Baghdad Burning

バグダードバーニング by リバーベンド

... I'll meet you 'round the bend my friend, where hearts can heal and souls can mend...

友よ、私の心が失われあなたさえ見分けることができなくなったら、どうか私を偉大な文明をはぐくんだ、チグリス・ユーフラテスの胸元に連れて行って欲しい。そこで私は心を癒し、魂を再生させるでしょう。

2004年11月29日(月)

憔悴のバグダード・・・

 ファルージャは凄まじい状況にある。とても言葉で表現できない。ものすごく恐ろしい悪夢の中にだけ存在する、そんな町になってしまった。死体の散乱する破壊された街路、崩れ落ちた家々、倒壊したモスク・・・が、何が恐ろしいといって、この数週間ファルージャで米軍が化学兵器を使っていると伝え聞くことほど恐ろしいことはない。今日、イラク保健省の調査団は、ファルージャに入ることを許可されなかった。理由はわからない。

 私には化学兵器だという確信はもてない。そんなことがあるのだろうか。米軍が化学兵器を使うはずがないと思うからではなくて、そんなことをするほどまでに狂うということがありうるだろうかという思いをいまだに捨てきれないのだ。テレビで見た米軍の撮った映像を、繰り返し思い出してみる。モスクと一面の死体。同じモスクを、その前日に写した短い映像も見た。散乱する死体の多くは同じだ。だが、生きている人もいた。それが一日後には、生きていた老人は壁にもたれ、目から血が流れ出ていた。まるで血の涙を流して泣いているかのようだった。いったい目から出血させる「通常」兵器があるだろうか。バグダードの遺体安置所には、見たところ、どういう状況で死んだかわからないファルージャ市民の遺体が次々運び込まれているという。

 ファルージャの負傷者は、治療を受けることができないでいる。今日は、ファルージャで爆撃を受けた、子どもが6人いる家族のことを聞いた。光速でブログし、メールし、通信するこの時代に、ひとつの都市がまるごと破壊されようとしているというのに、大虐殺(ジェノサイド)が今まさに行われているというのに、なぜ全世界は知らぬ顔をきめこんでいるのか。わからない。ダルフールですって?
 アメリカ人よ、自分たちがファルージャで何をしているかちょっと見てごらん。
(訳注:2003年初め、スーダンのダルフール地方で、反政府集団と政府軍の衝突が起こり、政府の支持するアラブ系民兵が地域の黒人住民を殺害、レイプ、略奪など迫害するに至った。これまでに5−8万人が殺され、百万人以上が難民となったと言われている。今年9月9日、パウエル米国務長官は上院外交委員会で、ジェノサイドが行われたと証言した。)

 バグダードの状況も、さしてよくなってはいない。電力事情はこのところ特に悪かった。電話は先週いっぱい切れた状態で、連絡ややりとりが(それにブログも)一段と困難だった。バグダードのどこでも、電話が通じないというのは珍しくもないことだ。新たに爆撃を受けると、いつもそうだ。新しく参入した携帯電話会社とすべて示し合わせてるのさと、みんなこっそり冗談を言っているが、本当のところその携帯電話だって、さほど頼りにはならない。数週間前から、海外から SMSを受信できるようになった(以前にはできなかったのだ)。遠く離れた地にあって、心配してくれている親戚や友人からときどき便りをもらうのは、うれしい。特に暗くなった居間で電話機が妖しく光りはじめたときなど。
(訳注:SMS(Short Message Service:ショートメッセージサービス)とは、携帯電話間で短いテキスト(通常100から200文字)をやり取りするサービスのことで ,Eメールとは異なる。送られたメッセージは一度サービスセンターに保存され、相手の携帯電話が受信可能状態になると送られる。)

 先週は家を修理して過ごした。10日ほど前、この地区で立て続けにものすごい爆発があり、3回目か4回目の爆発で、家の片面の窓3つが吹っ飛んだのだ。家族総出で(もちろんリバーベンドもよ)、2日かけて飛び散ったガラスを集め、かつては窓だった四角い穴にビニールシートを張った。 E(弟)を窓修理屋にやったのだが、3日間予約でいっぱいだったのだ。この窓修理屋さん、毎日々々20もの窓を修理して、しっかり儲けたってわけ。

 バグダードは現在、ほんとうに恐ろしいことになっている。多くの地区は、いまやミニ戦闘地域だ。いくつか名をあげると、アメリヤ、アーダミヤ、ガザリヤ、ハイファ・・・。そのほかの地区の住民はというと――毎日いつもの量の爆発と銃撃を浴びているだけのこと。
 選挙は謎だ。ほんとに実施されるのかどうか誰にもわからないし、多くの人は関わりたくないと思っているようだ。どっちみち法律上有効なものとはならないだろう。選挙に参加する政党は、数ヶ月前まで統治評議会を構成していた連中とまったく同じ――アラウィのグループ、チャラビのグループ、 SCIRI(イラク・イスラム革命最高評議会)、ダーワ党などなど。アラウィは、いかにいい格好をしてみせようとも、ファルージャの一件以来おぞましい人物に変貌した。彼が政権についている限り、アメリカはイラクを占領し続けるだろう。そのことはもう、みんな思い知っている。アラウィは、ブッシュのお気に入りだ。何度も何度もそれを見せつけられて、アラウィの政府から何か独自の見通しが出てくるかと待ち続けるのは、もうみんなうんざりしている。

 この頃、寒くなった。外出するときは、上着がいる。バグダードの空っ風の寒さは有名。吹きはじめるのはもっと後だが、いったん吹きはじめるや、どこまでも――骨の髄までも吹き込んでくる。ここ数週間、私は灯油ストーブと仲良し。日はどんどん短くなり、暗い季節が始まると少しばかり気が滅入る。特に停電のときは。まだ燃料不足なので、以前のように発電機を使えない。

バグダードに住む人々すべてが深い疲労にからめとられているようだ。疫病が蔓延しているようだと感じることがある。

午後10時10分 リバー

(翻訳:池田真里)



2004年11月16日(日)

アメリカの誇り・・・

 吐き気がする――文字どおりの意味で。アルジャジーラが放送したビデオが頭を離れない。
 
 一面にイラク人の体が散らばったモスク――じっと動かないのは、お祈りや瞑想をしているのではない。死んでいるのだ――膨張しているように見えるものも・・・若者に寄りかかられた老人・・・そこら中に脚、足、手、血・・・濁った日の光が窓から射しこんでいる・・・音もない、動きもない恐ろしいところ。と、突然静けさが破られる。死体に銃口を向けた警戒の姿勢で、海兵隊員が入ってきた。モスクに粗野なアメリカ兵の声がこだまする。ころがったイラク人についてやりあっている。死んでる? 生きてる? 私は彼らが何をするだろうかと緊張して見守った。いかにも海兵隊員らしいおなじみの仕打ちをするものと思っていた。ごつい軍靴で、うめくかどうか蹴っとばしてみるんだろう。が、そんなことではすまなかった。突然、モスクに、銃音が響き渡った。海兵隊員が、死んでいるように見えた男性を撃ったのだ。続いて、「こんどこそ死んだぞ」と声がした。
 
 「こんどこそ死んだぞ」。 海兵隊員は、歌でも歌っているような口調で、こともなげに言い捨てた。私は心底ぞっとした。回りの隊員たちは気にもとめなかった。モスクをそ知らぬふうに歩き回って、死体の数々をひきずり回し始めていた。彼らにとって、何ほどのことでもないということが見て取れた。ごくありふれた出来事だったのだろう。
 
 目の前に繰り広げられた光景の恐ろしさに凍りついて身動きできなかった。イードの3日目だ。やっと家族の顔を揃えることができたところだった。いとこ、その妻と二人の娘、叔母二人、年老いた叔父も含めて。E(弟)といとこは、2日間も行列して燃料を手に入れ、そのおかげで年老いた叔父を、わびしく過ごしていたイードの最後の日に訪ねることができたのだ。ビデオが終わる頃には、部屋は静まり返っていた。アンカーの声と叔母のすすり泣く声だけが流れていた。いとこの小さな娘はすくみ上がって、スプーンを落とした。顔はショックで硬直し驚きで目を見張ってテレビに釘づけになっていた。「死んでしまったの? 殺したの?」 私は、喉につかえたかたまりのようなものを飲み下そうとしながら、懸命に涙をこらえた。いとこは、娘を見るにしのびなくて、両の手に顔を突っ伏していた。
 
 「なんと話すべきだっただろうか」 1時間後、二人の娘たちを台所の祖母の手伝いに行かせてから、いとこが聞いた。「何て言えばいいんだ? 『そうだよ、殺したんだ。アメリカ人たちは、負傷者を殺したんだよ。彼らは、この国を占領していて、人を殺してるんだ。で、私たちはここで食べて飲んでテレビを見てるってわけさ・・・』とでも?」 いとこは頭をふった。「この子たちは、いったいどれだけこんなことを見たらいいんだ? これ以上、何を見せつけられるんだ?」
 
 アメリカ兵は、負傷者を殺した。信じられない。まったく抵抗するすべのない人間を殺した。まるで疫病持ちの動物か何かのように。以前にもこれと同じことがあったという記事を読んだことがあるし、話にも聞いていた。負傷した一般市民が道路端に投げ捨てられたり、撃たれたりしていると。しかし、テレビで目の当たりにすることは、想像を絶していた。怒りで発狂しそうだ。
 さて、これからどうなる? 撃った海兵隊員一人だけが刑事捜査される? アブグレイブ刑務所の惨劇のときとまったく同じように? 数人が責任を負わせられ、真相は、軍お抱えの心理学者、軍事評論家、ペンタゴン当局、広報担当などばか者どものたわごとで葬られ、忘れられるのだろう。結局、記憶に残るとしたらせいぜい、一人の海兵隊員が、イラク人「暴徒」を一人銃撃して殺したということだけ。それで話は終わりだ。

 いつものアメリカのやり口だ。暴虐非道な行為は、すべてある一人の個人をやり玉にあげることによって、もみ消され隠蔽されけりをつけられる。人々の目から隠されているのは、軍全体がこのような精神病質者の巣だということだ。この一年というもの、数々の殺人犯、拷問犯、外国人嫌悪症患者たちが戦車に乗り銃を構えて走り回るのを見てきた。何が彼らを暴虐非道に駆り立てるのか、はどうでもいい。緊張か、恐怖か、「敵」だからか、理由はなんとでも。殺人なのだ。私たちは、人殺しに占領されているのだ。私たちはイラク人として、まったく同じプレッシャーにさらされている。私たちは、こういう状況に耐えるような訓練は受けてこなかったけれど。それだのに、ものわかりのよいお人好しであれと要求されているばかりか、感謝して当然とされている。私は、うちのめされ怯えながら、吐き気をこらえている。何というべきかわからない・・・やつらは人間ではないのだ。思いやってやる余地などまったくない。

 それなのに、なぜ、世界の人々は、この世に斬首事件しかないように騒ぎ立てるのか? どこがどう違うというのだ。もちろん違う。斬首を行っているのは、過激派で、刑務所で拷問したり負傷した捕虜を撃ち殺したり、つまりイラク人を虐殺しているのは、「アメリカの誇り」たちだ。本日はおめでとうございます。さぞ誇らしいことでしょう。

Mykeru.comで写真が見られる。

ちょっと失礼させて。吐きそう。

午後9時37分 リバー

(翻訳 池田真里)

2004年11月13日(土)

殺人・・・

 ファルージャの人々の殺戮が続いている。聞こえてくる話は恐ろしく、何度も思い出されて頭を去らない。路上で容赦なく撃たれ、何トンものコンクリートと鉄の塊に埋められる。国際社会は何をしているのか? アラファトを葬ったら、急ぎイラクで起きていることに関心を向けよ。

 食べ物が何もないという。生鮮食品は何ひとつ市内に運び込まれていなくて、水はずーっと断水したままだ。清浄な水がないってどんなか、わかる??? 汚染された水を飲んで、下痢になったり病気に感染するのだ。路上には死体がころがっている。あまりに危険で、誰も家を出て葬ってやることができないのだ。家々では、子どもたちや親を庭に葬っている。みんな、どこにいるの??? なぜ黙っているの?

 それに、シスターニはどこにいる? いったいどうして、この一大事に一言も発言しないのだろう。南部が攻撃されたとき、スンニ派の法学者たちはこぞって激しく非難した。みんながなんらかの反対の表明を期待しているのに、シスターニは何をしているの? この沈黙は圧倒的にこたえる。

 最近では外出することはない。今日、電気が通じていたのは、合計8時間。私たちは発電器を節約して使っている。なぜかわからないが、燃料が不足しているからだ・・・それぞれ違う場所で、爆発音がとどろいた。

 なにもかも崩壊の一途にある。

 ファルージャ危機については次の記事を読んで。

救援機関、ファルージャは「大惨事」と語る (ロイター記事)

証言:噴煙と死体(BBCニュース)
 
 イラク人は絶対に忘れない。けっして。残虐と非道のきわみ、大虐殺だ。アラウィの支援を得て、アメリカがやったのだ。これに力を貸した者すべてが、ファルージャで攻撃され悲嘆、恐怖、苦悶の中にある人々と同じ目に会いますように。

午前1時30分 リバー

(翻訳 池田真里)


2004年11月12日(金)

まいどのこと・・・

 このところ爆発の日々が続いている。文字通りの意味で。

 爆音は周囲いたるところからとどろいて来る。2階に駆け上がり、屋上に出てどっちの方角か確かめるのに疲れてしまった。ふと戦争が始まった頃のようだと感じることがある。戦闘機、爆発、銃弾、噴煙・・・通行止め。

 私たちは外出なんてしようとも思わなかったが、やって来ることになっていた叔父が、道路が通行止めだらけで行けそうもないと電話してきた。昨日は、多くの人が仕事を休むように言われ、学生は登校しなかった。まいどのことだ。バグダードには、武装集団によって孤立させられた地区がいくつかある。

 あと2,3日でイードだ。すなわちイードのための掃除をしなくてはいけないということだ。今日は一日中、水が出なかった。電気も、だ。バグダード中でそうらしい。いくつかの地域で同じだと聞いた。「集団処罰」ですって?
絶対にあなたの親戚を誘拐してないわ、アラウィ。やったのはザルカウィでしょ。忘れたの?!

 ファルージャの破壊は続いている。そして聞こえてくる話は、さまざま入り乱れている。真偽を見分けるのは難しい。わかっているのはただ、おおぜいの一般市民が殺されているということだけ。米兵18人が死に、百人を超える負傷者が出たそうだとも。

 モスルも混乱している。戦車も偵察車も現れていないということだけれど。

 詳しくは、ホアン・コールのサイト(Informed Comment)を見て。もっと言いたいのだけれど、発電器があと数分できれそうなの。

午前1時57分 リバー

(翻訳 池田真里)


2004年11月10日(水)

イラク殺し屋集団の支配を終わらせなければならない・・・

気分がすぐれない。気候の変わり目と状況の悪化が重なったのだ。
1週間たらずでイードだが、祝祭の気分でいるものなど誰一人いない。誰もが目下のファルージャを思い、鬱いでいる。バグダードではいま、人々は市内の爆発を心配するのはさておいて、住まいと大切なものをあとに他人の世話になって暮らしているファルージャ市民を気遣っている。

アラウィは2日ほど前、「非常事態」を宣言した。それで目下、非常事態。先週まで、私たちイラク人が暮らしていたのは、みなさんご存知のアメリカ製ユートピアで、非常事態ではなかったのだ! で、「非常事態」でイラク人はどうなる? これで、「天下公認で」いっそう易々と拘束され、家宅捜索され、つまりは我がイラク国軍と米軍によって痛めつけられるままになった、ざっとこんなところ。本日、午後10時以降の夜間外出禁止令が発令された。でもたいして影響はない。暗くなってから外出する人なんてとうにいないのだから。

 この数日、状況は緊迫し心は引きちぎられそうだ。ほとんどの人々が、胸ひしぐ思いでファルージャを見つめている。ファルージャと、そこで死を目前にしている人々とすでに死んでしまった人々のことを。バグダードでは、この数日の間に数回爆発があった。そしてそのほとんどは報道されなかった。これほどの混乱状態がなんとしたことか不本意な日常となってしまったのだ。2年前、こんな毎日を過ごすことになるとは夢にも思わなかった。今はこういう暮らしが普通のことになって、これ以外の暮らしがあったことなどほとんど思い出せない。

 いとこは子どもたちを学校に行かせていない。こういうことは度々ある。今日あった爆発のうち1回はごく近かったので、衝撃で家は揺れいとこの妻は青ざめた。「娘たちが学校に行ってる間のことだったらと思うと・・・私、いまごろ死んでたわ」
 ラマディ、ファルージャ、サマラでは、この数日間でおおぜいの一般市民が死んだ。米軍の猛爆で一家全滅した家族も数あると聞く。電話線は切断されているらしい。この2日間というものラマディの親戚に電話し続けているが、まったく通じない。聞こえるのは、いらつかせる「お話し中」音ばかりで、状況はどうなっているのか、知るすべはまったくない。クラスター爆弾はじめ禁止兵器が使われているという噂だ。
 
 さまざまな話が聞こえてくる。最新ニュースは、イラク兵数十人とともに米兵36人が捕虜になったというもの。イラク人はこのイラク兵たちをどう思っているだろうか? 私たちの中にあるのは、まぎれもない怒りだ。同胞を殺害しているというのに、その男が同胞だからといって同情はしにくいものだ。イラクでは、こういう者どもは「占領軍の犬」と呼ばれている。我が国境と治安を守るのではなく、米軍を守るために利用されているからだ。犬どもは、軍用車両の先頭を切って露払い役をつとめている。たぶん米軍戦車から十分な距離をとって地雷を踏んでみたりもするだろう。要するに、彼らの大部分は極右武装民兵のなれの果てで、いつに変わらぬ仕事をしているわけだ。
 
 そして今、犬どもはファルージャで、イラク人に向けて放たれている。考えただけで吐き気がする。人々の怒りはますます激しく高まっている。ファルージャ市民は町を追われ、家族を引き連れてなじみのない家庭やモスクに身を寄せている。サマラやその周辺地域の空き校舎や市庁舎にひとまず落ち着いた家族も多い。テレビでアラウィが「ファルージャを攻撃せざるをえなかった」のは遺憾であると述べるのを見るたび、自分が叫び出すかと思うほどの怒りにかられる。彼は外向けに話しているのだ。私たちにではなく。イラク人はアラウィのたわ言なんかこれっぽちだって信じていない。新たな圧制者、アラウィのしゃべるのを見ては、激しい怒りにかられ無力感にうちのめされる。
 
 今朝CNNを見た。その時から、イラク軍と米軍に襲撃されたファルージャの病院の映像が頭から離れない。後ろ手に縛られ、うつ伏せに地べたに並べられたイラク人の姿が。青年も老人もいる・・・アブ・グレイブの写真が次々甦ってくる。米軍の捕虜になるくらいなら死んだ方がましだ。

 シリア、ヨルダンとの国境も閉鎖された。国境と結ぶ高速道路の多くはとうに通行が止められている。いま現在、モスルには、自爆志願者たちが乗った車100台がいつでも爆発できる態勢で米軍の輸送車隊を待ち受けているという。それで、モスルが第二のファルージャになれば、どうなる? モスルも瓦礫になるまで徹底的に爆撃するつもりか。ザルカウィは「おそらくすでにファルージャを脱出している」と米軍側が示唆したとニュースを聞いた。では、彼は今どこにいるというのだ? モスル?

 さて、ラムズフェルドはまたもや愚かな発言を繰り返している。

「一般市民の死者は多くはならない見込みで、まして米軍による死者は多くはない」

 ええ。ファルージャには、「推計」10万人ばかりの一般市民がいるだけですとも。この推計はアメリカ側の数字。現時点のファルージャでは、16歳から60歳までの少年と成年男子は「一般市民」として計上されてない。切り捨てられて引き算されているのだ。そして「もちろん」米軍は殺戮なんてしているつもりはない。ファルージャに浴びせられている爆弾には爆薬、劣化ウランなど有害なものは何ひとつ入っていない。入っているのは笑気だ(訳注:歯科などで使う弱い麻酔ガス)。これで、もちろん、ファルージャの一般市民を殺していないという、ラムズフェルドのおめでたい「見込み」のつじつまはあう。それに、「一般市民」であるかどうかは、アメリカに占領されている国では、アメリカとの関係で決まる。アメリカの味方でありさえすれば、一般市民ということになる。米軍のために通訳をしているとか、グリーンゾーンに食料を納入しているとか、床をふいてやってるとかしていれば、罪のない一般市民。「一般市民」として「採用」されない限りは、すべて暴徒なのだ。
 
 こうして、ブッシュは二期目へ向けてスタートを切った。とどまるところを知らぬ殺戮。

 「当該市の無実の一般市民は、危険な目にあわないようにするために必要にして十分な指導は受けている」
 そんなことどうやればできるの、ラムズフェルドさん。あたり一面何十トンもの爆薬が降っているというのに、どうやって? 家の中にとどまって、微塵に砕けた窓ガラスの破片が何千とあなたを狙って飛んでくるのを避けるのね。テーブルの下に隠れて、天井が落ちてきても頑丈なテーブルが守ってくれますようにって願うのね。家から逃げ出して、アパッチ(訳注:米軍攻撃用ヘリコプター)や戦車と出くわしませんように、狙撃兵に射撃されませんようにって神に祈るのね。
クラスター爆弾はじめファルージャの人々に加えられている危害をいったいどうやって避けるのか。

 同意する点が二つある。まず、これだ。

「長期にわたれば、ますます多くのイラク人が、無実の同胞が死んでいっている事実に怒りを感じるようになるため、形勢の逆転が生じるであろう」

そのとおり。同胞の死はイラクの世論に決定的な影響を及ぼす。ただ、ラムズフェルドの考えているように、ではない。占領支持派のイラク人がこう言い得た時期もあった――「ひとつアメリカ人にやらせてみようじゃないか」。 その時期は終わった。最近はこんなことを言ってごらん。ものすごい顔でにらまれる。だが、これは運のいい場合。たいていこんなことではすまない。取っ組み合いが起き、罵りわめく声があとに続く。いったい占領を許すことができるだろうか。大量虐殺を許すことができるだろうか。ファルージャの広大な墓地はどう? イスラムの教えを無視して、世界最強の軍隊がイラク人同胞を殺害するのを許すのに同意することなんてできるだろうか。

同意点の二つ目。ラムズフェルドは私の心を読んでいるとしか思えない。

「重大な障害となっているイラク殺し屋集団の支配を終わらせなければならない・・・」まったくもってそのとおり。
アメリカ人よ、出て行きなさい。

午前1時2分 リバー

(翻訳 池田真里)

2004年11月4日(木)

失望・・・

さて、なんといおう。 失望は深く、言葉が見つからない。

赤い州の人々へ(そしてブッシュに投票した人々へ)。あなたがたは現状に甘んじるわけね
これ以上考えられないほど最悪の現状だと私は思うけれど。ブッシュは、あなたがたの完璧な似姿。そして、赤こそあなたがたの色。イラク人が流したおびただしい血の色。おそらくは、ホワイトハウスのこの4年の暴政が過ぎた暁の、アメリカ人の流したおびただしい血の色でもある。

青い州の人々へ(そして投票するとき、思慮を働かせた人々へ)。ご愁傷さま。そして幸運を――これからはこれが必要ね。

(訳者注:新聞、テレビなどの報道で、ブッシュが勝った州を赤、ケリーが勝った州を青、に塗り分けた合衆国地図が使われた)

わたし、「大統領選お悔やみカード」のアイデアをホールマークかヤフー・グリーティングに売ろうかと思ってるの。カードには、おきまりのおちゃらけた短い詩をのせる。こんなふうに――。

心からお悔やみ申し上げます
ブッシュにもう4年やらせるのね!

あらかじめご同情申し上げます
徴兵制が復活したときのために!
( 名前を入れる  )がご無事でありますように
たくさんお便り下さいますように――イランにいる間

とか

ブッシュとチェイニー、お似合いね
人生はフェアじゃないって?
イラクは戦車と占領を頂いて
あなたがたは大ばか者たちを戴く

とか

元気を出して
息子さんはアフガニスタンのときは子どもだった
イランにもまだ早い
だけどシリアには十分間に合う
北朝鮮には絶対よ!

正義は求めてもかいのないものだった。

午後11時45分 リバー

(翻訳 池田真里)


2004年11月1日(月)

だれか助けて

ジャラル家の人たちがすばらしい募金キャンペーンをはじめた。今なおバグダッドに踏みとどまっているわずかなNGOと協力して食料その他の必需品といった救急物資を買い、こうした物資を緊急に必要としているイラクの町々に送る、というものだ。詳しくは、ラエドのブログで読んで。

ラエドのブログの呼びかけ文(英文)
(訳者:ジャラル家はラエドの家族。呼びかけと送金方法については、ラエドのブログの日本語訳をされているいけだよしこさんのサイトに詳しく書かれています。)

昨年以来、私に連絡してくださった、すてきな方々みんなに伝えたい。あなた方はとても多くのことを申し出てくださった。ある方々が書いてくださったように、私が必要なものはなんでも。あなたがほんとうにイラクを助けたい、なにか寄付したいと思うなら、どうぞできるだけ寄付してください。わずかな額であっても、役に立ちます(まあ、私ってまるでテレビに出てくる伝道師みたい)。それでも言うわ。あなたの寄付が子どもたちや家族を救いますって。

さらに知りたい方は、ジャラル家のだれか、ことにラエドかハリドに連絡すれば、詳しい情報が得られる。

ラエドのブログ http://raedinthemiddle.blogspot.com/(英文)
ハリドのブログ http://secretsinbaghdad.blogspot.com/(英文)

リンク:ゲリラニュースネットワークのサイト(http://gnn.tv/content/eminem_mosh.html)に、エミネムのモッシュのミュージックビデオが載ってる。大統領選挙に関する政治的なビデオだ。見ようとしたけど、私のリンクでは見られなかった。

(訳者注:エミネムのモッシュとは、人気の高い白人男性ラップシンガーのエミネムがこのほど発表したラップ「(モッシュか死か)」。モッシュとはパンク・ダンスの1種。TUP速報397号「ラップソングでアンチ・ブッシュ」で、エミネムのラップの部分訳が読めます。以下のサイトを見てください。
http://groups.yahoo.co.jp/group/TUP-Bulletin/message/)

リバーにより午後10時1分に掲示

テロリストたち

ここ数日、空はどんよりと曇っている。埃と煙と湿気がもやもやと混じりあった空だ。これっていろんな点で世の中の雰囲気にぴったりだと思う−どこか暗くて重い感じに。
                
私はずっとファルージャのことをとても心配している。心配で心配で、戦闘地域の状況がこれからどうなるか考えていて夜も眠れなくなったくらい。バグダッドの状況も悪いけど、ファルージャはもっとずっとひどい。この数週間というもの、ファルージャからは人々が続々と逃げ出してきている。みんな、バグダッドや周辺の地域に安全な避難場所をみつけようとしているのだ。

先週、ファルージャから避難してきた人たちに会った。私にとって初めてのことだった。おばの具合が悪く、彼女が住む地域の電話が通じなくなったので、私たちは、夕方断食が明けた後におばに会いに行くことにした。車を彼女の家の私道に入れたとき、聞きなれない子どもたちの声が庭でした。おばには8歳の女の子、Sが一人いるだけなので、私は隣人の子どもたちが遊びにきたんだろうと思った。

Sは車に走り寄り、ドアを開けてくれた。Sは、こんなにたくさんのお客が来たのがうれしく、興奮してとびはねていた。私は他の子どもたちがいるはずと思って庭に目をやった。けれども、大きなやしの木とばらの茂みのほかにはなにも見えなかった。「あなたのお友達はどこ?」。おばのために持ってきたイラク風お菓子を取り出しながら、私は尋ねた。 Sが振り返り、にっこり笑ってやしの木を指差したので、目をこらして庭の暗がりにある木を見た。小さな頭ときらきら光る目が二つ、ちらりと見えたと思ったら、あっという間に消えてしまった。

私はまじめくさって呼びかけた。「こんにちは、やしの木さん!」。やしの木が小声で「こんにちは」と答えると、Sはくすくす笑った。
「だいじょうぶよ」。Sは振り返り、庭に向かって呼びかけた。「出てらっしゃいよ。いとこといとこの親たちだけだから!」。私たちは家に向かって歩き、Sはおしゃべりを続けた。「ママはだいぶよくなってきたわ。今日お客さんが来てるの。ええと、お客さんが来たのは昨日だったわ。お友だちなの。パパの親戚。あの子たちは学校に行かなくてもいいのよ。でも私は行かなくちゃいけないの」

私たちが居間に入ろうとすると、中は大騒ぎだった。テレビは大音量でメロドラマをやっている。演じているエジプト人の俳優の叫び声に混じって赤ちゃんの泣き声と母親が「シィッ」と黙らせようとする声がする。おば夫妻はここ4日間通じない電話回線が今後どうなるやらと話しあっている。私たちが部屋に入った時、赤ちゃんを抱いた女性がふいに立ち上がり、玄関に続くドアから外へ出て行った。

挨拶をし、サラームを言うなり、おばは急いで部屋から飛び出し、いやいやながらといった様子の女性と赤ちゃんを連れて戻ってきた。「ウム・アフメドよ」。おばは私たちを紹介し、有無をいわせず女性をソファーに座らせた。「彼女はファルージャから来たの…」。
おばは事情を話し始めた。「夫の親戚なのよ。でも今まで会ったことはなかったわ」。彼女は向きを変え、ヘッドライトに照らし出されて立ちすくむ野生のシカのようにみえるウム・アフメドに微笑みかけた。

女性は背が高くて上品だった。やや長めの伝統的な「ディシュダシャ」(どっしりと重い、刺繍で飾られたナイトガウンのようなもの)を着ていて、頭には軽くて黒いショールをかぶっていたが、ショールが滑り落ちかかっていたので銀色の筋の混じった濃茶色の髪が見えた。年齢を推測するのはほとんど不可能だった。どことなく若い雰囲気だから、たぶん33か4ぐらいだろうと思った。でも、緊張と心配でやつれているのと白髪があるのとをあわせると、40歳のようにも見える。彼女はびくびくしたようすで私たちに会釈し、赤ちゃんをきつく抱きしめた。

おばは「ウム・アフメドとかわいい子どもたちはファルージャの状況がよくなるまでここにいるのよ」と宣言した。それから私の小さないとこに向かって「サマとハリスを連れてらっしゃい」と言った。やしの木陰に隠れていた子どもたちがサマとハリスなんだなと私は思った。それからすぐ、サマとハリスがに連れられて居間に入ってきた。サマは10歳くらいの華奢な少女で、ハリスは6,7歳くらいの丸々太った男の子だった。彼らは私たちと目をあわせようとせず、大急ぎで母親のもとに駆け寄った。

ウム・アフメドは静かに「『こんにちは』を言いなさい」とさとした。サマは進み出て握手をしたが、ハリスは母親の後ろに隠れてしまった。

母は「まあ、いい子ねえ!」とほほえみ、サマにキスをした。「サマ、あなたは幾つ?」

「11歳です」。サマは自分の母親のとなりに腰掛けようとしながら、小さな声で答えた。

父は「ファルージャの状況はどうですか?」と尋ねた。私たちはみんな答えを知っている。ファルージャは恐ろしいことになっていて、状況は日ましにひどくなるばかりだ。ミサイルと爆弾が絶え間なく降り注ぎ、町は廃墟になった。どの家族もできるだけのものをかき集めて逃げ出している。家々は戦車と爆撃機に破壊されている。…それでもこの質問をしなくてはならなかった。

ウム・アフメドは不安なようすでつばを飲み込んだ。眉間のしわが深くなった。「とてもひどい状況です。私たちは2日前に町を出ました。アメリカ人たちが町を包囲していて、主要道路を使わせてくれないので、私たちは他の道を使ってこっそりと出なくてはなりませんでした…」。赤ちゃんがぐずりはじめた。彼女はそっと揺すり、寝かそうとする。

「私たちは逃げなくてはならなかったのです。私には子どもたちといっしょにあそこにとどまることはできませんでした。」彼女は弁解するかのように言った。
「もちろんとどまってなんかいられなかったわよ」おばが強い調子で答えた。「とんでもないわ。そんなこと自殺行為よ。あのならず者たちは誰一人生かしておこうとしないんだから」

「みなさんに何事もないといいですね…」。私はおずおずと言った。ウム・アフメドは少し私を見て、首を振った。「私たちは、先週、隣に住んでいたウム・ナジブと2人のお嬢さんを埋葬しました。寝ているときにミサイルが庭に落ちて家が破壊されたのです」

「うちの窓も割れたんだよ…」。ハリスが興奮したようすで割り込み、それからまた母親のかげに隠れてしまった。

「窓が割れ、玄関のドアは爆風で壊れました。私たちは全員無事でした。戦闘がはじまってからずっと私たちみんな居間で寝るようにしてましたから」。ウム・アフメドは表情を変えずに語った。もう何百回も同じ話をしてきたかのようだった。彼女が話している間、赤ちゃんはこぶしをふりまわし、少し泣き声を立てた。これはありがたい音だった−つらい話題を変えることができる。「この子がアフメドちゃん?」身を起こして赤ちゃんを見ながら私は尋ねた。おばは彼女を「ウム・アフメド」と呼んでいる。これは「アフメドの母」という意味だ。ふだん子どもを持つ親たちと話をするときには、一番上の子どもの名前を使うのがふつうだ。「アブ・アフメド」は「アフメドの父」という意味。彼女がどうしてウム・ハリスでもウム・サマでもないのか、わからなかったけれど、子どもはこの3人だけだから、この赤ちゃんが「アフメド」に違いないと私は思った。

「いいえ。この子はマジドよ」。サマが私の質問に静かに答える。赤ちゃんは4ヶ月くらい。黒い髪の毛がもじゃもじゃしていて、一見小さな白い帽子のように見えるものを被っている。目は母親と同じハシバミ色だ。私はマジドに微笑みかけ、頭に被った白いものが帽子でないことに気づいた。それは白い包帯だった。「この包帯は?」と私は尋ねた。これが彼の頭を暖かくするためだけのものであってほしいと願いつつ。

「ファルージャから逃げる時、ほかの2家族といっしょに小型トラックに乗りました。そのときマジドは頭をなにかにぶつけ、かすり傷ができました。感染しないために包帯で保護しなくてはいけないとお医者さまがおっしゃったのです」。赤ちゃんを見ているうち、彼女の眼に涙がいっぱいになった。彼女は少しあらく赤ちゃんを揺すった。

「でも、少なくともみんな無事だったのね…あなたがここにいらしたのはとても賢明だったわ」。母が言った。「お子さんたちは元気だし−それがなにより大事なことですものね」

この言葉は、私たちが期待したのとはまったく違う効果をもたらした。ウム・アフメドの眼から突然涙が溢れ出た。一瞬の後、彼女は号泣しはじめた。サマは顔をしかめ、母親の腕から赤ちゃんをやさしく抱き上げ、赤ちゃんをあやしながら廊下を歩きまわった。おばはすばやくコップに水を注いでウム・アフメドに手渡して、私たちに言った。「アフメドは14歳の息子さんで、お父様といっしょにまだファルージャにいるのよ」

「あの子を残していきたくなかった…」。彼女の手の中でコップの水が震える。「でも、あの子は父親抜きで町を離れるのはいやだと言ったの。車が町から出て行こうというときになって、私たちは離れ離れになってしまった…」。おばはあわてて彼女の背中をやさしくたたき、彼女にティシュペーパーを手渡した。

「ウム・アフメドのご主人はね、ああ神様お守りください、モスクと協力してほかの家族の方々が逃げるのを助けてらっしゃるのよ」。おばは話しながらウム・アフメドの隣に座り、涙をいっぱい溜めたハリスを引き寄せ、膝に抱き上げた。「おふたりともきっと無事よ。もしかしたらもうバグダッドに着いてるかもしれないわ…」。おばはきっぱりと言った。誰もそんなことを思っていないのに・・・。ウム・アフメドは表情を変えずにうなずき、床の上のじゅうたんをぼんやりと見つめた。ハリスは目をこすり、母親のショールの端にしがみついた。「彼女に約束したのよ、私」とおばは私たちに向かって言う。「もしおふたりからの知らせがもうあと2日間なかったら、アブ・Sが車でファルージャまでおふたりを探しに行きますって。バグダードにいる避難民みんなが行くあのモスクに言付けてあるの」

女性を見つめていると、戦争の恐怖がよみがえってきた―爆撃と銃撃にさらされる日々―戦車が道で轟音を立て、ヘリコプターが頭上で威嚇するかのようにホバリングする。夫と息子からの知らせを待ちつつ、あと数日もの苦しい時を彼女がどうやって過ごすことができるだろうと思った。何がつらいといって、大切な人たちと離ればなれになり、その人たちの生死を思い悩むことほど耐え難いことはない。落ち着かない思いが心の内をがりがりとかじり、消耗しきった気持ちと駆り立てられる気持ちが一時に襲ってくる。頭の中で悲観的な声が死と破滅の物語を1000回もささやき続ける。すさまじい破壊に直面したときに感じるどうしようもない無力感。

で、ウム・アフメドは、ファルージャから逃げ出したテロリストの一人っていうわけだ。

もしも彼女の夫と息子が亡くなったら、彼らはアルカイダのリーダー、どころか、アブ・ムサブ・ザルカウィその人の親族ってことになるんだろう…アメリカではいつもそういうことになってしまうのだ。

ブッシュとアラウィがファルージャでの犠牲者について語り合っているのを見ると、頭がおかしくなる。あいつらによると、ファルージャにいる人はだれもかれもテロリストで、ふつうの家でなく、巣穴のような隠れ家に潜んでアメリカを破滅させるために計画を練っているらしい。
アラウィは最近「平和的交渉」が成功しそうもないため、大規模な軍事作戦を取る以外手段がないなどと語った。こうしたくず話やザルカウィに関するでたらめ話はアメリカ人やイギリス人や海外で快適に暮らしているイラク人のために作られたものだ。

アラウィは下劣なやつだ。恐ろしいのは、彼は米軍の支援なしにイラクで安全に暮らすことが「決して」できないということだ。彼が権力を握っているかぎり、米軍基地とアメリカの戦車がイラクの全土に存在し続けるだろう。占領軍がファルージャに襲い掛かると脅すことで、彼は支持を得られるなんて思えるのだろうか。イラクの人々はファルージャから逃げてくる人たちを英雄のように迎えている。自分たちの家の部屋を空けて彼らを泊め、食べ物やお金や救急物資を寄付している。イラクではだれもがアブ・ムサブ・ザルカウィがファルージャにいないと知っている。私たちの知る限り、彼はどこにもいない。彼は大量破壊兵器のようだ―大量破壊兵器を引き渡せ、さもなくば攻撃するぞ。さて攻撃が行われてみたら、どこにも兵器がなかったことが明らかになった。ザルカウィに関しても同じことになるだろう。次々と登場する政治家の誰かがザルカウィに言及するたびに、私たちは笑っている。彼は大量破壊兵器よりさらに都合がいい。なにしろ足があるから。ファルージャでの大失敗にけりがついたら、ザルカウィはタイミングよくイランやシリア、ひょっとしたら北朝鮮にでも移動することだろう。

ファルージャに関する「平和的交渉」についていえば、そんなものは一切存在しなかった。やつらはこの数週間ファルージャを爆撃しつづけている。爆撃はたいてい夜行われる。現場の惨状や多くの犠牲者のことはまったく報道されない。一家全員が生き埋めになったとか、路上で狙撃されて殺されたといったことを、私たちはずっと後になって耳にすることになるのだ。

ところで、アメリカ人よ、この1年半で10万人が亡くなった。その数は今も増え続けている。ブッシュをもう4年間在任させてごらん、そうしたら50万人という記録を達成できるかもよ。

リバーにより午後9時57分に掲示

(翻訳 いとうみよし)