Baghdad Burning

バグダードバーニング by リバーベンド

... I'll meet you 'round the bend my friend, where hearts can heal and souls can mend...

友よ、私の心が失われあなたさえ見分けることができなくなったら、どうか私を偉大な文明をはぐくんだ、チグリス・ユーフラテスの胸元に連れて行って欲しい。そこで私は心を癒し、魂を再生させるでしょう。

2005年4月18日月曜日

いいニュースと悪いニュース・・・

 まず悪いニュースから。勇気ある若い女性マーラ・ルジカがバグダード空港へ向かう途中で殺された。マーラの活動と関わった人々のことはここにある。  http://www.civicworldwide.org/  (訳注:マーラ・ルジカはアメリカ、カリフォルニア州の小さな町レイクポートで育った。アフガニスタンやイラクで家々を一軒ずつ訪ねて一般市民の戦争犠牲者の実態調査を行い、米議会を動かして被害者のための補償制度を勝ち取った。4月16日イラクで乗っていた車が爆破され死亡、28歳だった。上記サイトはマーラが作った戦争で犠牲になった一般市民のための組織CIVICのサイト)

 もっと深くマーラを知りたい人はここを読んで。  http://justinalexander.net/ (訳注:バグダードで占領監視活動をしていた26歳のイギリス人女性のサイト。マーラの死の数日後イラクを去る。マーラのことが書かれているのは、4月19日付けMarla's Memorial) http://raedinthemiddle.blogspot.com/ (訳注:マーラと、市民犠牲者の実態調査をしているラエドのサイト。マーラについては、4月17日の項に書かれている)

いいニュース。イラクの一般市民のための緊急援助物資がさらにもう一便、発送された。この活動はラエドたち家族が始め、すべて家族でやっている。ラエドのブログには、寄付をした人すべての名前(イニシアル)と積み上げられた援助物資の箱などのたくさんの写真、それにスキャナーで読みとったレシートがきちんと記録されている。 http://raedinthemiddle.blogspot.com/ (訳注:このサイトの4月14日の項。第一期の活動として3回に分けて援助物資が発送され、これをもってまずは第一期を終了したと述べられ、収支、寄付者リストなど詳しく報告されている。活動開始後6カ月間に寄付総額18,343ドル、うち17,783ドルが支出され残金560ドルは第二期の活動に回される。リストにはリバーベンド・プロジェクトから送られた寄付2,900ドルも載っている。下記で日本語で読めます。 http://teanotwar.blogtribe.org/entry-46789b1ff03d92c1f9593e66bcc92d53.html

 この活動を支えているすばらしい人々のうち何人かの名前をあげる。
ラエドとイラン人女性のニキ http://raedandtheirani.blogspot.com/
ラエドの弟ハリド http://raedandtheirani.blogspot.com/ 
もう一人の弟マジード http://me-vs-myself.blogspot.com/ 
ラエドたちのお母さんファイザ http://afamilyinbaghdad.blogspot.com/ 

午後1時17分 リバー

人質危機・・・


 きっとおおぜいの人がイラクで目下進行中の事態に注目していることでしょうね。シーア派数十人がマダインという町でスンニ派暴徒に人質にされたという事件のこと。http://news.bbc.co.uk/2/hi/middle_east/4452093.stm 
 
 このことを初めて知ったのは数日前だった。テレビ局アル・アラビヤの字幕ニュースで流れた。字幕でははっきりしたことはわからなかった。大体こんなことだった。「イラクのある町でスンニ派ゲリラが60人を人質に捕り、シーア派が一人残らず町を出ていかなければ人質を殺すと言っている」 ニュースでは町の名前も、ゲリラが何と名乗っているかも、事件の経緯についてさえ何も明らかにされなかった。

 詳しい情報を期待してニュースチャンネルを見つめていた。字幕を読んだとき心配で気持ちが重く沈んだことを思い出す。あれこれチャンネルを回したあげくにインターネットで調べてみることにした。ヤフーで見つけたのは同じようにあいまいなニュースだったが、もう少し詳しいことがわかった。町の名は、バグダード南方のマダイン、人質事件を通報したのはあるシーア派の著名な政治家だということ。

  その時点でテレビのニュース局はまだ詳細を伝えていなかった。人質事件の報道を続けていたのは、アル・アラビアとアル・イラキヤの2局だけ。だが、伝えられる人質の数は増えた。マダインのシーア派人質は150人となり、イラク国家警備隊と米軍が町を包囲していつでも急襲できる態勢を敷いていた。

 マダインはスンニ派とシーア派の町で、遠い昔から争うことなく共に暮らしてきた。マダインは、住民は一帯の部族の出身で、たとえ深いつき合いはないにしても名前くらいはお互い知っているという町の一つだ。町で有力な部族は、スンニ派とシーア派が混じり合っている。住民間の争いごとは、宗教的なものというより部族や家族の問題から起こる。

 多勢のスンニ派ゲリラが町を襲い、女性や子どもを含む60人から150人の人質をとったなんて異常で恐ろしい話だったが、噂が広まってから2日目には、何やら疑わしいものになっていた。

 バグダードでは本気にされなかった。ほとんどの人は手を振ってニュースを否定し、「マダインを攻撃したいだけのことさ」と言うのだった。スンニ・トライアングルの一角で、これまで1年間アメリカが手を焼いてきた町なのだ。多くの攻撃がこの町が拠点だといって報道された。しかしファルージャ、サマラ、モスルとは事情が違っていた。マダインの住民の半分はシーア派だったからだ。攻撃しようにも簡単ではなかったし、理屈も立たなかった。

 現にきのうはマダインから来たシーア派のデモ参加者たちが、噂は真実でなく町は平穏で、急襲や家宅捜査の必要はまったくないと訴えていた。

 この数日間、イラク政権当局はテレビに出ては人質事件は「制圧され」、事態は収拾に向かっていると述べ立てていた。収拾すべきものなど何もないことは明らかであるのに。人質についての情報はまったくなかった。当事者たる多数のシーア派の住民からさえも。2,3人が誘拐されたということはあり得るだろうが、スンニ派ゲリラがシーア派を追い出すという話と結びつけようがないと言う人もいた。

 さて、AP電はこう述べている。

 「マダインをめぐる混乱は、民族、宗派間の溝が深く、暴力の恐怖が日常であるような国にあっては噂がいかに速く広がるかということを示している。」
http://news.yahoo.com/news?tmpl=story&cid=540&u=/ap/20050418/ap_on_re_mi_ea/iraq&printer=1 

 えー、違うわ。そうじゃない。そもそも事件は噂として始まったのではない。噂は現実の人間を通してもたらされるものだ。灯油配達人がばらまく、隣人から聞く、配給所の人が広めるというふうに。この事件がある情報源から発信されたことは、はっきりしている。ニュース速報として現れ、「匿名を希望するイラク人シーア派高官」からの情報とされた。この高官は、自分が報道機関に伝えた噂の責任をとらなければならないだろう。

 そしてまた、

「シーア派指導者と政府高官は当初35人から100人が人質となっていると考えていた。しかし、住民は、人質が捕られたという形跡は何もないという人々もいて、その説に異議を唱えていた。」

 私たちは、新任の政府高官や報道担当官の多くがぬけぬけと嘘をついているのを知っている。治安や復興や民主主義について嘘をついたってかまわない。もう慣れてしまった。家族の団らんや電話で冗談にして笑うのみ。しかし、スンニ派とシーア派の人質事件のような深刻なことがらについて嘘をつくのは、まったく次元が違う。許しがたいことだし、このたびの危機をめぐってスンニ派とシーア派が武力衝突する可能性はほとんどなかったとはいえ、それでもひじょうに不安な事態であった。また宗派間の抗争に火をつけたい者たちにとっては絶好の機会だった。

 我がイラク政府は、「いうことをきかない」で一般市民犠牲者や強制家宅捜索といった日常のニュースを報道し続けるといって、テレビのニュース局や新聞の活動を禁止するような政府だ。操り人形たちは臆面もなくこのように危険な噂を報道機関にまき散らしているというのに。

午後1時6分 リバー

(翻訳 池田真里)
2005年4月9日土曜日


残酷な月・・・

 今日、国中で何千人もの人々がデモをした。バグダードの多くの地域では交通が遮断されていた。治安確保とデモ隊に対応するため、と思う。スンニ派のデモもいくつかあったが、参加者の大多数は実はシーア派とアル・サドルの信奉者たちだった。参加者はバグダード中からやってきて、フィルドス広場に集まった。解放広場とされているところだ。何千人という規模だったのにどのニュース局もまったく報道しなかった。アル・ジャジーラは昼のニュースで抗議行動を断片的に伝えたが、ほかはどの局も別のニュースにかまけていたようだ。E(弟)が以下のリンクを送ってくれた。このサイトで抗議行動をしっかり見てほしい。 http://bellaciao.org/en/article.php3?id_article=5723 
 
 BBCとユーロニュースは、チャールズ皇太子とあのぞっとするカミラとの結婚式にかかりきりだった。CNNは法王の葬儀を放送していた。バグダードやモスルやアンバールや南部のデモなんか気にするものはなかった。何十万人ものシーア派が「アメリカ、ノー。テロ、ノー。占領、ノー。 生き地獄にノー。イスラエルにノー」と叫びながらデモをしていて、その数は恐ろしいほどだったというのに。

 クルド人のジャラル・タラバニが大統領に指名されてからというもの、多くのシーア派は荒れている。大統領職はただの象徴でなんの意味もないなんて説明では納得させられない。イラクで言う「La izayid we la inaqis」、つまり「それで増えも減りもしない」。みんな政府のポストは「象徴」だと思っているのだ。だから、どうしてシーア派が最高の象徴であるポストに就けないんだ?――というわけなのだ。クルド人がどうやって血塗れた手の人物を戴くことに合意したかということも不安をかきたてる。タラバニは、トルコ、イギリス、アメリカなどと取引しているといわれ、これまで同じクルド人のバルザニと勢力を争い何千ものクルド人を死に追いやってきた。

 今はもう暖かい。蒸し暑い空気を少しでも動かそうと天井の扇風機を点けることも多くなった。世界のどこでも4月は新たなスタートの月だけれど、イラクでは違う。4月は最良の月ではない。蒸し暑く砂埃がたちこめ、その上今は占領下。この4月は砂埃で明け、家具は砂色におおわれて光沢を失ってしまった。ここ数日息をしても食べても飲んでも砂埃だった。大気は少し澄んできたが、それでも何もかも少しばかりうらぶれて汚れてみえる。この国の今の空気に似つかわしい。

 2年が過ぎ、再び占領記念日がきた。この1年、何が変わったのだろう。2004年の4月と同じ顔ぶれ、だが、2005年のこの4月、並び方が違っている。チェスの駒たちは動かされ位置を決められ、誰もがこのゲームにうんざりしてしまった。

 4月は残酷な月だと言ったのは誰だったかしら? そう言った人はよくわかっていたのだ・・・

午後11時19分 リバー 

(翻訳 池田真里)
2005年4月3日日曜日

アメリカのメディア攻撃

 朝、目が覚める。歯を磨く。眠気を目から洗い落としてキッチンに向かう。コーヒーか紅茶を一杯に、朝ご飯を何か。ふらりと居間に入って、リモコンを探す。いつもの場所にあった。どういうわけか決まってソファーのクッションの間にはさまってる。テレビをつけ、立ったままチャンネルを回して、眠っていた6時間の出来事を要約してくれる短いニュースか何かを探す。最後に、画面に収まったさわやかな顔におちつく。豊かな髪、はなやかなパワースーツ、歯の装いも忘れず、色鮮やかな爪で、穏やかにニュースを読んでいる。このアンカーはジュリー・チャン。CBSの「アーリー・ショー」(The Early Show)が、何とニューヨーク五番街から生放送されている!

 この番組を見ているのはどこの国の人か当ててみて。3回まで答えていいわ。アメリカ人? いいえ。カナダ人? いいえ。イギリス人? 日本人? オーストラリア人? ぜーんぶ、間違い。答はイラク人。でなければヨルダン人、レバノン人、またはシリア人、サウジアラビア人、クウェート人、それでなければ…でも、分かるでしょう。

 2年前、イラクの戦争の大半はスマート爆弾やハイテク・ミサイルで爆撃されることだった。今は違う種類の戦争になった。むしろ同じ戦争の別の面に過ぎないのかもしれない。今や私たちはアメリカのメディアからの攻撃にさらされている。メディア攻勢は瞬く間にあらゆる場を席巻した。

 まず、「ボイスオブアメリカ」(VOA)のように戦争前でも聞けたラジオ放送が布石になった。戦後は他のラジオ局が次々生まれた。例えば、無機的な声で私たちに武器を置け、家に留まれ、と命じたラジオ局。イラク訛りでアメリカのニュースを送り込んだラジオ局。音楽だけを流すラジオ局。その上衛星放送があって、私たちは絶えずアメリカの音楽を聴き、アメリカのホームコメディや映画を見ている。公平を期そう。標的はイラクだけではない。アラブ諸国全体がねらい打ちされている。しかも、すべて巧妙に仕組まれている。

 「アル・フラ」(Al-Hurra)は自由を標榜するテレビ局で、アメリカがアラブ世界にプレゼントしたもの。何をしているかというと、歴史的出来事に関するドキュメンタリー(アメリカのドキュメンタリー)や映画スター(アメリカの映画スター)、リゾートスポットのドキュメンタリーを翻訳して私たちに見せてくれる。いたるところでアラブ人アンカーがニュースを伝える。(まるで「フォックスニュース」をアラビア語で見ているような気分。)アラブ世界についてアメリカの偏向を加えて報道するのがこのニュースだ。

 イラクの新「国営」放送各局はお笑いぐさにほかならない。最高の傑作は--ぞっとするという意味よ--アル・イラキヤ(Al-Iraqiya)。アメリカがスポンサーだと言われているけれど、その姿勢は紛れもなくイラン寄り、反スンニ派だ。これ見よがしに「テロリスト」を映し出して、わが国の国家警備隊が家宅捜索に有能なばかりか、街ゆく人々を苦しめる技も優れていることを見せつけようとする。おかしなことに、テロリストは大方オマールやオサマンなどのような「スンニ」風の名前がついている。彼らはモスクでセックスをしたことや女性を強姦したことを認める。吐き気のするような話ばかりだ。でもイラク人は信じない。なぜなら、イラク人、スンニ派、イスラム教狂信者は困りものだというアメリカの定義を補強するために制作されたことが明らかだから。心理作戦の工作員はもっと巧妙な手が思いつかないのかしら?

 MBC放送のコレクションもある。実体はサウジアラビア資本だけれど、知るかぎりドバイに本社を置く。チャンネルがいくつかある。最初はまずアラビア語放送が主体のMBCで、十分に無害だった。トークショーや討論番組、エジプト映画のほか、時には音楽番組やファッションものを流した。

 次にMBCのアル・アラビアが登場した。サウジアラビアがアルジャジーラの解毒剤にするつもりで新たに開設したチャンネルだ。私たちは並行してMBCのチャンネル2も見ていた。これは英語による映画とテレビ番組だけが流れる。番組の中身はさまざまで、「オプラ・ウィンフリー・ショー」[訳注:全米のトークショーで過去18年視聴率トップ。オプラ・ウィンフリーは映画『カラーパープル』に出演]のようなトーク番組から「フレンズ」「サード・ロック・フロム・ザ・サン」「サインフェルド」のようなコメディーまで幅広かった。今年になって、MBCは不可思議なことをした。チャンネル2を24時間放送の映画専門チャンネルにして、あらゆる種類の映画--古くはクリント・イーストウッドのカウボーイもの、近作では『ビューティフル・マインド』など--を提供する、と発表したのだ。テレビ番組とコメディーは新設のMBCチャンネル4に移されるということだった。

 私も初めはこうした変化を歓迎した。映画の大ファンというわけでなし、ひとつのチャンネルで好きなコメディーやテレビ番組がみな2時間の映画に邪魔されずに見られると知って、すてきだと思った。いつでもチャンネル4を回せば、せいぜい30分から1時間で終わる番組で、興味をそそるものやおもしろいものが見つかるわけだから。初めてMBCチャンネル4で「60ミニッツ」を見たとき、何かおかしいという気はしなかった。テーマが何だったか思い出せない。でも、ぼんやりながら興味を持ったことと、なぜ私たちが「60ミニッツ」を見ているのかとどこかにとまどいがあったことを覚えている。間もなく、夜に放送される「60ミニッツ」だけの問題でないことに気づいた。朝の「グッドモーニング・アメリカ」、夜の「20/20」「60ミニッツ」「48アワーズ」「インサイド・エディション」「アーリー・ショー」…アメリカのメディアが絶え間なく攻撃を浴びせていたのだ。快活な声がアラビア語で言う。「さあ、あなたも『みんな』の見る番組が見られますよ!」。「みんな」というのは、明らかに無数のアメリカ人を指している。

 MBCチャンネル4の番組表はこんな具合。
9:00am CBSイブニングニュース
9:30am CBSアーリー・ショー
10:45am ザ・デイズ・オブ・アワー・ライブズ(The Days of Our Lives)
11:20am ホイール・オブ・フォーチュン(Wheel of Fortune)
11:45am ジェパディ(Jeopardy)[訳注:クイズ番組]
12:05pm 夜の番組の再放送--20/20、インサイド・エディション、など
 番組はまだまだ続く。

 ここ何週かはこんな番組に魅了されていた。最大の衝撃は、ニュースがあまりにクリーンすぎるという事実だ。まるで病院食のよう。なにもかも整理が行き届き、消毒されている。いちいち区分けされていて、分量に細心の注意を払って配分された有様が感じ取れるほど。アフガニスタンの女性の権利に2分間、イラク軍の訓練に1分間、なんとテリー・シャイボさん[訳注:植物状態だった女性で、尊厳死をめぐり論議を呼んだ]に20分。報道はどれも軽快で楽しげだ。アンカーはそれ相応に関心ありげな顔をしているが、その実まったく気にも留めていない。

 1カ月ほど前、私たちは「20/20」で、あるインタビューの供応を受けた。インタビューされたのはサブリナ・ハーマン--アブグレイブの写真の一部に登場した、あの魔女。例の人よ。顔のない裸のイラク人たちを積み上げ、人間のピラミッドに仕立て上げて笑っていたわ。聞き手はエリザベス・バーガス。このインタビュー番組は吐き気を催すほど、何から何まで不快だった。サブリナは潔白で、軍の規律に縛られ、上官への怖れでがんじがらめになっていた--これが、あの人たちが描こうとしていた姿。番組は、米軍兵士がジュネーブ条約(人道教育の必要性など)について一度もまともに教育されなかった状況を何度となく繰り返し、かわいそうなサブリナがスケープゴートに仕立てられる過程に幾度も触れた。戦争前にサブリナが働いていたレストランを映し、誰もかれも彼女が蝿一匹殺せないほど「やさしい人」だと思っている姿を見せつけた。

 私たちはテレビを前に座っていた。別世界に属するような、別の銀河にいるかのような気がした。さまざまなウェブサイトから、私はいつも嗅ぎとっていた。アメリカのニュースの主流が現実からはるかにかけ離れていることを。どれくらい離れているかがわからないだけだった。すべてが爪を抜かれ、単純にされる。誰もが誠実この上ない。

 それに私は、リアリティーショーがなぜこれほど世の中に受けるのかわからない。「サバイバー(Survivor)」「マーダー・イン・スモールタウンX(Murder in Small Town X)」「フェイキング・イット(Faking It)」「ザ・コンテンダー(The Contender)」…きりがない。生活に飽き飽きしたあまり、他人の生活が一変するさまを見なければやっていけないというの?

 リアリティーショーについては私なりにアイディアがある。ブッシュ支持者を15人選んで、例えばファルージャ郊外の家に最低14日間放り込むの。そうしたら私たち視聴者は、水の問題や電気不足、検問所、家宅捜索、イラク国家警備隊、爆撃、それに「反政府集団」に彼らが対処する有様が目の当たりにできるというわけ。彼らの家がこなごなに爆破されるところも、なけなしの財産がすべてコンクリートやレンガでぺちゃんこになったり、燃えてしまったり、弾丸で蜂の巣にされたりするところも見られる。まっさらから(ただし150ドル相当の資金をもらって)暮らしをやり直すところも見られる…。

 「こんな」リアリティショーなら見るだけじゃあない。毎回欠かさずビデオに取るわ。

 午前1時08分 リバー

(翻訳 岩崎久美子)