別宮山金剛院 南光坊


*御詠歌*         このところ三島の夢のさめぬれば  別宮とても同じ垂迹


南光坊納経 大通智勝如来御影


場所:愛媛県今治市別宮町3−1  TEL0898−22−2916  宿坊なし  駐車場あり(無料)
四国霊場第五十五番札所・南光坊(なんこうぼう)

四国霊場で「坊」という寺は、この南光坊だけ。約1300年前、河野氏の始祖・越智玉置(たまおき)の弟である玉純は、文武天皇の勅願を受けて、今治の沖に浮かぶ大三島の大山祇神社に、大山積大神を祀るとともに、法楽所として24坊を建立した。
その後、和銅5年(712)にその別宮を越智郡日吉村に移転。同時に別当寺院として南光坊を含む8坊を移したという。
更にその後に、長曽我部氏の兵火によって8坊は焼失してしまうが、南光坊だけは別当寺として再建され、明治初年まで努めていたという。
明治の廃仏毀釈の際には、本尊の大通智勝如来や十六大王子を薬師堂に返して、寺として独立したそうな。
<宗派>               真言宗醍醐派


<御真言>     おん まか  びしゃな  じゃなのう  びぶう  そわか
本堂
町の中の庶民的な寺、といった雰囲気の南光坊。本堂は戦後に再建されたようだ。大師堂と金比羅堂は、戦火を免れた歴史ある建造物だ。
とりわけ金比羅堂は、文久年間(1861〜1864)創建の歴史ある建物。
本堂内陣 子安観音 厄除地蔵尊



大師堂
大師堂は大正5年に建立されたとか。屋根の四隅が軽やかに跳ね上がり、その上にある相輪塔と相まって、船のような様相呈している。
地元の日とから「別宮のお大師さん」の愛称で親しまれているそうな。


お四国での学び   天野快道
境内には、南光坊中興の祖・天野快道大僧正(1846〜1923)の墓が残っている。天野快道は、今治に伝わる「大楠と三匹の狸」と言う話の中で、境内で悪さしていた狸と話をし、諭したという伝説が残っている人物だそうな。
なんでも「頭脳明晰で体格にも恵まれた傑物」であったとか。
尚、大正7年には真言宗醍醐派管長に選ばれ、京都醍醐寺の座主をも務めたいう。


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