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By Mr.Akiyama.


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はじめに








ビジネス社会を卒業して、今年(2013年)で十年目を迎えました。その間、画板を抱えて、欧州・アジア十カ国と日本各地をスケッチ旅行して過ごしました。そして描きためた絵の数が1000 枚に達しようとしています。今夏、その中から「路地」と「水辺」をテーマとして取り上げ、自主出版を致しました。同時に大阪・道頓堀「ギャラリー香」で個展も開催させて頂き、多くの方々にお越しいただきお世話になりました。ロミーゴ文集では、本文より一部抜粋して掲載したいと思います。


題名「路地の愉悦 水辺の至福」

雅号「路次健」(ろじけん)

出版社「㈱パレード」

定価「2500円+消費税」

(アマゾンで販売中)


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*雅号の「路次健」の由来は下記の

与謝蕪村の句から採ったものです




   桃源の

   路次の細さよ

   冬ごもり

    (蕪村)


Rojiken's HP








1. ブラーノ島の路地(ヴェネチア)




ブラーノ島は、レース手刺繍で有名な島である。

家の壁々が赤、黄、緑・・とカラフルに彩られている。

表通りは、レースのハンカチなどを売るお店が

軒を並べ、人通りも多い。

けれども一歩、横道に入ると路地が入り組み、

静かなときを刻んでいる。

どんなに美しく楽しげに飾られた街であっても、

その裏側に入れば、現実に直面した生活の中で、

哀しい出来事も

小さい争い事も日常的に起こっているはずである。

でも人の生活とは、その光と陰の両面があってはじめて

味わい深い人生といえるのではないか。




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2. フラメンコ・ダンサー(アンダルシア)




フラメンコは、インド辺りからの流浪の民の

ジプシー(ヒターノ)によって始められたという。

それもアンダルシアの下町路地で暮らす中で

独自の踊りとして醸成していったものだ。

黒い髪、浅黒い肌、引き締まった体がフラメンコの

激しい動きにぴったりなのだ。

(この踊りに関しては、白人の豊満な姿態は、

どうしても似合わない。)

カンテ(Cante)と呼ばれる歌と

トケ(Toque)と呼ばれるギターが

踊りの地方(じかた)として場を盛り上げる。

能や日本舞踊においての地方と同じである。

バイラオーラ(女性の踊り手)が、眉間にしわを寄せ、

激しく腰を揺らせる姿には、女の情念のようなものが

感じられ、こころが揺さぶられる。





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3. マカオ 聖ポール天主堂跡の広場




朝早いこの時間、大勢の人達が、

熱々のお粥を啜っている。

三々五々に分かれたテーブルでは、

出勤前の中年の労働者達や地元の若いカップルが

夢中になって食している。

聖ポール天主堂(大三巴牌坊)は、ポルトガルがこの地を

支配していた頃の大建造物だったが、

主な建物は焼け落ち、現在は背の高い

ファサードだけが残っている。

 大寺院の近辺では、どこの国でも下町風情の

門前街が拡がっているものだ。

この地区も例外でなく、ひび割れた壁に囲まれた

小さな広場で屋台が軒を並べている。

でもこうした路地に迷い込むと不思議に居心地がよく

こころが癒されるのは、どうしてだろう?





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4. 釜山港の路地(韓国)




釜山港に限らず、港には路地がつきものである。

そしてどこか猥雑な雰囲気が漂う。

人間の体を見ても、いつも表向きの顔と

秘すべき部分があるのと同じように

人間のこころにも光り輝く部分と猥雑な部分の

両方が必要なのだと思う。

老人のための理想郷として、清潔で光り輝く街づくりをして

人集めをする例がときたまあるが、

猥雑な部分のない「ニュータウン」は、息が詰まる。

人間とは、不思議なものではないか。





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5. 新天地楽園(金沢)




金沢一の繁華街、香林坊の一角に、

「新天地楽園」

と呼ばれる路地がある。

そこは戦後、間もない頃によく見かけられた

バラック立てのような飲み屋街がある。

会社時代の後輩が、金沢支店に勤めていて、

いきつけの店があるというので、一緒に訪れた。

「赤城」という名で、その名前にふさわしく

男っぽい風情が漂う店だ。

無口で頑固を絵に描いたような親爺が、

ひとりでこの小料理屋を守っている。

味だけは確かなもので、

うまい肴をあてに男同士で

呑む酒の味は、格別だ。





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6. セーヌ川の中の島(フランス)




セーヌ川といえば、パリ市内を流れる川としての

認識が一般的だろう。

『パリの空の下、セーヌ流れる』の唄のように・・・・

でもセーヌ川はパリから北西の方向に延々と流れ

イギリスとの海峡に注ぎこむ大河である。

パリ郊外を北に向かい蛇行を繰り返し

ゆったりと流れてゆく。

途中にいくつもの中の島が点在する。

こうした中の島のひとつで

古い石作りの家のなかで住む。

独り静かに読書や絵画制作にいそしむ。

ときには食料の買い出しや気晴らしの一杯呑みに

舟で対岸に漕ぎ出だす。

遊行期の生活としては、ちょっと上等の部類に

入るのではないか。





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7. 中国・雲南省 香格里拉(シャングリ・ラ)




玉龍雪山や梅里雪山など六千メートル級の山々からの清流が、

原野をゆっくりと潤している・・・・・

羊や牛に似た”ヤク“が一日中、草を食んでいる・・・・・

涼しい風が木々の葉を揺らしている・・・・・・

中国・雲南省の北部、香格里拉(シャングリ・ラ)は、

「理想郷」のシンボルとしての有名な村だ。

この名前の由来は、ジェイムス・ヒルトン(米国の小説家1900~1954)が

書いた小説『失われた地平線』の中に出てくる理想郷の名前である。

チベット族の言葉で「こころの中の太陽と月」という意味だとも言われている。

 ここの村人達が、この小説の中で描かれる「シャングリ・ラ」は、

わが村のことだとして中国政府に申請し、正式に認可された。

漢字で「香格里拉」と当て字までして・・・・・

アジアの名勝地を中心にホテル展開をしているホテル・チェーン会社

バンヤン・ツリー・ホールディング・リミティッド(本社:シンガポール)は、

この地区一帯を整備し、その中に少数民族の民家風なホテルを建て、

この貴重な文化遺産を守ってくれている。





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8. 朱家角




朱家角は、上海市街から、西に車で40分ほどの位置にある。

中国の水郷古鎮として最も有名な観光都市のひとつだ。

明代には、紡績業、織物業そして米業などで相当繁栄したそうだ。

筆者が思い浮かぶ一番よく似た街は、ベルギーのブルージュで両者とも、

街中に水路が縦横に入り組み、昔風なつくりの商家が、水路沿いに軒を並べている。

もちろん舟で水路を巡り観光できるのも似ている。

違う点は、ブルージュの街に外から入るのにお金はかからないが、

朱家角古鎮に入るには、入り口で入場料10元を払わねばならない点である。

でも近郊の上海市街はグローバル化して、

ニューヨークや東京と同じような景観をしている中、

水辺の憩いの場として、いわば世界の文化遺産を残すために、

これくらいの投資をするのは、なんでもないことである。





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9. 湖面のきらめき(近江・海津)




海津は、江戸時代、若狭からの物産を琵琶湖経由で

大阪に運ぶため、大いに栄えた港町だ。

今なおその波止場の杭がところどころに残っている。

りっぱなお寺も町中に数々ある。当時は料理屋や宿屋が

軒を並べて、芸者衆の粋な姿も見られた。

現在、美容院が小さい町のわりには不相応なほど

沢山見られるが、それも当時賑わった町の名残りだという。

湖面は日差しを浴びてきらきらと光を反射している。





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10. 金沢 路地のコップ酒




それは冬の寒い日だった。紛れ込んだ路地にも屋根にも雪が積もっていた。

入社してまだまもない頃、自分の将来に自信を持てなかった。

人生に迷っていたのだ。

ふと思い立って大阪からこの金沢にひとりやってきた。

何故か油絵の道具を抱えて。

石坂とよばれるこの一帯は、昔賑わった「にしの茶屋街」の端っこだった。

近くには犀川が暗く流れている。

夕暮れ迫る路地の奥で手を凍えさせながら雪の路地の絵を描いた。

そして稚拙ながらひと通り仕上げると、路地の軒先の赤ちょうちんに導かれ、

熱燗のコップ酒を呷った。七輪の上の網で焼いた焼肉とともに・・・・・

誰にも知られずこの北の国の路地でひとり酒を呑むほろ苦さ!

三十年以上経った今もその密やかな歓びの感覚を覚えているのだ。





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Written & Painted by Mr.Akiyama

('13.12.22.)



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