Baghdad Burning

バグダードバーニング by リバーベンド

... I'll meet you 'round the bend my friend, where hearts can heal and souls can mend...

友よ、私の心が失われあなたさえ見分けることができなくなったら、どうか私を偉大な文明をはぐくんだ、チグリス・ユーフラテスの胸元に連れて行って欲しい。そこで私は心を癒し、魂を再生させるでしょう。

2005年1月27日(木)

水不安シンドローム

急いで書かなくては。あと2時間ほど電気が通じているから――願わくばだけど。昨夜、水が出た。ほんの少しぽたぽたと出ただけだけれども、ぜんぜん出ないよりずっといい。

Eが真っ先に気がついた。みんなでリビングルームにいたとき、Eがとつぜん跳びあがり、聞き耳をたてたのだ。「聞こえる?」と彼はたずねた。私は飛行機かヘリコプターか銃声でも響いているのかと耳を澄ました。 何も聞こえない・・・でも、待って・・・何かが・・・せせらぎのような・・・水? そんなことってある? 出るようになったの? 私とEはバスルームに走った。この8日間、ほんの少しでも水が出ないかと期待して蛇口を開けておいたのだ。やっぱりそうだ、水が出ている。ほんの少しだけれど、決心がつかないかのように水がちょろちょろと出たり止まったりしていた。Eと私は流しの前で祝福の声をあげ手を叩いてちょっとした勝利のダンスを踊った。

それから沢山の仕事をした。夜中、水を入れられる物にならなんにでも水を入れた・・・やかん、なべ、カップ、ビン、バケツ、なんにでも。今は階段の下の空いていた場所に、幾つもの水の入った大きななべに、虫やほこりが入らないようにトレイや急場しのぎのカバーで蓋をして置いてある。

昨晩はほとんど眠らなかった。また水が止まってしまうのではないかと心配だったから。事実、まだ水が出ているだろうかと、午前4時にそっと階下に降りてみたら、Eが同じように降りてきていてバスルームの入口に立っていた。母は「水不安」シンドロームと呼んでいる。夜になれば水の出がもっと強くなるのではないかと願っていたのだけれど、水圧は今も本当に低い。もし水がずっと出ていたら屋上の大きな水タンクをいっぱいにしておこうと昨晩決めたので、今朝はEも私も早起きした。このタンクの水が電気ヒーターに直接行くことになっているのだけれど、しばらく使っていなかったので、それを閉めて予備の貯水庫にすることにしたのだ。もう無防備でいることはできない。飲み水の値段もあがって先週は1リットルあたり1000ディナールにもなったのだから。

Eと私は一日中、何回もバケツで水を上に運んだ。水の流れが弱いので10リットルのプラスチックの手桶をいっぱいにするのに17分かかる(時間をはかってみた)。今まででバケツ10杯分運びあげた。キッチンの蛇口までは水がきていないため、汚れた食器をバスルームまで持ってきて、今、そこで洗い物をしている。残念なことに電力事情は悪化している。私たちの地域では20時間ごとに4時間ほど電気がきているけれど、ほかの地域ではどうなっているのかまったく分からない。誰とも遠く隔たってしまっている感じだ。

バグダードはこの数日、不安定だった。先週は幾度か爆発があって、その回数には驚かなくなった私たちも、幾つかの爆発のすさまじさにはたじろいだ。間もなくの選挙とそれにまつわるさまざまなことには本当に恐ろしさを感じている。投票所に学校が選ばれたことも私は気に入らない。今、学校は休みだけれども、警備に不安があるのは目に見えている。投票所が爆撃されるのは分かっていること。学校はようやく設備をそろえたり整理したりしている最中で大切なときなのに、爆発のトラウマがそれに加わったらたまったものじゃない。学校を使うなんてひどい考えだわ。

夜間外出禁止はこれから午後6時に始まることになり、その上、一般の禁止に「車による外出禁止」が加わる。正確な時間は知らないけれど、一日のうち数時間は、徒歩で外に出るのはよくても車では出られないのだ。こんなことを強制するなんてまったく理解できない。

ガージー・アル・ヤワル暫定大統領が昨日、LBCでインタビューを受けていた。候補者リストの最初に誰の名を置くかで決裂したので、彼とアラウィが同じ選挙人リストにはもう載っていないことは確かだ。ガージーはリストの1位は大統領だと提案したが、アラウィはシーア派の誰か(つまりアラウィ自身)がふさわしいと主張した。今、アラウィ派が285人、候補者名簿にあがっていて、ヤワル派は288人だと思う。

インタビューで私が気に入ったのは、チャラビが逮捕される可能性についてどう思うかという女性リポーターの質問だった。ガージーは狼狽して、自信がなさそうだった(きっと彼は海外にいてCNNをみていなかったのだ)。彼が実際にはどう答えたかというと、チャラビが指名手配されていると言った人間はおそらく自分の「個人的」意見を述べたまでであって、それが「政府」を代表する発言ではなかったはずだというもの。その人間というのが国防相であってもいいのかしら。きわめて公平に言って、彼はどの政府のことを指しているのか言わなかった。私には彼が言っているのが米政府か、英政府か、それとも今の傀儡政権か分からない。彼が言うには、チャラビが逮捕されるには本人が何か悪事を働いたという「証拠」がなければならないそうだ・・・インターポールが彼を指名手配しているだけでは十分ではないらしい。

現政府がこれほど調整がとれていないのをつぶさに見るのはがっかり。内部で話し合ってさえいないように見える。罪を誰が犯していて、誰が犯していないか、それすら決めることができないのが分かって本当に残念だ。「正義のビシー政権のふりをするための愚か者向け虎の巻」はないものかしらね。(訳注:ビシー政権は、第二次世界大戦中のフランスにおける親独政権だった)

うわさでは、間もなくあらゆる連絡手段が途絶えることになるという。今でも電話はよく不通になるし、携帯電話は何日もつながらないことがときどきあるけれど、そのうちウェブでのアクセスもできなくなるかもしれないと聞いた。今は学年度の中間休暇中なのに学生は誰もどこにも動こうとしていない。みんな自宅に縛りつけられているのは警戒態勢が厳しいし、どこかへ行って爆発でも受けたら恐ろしいと思うからだ。爆発で殺されなくても、イラク保安軍か米軍に殺される恐れはあるし、殺されなくても、頭に紙袋をかぶせられてアブ・グレイブ刑務所に連れていかれるという危険は誰にでもあるのだから。

この数週間というもの、辺りに不安が募っているのが手にとるように分かり、みんなの神経をぴりぴりさせている・・・燃料不足、水不足、電気不足。どこもかしこも戦争が始まった頃に似ている。
ホアン・コールが「ブッシュがするべきだった演説」を載せていて、それがとてもいい。私の意見では、今年の就任演説でブッシュはこんな風に最後を締めればよかったのにと思う。 「は! 私が本当に再選されるなんて信じられないよ! 信じられない! 虐待がだ〜い好きな人間もいるんだね」

午後4時29分  リバー

(翻訳:高橋茅香子)


2005年1月22(土)

暗いイード・・・

 きょうは、イードの3日目。イードはイスラム教の祭日で、ふつうなら大家族が集まって食べたり飲んだり、お祝いするとき。今年のイードは違う。今年のイードは、耐えがたい。始まりの日に何とか集まったが、誰もが祝祭気分ではなかった。何回か爆発があった。遠くのものも近くのものもあったが、これすら、日ごと高まっていく緊張に比べれば何ということもない。
 
 6日間、蛇口から一滴の水も出ない。6日間。占領が始まったのは、いつも水不足になる夏だったが、そのときでさえ、庭の水道栓の一つからはちょろちょろと出て、まったく止まってしまうことはなかった。いまは、その蛇口からも出ない。ずっと料理用と飲料水に水を買っている(値段は高騰した)。掃除はあきらめること。イードの間、家をきれいにしておくのが習慣だから、掃除ができないのは、ほんとうにいらいらする。イードが近づくと、モップ、ほうき、雑巾、消毒剤が総動員の大活躍だ。掃除をすると、自分も新しいスタートができるという気になる。家も、その家の住人たちも生まれ変わっていくようだ。今年は違う。皿を洗う水がやっと。入浴は、灯油ストーブで温めた鍋の湯数リットルで間に合わせなくてはならない。
 
 水は平和に似ている――奪われるまで、いかに大切なものか真に知ることはない。流しに近寄り、蛇口をひねって、うなり声だけで何も出てこないと、頭にくる。トイレも使えない。皿は、二人の人間がかりで洗うまで、山積みになっている。一人に水を注いでもらいながら、もう一人が皿をこすり洗うのだ。
 
 どうして、こんなことになったのか。電力事情が悪いせい? もしそうなら、以前そうだったように、1日数時間は、水が出るはずだ。それとも、選挙へ向けての集団処罰みたいなものか? そんなことある? はじめ、この地区だけのことかと思っていた。でも、聞いてみるとほとんど全地区が(全部ではないにしても)この干ばつにあっているらしい。
 
 この国の外にいる人々は、きっと「集団処罰」という言葉を聞くと、信じられないというように首をふるだろう。「リバーベンド、それは違うよ。そんなことありえない」。 しかし、きょうびは何でもありなのだ。多くの地域では人々は、もし選挙に行かなかったら、スンニであれシーアであれ、毎月の配給食料の量を減らすと脅かされている。イラク国民は、90年代の初めからずっとこうして配給を受け続けてきていて、多くの家庭にとっては、主要な生存の糧なのだ。いったい、選びたい人もいないのに強制的に投票させる民主主義って、何?
 アラウィとその一派は、数日前、パンフレットを配った。低い位置の蛇口なら出るかと思って、庭に出てみたら、代わりに見つけたのは、庭の門の下に押し込まれた紙切れだった。点検してみるや、占領下イラクに安全と繁栄を最優先で約束しますという、「アラウィに1票を」のたぐいのパンフレットだとわかった。まったくの役立たずだわと思ったが、そうでもなかった。Eが最近飼い始めたインコのかごの下敷きにちょうどぴったり。
 
 ヨルダンとひょっとするとシリアとの国境も閉鎖されているという。きのう、バグダードには入れなくなっていると聞いた。バグダードに入る主要道路には米軍の検問所があって、どこから来た車でも帰されているという。状況は最悪で、いまはこれからの見通しも暗澹としている。
 
 状況がどんどん悪くなっていくと、望みもどんどん小さくなっていくのは、驚くばかりだ。イラクには、それを表したことわざがある。「Ili yishoof il mawt, yirdha bil iskhooneh」。「死ぬんだったら、熱なんてなんでもない」。民主主義、安全、電気でさえあきらめた。水だけ出るようにして。

午後4時19分 リバー

(翻訳 池田真里)

2005年1月15日(土)

イマード・ハッドゥーリのブログ

 イマード・ハッドゥーリ(訳注:2003年11月30日日曜日の当ブログに詳しく紹介されている)を覚えてる? 『イラクの核の蜃気楼』(原題:Iraq’s NuclearMirage)を書いた原子力物理学者よ。これは必読の書。そのイマード・ハッドゥーリがついにブログを始めたの。「フリーイラク」(Free Iraq)というサイトを見てほしい。「フリーイラク」はイラクの現状というより展望を書いている。いろいろとおもしろい記事にリンクを張っているし、彼自身による英語のコメントもそれぞれついている(ブログの一部はアラビア語で記述)。

午後11時6分 リバー 


幻の大量破壊兵器

 もう1週間近く電話が通じなかった。ようやく今日つながったばかり。6日間というもの、受話器を取っては耳を澄ませたけれど、まったく音がしない。ゼロ。どこまでも沈黙。だから、私は空しく「もしもし」と繰り返し、人差し指で手当たり次第に番号を押してしまう。もちろん、いつもこうなるとは限らない。日によっては、受話器を取ると「もしもーし、おーい」と叫ぶ大勢の人声が聞こえてくる。ある時など、Eはまったく見ず知らずの人と電話でおしゃべりを始めた。その人も電話がつながるのを待っていたから。Eは叔父に電話しようとしていたし、相手の女性は孫息子に電話したかったの。
 通話音はほぼ1時間前に戻ってきた(朝からチェックしていたの)。このチャンスを利用するわよ。

 電気事情はそれほど改善していると言えない。電気の供給は1日に(ほぼ連続)2時間、それから停電が(連続)8時間。燃料不足のため、発電機はまだ長時間は回せない。灯油不足は本当に悩みの種になってきた。はじめ私たちはそれほど深刻に受け止めていなかったと思う。イラクが灯油不足に直面したなんてきっと初めてのことだもの。不足しているとは今なお信じがたい。1991年にガソリン不足が起きて、湾岸戦争の間からその後しばらくはガソリン不足が続いたときですら、灯油は常にたっぷりあったと聞く。残念だけど今回は当てはまらない。私たちの買う灯油はとんでもなく値がつり上がって、ランプとヒーターにしか使えない。

 誰もかれも出られる人は選挙前に国を出ようとしているように思える。噂によると、シリアとヨルダンとの国境は選挙の1週間前に国境封鎖されるかもしれないという。だからみんな急いで荷造りして出ようとしている。学齢期の子どもの学期末テストや大学の試験の終わるのを待ちかねて一緒に出ようとしている家族も多い。

 二三日前のおもしろいニュースをひとつ紹介しよう。米国政府は、米国がイラクにおける大量破壊兵器(WMD)の現地での捜索を終結したと発表し、第一次ブッシュ政権がイラク侵攻の主な理由として挙げたのがこの大量破壊兵器の捜索であると述べた。
http://sify.com/news/fullstory.php?id=13647921

 なぜ私が驚かないかって? 誰もびっくりするわけないでしょう? 私はいつも思っていた。大量破壊兵器がもとでこの戦争が起きたと本当に信じた人は、病的な妄想にとりつかれたアメリカ人か、そう信じ込まされた海外在住のイラク人か、あるいはその両方だと。現実にイラクの国土で何百何千とアメリカ人が命を失い、十万人を超えるイラク人が死んでしまった今、アメリカ人はこの現状を一体どう捉えるのだろうか。もうひとつ尋ねたい。この記事は「ドルファー報告」に触れているけれど、その記載によると大量破壊兵器は一切なく、情報機関が全部間違っていたのだという。報告書の発表は2004年10月のはずだ。それで、聞きたいのは次の通り。「この報告書は大統領選の前に公表されたの? アメリカ人は報告の内容を知ってなおブッシュに投票したの?」 

 はじめて聞いたわけではないという意味で、この話題は当地ではニュースと言えない。こんな結末は過去2年にわたって予想してきたのだもの。大量破壊兵器をめぐる茶番全体が出来の悪いブラックコメディにすぎないと認識しつつも、ブッシュが自分の誤りを認める声明を出したと聞くと、いまだに動揺する。動揺するのは、それが最悪の事態を追認することにほかならないから。つまり、アメリカ人の右派はイラク戦争の正当化など気にも留めていないってことを確認することになるから。あの人たちは正しいか間違いか気にもかけなければ、人が巻き添えになって死んだことも、もっと大勢死んでいくことも気にしない。彼らは、以前は多少ゲームの主導権を握っていた。自分たちのぼんくらな大統領がイラクのどこにも大量破壊兵器を見つけそうもないと見て取ると、矛先を集団墓地に向けることにした。程なく、主権国を「解放」しに来た当の本人たちが、以前を上回る人数のイラク人を集団墓地に葬りはじめた。スマートウェポン(訳注:賢い武器の意)という名の精密兵器が「おそらく罪がないだろう」一般市民を愚かしく殺しはじめた(「間違いなく罪がない」のはイラクの現保安軍かアメリカ兵とともに活動している場合だけ)。再び事態は、かわいそうなイラク人を現状から救い出すということから、アメリカ人を「テロリスト」から守るというところへ、変化した。この構図におあつらえ向きにザルカウィが登場したってわけ。

 ザルカウィは大量破壊兵器よりはるかに具合がいい。小さくコンパクトで可動式。ファルージャからバグダード、ナジャフからモスルへと、制圧の必要がある県や都市ならどこでも自在に出入りできるのだもの。もうひとつ好都合なのは、ザルカウィの容貌が典型的なイラク人男性だということ。黒い髪、黒い目、黄褐色の肌、中肉中背。ザルカウィの実態は前に私たちが保有していたとされていたWMDと似たようなもの、と平均的アメリカ人が気づくようになるまで、いったいどのくらいかかるのかしら。

 今や私たちは、大量破壊兵器は決して存在しなかったという「公式」表明を聞かされた。イラクが壊滅させられてしまった後になって、あれは間違いだったと言われる。バグダードを見てほしい。その光景には胸がつぶれる。荒れ果てた街、異様な灰青色の空。火災と兵器から立ち上る煙と、車と発電機から発生するスモッグが混ざり合った空の色。ある地域では突如出現するかに見える壁が延々とめぐらされて、グリーンゾーンに所属する人物たちを護衛する。街を行きかう人に共通する表情は怖れ、怒り、疑い。それに不安定さと迷いがつきまとう。この国は一体どこへ行くの? 少しでもいいから普通の状態らしくなるまで、一体どのくらいかかるの? 私たちは一体いつになったら安心できるの?

 ひとつ問いかければ次々に疑問が生まれる。大量破壊兵器が存在しないのなら、なぜ科学者たちを解放しないの? フダー・アンマシュ、リハーブ・ターハー、アミール・アル・サアディを始めとするイラクの科学者が、なぜいまだに刑務所にいるの? もしかすると、拘束中の科学者が都合よく刑務所で死んでくれるのを待っているわけ? そうすれば、多種多様な拷問のテクニックや尋問のし方をばらせるものがいなくなるし…。

 アメリカ人がテロとの戦いを異国の地に持ち込んで、気分すっきりだといいのだけれど。テロリストを――チャラビ、アラウィ、ザルカウィ、ハキムを――イラクに連れ込んでおいて、この現状がどうやってアメリカの安全保障に役立つというの? 怖れとカオスの中で育った世代がそっくり10年後にアメリカをどんなふうに見ることになる? 誰か訊いた人いる? アメリカ人は9.11の後、一握りの狂信的な人たちがしたことのために、集団外国人恐怖症にかかることに決めたわ。にもかかわらず、イラク人が占領下であらゆる経験を経てなお、私たちは忍耐強く感謝の念を持つはずだと思われる。なぜ? 食事の小麦が増えたから?

 恐怖とは、飛行機が超高層ビルに衝突する姿に気をもむことだけではない。テロリズムとは、国家保安隊がアメリカ軍のハムヴィー(訳注:多目的装甲車)かイラク高官を通すという理由で、渋滞の最中に、ほんの数メートル先でカラシニコフ銃の炸裂音を聞かされること。恐怖とは、自分の家が家宅捜索され、ほんのつまらないことでアブグレイブに連れて行かれて兵士に拷問され、殴打され、殺されるかもしれないと知ること。恐怖とは、マシンガンの連続音が止んだ最初の瞬間、必死に頭を上げて、愛する人がまだばらばらにされていないかどうか確かめるとき。恐怖とは、近くが爆破されたために粉々になったガラスの破片を居間のソファーから拾い集めようとして、もしここに人が座っていたらどうなっていただろうかと想像しないように努めること。

 大量破壊兵器は一切存在しなかった――国が見分けもつかないほど焼かれ爆撃されたあげくに、まるで愛する人が犯してもいない罪状によって死刑を宣告されたようなものだ。そうして、2年間にわたって死者を悲しみ、失われた国の主権を悼んだ後になって、そんな兵器隠匿の罪を犯していないと聞かされるなんて。私たちはかつて一度もアメリカの脅威だったことはない。

おめでとう、ブッシュ。今こそ私たちは脅威よ。
  
午後10時53分 リバー

(翻訳 岩崎久美子)

2005年1月2日(日)

新年と選挙

 私たちはお正月を家で過ごした(去年もそうだった)。
 ごくささやかな、家族だけの集まりだったが、E.と私はこんな時であってもできるだけお祭り気分を味わおうとした。私たちは発電機を夜の10時から深夜2時まで動かすことにした。そうすれば電気の勢いで2004年を乗りこえることができるだろうというわけだ。

 お正月といえばおいしい料理だ。イラクでは喜びにつけ悲しみにつけなにかあるときにごちそうはとてもだいじなものだ。私たちはなによりもまず料理をどうするかという問題を話し合うことになる。けっきょくイラクの伝統料理をちょっと、ポップコーンやコーンチップスなどのジャンクフードちょっと、キャンディーいっぱいということになった。

 みんなでテレビの前に座り、世界のあちこちで行われている祝賀行事を見た。花火や照明、笑いの渦や歌う人々を見ていると、いやがおうにも今の私たちの境遇をひしひしと感じてしまう。なんだか私たちがじっと立ちつくしている前を世界が知らん顔して通りすぎていくような気がする。4月がきたら、戦争と占領が始まってから2年も経ったことになるなんて、とても信じられない。1時間が10時間であるかのように感じられる日が多いのだ。でも同時に、時の経過を感じることがどんどんむずかしくなってもくる。それは、人が、ものごとがどのくらい進展したかで時の流れを感じとるものだからかもしれない。なにもかもがいろんな意味で悪化していくために、私たちは前に進んでいるというよりも後ろに退がっているように感じてしまうのじゃないだろうか。

 一方、地震と津波がもたらした大災害も、今年の新年祝賀行事に暗い影を落とした。この悲劇は被災地の人々を数十年にわたって苦しめることになるだろう。こんなにも突然、暴力的に、これほどにも多くの人々の命が奪われるなんて、恐ろしいことだ。こうした大混乱と死を見ていると、バグダードに暮らしているほうがましなのかも、という気がしてくる。 
 
 新年のカウントダウンを始めたころ、バグダードでも花火があった。2005年になる10分ぐらい前に、家からほど近いところで大きな爆発が3回起き、家が揺れた。よりによってこの時にと、ちょっと驚いた。いとこの娘たち二人は最初おびえたが、その後はくすくす笑いが止まらなくなった。 E.は手を打ち合わせて叫んだ。「ワオー花火だ!!グッバイ2004年!!」。それに続いて子どもたちがでたらめなダンスを踊りだした。

 選挙は1月29日に行われる予定だ。なかなか興味深い状況ではある。異なる宗派や党派はどうしてもたがいに同意することができないようだ。スンニ派の人々は選挙をボイコットしようとしている。同意できないのは、宗教やファトワといったことについてではなく、占領下で選挙を行うということの是非についてですらない。イラクの人々は、これが民主主義への第一歩だなどと感じることがまるでできないでいる。西側のメディアはさかんにそう言ってるけれど。多くの人は、これはだめな芝居の終幕にすぎないと思っている。これはわたしたちに手渡す「民主主義の小包」をリボンで結ぶということだ。選挙によって「正統」というラベルを貼られた占領政府を押しつけられるということだ。
 
 わたしたちは、選挙に備えるしあわせなイラクの家族を描いたすてきなコマーシャルに爆撃されている。ポスターや掲示板を見ると、選挙が近づいているんだっけと思い出す…。

 今から20年後、イラクの歴史の教科書になんて書かれるか、想像できる?

 「2005年1月29日、アメリカ合衆国率いる占領軍の集団的監視の下でイラクにおける最初の民主選挙が行われた。戦車隊の見守るなかで、熱しやすく、いいかげんなイラク人たちの群れはぞろぞろと投票箱に進みより、アメリカに承認された候補者たちの中から一人を選んだ…」

 こんなの、だめだわ。

 いくつか問題がある。まず、実際面では、わたしたちが候補者を知らないということ。リストのトップに名前のあがっている人物はわかるけれど、いったい誰が立候補するかがわからない。これはほんとに困る。かれらは立候補者が暗殺されることを恐れてリストを公表しようとしないのだ。

 もうひとつの問題は、投票用紙が売買されていることだ。わたしたちは、さまざまな地域で配給食料を配る人たちから投票用紙を受け取る。家族全員がこの人(たち)のところに登録されていて、それぞれの年齢も把握されている。ところが、選挙に行こうとしない人たちがとても、とても、とてもたくさんいる。そういう人たちのなかには、400ドルもの値段で投票用紙を売る人がいる。街の噂では、イランからきた人たちが投票用紙を買っているそうだ。かれらは投票用紙を買って IDを偽造し(最近では偽造はめちゃくちゃかんたんだ)、SCIRI かダーワの候補者に投票するという。スンニ派の人たちは、選挙する気がないのに投票用紙を受け取っている。投票用紙の売買を防ぐためだ。

 さらにべつの問題がある。それは、すべての投票用紙で、投票者の性別の項目が実際の性別とは関係なく「男性」となっていることだ。私のことを正気じゃないといってくれてもいいけれど、これには少々混乱する。なぜこんなことになったの? これはたんなる間違い? なんのために投票用紙に性別の欄があるの? で、それがどうしたというの? さまざまな意見が飛び交っている。宗教的な傾向の強い家庭では女性が投票することを好まないので、家長が身内の女性の IDと投票用紙を受け取って代わりに投票することができるようにしたのだという意見。それから、この「間違い」は、偽造IDを使って女性の代わりに投票することが簡単にできるようにするためのものだという意見。

 こうした諸々のことのせいで、こんどの選挙は不吉なベールをまとっている。不可解なことが多すぎて、あまりに不透明だ。ちょっと気にかかるなんて程度のものじゃない。

 アメリカの政治家たちは、この選挙でイラクが非宗教的な国家として生まれ変わるだろうと自信満々でいるようだ。いったいどうしたらそんなことが起こり得るだろう? シスターニ一味からさまざまなファトワを受け取って投票に駆りたてられているシーア派の人たちがたくさんいるというのに。シスターニやその他のイラン支持者たちは、もし投票しないならば棄権者は地獄の業火で永遠に焼かれるだろうというファトワを公表している(これってアメリカ大統領選挙のときのブッシュ派右翼たちから借りたファトワなんじゃないかしら?)。で、ブッシュ派右翼のような扇情的なファトワで焚き付けたやつがいるってわけ。これで、どんなふうに投票権を行使するっていうの? 非宗教的に? ええ、もちろんよ。

午後2時40分 リバー

(翻訳 いとうみよし)