Baghdad Burning

バグダードバーニング by リバーベンド

... I'll meet you 'round the bend my friend, where hearts can heal and souls can mend...

友よ、私の心が失われあなたさえ見分けることができなくなったら、どうか私を偉大な文明をはぐくんだ、チグリス・ユーフラテスの胸元に連れて行って欲しい。そこで私は心を癒し、魂を再生させるでしょう。

2004年12月18日(土)

クリスマスにほしいもの・・・

はやくこれを書いてしまわなければ。

3日続けて停電(3日前の輝ける1時間を計算にいれなければ、ね)。ガソリンの発電機は、ほとんど回らなくなってしまった。ディーゼルの発電機も、これよりいいというわけではない。3、4時間続けて回すと、スイッチを切って休ませなくてはならないものばかり。
さて、イラクで誰もが納得の、クリスマスにほしいものリストは、といえば(「平和」や「安全」や「自由」は入れない。クリスマスの奇跡はディケンズのお話の中だけよ)、そうねえ・・・

1.ガソリン20リットル
2.料理用のガスボンベ1個
3.ストーブ用に灯油
4.爆風にも割れないという高価な窓
http://www.sommer-hof.de/usa/blast_proof.html
5.地雷探知機
http://www.foerstergroup.com/UXO/minex.html
6.水道
7.スライヤ衛星携帯電話(近頃、携帯の通話状況はひどい)
http://www.thuraya.com/
8.ポータブルのディーゼル発電機(家中が満足できるような)
http://www.generatorjoe.net/
9.コールマン充電式懐中電灯予備の電池付き(高級懐中電灯なら喜ばれることぜったい間違いなし)
http://www.tacticalflashlights.com/
10.いい香りのするろうそく(思いやりがあるだけでなく、実際的な人だって思ってもらえるわ)

サンタが贈り物を配るとき、必ず防弾チョッキを着てヘルメットをかぶるようにしてね。それに、丁重にドア・ベルを押すかノックするかしなければいけないわ。こっそり入り込んだら、カラシニコフ銃を構えた人と鉢合わせなんてこともありよ。目下の燃料不足を考えると、トナカイとそりは大正解。だけど、赤鼻トナカイ、ルドルフは、お留守番がいいわ。赤いお鼻が光ると、爆弾かと怖がる人がいるかもしれないから(私たち、このところちょっとこわがり)。

ところで、追ってお知らせするまで、メールはすべて、下記にお願いします。ほかのアドレスは今ちょっとうまくいってないので。
riverbend_baghdad@yahoo.com

午後3時57分 リバー

(翻訳:池田真里)




2004年12月12日(日)

燃料欠乏・・・

 悲しくつらい日々が続いている。
 
 状況は、日ましに悪くなっていくように思われる。少しだけ例をあげると――電力事情はまったくのお粗末。多くの地域では、やっと2時間電気がついたと思ったら4時間停電の繰り返し。そうでなければ、アーダミヤ地区のように、まったく電気は来ず、真っ暗闇の生活。燃料不足が深刻化しているため、発電機を動かせなくなってきていて、停電すると以前にましてたいへんだ。いまでは、車に給油するために徹夜で行列しなければならない。なぜだか、わからない。まったくの謎だ。こんなガソリン危機は、これまでただの一度も起こったことがなかった。ここイラクは産油国。それなのに、ガソリンが十分行き渡らないなんて・・・
 
 あ、誤解しないで――政府関係者には、ガソリンがある。寒さに手をこすり、アメリカ人を罵りたおしている人々の並ぶ、うっとうしい行列のない政府関係者用ガソリンスタンドがあるのだ。アメリカ人にもガソリンがある。民兵もガソリンが手に入る。ガソリンが手に入らないのは、一般市民だ。闇市場でガソリンを買うこともできるが、1リットル当たり1250イラク・ディナール、約1ドルもする。以前の値段はというと――約5セント。こういうわけで、私たちは、ほとんど一日中電気なしで過ごさなくてはならないのだ。
 
 料理用のガスも不足してきた。いつも来ていたガス・ボンベ売りは、使用済みのボンベを新しいものに取り替えるといういつもの商売がむずかしいらしく、回って来そうもない。行きずりでガス・ボンベを買うと1万イラク・ディナールもするうえに、台所で爆発するかもしれないボンベや、中身は水のボンベをつかまされることも珍しくないという話だ。私たちは、なんとか灯油ストーブの上で料理をすませてしまおうと苦心している。蛇口から出る水は、冷たくて冷たくて凍りそう。ボイラーは使えない。これも電気が不足しているため。去年灯油ボイラーを入れたが、灯油不足でこれも使えない。灯油があれば、まず暖房用に回さなければならないので。
 
 何週間か前、「ガソリン当番」を引き受けた。E(弟)といとこがガソリンの行列に並ぶため出かけようとしていたので、一緒に行って時間つぶしの相手をしようと思ったのだ。朝5時ごろ、家を出てガソリンスタンドに向かった。暗くて、ものすごく寒かった。絶対一番のり間違いなしと思っていた。ところが、そこには車がずらりと並び1キロもの長い行列。私は、この光景にがっかりして落ちこんでしまった。が、Eといとこは気にするようすもなく、Eは「このようすじゃ、今日は、夕方までに給油できるかもしれないよ」と言って笑った。
 
 初めの1時間、私はしゃべったり、ほんとにガソリンを売っているのか確かめようとしたりして過ごした。 Eといとこは黙っていた。彼らにはすでにお決まりの過ごし方ができあがっていたのだ。万一奇跡が起きて行列が前進し始めはしないかと、ひとりが怠りなく見張っている間、もうひとりは仮眠する、と。2時間目は、シート枕に窮屈なかっこうで頭をもたせかけ、眠ろうとして過ごした。3時間目は、「ナンバープレートを憶えましょう」ごっこを考案しようとした。4時間目は、ラジオをいじくって、流れてくる歌はぜんぶ歌ってやるのかまえでいた(この時点で、 Eといとこがリバーベンドを車から叩き出すとおどかしたことを言っておかねば)。

 結局のところ、Eといとこが給油するのに13時間かかった。そう、Eといとこ。私はといえば、6時間が過ぎたところで、タクシーで家まで送ってと要求し、Eを従えて帰ってしまったのだ。いとこの待つ車への帰途には、サンドイッチを作ってもたせてやるという条件で。そうやって手に入れたガソリンの半分は、車内に非常用として確保され、残りの半分は、近隣が共同で使っている発電機が飲み込んでしまって、おしまい。

 石油の上に浮かんでいるといってもいいくらいの国で、ガソリンも行き渡らせることができないのに、このものすごい混乱の中、アメリカとその一味(ほら、イヤード・アラウィとか)はどうやって民主主義を実現するつもりか、とみんな疑っている。このガソリン危機は、町を走る車を減らすために仕組まれたものだと言う人々がいる。また、バグダードのひじょうに多くの地区、とくに郊外が、当局の手に負えない事態になっていることへの一種の集団懲罰だという人々もいる。さらには、1月の選挙前に、電気もガソリンも灯油もガスも見事に不足を解消してみせて、政府を英雄視させるための魂胆だという説もある。

 こんなことを言っているばかりではなくて、私たちは、選挙の立候補者リストをじっくり検討している。私が話をしたほとんどの人は、選挙には行かないつもりだ。何といっても危険過ぎるし、どっちみち何もどうにもなりはしないという思いが一般的なのだ。リストのメンバーは、ほとんどがアメリカの戦車で乗り込んできた連中だ。それと、少数の部族長たち。そう、部族長。私たちの国は宗教政党と部族長に率いられようとしている――アフガニスタンと同じじゃない? もっと腹立たしいのは、立候補者リストが、ほかでもないイランのイスラム法学者、シスターニの検閲と承認を経たに違いないということ。要するに、この戦争は、私たちの国が、独裁者に支配された非宗教国から宗教法学者たちが支配する騒乱の国へと移行するのに役立ったというわけだ。さあこれぞ「羊の皮を被った神権政治」。
 
 アハマド・チャラビの名が、立候補者リストの一つのトップにある。だけど、チャラビをトップにいただくリストに名を連ねる人なんているわけないでしょ。
 
 国境の状況は、注目に値する。いま起きているようなことは、サダム・フセインでさえしなかった。50歳以下のイラク人男性は、入国を許可されないのだ。訪ねてくることになっていた我が家の友人は、イラク国境で追い返された。友人は、10年間国外にいて、家族に会いに帰国したのだと説明したが、だめだった。彼は47歳、ということは、「聖戦士」かもしれないではないか。高価なビジネス・スーツに身を包み、ぴかぴかの革靴をはき、立派なサムソナイトの旅行鞄をもった彼が。馬鹿にされてるイラク人。50歳以下のイラク人男性は、自分の国の治安を脅かすこと確実で、いっぽう、銃を構え戦車に乗ったアメリカ人男性は、イラクの繁栄に必要だというのだ。レバノン人、クウェート人など傭兵として雇われた外国の男性たちは、イラクの安全確保に不可欠だ。南部の神殿に参詣にやって来るイラン人男性は、一人残らず歓迎される。だが、イラク人男性は? 
アフガニスタンへ行けということなのだろう。
 
 ファルージャはじめいくつかの地域への攻撃は、まだ続いている。ファルージャでは、恐ろしい兵器が使われていると伝え聞く。ファルージャは、文字通り完全に焼き払われ爆撃されて何もなくなった。強制退去させられた人々の多くは、そんな状況をものともせず、町に帰してくれと要求し続けている。避難している人々が町へ帰ったとき、どんなにつらい体験をするか、想像することさえできない。第二のパレスチナになった気がする。占領、爆撃、避難民、殺人と流血。 
 
 音をうんと小さくして、テレビのニュースを見ていることがある。画面は、カメラの前で泣き叫ぶ男性だったり女性だったり子どもだったりする。血を流し硬直して地面に横たわる人の死を嘆いているのだ。背景は、崩壊した建物。一瞬、この惨事の起こった場所がどこか、わからなくなる――ファルージャかしら?ガザ? それともバグダード?

午後8時37分 リバー

(翻訳 池田真里)