History of Minoridaiko
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What?みのり太鼓
静岡県焼津市の十八自治会中根地区で活動するみのり太鼓は小学生、中学生、高校生大学生、社会人のメンバーで構成された和太鼓集団です。平成七年地域住民の和の象徴として結成され、大井神社大祭、文化祭、納涼大会に参加しています。
     下段にお囃子歴史考を掲載
 中根みのり大鼓の歴史 
私達が住む焼津市の中根地区にある大井浅間神社は慶長十年(1605年)に創建され、毎年秋の例大祭が行わ

れる。この例大祭には小さな屋台を子供達が引き廻してきたが、そこで地元のある翁が昔から伝わる笛だけのお

囃子曲を吹いてくれたそうである。それを聞いた昭和五十二年当時の中老会役員達がその曲の消失を恐れ地域

文化として継承することを決意し翁の指導の下太鼓を加えた「中根祭囃子」を完成させました。同時に屋台と神輿

を新調し地域住民が全員参加できる例大祭としての改革がなされました。

以来「中根祭囃子」は大人から子供達へと代々行き継がれ現在では小学生お囃子子供連により「中根屋台囃子」

「中根一番太鼓」「中根二番太鼓」を奉納し披露しております。

平成七年子供連を卒業した中学生、高校生、大学生達の熱望により稲穂のみのり、果実のみのりの豊作を祝い感

謝する
「中根みのり太鼓が生まれたのです。現在では子供連を卒業したメンバーにより引き継が

れ、中根地区を中心として
近隣地区での演奏活動をしている和太鼓集団です。
 
お囃子の歴史考
御神楽は神道上の伝承に従えば神前で奏する日本古来の音楽・舞のことで神代の昔、

天照大御神(あまてらすおおみかみ)が天磐屋(あめのいわや)に、引きこもった時

太陽神であるこの神がもたらす恵みが閉ざされた神々は大いに動揺し天宇受売命(あ

めのうずめのみこと)に命じ磐戸の前で楽曲を奏で舞を舞わせたところその賑わいに

何事かと訝った天照がを磐戸を少し開け外の様子を伺った瞬間、手力男之命(あめの

たぢからおのみこと)が力ずくで天磐戸を開け放ち、天照を再び世界に引き戻した。

その時奏された楽曲がお囃子の起源でありその舞が御神楽舞の起源であるという。

古来より宮中で行われてきた宮中御神楽(雅楽)と、一般の神社などに伝わる里神楽

があり、里神楽は民間に於ける俗楽で、雅楽に対しての民間の楽という意味であり、

各地方ごとに特色のある神事として発達してきたらしい。シルクロードを通り多くの

楽器や音曲が大陸から伝わり宮中での祭祀や仏教寺院での儀式に奏され前述の神話伝

説に残る日本古来から伝承されたものと混交し発展して来たものとおもわれる。

歴史的に見れば神の降臨を願うもの、降臨した神に捧げ奉納するものと見なされるが

田楽、猿楽、歌舞伎、声明等時間的流れの中で多くのものが交わり神仏に捧げるもの

から人間自身が楽しむ芸能へと発展したのだろう。

このの様に古来から行われてきた御神楽やお囃子は大きく分け伊勢神宮や京都祇園社

のものが全国に広まりそれがベースとなり各地にその土地特有の楽曲や舞を育て今日

に及んでいるのではないかと素人的に考えている。

我が中根みのり太鼓の横笛のメロディが歴史的にどのような系統をひくのか、近隣の

ものとどの様に違いまた共通するのか学術的検証が待たれる。

当地の大井浅間神社は水の治めの大井神社と山の鎮めの浅間神社の合体したものと思

われる。

大井はこの地方を流れる大河大井川であり太古氾濫と蛇行を繰り返し流域に多大な影

響を及ぼしその流れも現在よりも東寄り焼津付近を流れていたものと考えられる。

浅間神社は富士山信仰の神社でありこれまた太古よりその噴火がこの地方に影響を与

えたのであろう。この地に本中根より大井浅間神社の分霊を勧請した先祖住民達は素

朴に天変地変による厄災を避け水利による五穀の豊穣を願ったことであろう。

島田の大井神社や浅間大社に伝わる神楽やお囃子があるのかは知らないが調べてみる

価値があると思われる。
          世話人代表
             小長谷和夫
              焼津市中根53
               TEL054−624−3745
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