たきおクリニック 完全番外



赤裸々告白たきお半生を振り返る! 〜私の見たYAOI30年史・上〜



いやいや。
クリニック掲示板にて、新しいお客様が問題提起をしてくださった事に関して、その後いろいろと考えて見ました。
んでもって、その時私は 「単に同性の人間が二人いるだけですぐさま 『同性愛』 と考えるのは・・・それがやおいってもんだから」 とうっかり書いちゃったんですが、書いた後で 「本当にそうなのか? いや私は確かにそう思ってるんだけど、みんなはどうなのか」 という疑問が俄かに湧いてきました。
そこで。
そういうものが発生してから現在までの、 「私の歩んできた道」 と 「世間一般のやおいの歩んできた道」 (ただし私が見た範囲で) を一度振り返ってみたら、 「それがやおいってもんだから」 の私なりの結論が出るんじゃないかなあ、なんて気がしたので、こんなコーナーにする事にしました。興味のない方は、またたきおが馬鹿な事やってると思って読み流してくださいね。

さてさてまず最初にここを明確にしておこう。
私はとにかく根っからのやおいの人です。ええもう、それはそれは弁明の仕様のない根っからの。
どれくらい根っからの人なのかというと、今を去る事35年くらい前。たきおはまだいたいけな小学生だったのですが、その頃はやったものにグループサウンズというものがありましてな。そのブームの終わり頃に出てきたオックスというグループの、ヒデトと愛ちゃんの 「えっちはないがちゅーはある」 ホモ小説を、私はノートにしこしこと書き綴っておりました。しかもこれが初めての作品ではなく、その前には既に水野英子の名作 「ファイヤー」 の主人公受けホモも書いているというていたらく。  (余談その@ その小説の内容たるや、女の子みたいな愛ちゃんが仕事で女装する事になって、というのは本当に雑誌であった企画なんだけど、とにかく女装したらえれえ可愛いもんでヒデトがくらくら来ちゃって、鏡の中からにっこりされてどぎまぎするわ使った口紅をそっと持ち出して自分の口に薄く塗ってから空に向かって放り投げるわそりゃもう大変なもんでした。今と変わってねえな。しかし、これははっきりと覚えているが、 「ファイヤー」 のパロではいきなり冒頭主人公が薬を盛られて 「どうしてこんな事になってしまったのだろう」 という独白から始めるなど、今に続くスタイルといえなくもない。いやーもう一度読んでみたいものだ。七転八倒しながらさ。閑話休題)

もちろん、この頃にはまだそんな類の漫画はなく、いかにも健全な少女漫画ばかり。そもそもが男が主人公の物語は少女漫画として成立しなかった。少年漫画のほうは、伊賀の影丸女装シーンがあったり拷問シーンがあったりサイボーグ009 「ジョー。君はどこに落ちたい?」 があったりで私の目には相当いかがわしかったけど、作者がそのつもりで描いているのは全くない。永井の豪ちゃんくらいのもんかなあ。小説では、探せば一部の文学作品にはあったのかもしれないけど、小中学生の私の目の届く範囲では、せいぜいが江戸川乱歩にその匂いを嗅ぎ取る、という程度のものでした。  (余談そのA 海外SFでは、皆様ご存知のムーアのシャンブロウシリーズ、ル・グィンの 『闇の左手』 、誰も知らないシェリル 『ケスリス』 『ションジル』 『クタス』三部作がもう出ているな。いずれも無茶苦茶ホモくさい作品で、作者全員女とはこれいかに)
しかし、その頃から萌芽は既に、あちこちに芽生えていたのですね。

私が小学生から中学卒業まで毎週買っていた 「セブンティーン」 という雑誌。
内容はおしゃれ記事と西谷祥江などの健全漫画ばかりだったのですが、中に読者の投稿小説というのがありましてな。今から思うとこんなレベルの高い投稿が毎回続いていたとは思えない。もしかしたら栗本薫あたりが全部書いてたんじゃねえか? と私は思ってるんですが、その中に 「ジュリーとショーケンが砂漠で遭難して、喉の渇きのあまりにショーケンの汗を舐め、ある特殊な恍惚を感じる」 なんて小説が載っていた。 (他にも、世界の果てっぽい場所にある深い深い穴に魅入られて、少年が同行の少女の止めるも聞かずに中に入ったら、得体の知れぬ怪物に 「腿のあたりをもぎ取られて食われる」 なんてのもあって、やっぱり栗本せんせじゃねえのかこれ)
あるいは、その頃だと思うけど、虫プロ発行 「COM」 なんて雑誌に載ってた竹宮恵子の漫画が、兄貴と弟の交流だとか自分のライバルの子が火事で焼け死んだのを見て 「可哀相に」 と涙を流すとか、少女漫画の中でも木原敏江の漫画が何だかやらしいとか、私をして 「あっこいつら同類」 なんて思わしめていた。
果たせるかな、その人たちはその後続々と 「そのテの話」 を描いていく事になります。

覚えている限りで、一番早かったのは 「ファニー」 という前述 「COM」 の妹分の雑誌に載った峰岸何とかって人の 「盲目の少年がある日迷い込んできて主人公の男と」 という連載もの。はっきりとえっちシーンあり。少年が父親に強姦されてたりな。
後はランダムに、山岸涼子 『グリーンカーネーション』 竹宮恵子 『風と木の詩』 (えっちあり) 青池保子 『イブの息子たち』 木原敏江 『摩利と新吾』 萩尾望都諸作品。(えっちなし。あっ 『摩利と新吾』にはあったか)
これらは、具体的にいつ頃かは私全然覚えていないんだけど、とにかく 『真夜天』 の栗本先生を合わせて、このあたりをYAOI第一期第一世代 「自家発電グループ」 と名づけよう。 (もちろんYAOIなんつう言葉はまだありません)
ちなみにこの頃の同人界、というのは、私は全く知りません。SFの 『宇宙塵』 や、小説家の吉村昭が同人に属してた、なんて事は知ってたけど、現物を目にする機会はなし。でもそのあたりから類推するに、 「やってる人たちがお金を出し合って作る」 漫研とかのサークル誌が中心だったように思います。


さてさて、年代的にはこの世代と重なる部分もあるんだけど、実質的には第一世代の後を受けて、やおい史は第二期に入っていきます。一口に言うと、 「男同士」 というのがちょっとしたブームになり、漫画家さんたちが第一世代の影響を受けていろんな形でそういうものを描き始めた時期。

この 「影響を受けて」 ってのには様々な種類があったのですが、大きく分けると二つになります。
ひとつには、自家発電だけど第一期には年齢的にまだ小さかった人たちが 「これが私の描きたいもの!」 と飛び込んでくるケース。または本人に元々その趣味があって 「あっ少女漫画でそういう事をやってもいいんだ」 と安心して描き始めるケース。
それからもうひとつには、本人にその素養はないのに、トレンドとしてホモを出してくるケース。本人はそんなのやりたくないのに、編集さんから言われて、って場合もあったでしょう。
具体的に名をあげると、あんまりわかんないんだけど前者は河惣ますみとか。後はどんな人がいたのかなあ。 そういや魔矢峰央 (字が?) なんて何を思ってホモ描いてたんだろう。
後者では、名香智子あたりは完全に 「ファッション」 として出してました。少女漫画の王道、ひかわきょうこまでが 「男三人主人公それっぽいシーンもあり」 なんてのをやってたな。そうそう、 『ガラスの仮面』 速水真澄さまにまで 「彼を恋う」 男の影が。うううん。

このように、少女漫画界男同士花盛り、だったけど、基本的にまだそれは裏街道、って感じでした。全体からするとあくまでも少数に過ぎなかったし、第一 「ちょっといかがわしいそんな感じ」 で時には遊んだりしても、まともにホモ描いたものは少なかった。男が主人公の話も少なかった。えっちシーンなんてとんでもないです。
有体に言うなら 「きわもの」 扱いでした。河惣の 「ツーリングエクスプレス」 と野妻ま○みの 「羽根くんシリーズ」 の連載がかち合った時、花ゆめ編集から 「ひとつの雑誌にホモは二ついらん」 と言われた、と、私はわけあって一時期交流のあったご本人の口から聞いてます。この一事でもわかるように、まだ男同士は 「隠された、一部の人が読むもの」 だった。ええとここは実名は伏せよう。

そしてこのあたり、だったよねえ。雑誌 「JUNE」 が創刊されています。
「JUNE」 は最初 「JUN」 という表記で、途中で同名のファッションメーカーにいちゃもんつけられて 「JUNE」 にしたんだけど、内容は、竹宮恵子にウォルフガングのえっちさせたり木原敏江にお嬢吉三を描かせたりという物凄いハイブロウな事をやる一方で、今少女小説家になってる人と多分同じ人なんだと思うけど、折原○と、なんつうのに 「ユーリとエーリクそのままの絵で名前だけ変えてへぼえっち」 なんて事をさせて、翌号読者から総スカンを食らう、なんて事をやっている。玉石本当に混合のこの 「JUNE」 は、確か8号で休刊します。 (しかし折原○とも、そんな昔の事をあのズレたエーリクの絵とともに覚えててこんな風に書かれるなんて、思ってもいないだろうなあ。しかしあの状態からよく立ち直ってここまで来た折原。えらいぞ。こないだの貴乃花と同じくらいに感動したぞわたしゃ) その後、私は何かの感想でも出したんだろうか。覚えがないんだがハガキが来て、 「ナントカって雑誌の別冊として復刊する事になったんだけど、買ってくれる?」 と書いてあるから。 「買う買う」 と言って返事した。よみがえった 「JUNE」 は、ひさうちみきおや柴門ふみなんかも載ってて、 (まだ駆け出しの頃のね) なかなかいい本になって今に至る。同じ頃アドニスとか月光?なんてのも出たけど、生き残れませんでしたね。

漫画界はこういう状況で、この時期にやおい界に流入したというか輩出されたというか、 「JUNE」 読んでた人も含めて第二期第二世代 「第一期に影響を受けて始めた人グループ」 と命名しよう。
ちなみに、私はこの時期はひたすら読む一方。時々新撰組の話を書いたりしていたが、やおいはなし。影も形もなし。
同人界の状況はまだ私にはわからず。この後すぐに身を投じた時に読んだものから類推するに、少女漫画界と同様 「裏街道でひっそり」 「やってもおちゃらけ」 くらいの感じだったんではないでしょうか。同人界全体も、まだ 「みんなでお金出し合って本を作る」 「読む人イコ−ル描く人」 の図式が多かったんでは?

で、この時期のあと、だいたい昭和62年くらいから、例の一大ムーブメントが起こります。
そうだ、キャプつば。
この時期から、本来の同人の意味もやおい界全体の事も、大きく変わっていくんですけど、今回は時間がなくここまで。
続きは明日アップします。

さてさて、読んでお分かりのようにここまでたきおは同人界の渦中に全然いなかったし、雑誌の内容についても記憶違いということももちろんあろう。
訂正、補足などありましたら、掲示板にてお教えください。後半にフィードバックします。



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