Baghdad Burning

バグダードバーニング by リバーベンド

... I'll meet you 'round the bend my friend, where hearts can heal and souls can mend...

友よ、私の心が失われあなたさえ見分けることができなくなったら、どうか私を偉大な文明をはぐくんだ、チグリス・ユーフラテスの胸元に連れて行って欲しい。そこで私は心を癒し、魂を再生させるでしょう。

2004年6月18日(金)
 
イラクの戦死傷者...
Raed in the Middleのラエドがすばらしいサイトで現われた: イラクの民間戦死傷者.戦争中に死亡または怪我をした「テロリスト」、および「付随的被害者」をチェックして。私は、「テロとの戦い」の多くの支持者がとても誇りに思うと確信する。

9:15PM リバーによって記入 


弁解、弁解
私は、ここのところブロッグをする時間も、しようとする気もなかった。天候は文字通り地獄。灼けつくような太陽が私たちの住むこの地球の一部だけに不公平に接近しているように感じるほど、早朝から酷暑が始まる。太陽が沈んだ後はぐっと涼しくなるとあなたは思っているだろうが、バグダッドではそうはいかない。太陽が沈んだ後、まるで命拾いのため息をつくかのように、熱い歩道や通りが数時間も熱波を発散させる。

ここ2週間ほど、多くの地域で電気事情がとても悪かった。4時間停電し2時間の給電。この2時間を利用して服を洗ったり送水ポンプを動かしたりブログしたりすべきなのだが、私たちは誰へともなく空約束をしてそれを引き延ばし、つかの間の至福の時をエアコンの前で無為に過ごしている自分自身を見いだした。

学校は−小学校から大学まで、ほとんどの子供のために休み。みんな家でのんびりと過ごしている。これは親と教師にとって大きな救済。かつて多くの疲れた親にとって学校へ子供を送り出している間が、一日の最良の時だった。今それは、より多くの心配と不安を意味する。子供を家の中に事実上わなに掛けておくのは(子供を家に閉じこめておくのは)全ての人にとっての共通の試練であるが、それは安心でもある。

新政府はかつての統治評議会とさして変わらない。事実同じ操り人形が散見している。我らのカルザイこと、ガジアジール・アル・ヤワル(GhaziAjeel Al-Yawer)が彼自身を確立しようとするのを見るのは楽しい。これは少々、多くのイラク人にとっての窮地であり、そしてたぶん外国人にとっても。まず彼は−典型的なアラブ−浅黒い肌、暗い髪、伝統的なdishdashaスタイルで、頭にはiggallを着用していて、部族の首長の役割をとてもうまく果たしている。

これらの些細な点を抜きにすると、実のところ彼は統治評議会前メンバーの残存勢力であり、しかもアメリカのお気に入りと噂される― アドナン アルパチーチ(Adnan Al-Pachichi)(彼は自分がこの時点でのアメリカのご贔屓では「ない」と強固に主張している)という操り人形によって実際に選ばれたのだ。一連のみえすいた真似事は滑稽だ。ブレマーがはっきりと「はい吸って、はい吐いて」と指示しない限り、操り人形たちが呼吸さえしないことは最初から明らかだ。私が最後に確認した時、操り人形たちはにわかには生き返らず、良心が育っていなかった。フェアリー・グッドマザー(シンデレラの魔法使いのおばあさん)やクリケット・ジミニー(ピノッキオのこおろぎジミニー)がかかわらない限り無理だろう。

噂によれば、彼はAl-Shummarという地域で最大の部族のうちの部族長の一人。この部族は、イラク、シリア、サウジアラビアに広くまたがっている。彼らの大部分はスンニ派であるが、シーア派の一族も含む。戦中戦後の北部と西部国境の大部分が支配下で、彼らは地主、農民でありながら、武器、人、羊あらゆるものの密輸出入者でもある。

さて、我らのカルザイ(Karazai)すなわちヤワル(大統領)は、典型的アラビア人の外見的象徴をすべて兼ね備えている。(まるでラクダにまたがりそうだ)。しかし、彼はブレマーらのほとんどすべての決定を支持しているように見える。確かに、彼はインタビューに時々応じて、これやあれやの決定に同意していないと言う。しかし彼が最初に出席した主要な会議で、NATO軍を要請した−あたかも、既にいるアメリカ軍、イタリア軍、イギリス軍その他では、まだ不十分だとでもいうかのように。さらに、他でもないチャラビ(Ahmad Chalabi)の個人的友人で強固な支持者である女性と彼が結婚しているという噂がある私は、まだそれを調査中だ。

彼のイメージは、正直なところ、私を悩ます。堕落した湾岸の首長、油井そしていかがわしい商取引の幻影がちらつく。

アラウィ(Iyad Allawi
 首相)は完全にアメリカと英国のお小姓だ。彼はCIAから給料を受け取りだして久しい。彼が首相に据えられた時誰もとくに驚かなかったと思う。内閣は亡命イラク人、北部地域にいたクルド系イラク人、実際にイラク内で生活していた数人のイラク人という面白いとりあわせだ。新政府の37人のうち、11人は確かにイラク国内で生活していて、うち、1人か2人はとても有能であると知られている。残りは未知か悪名高いかのどちらかだ。

新政府の何人かは1つ以上の国籍を持っている。誤解しないで私は2重、3重、何重もの国籍を持っている人を否定しているわけではない。しかしながら、二重国籍を持った人が政府の一部であることに否定的だ。何人のアメリカ人が現実に認めるだろうか。上院議員か大臣が例えば、アメリカのものに加えフランスやドイツのパスポートを持っていることを。

はっきりした数は言えないが、イラクの内外を併せて少なくとも世界中に単一の国籍だけを持っている2000万のイラク人がいると私は確証する。さらに、単一の国籍を持ったイラク人のほとんどがイラク国内で現実に生活していることを保証できる。統計は奇妙に映るかもしれないが、私はこのような何百万ものイラク人のなかに37人の有能な人材を見つけることができたかもしれないと信じる。事実、CIAとの同盟関係や、スイスの銀行口座、武装した民兵あるいはサウジアラビアに億万ドルの会社を持たないかもしれない。しかし、彼らのうちの多くは、国を誇り、国と彼らの子孫の将来を心より案じている。

私のもっともお気に入りの大臣は、国防大臣のシャラン・ハジム(Sha’alan Hazim)。アメリカの新聞アル=サバによると、Sha’lan Hazim氏は、クウェート銀行を運営するためにイラクへ戻る前、英国の経営管理の修士号を取得した。前政権にイラク退去を強いられた後、昨年6月にイラクへ戻りQadisiyaの知事として働くまで、Sha’lan氏はロンドンで不動産会社の社長を務めた。

今、これは最高に面白い。私は何かを見逃したに違いない。Sha’alan Hazim氏がどのようにして国防大臣としての資格を得たかに関するどんな情報でも送ってほしい。私たちが安全な国境と強い軍隊を必要とするとき、新しい国防大臣が仕事を与えられました。なぜなら彼は何?子供のときおもちゃの兵士で遊んだから?トルストイの「戦争と平和」を6回も読んだから?コマンドゲームの地方チャンピオンだったから?

不確実な政局のもと、私はここ数日親類の一人が外国へ行く手筈についてあれやこれや検討する手助けをしていた。それは、憂鬱な状況だ。母のいとこは彼の家を貸し、車を売り、彼の3人の子供を連れアンマンへ出発した。そこで、仕事を見つけることができることを望みながら。彼は現状でも充分に暮らしていける大学教授だ。彼は、家族と目まぐるしく変わる政治とセキュリティの破綻について心配することに疲れ果てたという。それは最近共通の話題だ。誰もが630日の前に出口を見つけようとしているように感じられる。去年の夏、何年もイラクにいなかった人々は「解放された」いとしい母国を訪れるためどよめいていた。(いとしい母国を去るためにまた騒ぎ立てるだろう。) 今夏、それは逆転してしまった。

シリアとヨルダンとの国境は大渋滞だ。ヨルダンの国境で返された友達によると、一日20台の車しか通過を許していないと言う人々は、何日も国境際で待機を強いられ、国境警備隊の気まぐれで拒絶されるというリスクも負っている。人々は、正常と安全を待ち続けることに飽き飽きしている。特にこの一年は苦しすぎた今年は、特に長い夏になりそう。

9:06PM リバーによって記入

(翻訳 山口陽子)
2004年6月1日 木曜日

屋 上

暑い。暑い、という言葉しか出てこない

 息もできないほど。空気は乾いていて焼けつくようだ。昼前には、もう暑くて外へ出られなくなっている。この地区では、2時間電気がきて4時間停電ということの繰り返し。ほかの地区でもそうだ。目下の問題は、あちこちの地区で発電機にガタが来始めていること。酷使と粗悪な燃料のせいだ。これは大問題で、夏の盛りへ向けてますますたいへんな問題になるのは、目に見えている。

 私はこの2日間というもの、政治状況をあれこれ考えながら過ごした――それと、屋上の掃除もね。この二つにはまったく共通点はない。ただひとつのことを除いては。屋上も政治状況も大混乱。

 屋上は、イラクの家庭にとって神聖な場所である。設計には、ほかの場所と同じくらい熱意が投入される。屋上は平らで、もたれて町を見おろせるようにたいてい低い壁で囲われている。この一年の間に、イラク人と屋上はなんだか深い関係になってしまった。爆破音を聞くと屋上へ駆け上がって煙が上がっている場所を知ろうとする。屋上に集まって頭上を飛んでいくヘリコプターを見守る。貯水タンクの水量が減ったときは、重い足を引きずりながら屋上へ。てんでな方向に張り巡らされた屋上の物干しひもに洗濯物を干す。いつ明けるともしれぬ停電の夜は屋上で眠る。

 この屋上で眠る、というのは、両親がかつてなつかしそうに話してくれた昔の暮らし。子どもの頃、屋上にマットと低いベッドを持ち出して眠ったことを何度も何度も聞かされた。その頃は冷房はなかったし、天井の扇風機さえないことがあった。バグダッドの暑気とバグダッドの猛烈な蚊の群れは生活の一部、文句を言っても始まらないことと受けとめられていた。そしていま再び、両親はこども時代を思い出すことになったのだが、それは決して私たちが子どもの頃語ってくれたようにではない。だって私たちは現に50年昔に戻ってしまっているのだから。停電の間、家の中で寝るのは不可能だ。闇と熱気にからだ全体をくるみこまれ、むき出しの皮膚はどんな小さくとも逃さず蚊の群れに襲われる。 

 それで数日前に、リバーベンドとE(弟)は、掃除をすべく屋上へ送り込まれたってわけ。
 夜明け、容赦ない太陽が一日の旅に出発して30分後から掃除を始めようということにした。Eは生温い水のはいったバケツをもち、私はほうきとモップをもって屋上に集合した。点検の結果、屋上はすさまじい状態だとわかった。砂塵がいたるところ降りつもっていた。ここ数週間に何回か砂嵐があったのだが、バグダッド中を吹き荒れた砂塵がすべて示し合わせてうちの屋上に集まったかのようだった。二時間とくしゃみ600回、水をバケツ15杯費やした末に、屋上はやっと寝られる状態になった。あと1時間でマットレスと枕を運び込む。その時まで、屋上で寝ることになっていた。が、突然電気が通じたので、私はコンピュータにへばりついている。

 新内閣の顔ぶれは、とても面白い。閣僚の何人かは、イラク国内出身(つまり亡命者でない)で、残りは海外出身、それぞれ異なる政党に所属している。ということはつまり、これで各省庁でどんな人が雇用されるか「決まり」ということ。今日び就職するには、しかるべき人のしかるべき推薦状が不可欠。しかるべき人とは、しかるべき誰かを知っていて、その人はまたしかるべき誰かを知っていて、その人はまたしかるべき誰かの友人で、その人はまたしかるべき親戚があって、その人はまた・・・もうわかったでしょ?
 この問題については、明日きちんと書くわ。こんどこそ、明日。このところブログする気になれなかった。暑さがものすごくて、電気の通じている二、三時間をコンピュータの画面を見つめて過ごす気にはなれなかったのだ。

リバーによって掲示 午後10時54分

(翻訳 池田真理)