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東洲斎写楽/市川蝦蔵・竹村定之進 東洲斎写楽
《市川蝦蔵「竹村定之進」》(1794/寛政6年)
和紙・木版画
大手版元・蔦谷重三郎の元での、短期間での大量制作、そしてあっという間に姿を消した謎多き絵師・写楽の代表的な大首絵。
漫画的なほど誇張された役者の顔の表現、大胆な色使い、襟の重なりの描き方は強い印象を与える。
写楽が誰かは諸説あり、概要を知りたい方には、講談社文庫・高橋克彦「写楽殺人事件」がお勧め。推理フィクションの中に写楽の謎に迫る綿密な考察と知識がわかりやすく読める。
11代目市川海老蔵の襲名披露をテレビで見た。
市川家伝統の「にらみ」を見たかったからだ。
(中学生時代歌舞伎マニアであった名残)

男だったら、確実に歌舞伎に行って(歌舞伎町ではない)
「成田屋!」とか屋号を叫んでいただろう。

11代目は、ひとつにらんでご覧に入れまする、の口上で
独特の顔を作る「にらみ」を披露したのだが、
それを見て、写楽の描いた200年前の市川蝦蔵の顔と
同じ表情になったのに驚いた。

写真やビデオも無いのに、200年前の化粧や表情の動きも含めた技が
見事に受け継がれているのはたいしたものだ。

あの写楽の大首絵はあまりにも有名だから、
11代目も確実に見ているだろう。

もしかしたら写楽の絵は、
多少、歌舞伎の伝統をつたえる
仲介になっているかもしれないと思う。

写楽が蝦蔵を写し描いたのを、
11代目が参考にしたかもね。

写楽の役者絵は
普通の絵にははあまりない、
ちょっと変わった伝統を担う役割も持っているのかもしれない。

ちなみに、歌舞伎絵のほうは5代目団十郎が
6代目にその名を譲ったあとの「蝦蔵」であり
11代目のほうは「海老蔵」である。

文 : 2004年5月