迫り来る夕闇の中で、流れる水のきらめきが目を射る。
足に当たる冷たさもさることながら、頬や額を撫でて通り過ぎて行く風が、私の心も冷やしてくれる様だ。
自宅の中庭に有る井戸の側で私は、足を洗っていた。
「ちくしょう。あの鍛冶屋め。好きなことを云ってくれやがって。」
いつものように、靴の行商に行った帰り道。隣村のまだ若い(私と同じ位だろう)鍛冶屋に、何気なさそうに言われた言葉が、自分の村に帰った後も、私の胸を刺したまま、離れない、その感触が私を不快にさせていた。
大した言葉では無い。ちょっとした事だ。
オレンジに染まった夕空では三日月が私を見下ろしている。
『人生は、積極的な者の勝ちだ。』
とか何とか。
「大抵私は、のんびりしている、と言う当てこすりかよ。」
井戸の縁にかけたタオルを取り上げた時。
ぴゅい。
と、音がした。
瞬間、思わず、木枯らしの襲来に身構えた私の耳に、長く響く、妙なる風に似た音色が響いたのだ。
何処から、聞こえて来るのだろう。
この村に、草笛が上手い者がいたとは。
今夜か明日にでも、聞かせて貰いに行こう、と考えて、はたと詰まった。
一体、この村の、誰が吹いているのだろう。生まれた時から住んでいる私にも、解らない事があるとは。
夏にすれ違った旅人の姿が浮かんだ。
あの男は、今、何処で、何をしているのか。
家に入るでもなく、また、他の何処かに行こうとするでもなく、考えあぐねる私の耳に、風と一緒に、草笛の音がまとわりついていた。
細く、長く、清らかに。
。。。。。。。09/11/01。。。。。。。
11月:草 笛
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