白の帝國

2008年9月28日
















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プロローグ 10

 

 ――まぶしい…。いや、でもあたしは目蓋を閉じている…。

 

もやの掛かった意識の中、遠くで小鳥のさえずりが聴こえていた。

 

――こんな荒野に、小鳥…?

 

あたしはそのミスマッチに、ハッとして飛び起きた。

一瞬意識が混濁していたけど、目に入ってきたのは見慣れた黒のサテンのベッドカバー。

いつものあたしの部屋。

見慣れた現実。

 

―――…なんだ…? 夢…? か。 変な夢、だった…。

 

むくりと起き上がって部屋をまじまじと眺めると、日々少しずつ寒くなっていく窓の外から、

朝焼けの清清しい薄日が差し込んでいた。 

もうすぐ冬だ。

 

少し開いていたカーテンの隙間から覗く現実的な空をぼーっと眺めつつ、無意識に、

首から下げた一見爪のような形のトップがついたチョーカーを握り締めていた。

このチョーカーは今日みたいな感じでふと目覚めると、そこに<在る>という事に気が付いた。

という、いわくつきのものでもある。

いつの間にかあたしの部屋にあった見覚えの無い品…。

奇妙とは思ったけれど色々あって外す気にもなれずに、今ではお守りのようにそのまま

身につけている。

 

――最近は鬱っぽいのも、減ってきていたのに…。

 

あたしはチョーカーを弄りながら、独り言みたいにそう思った。

以前は少しの時間、何をしていたのか思い出せなくて戸惑うこともあった。

空白の時間。大概はただぼーっとしているだけだと思うんだけど…。

でもやはりそれは、本人でも恐い。

それでセラピーに通っているんだけど、通う回数は減っているのに、以前よりその空白は

少しずつ長くなっているようにも感じられる。

 

――…あたしがいつも、何もかも忘れたい。捨て去りたいと願っていたから…?

 

周りに広がるこの世界が、ひどく無機質で、無感動だと以前あたしは思っていた。

空虚な灰色の世界を、憎んでいた。

人も皆嫌いで、誰も傍に来て欲しく無かった。

 

世界も人間も皆嫌いで。…そんな風に考える自分自身が最も嫌いで、

自らを傷つける事もあった。

手首には『忘れるな』と注意書きされているように、今も浅黒く傷跡が残っている――。

 

でもある日。…そう、このチョーカーが<在る>という事に気が付いた頃からだろうか。

あたしの人生が180度、別の人生のように廻り始めたのは……。

 

このチョーカーと同じで、いつの間にかあたしに『かけがえの無い友人』が出来ていて、

この世に自分を産み落とした事を恨めしく思っていた両親とすらでさえ、最近は上手くやっていた。

全てを突っぱねて生きてきたあたしだけど、逆に、そんな過去の諍いなど全く無かったかのように

やたらに優しくされるとどうもこうも足掻けず、結局はそれを素直に受け止めている自分が居た。

人はやはり一人では寂しくて、生きていかれないらしい――。

 

ただ、そんな虫のいい話があっていいのか? という、黒く渦巻くような疑惑はあったけれど、母は

元々楽天的な人だし、友人に至ってはあたしなどでは到底勝ち目の無い最強の天然娘で、

あたしのそんな疑い癖など、ハナから相手にすらされていなかった。

 

そしてそれらはいくら自分自身で否定したとしても、本当は喉から手が出るほどあたしが欲しかった

もの。それを今、失う位なら魂を捧げてもいい。

過去も未来もいらない。

それ程に、最近のあたしは幸福感に満たされていた。

 

あたしはどちらかというと仏頂面だし、きっと顔や態度は以前と変わらず、犂鬚靴い鵑世茘瓩覆鵑

気持ち、全く上手く表現出来ていないのだろうケド。

それでも、表情筋が伸びて顔が緩んでしまうのではないかと思うほど、突然現れた友人・里奈は

あたしを笑わせるのが上手だ。

 

ベッド脇のサイドテーブルに置いた携帯が、さっきからお知らせの点滅を繰り返している。

(また里奈のやつ、ふざけたメールを寄越して笑わせるつもりだ) そう思って、いつもよりちょっと

早いけど、ベッドから抜け出すことにした。

それと同時に暁の空から、日の出の一際眩しい光が差し込んでくる。

丁度カーテンの隙間を縫って、太陽光があたしの目に真っ直ぐに…。突き刺さるほど眩しい…。

 

あたしはあまりの眩しさに目を閉じようとしていたのを、途中でやめた。

何かがその光を突然遮って、暗くなったからだ。

「…?」

あたしは急いで窓に近寄り、カーテンを開けると空を確認した。

太陽光で逆光になり、よくは判らないが、鳥のシルエットが見えた。

 

たま〜に、何を思ってか、窓に体当たりしてくる鳥がいる。

ソレはそんな勢いで、だけど体当たりまではしてこないケドぶつかる直前まで窓に突っ込んでくると、

くるんと上手に急ブレーキをかけて垂直に羽ばたき、その体勢を保つと窓の前で

牴燭を待っている瓩佞Δ砲修海鯲イ譴覆ぁ

 

――何だろう……?

 

あたしは導かれるように、何のためらいも無く窓を開けた。

何故か、鳥が入りたがっているように思えた。

 

途端に澄み切った空気が外から流れ込んでくる。鳥はそのひやっとした空気の流れと共に、

窓が開くのを待つのもじれったいという感じで部屋に滑り込んで、器用に天井を旋回し始めた。

 

そんなに広くも無い部屋でぱたぱたはためく鳥を改めてよく見ると、ハト…ではなかった。

大きさは小さめのハトぐらいだけど、薄茶色のような緑かがった色の鳥だった。

日本野鳥の会に所属している人ならともかく、あたしなんかではその鳥の種類と言うか名前が

わからない。

ひとつだけ特徴があり、それはその鳥の真ん丸の瞳のふちが、白でふちどられている事だった。

 

「………ええと…。目の周りが白いからメジロ…。かなぁ?」

 

かなり自信なさげに上を見上げながら呟くと、鳥は『単純すぎ。不正解』とでも言うように、

あたし目掛けて鋭く急降下してきた。

 「えええっ…!?」

あたしが窓際に背を貼り付けて固まっていると、その不思議な鳥は、あたしの前すれすれで

急上昇して、また天井を旋回する。

 

パサリ、という軽い音がして、ベッドの上に何か落ちたのに気が付いた。

見ると、封筒のようなものが見える。

それに興味を惹かれてつい一歩足を踏み出すと、代わりに暖かな緑色をした鳥が、あたしの横を

すーっと通り抜け、陽が明けた空へと羽ばたいて行ってしまった。

 

(勝手に入って来て、勝手に飛んで行くとか…。何なの?)

あたしは小さくなるその姿を、見えなくなるまでただ傍然と目で追っていた。

そして急に背後が気になり部屋を振り向くと、ふわふわと部屋中に雪みたいに羽毛が舞い降りていて、ベッドの上には真っ白な封筒が落ちていた。

 

――な…。どうなって? もしかしてまだこれって、夢なんだ……?

 

あたしはゴン! と自分の頭を殴ってみた。一応、イタイ。

だとしたら、朝っぱらからのこの幻想的なシチュエーションは何だと言うのだろう?

とてつもなく現実感の無い朝だ。

あたしはとにかく、舞い落ちて来る羽根の中を歩いてベッドへ向い、見覚えの無い白い封筒を

取り上げてみることにした。

 

表も裏も真っ白で、何も書かれていない。勿論差出人の名などない。

ところどころ細かいきらめきがあるその封筒は、触れただけで

爐箸討盥盖な人から贈られたものだ瓩隼廚辰拭

 

――ヤだな…こういう感覚…。昔は無かったのに。

 

自分をがんじがらめに鎖で巻きつけて、逃げる事の出来ない牢獄へと自分自身で閉じ込めて

しまうと、五感もなにもかもが鈍くなる。当然直感なども働かなくなる。

あるとしたら全てがマイナスの感覚。そう、感じるものが全てマイナスの感情で溢れた世界しか

見る事が出来くなるのだ。

だからあたしにはそんな世界が、毎日が価値の無いものに思えていた。

 

だけど心を縛る全てから解放された途端、眠っていた第六感のようなものが急に働きだしたよう

だった。勘が鋭くなって、心の声だか何かが 『こうした方がいいんじゃない?』と言うような事が、

ふと頭に浮かぶようになった。

得てしてそのようにすると、何事も上手くいったりするから更に不思議だけど、何故上手くいったのか、その内なる声はどこから来るのか考えると、それはさっきの夢みたいに不確かで、結局

『何だったんだあれは…』で終わってしまう。

それもけっこう後味の悪いものだ。

今の状況もそう。何故触っただけでそんなことを思うのか、自分が自分で理解できない。

 

(それにあの鳥はナニ? こんなに羽根って抜けるもの? …ってか、何だかこれじゃ、あの鳥は

この手紙を届けに来たみたいじゃない……)

 ふーっと、溜息をついて、あたしは燹瓩个りの自問自答をやめた。

 

――とにかく、この封筒を開けてみれば分かるかも。

 

ぺり、と薄くのりづけされた封をはがしてみる。

何か、とても芳しい…。もし、春の風に香りがあったならこんな香りではないか、と言う薫りが

ふわりと鼻をくすぐった。

 

そして、中には封筒とはイメージの全く異なる、一枚の漆黒のチケットが入っているのが見えた。

指でつまんで引っ張り出してみると、あたしは思わずぞくりと身震いしてしまう。

別に怖かった訳じゃない――飛び上がりたい程、嬉しかったのだ。

何故ならその黒地に銀の流れるような文字の描かれたチケットが、あたしの敬愛するバンド、

BJのシークレットライブのチケットだと気付いたから。

 

抽選応募の期日をとっくに過ぎてから知って、情報音痴の自分を呪っていた所だった。

大体マメじゃないんだよね、あたしって。今時パソコンもいじれない子だし…。

携帯はさすがに何とか…という程度。

今回の抽選応募の告知はFANクラブのサイトでひっそりされていたもので、しかもそこから応募しないとダメだったらしい。

だからもう絶対に行けないと、諦めていた矢先だった。

 

「すげぇぇ………。こんな事ってあり? つーか、貰っちゃって…いいの? かなぁ」

 

あたしは産まれて初めてという位の興奮を感じ、同時にとても不安に思って窓の外を確認した。

このチケットは、何にも興味を示さないあたしですら喉から手が出るほど欲しかったものだ。

本来これを手に入れたハズの人は、チケットが届かないと知ったらどんな気持ちになるだろう…?

だけどもう一度確認してみても、やっぱりどこにも宛先に関する情報も何も書かれていない。

 

それにしてもあの不思議な鳥は、このご時勢に伝書鳩みたいな事をやってこのチケットを誰かの家に届けようとしていたんだろうか? 

ちょっと、それこそ有り得ない。

今の世の中郵便だってメール便だって、なんだってある。

差出人は何でまたこんな不確かなやり方で、こんな大事なチケットを贈ってしまったのだろう…。

 

当然の如く、「やっぱり配達先違いでした」と言って、あの鳥が戻ってくるはずも無い。

間違った場所に辿り着いてしまうことはあるだろうけど、それに気付いて郵便物を取り返しに来た

伝書鳩の話なんて聞いたことが無い。

……となると、これは…。

 

 

「か、神様って……。ホントは居るのかなぁ?」

 

あたしは嬉しさと、信じられない位の驚きに足がへたれてしまう。

 

部屋のどこかの空気が、くすくすっとあたしを小さく笑ったような気配がしていた。

 

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