白の帝國

2008年9月23日
















Yahoo!ジオシティーズ
→Home    →novel    → Character   →Image     →etc

プロローグ 6

 

夢の主人公は『お転婆』と言われたのが気に入らなかったのだろうか、「フン!」とばかりに

鼻を鳴らし、悲惨な姿と化した鎧の残骸の方へ、つかつかと歩んで行こうとしていた。

爆風か何かで飛んできたのか、最早原型すら想像出来ない鎧の頭部の近くに、さっきの戦闘で

抜き払った鞘が転がっている。

どうやら夢の主人公は、あれを回収したいらしい。

 

「…余計な手出しを…。守護装甲が来るまでの時間稼ぎだけで良かったのだ!」

歩きながら、彼女は後ろの影にイライラと吐き捨てる。

対して後方の男は、やんわりとしたものだった。

 

「確か、照準を合わせられていた気がするが…? 礼の一つでも言ってもらいたいものだ」

 

どこかやれやれといった調子が含まれてはいるが、決して礼節を欠いた物言いではなかった。

よく注意して聞いていなければ、この黒装束の声に『感情』があるのだとは気付けない。

憮然としたような、表情も年齢も不詳の声。

大人の男のようであり、少年のそれのような…。

 

夢のあたしは転がっていた鞘を大事そうに拾い上げ、ずっと、手に張り付いていたみたいに

握っていた細い短剣をしまった。

『彼女』は厭味を言われても後ろを振り向きもしない。だけど影のような男の言葉からすると、

どうやらあたしの事を、どちらかというとお荷物のように思っているらしい事が伝わってくる。

しかし、『彼女』の方も負けっぱなしというわけではなかった。

 

「馬鹿馬鹿しい…! 何故このような時期に、そのような格好で現れたのだ? 貴様は事態を

本当に理解しているのか――…!?」

 

ピクリとも動かなくなった兜の残骸の前で『彼女』は初めて、自分の感情を現したかのように

吐き捨て、あたしの身体はくるりと影に振り向いた。

 

黒尽くめの男はただ変わらずそこに立ち尽くし、深く静かな赤のきらめきでこちらを見つめている。

 

乾いた風が二人の間を通り過ぎ、『彼女』の叫びを無情に運んでいった。

 

優しい…、良く言えばそうとも取れそうな静かな闇の印象の光を湛え、何も言葉を返さずじっと

見つめられていると、なにかジリジリしてくるようだ。

あたしの身体の方もそれは同じなようで、いからせていた肩の力を次第に抜いていき、徐々に

伏し目がちになっていった。

 

カツ…、と高い音が峡谷に響き、男がこちらに歩みながら、黒革の手袋をはめた大きな手を

虚空に伸ばす。

 

あたしはふと驚いて顔を上げ、周囲の気配が急激に変わってゆくのを、この肌に感じていた。

男がすうっと息を吸い込む音がはっきりと聞こえ、真紅の瞳は底知れぬ色であたしを透かし見て、

その更に向こう側を見ているような不思議な視線をしている。

やがて、不思議な『唄』が聞こえてきた。

 

『 太古…この地を拓き創りし偉大なるものよ 今は暗黒の時なり… 

再び灯の射す歴史が開かれるまで 再び我らが輝く刻(とき)を刻むまで …今は眠れ… 

願わくば再誕を そして一つの大いなる魂とならんことを… 』

 

空気中の粒子が、凛としたその声に震えていた。

その現象を喩えると、まるで水面に雫が落ちて波紋を描いているような――。というのが、

一番近い気がした。

 

牘咯А´瓩箸いΔ里世蹐Δ? 

聞いたこともない言語で言葉が紡がれ、それは魔法のような旋律を奏で、周囲の空気を一気に

変えていく。

静かで…、血の通わない…。詩と言うよりも犹爿瓩箸いΕぅ瓠璽検

もしかしてこれはそういうことを表している唄なのだろうか…?

 

難しい事はわからなくても、その音色・フレーズ・歌詞など全てで表現をするのが音楽。

あたしは歌の歌詞なんかにもうるさい方だけど、その言葉や一つ一つよりも、全体のイメージを捉える方が、手っ取り早いと思っている方だ。

 

聞いた事の無い抑揚がついたフレーズは、どこか祈りを捧げるもののようにも聞こえた。

 

この、いかにも無愛想で生気の無い、どちらかと言うと感情が欠落していそうな顔立ちの男の、

どこからこんな慈悲に満ちた音が出てくるのか。あたしはその事にひどく感心していた。

何故そんな風にこの男の事を否定的に思うかと言うと、あたしもきっと街を歩いている時、

こんな生気の無い顔をして歩いているだろうから。

――つまりは、あたしはいつもこんな顔をしている。

 

ふっと黒装束の男が細く息を吐いて呼吸を整え、きりりと顔を上げた。

背後を振り向いて見ると、転がった兜の残骸の中に燻ぶる残り火のような光が、消えていくところ

だった。

鎧の頭部は何かに揺さぶられたように軽く鳴動し、そして、二度と動かなくなった――。

 

もがれて無残に穴を開けられ、それでもまだ兜が攻撃しようとしていたのか? と、あたしは素直に

驚いていた。

だけど夢のあたしは二度も危機を救われているにも関わらず、まだ突っかかるような顔で、隣に

合い向いに立つ長身の男を睥睨している。

 

「…気付いていたのか。…こいつの正体を」

 

 

TOP  /  BACK  /  NEXT