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エジプトはこんな国

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エジプト国旗/from Flag Of The World by Zeljko Heimer
正式国名   エジプト・アラブ共和国 Arab Republic of Egypt
  アラビア語では「ジュムフーリーヤトゥ・ミスル・ル・アラビー
  ヤ」
国名の由来   古代エジプトのメンフィスの別称「ハトカプタハ(創造主プタハ神の居住地)」がギ リシア訛になって定着したものという説が有力。現地での呼称「ミスル(マスル)」 は「軍営地」という意味。
首 都   カイロ  アラビア語では「アル・カーヒラ(勝利)」
国 旗   赤・白・黒はアラブ・イスラムの基本の色。赤は「革命」、白は「輝ける未来」、 黒は「暗い過去」を表す。
  中央は国旗と同時に制定された国章(国のマーク)で「サラディンの鷲」という名称がついている。 十字軍との戦いで知られる12世紀の英雄サラディンのシンボルとされている。ただしサラディン自身はクルド人。
  鷲の下のリボンにはアラビア語で国名が書かれている。なお、鷲の胸は金色一色で描かれることもある。 1984年10月4日制定。
面 積   約100万km。資料によってばらつきが大きい。 国土の96〜97%が沙漠なので、完全には測りきれないのかもしれない。 日本の3倍弱。
人 口   約7500万人。すごい勢いで増えているので、もしかしたらもう8000万人を越えているかも。
  そのうちの約¼の人がカイロに集中する カイロは、東京をしのいで世界一の人口密集都市。
民族構成   9割以上がアラブ人。その他ヌビア人、ベルベル人など。
言 語   公用語はアラビア語。日常会話ではエジプト方言のアラビア語が話される。
  アラビア語は地域によって話し言葉が大きく異なるが、エジプト方言のアラビア語は 比較的他の地域でも通じやすいとされている。これは、エジプト産の映画が広くアラブ圏に輸出されているため。
  南部ではヌビア人がヌビア語を話す地域もある。
宗 教 イスラム・スンニー派90% キリスト教(コプト派)7% 他3%
通 貨   エジプト・ポンド(E£)。2003年8月現在1E£=約20円。インフレが進んでいる。
  現地では「ギニー」と呼ばれており、買い物する際に「エジプシャン・ポンド」と言わずに 「ギニー」と言うと、相手が喜んでくれて交渉がスムーズに進むこともある。
国家元首   大統領  現在はムハンマド・ホスニー・ムバラク
主要産業   観光:ピラミッドを初め、世界でも有数の観光地に恵まれた国。
  鉱業:石油・天然ガス・リン鉱石など。
  農業:綿花(主要輸出物のひとつ)・米・小麦・トウモロコシなど。
        ナツメヤシも多い。
  他に、スエズ運河通航料など。
その他   1990年代はテロが頻発したため、観光収入が激減した。その対策として現在では国中どこに行っても警官と軍人だらけ。 観光バスには必ず「セキュリティ」と呼ばれる警備員(スーツを着ていて体格がいい若い男性)が乗り込んでくる。 観光客が観光地から観光地に移動するにはパトカーや装甲車の先導が着く。
  ホテルの玄関には金属探知器が必ずあり、警備員や警官もうじゃうじゃいる。しかし日本人は金属探知器が鳴っても フリーパスだし、警備員が多すぎるせいか、かえって緊張感が無くなり、和気藹々とした雰囲気さえ感じることもある。
  数年前から観光地の保護に力を入れ始め、「大ピラミッドの登頂禁止」「王家の谷の王墓の壁を プラスチックケースで保護」「アブシンベル神殿内の撮影禁止」などを実施。しかしそれがかえって観光の魅力を奪って しまっているのは否めない。
  遺跡の保護を訴えるわりには、ギザのピラミッド群、アブシンベル神殿では遺跡をスクリーン代わりにどかどかと 映像を流す「音と光のショー」がおこなわれている。これについては賛否両論あるようだ。

■5分で見るエジプトの歴史
  ナイル川のおかげでエジプトではたくさんの食べ物がとれます。 そのために、エジプトは他の国や民族から狙われ続けてきました。 またアフリカとアジアをつなぐ位置にあることも狙われる理由でした。
  さて、長いエジプトの歴史を3つの時代に分けてみましょう。


  最初の時代は「古代」です。ファラオという王がいて、ヒエログリフという文字を使い、 たくさんの神様を信じていた時代です。「エジプト」と言うと、この時代のイメージが強いようです。
  この時代は、ときには他の民族や国に支配されることがあっても、基本的には独立国でした。 でも、この時代の最後の方ではペルシア人やギリシア人に支配されるようになりました。 そして、その後2200年もの間、エジプト人自身がエジプトを治めることはなくなりました。


  次の時代は「ローマ時代」です。ローマ帝国と、それに続くビザンツ帝国(東ローマ帝国)の一部になった時代です。 エジプトは帝国の食糧をたくさん作ってくれる便利な土地として利用されました。
  ですから、せっかく作った食べ物を取られることに不満を持つエジプト人もたくさんいました。
  この時代は、キリスト教が広まった時代でもあります。
  古代の最後の方のギリシア人に支配された時代と、ローマ時代をあわせて 「グレコ・ローマン時代」と言うこともあります。


  最後は「イスラム時代」です。アラブの人たちがたくさんやってきてイスラムを広めました。 アラビア語も使われるようになりました。今でも多くのエジプト人はイスラムを信じ、アラビア語を話しています。
  この時代には多くの王朝が交替しましたが、1952年に革命が起こって、 長いエジプト史上初めての共和制(王がいない体制)が誕生します。 国のトップは、みんなに選ばれた大統領です。 2200年ぶりのエジプト人自身による政治の始まりでもありました。 現在4人目の大統領の時代となっています。


(詳しくは「エジプトの歴史」のページをご覧ください)

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