銃後の実態を検証!
 
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2019.03.01




 
最終更新日2014.12.8
「戦中・戦後の家計簿」より

昭和17年家計簿




昭和17年主婦日記
 昭和6年(1931年)の満州事変から昭和12年(1937年)の日華事変(盧溝橋事件)勃発後、日本軍は南京を占領して南京入城・南京大虐殺事件、そして昭和13年(1938年)には国家総動員法勅令が公布・施行されて、物資の生産、配給、使用、消費、所持、移動ほか日々の生活態度や言動・服装(すべての人的・物的資源)が総力戦遂行のため、政府が統制するという15年間に及ぶ戦時下の時代の話である。
 昭和16年(1941年)5月26日、九州最南端の鹿児島市において、ある女性(20歳)がひとりの男性(小学校教員26歳)と結婚した。
 彼女の父は、日本が南京を占領後、華中鉄道株式会社創立に参画のため、上海に赴任していたが、病に倒れて軍用機で日本へ運ばれ治療を受けるも、彼女が結婚する2年前に他界している。 結婚して約半年後の12月8日には太平洋戦争開戦となる。
 戦中戦後の混沌とした時代、一女三男をもうけながら波乱の人生を送ることとなるのだが、平成8年10月、76歳で他界するまでの半世紀以上にわたり、婦人之友社の家計簿と主婦日記を記し続けていた。終戦前後については婦人之友社より入手困難であったのか、手作りのノートに克明に記入されている。
 本人没後、これらの大量の記録資料は大部分が処分されてしまったが、その一部を最近発見したので、貴重な記録としてデジタル化を思い立ち少しずつ整理を始めた。
 戦前の書体や地方独特の文言ほか不鮮明な文字もあり、傷みも進んでいるため非常に読み辛い部分も多いが、可能な限り現物に忠実に再現して公開していきたい。
 当時の世相や物価等を知る上で何かの参考になればと思いつつ・・・・・・。   
平成18年9月 管理人

昭和23年手作り





昭和24年手作り
昨年(2006年)12月、“戦時下の若き主婦の家計簿・日記”の原作者の兄弟でただ一人だけご存命だった方が亡くなられた。いろいろと貴重な資料を
いただいたり、今だから話せる秘話等をお聞かせいただいたりしておりましたが、突然の訃報で残念でなりません。わずか1ヶ月ほど前に直接お会い
して歓談したばかりであったのですが・・・・・ご冥福をお祈りいたします。  しばらくお休みしますが、心の整理がつきましたら更新を再開いたします。

===== 2007年4月 管理人 =====
順次 公開しています。水色の月は一部公開済です。 主婦日記は昭和17年分より公開します。
昭和16年(1941年)            6月   7月  8月 9月 10月 11月 12月
昭和17年(1942年)  1月   2月   3月   4月   5月   6月   7月   8月   9月  10月 11月 12月
昭和18年(1943年)  1月   2月   3月   4月   5月   6月   7月   8月   9月  10月 11月 12月
                         
昭和23年(1948年)  1月   2月   3月   4月   5月   6月   7月   8月   9月  10月 11月 12月
昭和24年(1949年)  1月  2月 3月 4月 5月 6月 7月 8月 9月 10月 11月 12月
昭和25年(1950年) 1月 2月 3月 4月 5月 6月 7月 8月 9月 10月 11月 12月
※ 金額の単位は円です。100銭で1円です。最小単位は1銭となります。
※ 家計簿は費目別に記入するようになっていますが、簡略化して当座帳の形式で公開します。
※ 費目について
     :副食物費  調:米・燃料・調味料費    :住居費  :家具費  :衣服費  :交際費  :教育費
     :職業費(夫の小遣ほか) :修養費   :娯楽費  :衛生費  :臨時費  :特別費  :貯金及保険
   注1.副食物費の内訳は当座帳に記されており、家計簿には明記されていません。
   注2.交際費購入のためのバス代や送料などは交際費・・・・・・といった具合に分類されています。
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