍さんも裕子姉からもらったと?」
「MORNNING ROAD…。そうね。裕ちゃんから。まったく死んでもでしゃばるから」
「にゃはは…」
「いいライブにしましょう。でも勝つのはSAKURAよ」
「勝つのはれいにゃーずばい!」

手を差し出すなっち。その手に応じるれいな。
時を越えて中澤裕子の意志を継いだ2人が、今繋がった。



百三十六、決戦前夜@ 〜石川・吉澤・辻・加護〜


「梨華ちゃんにしてはセンスいい店やん」
「雑誌のおすすめコースをそのまま予約しただけれす」
「…だと思った」
「ちょっとー!ののー!余計なこと言わないでよーもう…」

SAKURAの吉澤ひとみと加護亜依。れいにゃーずの石川梨華と辻希美。
決戦の日をいよいよ明日に向かえ、久しぶりに幼馴染の4人だけで食事に来たのだ。

「でも良く休みもらえたなー。本番前日だってのに。リハとかいいの?」
「リハーサルなら昨日までいっぱいやったからね。そっちこそどうなのよ?」
「SAKURAは完璧やから。心配する必要なんてちっともあらへんでぇ」
「れいにゃーずだってかんぺきれすよー」

あの会見で、正式に二大バンドのライブが決まってから、すべてを注ぎ込んできた。
お互いに、あとは本番で全力を出し切るだけの状態。
もっともこうして敵同士で集うのはこの4人だけかもしれないが。

「ね、ね、覚えてる?昔はよくこうやって4人で作戦会議とかしてたの」
「もちろんおぼえてるのれす。ほんとにたのしかったよね〜♪」
「たしか加護が裏で腹黒いことばっか考えてたんだよな」
「(余計なことまで思い出さんでええわ!)」

カシャン。
とつぜん梨華がグラスをテーブルから落とした。

「あ〜あ〜はしゃぎすぎやでぇ」
「ご、ごめ〜ん。あースカート濡れちゃった。ちょっとトイレで拭いてくるね」
「するの?(×3)」
「しないよ!!」

トイレに駆け込む石川を見て、ニヤニヤと席をたつ吉澤。

「本当にしないか、ちょっと見てくるわ」
「吉っちゃんは相変わらずセクハラ親父なのれす」
「聞いてや、のん。SAKURAの新年会でもほんまセクハラひどかったんやで」
「え〜なになに?」

二人きりになり、吉澤のセクハラ話で盛り上がる辻と加護。
その後、話は吉澤と石川は結婚するのかという方向へ移り、昔話になっていく。
かつて組んでいた「フォーフォーフォー」というバンドの話。
そしてお互いの「今」の話。
二人が一緒にいると、どれだけ時間があっても話は尽きない。

その頃、トイレでは…

みんなの前での笑顔から一変、真剣な顔つきで右手を水に濡らす梨華がいた。
痛みでグラスを落としたなんて言えるはずがなかった。

ズキッズキッ…

休む暇も無く繰り返されたレコーディングとリハーサルの日々。
その間に、小さな違和感は確かな痛みへと変化していた。
それでもあと一日。

「あと一日だけ我慢して…お願い」

「何のお願い?」

(っ!!!!)
心臓が飛び出そうになる梨華。振り返ると入口に吉澤が立っていた。

「ちょ、ちょっと驚かさないでよ!!いつからそこに…」
「さっきから。本当にしないのか見に来ただけ」
「もーう!バカ!」

ごまかしてトイレから出ようとする梨華。
マジメな顔つきで、その前に立ち塞がる吉澤。

「待てよ。なんか…隠し事してねえか?」
「ぇ?隠し事?し、してないわよそんなの!」
「あっそう」

梨華の前から身をどける吉澤。

「言っとくけどな。私は明日、石川梨華を越えるつもりだから」
「なによいきなり…」
「梨華ちゃんが何を隠してよーが関係ねぇ、全力でいくって事だ」

それだけ言うと、トイレから出て行く吉澤。
梨華は動揺を抑え込むのに精一杯だった。
(気付かれた?ううん、でもよっすぃーなら…絶対に止める?)
迷ってももう戻れない。やるしかないのだ。

「私だって、全力でいくんだから」

梨華がトイレから戻ると、吉澤が凍り付いていた。

「さすが、のん。やるやないか。うちに全力ださせるなんて…」
「あいぼんこそ。のんも限界がちけーのれす」

二人の前には数え切れないくらいに積まれた食べカスと皿の山。
辻と加護にとって話のタネ以上に尽きないのは、メシのタネ。

「お、お、お、お、お前等ぁーーーーーーーーーーー!!!!」

「この決着は明日つけるのれす」
「望むところや!」

こうして決戦前日の夜は更けていく。



百三十七、決戦前夜A 〜藤本、松浦、後藤、矢口、市井、保田〜


「おー、真希、おっせーぞ」
「ごめんごめん、ちょっとバイトでぇ」
「バイトなんかしてないじゃん」

「…って、まっつー。なにしてんの?」
「それはこっちのセリフでーす。ミキたんと亜弥の貴重な休みに呼び出したりして〜」
「お前がうちに来た時点で貴重でもなくなったがな」

「んあ〜、まいっか。あっちも3人って言ってたし」
「何だよあっちて」
「まさか合コンとかじゃないでしょーね」

「合コン?そーそーそー。合コンだよ。一人じゃあれだし美貴も誘ったの」
「ちょ、てめ、先に言えよ」
「ダメー!ミキたんはあややのものだから合コンなんて行かせないよぉ!」

「まぁいいじゃん。別に何もしねーよ。どうせ暇だし気分転換にはなるだろ」
「暇じゃないでしょー!亜弥との貴重なラブラブタイムはぁー!?」
「はいそれじゃ出発〜♪」

30分後
美貴の隣の席に、目つきの悪いヤグチマリ。

「おいコラ藤本、何しに来てんだ、てめ。説明してもらおうじゃん」

美貴は無表情で席を立つと、市井と談笑をかわしている真希の胸倉を掴み上げる。

「説明してもらおうか?」
「え?だから合コン。圭ちゃん主催の合同コンサート。いちーちゃん達3人はVIPルーム
 で見れるし、せっかくだからって誘われたんだけど…何か問題あった?」
「いや、お前が辻並にアホだということを忘れてたのが問題だ」

保田圭主催だけあって、相当なコワモテイロモノバンドが揃っている。
それが珍しいのか、おまけで付いてきた亜弥が一番コンサートにはまっていた。
真希はずっと市井にくっついていて、手持ち無沙汰は美貴と矢口だけ。最悪の居心地。

「さき帰るわ」
「おー帰れ帰れ!大事なライブ前日にお前なんかといると縁起悪ぃんだよ」
「こっちのセリフだっつーの、チビ」
「何っつった今!」

ガンを飛ばしあう藤本美貴と矢口真里をよそに、後藤真希はデレデレと楽しんでいた。

「いちーちゃんとコンサート観るって初めてだよね」
「そーだっけ?ま、そんな暇なかったか」
「忙しかったしね〜、あの頃は」
「あの頃…か」

タバコに火をつける市井。
二人の間を騒がしいロックミュージックが駆け抜ける。
静かに煙を吐き出すと、彼女は淡々ときり出した。

「なぁ後藤。お前さ」
「んー」
「もうロックンロールしねーのか?」
「え?どしたのいきなり」
「べつに。急にちょっと…また観てみたくなった…昔の後藤」
「ごとーは今もごとーだよ」
「違うよ。変わったよお前」
「じゃあいちーちゃんもロックしよーよ、いっしょに」
「バカ。俺はもう人妻だぜ。無茶できねーんだよ。でもお前はまだできんだろ」
「え?」
「正直言うとな。単に悔しいだけだ。SAKURAだ、れいにゃーずだ、騒がれてんのがよ。
 俺みたいにあの時代の人間から言わせりゃ…当時のお前の足元にもいねーって思うぜ」
「…いちーちゃん」

市井は視線を横に流す。
矢口と藤本のそれはすでにとっくみあいになっている。

「明日、行くのか?あいつらのライブ」
「気が向いたら…」
「明日は俺らも観戦に行くつもりだ。お前も来いよ」
「……ん」

ステージの上では乱入してきた圭が、超高音シャウトをかましていた。



百三十八、決戦前夜B 〜安倍、新垣、紺野、飯田、小川〜


「まだいらしたのですか、安倍さん。今日はお休みですよ」
「あら、あなたこそ出てくる必要ないわよ」
「そうゆう訳にはいきません」

決戦前夜。
安倍は事務所で最後の追い込みをかけていた。
すでにライブ準備は完成している。さらに勝利を確実にする為の追い込みだ。
安倍が働くならば自分も休む訳にはいかない。それが新垣の信念だった。

「そういえば安倍さん、お客様がお見えですよ」
「誰?」
「先生です(笑)」

笑顔でやってきたのは紺野あさ美。
今や正式な作曲家としてSAKURAに楽曲を提供している。
発売延期となった7th single『MORNING ROAD』の代曲『Do it! Now』は、
作詞作曲編曲すべて紺野あさ美名義となっている。
れいにゃーず側の代曲『Go Girl~Victory of love~』と直接対決し、
結果は僅差ながらも初めてれいにゃーずに敗れる形となった。
例の事件の影響という声も多いが、紺野は自らの責任を感じ、
その後もさらなる良質な楽曲を提供し続けている。

「先日アルバムに提供した三曲をライブ用にアレンジしてみました」

『MAN POWER』
『Lucky cha cha cha』
『I&YOU&I&YOU&I』
SAKURA2ndアルバムに収録されたこれら紺野作の楽曲はいずれも人気が高い。
さっそく視聴してみる安倍。その目に輝きが増す。

「さすが。紺野大先生」
「や、やめてくださいよ〜」
「ついでに他の曲のアレンジもお願いしていいかしら」
「え、ええ、いいですけど…」
「こっちにあなたの様な天才メロディメーカーがいる様に、
あちらさんにも天才リズムメーカーがいるのよ。だから最善をつくさないと…」
「天才リズムメーカー?」
「辻希美。噂によればあのつんく氏認定らしいわ。ことリズム感に関しては、
 今いる世界中のすべてのミュージシャンと比べても彼女は上にいると思うって」
「それは…相手に不足なしですね」

最後列でバンドの音楽を支える存在。
サッカーに例えるならばゴールキーパー。絶対的な守護神。
辻希美と紺野あさ美。
明日はこの二人の見えない対決も注目とされる。

「勝ちます。私も、SAKURAも」
「当たり前っすよぉぉ!!マネージャー対決も!!ね、安倍さん」
「そうね。負けない」

安倍なつみは、事務所の窓から夜空に浮かぶ月を眺めて誓った。

同時刻。飯田圭織もまた夜空の月を眺めていた。

「いよいよだな」

事務所のソファでは疲れ果てた小川麻琴が大あくびをかいていた。
(本当によくがんばってくれたよ。小川も、みんなも…)
あの会見から今日まで、本当に忙しい日が続いた。
三ヶ月連続シングルリリースのあとすぐにそれらを収録したアルバムのリリース。
出し惜しみはしない、手元にある最高の楽曲を詰め込んだ。
『BE ALL RIGHT!』や『FIRST KISS』など
れいにゃーずの新しい色を見せることにも成功した。
そしてライブ直前にリリースラッシュのラストを飾る最新シングル発売。
二週間前にSA・KU・RAが『AI there IT’S ALL RIGHT』を。
そして先週れいにゃーずが『SEXY BOY〜Blowin Breeze〜』を発売。
すべてが記録尽くめの売り上げを残した。
この二大バンドのライブ対決がどれだけ注目されているかが分かる。
チケットは何度追加販売しても即ソールドアウト。
どうやら国内だけでなく国外の人々にまで、注目は及んでいる様だ。
あのSYARAN Qのつんくまでもが当日は現地へ駆けつけると豪語している。
本当に、ロックンロールの頂点を決める対決。

「裕ちゃんも…見にきてね」

すべての因縁が…。
すべての夢が…。
明日へ…。



百三十九、決戦前夜C 〜田中、亀井、道重、高橋〜


ごくありふれた中学校の音楽室から、世界最高峰の音が聞こえてくる。
「天使の歌声」と「神の指」

(ずっとこの人の隣でピアノを弾いていたい)
(ずっとそう思って生きてきた)
(でも今は違う)
(今は誰よりも尊敬するこの人に勝ちたい!)

「高橋先輩」
「ん?」
「今日はありがとうございました」
「私こそ楽しかったよ。久しぶりにさゆみちゃんと一緒にやれて」
「明日は勝ちますから」
「おぉ、私も負けんよ。じゃぁ〜ね〜」

微笑みながら高橋愛は音楽室を後にした。
その瞬間、道重さゆみの背中から大量の汗が滴り落ちる。

「し、死ぬかと思ったの…」

感動しすぎて死ぬかと思った。
二人きりの空間で直接耳に響く高橋愛の生うたは…。
冷静に受け答えする演技は、しばらく立てない程、さゆみに気力を要させた。

れいなに会う為にもっきんさんのマンションへ向かう。
駅を降りて、線路沿いの道を歩いていると、まだ腕が震えていることに気付いた。
電車の揺れのせいじゃない、これは。
(本当に勝てるの?)
会わなきゃよかったとさゆみは後悔し始めていた。
自分が越えようとしている人の凄さを、改めて思い知らされただけだ。
いや、人というよりも天使と形容する方が相応しいのかもしれない。

SAKURAに勝つということはイコール高橋愛に勝たなければいけないということ。
例え他のパートが勝利を収めたとしても、高橋愛に勝てなければ勝利と呼べない
ボーカルというのはそれほどの存在なのである。

「れいな…」

震えを止めようとギュッと両腕を抱え込む。
そのまま高架下をくぐろうとすると、荒っぽい歌声が耳に聞こえてきた。
こんな辺ぴな場所で路上ライブをしているバカがいた。

「何してるの?れい…」
「ちょ、シーーー!!!バレたら大変っちゃろ!」
「れいなのが声でかい」

ドクロのキャップと網目のシャツを着込んだ怪しげな娘。

「へっへ〜。どうこの変装?まさかミリオン連発中のバンドのボーカルが
 こんな所で路上ライブしとーなんて、誰も気付かんっちゃろ?ニャハハハ…」

やっぱり、れいなはれいなだった。
あれだけ心配してやっていた自分がバカらしくなってくる。

「何で今日、わざわざこんなとこで路上ライブなのよ?」
「え?だってここは…」

れいなは辺りを見渡しながら、言った。

「絵里と始めて出逢った場所っちゃから」
「え!?」

………
「聞きたいなら、こっちきてよかよ」
「わ、私?どうして?」
「どうしても何も…毎日同じ所にいよーから顔覚えてしまったと」
………
「わ、私は素敵だと思いました」
「ほんと!」
「ほんとうです」
………
「絵里ちゃんも、夢とかあると?」
「まだ…ありません」
「そっか。早く見つかるとよかね」
………
「うちはね、絵里みたいにロックを愛する仲間を探してたとよ。ニヒヒ♪」
………
「絵里はぁ!れいなと一緒にぃ!ロックンロールで一番になるんだぁ!」
………

「ロックンロールで一番になる。ずっと口癖みたいに叫んでたと」

ギターを抱えて夜空を見上げるれいな。
さゆみも同じ様に見上げる。月が輝いていた。

「本当に明日…一番のステージに立てるっちゃね」
「実感ないよね」
「なか!うちにはこういう路上のがお似合いや思うもん。今だに」
「アハハ…ほんとだよ」

ギターを奏で、唄い始めるれいな。
その唄を聴いてさゆみの表情がほころぶ。
もう二度と歌われることはないと思っていた、封印されたあの曲だったから。
さゆみは満面の笑みで、もう一度夜空を見上げた。

「あした仲直りできるといいな、絵里と」

気が付くと震えは消えていた。

…………………………………………………
電話ボックスの裏から二人の姿を眺める人影。
楽しそうに唄う二人を見ると、人影は夜の闇へと姿を消した。
テープでグルグル巻かれた黄色いギターをその手に握り締めて…。



百四十、みんなの背中と麻琴の決意


人・人・人・人・人・人・人・人・人・人・人・人・・・

「コレいったい何人くらいいるっちゃ?」
「ひゃくおくまんにんれしょうか?」
「…とにかく、去年のロックフェスよりは全然多いの!」

ライブ開始直前。
ステージの影から会場を覗き見するれいなとさゆみと希美。
今頃、対面する反対側のステージの裏では、SAKURAの連中も緊張しているのか?

「うぉーい!そろそろスタンバイだぞー!」

鬼マネージャーの声が聞こえて、飛び上がる3人。

「マコっちゃんの声れす」
「遅れるとまた怒られるの」

みんなの元に戻ると、美貴と梨華が真剣な顔で待っていた。
れいなの体に思わず武者震いが走る。

「なんだお前?ビビってんのか?」
「ビビる訳なか。ワクワクしとーよ」
「…ならいい。覚えてるか?お前が美貴を誘ったときに言ったこと」
「もちろん!」
「今日SAKURAを超える。ギターコンビは美貴が潰す。お前は高橋に勝て」
「絵里と加護さんの二人相手でもいけると?」
「誰にモノ言ってんだ?藤本美貴だぜ」

にらみ合いながら、ニィと笑みを浮かべるれいなと美貴。
れいなは思う。
この人が敵じゃなくて良かった。

「それから辻。多分お前の相手が一番きつい。わかってると思うが」
「よーーーくわかってるのれす」
「ののじゃあ奇跡でも起きなきゃ勝てないわよ」

梨華が軽口を叩くと、希美は口を尖らせた。みんなが一斉に笑う。
辻希美という人間がそこにいるだけで場の空気が和む。
もしかすると彼女の存在そのものが、奇跡という領域なのかもしれない。

「梨華は矢口か…お前負けたら殺すからな」
「心配なか!ベースで本気の梨華さんに勝てる人なんておらんもん」
「ちょっとーやめて!私だけプレッシャーかけないでよ〜!」

ムリヤリ嘘の笑みをつくる梨華。
下馬評でも、ベースだけはれいにゃーず有利と評価されていた。
しかしそれがこの対決最大の鬼門になるであろうこと、まだ誰も知らなかった。
おそらく石川梨華本人以外は…。

「う〜ん、みんな大変そうなの」

イスに座ってお茶をすする道重さゆみのコメントにコケるメンバー達。

「アホー!さゆみの相手はあっちの大将っちゃよ!!」
「これから安倍なつみとバトる奴のコメントとは思えねえ…」
「さゆ。あの事件以降、安倍さんに迷いはなくなったし、手強いわよ」

さゆみはお茶を置くと、立ち上がってセットリストを眺めた。

「なるべく早めに、さゆみの時間帯が欲しいの」
「何考えてるっちゃ?さゆ」
「敵を討つにはまず頭から…なの」
「さゆ、こえーのれす」

ずっと黙っていた飯田圭織が立ち上がる。

「さゆ」
「はい」
「圭織が許可する。なっちに敗北を教えてやって」
「…はい♪」

スタッフからの指示を受け、マネージャー小川麻琴が吼える。

「みんなぁ!時間だぁ!!」

いつもの様に円陣を組むれいにゃーずのメンバー5人。
いつもの様に掛け声…のはずだったが、なかなか始まらない。

「ちょっと何しとー?」
「はやく来るのれす」

メンバーが何を言っているのか、分からなかった。
それが自分に言っていることさえも…。

「麻琴てめーグズグズしてんじゃねぇよ」

やがて美貴が怒り出す。
麻琴は耳を疑った。

「え?え?私?」
「あたりめーだ!お前もれいにゃーずだろーが!」

涙腺を強烈にぶったたかれた。
麻琴はわざとドタドタ暴れながら、5人の輪に加わった。
れいな・さゆみ・美貴・梨華・希美の一番上に置かれた麻琴の手。
やがてれいなの声が全身に響く。

「いくっちゃよぉぉぉ!!!Are you ready!れいにゃーーーーーーーーーず!!!」

口から何か出そうなくらい、死ぬほどでかい声で叫んだ。

「にゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

光り輝くステージに向かう5人の背中を見送る麻琴。

決意した。
マネージャー業はこれが最後…。
このライブが終わったら、海外へ飛び立つ。

海外の最新鋭の病院で絶対にケガを完治させる!
そしてもう一度ドラムを叩く!
海外でドラムの修行!!

いつの日かまた、みんなと肩を並べられる様に…

だから今夜のライブはすべてこの目で見届ける。
絶対に忘れない…。

みんな
ありがとう
さよなら

がんばれ



百四十一、れいにゃーず出陣!


夜9時開演。
れいにゃーず側のステージにライトが差すと、
30万人が一斉に歓声をあげた。

最初にスポットライトに映し出されたのはれいなとさゆみの二人。
知る人ぞ知る。元祖れいにゃーずコンビ。
キーボードの後ろで肩を組んでいる。

「愛する人はあなただけ〜」

今にも弾けそうなキモチを抑えながら、れいなが静かに歌い始めた。
それに合わせてさゆみが演奏を始める。
このフレーズだけで観客のほとんどが胸を高ぶらせた。
静かな始まりが、すぐに訪れる爆発の刻をより一層期待させる。

「誰も邪魔させ〜な〜い〜」

開演の時間となってもSAKURA側のステージはまだ何の変化もない。
そういう訳もあって、すべての人がれいなの声に耳を傾けていた。

「愛のSYABONに抱かれて〜 わたしだけのあ〜な〜た〜」

ここでれいなが自分のマイクをさゆみの口元に運ぶ。
顔を見合わせてニッと笑い、肩を組みながら二人同時に叫ぶ。

「なのに、どこ行ったんだよ〜〜〜〜〜〜〜!!!!」

ダブルシャウトが始まりの合図。
その瞬間、前方に立つ藤本美貴、石川梨華、後方の辻希美が一斉にライトアップ。
ギターが唸る!ベースが踊る!ドラムが暴れる!
そしてれいながステージ最前に飛び出してきた!観客全員と共に吼える!

「Ai!!!」

れいにゃーずの生ライブを見るのは、ほとんどの人が初めて。
いきなり圧倒された。テンションは一発目から最高潮!!
30万人の縦揺れに大地が動く。

「ギターがヤバすぎる」

初めての人が圧倒される原因の大部分はこの女にある。
「85」時代ともソロ時代とも違う、磨きぬかれたテクニックと超スピード、
今はそれに迷い無き魂が宿っている。藤本美貴。
世界中見渡しても、これほどのギタリストはそういるものではない

そんなギターと同じか、それ以上に皆を驚かせているのはなんとドラムだった。

「ちょ、誰だあのドラマー!?」
「ありえねえプレイしてる。こんな奴がこの国にいんのか!?」

世界はまだ辻希美を知らない。

今宵の観客は大きく分けて3つに分類される。
約20%がれいにゃーず固定ファン層、約30%がSAKURA固定ファン層、
そして残りの大多数が浮動層。その場のでき次第でどちらにでも動く。
この浮動層とSAKURA層が、辻希美を知った。
海外からわざわざ見に来た人も少なくない。
日本のドラマーといえばヨシザワという概念を、文字通り叩きのめされる。

「辻さん、いきなり飛ばしすぎじゃないすか」

一秒間に5発も6発も叩くありえないプレイに、スタッフが心配して聞いた。
麻琴はそれを聞いて笑い飛ばす。

「バーカ。木琴なら1秒間に8発だぜ。まだまだ」

世界が本当に辻希美に驚かされるのは、まだまだこれからである。
「SYABON BALL」は特にドラム映えする曲。
一方の石川と道重は比較的ひかえめなスタートを切った。
長丁場のペース配分を考えているのだろう。

「SYABON BALL 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!!!」

超絶シャウト!
誰よりもペース配分を考えない娘はここにいた。
最高の舞台に、最高の演奏に、最高の観客に、最高のテンション!
まさにれいなの『ミリオンボイス』の為のステージ。
(うぉーーーーし!!全開でいくっちゃよー!!)

れいなが叫べば、みんなが叫ぶ。
れいなが飛べば、みんなが飛ぶ。
れいなが唄えば、みんながノる。
CDで聞くのとは全然違う、ライブボーカリスト。
れいにゃーずのライブに来ればおのずとそれが分かる。

「凄いな」

思わず吉澤が本音を漏らして、口に手を置く。
SA・KU・RAのメンバーはステージの裏側でスタンバってた。
この位置からでも、れいにゃーずのライブがどれだけ盛り上がっているか分かる。

「あれは前座。本命は遅れてやってくるものでしょ」

なっちが言う。勢い任せのぶっつけ本番なれいにゃーずと異なり、
SAKURAは勝利の為のタイムスケジュールを万全に施していた。

「予定通り、れいにゃーずがMCを始めたら、出て行くわよ」

観客の心理。後から新たに出てくれば試しに1曲目は聞いてみたいと思う。
そこで一気に掴んで、もう離さない。

(そう上手くいけばいいっすけどね…)
吉澤はもう一度、れいにゃーず側のステージを見て、思った。
ドラムならば誰にも負けないという自負があった。
今はその瞳の中に、いつも後ろにくっついていた泣き虫の妹分がいる。
気が付くと、腕がムズムズしていた。



百四十二、SA・KU・RA出陣!


絵里の前に二つのギターケースが並んでいる。
一つは事務所から渡された最高級のポールリードスミス・カスタム22。
一つはテープでグルグル巻かれた安物で壊れかけのフェンダー・テレキャスター。
虚ろな瞳で二つを比べる絵里。

「なのに、どこ行ったんだよ〜〜〜〜〜〜〜!!!!」

向こうから、懐かしい二人の声が聞こえた。
エリの唇が妖しく笑みをつくる。
(…ここにいる)

最高級のカスタム22を手に取る。黙々とチューニングをこなす。
その間ずっと、歓声と演奏とれいなの声が聞こえていた。

「絵里!安倍さんが呼んでる!そろそろ出番!」

新垣の声が聞こえた。
無言で立ち上がる。

(れいな。さゆ。絵里は…上にいる)

ドカーーーーーーーン!!
突如、SAKURA側のステージが爆発した。

「にゃっ!?」

最初のMCを始めようとしていたれいなが、思わず声を詰まらせる。
観客も一斉にそちら側を振り向いていた。
平凡なステージが剥がれ、きらびやかにライトアップされたステージが現れる。
そして響き出すメロディ。

「HEY!LET’S HAVE A DANCE, MY DEAR」

吉澤のその声が聞こえると同時に、物凄い歓声が会場に響いた。
昨年ナンバー1の売り上げを記録した大ヒットシングル『MY DEAR BOY』。
惜しげもなくいきなり一曲目にもってきた。
この演出には、さすがに大多数の観客が足を動かした。

吉澤ひとみ。矢口真里。安倍なつみ。加護亜依。亀井絵里。
すでに国内で数々の記録を打ち立てた娘たちが、レインボー色の光から姿を見せる。
巨大なバックスクリーンにひとりひとりが映し出される度、揺れる様な大歓声。
SAKURAのライブはいつも数分でソールドアウト。
生ライブが体感できるこの日を待ちわびた者も少なくない。

「ほな、ナンバー1ギタリストの実力、見せたろかい!」
「絵里のことですよ?」

左右に分かれて、それぞれのギターを披露する加護と絵里。

頂点にいながらもSAKURAは成長を続けている。
その原動力となっているのは言わずもがなこの二人だ。
互いがライバル視し、そして互いに藤本美貴の首を狙っている。
この若さを、ベテランの安倍・矢口・吉澤らバック陣が上手く調理している。
選び抜かれた文句の付けようがない最強布陣。

「謎がとけたわ」

会場にもっとも近いホテルの屋上から、彼は二つのステージを見下ろしていた。
『SYARAN Q』のボーカルつんく。最近再結成し、また話題を呼んでいる。

「どうしてれいにゃーずが日本でトップとれずにおったか?」

つんくは陽気にアメリカから連れてきたメンバー達に話した。
するとメンバーの一人、ドラムのまことが呆れ顔で応じる。

「そんなんお前以外みんな知っとるで」
「いや〜SAKURAか…すごいやん」
「驚くん早いって。いっちゃん凄いんはここからや」
「What?」

とつぜん今まで一番の大歓声が起きた。ボーカルの高橋愛が登場したのである。
もはやNo1歌姫として不動の位置にいる。当然のように一番人気。
ロックの頂点を決める舞台に今、天使の歌声が舞い降りる。

「My Dear Boy!Everything is true. ROMAN is drawn. Hey My Boy!」

お祭り気分だったつんくの目の色が変わる。

「なんやこいつはぁ…」

その歌声は、つんくの想像すらもはるかに上回っていた。
時代も国境も越えた、頂点と呼ぶにあまりにふさわしい歌声。

「レイナタナカはこない奴を相手にしよる気かい!」

れいにゃーずの作り上げたムードが一瞬にして、もっていかれた。
格が違う。
そう言いたげな王道ライブを繰り広げるSAKURA。

(つまんないなー)
この圧倒的なステージの中で、絵里だけは退屈していた。
演奏しながらチラリと反対側のステージを見る。
(藤本さん。はやく本気をみせてくださいよー)
その次に自分の横を見る。
(加護さん…まさかそれで全力じゃありませんよね?)
もう一度、反対側のステージに目をうつす。
(ねぇ、絵里をガッカリさせないで)
絵里は小さく笑みを浮かべた。

「終わっちゃうよ?れいな」



百四十三、紺野あさ美の未来行きの切符


「SAKURA対れいにゃーず…じゃなかったっけ?」

遅れて会場入りした後藤真希が、二つのステージを見比べて呟いた。
「SUMMER NIGHT TOWN」を演奏するれいにゃーずと、
「Let’s Go Pilili!」を演奏するBelize Atelier。
一瞬場所をまちがえたのかと思った。
だがどうやらこれも、SAKURA側の作戦の一つらしかった。

「しっかし凄い人…これじゃあいちーちゃんみつけらんないよ」

後藤はなるべくヒト気の少ない丘に腰をおろして、
しばらく様子を見ることにした。

「休憩は残り5分。出だしは『Do it!Now』からでーす!」

マネージャーの新垣が、タイムスケジュールを大声で全員に再通達する。
みんなまだ余裕の表情を浮かべている。
1時間おきに旬の若手バンドをゲスト出演させる。
その間SAKURAメンバーは十分に休息をとることができる。
これも長時間オールナイトにむけて、安倍なつみがとった作戦のひとつ。

「観客の推移は?」
「五分五分といった所です」

予定通り、いやそれ以上だった。
SAKURAメンバーが全員ステージから消える分、
多少はれいにゃーず側へ観客が移動しても仕方ないとふんでいた。
五分で保っていられるならば上出来である。
やはり最初に流れを引き寄せたのは大きかった。
もちろんBelize Atelierのがんばりもあるだろう。短い時間でも夢のステージだ。
今夜は他にも10近い旬のバンドを準備させてある。
安倍なつみがこれまで築き上げてきた人脈の力である。
ステージ演出や効果など、かかっているお金もれいにゃーずの比ではない。

「終盤になればなるほど、この差は効いてくるのよ」

他のバンドのアテなどないれいにゃーずは、
休憩したらステージがからっぽになる。
この勢いも最初の内だけ、と安倍なつみは勝算を導きだしていた。


「この曲の歌詞、好きやよ」

とつぜん声をかけられて紺野あさ美はビクッと肩を動かした。
特にすることもなく、隅っこでライブの音に耳を傾けていた所だ。
目の前にボーカルの高橋愛が立っていた。

「え、あ、高橋さん…」
「あなたが持ってる 未来行きの切符 夢は叶うよ 絶対叶うから 行こう」

紺野が作詞作曲したSAKURAの新曲である。
歌詞を言われて紺野は恥ずかしくなった。

「歌ってて共感できるんやって。私にも夢があるから」
「夢ですか。だってもう…」

紺野は驚いた。
SAKURAのボーカルとして、今や日本一の歌姫と言われる彼女に夢なんて。

「ひとりのボーカリストとして、世界で挑戦してみたいんや」
「えっ!?」
「安倍さんだけには前にちょっと話したんや、うまくはぐらかされたけど…」
「でも高橋さんにはSAKURAがあるじゃないですか」
「SAKURAは私一人の力じゃないやろ。私は私の力でも夢を叶えてみたいんや」
「……」
「あ、この話他の子にナイショやよ。それじゃ時間やし、いっちょ唄ってくるわ♪」

駆け出していく高橋愛の背中が、紺野にはあまりにも遠く感じた。
よく考えたら彼女とは年齢も一つしか違わない。
裏方で少し作詞と作曲の真似事をして満足している自分。
誰もが認めるトップスターでありながら、さらに上へ羽ばたこうとしている彼女。
泣きたくなるほど違いすぎた。

「Do it!Now!あ〜なた〜が〜持〜ってる未来〜行き〜の切符♪」

ステージから天使の歌声が聞こえてきた。
今頃彼女は何十万という人々に感動を与えているのだろう。
(私にも…私でも…夢は叶うのかなぁ?)
目を閉じる。
自分の書いた曲に問いただしてみる。

どんな未来が訪れても
それがかなり普通でも
一歩一歩でしか進めない人生だから
立ち止まりたくない

立ち上がり、外を見た。
たくさんの人の夢の空間がそこら中に広がっていた。
涙が出てきた。
(私も…立ち止まらない…立ち止まりたくない…よ)

決めました。
今夜限りで私はSAKURAから離れます。
バカだと言われても。
人に反対されても。
私は自分の足で歩き出します。

大学に進学して、本格的に作詞作曲の勉強をします。
いつの日か、世界一のメロディメーカーと呼ばれる様に…。

「夢は〜叶うよ〜絶対叶うか〜ら〜行こ〜う〜♪」

何年後か、何十年後か、
あなたが世界一の歌姫になって、私が世界一の作曲家になってたら、
また私の曲を唄ってね。
愛ちゃん。


未来行きの切符は、失くさないよ



百四十四、偉人の領域


「れいな、いけるか?」
「全然よゆーばい。美貴姉は疲れたと?」
「アホ。やっと体が暖まってきたとこだ」

曲間で梨華と希美がMCをしている間に、美貴はれいなに声をかけた。
ライブ開始からもうすぐ2時間が経過する。全体からみればまだまだ前半戦。
今は平気でもこの先は未知の世界。
誰の目から見ても明らかに、れいなは飛ばしまくっていた。

「しっかしSAKURAのヤロー、あいかわらず姑息な手を使いやがるぜ」
「SAKURAはSAKURA。れいにゃーずはれいにゃーずたい」
「こっちにゃお前の代わりなんていねーんだぜ。ちっとは考えろよ」
「考えてたらロックなんてできなか。やれるまでやるだけっちゃ」

バカが。と藤本は思う。
だが、だからこそ自分はこいつと組んだのだ、と思い返す。

「藤本さん。いいかな?」

気が付くと、さゆみが後ろに立っていた。

「次、アレをやりたいの」

膠着状態。ここらで勝負をかけるのも悪くない。
れいなを少しでも休めさせることにもなる。美貴はOKのサインを出した。

「見ろよ!れいにゃーずの布陣が変わったぞ!」

観客のざわめきで、SAKURAメンバーも異変に気付く。
藤本・石川・辻の3人が楽器を外して前に出てきたのだ。
(さゆ?)
ギターをひきながら、絵里はすぐに気付いた。
れいなを含め4人が前に出てくるということは…演奏はたったひとり。
(まさか?ひとりでやる気!?)

何十万という大舞台に、道重さゆみは立ち尽くしていた。
(こんな気持ちは生まれて初めて…勝ちたい)
(勝負なの!)
横長のキーボード上を、神の指が縦横無尽に駆け巡る!
世界最高のロックンロールステージが、一瞬で世界最高のピアノステージに変化する。

(なんやて)(ほぉ〜)(ガキが!)
加護・吉澤・矢口が顔色を変える。
当然だ。これだけのメンツを相手にたった一人で挑むなんて、なめくさった行為。
(ケンカ売られてんぜ、なっちさんよぉ)
れいにゃーずに道重さゆみがいるのならば、SAKURAには安倍なつみがいる。
矢口が安倍の方を向く。
叩き潰してやれ、という顔で。
しかし安倍は動かない。予定通りの演奏をこなしている。
(ちょっとー!いいのかよ!あんなマネ!)
矢口が歯軋りを噛み殺す。
しかしその苛立ちもすぐに驚異に変わった。

『この子の指には神が宿っています』

神童と呼ばれた。
いずれ世界を掴む少女と。

調子が上がってきた。
速度も重みもそこにある魂も、どんどん膨れ上がってゆく。
大観衆が息を呑んだ。
素人でもわかる。いま目の前で行なわれている演奏が尋常でないこと。
―――偉人の領域―――
学校の音楽室に飾ってあるような歴史上の偉大な音楽家たち。
しかし誰もその演奏を直接耳にしたことはない。
「それ」を今はじめて耳にした。

ロック好きの暴れたがりが…
敵対するはずのSAKURA側のファン達が…
文化も人種も異なる異国の人々が…
あらゆる音に精通した音楽マニアが…
すべての人が…
涙していた。

たったひとつのキーボードが奏でる音に。
たったひとりの少女が奏でる音に。
涙が止まらなかった。

今この手で世界を掴む。ロックンロールと名を変えた世界の!

SA・KU・RAは二回目の休憩タイムに入る。
代役として出て行った若手バンドはすっかり肝を潰されていた。
まるでモーツァルトの前で演奏する様な。

「なっち!」

ステージ裏に回るなり、矢口が安倍につっかかる。

「何で勝負しねぇんだ!ビビってんじゃねぇよ!」
「勝負ならしてるよ。でもそれはキーボードの勝負じゃないべさ」
「何ぃ?」
「なっちはSAKURAの勝利にすべてを賭けているから。
安倍なつみがキーボードで道重さゆみに負けたと思われてもいい。
SA・KU・RAがれいにゃーずに勝てればそれでいい」

吉澤と加護が、矢口を止めに入る。

「おいらは売られたケンカは買うから」
「なっちにそれを阻む理由はない。よっすぃーやあいぼんも、好きにしていいから」

高橋は会話に加わらず一人ドリンクを飲んでいた。
誰よりもショックなのは、矢口でも安倍でもなかった。

「さゆみちゃん…そうなんや」

今、気付いた。彼女は自分を倒す為に、ロックの道を選んだのだと。
そして彼女をそうさせたのは、自分だと。



百四十五、トゥルートゥルー


「bow bow time〜!!!!!!!!」

泣けてくる程魂のこもったれいなのシャウトが、夜空を駆けぬける。
さゆみが偉人の領域を見せたプレイ後、空間は完全にれいにゃーずが支配。
そして今、会場は一つとなっていた。
全員が同じフレーズを連呼。

「true true true true true true true true true true true true true truth!!!!」
「true true true true true true true true true true true true true truth!!!!」
「true true true true true true true true true true true true true truth!!!!」

美貴も、さゆみも、梨華も、希美も、ステージ脇にいる麻琴も、飯田も、
数十万の観客も、れいな以外のみんな、飛び跳ねながら同じフレーズを連呼する。
ありえないほどの一体感。

「bow bow time〜〜〜〜〜〜〜!!!!!!!!!!!」

れいなひとりが両手を振り上げながら別のフレーズを叫び通す。
そのシャウトを掻き消すような大合唱。

「true true true true true true true true true true true true true truth!!!!」

れいにゃーず以外に不可能な究極のお祭りソング。

(なっちさんの計算がくるってきたかな。いや、あんな曲計算できやしねぇか)
スローテンポでドラムを叩きながら思う吉澤。
バンドの象徴とも言える2th single『Full cherry』をやっている所である。
しかし目の前であんなバカソングを歌われては、どうしようもなかった。
(それ以前に…)
吉澤はチラリとボーカルの高橋に目をやる。
あいかわらずきれいな歌声を披露している。だがそれだけなのである。
高橋愛の歌声が最高潮ならば、あんなバカソングも掻き消すほどの感動を生むはずだった。
(気のせいか、キレを欠いている様な…)
吉澤の心配は事実かもしれなかった。

道重さゆみ。

高橋の不調を招く原因があるとすれば、そこにしかなかった。
(やれやれ…)
もちろん吉澤も、そんな高橋と道重の因縁は知らない。
知らないが、このまま高橋が戻らなければ、SAKURAに勝ち目がないのは事実。
(流れを引き戻さねえとな)
そしてそれは自分の役目ではない。
吉澤ひとみがドラムで凄いプレイをしたところで、もう今さら驚きは少ない。
今、30万の大観衆を驚かせることの可能な奴は…
(加護…お前しかいないぜ)
吉澤は後ろから幼馴染の背中を見つめた。
本人も気付いているはずだ。不覚にも背中が頼もしく見えた。
(そしてもうひとり…こっちは賭けの要素が強ぇけど…その分ヤバい)
(悪ぃな。お前の負ける所は見たくなかったけど…これも勝負だ……美貴)

SAKURA三度目の休憩タイム。
だがステージから動こうとしない娘が二人。
なっちが声をかける。

「あいぼん、絵里、どした?」

二人は無言で、反対側のステージの、一人の女を見据えていた。

「そっか」

なっちはそれ以上何も言わず、ステージを降りた。これは誰も口を挟めない世界。
新垣に指示を出し、次に控えていた若手の順番をずらす。

「ヌッコロセ」

矢口は二人の前でそう言い放ち、相手ステージを睨みながら出て行った。
高橋はそっと加護の横に立つ。

「ごめん」
「謝んなや。世界一の歌姫の相棒は世界一のギタリストて相場が決まっとんねん」
「うん、負けたあかんよ」
「うちが負けたとこ見たことあるんか?」

無い。
吉澤は知っていた。加護亜依は天才だ。
声をかけずステージを降りる吉澤。そしてSAKURAのステージには二人が残った。

「ご指名だ」

藤本美貴が他の4人に休憩を促す。
すぐに察知したのか、梨華は足早にステージから降りていった。
気のせいか、他の者より汗の量が多かった。

「美貴姉〜」「藤本さん」「ミキティ〜」

れいなとさゆみと希美の3人が、並んで心配そうに美貴をみつめる。

「うぜぇな。とっとと行って休んでろ。」
「でも…」

美貴は向こうを見た。加護亜依と亀井絵里が自分をにらんでいる。
思わず唇が笑みの形にひきつった。

「おい。誰を応援する気だ、お前ら」

加護亜依は希美の親友。そして亀井絵里はれいなとさゆみの親友だった。
3人は互いの顔を見合い、すぐに大声で応えた。

「美貴姉に決まっとろーもん」
「藤本さんなの。当たり前なの」
「ののもミキティなのれす!ついでに梨華ちゃんもミキティなのれすっ!!」

ストラトを握り締める。
負ける気がしなくなった。



『ロックンロール☆れいにゃーず』ダイジェスト


藤本・加護・亀井のギター対決
まず加護がはたけのモノマネでリードするが、藤本亀井は余裕でついていく。
ついに本気になった天才加護がジミヘンの「Purple Haze」を再現。
尊敬するギタリストをまねられて怒る藤本のストラトが牙を剥く。
「こないだ隣に座ってた人ですね」と謎のコメントで未だ余裕の亀井。
圧倒的な二人のプレイに、加護は泣きながら追いすがる。
しかし段々と着いていけなくなり、加護は演奏をやめてステージから逃げ出す。
それを見た辻がマイクで叫ぶ。辻の声に昔を思い出す加護。
ステージ上では極限にまできた藤本と亀井の戦い。どちらも譲らない。
絵里の成長にれいなやさゆを始めとした全員が驚きをみせる。
決着を決めたのは戻ってきた加護だった。ものまねじゃないオリジナルの加護。
「コンビの相方を生かすプレイ」加護は絵里の裏方に徹した。
そして加護の後押しを受けた絵里のギターが、ついに藤本をねじ伏せる。

矢口・石川のベース対決
ライブも中盤戦。藤本敗北はれいにゃーずに想像以上のダメージを与えていた。
さらに石川の右手もいよいよ限界が近付く。そんなときに限って矢口が前に出てくる。
「負けられない」誰よりも責任を感じていた石川は死ぬ気でこの対決に応じる。
85時代の回想。石川は傷む手を噛んで、血を流しながら限界を超えていく。
誰にも止められないと称された黄金のベースが蘇る。だが勝利の直前で藤本が止めた。
「言っただろ。てめえのベース以外で弾く気はねえって」
石川が演奏を中断して矢口の勝利。かろうじて生き残った梨華の右手。
そして、梨華の魂のプレイに火がついた吉澤と辻がステージに立つ。

吉澤・辻のドラム対決
ののたんが奇跡の逆転勝利

れいにゃーずvsSAKURA後半戦
対決は2勝2敗。どちらも譲らず、高橋と田中を中心としたバンド対決に。
若手バンドを使い十分に休息をとってきたSAKURAに対し、
ずっと5人でやってきたれいにゃーず。その差が顕著に現れ出す。
そのとき叫び続けてバンドをひっぱってきたボーカルれいなが、突然倒れる。
騒然となるれいにゃーず一同。ライブは一時中断。
医師としてれいなを診る石黒の顔つきが変わる。(裕ちゃんと同じ症状…!!)
首を横に振る石黒。それはれいにゃーずの最期を表していた。
観客はみなSAKURA側へ。「計画通り」安倍なつみが勝利を確信する。
そのとき安倍の計画をやぶらんと立ち上がったのは、伝説のドラマー飯田。
ここまで皆を引っ張ってくれたれいなへの恩返し。道重・藤本・石川もステージへ戻る。
マイクを握るのは辻希美。曲はミラコー。ミラクルナイトの始まり。

飯田の限界は15分。それを知っていた安倍は慌てない。
辻がボーカルのできる曲も限られていた。いよいよ追い詰められるれいにゃーず。
そのとき、れいなが目を覚ます。ステージへ戻ろうとするれいな。止める石黒。
れいなを中澤裕子の二の舞にする訳にはいかなかった。しかしれいなは吼える。
「最高の舞台、最高の観客、最高のメンバー、
 ロックンローラーとしてこれ以上の死に場所は他になか」

田中れいな、ラストステージへの階段を駆け上がる。

いつか5人が夢に見た光景、それが目の前に広がっていた。
曲は「Y」。れいなのミリオンボイスは究極の位置に到達する。
ロック史上最高のライブとして後の世に伝説として語り継がれるラスト30分。
誰もが敗北を悟り崩れ落ちるSAKURAメンバー。
それを見たれいなが、あの封印された曲を弾き語りで始める。それに合わせるさゆ。
絵里の目から大粒の涙が零れ落ちる。立ち上がる絵里。曲は「>RES」
れいな・さゆ・絵里。3人の演奏を聴き、再び立ち上がるSAKURAのメンバー達。
朝日が昇る。ラストはMORNING ROADの大合唱。

「みんな一緒に歌うっちゃあああああああああああああああ!!!!!」

こうして長い長い夜は終わった。
れいなを失ったれいにゃーずは解散。敗北を認めたSAKURAも解散。
あの夜を最期に、みんなバラバラになる。
「ロックは死んだ」誰かがそう呟いた。

舞台は変わる。
NYでオーディションをしていたつんくの前に、一人の少女が現れる。
少女は観客の一人としてあの伝説のライブを見ていた。
「私、ロックがしたいんです☆」
彼女の名前は久住小春。ミラクルナイトは終わらない。

〜完〜



【エピローグ】
1年後。
地元の海岸で海を眺めるれいな。
そこへボロボロの格好をした妖しい二人組が訪れる。
二人は今の音楽業界について唐突におしゃべりを始める。

「矢口さんが愛ちゃん、あいぼん、もっきんさんを誘って、勝手に作ったバンド。
 いま社会現象を起こしてすごい人気だよねー」
「それより85復活の方が話題なの!」
「安倍さん飯田さんが手を組んで古い人たちとまたロック始め出すし〜」
「でも一番売れているのはあのミラクルボイスの子でしょ。生意気なの」
「けどねけどね。みんな同じこと言ってるんだよ」
「何て?」
「打倒!れいにゃーず!」

振り返るれいな。
世界中の路上を駆け回ってきた絵里とさゆみが、微笑みながられいなを見る。
繋がる手と手と手。
誰もいない海岸にまたあの声が響き渡る。

「にゃあああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」

〜Rock’n’roll not END〜



06/07/17 小説「ロックンロール☆れいにゃーず」完結

登場人物紹介


田中れいな…主人公。ロックンロールで頂点を目指す熱血バカ娘(ボーカル&ギター) 
亀井絵里…れいなの初めての仲間。クネクネ弾きを使う夢見るお嬢様(ギター) 
道重さゆみ…れいなの二人目の仲間。『神の指』を持つ天才ピアニスト(キーボード) 

辻希美…最初にれいなの才能を見抜いた謎の多い娘。通称もっきんさん(木琴) 
加護亜依…辻の友人で天才ギタリスト。最高のパートナーと出会う(ギター) 
高橋愛…天使の歌声をもつさゆみの先輩。あるギタリストに誘われロック界へ(ボーカル) 
小川麻琴…コン&マコのドラム担当。適当なバカだけどいい奴(ドラム) 
紺野あさ美…コン&マコのベース担当。実は凄い才を秘めている…?(ベース) 
矢口真里…現役最強バンド『NIKEY』の人気実力No1。だが背は低い(ベース) 
安倍なつみ…史上最高のロックバンド結成に動き出した名プロデューサー(キーボード) 

後藤真希…伝説のロックバンド『85』のボーカル。現在はソロシンガー(ボーカル) 
吉澤ひとみ…伝説のロックバンド『85』のドラム。安倍のバンドに参加予定(ドラム) 
石川梨華…伝説のロックバンド『85』のベース。現在は入院中(ベース) 
藤本美貴…伝説のロックバンド『85』のギター。安倍に誘われるがただ一人反抗(ギター) 

松浦亜弥…藤本が大好きなスーパーアイドル。でも今はケンカ中…?(アイドル) 




れいにゃーずデビューアルバム「REIN'Y'ARZ」


1.Garden of love
2.FRIENDSHIP 〜Doesn't become an ugly mind〜
3.true truth ~bow bow time~
4.SYABON BALL
5.The hot earth is cooled
6.HIN-BE-MU
7.Red Freezia
8.SUMMER NIGHT TOWN
9.−OSIOKI−
10.Intuition 〜The fish that missed it will be big〜
11.Y


【曲解説】
1.Garden of love
5人で最初に作った曲。いきなりロック全開である。
2.FRIENDSHIP 〜Doesn't become an ugly mind〜
友情の大切さを唄うノリノリのアップチューン。これぞれいにゃーずという感じ。
3.true truth ~bow bow time~
ライブではメンバー観客一体となってタイトルを連呼。れいなだけサブタイトルを連呼。
4.SYABON BALL
骨太なサウンドとシャウトはまさにれいにゃーずを象徴する曲のひとつと言える。
5.The hot earth is cooled
ベースとキーボードをメインにおいたれいにゃーずには珍しく優しい曲。
6.HIN-BE-MU
ライブでは泣きたくなる程盛り上がる。特にれいな・藤本・辻の魂の叫びは必聴!
7.Red Freezia
バンド結成初期から歌い継がれるファンにはおなじみの名曲。
8.SUMMER NIGHT TOWN
メンバー5人の生み出すグルーブ感が至高の一曲。れいなの大人っぽい一面も垣間見れる。
9.−OSIOKI−
藤本のギターをフューチャーしたインスト曲。アルバムはここからクライマックスへ。
10.Intuition 〜The fish that missed it will be big〜
アルバムの中で最後に出来上がった曲。現在の勢いがそのままに感じられる。
11.Y
れいにゃーずにとってもっとも大切な曲のひとつ。これぞロックンロール!




【特別企画】
伝説のロックバンド『85』現役時のインタビュー記事


『何も考えちゃいないよ かっけーって思った方に進んだら今になった』吉澤ひとみ 
強烈な個性派集団『85』をまとめるリーダーのコメント。 
何の反論もできない。最高にかっこいい! 


『ロックはね 上手い下手じゃない 良いか悪いかなんだ』石川梨華 
上手と良いは同じこと?と誤解する人がいるかもしれない。 
石川梨華のベースを一度聞けばその疑問は自ずと解決するであろう。 


『不可能はない 例えば6本の弦で 地球も回せる』藤本美貴 
このコメント掲載後、ライブ中に自ら回り出すファンが急増。 
ギタリスト藤本美貴の影響力の強さがうかがい知れる。 


『ZZzzzzzzz…』後藤真希 
後藤真希はインタビュー中でも気が付いたら居眠りしているので、コメントが無い。 
だけど彼女が残すメッセージは「歌」の中だけで充分なのかもしれない。 




れいにゃーず外伝『スーパーアイドル☆あややーず』


私の名前は松浦亜弥。
ミキたんがだぁ〜い好きな普通のスーパーアイドルです。
全国ツアーが終わって、今日は久しぶりにミキたんとのLOVELOVEタイム。
なのに、なのに、ミキたん酷いんです。こんなメールを返してくるんです。
『バンドで忙しいからしばらく無理』
でぇ〜も、そんなことで引き下がる亜弥じゃありません。
今日はぁ〜ミキたんのスタジオにぃ〜突撃したいと思いますぅ〜。

「やっぱり環境にやさしいバンドがいいよね。」
「はい梨華姉さま。さゆもエコが大事だと思うの」
「きゃ〜私達気が合うねぇ〜さゆぅ〜♪」
「きゃ〜梨華姉さま〜♪」

スタジオにミキたんはいませんでしたぁ〜。変な二人組がいるだけですぅ〜。
他の場所をさがしますぅ〜。んんん…あの更衣室があやしい〜。
(ほら、いたミキた……っ!!!?)
そしてそこで亜弥は、驚天動地の光景を目撃してしまったのです!!!
深刻な顔つきで向き合っている女の子二人。あれは確かれいなって子と…ミキたん!?
扉の隙間越しに見ているから、会話までは聞こえてこない。
すると突然二人そろってシャツを脱ぎ始めた。ブラジャー姿で向かい合う二人。
(そ、そんな…亜弥だって…まだミキたんとそこまでは…)
(ううん違う。ただの着替え中だよ…きっとそう…)
しかし亜弥の期待むなしく、ブラの上から互いの胸を揉み合う二人!
(そんなぁ〜〜〜〜〜〜!!!!ミキたぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!!!)

「あぁ…れいなが悪い道におちてしまったのれす」

いきなり後ろから声が聞こえて、ビクッとしてしまった。
見ると、子供っぽい娘が亜弥と同じ様に更衣室の二人を覗き見していたのです。
たしか85とよく一緒にいた辻希美って女の子。

「だからミキティをれいにゃーず入れるのは反対らったのれす」

(そうだよ!こんな変なバンドに入っちゃったからミキたんは…!)
下着姿で並んで、楽しそうにニヤニヤと笑っている藤本美貴と田中れいな。
(ミキたんのあんな顔…亜弥も見たことないのにぃ〜)
(許せない!あのれいなって女!絶対に許せないよ〜!!)

「決めた!ミキたんをこのバンドから辞めさせる!」
「そうれす!ミキティがいなければ、れいなも元のいい子に戻るのれす!」

真剣な顔つきで見詰め合う松浦亜弥と辻希美。

「どうやらあなたとは意見が一致しているようね」
「あややしゃん。この件に関してはののが惜しみなく協力するのれす!」
「だけど亜弥達二人だけで何ができるかな?」
「心配いらねーのれす。ののはもう一人強力な仲間を思いついたのれす」

(トロピカ〜ル♪この子、バカっぽい顔してるのに頼りにな〜る♪)
(待っててねミキたん!亜弥が絶対にあのネコ娘の毒牙から救いだすからね!)

「…で、何でうちに来る訳?」
「ごっちん!!のの達の味方はもうごっちんしかいねーのれす!」
「亜弥からもお願いですぅ〜。助けてくださ〜い!」

辻ちゃんの言ってた強力な仲間とは、元85のボーカル後藤真希さんだった。
なるほど、昔ミキたんとボーカルギターのコンビを組んでいたごっちんなら、
今その関係を奪ったネコ娘は明らかに敵!!

「ツージーにマッツーか…また恐ろしいコンビを結成して…勘弁してよ…貴重な休み…」
「何か言ったれすか?」
「ごっちんも怒ってるんだよぉ〜。さぁ三人であの二人の仲を裂きに行こう!!」
「別に怒ってないし…むしろあの二人のバンドってちょっと聞いてみたいかも…」
「よーし!それじゃ今から作戦を立てるのれす!」
「聞いてないし…」

亜弥と辻ちゃんで、寝起きのごっちんを自宅から引っ張り出して来ました。
これで最強トリオ『スーパーアイドル☆あややーず』の完成だよ!

「トリオ名は『後浦のぞみ』でいいれすね」
「ちょ、ちょっと〜。だから『あややーず』だってぇ〜」
「それなら『ののーず』の方が渋いのれす」
「ダメー!『あややーず』以外認めません!」


( ´ Д `)<どっちでもいいから早くして欲しいポ


チーム名は結局、ジャンケンで「あややーず」に決定しました。
さっそく3人で作戦会議です。

「ミキたんの大事な物に『れいな参上』って落書きするのは?」
「いいれすね!絶対ミキティは激怒するのれす。その作戦でいきましょう」
「それ別にごとーを誘う必要は無かった気が…」
「じゃあ作戦実行は一番怪しまれない辻ちゃんにお願いね」
「オーケーれす!ののに任せるのれす!」
「聞いてないし…」

スタジオに潜り込み、あとは辻ちゃんの報告を待つだけ。
戻ってきた辻ちゃんはOKサインを見せた。さぁミキティが気付いたら…
(う〜ん、ミキたんがあのネコ娘をボコボコにするシーンが浮かぶよぉ〜)
(ミキたんかぁっこいいぃ〜♪ウフフ…)
亜弥と辻ちゃんとごっちんの3人でロッカーに潜んで、ミキたんを待ちます。
そしてミキたんが来ました。自分のバッグを空けます。さぁいよいよ…!!

「ん?何だこりゃ?」

キタ━━━━━(゚∀゚)━━━━━と思ったら…
ミキたんが取り出したのは…亜弥が誕生日に贈った手作りのセーター!
亜弥の顔をおっきく刺繍で縫い込んで、寝る間もおしんで半年もかかった愛の結晶!!
その顔の部分に大きく油性マジックで落書きがっ!!しかも汚くて読めやしない!!

「汚れてんな。まぁこれで捨てる理由ができたか」

(いやあぁぁぁぁぁぁぁ!!!ミキたぁぁぁぁぁぁぁぁん!!!!)

「あちゃ〜失敗れすねぇ…また次の作戦を考えましょう」
「んあ〜まだやるの?」

何をのん気なことを…このアホバカコンビは!?
あのセーターは、超過密スーパーアイドルスケジュールの亜弥が…
わずかな睡眠も休憩も遊びに行くのも削りに削って…ミキたんへの愛で作り上げた…。
も、もう許せない!全部あのれいなってクソネコ娘のせいだ!!

「もー作戦なんていらない!強行手段でぶちこわしてやる!!」
「オッケイれす!ののもそっちの方が得意なのれす!」

(じゃあ最初から言えこのバカチビ!そうだ、このバカをおとりに使ってやろう)

「辻ちゃん。あの二人がまた更衣室に入ったら扉ごとぶち破って入ってよ」
「へい!あんなほっそいほっそいドアなんかのののパワーで楽勝れす!」
「ごっちんは適当にその辺にいてね」
「んあ…」

ウフフ…。これで亜弥だってバレずに二人の仲を裂くことができるわ。
オーッホホホホッオーッホホホホッオーッホホホホッ!!


( ´ Д `)<もう帰りたいポ


嗚呼、またミキたん、ネコ娘と二人きり更衣室に閉じこもっている。
絶対に絶対にぶちこわしてやるからぁ!
また二人ともシャツを脱いで楽しそうに笑い出した。

「辻ちゃん!今だよ!」
「へい!ののアタッ〜ク!!」

ドゴォ〜ン!!

(やった!あのバカ!本当に更衣室のドアぶちやぶっていっちゃったよ!)
(これでミキたんは…!!)

「コラー!二人ともののに内緒で何してるんれすかぁ!!」
「うわっ!もっきんさん!」
「あ〜そうか悪かったな辻。お前もドアやぶるほどコレが欲しかったのか」
「ふぇ?」
「れいな通販で新型のパット買ったと。ライブで激しい動きしてもズレなかよ」
「今朝からこれの話で意気投合してな。さわり心地も本物みたいでね」
「美貴姉の分も買う約束しとーとよ」

もじもじと恥ずかしそうに呟く辻ちゃん。

「…の、ののの分も欲しいのれす」

楽しそうに談笑を続ける3人。
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ午後ティー…と湧き起こる怒り。
(どうやら亜弥を完全に怒らせてしまった様ね。れいにゃーず!!)
(この借りは絶対に返してやる!!)
(明日からまたスケジュール詰まってるから、いつかそのうち、絶対に!)
(覚えてろ!ミキたんは絶対に亜弥が助け出してみせるからっ!)
亜弥は走ってスタジオを飛び出しました。
こうしてあややーずは解散です。
だけどれいにゃーずはいつか必ず後悔することになります!
この超究極スーパーアイドル松浦亜弥を敵にまわしてしまったことをぉぉぉ!!!


( ´ Д `)<さ、帰って寝るポ


☆「あややーず」おわり☆




ロックンロール☆れいにゃーず 続編


百四十六 伝説のギタリスト


「あいぼんすげーのれす!あいぼんは天才なのれす!」
「当たり前や!いずれは日本一のロックギタリストになったる」

あいぼんとは小さい時からいつもいつも一緒れした。
そんなあいぼんは、ののにとって憧れれした。
あいぼんは誰よりも可愛くて、誰よりもすごかった。
いつまでも・・・いつまでもののはあいぼんと一緒に・・・

「あいぼん・・・」


会場内に響くのはたった3本のギター、
しかしその3つが発するエネルギーは計り知れないものになっていた。
それに共鳴するかのように会場は異常な盛り上がりを見せる。
まず先制攻撃を仕掛けたのは団子頭のギタリスト、加護亜依

加護亜依がVIP席をチラッと目をやり、口元に笑みを見せる
(再結成祝いや!)

「なんや・・・こいつは・・・」
VIP席で見る、SYARAN Qのボーカル・つんくがつぶやく。
「ギターのクセ一つ一つがアイツそっくりや・・・」

加護の18番、モノマネギター発動!
その演奏はSYARAN Q 往年の名曲『Tricky woman』のギタープレイそのもの
誰よりもはたけのギターを知るつんくさえもがそのギタープレイに唖然となった。
もうモノマネというレベルを超えている、全米を揺るがす日本のトップギタリストでさえ
加護亜依にとってはただの通過点に過ぎないのか。

会場中も加護亜依が魅せる演奏にただただ呑まれていった。
興奮と歓喜の渦に会場は飲まれていく。

しかし二人のギタリスト、藤本美貴と亀井絵里だけは違った
表情一つ崩すことなく演奏を続ける

「ふん・・・まだまだ余裕そうなツラしとるのぉ・・・」
加護亜依は逆ステージの藤本美貴を睨む。
「ほんなら・・・これやったらどうや!!」

その瞬間・・・会場は見た!
加護亜依に神が舞い落ちる姿を!
神と呼ばれた今は亡き伝説のギタリスト、ジミ・ヘンドリックス
加護亜依は乗り移ったかのように「Purple Haze」をかき鳴らす。

性別を越え・・・
国境を越え・・・
世代を越え・・・
時代を越え・・・
加護亜依に伝説のギタリストの幻影を見た
日本一、いや世界一のギタリストはこの娘しかいない
羨望の眼差しで見る会場誰もがそう感じた。

「ジミヘン・・・あぁ〜あの隣に座ってた人ですね?」
亀井は相変わらず指をクネクネ動かし自分の世界を貫き
さほど驚いた様子もなく演奏を続けている。

一方、加護のギタープレイを眼光鋭く、睨みつける娘が一人・・・
逆のステージで一人演奏を続ける藤本美貴
「お前にジミヘンの・・・何が分かる!」
唾を吐き、ストラトを持つ手に力が入る、藤本美貴の本気が今、始まる。 



百四十七 OSHIOKI


アメリカ・シアトルの郊外

『85』が解散した後、世界を放浪した藤本はふらりとその場で足を止めた
藤本の敬愛するジミ・ヘンドリックスはここに眠っている。
藤本はギターを持った時からジミヘンを敬愛していた。

ストラトを携え藤本は墓の前で,ジミヘンに語りかける

美貴は・・・アンタを越えるつもりだった、85と共に
85なら・・・あいつらとなら越えれると思ってたのにな・・・
美貴は最高のロックを、最高のギターを演奏する場を失った
もう二度と世界に向けてギターを弾くことはできねぇのかもな・・・

〜時は流れ〜

れいにゃーずと共に渡米した時、
一人、藤本はシアトルに行き、ジミヘンの墓の前で宣言した

以前、アンタに言ってたことを撤回する
美貴と一緒にロックの頂点を目指そうとするバカがいやがった。
いけすかねぇやつだけど、そいつのハートは気に入った。
最高のロックバカ・田中れいなと一緒に再度、アンタに挑戦する。
ギタリストとしてアンタを越えてみせる!必ず・・・


藤本はギターを持った頃からジミヘンを敬愛してきた
愛用としてストラトキャスターを使用してるのも
ジミヘンをリスペクトしてる証拠だ

85が解散しても、業界の誰からも相手にされていなくても
どんな時でもこのストラトだけは手放さなかった
自分が再びギタリストとしてジミヘンを越える時
このストラトでギターを弾いているために・・・。

そんな自分が不覚にも加護のプレイに
一瞬でもジミヘンの幻影を見てしまった。
「ジミヘンをマネやがって・・・あの関西弁・・・」
怒りをあらわにした藤本はストラトを弾く手を止めた。

「さすがにビビりよったか」
加護が勝利を感じ、ニヤリと口元に笑みを浮かべる。

(あらら・・・その程度だったんですか、藤本さん)
亀井絵里は残念そうな表情で藤本を見る

「美貴姉...」「ミキティ・・・」「藤本さん・・・」
袖のれいなとさゆみと希美が心配した面持ちで眺める。

そんな中、石川だけが笑顔で見ていた。
「あいぼんもバカね・・・美貴を本気にさせた・・・」
石川だけが分かってた。この程度で藤本が屈しないこと・・・

ギギギギュゥォォォォォォン!!!!!!

ジミヘンの幻影をかき消すかのような鋭い音が会場を席巻する。
「加護亜依・・・許せねぇ・・・」
藤本のストラトが火を噴いた。

『-OSIOKI-』
速く、かつ攻撃的なギターが全てのハートに突き刺さった
藤本に背を向けていた客に罰を与えるように
一瞬でも加護のプレイにジミヘンを見た自分に罰を与えるように
怒りのギタープレイは全てのものをひれ伏せさせた。

「たとえ・・・お前がジミヘンになりきれたとしても
 美貴はそのジミヘンの上を行く!」
美貴はシアトルで誓った、ジミヘンを越えることを!
「ギタリストとしての高みへ!!美貴は行く!」

「美貴姉・・・すごすぎっちゃ・・・」
袖で見るれいなもあっけに取られる
横にいる石川が続ける
「ロックをバカにされること、それが最も美貴が嫌いなこと
 あいぼんは美貴の一番触れちゃいけないトコを触れちゃったわね」

「くそ・・・そんなはずあらへん・・・」
自分の最高のプレイをしても牙を剥く藤本に
動揺が見え隠れする、プレイにも焦りが出てきたのか
客も次第に藤本のギターサウンドに乗るようになってきた。


「なるほど〜それが藤本さんの本気ですか・・・面白い♪」
亀井が初めて笑みを浮かべ前に出てきた

「絵里も本気になっちゃおっかな〜♪」 



百四十八 加護亜依のギター


ののはいつもウチの傍にいて、わろうてくれてた。
ののがいたから、ウチは強く生きてこれたんや。
ののがウチを慕ってくれてるから
ののに弱い部分は見せることはウチには出来へん

だからウチは、誰にも負けれんかった。
だからウチは、誰よりも努力したんや。
だからウチは、誰よりもすごいギタリストにならないとあんのや
だからウチは・・・ウチは・・・


ーーーーーーっ。

ダブルネックギターに一筋の雫が落ちる。
気が付けば泣きながら演奏してた。 
焦り・・・悔しさ・・・色々なものが込み上げてきた。

それでも二人のギタリストは手を緩めることはない
勝負は非情なものであるのは当然の世界。
藤本の攻撃的ギターは、鳴り止むことがない
絵里の動かす指がありえないほど速くなる

泣きながらも食い下がっていたものの手がついていけない・・・
ついに加護亜依は演奏を止め、ギターを抱えてステージを下り
袖で乱暴にギターを置き タオルをかぶって座り込んだ
初めて感じた敗北感・・・涙が止まらなかった。
天才と呼ばれ、常にトップに居続けたものの初めての挫折・・・

加護のうなだれてる姿に、袖にいた高橋も 矢口も 安倍も
長い付き合いの吉澤ですら何て声をかけていいか戸惑っている
こんな加護の姿を見たのは生まれて初めてかもしれない

(どんな時も勝ち気だったあいぼん・・・)
(あの加護が・・・)
(ここまで打ちのめされるとはな・・・・さすがの亜依も・・・)
(亀井ちゃん・・・アンタに期待するしかないみたいだね・・・)

れいにゃーず側では安堵の表情で藤本美貴の演奏を見守っていた。
その中、加護亜依のいなくなったステージを見て震えている娘が一人
辻希美がたまらずステージに出てマイクを手にとり叫ぶ
「あいぼんは・・・あいぼんは・・・あいぼんは・・・
逃げることはしないじゃなかったのれすか〜!!!」

希美の声は怒りに満ちていた。
誰よりも強かった加護亜依
幼き頃・・・あの時交わした約束・・・

「のの・・・」
その声を聞いた加護に昔の記憶を呼び起こさせる


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

何年か前の記憶・・・

眩しい・・・
どこかの小さなライブステージやな・・・
スポットライトが4人を映し出しとる

ボーカル 後藤真希
ギター  藤本美貴
ベース  石川梨華
ドラム  吉澤ひとみ

思い出した・・・
『85』の初めてのライブステージや・・・
そのステージを見てる二人の小さい少女・・・
小さい頃のウチとののや・・・

親友二人が魅せるステージにウチとののは興奮してた
でも、それと同時にむっちゃ悔しかったのを覚えとる。
ずっと一緒にいたヨッスィ〜と梨華ちゃんがステージにたっとる
ウチはヨッスィ〜や梨華ちゃんに先越されたことが悔しかった
その時誓ったんや・・・ウチも続くと・・・

「よっすぃと梨華ちゃん・・・かっこよかったれすね」
「・・・のん、ロックは弱肉強食の世界や」
「じゃくにく・・・のんは焼肉大好きなのれす」
「くいものやない!・・・まぁウチも焼肉好きやけどな。
 ロックの世界では強いものしか勝ち残ることはできんっちゅうことや」
「よっすぃも梨華ちゃんも勝ち残れるれしょうか」
「二人は大丈夫やろ、…けどウチは二人を越えたる」
「あいぼんも絶対大丈夫れすね 誰よりも強いれすから」
「その通りや!ウチは負けたり逃げることは何があってもせぇへん!!」

あの時ののに誓った・・・誰にも負けへんってこと
・・・けどゴメンな・・・こないな形で約束・・・
破ってしまってゴメンな・・・ 

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

今度は・・・

もっともっと昔の記憶や・・・

ウチの横にいるのはのの、ヨッスィ〜、梨華ちゃん・・・
コレは・・・音楽クラブ始めた頃やなぁ〜
4人がいろんな楽器を持って色々演奏しとる

ウチも手当たり次第、色々な楽器を手にしてる
バイオリン、ピアノ、カスタネット・・・
そんな中、一番気に入ったのがエレキギターやった
小学生でこない楽器を扱うのはかっこええやろって
難しいかったけどすごいやりがいのある楽器やった

この頃はなにをやるのにも一番楽しかったなぁ〜
弾き方やコードを覚え、奏でる音一つ一つに感動覚えとった・・・

『音を楽しむ』とかいて音楽と書くんや
あの時のウチは心のそこから音を楽しんでた
でも。。。今のウチは音を楽しめるようになってるんか・・・
『加護亜依』の奏でる音っちゅうもんを本気で楽しめてるんか・・・

いつからか・・・ある時を境にウチは変わったのかもしれん。
誰よりも強いギタリストになりたかった。
『85』を超えるロックギタリストになりたかった。
そうなるために、上に行くために、上手い人のマネばかりしてた

モノマネでメジャーギタリストのギターを奏でれるようになった
この力でこの高みまで上がれるようになったのは確かや。
けど・・・ウチ自身が新しく奏でる音っちゅーもんをいつの間にかなくしてた・・・
加護亜依のギターっちゅうもんはどういうもんやったんやろ・・・

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


タオルを取りギターを見つめる・・・
なぁのの・・・
なぁ梨華ちゃん・・・
なぁヨッスィ〜・・・
ウチのギターはどんな音を奏でられたんや・・・ 



百四十九、ギター頂上決戦


日付もまわり、満月が輝き見下ろしてる中、
ギタリスト頂上決戦は先の見えぬ戦いが続いていた。
藤本美貴の研ぎ澄まされたギターはさらに輝きを放つ。
ここまでスピードもテクニックを持ち合わせたものは世界探してもいない。
そのギターは旺盛を極めた「85」時代の『藤本美貴』をもはるか上回っている。

しかし亀井絵里は一歩も譲らない。
ピックをもたず、指のみの独特の弾き方で魅了する。
その指の動かし方は世界のどんなギタリストも真似は出来ない
常人では計り知れない速さで動く指で奏でるギターは、
元『85』のギタリスト藤本美貴と堂々と渡り合っている。

会場のどれくらいが絵里のここまでの健闘を予想しただろうか
SA・KU・RAではメインギターを受け持つ加護亜依に見え隠れして
どうしても陽の目を浴びることの少なかった絵里。

「亀井さん。あなたのギターは頂点にふさわしい才を秘めているから」
「…あの二人じゃなく、あなたが」
稀代の名プロデューサー・安倍なつみが見抜いた絵里の才能。

(間違ってなかった・・・絵里を選んだこと・・・)
安倍なつみは思う。あのロックオーディション、
駐車場で聴いたれいにゃーずの、亀井絵里のギター。
聴いた瞬間、『最強のロックバンド』のビジョンが見えた。

現役最強のドラマー、吉澤ひとみ

実力、経験とも飛びぬけたベース、矢口真里

藤本美貴の音を再現したギタリスト、加護亜依

そして,天使の歌声を持つボーカル、高橋愛

このオーディションで自分の下に集まってくる才能たち。
いずれも『最強』たる力を持ち合わせた者ばかり。
しかし『85』を超えるロックバンドを目指す安倍には
『最強ロックバンド』作るためには、どうしても何かが足らなかった。

そのピースを埋めたのは、あの時奏でた絵里のギターだった。
実際、絵里のギターはまだまだ荒削りではあったが
あのステージから発していた若さ、情熱が確かに伝わった。
きっと・・・彼女ならSA・KU・RAにとってなくてはならない音を作り出してくれるはず・・・

このSA・KU・RAとってこの選択は一番の賭けではあった。
それでも安倍は自分のインスピレーションに賭けてみたくなった
絵里のギターが花開く時、その時は『85』を超えるときだと・・・
多忙なスケジュールの中、飛躍的な成長を遂げてきた亀井絵里。
その亀井絵里の才能が今・・・開花した。


数年前までは大人しく、引っ込み思案で、勇気もない
自分からモノを言うことも出来なかった私・・・

絵里は今でも覚えてるよ、あの高架下での出会いを・・・

「れいなはロックンロールで一番になるっちゃ!」
自分の夢を堂々と話すれいな・・・私とは違った。

「すればいいっちゃ」
「絵里がロックしたいなら、何も迷う必要なかと。すればいいっちゃ」
けど、れいなの言葉の一つ一つが私を導いてくれたんだ。

「待つたい!」
「先生とかじゃなくて……バンド仲間ならうちは大歓迎だけど」
「うちはね、絵里みたいにロックを愛する仲間を探してたとよ。ニヒヒ♪」
ロックンロールというものを知ってから私は変われた。
田中れいなという少女が私をロックンロールに導いてくれた。
田中れいなに巡り会えて変わっていった。
田中れいなに出会って自分で成し得ることの喜び、大切さを知った

「うちは確信したたい。絵里とならロックの頂点に立てる!」
「絵里は世界一のギタリストになる女っちゃ!!!」

れいな・・・ありがとう。そしてゴメンね。
れいなと一緒には無理だったけど・・・
私はロックンロールの頂点に立つ!


絵里の指の動きがさらに加速する。
絵里は屈託のない笑顔でギターを弾き続ける。
絵里に足らなかったもの・・・それは自信
今までの絵里は一流のメンバーに囲まれ自分の全てを出し切れてなかった。

しかし、今の絵里は違う。
自分もその一流バンドの中の一員であることの自覚が芽生えてきた。
そして親友が発してくれた言葉が自信に変えてくれている。
絵里の変貌にSA・KU・RAのメンバーも目を見張る。
会場は歓声で応えてくれている。

「絵里・・・」
亀井絵里を一番よく知るれいなとさゆも驚きを隠せない。
笑顔でギターを弾き続ける絵里の姿はれいにゃーず時代とは
同一人物とは思えないほどの成長した姿。

そのギタープレイを見て

相対する藤本美貴は・・・

藤本美貴は・・・笑っていた。

亀井絵里をライバルとして認めたのだ。
久々に自分を本気で熱くさせる相手に出会えた。
その相手・亀井絵里に敬意を表したい。

自分の・・・全てを出す!!

「あの曲・・・」
れいなは思い出す。
アメリカにいた頃に藤本がよく弾いてた曲。

「美貴姉〜その曲好きっちゃね〜」
「美貴らしい曲だろ?」
「その曲、歌ってみたいっちゃ」
「ヤダ。この曲だけは美貴の曲なんだよ」
「美貴姉のけちっ」
「やかましい」

亀井絵里・・・貴様に全てをぶつける!
『Tears GIRL』・・・美貴自作の最高のロックチューン!
『藤本美貴』として世界一のギタリストになるための
とっておきの曲を貴様にプレゼントしてやる!!


会場が揺れた・・・
藤本のギターで全員が飛び・・・叫び・・・吼えた・・・
この曲の勢いは何者も太刀打ちが出来ない。
『85』でも、『れいにゃーず』でもなく
『藤本美貴』として最高の高みを目指す・・・

亀井絵里との均衡が崩れつつあった。
藤本の超絶ロックチューンが全てを食い尽くす瞬間だった。

加護亜依がダブルネックのギターを握り締め、ステージに戻ってきた.



百五十、ギターにかける娘達


二人が繰り広げる壮絶なギター決戦、
ステージ袖で加護亜依は悩み続けていた。

本当の・・・ウチの・・・加護亜依のギターって何なんや?

ウチがやってたことは間違ってたんか?

あの頃のウチは・・・

のの・・・

梨華ちゃん・・・

ヨッスィ〜・・・

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
「キャッチフレーズはALL FOR ONE, ONE FOR ALLだよ」
「アールフォ〜?」
「のの、ちゃうやろ。オールや」
「みんなは一人の為に、一人はみんなの為に、だな」
「じゃあのの達はフォーフォーフォーれすね」
「なんだよそれ」
「『FOUR FOR FOUR』4人は4人の為にってこと?」
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

三人の笑顔と共にふと思い出した遠い記憶・・・
4人のスタートとなるバンド名『FOUR FOR FOUR』
よっすぃ〜、梨華ちゃん、のので始めた音楽
『FOUR FOR FOUR』が自分のスタート・・・


加護亜依は立ち上がり愛用のダブルネックギターを手にし、つぶやく・・・
「みんなは一人の為に、一人はみんなの為に・・・
 四人は・・・四人の為に・・・か」
加護は無意識にギターを持ち、ステージに駆け出していた

「ふんっモノマネ風情が!今更戻ってきてもかわんねーよ」
ギターを弾く手を休めず藤本美貴が笑みを浮かべる。
「加護さん・・・戻ってきたんですね」
絵里もさして気にせずに演奏を続ける。

加護は30万が埋まる会場を見渡す。
人前が恐いと思ったのは初めてだ。
手が震え、膝が笑い、立っているのもやっとだ。

転校してきても「噂の転校生」と注目され
ギターを始めてからも、常に自分は注目の的だった
しかし今、30万の視線は今自分に向けてない。
押し寄せる人の波の前にまた逃げ出したくなる。

眼をつぶり深呼吸を始める加護亜依
「落ち着け・・・落ち着くんや」
震える手をグッと握りなおす。
「ここからが・・・加護亜依のスタートや」
加護は静かに演奏を再開した

「正直・・・ウチにはまだ加護亜依のギターっちゅうもんが
 どないなもんだったのか・・・よぉ思い出せん。
 けど今ウチが出来ること、それはSA・KU・RAを勝利に導くこと・・・
 そして相棒の愛を世界一のボーカリストにすること・・・
 みんなは一人の為に、一人はみんなの為に・・・
 SA・KU・RAの為に出来ることを・・・ウチはする!!」

「!!!!!」
そのギター音に一番早く反応したのは亀井絵里。
自分のギターがさっき以上に厚みを帯び、強く感じる。
「加護さん・・・?」
加護亜依のギターは優しく包み込むように亀井絵里のギターと呼応する。
亀井絵里のギターの輝きは2倍にも3倍にも増幅されていく。

「昔の・・・昔の・・・あいぼんみたいなのれす・・・」
辻は思い出す、初めて4人でセッションしたあの曲を。
石川のトライアングル
吉澤の大太鼓
辻のもっきん
加護のエレキギター
共通点があるようなないようなバラバラな楽器たち
とてもじゃないが人前に魅せるほどの出来ではなかった。
それでも演奏が終わった時、四人は例えようのない喜びを感じた

もちろん、最初にセッションしたっていう達成感もあっただろう。
でも、自分達が上達にするうちに一つのことに気付いた。
つたないそのバラバラの音を奏でる3人の音を
一つ一つ活かすように、丁寧に補っていたのが加護のギターであったと。

モノマネではない、オリジナルの加護亜依のギター
七色の音を奏でることが出来る加護亜依のギターが
相方である絵里のギターのサポート役に徹して演奏をしている
絵里のギターの細かい隙間を縫うように様々な音を奏で埋めていく

音楽の数々の記録を打ち立ててきたSA・KU・RA
若いこの二人のギターの成長こそが
このモンスターバンドを進化させ続けてきた。
これまで互いにライバル視をし、競わせることで一つのパワーに変え
SA・KU・RAのサウンドを成長させ続けてきた。
その競わせ、相反していたベクトルが一致した。
反発することで輝いていた二つのギターが初めて一つにまとまった
この加護亜依がサポートをする亀井絵里のギターこそが
これがSA・KU・RAの最終進化形とも言える音だった。

藤本の超攻撃的ロックが席巻していた会場を
SA・KU・RAの「一つの」ギター音が包み込む。

自分の最高のロックチューンをかき鳴らす藤本美貴
SA・KU・RAの最終進化系の音を奏でる亀井絵里と加護亜依
必ずこの夜のこのギタープレイは後世に語りづがれるだろう。
この場にいれたことを30万の観客は神に感謝した。


  美貴はこれまでロック一筋で生きてきた
  このギター1本で・・・全てを手中に収めるんだ。
  ロックでは誰にも負けられない。

  ウチのギターはこないな音奏でられるんや。
  今なら音楽は楽しいと胸張って言える。
  ロックは楽しいもんなんや、

  ダメだった私が今この大きなステージに立ててる
  ロックギターが私を変えてくれた。
  だから今度は私がロックを変えるんだ。


3人の想いはそれぞれ、
それでもロックに対する熱い想いは共通だった。
その熱い想いをギターの音に込め、3人は演奏を続ける。

数分、十数分と過ぎ
この対決に終止符が打たれた。

両ステージが同時に演奏を終えた時
会場全体のボルテージが最高潮に上がり、
30万の観客は今までにない歓声をあげた。

その時・・・

藤本美貴がステージを降りた

ストラトキャスターが小さく唸りをあげたまま・・・・



百五十一、絆


「い〜つ〜ま〜で〜も二人でならば〜
 人生〜楽しんで〜いけ〜そ〜うだ〜ね〜♪」

SA・KU・RAの4thシングル「loving」
高橋愛と加護亜依が精魂込めて作り出し
あのロックオーディションで魅せた伝説のバラード

キレを欠いていた高橋愛の歌声も
壮絶なギター合戦の間に輝きを取り戻していた
(あいぼんが、亀井ちゃんがやってくれた・・・
私が立ち直らなきゃ・・・いけないんだ。
自分の夢の為に・・・この声を世界に届けるために・・・)

後ろで演奏している安倍もこのクオリティの高さに感極まっている
「新年会のあの時、完成されたと思ったこの曲も
 そして今もまだまだ未完成のままだったのかも知れない
 愛とあいぼんと絵里・・・まだまだこの曲は、SAKURAは進化できる!」

普段の自分を取り戻した高橋愛
藤本美貴をねじ伏せた二人のギター、
言うまでもなく安定した演奏で支えるベテラン3名。
SA・KU・RAは完全無欠の状態でステージを魅了していた。

一方、逆のステージは今、れいにゃーずのメンバーは顔を出していない


ガラガラガッシャーン!!!

「み・・・美貴姉・・・」

藤本美貴は荒れていた。
声をかけようとするもの全てに対して牙を剥いていた

SA・KU・RAは会場をさらにヒートアップさせている。
ここから挽回するためにも早くれいにゃーずはステージに立たないといけない
だが、今はステージに向かう雰囲気になっていない。
肝心の藤本美貴の気持ちの整理がつかないままでいるのだ。

ギターでは誰にも負けないと思っていた・・・
自分のギターの全てを出し切って演奏した。
しかしあの30万人の大歓声・・・あの歓声が全てだ・・・
あの二人のギタープレイに美貴のギターは・・・

それ以上は考えたくなかった、認めたくなかった。
美貴は唇をかんで顔をあげずにいる


高橋愛の歌声で澄みきっている大きい会場の中
唯一逆の舞台袖だけが暗雲でよどんでいた。

その時、藤本美貴の前に立ちはだかった一人の娘。
「なにやってんすか!藤本さん!」
「あぁ?」
「そんな弱いところを見せるなんて藤本さんらしくない!」
小川麻琴だった。美貴は睨み返し小川の胸ぐらをつかむ。
「んだようるせぇな!」
「私を殴って気が済むなら殴ってください。
 それでステージ上がってくれるのなら!
 れいにゃーずのギターを弾いてくれるのなら!」

ハッとした、あの時の・・・小川の言葉を美貴は思い出した。
  『私はどーなってもいい!!でもれいにゃーずは今日のライブにかかってるんだ!!』
  『れいにゃーずがなくなったら…私には本当に何もなくなっちゃう…』
  『私の代わりならいっぱいいます。でも…れいにゃーずの代わりはない!!』

こいつは・・・右腕が使えなくなっても、ドラムが叩けなくなっても
れいにゃーずを心から想い、れいにゃーずを影から支えてきた。

自分は・・・美貴はどうだ。
小川を掴んでいる自分の両手を見る。
自分はまだギターが弾ける。まだステージに立てる。

そして・・・梨華・・・道重・・・辻・・・れいな・・・。
そして飯田と小川を始めれいにゃーずを支えるメンバー・・・
また自分は見失いそうになった。自分の場所を。
(また、こいつに教えてもらっちまったか・・・)

美貴は頭を軽くはたかれる
「ほら、ぐずぐずしてないで行くわよ」
「って〜・・・梨華てめぇ!」
「アンタにはギターしかないんでしょ。
 その前にアンタを必要としてる人間もいることも忘れないで欲しいわね」
梨華が微笑みながら美貴を見る

「藤本さんがいないとれいにゃーずは始まらないの」
「ののもみきてぃのギターがないとうまくタイコ叩けないのれす」
「れいなは美貴姉のTearsGIRLSが一番ロック感じたっちゃ!」

「85」解散後、業界中の誰もが自分を避けていた。
これまで心から誰かに信頼をされるということがなかった。
だけどこいつらは・・・れいにゃーずのメンバーは
自分がどんな立場でも、弱音を吐いても心から自分を信頼してくれる

こいつらと・・・ロックをやってこれてよかった・・・

涙腺が熱くなったがここで泣く訳には行かない。

美貴はれいなに対して口を開く。
「れいな・・・悪かったな、美貴の方から約束、破っちまって」
「え・・・?」
「れいなが誓った。泣き言は二度といわない。
 ロックンロールの頂点まで突っ走るってな」
福岡の砂浜で交わした約束。あそこで藤本美貴と田中れいなは繋がった。
あの瞬間から今のれいにゃーずが始まった。

「美貴も改めて誓う!もう二度と弱音ははかねぇ
 れいにゃーずがSAKURAに勝つまで
 れいにゃーずがロックンロールの頂点に立つまで
 横でギターを弾き続けてやる。美貴は二度と負けねぇ!」
ニッと笑う藤本美貴、ニヒヒと笑い返すれいな。

「了解したとよ、SAKURAに勝つには美貴姉のギターが必要っちゃ!」
「さぁ!ライブはまだまだ終わってないの!」
「ののもミキティのおかげで休めたから元気一杯なのれす」
「れいにゃーずはまだまだこれから!!行くわよ!」
「SAKURAの連中に一泡吹かせてやろうぜ」

結束がさらに強くなったれいにゃーずがステージに立つ!


百五十二.片方の翼


バンドとしての結束がさらに固まったれいにゃーず。
ここからだと・・・意気揚々と5人はステージと上がった。
しかし・・・現実はそう甘いものではなかった。


国外での成功はしたものの、国内での活動期間が短いれいにゃーず。
メジャーシーンでの活動のない田中、道重、辻の3人の知名度はまだまだ浅い。
その中でも最強バンド『85』の元メンバーである
『ギター藤本美貴』と『ベース石川梨華』、この二人の名前は絶対だった
音楽に精通していない人間でもこの二人の名前は挙がる。
いわばれいにゃーずの両翼を担っているのがこの二人。

この藤本敗北はそのれいにゃーず片方の翼がもぎ取られたのも同然。
それだけれいにゃーずにとって『藤本美貴』というネームバリューは強い。
逆にその藤本美貴を蹴散らしたのはSAKURAの若手二人のギター。
その為、客の大半がSA・KU・RAになびいているという現状。

そしてこの現状を大きく打撃を受けているのがボーカル・田中れいな
れいなのミリオンボイスはバックの音と客がいてこそ発揮されるもの
客がSAKURAになびいていることによりれいなのミリオンボイスは半減
結果、高橋愛の天から授かった歌声を前にどうしても見劣りするものになっていた。

れいにゃーずの熱い想いとは裏腹に
どうしてもライブ流れの主導権はSAKURAから奪えない。
SAKURAのステージ一番最後方にいる娘は状況を冷静に分析していた

「あちらさんはまだまだ諦めていないようだが・・・完全に流れを引き寄せたな。
 若手のあの二人に掛けて正解だった」正確にリズムを刻みながら吉澤は思う。
「このままの流れでこっちの勝利を決定的にするには・・・
 今、れいにゃーずの音を支えているあいつを崩せれば・・・」
吉澤の視線には自分の親友でありライバルであるあの娘が映っていた。


藤本美貴が崩れ、れいなが流れに乗れないでいる今も
SAKURAに抗えているのはこの娘のおかげだろう。
れいにゃーずのもう片方の翼、ベース・石川梨華。
正確にリズムを刻み、れいにゃーずの雰囲気を崩さないように
丁寧に音を形成してく。石川梨華にしか出来ない芸当。

「れいにゃーずのピンチを救いたい・・・
 このメンバーの最年長として・・・
 私に再びベースを弾かせてくれたこのグループの為に・・・」


ズキン

ズキン

ズキン


時折感じる手の痛みの間隔が徐々に狭くなっていることを感じる
「お願い・・・もう少しだけ・・・大人しくしてて・・・」
今にも暴れだしそうな右手に願いを込める。

その石川梨華の奮闘を逆ステージから
150cmにも満たない小さな娘が歯軋りしながら睨んでいた。



百五十三.どこにだってある花だけど


衝撃的なデビューをしたロックバンド。
最強のロックボーカリスト・後藤真希
孤高のギタリスト・藤本美貴
可憐なベージスト・石川梨華
過激なドラマー・吉澤ひとみ
ロックブームの立役者『85』。

『85』が結成される少し前、デビューしたバンドがある
ルックスと共に強烈な印象を残すボーカリスト・保田圭
キレのいいシャープな音をかき鳴らすギタリスト・市井紗耶香
そして小柄ながらも日本人離れした音を形成するベージスト・矢口真里
このロックブームの開拓者,3ピースバンド『NIKEY』

『NIKEY』が先駆けとしてロックブームの基盤を作り
そして『85』のデビューによってロックブームは最高潮を迎え
そのまま『85』の突然の解散でロックブームは終焉を迎えた。
この時、マスコミも関係者も世間も口をそろえて言っていた。
「85の解散でロックの時代は終わった。」と

ベース矢口は思う

『85』がロックブームの主役であることは認めている。
だが最初にそのブームを呼び起こしたのはおいら達であることは自負している
『85』だけがロックを形成したわけじゃない。それがオイラには悔しかった

それでもブーム終焉になってもずっとトップにいられた
それは長いバンド活動を通じて自分達のポジションを作っていたから
けど、そのポジションが確立するまでは並大抵の道じゃなかった

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

オイラは「小さい」「うるさい」娘と言われ続けていた

もっとカッコよくなりたかった

熱い視線もっと感じたかった

その思いで、少しだけ背伸びしてベースを手にした
小さい手でも、小さい身体でもやっていく。
同級生だった紗耶香と圭ちゃんと声をかけ3人でバンドを組んだ。

デビュー直前、カッコいい理想の自分に少しでも近づくため
ある店に入りこう告げた
「タトゥーを入れてください」
柄は蒲公英、理由は特にない、オイラが好きだったから
おいらの左腕の肩付近に黄色いタンポポは今でも咲いている。

地元の小さな小さなライブハウス
スポットライトの陽射し、ちょっと眩しいけれど
始まるわこの場所で。新しい夢とか未来とか胸がトキメいた
「初めまして!NIKEYですっ!」


1年後・・・

発売したCDはことごとく売れない

開催したライブには全く客が来ない

持ち続けていた希望達は脆くも崩れ去った

信用してたはずのメンバー、紗耶香とも圭ちゃんとも
イザコザが絶えず、上手くいかなくなっていった。
「もうやめようぜ、売れねぇよぜってぇ」
「人に合わせずに自分で曲書いて歌ってた方が楽
 シンガーソングライターになるよ、俺は」
圭ちゃんも紗耶香も幾度となく解散話を持ちかけてきた
その都度、ぶつかり合いながらもオイラはバンドを解散させなかった

互いの関係が悪くなっても互いの実力だけは信頼していた
上を目指すためにはこのメンバーでないといけなかった。
持っていた希望がほとんど崩れてもまだ諦められなかった。
おいらは希望の最後の欠片にすがってバンド活動は続けていった。

さらに2年、3年が経ち・・・

何がきっかけかは、分からない。
発売するCDの売上は少しずつ伸び、
数えるほどしかいなかったライブの客も
気付いたらライブハウスを埋めるまでになっていた。

それからというもののNIKEYは頭角を現し始めた。
実力派バンドといわれ固定ファンが増え、
CDの売上も安定して上位に占めるまでになった
ひとえに地道なライブ活動の賜物言ってもよかった。
「NIKEY」としてロックの頂点が見えようとしたそんな折だった

モンスターバンド『85』のデビュー、そしてブレイク。
後藤真希、藤本美貴、吉澤ひとみ、石川梨華・・・。
メンバー、ビジュアル、サウンド・・・どれをとっても全てがホンモノ
瞬く間に世間の話題は『85』一色となった。
『NIKEY』が一歩ずつ確実に上がっていたものを
3段飛ばし位で追い越していった。

おいらも4人のライブに足を運んだ
しかしライブを途中まで見てオイラは会場を後にした。
『NIKEY』以上のクオリティのライブを魅せ付けらたことが一つ。
ベースの石川梨華の実力の高さに敗北感を覚えたのが一つ。

『NIKEY』よりも『85』の方が上
『矢口真里』より『石川梨華』のベースの方が上・・・。
ショックだった・・・でも負けない・・・耐えるのは馴れている
時間がかかってもいい。絶対ベージストとして石川梨華を超える。
このライブを見た後、密かにオイラは誓った。

しかしその望みもむなしく栄光を掴んだまま『85』は解散した。
石川梨華は敗北感をオイラに与えたまま去っちまった。
石川梨華を超えることを目標としてたオイラは
本当の意味のトップを取るまでロックはやめれなかった。

「なっちね、最強のロックバンドを作りたいの
 85よりも伝説に残るようなバンドを」
「そのベースとして矢口・・・やってくれないかな」
そんな頃、友人でもあるプロデューサーなっちからの誘い・・・
メンバーの中に元85のドラマー、吉澤ひとみもいた
本当の意味での頂点を掴むバンド、実現出来る気がした。

しかし、石川梨華の姿を意外な見ることになった
「れいにゃーず」のメンバーとしてベースを弾いていた。
気にしないフリをしながらもオイラは神に感謝した。
石川梨華を名実共に超えれる時が来れることを。

オイラの腕に刻んだタンポポの刺青
タンポポは小さい小さい花に過ぎない
だけど地中にはしっかりと根を張って咲いている
どんな風が吹いても踏まれても咲き続けている

オイラも同じ、身長が低くても、小さくても
ロックを愛しやり続けてここまで来た。
ロックの時代が終わろうと他の音楽のブームの風が襲っても
しっかりと自分達のロックを地につけてやり続けてきた。

だから・・・オイラに敗北感を与えた石川梨華に
今度こそ負けるわけには行かない
オイラもタンポポのように強くあるために・・・
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

矢口真里が自然と前に出てくる。

石川梨華は痛む腕を気にしながらも
矢口の挑発に応じるべくさらに前に出てきた。

二人のベージストの「負けられない」強い思いが交錯する。



百五十四.夢の中のステージ


・・・あの病室の中…あまりにも静か過ぎて

色々なことを考える時間が増えていった・・・。

でも考えれば考えるほど・・・思い出そうとすればするほど・・・

全て夢の中の出来事だったんじゃないかって思えてくる。



〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


ワァァァァァァ〜〜〜!!!!!!!

まだ開演10分前にもかかわらず歓声は鳴り止まない。
関東最大級のキャパシティの会場で
モンスターバンド『85』はツアーファイナルを迎える
その控え室に4人はいた。

「んぁ〜・・・ついにこのツアーも終わりだね〜」
「ホント楽しかったね〜まさかこんな大きい会場も
 あっというまに売り切れるとは思わなかった」
「へっ・・・まだまだウチらにとっちゃこんなの通過点だ」
「よし!じゃいこうぜ!!」

私たちはステージへ駆け出す・・・
今となっては「85」でのラストステージへ・・・


激しくリズムを刻むよっすぃ〜
よっすぃ〜がいたから今の私がいるんだって思う。
小学校の時、私に声をかけてくれなかったら今の私はなかった。
前のバンドB-U-Dがなくなっても助けてくれたのはよっすぃ〜だった。
よっすぃ〜が後ろで見守ってくれるから安心してベースを弾けるんだよ。


横で寡黙にギターを弾く美貴。
私とは相反する性格だし決して仲がいいって訳じゃないけど
美貴のギターの腕とロックへの愛は誰よりも信頼しているよ。
美貴のギターが入ってから「85」は格段に厚みを帯びたと思う。


激しいシャウトをしているごっちん。
私達3人の激しいロックを何倍にも変えて伝えてくれたのはごっちんのボーカル。
正直ごっちんの声があるからここまで来れた。
いや、まだまだ上を目指せるんだなって思うよ。


私の気分は最高潮♪
今だったら何だって出来る気がする!
身体が、腕が、指が激しく動くわ!


よっすぃ〜と・・・
美貴と・・・
ごっちんと・・・
この3人でならもっともっと最高なモノが見れる!


今ならこの最高のロックで世界に・・・





プチン



え?



自分の体のどこかが切れる音がした。



〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

まぶしいスポットライト・・・

客席から降り注ぐような声援・・・

沸きあがるような拍手・・・

あの頃の・・・光り輝いていた頃は全て夢の中なの?・・・



百五十五.違和感


ステージの中央付近にある関係者席
そこに腰掛けている一人の人物に後藤真希は声を掛けた。

「あ!いちーちゃんみ〜っけ!」
「おぉ〜後藤 やっぱお前も来たか」
声の主は元「NIKEY」のギタリスト、市井紗耶香
後藤にとっては親愛なる友人であり姉貴分であり
85デビュー時代から世話になっている恩人でもある。

「すごいヒトだねぇ〜・・・こりゃすごいよ」
「何言ってやがる、日本のトップアーティストがw
 オマエだってこれ位の客の前でステージ立ってんだろ」
「ん〜・・・まぁね〜・・・」

「ところでどうよ?こいつらのライブ」
「やっぱいいねぇ〜ロックは・・・かっこいいよ」
「そうだなぁ。こうやって見ると・・・やっぱロックっていいもんだな・・・
  たステージ立ちたいって思っちまう・・・」
「・・・」
「オマエも見てたろ、あのギターのガキども
 二人がかりとはいえあの藤本を喰っちまいやがった」
「・・・」
周りの雑音で聞こえないフリをしている後藤に構わず、市井は続ける

「ロックの世界も進化して行ってんだな・・・」
 それでも俺らが作ってきたロックが廃れたなんざ思っちゃいねぇよ
 ウチの矢口も、吉澤も石川も藤本もまだロックに生きてるんだ」
「そうだね〜・・・」
「最近はめっきり流行のダンスナンバーしか歌わないお前だけどさ
 俺はまたロックで弾けてるオマエを見てみてぇよ」
「・・・」
「オマエなら今からでも遅くはねぇぜ」
遠い目でステージを見る後藤。
「見な、ウチの矢口も何かやらかそうとしてやがるぜ」


演奏を続ける双方のステージ
矢口が吉澤のドラミングに合わせてセンターに踊り出た。
リズムに合わせコブシを突き上げる。
観客は彼女に向かってコブシを突き出す。

矢口真里は長年のキャリアから盛り上がる術を熟している。
SAKURAでは若手の高橋、加護、亀井をサポートする形を取ることが多いが
目立ちたがり屋の彼女が前に出るときの気合はハンパがない。
誰よりもアクションが大きく、小さな体をものともしない存在感を魅せる。


 売られた喧嘩は買う、それがロックだから。
 特にこの喧嘩は負けるわけにはいけない。
 紗耶香や圭ちゃんの為にも残ったおいらが
 ロックの歴史に矢口真里の名を刻みつけてやる!


矢口真里の気迫のこもったステージを見せる中
対する石川梨華はあくまでペースを崩さない。

矢口真里を「動」のパフォーマンスとするならば
石川梨華は「静」のパフォーマンス。
彼女が奏でだす空間は安堵と安らぎを与えてくれる。
しかし石川梨華の心中はネガティブな方向に向かっていた。


 矢口さんと同様なサウンドで勝負してもダメだ
 今のこの軋む腕じゃ矢口さんの勢いを止めることが出来ない。
 流れを引き戻すキッカケがつかめるまで前線を維持しないと・・・ 


完全に正反対の空間がぶつかり合う。
現状では五分五分といったところか。
このベース同士の膠着も長期戦の兆しがみえてきた。
・・・ように誰の目にも見えていた。
ただ一人、自分の娘ともに客席で見ているこの女性を除いては・・・



「石川ちゃん・・・あの子・・・もしかして・・・」
彼女の担当医でもあった石黒彩はつぶやく。
医者として石川梨華の腕の状況を誰よりも良く知り
自分でもベースを弾いていた人間だから気付いた。
彼女だけが感じたキレイなサウンドから流れる些細な違和感を・・・。

石川梨華はそれでも堂々と演奏を続けている。
「気のせいであってほしい・・・でも」
石黒は思い直す。あの数年前の事を・・・


「おぉ、彩っぺ。わざわざ東京から来たん?そない顔しおって…」
「裕ちゃん…」
「心配いらへんて。うちの体のことはうちが一番よ〜くわかっとるから」

 もう二度と・・・

 (もう手術しても助からん)
 (ちょっとだけ死ぬのが遅うなるだけ。自分の体や、よ〜わかる)

 ロックを愛する人を失わせてはいけない・・・

 「ダメだ!手術するんだ!絶対に死んじゃダメだ!!裕ちゃん!!」

 もう二度と同じ過ちを繰り返しちゃいけない・・・


「けどもし再発したら絶対に直すから!私が!二度とヤブ医者と呼ばれないように!」
石川ちゃんに・・・誓った・・・
二度と・・・あんな悲しい思いはさせちゃならない・・・

れいなのためにも・・・

裕ちゃんのためにも・・・

石黒は自分の子を夫に預け
れいにゃーずの関係者入り口に走りだした。



百五十六.傷ついたロックンローラー


「かおり!!」
「あやっぺ!?どうしてここに?」
幸運にも石黒は入り口付近に古い顔馴染みのスタッフがいたため
すんなりステージ脇に入れてもらえた。

「石川ちゃんの腕の様子どう?」
「どうっていわれても・・・」
「気のせいだったらいいんだけど・・・
 腕の古傷が痛んでるんじゃないかと思うの。
 たぶん、あの子の性格だから何も言ってないと思うけど・・・」

その言葉に飯田もそばにいた小川もステージに目を向ける。
石川の苦しそうな表情を感じ取った小川はステージに足を向ける。
「小川、どうする気?」
今にも駆け出しそうな小川を飯田が制す。
「決まってんじゃないすか?石川さんを止めなきゃ!」
「今はバンドでもベースでも勝負中よ、石川は戦っているの」
「でも・・・」
「あなたが石川の立場ならどう?そこで演奏をとめられる?」
「・・・」
小川はその声に声を詰まらせる。
以前、満身創痍になりながらもステージに上がろうとした自分を思い出す。
「今は見守るしかないわね・・・石川が気がかりだけど・・・」

そのやり取りを見て髪を掻き毟りながら石黒は嘆く
「どうしてこうもロックをやるヤツはバカばっかりなの・・・」
「バカだからロックやってんのよ・・・裕ちゃんだってそうだったでしょ・・・」
「・・・」
「この勝負が一段落したら石川を呼ぶからそれまでここにいてくれる?
 ホント迷惑かけるね・・・れいなのことといい…」
「いいのよ・・・石川ちゃんの腕がそれまで持つように祈るしかないわね・・・」
ステージ袖で心配そうに孤軍奮闘している石川を見つめる・・・

ベースはギターと違い目立つ楽器ではない
しかしバンドの「核」となるリズムを支配しているベージスト同士。
ここで勝利することはこのステージを支配できることに等しい。

れいにゃーずメンバーは石川に全幅の信頼を寄せている。
矢口の攻撃的な挑発とそれを受け流している石川・・・
石川ならばこの停滞した状況を打破してくれると信じていた。

しかしステージ袖の3人とメンバーの想いも虚しく、
少しずつ矢口の勢いに会場が飲まれはじめた。

(梨華姉・・・なんかおかしいっちゃ・・・)
(石川さんの様子が何かおかしいの)
(ののの太鼓と少しずつ合わなくなってきたのれす・・・)
(梨華、なにやってんだてめぇ・・)

少しずつ梨華の演奏に違和感を感じ始めてきた4人は
そこで初めて石川が苦しい表情で演奏していることに気付いた。


右手から下の感覚がほとんどなくなってきた。
今、石川梨華という人間を動かしているのは
「負けられない」という強い意志のみ。

だが、それも限界が近づいてきた。
石川梨華のプレイにもかげりが見え始める。
それでも額に脂汗を浮かばせながら演奏を続ける。

その状況を察した矢口真里が安倍なつみに目配せをする
「さっき言ったとおり、ヤグチの好きにすればいいべさ」
ニコリと微笑み返すのをみてヤグチはベースの持ち方を変えた。

その構えに一部のファンがどよめく
NIKEY時代でのライブでの定番のパーフォーマンス。
「セクシーーーーーーーーー!!!ビーーーーーーーーーム!!!!!!!!」
SAKURA側のライブのボルテージが最高潮にあがる。

圧倒的不利な状況に陥ったれいにゃーず陣営。
「梨華姉・・・」
「石川さん・・・」
「梨華ちゃん・・・」
「梨華・・・」
矢口真里から真っ向に勝負を挑まれている以上
ロックンローラーとしてヘルプを出すわけには行かない。
れいにゃーずの面々は石川梨華を見守るしかなかった。



 腕が・・・動かない・・・


 意識が飛びそうになる・・・


 弾きたくても弾けない・・・ 



そんな梨華の脳裏に一人の女性が浮かぶ・・・
逢ったことも、姿も見たこともなく、名前しか知らない女性
しかし石川梨華に再びベースを弾かせてくれた女性



 こんな時・・・貴方ならどうしていましたか?


 こんな時・・・貴方なら演奏をやめたりなんかしませんでしたよね?


 こんな時・・・貴方なら・・・中澤裕子さんなら・・・


 きっと・・・こうしたでしょうね・・・



「梨華ちゃん!!!」
後ろで見守る辻が目を見開いて叫んだ!



再び演奏し始める梨華の足元に滴り落ちる鮮血・・・



梨華は限界に近づいた右手を噛んだのだ!



先ほどの梨華の演奏とは違う。
腕の感覚が戻った梨華の演奏は力強く、
魂のこもったビートが会場を埋め尽くした。



 痛い・・・でも「痛み」がある限り・・・まだ弾くことができる

 それが「生きている」という証だから・・・

 「生きている」限り、ベースを弾いている限り 

 私まだロックがやれるんだ・・・



対する矢口真里も汗を滝のように流しながら思い起こしていた。
あの頃の・・・最強といわれた「85」のステージを・・・
あの時の敗北感を味あわされたあのベースを。
誰にも止められないと称された黄金のベースの音色を。
震える右手を抑えることが出来ない。


どんどん指のスピードをあげていく
全ての観客が石川梨華の演奏に見とれた。
その姿はさっきまでの石川梨華とは比べものはならない。
痛みがそこにあるはずなのに、石川は笑顔を取り戻していた。



 あぁ・・・今分かった・・・

 あの静かな病室で見ていたのはやっぱり夢じゃなかったんだ

 逆にベースを弾いていないあの時の自分こそが夢の中にいたんだ。

 あの感覚が甦る・・・

 今の私なら・・・きっと・・・あの頃の私を超えられる・・・


れいにゃーず側のれいなも道重も辻も小川も飯田も石黒も
SAKURA側の安倍も高橋も加護も亀井も矢口も
そのビートに心を奪われずにいられなかった

その黄金のベースの音色に悪い記憶を思い起こしていたのは
会場にたったの3名・・・

その中の一人、横にいる藤本美貴は舌打ちをしてつぶやいた。

「ちっ・・・あのバカ・・・」



百五十七.85との出逢い〜前編〜


あの夜・・・生まれた感情を・・・どんな言葉で呼べばいいのか。

それはカンドウとかトキメキとか・・・そんな甘い響きは似つかわしくない。

今までに感じることがなかったモノを抑えることはできなかった。


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

「なんでそんなんができねぇんだ!てめぇらは!」
「うるさいわね!アンタに私達の何がわかんのよ!」
「真剣にやれよ!ライブまで時間がねぇ!」
「私達だって真剣にやってるわよ!
 アンタのいいなりになりながら音楽なんてやりたくない!」
静かに出て行くかつてのメンバー達…


「やってられねぇな全く…」
スタジオに残る美貴は一人つぶやいた・・・


人と付き合うことがなにより苦手だった。


誰も美貴を理解してくれようとしてくれない。


美貴はバンドをより高いレベルにもっていきたい。
美貴は力強いギターを弾いていたい、
ただ・・・ただそれだけなのに・・・
これまで組んだバンドのメンバーは誰一人として
美貴のこのキモチを分かってくれなかった。

今までやってたバンドのどれもうまくいかず解散。
思うようにギターをかき鳴らすことが出来ない。
結局最後には美貴の側に残るはギターしかなかった。


「このバンドのボーカル、ありえねぇよ」
「どうせたいしたことないんだろ」
「いやいや、行ってみれば分かるって」
そんな自暴自棄になりかけている頃、
知り合いからバンドのライブの誘いがあった。
なんでも今巷を賑わしているバンドなんだと。



自分を評価してくれない世間全てを敵視していた美貴にとって
そんな世間の評価なんてアテにしていなかった。
それでも、そいつらのライブに行くことに決めた。
別にそいつらのライブに何かを期待しているわけじゃなかった。
むしろほくそ笑むためにアイツらのライブを見に行ったんだ



満員のライブハウス、美貴は最前列に陣取った。
出てきたメンバーは男前のドラマーはともかく、
お嬢様っぽいベースにボーっとしているボーカル。
(ふんっ、こんなヤツらにたいした演奏が出来るわけがねぇ)
外見で美貴はそう判断した。



しかし・・・ライトがヤツらに当たった瞬間・・・


・・・ヤツらの全てが変わった。



ヤツらの演奏が終わりステージを後にするまで
美貴は動かずステージにずっと睨んだままだった。
美貴の頬に流れ落ちる尋常じゃない脂汗・・・


睨むことでかろうじて自分を保っていたようなもんだ
三人の演奏の前に身体が動かなかった。
ちくしょぉ、こんなこと初めてだ。


有り得ないテンポでリズムを刻むドラマー
見た目通り激しいプレイをしやがる。
ただただコイツのドラミングには圧倒されるしかなかった。


さっきまでボーっとしてたボーカルは
マイクを取った瞬間顔つきが別人になりやがった。
照明のせいか分からないがコイツの後ろが光り輝いているように見えた。
ボーカルになるべくして生まれたっていうのはこいつのことを言うんだろうな


この二人のパフォーマンスは常軌を逸していたが
それ以上に最後の一人…石川梨華・・・
このお嬢様の演奏に心突き動かされた。
ベースのビートでここまで人を魅了できるものだとは・・・。


「な、こいつらの演奏半端ないだろ?」
「あぁ・・・そうだな・・・」
帰り道しきりに話しかけてくる友人の話を上の空で聴いていた。
一つの想いを感じられずにいられなかった。


『コイツらのロックに自分のギターをのせてみたい。』


自分のギターを最大限を生かすことのできるバンドに
初めて出会えることが出来た衝撃と感動・・・
こいつらとならやっていける。そんな気がした・・・



百五十八.85との出逢い〜後編〜


『ヤツラと一緒にロックがやりたい』
この衝動は日ごとを追うごとに強くなっていった。
その衝動をかき消すようにギターを引き続ける毎日。


以前バンドを組んでた、元メンバーからの一本の電話。
この電話がまたヤツラと美貴を引き合わせてくれた。
「今度ウチのバンドがライブやることになったんだけど
 ギターのやつが怪我しちゃってよぉ。
 藤本代わりに今回だけギター弾いてくれねぇか?」
「めんどくせぇよ、それにお前んとこの音楽は美貴にはあわねぇ」
今はそんなライブに出るという気持ちが持てなかった。
「そうかぁ・・・今人気の『85』主催のライブだから
 しょぼいギターの代役立てるわけ行かないんだよな」
「なに?85主催のライブだと??」

話を詳しく聞くとどうやら85が主催の対バンライブがあるらしく
それにヤツのバンドも出演するらしい。
ヤツらと顔を合わせる絶好のチャンスだ。
美貴はそいつの誘いを受けることにした。


当日、ヤツらのリハの最中ずっと演奏を見ていた。
やはりライブのパワーやテクは相当なものだ。
美貴が目指している理想のロック像に近いものがある。
『一緒にギター弾きたい』とまた手がウズウズしてきやがった。

リハも終わり、3人も美貴の存在に気付いたようで
美貴を3人が怪訝そうに見てきやがった。


「・・・なにか?」
ベースのヤツが気の弱そうな声でたずねる。


「え〜っと・・・アンタ、確かこの前のライブで一番前にいたよね」
「・・・」
「あん時すごいノリ悪くステージ見てたけど、
 何かいちゃもんでもつけに来た?」
ボーカルやってたヤツが喧嘩腰に話しかける。


「え〜っと・・・藤本美貴さんだよね、確か」
「!」
「この前のライブの時そうじゃねぇかと思ったんだ
 すげぇテク持ってるギタリストって聴いたことあるよ」
ドラムセットに座る女・・・美貴のことを知ってたらしい。

ドラムの女はそのまま話を続ける。
「今度ぜひ藤本さんのギターを聴いてみたいね」
「・・・今日対バンのギターとして出ることになってる
 今度といわずそこで美貴のギターの実力見せてやるよ」
くるりと背を向けて自分の控え室に足を運ぶ。
(しまった・・・軽く挨拶する予定がタンカ切っちまった・・・)
つくづく自分の性格がイヤになる・・・



「高飛車な女だね・・・」
後藤は藤本の後ろ姿を見てつぶやく。
「だね・・・でもギターの実力はホンモノらしいからね・・・」
吉澤は何か考えがあるように藤本を見ていた。


ギギギギュゥゥゥゥン!!!!


「あれ?このバンドってこんなにカッコよかったっけ?」
美貴達の出番、常連者をはじめ、会場がざわつき始めていた。
美貴のギターの存在感で一気にライブのテンションが上がる。
「自分のギターをヤツラに見せ付けてやる!」
美貴の視線の先は3人しか映っていなかった。
挑発的な笑みを浮かべギターをかき鳴らす美貴・・・

「へぇ〜・・・口だけのことあるね・・・ハンパないキレだわ」
後藤真希が口笛を鳴らしながら洩らす。
「たしかに・・・でもこのバンドの音楽には我が強すぎる感じだ」
冷静に分析する吉澤ひとみ。
「あのギターの人・・・ウチの音楽の方向性に近いロックもってるね」
「ふむ…梨華ちゃんもそう思うか・・・よし・・・」


美貴達の出番は終わり、そのまま85の出番
会場をさらにヒートアップさせありえない盛り上がりを見せている。
しかし美貴はヤツラの演奏を見ずにその横の控え室でメンバーとぶつかっていた。


「藤本よぉ〜!全然打ち合わせとちがうだろ!
 なんであんな演奏してんだよ!」
「はぁ?盛り上がってたじゃねぇか」
「あれはウチらが目指す音楽じゃない!」
「お前がギターの代役を頼み込んだんだろ!文句言ってんじゃねぇ」
冷静に考えれば悪いのは美貴の方だったかもしれない。

「二度とてめぇの頼みなんざきかねぇ!!」
またこれだ・・・やっぱり美貴は人付き合いは向かない・・・。

ギターを担ぎ、ドアを蹴っ飛ばして外に出ると
そこには『85』の3人がいた。
「おぉ〜藤本さん。アンタのギターのおかげで
 大盛り上がりで今日のライブ終わらせることが出来たよ」
「そうかい・・・そりゃどーも・・・」
不機嫌そうに3人の横を通り過ぎようとするところを吉澤が呼び止めた。

「ちょっと待った、藤本さん」
「?」
「この後のアンコールなんだが・・・ウチラと一緒に出てくれないか?」
「!!」
「アンタのギターとセッションしてみたいんだけど・・・どう?」
美貴は目を丸くした。

石川梨華が横から口を出す。
「ってヨッスィ・・・思いつきで言っちゃってるけど曲何すんのよ?」
「あぁ〜そっか〜・・・えっと・・・」
「ふん!俺を誰だと思ってやがる。
 この前のライブでアンタらがやってた曲なら何でもイケるぜ」
美貴はニッと笑みをこぼす。
家でひたすらヤツラの楽曲を弾き続けてたってことは当然秘密だ。

「マジ?じゃ今日やってない『love light』にでもするか」
どうやら吉澤がリーダーらしい、ヤツの一存で曲が決まった。
「藤本さん。せっかく盛り上がった会場を冷やさないように気をつけてね」
後藤真希が美貴を挑発してきた。
「へっ!美貴をナメんな。」
こうして美貴は後藤真希、吉澤ひとみ、石川梨華とともにステージ立った。


その夜のアンコールは忘れない。
後藤真希
石川梨華
吉澤ひとみ
この3人と初めて演奏が出来た夜。


重いリズムを刻む吉澤
熱いロックをシャウトする後藤
そのサウンドをまとめあげる石川
美貴のギターをここまで自由に弾かせてくれる
こんなことがかつてあったか??


もっともっと・・・この時間を感じていたかった。
熱い熱いロックを身体全身に感じることが出来た。


控え室に戻る4人
「すごかったぁ〜!あんなに盛り上がったライブなかったよねぇ」
明るい顔ではしゃぎまわる石川梨華。
・・・ベースを弾いてないときのコイツのギャップは苦手だ・・・
「ごとぉも気持ちよかった」
・・・コイツもやっぱマイク持ってないときは何かボーっとしてやがるな・・・
「お疲れさん、藤本さん・・・アンタどうだった?」
吉澤がペットボトルを渡しながら話しかけてきた。
「いや・・・こんなもん・・・じゃねぇか?」
自分の高揚感を悟られないようボソッと答える。


「モノは相談なんだが・・・藤本さんウチに入る気はないかい?」
「はぁ!?」
「アンタのギターさえあればもっと上を狙える。
 今日のアンコールの演奏を見て私はそう思った
 ごっちん、梨華ちゃん、二人はどうだい?」
吉澤が二人に問いかける。

「ん〜・・・あまりにも急な話だけど・・・
 ヨッスィがそう考えているのなら私は構わないよ♪」
どうやら石川は全面的に吉澤を信頼してるようだ。
「よっすぃ〜が美貴の演奏見てる時にそんなこと考えてると思ったよ
 別に私は最高のロックを叫べればそれでいいよ〜
 あとは美貴次第ってことかな?」
コイツさっきまで敵視してたくせに急に「美貴」呼ばわりかよ・・・

しかし、断る理由はなかった。
美貴こそこいつらとロックできることを望んでいたわけだから。
けど素直にOKといえない自分の口から出た言葉は


「私は・・・美貴は世界一のギタリストになりてぇんだ
 美貴の夢を邪魔をするくらいなら仲間にははいらねぇ」
「いいねぇ・・・私は『85』を世界一のバンドにする
 逆にアンタがそれくらいになってもらわないと困るね」
「へっ・・・言ってくれるぜ。」


初めて・・・美貴は仲間を持った気がした。
こいつらとなら一緒にロックをやっていける。
こいつらと一緒に頂点まで駆け上がってやる。



百五十九.栄光そして・・・


美貴が入っての「85」は更なる躍進を遂げた。
念願のメジャーデビューをし、瞬く間に売上を伸ばしていった。
まぁコイツらの実力があればワケないことなのかもしれないけど。

TV出演、レコーディング、ライブ出演・・・
分刻みのスケジュールでめまぐるしく動いていたが
このバンドに入れて心底感謝したい、そう思える毎日だった。
その年のタイトルは総ナメ、世間的にもロックの時代が来ていると実感した。

美貴は相変わらずロックに対しては融通は利かなかった。
時折、メンバーともぶつかったことがあったが、
正面きってハッキリと音楽について語り合えていたから
不快感が後々残ることもなかったし順調にバンド活動をやってこれている。


「今年の夏は数ヶ所で野外ライブを決行します!」
「今年は私も真っ黒に日焼けしてでもステージで弾けます!」
「梨華ちゃんの場合は今年『も』真っ黒に・・・だろ」
梨華の言葉はどうしてもツッコミしたくなる。
梨華とは普段はどうしても性格の不一致からそこまで仲良くしなかった。
ただ、こと音楽に関しては通じ合えるものがあると思っていた
言葉以上にアイツのベースは美貴に色々なものを語りかけてくれていた。

野外ライブツアーの最終日、今となっては85のラストステージ
あの日の梨華は誰よりも輝いていた。
美貴もよっすぃーも真希も梨華の演奏に圧倒されてた。
圧倒される反面、何か悪寒のようなものも同時に感じていた。
まるで消える前の炎のような梨華の演奏に・・・
こういうイヤな予感ってモノはなんでこうも当たるんだろうな・・・


数日後・・・
私達が見たのは腕に包帯をぐるぐる巻きにした梨華の姿だった。
「ゴメン・・・」
梨華から発せられた唯一の言葉。


その言葉に返す言葉は見つからなかった。

怪我しながらもあの演奏をしたのか
それともあの演奏の反動なのか、分からない。
しばらくの休養が必要だとその場で報告だけもらった。


美貴は梨華が治るまで待つつもりだった。
アイツとやってきたからこそ今の85があるからだ
しかし、事務所側はその部分を全く考えちゃいなかった。


数週間後、お偉いさんを引き連れて一人の女を連れてきた。
「ケガで離脱中の石川の代わりに
 この娘が新しいベースとして入ることとなった
 今のお前らは活動を止めるべきじゃない」


「・・・」
吉澤は無言で目をつぶって聞いていた。
吉澤は思う、石川とロックが出来なることはつらい。
しかしかつて交わした約束・・・そのためにも
85はロックの頂点にならないといけない
85を続けさせることが自分の責務と考えていた。

そんな吉澤の気持ちを同調するように
後藤も仕方なく頷くしかなかった。


そんな中、今まで黙っていた藤本の声が沈黙をやぶった。
「ふざけんじゃねぇ!!!!」
椅子を蹴飛ばし、そのままドアへ向かう。
「美貴!」
吉澤が声を掛けるのも聞かずドアノブに手をかけ
最後に藤本美貴は口を開けた


「俺は・・・美貴は・・・
 後藤真希。吉澤ひとみ。石川梨華。藤本美貴。
 この四人以外で85を続ける気はねえ」
「美貴・・・」
「アイツのベースがない限りウチラの音楽は85じゃない」
「・・・」
「美貴は・・・アイツのベースの横でギターを弾いてたいんだよ・・・」
吉澤はその言葉に何も言い返せなかった。


そのままドアを閉め歩き出す。
美貴の頬は涙で濡れていた。


誰よりもつらいのは・・・梨華だから・・・
きっと暗い病室で一人泣いているに違いない。
二度と梨華に・・・こんなつらい思いはさせたくない・・・



最終更新日:07/08/02

ロックな人たちのコトバ



俺はロックに殉職する 
ジョー・ストラマー 


目的意識のない音楽はただの騒音だ 
ジョー・ストラマー 


毎日が恐ろしいほどに暇だった 
ジョン・B・チョッパー 


ロックを聴いて食欲が満たされる人はいない 
それでもロックがあれば満足する人間 
それがロック馬鹿だ 
勿論、俺もロック馬鹿だ 
ルー・リード 


「格好良い」言葉にすると凄いチープなんだけど 
結局「格好良い」が全てなんだよね 
Char 


僕のCDなら15万人が買うんだよね 
消しゴム作っても15万個売れるんだ 
小室哲哉 


ライブに行くと勢いでチンチン出すけど
チンチンを出すことが予定調和になったら面白くない
期待されると出したくなくなる 
石野卓球 


毎日が恐ろしいほどにアク禁だった 
てずみも 


にゃー 
田中れいな 






てずみも ◆LD35lp5.fYとは辻っ子のお豆さん ◆No.NoSexe.氏の変名です。
現在は辻っ子のお豆さん ◆No.NoSexe.名義で連載中ですが、ここでは敢えててずみも ◆LD35lp5.fY名義のままとしています。



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