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By Mr.Kawakami.


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京都・北山に還る




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蒲生野

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■もう一度北山に




七十路を迎えた今、五十年近く前の山のことを思い返しています。学生時代に大学の屋上から北を望むと、京都盆地は晴れていても、北山しぐれで淡く霞んでいたり、鉛色の雪雲に覆われていた「北山」のことを。

京都盆地の東北には比叡山、西北には愛宕山という京都鎮護の両山がありますが、その間を埋める北山には、これといった秀麗な山影も、険峻な岩峰も見られず、ただ千メートルたらずの低山が累々と峰を重ねているばかりでした。そこはいわゆる凡山凡水の山と谷の連続でした。






大学が京都の北のはずれにあったこともあり、また遠くに出かける金銭的ゆとりもなかったので、週末には毎週のように手近な北山の峠を越えたり、沢沿いの道を遡ったりしていました。

高校時代に病気で休学していた私にとって、ただ歩くことがよろこびであり、春夏の合宿で遠出する以外は、ほとんど北山で過していました。京都の学生たちにとって、北山は、近く山と接することのできる、いわゆる「ゆりかご」のような存在だったのです。






今のようにトンネルもバイパスもなく、もちろん舗装もされていない細い峠越えの道を、ボンネットバスは、小さな集落の軒先すれすれに、あえぎながら峠道を北に向かっていました。

バスの最前列には、キスリングやテントを置く荷物置き場があり、停留所でなくとも、手を挙げれば、どこででも止まってくれるというのどかさでした。最終バスに乗り遅れたときには、敦賀街道や鞍馬街道の峠越えの道をひたすら歩き、月曜日の早朝に、やっと大学までたどりついたこともありました。






卒業後、京都を離れ、旅への関心も各地に広がり、仕事が忙しくなったこともあって、ときおり北山を訪れることはありましたが、心は北山から遠のいていました。

そして、五十年が過ぎ、七十路を迎えた今、再び北山に還ってみたいと思っています。 青春時代を過した北山へのなつかしさからではなく、あの頃、ただ漠然と歩いていただけの北山に秘められた歴史の奥深さに触れてみたいと思うようになったのです。

若い頃には、大原、高雄、栂ノ尾、鞍馬などの有名な社寺以外には深い関心も寄せないまま、山中の小さな社寺の鳥居やお堂の前を、ただ通り過ぎていました。山深くに佇む社寺に、都での勢力争いに敗れ、この山中に落ちのびた都人の落胆や哀しみや怒りの歴史が潜んでいようとは、思いもよりませんでした。

峠の暗い木の陰で、お地蔵様や道標に出会うこともありましたが、お地蔵様に手を合わせて峠を越えていった杣人や行商人の想いに心寄せることもなく、ただ先を急いで峠を越えていました。

山中に秘められた京文化や人びとの歴史に関心を持つようになったのは、ずっと後のことです。






そして今、北山杉に覆われた繊細な山肌を眺め、湿りを帯びた杉林の空気に触れ、杉の落ち葉や滑る沢の感触を足裏に感じながら、ゆっくりと峠道や沢道を歩いています。

北山山中に滲み込んだ都の文化の香り、歴史の狭間にこの山中に逃れてきた都人の心情、山中に暮らした人びとの日々の生業(なりわい)、若狭から京都へと峠を越えていった人びとの足跡などに出会えるかもしれません。

東山魁夷や川端康成を魅了したこの山のこまやかな美しさ、この山中に滲み渡る水上勉の作品に記された哀しみの一端を、知識としてではなく、素肌や足裏で感じ取れるかもしれません。





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■北山の個性とは




深田久弥が「日本百名山」選定に当たって、三つの基準を置いています。 まず第一に「山の品格」を上げています。

「誰が見ても立派な山だと感歎するものでなければならない。・・・・・・凡常な山は採らない」と述べています。秀麗な嶺を持たない「凡山凡水」の北山は、そういう面では失格かもしれません。

第二に「歴史」を上げています。 「人々が朝夕仰いで敬い、その頂に祠をまつるような山」であり、「山霊がこもっている」山だと言います。

北山は、京文化や仏教文化の歴史、京を追われた都人のかくれ里としての歴史、この山に暮らす人びとの歴史という面からは、いかなる山にも引けをとりません。そんな歴史が、峠道や沢道に匂いたつような山ですが、「人びとが朝夕仰いで敬う」とか、「山霊がこもる」いう深田久弥の弁は、北山の歴史とはニュアンスが異なるようです。 第三に、「個性」を上げています。

「・・・・・・芸術作品と同様である。その形体であれ、現象であれ、ないしは伝統であれ、他に無く、その山だけが具えている独自なもの」であり、「強烈な個性」が必要だと言います。そしてここでも、「どこにでもある平凡な山は採らない」と述べています。

北山は、「どこの山にもないさまざまな個性や歴史が匂いたつ山」だと思いますが、いったい「個性」とは何なのでしょう。「平凡」とは何なのでしょう。「平凡」であることには、なぜ価値がないのでしょう。






北山をこよなく愛した「北山クラブ」創設者、金久昌業は、著書『北山の峠』の中で、こんなことを述べています。

「普通、あの山はいい、あの山はよくない、という価値基準は、眼を瞠るような絶景があるとか、凄絶な滝があるとか、雄大な眺望が展望するとか、山脈のスケールが大きいとか、すべて自然景観の上からのみなされることが多い。

このような価値観からすれば、北山はただ緑の木々が生えているだけで低く、どれにも当て嵌まらない無価値の山であり、凡庸の山である。

・・・・・・ところが北山とくに賀茂川流域の山々などを歩くと、文化などというと大そうであるが、そこはかとなく洗練されたものが感じられる。文化が自然に融け込んだ山域というのであろうか。山の佇まいやなんでもない道の曲折にも美しいものが窺える。

・・・・・・ある意味で平凡とは洗練の極致なのかもしれないと云えなくもない、ふとそんなことを感じさせてくれる峠たちである」

北山の「個性」を言い尽くしている言葉かもしれません。






また谷崎潤一郎は、小説『芦刈』の中で、大山崎あたりの風景を「なべて自然の風物というものは、見る人のこころごころであるからこんな所は一顧のねうちもないように感ずるものもあるであろう。

けれどもわたしは雄大でも奇抜でもないこういう凡山凡水に対するほうがかえって甘い空想に誘われていつまでもそこに立ちつくしていたい気持ちにさせられる。こういうけしきは眼をおどろかしたり魂を奪ったりしない代わりに人なつっこいほほえみをうかべて旅人を迎え入れようとする」

と述べています。この一文は金久昌業の北山に対する思いにも通ずる言葉です。






山の価値とは、山が人の心にどれだけ滲み込んでいるか、そして人の心が山にどれだけ滲み込んでいるか、山と人とがどれだけ心を通わせているかによるような気がします。ともすれば、日本人は、ガイドブックによって、歌枕的に名所旧跡を訪ね歩く旅に陥りがちです。

既製本に記された百名山を求めるだけでなく、人それぞれの「こころごころ」による感受性や価値観や美意識によって、自分自身の名山を生み出してほしいと願うのです。たとえそれが他の人にとっては凡山凡水であったとしても。






たまたま押し入れを整理していると、昭和四十七年に撮った、いくらか変色したモノトーンの北山の写真が出てきました。

山の林業が盛んだった頃に、山肌が伐採されている写真、伐採した木を運ぶために谷沿いに設けられた木馬道(きんまみち)の写真、祇園祭に使う粽(ちまき)の笹を軒下に干している写真、茅葺屋根に使う茅を萱場に干している写真、勇壮な千木をのせた茅葺民家の写真などです。

あの風景は今どうなっているでしょう。あの伐採跡はすっかり成熟した杉の美林に再生されているでしょうか。軒下の洗濯物のそばで遊んでいた子供たちは大人になり、村を去ったでしょうか、今も軒下に粽の笹は干されているでしょうか。

ただなつかしさからセピア色の写真を眺めるのではなく、再び北山の道を歩きながら、若いときに歩いた北山の記憶に、いま感じ取れる京文化の香りや杣人のいとなみの文化を重ね合わせてみたいと思っています。






もうしばらくこの足で歩くことができる間に・・・・・・。










Written & Photo taken by Mr.Kawakami

(2013.05.31.)

 



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