雪待ち

 

 

 

 京都に雪が降るのは珍しい。
 東京でも滅多に雪は降らないだろうが、京都に比べれは降る方だったのだろう、公園では蓮子が柴犬のように元気に駆け回っている。
 間もなく陽が落ちる頃合いだけれど、空に雪雲が掛かっているから時間を計るのは難しい。蓮子が空を睨んでも、元より月と星を見なければ己の居る位置と時刻を見定められない性分であるから、そこにいるのはただ眉間に皺を寄せて寒がっている年不相応の女子大生に過ぎない。
「……寒くない?」
「寒い!」
「でしょうね」
 私は、購入しておいたおしるこ缶を蓮子に放り投げる。苦もなく受け取った蓮子であったが、素手で受け取ったこともあってか、その熱さに驚いて一度おしるこを落としかけた。
「あッつぃ!」
「でしょうね」
 恨めしそうに睨んでくる悪友を前に、手袋の上から自分のおしるこ缶を握る。飲み物というよりか、携帯用暖房器具扱いになっているのは否めないが。蓮子も何度かお手玉をした後で、コートのポケットに缶を突っ込んで暖を取っていた。
 空から舞い落ちる雪は点々と、とてもじゃないけれど積もりそうもない。地面に落ちる前には溶けて、下手をすれば風に吹かれてさえ散ってしまいそうだ。蓮子が被っている帽子の上にも、触れた途端に消えてしまって、形にすら残らない。蓮子は、ゆらゆらと漂う雪の粒を掴もうとして、可哀想に思ったのか結局は諦めた。完全に閉じられなかった手のひらの隙間から、かすかな雪がこぼれ落ちて、すぐに見えなくなった。
「……蓮子の地元は、もっと降るの?」
 マフラーに突っ込んだ口元を外に出すと、唇が冷えて仕方ない。一方の蓮子は、さほど寒さに慣れた土地で暮らしていたわけでもあるまいに、マフラーも手袋もなしに外を駆け回り――だから身体が火照っているというのもあるだろうが――、私との格の違いを見せつけている。
「そうでもないわよ。人口が減った分、熱量も減ってその分だけ降雪量が増えたって何かの研究機関が報じてたけど。世界全体の降雪量が減っている今じゃ、ちょっとやそっと増えたところで焼け石に水よね。ドカ雪が降ってもそれはそれで異常気象だし、それはそれで天変地異の前触れだって騒がれるわけだし。昔からね」
 大袈裟に肩を竦める仕草をしてみせて、少し懐かしそうに軽く握られた手のひらを見る。
「おばあちゃんの家では、もうちょっと積もってたけどね。雪だるまとか、かまくらとか、結構そこらへんから雪を掻き集めて来ないと作れないくらいだったけど。親戚の連中と雪合戦なんかしてさ、子どもの頃だから、手袋もマフラーも着けないまんまで外に駆け出して行って……」
「今も大して変わらないじゃないの」
「そこは大目に見てよ」
 苦笑する。
 実際、今の蓮子を見て昔の蓮子を想像するのは簡単だ。おそらく蓮子はあまり難しく出来てはいない。無論、彼女の中で構築されている理論は複雑で、彼女の人生を生きていない私に解き明かすことは不可能に近いだろう。その一方で、彼女はあまりに明確な意志をもって行動を起こし、自身と私を突き動かす。謎を解き明かさんと、秘密を暴かんと智略を尽くして戦う。
 その意志を。
 あまりに解りやすく単純な行動理念を、私は『興味本位』と呼び、蓮子は『夢』と呼ぶ。
 たまには、その『夢』に巻き込まれる私の身にもなってほしいと思うのだけど。
「かまくらの中で食べた餅、おいしかったなー。狭かったから、子どもふたりくらいしか入れなかったけど」
「私は……、そういう経験、なかったわね。だから、少し羨ましいわ」
「今は、どうなんでしょうね。おばあちゃんの家に行っても、そんなに雪は積もっていないかもしれない。それよか、人工降雪のスキー場にでも行った方が早いかもしれないわね」
 既に朽ちた、あるいは朽ちかけようとしているものを、人工的に蘇らせようという試みは、果たして夢のない話なのだろうか。それとも、夢のある話なのだろうか。
 今ここで降っている雪にとっては、それこそどうでもいい話なのだろうけど。
「怒られるわよ」
「やらないわよ。今の私じゃ、かまくらにはもう入り切らないもの」
 ポケットからおしるこ缶を取り出して、早くも蓋を開ける。中身を一気に呷って、舌を火傷したのか慌てて唇を離す。とても自身の身の丈を弁えているようには見えないけれど、過去に作ったかまくらに入れないのならば、更に巨大なかまくらを、住んでいる家を覆うくらいの雪を降らせようと意気込むのが、宇佐見蓮子である。
 単純明快な彼女の意志が、いつか京都に未曾有の豪雪を呼びこむかもしれない。
 私としては、御免蒙りたいところではあるが。
「蓮子、寒いからそろそろ帰りましょう」
「えー。もうちょっと見ておきましょうよ。今年はこれで見収めかもしれないし」
「私は寒いのが嫌いなの」
「私は雪が好きなの」
「私も雪は好きよ。でもね」
「私は、寒いのも好きよ?」
 微笑する。
 私は黙って、手に持っていたおしるこ缶を投げて、蓮子がそれを受け取るか否かを確認するより早く、公園の出口に足を向けていた。途中で振り返ってみれば、地面に転がっている缶を拾う蓮子の姿が見えた。
 家に帰る途中で、空を覆っていた雲が少し晴れて、月と星が見えるようになった。きっと蓮子は、お決まりの文句を告げて、おあつらえ向きにくしゃみなどしているに違いない。雪はまだ降り続いている。ポケットに手を突っ込んだまま見上げた空は灰色に霞み、急に首を上向けたせいで、少し首筋が軋みを上げた。私とて、伊達に年齢は重ねていないようだ。
 私も、最早かまくらには入り切らない。
 つくづく、そう思った。

 

 

 

 



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2012年1月9日  藤村流
東方project二次創作小説