Ritsumeikan Criticism Society for Japanimation
立命館ジャパニメーション批評協会
HOME ABOUT TEST WORK BBS LINK MAIL

VOCALOIDの可能性と限界

文責:あると
07/12/23
(注:ここでは初音ミクのキャラクター性云々の影響を論じると話がややこしくなるのでVOCALOID技術全般について書く。 )

 ■VOCALOIDの可能性

 各所でVOCALOIDの起源とされるPLG100-SG(*1)。
以前使っていたMU128(*2)を中古で買ったら偶然付いていたが正直な話あまり使えたものではなかった。
 言葉では表現しづらいが抑揚もなく金属的な「声」、いかにもなロボットボイスしか出すことしかできなかった。
 まあこれも当然といえば当然で、VOCALOIDテクノロジとPLG100-SGには決定的な違いがある。
VOCALOIDはサンプリングした声、PLG100-SGは回路上で合成した音を音源として発声しているからだ。

 さてそのPLG100-SGも10年昔の話。
 VOCALOIDが第二世代の処理エンジンを手に入れてボーカル技術はようやく使い物になると同時にある種の可能性を獲得したと感じた。

 ■VOCALOIDの目指すべきもの

 VOCALOIDは確かに進化した。
 しかしながら単体での音楽的表現力はどうあがいても生の歌手には敵わない。
 それはおそらく処理エンジンが第三世代、第四世代と能力を上げていっても同じことだろう。
ではこれからどうあがいても「アマチュアのおもちゃ」から抜け出すことはできないのだろうか?

 おそらくVOCALOIDにとっての未来の雛形は身近に転がっている。

 本物の音を目指し電子化した楽器でありながら、本物ではなく電子楽器としての音を好まれた楽器。
 そういった楽器は数知れず存在する。

 例としてエレピ(エレクトリック・ピアノ)を挙げることにしよう。
 エレピとはピアノと同等の機械的な打弦機構を持ちエレキギターのようにピックアップで弦の振動を拾って増幅させるピアノ型の楽器のことである。
 エレピは間違いなく「本物」のピアノの音を目指して作られている。
 しかしながらコンサートホールでエレピを使用するクラシックピアニストはまずいない。
 純粋なピアノの音の表現力で同じ舞台に立った場合、間違いなくその音色が「劣っている」からだ。

 では楽器としてエレピは劣っているのであろうか?
 
おそらくそうではない。
 電気的処理・シンセサイズされた音源でリアルの音源に純粋な表現力で太刀打ちしようとする姿勢はナンセンスだ。

 ただベートーヴェンのピアノコンチェルトをエレピで弾くのは(一般的に)ナンセンスだがPOPSでならエレピの表現力が生ピアノを上回ることもあろう。
 電子楽器においてはTPOを考えて使うべきなのだ。

 ■VOCALOIDは定番になれるか

 ではVOCALOIDもそうなのだろうか?

 確かに将来的に収まるべき場所があるとするならばそこであろうし、ニコニコのような音楽表現とある程度距離を置いた場所を抜かせばそこ以外にないのではないかと思う。
 しかしながらそうなる為には今の第二世代エンジンではいささか力不足だろう。

 VOCALOIDはその原型が誕生してから10年、未だ完成には程遠い、途上そのもの技術であるように思う。
 楽器としての地位を得るにはまだ足りない。

 しかしながら現在の第二世代エンジンでもその可能性の片鱗は十分に見えているのも確かだ。
 少なくとも現状ではTPOを選べば「生声の近い」レベルにまでは達しているとはいえるだろう。

 もちろんソフトシンセのみで完結する音楽製作環境、というのは魅力的であるがおそらく一部のプロを除いてそれを享受できるのはアマチュアユーザーのみだ。

 プロユースならボーカルは適当な歌手を呼んできたほうが手っ取り早いだろう。
 将来的にプロユースでVOCALOIDが定番音源となるには、エレピのように少なくとも限られた場面においては生声を上回る表現力・独特の「味」を獲得しなければならない。
 そしておそらくそれは「リアルな」生声を模倣する方向には決してない。
 具体像を述べたいところだが、私には未だ存在しない新しい楽曲を創造できる新しい楽器としか言うことができない。

 それ以外にVOCALOIDが真の意味での楽器として生き残る道はないだろう。
 さもなければアマチュアユーザー向けの「ボーカルの代用品」の音源の域を抜け出すことは何時まで経ってもできないのではないか。

 現状の初音ミクというキャラクター性に大きく立脚した展開を続ける限りおそらくVOCALOIDの未来は暗い。
 決して何も生まれ得ないとは思わないが、ニコニコとともに降臨しその流行とともに消える有象無象が一つとなるのは火を見るより明らかだろう。

 ■VOCALOIDの限界

 残念なことにおそらく現状のVOCALOIDは音楽製作にイノベーションを起こす新風となるものではない。
 しかしながら技術自体には確実にそのポテンシャルは存在する。

 たとえそれが大きなセンセーションを起こすものではないとしても。

追記

 VOCALOID CVシリーズを同じ方法論で語ることはおそらく難しい。
 そのキャラクター性がプロユース、「非オタク的」ユーザーにはプラスに働くとは思えないからだ。

 ヴァイオリンそのものにストーリーが存在しないようにVOCALOIDが楽器たるためにはキャラクター性は排除されるべきなのかもしれないが・・・しかしそれでは使ってみるユーザーもおそらく現れなかったであろうし商業的には難しそうだ。


でも正直1アマチュアユーザーとしてはさらに洗練、多様性を持ったラインナップの開発が継続されるなら「アマチュアのおもちゃ」の「ボーカルの代用品」でも構わないと思っています。
アマチュアユーザーにおいては間違いなく新しい可能性を示してくれているのですから。
 
むしろ

プロに使われるのが偉いのか?

という問いに私は返答することができません。
 音楽性が低いんだろう?という声が聞こえてきそうですが私にはダンスミュージック、ロック、ポップスが音楽的に高いものであるとは思えません。
 これらはあくまで大衆・娯楽音楽であってその音楽性の高低を論ずるのはナンセンスもいいところでしょう・・・
 音楽性が高い=優れているとなるものでもないでしょうし、それ以前に音楽性というものが漠然としすぎですね。
 仮に大衆音楽に音楽性を論じることができたとしても例えば(アコースティック楽器奏法・技術は大前提としてその「芸術性」の発露としての)音楽性というものを極限まで突き詰めているクラシック音楽(古典から現代まで含む)においては電子楽器は全くの対象外。

 やはり場違いな比較はナンセンスであるというしかないでしょう。


(*1)PLG100-SG:YAMAHAのXG音源に装着できるプラグインハードウェア音源ボード。シンセサイザーで音を作る感覚で人間の声を合成することができるフォルマントシンギング音源を搭載 している。
(*2)MU128:YAMAHAのXG音源。同時発音数128でプラグインボードが3枚刺せる。

Counter

Copyright (C)2006 RICS(Ritsumeikan Criticism Society for Japanimation). All rights reserved.