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  黒い革袋




 その男に、はじめて出会ったのは、公園のベンチだった。
 勤めていた会社が倒産をしてしまい、私は失業をした。そんなわけで、なすべくもなく日々を過ごしていたころのことであった。気分が滅入って、つい愚痴を言いたくなるのである。
 そのような次第で、諍(いさか)いをすることを恐れ、口うるさい妻から少しの間でも離れていたかった。
 私は、図書館の雰囲気が、何となく嫌いだった。息苦しくて、落ちつかないからである。いったい書物などをゆっくり読める人は、その時点で、すでに幸せなのである。私には、そんな心のゆとりがなかった。

 そこで晴れた日には、いつも公園へ来るのであった。公園のベンチはいたって健康で、金もかからないからである。しかし、私のほかにも、いつも公園に来ている男がいたのである。
 暗い面もちの私に比べ、その男はにこにことして、とても幸福そうであった。身なりはみすぼらしくても、よほどよいことがあるようだ。彼の回りは、喜びで輝いているように見えた。
 私は、彼がうらやましくもあり、また少なからず興味があった。
 しばらくして、その男は私に話しかけてきた。
 「こんにちは」
 「……」
 「どうして、そんなに悲しい顔をしてるのですか」
 「……」
 「私は、楽しくてしかたがないのですが」
 そこで、黙っているわけにもいかず、
 「結構なことですなぁ」
と言ったのである。

 男と親しくなると、男は身の上を語った。
 彼も、かつて不幸な日々を過ごしていたのだと言った。そして、今の私とまったく同じように公園のベンチに座っていたのだ。すると、私が彼に会ったように、彼もやはり幸福そうな男に会ったのだという。
 そして、一連の出来事を吐露したのである。
 つまり、彼は持っている金をはたいて、その男から宝物を買ったという。それ以後は、ご覧のとおり幸福になったという。そして、いつまでも自分だけが、幸福を独り占めするのが、後ろめたいとも言った。
 そんなわけで、神さまに対して申し訳ないから、その宝物を私に譲ってもよいと言ったのである。何だか、うさんくさそうな話でもあったが、何となく、私もその宝物が欲しくなった。
 そこで、私も全財産を彼に支払って、譲ってもらうことにした。
 彼は、金を受け取ると、翌日ここに宝物を持ってくると言った。私は、うれしくなって、彼と別れてからも、興奮がおさまらなかった。

 翌日、公園のベンチに行くと、彼はもう来ていた。そして、私の顔を見ると大事そうに新聞紙に包んだものを取り出したのである。その宝物とは、薄汚い黒ずんだ色の革の袋であった。
 彼は、使い方を教えてくれた。
 それはいたって簡単で、その袋をかぶり、望んでいることを思えばよいのである。
 そうは言っても、ちょっとしたコツがあって、強く思うと頭が痛くなる。したがって、少しずつ想念を強めていかなければならないと言うのだ。そうすると、やがて思考が実現をして、その光景が具体的に実感できるのであった。
 あとは、何でも望みがかなうというのである。
 家に帰ってから、妻に隠れて、さっそくやってみることにした。

 そのとき、ふと心に浮かんだことがある。
 私は、中学生のとき、クラスの女の子に初恋をした。なぜか、今その女の子に会いたくなったのである。そこで、革袋をかぶった。それは、ちょっとすえたような臭(にお)いがした。
 それでも、初恋の相手のことを、心に浮かべたのである。
 すると、どうしたことであろうか。何と、彼女が現れたのである。しかし、私は慌ててしまった。それは、私が想像をしていた中学生のときの初恋の彼女とは、大分違っていたからである。
 おそらく、現在の彼女の姿なのであろう。
 すっかり、世帯じみてしまっている。今でも美貌の面影は残っているが、何だか疲れているみたいだ。その上、赤ちゃんを背負っており、絶えず口の中でぶつぶつと言っているようだ。
 そこで、想念を少し強くしてみた。
 すると彼女は、赤ちゃんと風呂に入った。
 中学生のときに、溌剌としていて、美しいと思った彼女の身体が、丸見えになったのである。何と、乳がだらんと垂れ下がってしまっているではないか。さらに、腹の辺りには三段になって、肉が盛り上がっている。
 そして、その肉の上には、盲腸の手術の傷跡があった。
 私は、幻滅を感じた。
 慌ててしまったのであるが、何とか落着きを取り戻した。そこで想念を打ち切り、袋を頭から外した。
 しかし、黒い革袋の実験は、どうやら成功したと言ってよかろう。

 いよいよ本式に、考えていることを実感しよう。
 そこで、最初に大金持ちになってみようと思った。革袋をかぶって、金持ちになろうと思った瞬間、すでに金持ちになっていたのである。おそらく、金持ちというのは、誰でも簡単になれる状態なのであろう。
 いろいろなものを買ったり、食べたりもしてみた。しかし、食べられる量といっても、知れている。いったい、何をすればよいのであろう。結局、金があっても金を増やすこと以外には、金の有用な使い方がないのではないか。
 しかし、そうなれば金を使うのではなく、金に使われるのである。
 さらに、いやなことがあった。それまでは、彼のことを見向きもしなかった人たちが、次々と押しかけて来たのである。そして、愛想よく笑ったりする。また、もてなしたりすると、人が変わったように喜ぶのである。
 満足感は、少しも得られない。金持ちになってみると、思ったよりも孤独であることがわかっただけである。
 いやになって、革袋を脱いでしまった。

 金持ちは空しいので、次に有名になりたいと思った。
 すると、すぐに有名人になったのである。テレビの出演や講演会などの依頼が、次々とくる。街を歩いても、人々が見る。話しかけてもくる。サングラスをかけて変装をしたが、すぐにわかってしまう。
 そして、いつも誰かがついてくるのであった。
 有名人になったが、常に他人を意識しないといけない。人に見られているので、今では鼻くそをほることも、トイレに入ってするようなありさまである。まったく、いやになるほどわずらわしい。
 有名人も、こりごりであった。急いで、革袋を脱いだ。

 そのうち、なぜか美しい女たちと遊びたいというような淫らな思いがわいたのである。おそらく、ストレスがたまったのではあるまいか。もともと、淡泊な性質ではあったが、いったん金持ちや有名人になると、性格が厚顔無恥になってしまうらしい。
 革袋をかぶると、すぐにハーレムのようなところにいた。
 入れ替わり立ち替わり、女たちが来るのである。しかも、どの女も美しい。前のように腹に段々がついていたり、盲腸の傷跡がある女は、一人もいないのだ。だから、うれしくなってしまった。
 しかし、それもほんのわずかな時間であった。
 あたかも、種馬がしているようなことに励んでいる自分。哀れになってきたのである。ばかばかしくなってきたのである。ちよっとも面白くないのだ。さらに、いたたまれなくなったのだ。
 そして、とうとう革袋を脱いでしまった。

 いろいろなことを体験してみて、わかったことがある。
 結局、人間の欲望とは、それが求められないからあるようだ。つまり、金がないうちは金持ちになりたいと思い、無名のうちは有名になりたいと思ったりする。それは、何と愚かなことであろう。
 まして、いきつくところを知らないなどとは、もはや気違い沙汰である。
 また、多くの女と遊びたいという欲望が出てきたりする。よく考えてみれば、妻一人を思うようにできない人間が、多くの女といて、どうして楽しいのだろうか。
 詮ずるところ、自分が欲しかったものは、心のやすらぎではなかったか。やがて、そのようなことが、わかってきた。

 このような経過で、公園のベンチにいた男がくれた黒い革袋は、短期間で一人の聖人を作ったのである。
 もはや、欲しいものは何もなかった。あえて、それを言えといわれれば、おそらく心のやすらぎが欲しいと言うであろう。
 そこで、ある晩、久しぶりに革袋をかぶって、強く想念をしたのである。
 つまり、
  心のやすらぎが欲しい
と。

 翌朝、彼の妻は彼が黒い革袋をかぶったまま、ふとんの中で死んでいるのを発見した。妻は、慌ててその革袋を外した。おそらく、彼は黒い皮袋をかぶったまま寝てしまって、窒息をして死んだのであろう。
 そこには、なんともいえないほど幸福そうな彼の死に顔があった。

Kuroda Kouta (1994.08.22/2005.12.22)