高橋 尚子(Takahashi Naoko)
■ 所 属 スカイネットアジア航空
■ 生年月日 1972年05月06日
■ 出生地 岐阜県
■ 身長/体重 163cm/45kg
■ 自己ベスト
マラソン:2003年[2.19.46]
※データは2001年6月30日現在のものです。

 

 

野口 みずき(Mizuki Noguchi)
■ 所 属 グローバリー
■ 生年月日 1978年07月03日
■ 出生地 三重県
■ 身長/体重 150cm/40kg
■ 自己ベスト 5000m:1999年[15.34.36]
10000m:2004年[31.21.03]
ハーフマラソン:2002年[1.08.22]
マラソン:2003年[2.21.18]
※データは2004年6月30日現在のものです。 

 

千葉 真子(Masako Chiba)
■ 所 属 豊田自動織機
■ 生年月日 1976年07月18日
■ 身長/体重 157cm/40kg
■ 自己ベスト 5000m:1996年[15.20.13]
  10000m:1996年[31.20.46]
  マラソン:2003年[2.21.45]
※データは2004年6月30日現在のものです。

 


油谷 繁(Shigeru Aburaya)
■ 所 属 中国電力
■ 生年月日 1977年02月06日
■ 出生地 山口県
■ 身長/体重 163cm/51kg
■ 自己ベスト 5000m:2002年[13.39.38]
  10000m:2000年[28.13.76]
  マラソン:2001年[2.07.52]
※データは2004年6月30日現在のものです。 

 

諏訪 利成(Suwa Toshinari)
■ 所 属 日清食品
■ 生年月日 1977年1月29日
■ 出身地 群馬県
■ 身長/体重 178cm/58kg
■ 自己ベスト 5000m:2003年[13.50.80]
  10000m:1999年[28.15.45]
  マラソン:2003年[2.07.55]
※データは2004年6月30日現在のものです。

 

国近 友昭(Kunichika Tomoaki)
■ 所 属 エスビー食品
■ 生年月日 1973年4月22日
■ 出身地 山口県
■ 身長/体重 179cm/62kg
■ 自己ベスト 5000m:1998年[13.37.78]
  10000m:2003年[28.05.38]
  マラソン:2003年[2.07.52]
※データは2004年6月30日現在のものです。

 


小出義雄監督 佐倉アスリート倶楽部(株)代表
活動内容   マラソン・中長距離選手の指導
       講演活動および各大会へのゲスト出演
       「小出道場」の運営
       ジュニア選手の育成(海外の学校への陸上留学         システムの構築)など
スタッフ   滝田剛コーチ兼トレーナー
       阿部康志コーチ兼トレーナー
       小出由子、高橋正子

 

宗茂(1953年1月9日大分県臼杵市出身)モントリオール、モスクワ、ロサンゼルスの3大会五輪マラソン日本代表。双子の弟の宗猛(そうたけし)とともに、兄弟で多くの国際大会に出場し、入賞を果たした。 自己記録である2時間9分5秒6(1978年別府大分毎日マラソン)は、当時の世界歴代2位だった。このレースでも宗茂は、スタートより果敢に先頭に立ち、当時としては驚異的といえる5km14分代のペースを刻んだが、後半の強風により、世界記録の偉業は阻まれることとなった。その後まもなく、旭化成陸上部の監督に就任した。

 

 

金 哲彦

元リクルートランニングクラブ監督
現在ニッポンランナーズ理事長
日本陸上競技連盟強化委員

※早稲田大学時代は、箱根山登りの名人でした。


 

谷川 真理( 1962年10月27日 )福岡県出身。東京・武蔵野高、一橋スクールオブビジネスから市民ランナーを経て、1990年資生堂入社。1994年良品計画に移籍。現在はアミノバイタル所属。現在でもマラソンファンからの人気は高い。1992年のバルセロナオリンピックは惜しくも補欠代表に留まり、又1996年のアトランタオリンピックでは、選考レースでケガの為に力を出し切れず、念願の五輪出場は叶わなかった。

 

ワレンティナ・エゴロワ(ロシア・1964.2.16生)

バルセロナ五輪金メダリスト

自己ベスト 2時間23分33秒(94年・ボストン)

 

 

 

早田 俊幸(1968年5月2日 )県立岐阜商業時代まで野球部に在籍。1987年にカネボウに入社し陸上部に所属する。主に駅伝大会での活躍は目覚しく必ず前を走るランナーをしとめることから「駅伝ハンター」の異名をとった。1988年、瀬古利彦の引退レースとなった国際千葉駅伝に出場、1991年のバルセロナオリンピック代表選考会となった東京国際マラソンでは中山竹通、森下広一らと終盤までデッドヒートを繰り広げ3位に入るなど、瀬古、中山につづく日本マラソン界のホープとして期待された。アラコに移籍した1997年の福岡で当時国内最高記録となる2時間8分7秒を記録し復活。その後、熊本陸協を経てユニクロに入社。2000年から本田技研に所属。駅伝とトラックを中心に活躍した。2003年6月に現役引退。社業に専念している。

 

 

 

宗兄弟

兄、茂は現在、旭化成陸上部監督を離れ、九州保健福祉大学の客員教授として活躍。 年末の全国高等学校駅伝競走大会の男子と年明けの全国都道府県対抗男子駅伝(ひろしま男子駅伝)、別府大分毎日マラソンの解説者を務める。特にひろしま男子駅伝は第1回大会から解説を担当し続けている。弟、猛は旭化成の監督として後輩の育成に取り組んでいる。

 

 

 

 

 

夜久弘:ウルトラマラソンライター  

主な著書                                        「決定版!!100kmウルトラマラソン」(2002年)        「ウルトラマラソン完走の幸せリタイアの至福」(2001)    「ウルトラマラソンへの道」(1992年)
ラブリーロード」心優しきジョガーたち 改題− (2006)  91年、本邦初のランニングエッセイとして話題を呼んだ
『心優しきジョガーたち』が15年のときを経て復刊されました!!

 

 

 

 

 
市橋有里(1977年生)。徳島県鳴門出身。戸板女子高校卒業。 1993年に上京、東京ランナーズ倶楽部でトレーニングを開始。1998年東京国際女子マラソンでは浅利純子選手とデッドヒートの末2位。1999年セビリア世界陸上女子マラソンで銀メダルを獲得。世界陸上、オリンピック男女マラソンを通じて、史上最年少のメダリストとなる。2000年シドニーオリンピック日本代表。

 

 1980年6月2日、熊本市生まれ。21歳。
西原中から陸上を始め、九州学院高3年で百メートルインターハイ8位、国体少年A優勝。99年に400mの先駆者「高野進」氏を慕って,東海大に進学。
2000年シドニー五輪、昨年の世界選手権とも二百メートルで準決勝進出。四百メートルリレーはシドニー五輪が3走で6位、世界選手権が2走で5位と連続入賞。二百メートルの自己ベストは日本歴代2位の20秒26。(’00スーパー陸上)
178センチ、66キロ。

大南 敬美(おおみなみ たかみ 1975年11月15日- )は、福井県三方上中郡若狭町(旧三方町)出身のマラソンランナーである。2005年8月の世界陸上10000m代表だった大南博美は、双子の姉である(区別は、髪が短い方が姉の博美、長い方が妹の敬美である)姉の博美とともに、三方中学時代より県下トップ選手となり、美方高校進学後、竹中奈緒らとともに、全国高校駅伝に出場するなどの活躍をした。就職にあたっては博美と道が分かれ、トヨタ自動車に就職したが、その後博美が所属する東海銀行に移籍した。陸上選手として長距離トラック種目の実績は、姉の博美が先行していたが、フルマラソン進出後かつては妹の敬美の方が実績を上げていた。

土佐 礼子(とさ れいこ、1976年6月11日 - )(本名・村井礼子)は、日本を代表する陸上競技選手。専門は長距離(マラソン)。愛媛県松山市(旧北条市)出身。三井住友海上火災保険(旧・三井海上火災保険)所属。女子10000m日本記録保持者の渋井陽子、2005年世界クロスカントリー選手権代表の鈴木悠里・2006年世界クロスカントリー選手権代表の橋本歩らが所属(引退した選手では坂下奈穂美、市河麻由美らも所属していた)。傷害長期保険部に勤務。北条市立小学校→北条市立南中学校→愛媛県立松山商業高等学校→松山大学人文学部英語英米文学科卒業。類まれな人格者として知られる。2004年、アテネオリンピック女子マラソンの代表に選出され、5位入賞を成し遂げた。(現姓は村井だが、陸連登録名は現在も旧姓の土佐礼子である。)

1966年岡山県生まれ。就実高校、日本体育大学を卒業して、(株)リクルート入社。バルセロナオリンピック、アトランタオリンピックの女子マラソンでは銀メダル、銅メダルを獲得。1998年NPO「ハート・オブ・ゴールド」設立、代表就任。2002年4月アスリートのマネジメント会社「ライツ」設立、取締役就任。現在、国連人口基金親善大使、日本陸連女性委員会特別委員、国際陸連(IAAF)女性委員、日豪交流年 観光広報大使、米国コロラド州ボルダー在住。1990年「大阪国際女子マラソン」6位 2時間32分51秒(初マラソン日本最高記録)1991年「大阪国際女子マラソン」2位 2時間28分01秒(日本最高記録)「世界陸上選手権女子マラソン」4位  2時間31分08秒1992年「バルセロナ五輪女子マラソン」2位 2時間32分49秒1995年「北海道マラソン」女子優勝 2時間29分17秒(大会新記録)1996年「アトランタ五輪女子マラソン」3位 2時間28分39秒1999年「ボストンマラソン」3位 2時間26分39秒(自己ベスト)2001年「東京国際女子マラソン」10位 2時間31分00秒
◎自己ベスト2時間26分39秒(「ボストンマラソン」1999年4月19日)

 

 嶋原 清子 KIYOKO SHIMAHARA    second wind AC アスリート 1976年生  星 座:山羊座    血液型:A型   身 長:154cm    体 重:43kg                

 出身地:山口県   出身校:国士舘大学    趣 味:ショッピング   嗜 好:自然

4大会連続の26分台に国内大会では、すべて3位以内と安定した力を持つ。
気象条件が整えば、一気に自己記録更新も可能だ。
競技に対する姿勢は、後輩たちからの模範となっている。07大阪世界選手権マラソン日本代表選手

 

  生年月日/昭和51年4月18日生
 年令/24歳
 性別/女
 身長/161cm
 体重/47kg
 出生地/山口県
 職業/JAL

 出身校・在学校/洗足学園大附属高校

 

 

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