Baghdad Burning

バグダードバーニング by リバーベンド

... I'll meet you 'round the bend my friend, where hearts can heal and souls can mend...

友よ、私の心が失われあなたさえ見分けることができなくなったら、どうか私を偉大な文明をはぐくんだ、チグリス・ユーフラテスの胸元に連れて行って欲しい。そこで私は心を癒し、魂を再生させるでしょう。

2005年7月15日金曜日

ハリドのために祈る・・・

 ラエドから悪い知らせ。弟さんのハリドが新生イラク秘密警察ムハバラートに誘拐されたのだ。

 私たちはみんな、ハリドが無事でありますように、アッラー(神)が彼の家族にこの困難を乗り越えることができるよう力をお与え下さいますように、と祈っている。

Nid3eelek bil salameh wil rijoo3 ila il a7ibeh wil ahal wil 7'irooj min hathihi il mi7neh bi 7'air ya Khalid...

  ラエドは「はざまのラエド」(Raed in the Middle)というブログをやっている。
 ハリドは「秘密を教えて」(Tell Me a Secret)というブログをやっている。

(訳注:ラエドたち一家の活動の一端は、「バグダッド・バーニング」4月18日の項を見てください)  


訳注(1)ラエドのブログから。

7月12日
 今日、家族の一人がバグダードで行方不明になった。生きていますように・・・
7月13日
 まだ、見つからない。家族全員と友人たちで、バグダード中の病院、遺体安置所を探している。全市のイラク警察署、イラク軍拘置所、イラク特殊部隊拘置所、イラク私兵集団の拘置所、米軍拘置所と刑務所を尋ね歩いている。彼が拘束されていたとしても、通常2週間は何の情報も提供されないと言われた。 ここで、彼の名前を明らかにしていないのは、もし(非政府系の)集団のしわざだった場合を考えて安全に配慮したためである。

7月14日
 さいわい、政府の連中のしわざだった。
 朝7時、母がうれしさいっぱいの大声で私を起こした。「ハリドは無事よ」。家族の中で、ニキとぼくだけがまだこの「うれしい知らせ」を知らなかったのだ。ハリドがムハバラート拘置所から父に電話してきて、生きていることを伝えたのだった。ハリドは大学でムハバラートに拘束され連行されたと言ったという。父から母とマジェドへ、そしてぼくたちへと知らせが伝えられた。 ぼくたち家族の喜びようたっら、まるで宝くじにあたったみたいと、人は思うだろう。母なんて午前中いっぱい、ハリドの行く末をあれこれ、結婚式をどうするかまで計画して過ごしたくらいだ。 地球上のどこかほかのところでは、子どもや家族の一員が2日前に行方がわからなくなって、秘密警察から電話があったとしたら――とんでもない災難、人権の侵害と受け止められるだろう。
 ところが、イラクでは、うれしい知らせなんだ。
  これ以外の場合、どんなことが考えられるか。SCIRI(イラク・イスラム革命最高評議会)とバドル旅団によって、拷問され処刑されてゴミ捨て場に捨てられる、イラク警察に捕まり車の中に置き去りにされて窒息死する、米軍に捕まり行方不明になって、何ヵ月もどこかの米軍拘置所で虐待される、無数にある犯罪集団の一つに誘拐されて、家族から数千万ディナールを奪われるか、命を奪われる。
  これで、どうしてムハバラートに拘束されているのがいい知らせなのか、わかったでしょ?
  父によれば、ハリドは自分の書いたものかブログのことを何か言っていたという。ぼくたちのブログがハリド誘拐の理由かどうかはわからないけれど、あり得るかもわからない。もしそうならぼくたちは、ぼくたちの政治的理想――反暴力、反占領、対話支持、言論の自由支持などわれわれ家族がいつの世にあってももち続けてきた信念すべてのために闘う。
  目下の目標は、ムハバラートに法廷でハリドの容疑は何か(もしそんなものがあるなら)明らかにさせることだ。

訳注(2)ムハバラートは、サッダーム・フセイン政権下のイラク秘密警察、情報機関。2003年秋に復活した。

#  続きは ハリドが救出されるまで をお読みください。
  (私たちは彼が救出されるまで経過をサイトにアップします)

(翻訳 池田真里)
2005年7月1日金曜日

信じられない・・・

 「大量破壊兵器は見つからないだけじゃなくて、とうとう演説からも消えてしまった!」 ブッシュの演説を聞きながら、わたしはEに言った。その時聞いていたのはアラビア語への同時通訳。ブッシュは、この2年間各種演説で使ったあれこれのたわ言をあい変わらず使い回していた。

 E(弟)と年下のいとことわたしは、ほかよりは冷たいリビング・ルームのタイルの床の上にてんでに座っていた。もう3時間も停電していて、使っている発電機ではエアコンは入れられなかった。Eとわたしは演説が始まる前に、今日のテーマは何か、賭けをしていた。Eは、ブッシュはホワイト・ハウス作製の妄言虚言のごみの山をほじくって、使い古しの大量破壊兵器を拾い出してくるだろうと予想した。それに対してわたしは、ブッシュはまたもや911を持ち出してくるだろうと言った。何万もの命を犠牲にしてもまだ、わたしたちは911の責任を負わなければならないのだ。なおこの上に。

 わたしが勝った。演説はテロについてだった。「兵器」の話は、リビアに関連して1回だけ出ただけだ。「テロリスト」という単語はなんと23回も出た。

 ブッシュは演説の初めから終わりまで、明るい現状を描き出そうとやっきになっていた。ブッシュによれば、イラクは占領下で繁栄している。ブッシュのイラクには、復興があり自由(占領ではなくて)があり民主主義がある。
 「違う国の話をしてるんだ・・・」と、わたしはEといとこに言った。 「そう。"別の"イラクの話だ。大量破壊兵器のあるイラク」と、Eも言った。

 「じゃ、いったい何なの、これ? 何でこのばか者は演説をしてるのさ」と、いとこは天井の扇風機がカチカチと向きを変えているのを見つめて言った。今日はアラウィ売国政府に架空の主権が移譲された1周年記念日だということを、わたしは思い出させてやった。
 「あ、アラウィね・・・まだ生きてるの?」 いとこの返事にはがくっときた。「わからなくなったよ。ヤワルのあと、それとも前? 首相だった? 大統領に選ばれたんだっけ?」

 演説が始まってすぐ、9・11、そして9・11とイラクとの嘘っぽい関係が 登場した。いとこは、アメリカにはまだイラクが9月11日に関係してると思う人間がいるのかと不思議がっていた。

 ブッシュの言。「アメリカの、そして世界中の軍隊は対テロ世界戦争を戦っています。2001年9月11日、わが国土は襲われ世界戦争の一端に巻き込まれたのです」。

 ほんとにこんなことがいまだに信じられてるのか? ただひとつの大量破壊兵器も見つからなかったのに? 戦争前には、ただ一人のアメリカ人もイラクで殺されたことがなく、それに引きかえ今はおよそ2000人ものアメリカ人が死んだというのに? これらすべてを考えてなお、理性ある人々が9・11とイラクが関係しているという主張に納得しているなんて理解しがたい。また現在のイラクは2003年当時より脅威でなくなったとほんとに思っているなんて信じられない。

 戦争前、イラクにアルカーイダはいなかった。あの種の過激主義には無縁だった。斬首も誘拐も宗教的不寛容もなかった。ツイン・タワーが崩れ落ちたとき、わたしたちは心からアメリカとアメリカ人に同情していた。ところが、イスラム原理主義者、あるいはアラブ人のしわざというニュースが流れ始め、わたしたちは打ちのめされたのだ。

 今はもう9・11の衝撃も色あせてきた。そして、10万人を超えるイラク人の命と1700人以上のアメリカ人の命が失われた現在、かつてと同じ同情を呼び起こすのは困難になっている。イラク人は一人も関わってないというのに、3千人のアメリカ人の死と高層ビル2棟の崩壊をもって、イラクの悲惨な現実をむりやり正当化するなんてことがどうしてできるのか。

 ブッシュの言。「イラクは対テロ戦争の最前線であります。(中略)イラクにおける連合軍作戦担当司令官でこの基地(訳注:演説が行われたノース・カロライナ州フォートブラグ基地)の上級司令官であるジョン・ヴァインズ中将は先日うまく表現しました。『海外でテロと過激主義と戦うか、アメリカ本土で迎え撃つか、どちらかだ』と。」

 「海外」って言うけど、まるで濃い髭の男たちで(たぶんラクダも)いっぱいのどこやも知れぬ砂漠のことみたい。演説の「海外」って、平和や繁栄を享受するに値しない、いや生きることさえ認められない劣等民の国を指しているらしい。

 アメリカ人は知らないのかしら? テロとテロリストの温床、この広大な不毛の地またの名「海外」は、人類文明誕生の地であり、いまはこの地域の中でも最も先進的で開化した人々が住む土地であることを。

 アメリカ人は気が付かないのかしら? 「海外」とは、おおぜいの人が、つまり男も女も子どもも刻々と死んでいっている国だということを。「海外」はわたしたち何百万人もの人間が暮らしているところ。ここで生まれ育ち、子どもたちを産み育てたいと願っている。あなたがたの言う、争いとテロの巷(ちまた)で。

 ここ、わたしたちのところへ戦争がやってきた。そして今、目の前でこの国が崩壊していくのを見つめていなければならない。町々が爆撃され銃撃され住民が追い出されるのを、友人や愛する人々が拘束され殺され、恐怖や脅迫からやむをえず国を出ていくのを、ただ見つめているのだ。

 ブッシュの言。「敵の本性は、モスクの周囲を含め人通りの多いバグダードの繁華街で自動車爆弾を爆破させているテロリストに見るとおりです。モスルの研修病院を自爆攻撃するテロリストに明らかです(略)」。

 わかったわ。そう、ブッシュはモスクがとても心配。イラクの占領軍にモスク攻撃と礼拝者たちの拘束をやめさせたらどうかしら。強制家宅捜索したり爆撃したり、ファルージャやサーマッラでやってるようにモスクを米軍狙撃兵の待避所に使うのも。それにモスルの研修病院に自爆攻撃を仕掛けるテロリストですって? たぶんファルージャで唯一機能していた病院を攻撃したアメリカ軍からヒントをもらったのよ。

「イラクの人々が国を再建できるよう支援を続けます。30年に及んだ独裁の後の再建は困難です。そして戦時における再建はいっそう困難であります」。

 30年に及んだ独裁が、町々を爆撃し焼き払ったのではない。「衝撃と畏怖」といったさまざまな戦術で社会基盤を破壊したのは30年の独裁ではない。ブッシュは言及しなかったが、戦争前は現在のように下水があふれることも、何日も何日も断水することもなかった。電気は毎日8時間(今のように)なんてことはなかった。地域によっては今も、とてもじゃないが8時間も電気は来ていない。

「イラクの人々は自由な社会の仕組み、つまり言論の自由、集会の自由、信教の自由、法の下の平等に基づく社会を作ることによって」これまでの国民内部の対立と抑圧を克服「しようとしています」。

 道路はあちこち封鎖され数多くの地区が完全に出入り禁止で、自分は自宅に軟禁されているのかとたびたび思えるほど私たちは自由だ。友人や親戚一同おおぜい集まると目立ってしまい、アメリカ軍やイラク軍の強制家宅捜索を呼び込むことになるから集まるのが怖い。私たちはそれほど自由に集まれる。

 イラク軍に関してブッシュが言ったことは・・・あまり多すぎて引用できないくらい。ただしブッシュが言わなかったこと――イラク軍の構成員の多くは、以前私兵集団に属していたこと。また、その多くが戦争後全国に蔓延し数週間も続いた略奪と襲撃の犯人だということ。

 「新設されたイラク治安部隊は日々勇気を示してくれています」

 そうでしょうとも。新イラク国家警備隊のお得意は、強制家宅捜索と大量拘束。連合軍からたっぷり学習したのだ。彼らは風のようにやって来ると、ドアを蹴りとばし金品を奪い一家の女性たちを脅し男性を拘束していく。イラク治安部隊がどのくらい有能かというと――数週間前のこと、ファルージャで赤信号を無視した警察の大物が車で走り去るところを撃ち殺すことができたほど。

 ブッシュは「自由なイラク」についてぺちゃくちゃしゃべり続けたが、「自由なイラク」を残して、アメリカ軍は一体いつ撤退するのか、占領はいつ終わるのかまったく何も言わなかった。
 どうしてアメリカは撤退の予定をたてないのだろう。占領を早く終わらせるためにどうして何もなされていないのか、私たちはずっと不思議に思っている。

 アメリカ国民はこんな演説の数々を信じ続けるのか? あきれるばかりだ。

 「何だって信じるさ」とEはため息をついた。「どんなばかげたことを吹き込まれたって、信じるのさ。思いつく限り最高にとんでもない嘘を考えてごらん。それを信じるような国民なのさ」
 これを聞いて、いとこは好奇心を刺激された。起き直ると言った。「最高にとんでもない嘘だって? こんなのどうかな。イラクは火星からエイリアンを呼び集めてカンフーを教えて2010年にアメリカをやっつけようとしてる」

 「信じるだろうよ」とEは保証した。「じゃこんなのは? イラクは西側諸国へ向けて放とうと、狂犬病にかかった噛みつきウサギを品種改良している。これだって信じるよ」

 ホワン・コール(いつものように)とトムディスパッチもだが、マイケル(Mykeru)もこの演説についてすてきな記事を書いている。

(以下訳注)
マイケルのサイト(英文)
ホワン・コールのサイト(英文)
トムディスパッチのサイト(英文)

午前3時21分 リバー  

(翻訳 池田真里)