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この資料に関するコメント
本文の訳注と 覚えページ

 原文『方丈記』全巻






 行(ゆ)く川の流れは絶えずして、しかも もと(本)の水にあらず。淀(よど)みに浮ぶ うたかた(泡沫)は、かつ消えかつ結びて、久しく止(とゞ)まる事なし。世の中にある人と住家(すみか)と、またかくの如し。

 玉敷(たましき)の都の中に、棟(むね)を竝(なら)べ甍(いらか)を爭へる、尊(たか)き卑しき人の住居(すまい)は、代々(よよ)を經て盡きせぬものなれど、これを まこと(真)かと尋ぬれば、昔ありし家は稀なり。或(ある)は、去年(こぞ)焼けて今年は造り、あるは、大家(おおいえ)滅びて小家(こいえ)となる。住む人も、これにおなじ。處もかはらず、人も多かれど、いにしへ(古)見し人は、二・三十人が中に、僅(わず)かに一人・二人なり。

朝(あした)に死し、夕(ゆうべ)に生るゝ ならひ(習い)、たゞ水の泡にぞ似たりける。知らず、生れ死ぬる人、何方(いずかた)より來りて、何方へか去る。また知らず、假の宿り、誰(た)がために心をなやまし、何によりてか、目を悦ばしむる。その主人(あるじ)と住家と、無常を爭ふさま、いはば、朝顔の露に異ならず。或は、露落ちて花殘れり。殘るといへども、朝日に枯れぬ。或は、花は萎みて露なほ消えず。消えずといへども、夕べを待つことなし。


世の不思議一(安元の大火)

 予(われ)、物の心を知りしよりこのかた、四十年(よそぢ)あまりの春秋を送れる間に、世の不思議を見ること、やゝ度々(たびたび)になりぬ。

 去(い)ぬる安元(あんげん)三年 四月(うづき)二十八日かとよ。風烈しく吹きて、靜かならざりし夜、戌(いぬ)の時ばかり、都の巽(たつみ)より、火出で來りて、乾(いぬい)に至る。はてには朱雀門・大極殿・大學寮・民部省まで移りて、一夜(ひとよ)が中(うち)に、塵灰(ぢんかい)となりにき。

 火元は、樋口富小路とかや。舞人(まいびと)を宿せる假屋より、出で來たりけるとなん。吹き迷ふ風に、とかく移り行くほどに、扇をひろげたるが如く、末廣になりぬ。遠き家は煙にむせび、近き 邊(あた)りは、ひたすら焔を地に吹きつけたり。空には、灰を吹き立てたれば、火の光に映じて、あまねく紅(くれない)なるなかに、風に堪へず、吹き切られたる焔、飛ぶが如くして、一・二町を越えつゝ移り行く。その中の人、現心(うつしごころ)あらむや。

或(ある)は、煙にむせびて倒れ伏し、或は、焔にまぐれて、忽ちに死ぬ。あるは、身一つ辛くして遁れたれども、資材を取り出づるに及ばず、七珍萬寶(しっちんまんぽう)、さながら灰燼(かいじん)となりにき。その費(ついえ)いくそばくぞ。このたび、公卿の家、十六燒けたり。まして、その外は数え知るに及ばず。すべて都のうち、三分が一に及べりとぞ。男女死ぬる者、數千人、馬・牛の類、邊際(へんさい)を知らず。

 人の營み、みな(皆)愚かなるなかに、さしも危き京中の家をつくるとて、寶を費し、心を悩ますことは、勝れてあぢきなくぞ侍る。


世の不思議二(治承の辻風)

 また、治承四年卯月の頃、中御門京極のほどより、大きなる辻風おこりて、六條わたりまで、吹きける事侍りき。

 三四町を吹きまくる間に、こもれる家ども、大きなるも小さきも、一つとして破れざるはなし。さながら、平に倒れたるもあり。桁・柱ばかり、殘れるもあり。門を吹き放ちて、四・五町が外に置き、又、垣を吹き拂ひて、鄰と一つになせり。いはんや、家の内の寶、數を盡して空にあがり、檜皮(ひはた)・葺板(ふきいた)の類、冬の木の葉の風に亂るゝがごとし。

塵を煙のごとく吹き立てたれば、すべて目も見えず。おびたゞしくなりとよむほどに、物いふ聲も聞えず。かの地獄の業(ごう)の風なりとも、かばかりにこそはとぞ覺ゆる。家の損亡せるのみにあらず、これを取り繕ふ間に、身を害(そこな)ひて、かたはづける人、數を知らず。この風、坤(ひつじさる)の方に移り行きて、多くの人の歎きをなせり。

 「辻風は常に吹くものなれど、かゝることやある。たゞごとにあらず、さるべき物のさとしか」などぞ、疑ひ侍りし。


世の不思議三(福原遷都)

 又、おなじ年の六月(みなづき)の頃、俄に都(みやこ)、遷(うつ)り侍りき。いと、思ひの外なりし事なり。大方、この京のはじめを聞けば、嵯峨天皇の御時、都と定まりにけるより後、既に數百歳を經たり。ことなる故なくて、たやすく改まるべくもあらねば、これを世の人、やす(安)からず。愁へあへるさま、ことわり(理)にも過ぎたり。

されど、とかくいふかひなくて、御門(みかど)より始め奉りて、大臣・公卿、皆ことごとく移りたまひぬ。世に仕(つか)ふるほどの人、誰かひとり、故郷に殘り居らむ。官・位に思ひをかけ、主君の蔭をたのむ程の人は、「一日なりとも、疾(と)く移らむ」と励む。時を失ひ、世にあまされて、期する所なき者は、愁へながらとまり居り。

軒を爭ひし人の住居、日を經つゝ荒れ行く。家は毀(こぼ)たれて淀川に浮び、地は目の前に畠となる。人の心、皆あらたまりて、唯(ただ)、馬・鞍をのみ重くす。牛・車を用とする人なし。西南海の所領を願ひ、東北の莊園をば好まず。

 その時、おのづから事の便りありて、津の國の今の京に到れり。所の有樣を見るに、その地、狭く條里を割るに足らず。北は山にそひて高く、南は海に近くて下れり。波の音、常にかまびすしくて、鹽風(しおかぜ)殊(こと)にはげし。内裏(だいり)は山の中なれば、かの木丸殿(きのまるどの)もかくやと、なかなか樣かはりて、優なるかたも侍りき。

日々にこぼち、川もせ(狭)に、運びくだす家、いづくに作れるにかあらん。なほ空しき地は多く、作れる家は少なし。故郷は既に荒れて、新都はいまだ成らず。ありとしある人は、みな浮雲の思いをなせり。もとよりこの處に居たるものは、地を失ひて愁う。今うつり住む人は、土木の煩ひあることを嘆く。道の邊りを見れば、車に乘るべきは馬に乘り、衣冠・布衣(ほい)なるべきは、直垂(ひたたれ)を著たり。都のてぶり、忽ちに改りて、ただ鄙(ひな)びたる武士に異ならず。

 世の亂るゝ瑞相(ずいそう)とか聞けるもしるく、日を經つゝ、世の中うき立ちて、人の心も治らず。民の愁へ、遂に空しからざりければ、同じ年の冬、なほこの京に歸り給ひにき。されど、毀ちわたせりし家どもは、いかになりにけるにか、悉(ことごと)くもとのやうにも作らず。

 傳へ聞く、いにしへの賢き御代には、憐みをもて國を治め給ふ。すなはち、殿に茅(かや)を葺(ふ)きて、その軒をだに整へず、煙の乏しきを見給ふ時は、かぎりある貢物をさへゆるされき。これ、民を惠み、世をたすけ給ふによりてなり。今の世の中のありさま、昔になぞらへて知りぬべし。


世の不思議四(養和の飢饉)

 又、養和の頃とか、久しくなりて覺えず。二年が間、世の中飢渇して、あさましきこと侍りき。あるは春・夏 日でり、あるは秋・冬 大風・洪水など、よからぬ事どもうち續きて、五穀 悉く實らず。空しく春耕し、夏植うる營みのみありて、秋刈り、冬收むるぞめきはなし。

 これによりて國々の民、あるは地を捨てて、境を出で、あるは、家をわすれて、山に住む。さまざまの御祈り始まりて、なべてならぬ法ども行はるれど、さらに其のしるしなし。京の習ひ、何わざにつけても、みなもとは、田舍をこそ頼めるに、絶えて上るものなければ、さのみやは操も作りあへむ。

念じわびつゝ、樣々の寶物、かたはしより捨つるが如くすれども、更に目みたつる人もなし。たまたま易(か)ふる者は、金を輕くし、粟を重くす。乞食、道の邊べに多く、愁へ悲しぶ聲耳に滿てり。

 前の年、かくの如く、辛くして暮れぬ。明くる年は、立ちなほるべきかと思ふに、あまりさへ、疫病うちそひて、まさ(勝)様に跡方なし。

 世の人、皆 病み死にければ、日を經つゝ、きはまり行くさま、少水の魚のたとへに叶へり。はてには、笠うち著(き)、足ひきつゝみ、よろしき姿したるもの、ひたすらに、家ごとに乞ひありく。かくわびしれたるものども、歩くかと見れば、即ち倒れ伏しぬ。築地のつら、路のほとりに飢ゑ死ぬる類、數も知らず。

取り捨つるわざもなければ、臭(くさ)き香、世界にみち満ちて、變り行くかたちありさま、目もあてられぬこと多かり。況んや、河原などには、馬・車の行き交う道だになし。

 あやしき賤(しづ)・山がつも、力盡きて、薪さへ乏しくなりゆけば、頼む方なき人は、自ら家を毀(こぼ)ちて、市に出でて之を賣る。一人が持ち出でたる價、なほ一日が命を支ふるにだに及ばずとぞ。怪しき事は、かゝる薪の中に、丹つき、箔(はく)など所々に見ゆる木、相交れり。これを尋ぬれば、すべき方なき者、古寺にいたりて、佛を盜み、堂の物の具を破り取りて、わりくだけるなりけり。濁惡の世にしも生れ逢ひて、かゝる心憂きわざをなむ見侍りし。

 又、いとあはれなること侍りき。さり難(がた)き女・男持ちたるものは、その思ひまさりて深きもの、必ず先だちて死しぬ。その故は、我が身をば次にして、人をいたはしく思ふ間に、たまたま得たる食い物をも、まづ讓るによりてなり。されば、親子あるものは、定まれる事にて、親ぞ先だちける。また、母の命つきたるをも知らずして、いとけなき子の、なお乳を吸ひつゝ臥せるなどもありけり。

 仁和寺に、慈尊院に隆曉法印といふ人、かくしつゝ數知らず、死ぬることを悲しみて、その首(こうべ)の見ゆるごとに、額に阿字(あじ)を書きて、縁を結ばしむるわざをなむせられける。人數を知らむとて、四・五兩月が程數へたりければ、京の中(うち)、一條より南、九條より北、京極より西、朱雀より東、道のほとりにある頭、すべて四萬二千三百餘りなむありける。

況んや、その前後に死ぬるもの多く、河原・白河・西の京・もろもろの邊地などを加へていはば、際限もあるべからず。いかにいはんや、七道諸國をや。崇徳院の御位のとき、長承のころとか、かゝる例はありけりと聞けど、その世のありさまは知らず。まのあたり、めづらかなりしことなり。


世の不思議五(元暦の大地震)

 また、同じころかとよ。おびただしき大地震(おおない)ふること侍りき。そのさま世の常ならず。山崩れて、川を埋(うず)み、海はかたぶきて、陸地(くがち)をひたせり。土さけて、水湧き出で、巖(いはお)割れて、谷にまろび入る。渚こぐ船は、浪にたゞよひ、道行く馬は、足の立處をまどはす。

都の邊(ほとり)には、在々所々、堂舍塔廟、一つとして全からず。或は崩れ、或は倒れぬ。塵・灰立ち上りて、盛んなる煙の如し。地の動き、家の破るゝ音、雷に異ならず。家の中に居れば、忽ちにひしげなんとす。走り出づれば、地割れ裂く。羽なければ、空をも飛ぶべからず。龍ならばや、雲にも登らむ。おそれの中に、おそるべかりけるは、たゞ地震(ない)なりけりとこそ覺え侍りしか。

 かくおびただしくふる事は、暫(しば)しにて、止みにしかども、その餘波(なごり)しばしは絶えず。世の常に驚くほどの地震(ない)、ニ・三十度ふらぬ日はなし。十日・二十日過ぎにしかば、やうやう間遠になりて、或は四・五度、ニ・三度、もしは一日交ぜ(ひとひまぜ)、ニ・三日に一度など、大方その餘波、三月許りや侍りけむ。

四大種(しだいしゅ)の中に、水・火・風は、常に害をなせど、大地に至りては、殊なる變をなさず。「昔、齊衡の頃とか、大地震ふりて、東大寺の佛の御頭(みぐし)落ちなど、いみじき事ども侍りけれど、猶(なお)この度には如かず」とぞ。すなはち、人皆あぢきなき事を述べて、聊(いささ)か、心の濁りも薄らぐと見えしかど、月日重なり、年経にし後は、言葉にかけていひ出づる人だになし。


都の生活(大原野の住家)

 すべて世の中のありにくく、わが身とすみかとの、はかなくあだなる樣、又かくのごとし。いはんや、處により、身のほどに隨ひつつ、心をなやますことは、あげて數ふべからず。

もし、おのづから身かなはずして、權門のかたはらに居る者は、深く悦ぶことはあれども、大いにたのしぶにあたはず。歎きある時も、聲をあげて泣くことなし。進退やすからず。立ち居につけて、恐れをのゝく。たとへば、雀の鷹の巣に近づけるがごとし。もし貧しくして、富める家の鄰に居るものは、朝夕すぼき姿を恥ぢて、諂ひつゝ出で入る。妻子・童僕の羨めるさまを見るにも、富める家のないがしろなるけしきを聞くにも、心念々にうごきて、時として安からず。

若し、狹き地に居れば、近く炎上ある時、その災いを遁るゝことなし。もし、邊地にあれば、往反わづらひ多く、盜賊の難はなはだし。また、いきほひある者は貪慾深く、ひとり身なる者は人に輕めらる。寶あれば恐れ多く、貧しければ恨み切なり。人を頼めば、身他の有(ゆう)なり。人をはぐくめば、心恩愛につかはる。世にしたがへば、身くるし。したがはねば、狂せるに似たり。いづれの處をしめて、いかなるわざをしてか、暫(しば)しもこの身をやどし、玉ゆらも、心をやすむむべき。


わが生涯

 我が身、父方の祖母の家を傳へて、久しく彼の處に住む。その後、縁かけて、身おとろへ、しのぶ方々しげかりしかど、遂に跡とむることを得ず。三十(みそじ)餘りにして、更に我が心と一つの庵(いおり)を結ぶ。これをありしすまひにならぶるに、十分が一なり。居屋ばかりをかまへて、はかばかしく屋をつくるに及ばず。わづかに築地をつけりといへども、門たつるたづきなし。竹を柱として、車をやどせり。

雪ふり風吹くごとに、危うからずしもあらず。處、河原近ければ、水の難も深く、白波の恐れもさわがし。すべて、あられぬ世を念じ過しつゝ、心をなやませること、三十餘年なり。その間、折々のたがひめに、おのづから短き運を悟りぬ。すなはち、五十の春をむかへて家を出で、世をそむけり。もとより、妻子なければ、捨てがたきよすがもなし。身に官祿あらず。何につけてか、執をとどめむ。空しく大原山の雲に伏して、いくそばくの春秋をなん經(へ)にける。


方丈の庵

 こゝに、六十の露消えがたに及びて、更に末葉のやどりを結べる事あり。いはば旅人の一夜の宿りをつくり、老いたる蠶(かいこ)のまゆを營むがごとし。これを中ごろのすみかに並ぶれば、また百分が一に及ばず。とかくいふほどに、齡は年々(としどしに)かたぶき、住家は折々にせばし。その家のありさま、世の常にも似ず。廣さは僅に方丈、高さは七尺が内なり。

處をおもひ定めざるが故に、地をしめて造らず。土居(つちい)を組み、うちおほひを葺きて、つぎめごとにかけがねをかけたり。もし、心にかなはぬことあらば、やすく外に移さむがためなり。その改め造る時、いくばくのわづらひかある。積むところ、わづかに二兩。車の力をむくゆる外は、更に他の用途いらず。

 いま、日野山の奧に跡をかくして後、東に三尺余りのひさしをさして、芝を折りくぶるよすがとす。南に竹の簀子(すのこ)を敷き、その西に閼伽棚(あかだな)を作り、北によせて、障子をへだてて、阿彌陀の畫像を安置し、そばに普賢をかけ、前に法花経を置けり。東のきはに、蕨(わらび)のほどろを敷いて、夜の床とす。西南に、竹の吊り棚をかまへて、Kき皮籠(かわご)三合を置けり。すなはち和歌・管絃・往生要集ごときの抄物を入れたり。傍(かたわら)に、箏・琵琶、おのおの一張を立つ。いはゆるをり箏、つぎ琵琶これなり。


方丈の庵(日野山の生活)

 その處のさまをいはば、南に筧(かけい)あり。岩をたてて、水をためたり。林の木近ければ、爪木(つまぎ)を拾ふに乏(とも)しからず。名を外山(とやま)といふ。正木のかづら、跡うづめり。谷しげけれど、西は晴れたり。觀念のたより、なきにしもあらず。春は、藤波を見る。紫雲(しうん)の如くにして、西方に匂ふ。夏は、郭公(ほととぎす)を聞く。かたらふごとに、死出の山路を契(ちぎ)る。秋は、ひぐらしの聲、耳に滿てり。うつせみの世を悲しむかと聞ゆ。冬は、雪をあはれむ。つもり消ゆるさま、罪障に譬(たと)へつべし。

もし、念佛ものうく、讀經まめならぬ時は、みづから休み、みづから怠る。妨ぐる人もなく、また恥づべき人もなし。ことさらに無言をせざれども、ひとり居れば、口業ををさめつべし。かならず禁戒をまもるとしもなくと、境界なければ、何につけてか破らん。もし、また跡の白波に、この身をよする朝には、岡の屋に行きかふ船をながめて、滿沙彌が風情をぬすみ、もし桂の風、葉をならす夕(ゆうべ)には、潯陽の江をおもひやりて、源都督の行いをならふ。

もしあまりの興あれば、しばしば松のひゞきに秋風樂(しゅうふうらく)をたぐへ、水の音に流泉の曲をあやつる。藝は、これ拙(つた)なけれども、人の耳を悦ばしめむとにはあらず。ひとり調べ、ひとり詠じて、みづから心を養ふばかりなり。

 また、麓に一つの柴の庵あり。すなはち、この山守(やまもり)が居る所なり。彼處(かしこ)に小童あり。時々來りて、あひ訪(とぶら)ふ。もし、つれづれなる時は、これを友として遊行(ゆぎょう)す。かれは十歳、これは六十、その齡ことの外なれど、心を慰むること、これ同じ。或(ある)は茅花(つばな)を拔き、岩梨(いわなし)を採る。またぬかごをもり、芹を摘む。あるは裾わの田井にいたりて、落穗を拾ひて、穂組み(ほぐみ)をつくる。

 もし、日うらゝかなれば、嶺に攀(よ)ぢ上(のぼ)りて、遙かに故郷の空を望み、木幡山・伏見の里・鳥羽・羽束師(はつかし)を見る。勝地は主なければ、心を慰むるにさはりなし。歩み煩ひなく、こゝろ遠くいたる時は、これより峯つゞき炭山(すみやま)を越え、笠取(かさとり)を過ぎ、あるいは岩間に詣で、あるは石山を拜む。もしはまた、粟津の原を分けつつ、蝉丸の翁が跡を弔ひ、田上川を渡りて、猿丸太夫が墓をたづぬ。歸るさには、をりにつけつゝ、櫻を狩り、紅葉(もみじ)をもとめ、蕨を折り、木の實を拾ひて、かつは佛に奉り、かつは家土産(いえづと)にす。

 もし、夜靜かなれば、窗(まどい)の月に古人を忍び、猿の聲に袖をうるほす。叢(くさむら)の螢は、遠く眞木(まき)の島の篝火(かがりび)にまがひ、曉の雨は、自ら木の葉吹く嵐に似たり。山鳥のほろほろと鳴くを聞きても、父か母かと疑ひ、峯の鹿(かせぎ)の近く馴れたるにつけても、世に遠ざかる程を知る。あるはまた、埋火(うづみび)をかきおこして、老の寢覺(ねざめ)の友とす。恐ろしき山ならねば、梟の聲をあはれむにつけても、山中の景色、折につけて盡くることなし。いはんや、深く思ひ、深く知らん人のためには、これにしも限るべからず。


方丈の庵(閑居の思い)

 おほかた、此の所に住み始めし時は、あからさまとおもひしかども、今すでに、五年を經たり。假の庵も、やゝふるさととなりて、軒には朽葉(くちば)ふかく、土居(つちい)には苔むせり。おのづから、事の便りに、都を聞けば、この山にこもり居て後、やんごとなき人のかくれ給へるも、あまた聞ゆ。まして、その數ならぬたぐひ、盡してこれを知るべからず。

たびたびの炎上にほろびたる家、またいくそばくぞ。たゞ假の庵のみ、のどけくして恐れなし。程(ほど)狹しといへども、夜 臥(ふ)す床(ゆか)あり、晝(ひる)居(い)る座あり。一身をやどすに、不足なし。寄居虫(がうな)は、小さき貝をこのむ。これ身知るによりてなり。みさごは、荒磯に居る。すなはち、人を恐るゝが故なり。我またかくの如し。身を知り、世を知れれば、願はず、わしらず。たゞ靜かなるを望みとし、愁へなきを樂しみとす。

 すべて世の人の住家をつくるならひ、必ずしも、身の爲にせず。或は、妻子・眷屬のためにつくり、或は、親昵(しんじつ)・朋友のためにつくる。あるは、主君・師匠、および財寶・馬牛のためにさへ、是をつくる。われ今、身のためにむすべり。人のためにつくらず。ゆゑ如何(いかん)となれば、今の世のならひ、この身のありさま、ともなふべき人もなく、たのむべき奴もなし。たとひ、廣くつくれりとも、誰をやどし、誰をか据えん。

 それ、人の友とあるものは、富めるを貴み、ねんごろなるを先とす。かならずしも情(なさけ)あると、素直なるとをば愛せず。ただ、絲竹・花月を友とせんには如かじ。人の奴たるものは、賞罰甚しく、恩顧厚きを重くす。更に育(はぐく)み哀れむと、やすく静(しず)かなるとをば、願はず。たゞ、わが身を奴ひとするには、如かず。

いかが奴婢(ぬひ)とするとならば、もし、なすべきことあれば、すなはち、おのが身をつかふ。たゆからずしもあらねど、人をしたがへ、人をかへりみるよりやすし。もし、歩くべきことあれば、自ら歩む。苦しといへども、馬・鞍・牛・車と心を惱ますには、しかず。今、一身を分ちて、二つの用をなす。手の奴(やつこ)、足の乘物、よくわが心にかなへり。心身のくるしみを知れれば、苦しむ時は休めつ。まめなれば、使ふ。使ふとても、たびたび過ぐさず、ものうしとても心を動かす事なし。いかに況んや、常に働くは、養生なるべし。何ぞ徒(いたず)らに、やすみ居らん。人を惱ますは、また罪業なり。いかゞ他の力をかるべき。

 衣食の類(たぐい)また同じ。藤の衣・麻のふすま、得るに隨ひて、肌(はだえ)をかくし、野邊の 茅花(おはぎ)、峯の木の實、わづかに命をつぐばかりなり。人に交はらざれば、姿を恥づる悔いもなし。糧(かて)乏しければ、おろそかなる報をあまくす。
 すべてかやうの樂しみ、富める人に對して言ふにはあらず。たゞわが身一つにとりて、昔と今とを、なぞらふるばかりなり。

 それ三界は、たゞ心一つなり。心もし安からずば、象馬七珍(ぞうめしっちん)も由(よし)なく、宮殿・樓閣も望みなし。今さびしきすまひ、一間の庵(いおり)、みづからこれを愛す。おのづから都に出でて、身の乞がいとなれることを恥づといへども、帰りてこゝに居る時は、他の俗塵(ぞくじん)にはする事をあはれむ。もし人、このいへることを疑はば、魚と鳥との有様(ありさま)を見よ。魚は水に飽かず。魚にあらざれば、その心を知らず。鳥は林を願ふ。鳥にあらざれば、その心を知らず。閑居(かんきょ)の氣味もまた同じ。住まずして、誰か悟(さと)らん。


跋=結び

 そもそも、一期(いちご)の月影傾きて、餘算(よさん)山の端に近し。忽ちに三途の闇に向はんとす。何のわざをかかこたむとする。佛の人を教へ給ふおもむきは、事にふれて執心なかれとなり。いま草庵を愛するも科(とが)とす。閑寂に著するも、障(さわ)りなるべし。いかゞ用なき樂しみを述べて、あたら時を過さん。

 静かなる曉、この理を思ひつゞけて、みづから心に問ひて曰く、「世を遁れて、山林にまじはるは、心ををさめて、道を行はんがためなり。然るを、汝の姿は聖に似て、心は濁りに染(し)めり。住家は、すなはち淨名居士の跡をけがせりといへども、たもつところは、わづかに周梨槃特(しゅりはんどく)が行ひにだに及ばず。もしこれ貧賤の報いの自らなやますか、はた又、妄心の至りて狂せるか?」

 その時、心さらに答ふることなし。たゞ、傍(かたわら)に舌根(ぜっこん)をやとひて、不請の阿弥陀佛、兩三遍申して止みぬ。

 時に建暦の二年とせ、三月(やよい)の晦日(つごもり)ごろ、桑門(とうもん)の蓮胤(れんいん)、外山の庵にしてこれをしるす。


Kuroda Kouta (2005.10.24/2007.02.13)