ザ・ランチャーズ

ザ・ランチャーズは加山雄三主演映画『若大将シリーズ』の演奏シーンで使うために藤本真澄プロデューサーの呼びかけにより、1961年、東宝の俳優仲間やスタッフなどのギター好きを集めて結成された。またこのユニットは翌年の1962年に開かれる「東宝創立30周年記念のパーティー」に出演する為にでもあった。バンド名は湘南で育ちヨット好きの加山雄三らしく船が進水する(Launch)との意味合いから付けられた。当初このユニットは俳優仲間との一時的な結成だったが、従兄弟の喜多嶋修(喜多嶋舞の父親)、修の兄の喜多嶋瑛、大矢茂を迎え入れ、新メンバーにて本格活動を再開、「ブラック・サンド・ビーチ」(作曲:加山雄三)などのヒット曲を飛ばした。GSブームのさなか、多忙な加山雄三の代わりに渡辺有三が加入、1967年11月「真冬の帰り道」をリリース。独立デビューを果たしランチャーズはグループサウンズ(GS)として生まれ変わっていった。
1969年暮れには喜多嶋瑛が当初からの希望である大学卒業を控えて現役を退き、彼の後釜として元「ホワイト・キックス」の河手政次を迎え入れた。ランチャーズとして6曲のシングル、2枚のアルバムをリリースしたが「真冬の帰り道」以上のヒットには恵まれず、1970年3月にリリースしたシングル「マドレーヌ」を最後に活動を停止した。
後にランチャーズは、1994年、ワイルドワンズの島英二が加山雄三にランチャーズの復活を呼びかけ再開した。メンバーには植田芳暁や元オリーヴの上原修が参加し加山雄三&ハイパーランチャーズとして新メンバーで活動を再開した。
※但し、残念ながら「ハイパーランチャーズ」には創設者の加山雄三以外、誰一人オリジナルメンバーは参加していない。

__成 : 1961年0? (結成時グループ名 : 加山雄三とザ・ランチャーズ) ※1967年10月 ザ・ランチャーズに改名
デビュー : 1967年11月 (デビュー曲 : 真冬の帰り道)
__散 : 1970年00 (最終公演 : 不明)

ザ・ランチャーズ : メンバー

第3期 独立 メンバー(『ザ・ランチャーズ』名義)
 喜多嶋修:ヴォーカル、ギター
 大矢 茂:ギター
 渡辺有三:べース
 喜多嶋瑛:ドラムス('69年10月離脱) 
 河手政次:ドラムス('69年10月加入) 
 
結成時 メンバー 第2期 メンバー(『加山雄三とザ・ランチャーズ』名義
 加山雄三:ヴォーカル、ギター   加山雄三:ヴォーカル、ギター
 津田 彰:ギター  喜多嶋修:ギター
 白石剛敏スチール・ギター  大矢 茂:ギター 
 速水 洸スチール・ギター  喜多嶋瑛:ドラムス 
 三木敏彦ピアノ  
 佐竹弘行べース   
 二瓶正也ドラムス 
 ※途中、白石剛敏に代わり速水洸が参加。交代時期は不明

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シングル・リリース

真冬の帰り道/北国のチャペル('67年11月)
教えておくれ/愛のささやき('68年3月)
シリウスの涙/想い出のジュリエット('68年6月)
不機嫌な水溜り/HELLO! BABY MY LOVE('68年12月)
砂のお城/雲を追いかけて('69年6月)
マドレーヌ/昔も現代も真実はこれにつきる('70年3月)

アルバム・リリース

フリー・アソシエイション ('68年12月)
OASY 王国 ('69年9月)

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加山雄三とザ・ランチャーズ 名義・リリース

シングル
ブラック・サンド・ビーチ/ヴァイオレット・スカイ('65年12月)※インストゥルメンタル

バッキング

加山雄三・シングル
恋は紅いバラ('65年6月)※演奏&コーラス
一一一一一一(B面「君が好きだから」演奏:寺内タケシとブルージーンズ)
夕陽は赤く('66年4月)※B面曲 演奏&コーラス
一一一一一一(A面「蒼い星くず」演奏:寺内タケシとブルージーンズ)
白い浜/ブーメラン・ベイビー('66年6月)※演奏&コーラス
夜空を仰いで/旅人よ('66年10月)※演奏&コーラス
夢の瞳('67年12月)※B面曲 演奏&コーラス
(A面「幻のアマリリア」演奏&コーラス:ザ・ハプニングス・フォー)
加山雄三・アルバム
加山雄三のすべて〜ザ・ランチャーズとともに('66年1月)
オン・ステージ~ランチャーズと共に('68年12月)※ライブアルバム

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主な出演

テレビ
1967年10月10日〜 TBSテレビ 「ヤング720」 ※ゲスト出演
映 画
1966年09月 東宝 「歌う若大将」 ※加山雄三 主演
1967年05月 東宝 「南太平洋の若大将」 ※加山雄三 主演
1967年12月 東宝 「ゴー!ゴー!若大将」 ※加山雄三 主演
1968年07月 東宝 「リオの若大将」 ※加山雄三 主演

ランチャーズ解散後の音楽活動

喜多嶋瑛 芸能界を引退
喜多嶋修 渡英→ ミュージシャン→ 渡米→ アーティスト、音楽プロデューサー
大矢 茂 俳優
渡辺有三 レコード会社「キャニオンレコード」制作ディレクター、音楽プロデューサー
河手政次 不明

プロフィール・そしてその後は?

喜多嶋 瑛(本名:同じ)1947年7月1日/神奈川・茅ケ崎市生まれ
喜多嶋瑛大学卒業を翌年に控えた1969年10月22日、東京サンケイホールのコンサートを最後に離脱した。1970年3月、慶應義塾大学商学部を卒業。社会人として芸能界から退く。
喜多嶋瑛は加山雄三氏の従兄弟であり、喜多嶋修の兄である。

喜多嶋 修(本名:同じ)1949年2月3日/神奈川・茅ケ崎市生まれ
喜多嶋 修1970年、慶應義塾大学在学中、アイドル女優の内藤洋子と結婚。1971年、慶應義塾大学卒業後、渡英しミュージシャンとして活動。一旦は帰国するも、1974年に再渡米しカリフォルニア州ロサンゼルスに永住。ハリウッドのTV・映画音楽でアーティストとして、またプロデューサーとしても活躍する。2000年には、レーベル会社”East Quest Records, Inc.”を設立。2004年、音楽療法士として博士号を取得した。女優”喜多嶋舞”の父でもある。

大矢 茂(本名:浜田正彦)1949年2月22日/東京生まれ
大矢 茂慶應義塾大学在学中の1968年に、東宝「リオの若大将」で映画俳優としてデビューした。1971年、慶應義塾大学を卒業。「若大将シリーズ」では二代目若大将として抜擢され、将来を期待された東宝のニューフェイスではあったが、爆発的な人気を確保するまでには至らず、芸名を、矢吹渡→浜田柾彦→矢吹渡と変え(※注再起を計ったが、今現在は不明。

(※注)<お詫び>芸名の変更に関しては別人の可能性が高く、また確認が取れないので取り消して訂正致します。
_________Yamashita様よりご指摘を頂きました。(2015.01.31訂正)

渡辺有三(本名:同じ)1949年3月30日/東京・赤坂生まれ
渡辺有三1971年、慶應義塾大学を卒業し、キャニオンレコード(現:ポニーキャニオン)に入社。制作ディレクターとして、また音楽プロデューサーとして活躍。制作部長、常務取締役と昇進し、現在はポニーキャニオンの顧問として活躍中。
尚、元貴族院議員・平沼亮三の孫であり、俳優の石坂浩二とは、従弟に当たる。

2014年1月2日、虫垂がんにより永眠(享年64)

河出政次(本名:同じ)1947年生まれ
GS_notimage01.jpg1968年4月、GS「ザ・ホワイト・キックス」結成にドラマーとして参加。ザ・ランチャーズには、ザ・ホワイト・キックス解散後の1969年10月、喜多嶋瑛 離脱後に参加。ザ・ランチャーズ解散後は不明。その後は和太鼓奏者に転向して活躍した。
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2003年1月16日、永眠(享年55)

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