ミッキー・カーチスとザ・サムライズ

ミッキー・カーチスとザ・サムライズは、1967年2月までタイ・バンコクで活躍していたバンド「ヴァンガーズ」が前身。日本への帰国後にバンド名を改名した。同年10月、クラウンより「風船」でレコード・デビューを果たす。ミッキー・カーチスは日本での演奏より海外に目を向けており、同年11月にはヨーロッパ・演奏ツアーに出かけてしまい、フランス、ドイツ、ロンドンとツアーをして活動していた。1970年に帰国したが、既にGSブームは終焉を向かえた時期だっただけに「ミッキー・カーチスとザ・サムライズ」の存在価値は薄れていた。
1971年にはフィリップスに移籍、メンバーも一新しグループ名を「サムライ」と改名し3月にシングル「ビジョン」で再デビューをしたが、ヒットするまでには繋がらず、1971年8月、アルバム「侍」をリリースしたのちに解散していった。

__成 : 1966年11月 結成時グループ名 : ヴァンガーズ)※1967年2月、ミッキー・カーチスとザ・サムライズに改名
デビュー : 1967年10月 (デビュー曲 : 風船)※1971年、サムライに改名
__散 : 1971年08月 (最終公演 : 不明

ザ・サムライズ : メンバー

ミッキー・カーチス  ヴォーカル リーダー
ヒロイズミ  ギター
山本五郎  ベース
菊地 牙  ピアノ
冬梅邦光  サックス
豊住芳三郎  ドラムス

※1971年 "サムライ" に変更後メンバー
ミッキー・カーチス  ヴォーカル リーダー
ジョー・ダーネット  ギター
山内テツ  ベース
ジョン レッドフォン  キーボード
原田裕臣  ドラムス

.
samurais_top.jpg

シングル・リリース

船/雨のプロムナード ('67年10月10日)
太陽のパタヤ/夏の夢 ('68年4月1日)

※1971年 "サムライ" に変更以降リリース
ビジョン/セイム・オールド・リーズン ('71年3月)
ミッキーと歌おうハレ・クリシュナ/誰だった ('71年4月)

アルバム・リリース

愛のテナーサックス ('67年10月)
('71年3月)※1971年 "サムライ" に変更以降リリース
('71年8月)

LinkIconアルバム・リリース全曲収録リストはこちらをクリック

.

プロフィール・そしてその後は?

ミッキー・カーチス (本名 : 加千須ブライアン) 1938年7月23日/東京都生まれ
ミッキー・カーチス.jpg平尾昌晃、山下敬二郎と共に「ロカビリー3人男」と呼ばれ、1960年代に高い人気を得ており、また俳優としてタレントとしても活躍していた。1966年には「ザ・サムライズ」の前身であるロックバンド「バンガーズ」をタイ・バンコクで結成。サムライ解散後は、作曲家、音楽プロデューサーとして、フォーク・グループ「ガロ」、ロックンロールの「キャロル」等を担当した。

山内テツ (本名 : 山内哲夫) 1946年11月21日/福岡市生まれ
山内テツ.jpgマイク真木のバック・バンド「マイクス」メンバーで1971年より参加。解散後はベーシストとして麻生レミなどのバッキング・セッションバンドに参加。その後、イギリスのロックバンド「Free」の誘いを受け唯一の日本人として参加した。その後、同じくイギリスの「Faces」に移籍。フェイセズ解散後に帰国し「Tetsu & Good Time Roll Band」を結成した。1985年には「Ope Band」を結成、1990年の解散まで活動していた。以降もベーシストとして活躍。

原田裕臣 (本名 : ? ) 1944年2月14日/神奈川・川崎市生まれ
harada.jpgミッキーカーチス&サムライ解散直後の1971年9月、"PYG" にドラマーとして参加。"PYG" 消滅後は "井上堯之バンド" に参加する。その後、"タケカワユキヒデとミッキー吉野グループ"(ゴダイゴの前身)に参加する傍ら、沢田研二のバッキングなどを務めた。またフォーク・グループ "ガロ" にドラマーとしても協力参加している。
80年代後半には、沢田研二のバックバンド "CO-CóLO" (ココロ)に参加。

gs_back.jpg