Baghdad Burning

バグダードバーニング by リバーベンド

... I'll meet you 'round the bend my friend, where hearts can heal and souls can mend...

友よ、私の心が失われあなたさえ見分けることができなくなったら、どうか私を偉大な文明をはぐくんだ、チグリス・ユーフラテスの胸元に連れて行って欲しい。そこで私は心を癒し、魂を再生させるでしょう。

2004年8月7日(土)

なおも続く爆撃・・・そして教会のこと

 ナジャフとサドルシティの連日の事態で300人以上が亡くなった。もちろん亡くなった人たちはみな“反乱軍”と呼ばれている。テレビに映った、アバヤにくるまれて道路の上にごろりところがされた女性もその一味ということに違いない。今日は爆発が数回起こり、バグダッドを揺るがした。政府職員のなかには、明日は登庁しないようにと命令された者もいる。

 で、これが、この国の南部に住むシーア派の人々に約束された再建の試みの一部だっていうわけ?ナジャフはイラクで最も聖なる町とされている。ここには世界中からシーア派の人々が訪れる。それなのに、この2日間というもの、この町に爆弾や砲弾が降り注いだ。ほかでもない、抑圧されたシーア派の”救済者”であるアメリカ人によって。じゃあ、ここもまた“スンニトライアングル”ってわけ?道路の上の数々の死骸、死者や死にゆくものを悼む人々、炎に包まれた建物…どれも既に見たことがあるような気がする。テレビには次々に映像が映し出される。どこもかしこもファルージャの再現だ。20年経ったら、現在掘られているたくさんの墓について、いったいだれのせいにされるのかしら。

 私たちは、しょうこりもなく 何らかのかたちで非難声明が出るのではと待っている。私自身は、現在政権の座にあるかのようなふりをしている、アメリカに選ばれた暫定政府をこれっぽっちも信頼していない。けれども、なぜか、いつかある時、操り人形のひとり、たとえばアラウィがテレビに登場してすべての殺戮を非難することがあるかもしれないという思いから離れられない。彼らのうちのだれかが、カメラの前に立って辞任を告げるとか、少なくとも爆撃や焼討ちや殺戮に対して、もううんざりだと言い、その終結を求めるのではないか…ばかげた望みだとわかってはいるのだけれど。

 ところで、いまこそ必要としているのに、暫定憲法はどこにあるっていうの?私的居住の尊厳は今もなお侵害され続けているのに…多くの人々が今もなお不法に拘束され続けているのに…都市は爆撃され続けているのに。それなのに、憲法には、米軍は爆撃したり火をつけたりしてはいけないという規定が、ほんとにまったくどこを探してもないのだ。

 つごうのいいことに、シスタ−ニはロンドンに行ってしまっている。パウエルその他の連中がじきじきに決める時まで、彼の“病気”は回復しないことだろう。彼の仲間のシーア派の人々がナジャフやその他の地域で爆撃され殺害されたことについて、シスターニが糾弾するのをだれもが待ち望んでいるというのに、彼は体調の故障だかなにかで倒れ、検査を受けにロンドンへ行かなくてはならなくなった。このようにして、彼は今の状況について、われ関せずを決め込むことができている。シーア派の人々はみな、この沈黙に失望している。彼らは、なんらかのファトワ、つまり、非難声明を待ち望んでいるのだ。しかし、シスターニがイギリスの看護婦たちにいい子いい子されている間は、そうしたものは出されないだろう。

 ニュースチャンネルは、彼がいつもの一団、支持者とグルーピーに取り囲まれ、自家用飛行機から足をひきずりつつ降りるのを放映した。はっきりとは見分けられなかったけれど、バール・ウル・イルームが彼と一緒にいたことは誓ってもいいわ。 Eは、グルーピーの中にチャラビがいたと言うけれども、どうやらカメラマンはとても遠く離れた位置から撮影していたらしく、見分けるのはむずかしい。

 シスターニが重い病気にかかっていると思うと、だれもが不安になる。もし今彼に死なれてしまったら、南部にいるシーア派の聖職者たちの間で権力闘争が始まることになるだろう。このことについては、ホアン・コールが詳しいわ。

 みんな聞いて知っていることだけれど、先週は教会が爆撃された。これには私たちみなぞっとした。何十年もの間−何世紀も、というわけじゃないけど−イラクでは教会とモスクが共存してきた。私たちは、クリスチャンの友人たちといっしょにクリスマスとイースターを祝い、彼らも私たちといっしょにイードを祝う。私たちはおたがいに「クリスチャン」とか「ムスリム」とかいうレッテルを貼りあうことをけっしてしなかった…そんなことはほんとにどうでもいいことだった。私たちは隣人であり、友人であり、お互いに相手の宗教上の慣習や祝日を尊重しあっていた。私たちの信仰は多くの点で異なっているし、その中には根本的な違いもあるが、そんなことはまったく問題ではなかった。

 クリスチャンの人たちがもはや安全だと感じることができなくなってしまったと思うと打ちのめされる。もちろん現在私たちのだれもが安全でないと感じていることはわかっている。けれども、これまではずっと、異なる宗教の間にだれもが知っている安心感があった。結婚式や洗礼式や葬式に参列するために教会の中に入ったことがあるイラク人は多い。戦争終結以来、クリスチャンの人たちは痛い目にあわされ続けている。南部だけでなく、バグダッドや北部の一部においても、住んでいる家から追放されるということが起こり続けている。しかるべき服装をするように、あるいは、教会に行かないようになどと強制されている人たちもいる。クリスチャンの多くが国外に脱出しようと考えているが、これは莫大な損失になる。イラクには、クリスチャンの高名な外科医、大学教授、芸術家、音楽家がいる。これが中東地域でのイラクのすばらしいところだった−私たちはみんなうまく共存しているということで、有名だった。

 この一連の爆発を企てた連中は、イスラムに可能な限り最悪なイメージを与えようとする人々だと、私は確信する。これはイスラムとなんの関係もない。ちょうど、いくらブッシュが関係あるように見せかけようとしても、この戦争と占領がキリスト教やキリストとなんの関係もないのと同じように。これが問題の一端だ。つまり多くの人々がこの戦争と現在の状況を十字軍になぞらえて考えていること。“イスラム”があらたな共産主義になってしまったのだ。これは、アメリカ人を脅えさせ、完全に武装して“自衛”のために他国を攻撃するようにさせるための、あらたな冷戦だ。“テロ警報”を発令して人々を脅えさせ、アラブ人一般、ことにムスリムを差別するようにさせるのが、もっともよい方法だ…ちょうどこの戦争が西欧人一般やアメリカ人に対する憎悪を生み出すのにおおいに役だっているように。戦争と占領で親や子どもや家を失った人々は、これをわが身がやられたことととらえ、おそらくは復讐したいと思うだろう。ムスリムであれクリスチャンであれ。

 私はいつも、教会の前を通るのが好き。地域のモスクからほど遠くないところに、バグダッドの太陽に照らされて教会が輝いているのを見ると、世の中はなにもかもうまくいっていると、つかのまでも感じることができる。教会の洗練された簡素なたたずまいは、モスクの込み入ったデザインと対照的だ。

 私の住む地域にもすてきな教会がある。高く、堅固で灰色をしている。とても機能的で簡素な建物だ。長方形で、尖った屋根のてっぺんにはあっさりとした十字架、つまりサリーブ(アラビア語で“十字架”の意)が立っている。質素な木製の扉があり、小さな庭がある。そう、ちょうどあなたの7歳の甥や娘が描く小さな教会の絵とそっくり。この簡素なつくりと窓のステンドグラスとがすばらしい対照をなしている。窓には少なくとも30色は使われている。教会の前を通るとき、私はいつもこの窓を見つめ、中にいる人たちに無数の色と形が降り注いでいるのだろうと思いをめぐらす。でも、最近はここを通るのがつらい。なぜなら、かつてこの教会へ礼拝に訪れていた人たちの多くがいなくなってしまったことを知っているから。彼らはシリアやヨルダンやカナダなどに発って行ってしまった。傷ついた心と苦しみを抱えて。

午後10時57分 リバーにより掲示

(翻訳 伊藤美好)