Baghdad Burning

バグダードバーニング by リバーベンド

... I'll meet you 'round the bend my friend, where hearts can heal and souls can mend...

友よ、私の心が失われあなたさえ見分けることができなくなったら、どうか私を偉大な文明をはぐくんだ、チグリス・ユーフラテスの胸元に連れて行って欲しい。そこで私は心を癒し、魂を再生させるでしょう。

2006年7月30日 日曜日

カーナーの虐殺・・・

わたしたちが住んでいる中東の今の時期は、太陽が目がくらむほど輝いているというのに、最も暗い日々が続いている。

今朝わたしは、テレビに映し出される殺戮と破壊の光景で目が覚めた。一瞬イラクの映像かと思ったけれど、数秒たって、それがレバノンのカーナーであることがわかった。イスラエルが空爆した町々のうちで、一番最近のものだ。映像は凄惨といった言葉ではすまないものだった。そこでは、何トンという瓦礫の下からバラバラになった肢体や身体が引っぱり出されていた。そして愛する者たちを捜して嘆く身内や友人たちの姿…人道的機関によれば、今までのところ、34人は子どもだったとのことだ。あいつらは避難所で眠っている子どもたちを爆撃して殺したのだ−1991年のアミリヤシェルターでの虐殺にそっくりだ。(注:アミリヤシェルターについては、 2004年2月13日のブログを読んで下さい)

反応がなく異様にひん曲がった子どもたちの屍骸がテレビに映し出されていた。子どもたちの顔に凍りついたまま残っていたのは苦痛とショックの表情だった。わたしはテレビの真ん前に座り込んだまま泣き崩れていた。イラク人にとって毎日の現実になってしまっているこのようなことに対して、こんな悲しみをまだ感じるなんて思わなかった。これはイラクではないけれど、同じことなのだ。一般市民が殺人攻撃に晒されている。そして、占領に対して闘っている。

あまりの絶望感に、わたしはまともにものを考えることができなくなっている。怒りで爆発しそうだ。イスラエルに対して、アメリカ、イギリス、イラン、そして殆どのヨーロッパの国々に対して。無辜の者たちへの虐殺を許し傍観した罪で、世界は地獄へ落ちるだろう。ああ何ということか、34人もの(ほんとにこれだけ???)子どもたちを。国連は無能以下だ。彼らは世界を良くするための国々の連合から(かつてそうあったとしてだけど)、墓堀人夫の寄せ集まりになり果てている。せいぜい、廃墟となった建物からバラバラになった身体を掘りだし、それが誰であるかの確認をし、合同墓地に犠牲者を葬るのを手伝っているだけだ。虐殺を止めようともせず、反対の声をあげようとさえせず、めちゃめちゃになったところに来てきれいにするのを手伝うだけなのだ。アラブ人の生命の重さは、そんなに軽いものなの?もしこれが、アメリカやイギリスやフランスや中国で起こったことなら、だれかさんがとっくの昔に原子爆弾を落としていることでしょうね…どうしてこんなことが起こっているの?

安全保障理事会はどこにいるの???なぜ彼らはイスラエルを止めさせなかったの?エフード・オルメルト(イスラエル首相)は、このあいだコンディ(コンドリーザ・ライス米国務長官)に、殺戮にはまだ10日か14日が必要だと言った−それに対して、何の対抗手段もとられていない!アラブの役立たずな指導者たちはどこにいるの?アメリカ寄りの腰抜けの首長たちは、もういい加減に黄金の宮殿から這いずり出て、この殺戮を糾弾したらどうなの?我らが大統領や指導者たちは彼らの石油樽の深さ分くらいは影響力があるのに。

これでも、世界の人々はどうして「テロリスト」が生まれるのか、わからないのだ!15歳のレバノン人の少女が、カーナー空爆で5人の兄弟姉妹と両親と家を失った...エフード・オルメルトはただちに、彼女も殺した方がいいことになる。なぜなら、この少女が彼や何であれ彼に代表されるもの全てに対して憎しみのかけらもなく成長すると考えているとしたら、それはとんだ勘違いというものだからだ。

この破壊行為というのは、どちらがやるかによって、テロリズムにされるか自国防衛にされるかが決まるのよね?民兵や反乱分子や抵抗勢力の兵士であれば、それはテロリズムとされる(もちろん、民兵や反乱分子や抵抗勢力がCIAに特別に資金提供されている場合を除いてだけど)。もしそれが、イスラエルやアメリカやイギリスの軍隊だったら、先制攻撃か、「テロに対する戦争」ということになるのよ。何百もの無辜の生命が奪われることなどは問題ではないの。昨夜のように子どもたちの命が奪われたとしても−どうせ彼らは、たかがアラブ人なんだからいいじゃないかってこと、そうなんでしょ?

ちがう?

午後10時16分 リバー

(翻訳:ヤスミン植月千春)


2006年7月11日木曜日

暴虐・・・

長い夏になりそうだ。いまはほぼ半ばにさしかかったところだが、一日一日がのろのろと過ぎていくだけのように思える。この夏は、暑さと、ハエと、何時間も何時間も続く停電と、至るところで見つかる死体とがごたまぜになっている。

一昨日は破滅的な日だった。この日はジハード地区での殺戮のニュースで始まった。地元の住民たちによれば、午前中、黒装束の私兵たちが車で乗りつけ、路上の人びとや、家の中にいる人に対してさえも発砲したという。彼らは路上の人びとを捕まえ、IDカードをチェックし、スンニ派の名前かシーア派の名前か確かめた。スンニ派の人びとは連れ去られ、殺された。その場で殺害された人たちもいた。メディアはこの事件を軽く取り扱い、37名が亡くなったと報道したが、住民たちは60名近い死者が出たと言う。

この殺戮事件で恐ろしいのは、この地区が、内務省治安部隊と米軍によって2週間近くも封鎖されていたということだ。先週、この地域の人びとが訪れる「スンニ派」モスクの前で車両爆弾が爆発した。大虐殺の前夜には、同じ地区のシーア派のフセイニヤ[イマームフセインの子孫を悼む、シーア派のモスクの一種]の前で車両爆弾が炸裂した。その翌日、悲鳴と銃撃と人びとの死がこの地区に満ち溢れた。米軍と内務省治安部隊とがなぜ即座に対処しなかったのか、だれにもわからない。彼らは地区のまわりで傍観し、大虐殺が起こるにまかせていたのだ。

午後2時近くになって、つらい知らせを受け取った。この殺戮で私たちは親友を失った。T.は26歳の土木技師で、友人たちとグループをつくり、ジャドリアのコンサルタント会社で働いていた。最後に会ったのは1週間前。うちに立ち寄って、お姉さんが婚約したと知らせてくれたのだった。彼は、いま取り組んでいる最中のプロジェクトの写真を持っていた。バグダード郊外にある、半ば倒壊した学校の建物だ。

彼はいつもは朝の渋滞と暑さを避けるために7時に家を出ていた。昨日、彼は家にいることにした。前夜に突然止まった発電機の修理をするために、アブー・カマルを家に連れてくると母親に約束したからだ。彼の両親によると、T.が歩いて地区を出て行こうとしたとき、銃撃が始まった。Tは頭部に銃弾を二発受けた。彼の弟は、Tが着ていた血まみれのTシャツで、ようやくTを見分けることができたという。

この地区の人びとはみな家に留まっている。だれもあえてこの地区に足を踏み入れようとしない。そのため、虐殺された人びとのための弔いの儀式はまだ始まってもいない。私はまだ彼の家族に会っていない。お悔やみを言えるだけの勇気とエネルギーが自分にあるかどうか、自信がない。この数ヶ月に、伝統的なお悔やみの言葉を1000回も言ったような気がする。「バキーヤ イブ ハヤトゥクム…アーヒル イル アフザン…」、「これがあなたの最後の悲しみになりますように」。けれど、これは空しい言葉。口ではこう言いつつも、私たちは、いまのイラクでは、いかなる悲しみも―どんなに大きな悲しみでも―これでお終いとはならないと知っているからだ。

昨日はガザリヤでも攻撃があったが、犠牲者については、まだなにもわからない。殺戮の背後には、サドルの民兵のマフディ軍団がいると言われている。イラクについて世界が聞かされているニュースと、この国の実際の状況とはまるで違う。人びとが自宅や住んでいる地区から追い出され、路上で殺されているというのに、アメリカ人やイラン人や操り人形たちは国民会議や進歩について話している。

バグダードはもはや一つの都市ではなくなったかのようだ。いまは小さな町々に分断されて、町ごとにさまざまな相貌の暴力がのさばっている。私は眠るのが怖くなってしまった。朝になるといつも、ひどいニュースがあまりにたくさんあるから。テレビはひどいニュースの映像を見せつけ、ラジオはひどいニュースを言いふらす。新聞には死体の写真が載り、紙面からは荒々しい言葉が飛び出してくる。「内戦…死…殺害…爆発…レイプ」

レイプ。アメリカ人がしでかした最新の残虐行為。実は最新というわけではない―たんに、いまもっとも大々的にニュースになっている事件ってこと[2006年3月12日に米兵10数名が起こしたレイプ事件。同年7月に報じられた]。かわいそうな少女、アビールは、米軍に最初にレイプされた女性ではないし、レイプされるのが彼女で最後というわけでもない。今回レイプ事件が発覚し、公表された唯一の理由は、彼女の家族が全員、彼女とともに殺されてしまったことだ。イラクでは、レイプは触れてはならない話題だ。ここでは家族はレイプについて通報したりしない。報復するのだ。この3年間というもの、アメリカが管理する刑務所で、またハディーサやサーマッラーのような町々が包囲攻撃にあっているときに、レイプが行われたという噂をずっと聞いてきた。自分たちの「ヒーロー」がそんな残虐な行為をすると信じられないアメリカ人のおめでたさときたら、お話にならない。占領軍がレイプなんてするわけないだろうって???あなたたちは国をレイプしたのよ、国民をレイプしないってわけがある?

ニュースでは、アビールの年齢は24歳ぐらいだったとされているが、この地区のイラク人によれば、たった14歳だったということだ。14歳。あなたの14歳の妹のこと、あるいは、14歳の娘のことを思ってみて。少女が、変質者たちのグループに集団レイプされ、殺され、レイプを隠蔽するために死体を焼かれたと、想像してみて。彼女の両親も、5歳の妹も殺された。アメリカのヒーローを歓呼で迎えよ。「解放」の支持者たちよ、頭(こうべ)を高く上げよ。今日は汝が軍隊を誇るべき日。軍がアメリカの法廷で裁かれるべきだとは思わない。彼らは地区の人びとに引き渡されるべきだ。それでこそ、正義が適切に行われるのだ。われらが最低の首相、ヌーリー・アル=マーリキーときたら、アメリカ人たちに守られた安全なお屋敷に身を隠したままで「独自の捜査」を求めている。だって、レイプされ、おそらくは拷問も受け、あげくに殺されたのは、彼の娘でも妹でもないんですものね。彼の家族は国外にいて、憤激するイラク人からも、狂ったアメリカ兵からも、なにもされる恐れがない。

このことについて聞いたり読んだりすると、激しい怒りでいっぱいになる。かつて私がイラクにいる外国の軍隊に対して抱いていた同情は消え去った。アブー・グレイブでの残虐行為により、ハディーサでの殺害により、最近のレイプと殺戮のニュースによって、そうした思いは根こそぎなくなってしまった。装甲車に載った彼らを見るとき、正直に言おう―やつらが19歳だか39歳だかということを気にかけることなんてできない。やつらが生きて家に帰れるかどうか、気にかけることなんてできない。やつらが家に残してきた妻や両親や子どもたちのことに思いをはせることなんて、もうできない。恐怖のただなかにあるときに、そんなことを気にかけることなんて、できない。彼らを見て、私が思うのは、いったいやつらは何人の無実の人を殺したのだろう、家に帰るまでにさらにどれだけの人を殺すのだろうということだ。いとけないイラク人の少女を、これからまだ何人レイプするのだろう?

どうしてアメリカ人たちはさっさと帰らないのだろう?彼らはもう十分に損害を与えている。もしも彼らが「逃げ去った」ら、イラクはめちゃくちゃになるだろうという話を聞く。でも、事実をいえば、いま現在、彼らはなにもしていない。事態がこれよりどれだけ悪くなるっていうの?人びとは路上や自宅で殺されている―これに対してどんな対策がなされているの?なんにも。彼らにとっては都合のいいこと―イラク人がたがいに殺し合えばいい、彼らは虐殺を傍観していればいい―殺人とレイプに参加したいと思わない限りは。

シリアやヨルダンに向けて出国するバスも飛行機もタクシーも、夏の終わりまで予約満杯だ。人びとは大挙して荷物をまとめて去っていく。ほとんどの人は国外にそのまま留まるつもりだ。ここでの生活は耐え難いものとなってしまった。もはや国外で暮らす人々にとっての「生活」とはまったく別のものになったからだ。ただ生き延びるだけ。なんとか無事にその日を過ごし、次の日につなげ、愛する人や友達を失うことに立ち向かう―Tのような友達を失うことに。

Tが本当に亡くなったと考えるのは難しい…きょう私はメールをチェックしていて、受信トレイに彼からの未開封のメールを3通見つけた。その瞬間、心臓が止まるほどの激しい喜びに突き動かされ、彼は生きていたんだ、と思った。Tは生きていた!なにもかも、恐ろしい間違いにすぎなかったんだ!貴重な数秒間、目まいのするような信じられない思いに私は身をまかせた。それからメールの日付に目が止まり、打ちのめされた。彼がメールを送信したのは殺される前夜だった。一通はジョークを集めたもの、もう一通は猫の写真いろいろ、そして、3通目は、アメリカ占領下のイラクを歌ったアラビア語の詩だった。彼は、戦争によっても失われなかったバグダードの美しさを描写した数行を強調表示していた…私はいつもバグダードは世界でもっとも素晴らしい都市のひとつだと思っていた。でも、いまこの瞬間、Tや、あまりに多くの無実の人びとの血で汚された都市を、少しでも美しいと見るのはとても難しい…

午後11時43分 リバー

(翻訳:いとうみよし)