白の帝國

 
















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プロローグ 2

 

 

 

「きゃぁっ…!!」

 

突然の悲鳴に驚くと、ドレスの女が疲れ果てて足がもつれたか、V字を過ぎた辺りで

転んでしまっていた。

女が元来た路を目で追うと、黒装束を乗せた一頭のクイが「逃がすか」とばかりに丁度駆け込んで来たところ。これではすぐに女に追いついてしまう。

ドレスの女の方は立ち上がろうとしてはいるものの、最早恐怖で足が言う事を聞かないのか、

上手く立ち上がれないで居る。

 

彼女のそのもつれる足を見ると、こちらまでムズムズしてくるようだ。

素足で全力疾走しなければならない程の理由なんて聞きたくもない。 だけど…。

 

――小石とかが、めりこんでたりして…。

 

何故だかあたしはそんな事を思い、無関心主義のくせに、珍しく他人の感覚を自分に重ねて想像していた。

だけど、この体はあたしの体じゃない。

第一こんな場所は知らない。

あたしはまあ、よく居る17才・高校生だ。こんなグランドキャニオンみたいな所、現実では一生涯行くことは無いと思う。

 

――え、猝瓦無い瓩辰董

自分でもドライな性格だし、夢のない女だとは自覚してる。

流行に乗りたいわけでは決してないけど、今時それも『普通』の事だと思う。

きっと他の人も皆、無関心で夢が無いってことを上手に喉の奥に隠しているだけ。

だけど、それにしたって随分奇抜でわけの分からない夢を見ている。とは思うけれど…。

 

そんな余計な事を考えている間にもあたしの体の方は、乾いた熱を気持ち和らげてくれていた

岩壁の窪みから、瞬きもせずに眼下へと目を光らせていた。

そして時が来たのか、胸の奥底までに息を吸い込み喝を入れると、音も立てずに素早く飛び出してゆく。

まだ相当高さがあるニ段の岩場を野生動物みたいに力強く蹴り、落下に更に加速をつけ――。

ちょうど黒装束のクイがV字に差し掛かるのと全く同じタイミングで、あたしは

上から降る鋭い矢のように襲い掛かっていた。

 

敵の真上から忍者のように跳びつこうとしているその時、相手のクイは急角度のカーブを曲がる為に、若干スピードを落としていた。

黒装束も流石にこちらの気配に気付き、上を仰いで襲い掛からんとする者(あたし)の姿を見る。

驚愕の目をしたそいつも黒の目出し頭巾を被っていて、いかにも敵らしい怪しげな様相だった。

 

あたしは既に中空で細い短剣を抜き、両の手で柄を逆手に持つと、針のように鋭い切っ先を下方に構え、相手の首根を一点に狙っていた。

勢いもかなりついて激しくぶつかる瞬間。

敵は咄嗟の出来事に何も出来ずに唖然としてはいたけど、クイの鼻先――進行方向だけは微妙に変えていた。

それによって少しはこちらを迎え撃てる体勢にはなっていたが、マントで隠された背の剣を抜く暇も無く、あたしの一撃を頑丈な銀の腕当てで庇うのが精一杯だったようだ。

 

ガチンと派手な金属音がして、剣が塞がれた。

その一瞬だけ、敵の息を感じる程に相手の近くへ肉薄する。

 

そういう一瞬は長く感じられるもので、相手の目と目が合った。

互いに何者かを見定めようと瞳の奥を探る気配。

今にも透けて色が消えてしまいそうな敵のグレイの瞳には、あたしに対する少しの怯えと、死んだ魚のような、無機質で無感動に濁った光があった。

 

「――山賊か」

黒頭巾の下から、多少見下すようなニュアンスの含まれた声がぼそりと零れる。男の声だ。

 

あたしは答えず、一撃で仕留められずともこの動きを無駄にはしないと、揉み合いを解く寸前、

相手の胸板を踏み台にして思い切り蹴りあがった。

その反動でひらりと宙返りをし、何事も無かったように渓谷の小路に降り立つ。

この夢の主人公は、華麗な運動神経の持ち主だなぁ。と、あたしは感心してしまう。

アクションスタントでも出来そうな身のこなし。そして敵以上に抜け目が無い。

 

宙を舞っている間にさえ、あたし(の体)は黒装束の男が騎乗の体勢を崩し、クイから落馬していくのをしっかり確認していた。

そしてそのクイが驚いて暴走し、ひとりでに逃走を始めるのをも待たずに再度敵に突っ込んで行く。

黒装束の方も反撃に出ようと身を起こしつつ背剣の柄を取ろうとしてはいたが、その手を回し蹴りで蹴り上げ、今度こそあたしの剣が敵の首筋を捕らえた。

 

あたしの親指は柄の先端の平らになっている部分を強く押しており、剣の周囲から磁気みたいな

ものが発生しているのか、頭巾の中の髪が逆立つのを感じた。

 

不穏な低い唸りが聞こえて、黒装束の首辺りがごく軽い爆発音をあげる。

一瞬の間を置いて相手がその場に崩れ落ちる前。あたしは素早く剣を引っ込めながらも、

敵の頭巾を暴いた。

何か白いものがフワリと目の端を横切る。

 

どさりと乾いた地面に音を立て、男は前から崩れた。

声を上げる間も無く、完全に気絶してしまった様子だ。

あたしはしなやかに立ち上がると剣を腰の裏の鞘に納め、今倒したばかりの敵を見下ろした。

 

良く見れば、大して熟練した者でもなさそうだ。

黒尽くめの身なりが威圧感を醸し出して立派な体躯に見えたのだろう。少し見える横顔や

体つきを冷静に見れば、今時風のやわそうな体つき。

肩下までありそうな白髪がだらりと散乱して降りているけど、老人というわけではなさそうだ。

顔立ちからしてもせいぜい20才くらい、それに見れない顔というわけでもない。どちらかというと

良い顔立ちではある。

ただ、あの目を見てしまうと、同時に奇妙な印象も併せ持つだろう。

 

――なんというか…魂を奪われたような、虚ろな目だった…。

 

あたしが今の出来事は何だったのかと考えていると、身体の方はさっさと敵の身体調査をし始め、おそらく相手の身元の分かる物などを物色していた。

 

黒装束の正体は、ただ黒い頭巾を被って黒いマントを上っ面に羽織っているというだけで、あとの中の装備は全て白かシルバーの軽装備で統一されていた。

歴史の教科書の挿絵や写真などで言えば、コイツはおそらく『足軽』とか『歩兵』クラスだろう。

こんな適当な装備で、銃とかで撃たれたら…。とか心配に思わないのか? と逆に不自然に

思ってしまう。

 

男が背中に背負っていた重そうな剣を視界に入れると、あたし(夢の主人公)は興味を引かれた

ようで、注意深くそれに見入った。

 

――ん…椿…?

 

柄の部分に見事な彫り物の紋章が見える。

あたしには全く意味不明だったけど、夢の主人公は暫くそれに釘付けになり、何か真剣に考え込んでいるような間が空いていた。

 

やがて背後から、女の呻き声が聞こえてきた。

 

「あの…どなたか存じませんが助かりました。あ…ありがとうございます。」

 

ドレスの女はボロボロに汚れた顔で峡谷の壁に寄り添いながら、ようやくそこに立っている。

敵以外の人間と出逢った事で、今まで恐怖と戦い、抑えていた心が溢れたようで、目には涙を

浮かべている。

それは今にも、零れてしまいそうだった。

 

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