最近の釈迦内

2012年5月23日 国道7号線歩道橋より北を望む 日本海自動車道建設中


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後方に釈迦内鉱山,38名中鉱山関係者は8名
この写真の撮影場所の現在の姿
母校,秋田県大館市立釈迦内小学校を卒業しすでに30年以上の月日が過ぎている。

私が在校していた昭和44〜50年(1969〜75年)頃,釈迦内地区は特殊な状況に置かれてい た。昭和36年より開始された日本鉱業株式会社によるボーリング探鉱により,昭和37年2月釈迦内地区の地下に当時日本最大の黒鉱鉱床が発見された。日本鉱業は昭和40年9月より採鉱を開始,その後同和鉱業や三菱金属鉱業も相次いで有力鉱床を発見,大館市北部はゴールドラッシュ的な黒鉱景気に沸き返った。

そんな特殊な時期にあって釈迦内地区はとりわけ特殊だったように思う。小坂や花岡のように長い鉱山史の土台のある町と違い,釈迦内地区にできた鉱山はまさに降って湧いたようなものだったから。

日本鉱業系列の鉱山労働者が県外(特に多かったのは日鉱御本家の茨城県日立市)から流入し,田舎の小さな小学校は瞬く間に700人を越える大所帯に膨れ上がり,不思議な方言が行き交うある種インターナショナルな世界に変わった。校庭や通学路は子供らで溢れ,駄菓子屋前には多くの自転車がひしめき合い,素性の怪しい駄菓子の上に身を乗り出すように多くの子供らが群がっていた。


釈迦内鉱山の黒鉱(有浦小学校展示物)
釈迦内鉱山関連 年表へ

鳳凰山から見た萩長森(ほぼ 中央)
手前に横たわるのは獅子ヶ森
右上部には岩木山の頂上付近が見えます
(撮影2006.4.23)

炎のように燃え上がった鉱山景気であったが,長くは続かなかった。

金属価格は長期にわたって大幅に下落,例えば昭和49年にトン当たり62万円だった銅価 格は同53年には33万円にまで下落している。操業は年を追う毎に苦しさを増し,掘るほどに赤字が増すばかり,未採掘の鉱床を数多く残しながら昭和62年釈迦内鉱山は閉山した。

私が小学校5〜6年頃,具体的には昭和48年6月日本鉱業釈迦内鉱業所が釈迦内鉱山として独立した頃より転出していく生徒が急増したように記憶している。 その後閉山に至るまで地元雇用が期待できない多くの人達が県外に流出した。

黒鉱に翻弄された同級生達,或いは同じ時代に生活した違う年齢層の鉱山関係者達,そんな彼らはかつて自分が生活した釈迦内地区をどのように回想しているだろう。 彼らの多くは積極的に地元社会に溶け込もうとはせず独自の社会を形成していたように思う。鉱山労働者の運命として釈迦内が苟且(かりそめ)の住まいだと自覚していたからであろうか。もし仮に周囲社会との関係を意図的に排除して生きた土地であっても,あれからすでに30年,記憶は美化され人は引き寄せられる,ある種の望郷の念とでもいうべきものが生まれているのではなかろうか。
大山から見た萩長森(中央)
中央手前は大館工業高校
(撮影2006.10.30)


そんな彼らに今の釈迦内がどうなっているかを知って欲しい,それがこのHPを立ち上げた最大の理由である。県外に出て行った同級生達はもとより大館地区の出身者ではなく,閉山後の大館市には近所関係や親戚関係に基づいた人間関係の土台がない。子供の頃に過ごした釈迦内の空気を感じたくとも,多忙な生活の中,廃墟探訪などという暇な詩人的行動を誰がとれよう。仕事を引退した老後でもなければ現実的に訪れること叶わない,あるいは一生無理だろうと半ば諦めているのではないだろうか。そんな同級生や同じような境遇だった人達が私のHPを見つけ,心の隅に押し込めた望郷の念の一部でも叶えてもらえれば幸甚である。

このHPでは主要通学路,鉱山住宅跡,鉱山選鉱所跡,および関連の深い周辺地区を探索し解説する。

現在釈迦内鉱山に関連した画像を探しています

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更 新日

内 容
2010.6.06   トップページの風景写真を更新
2010.11.24   釈迦内鉱山の貴重な坑内写真に鹿角市高橋氏からの情報を追加
2008.3.05
商人留〜二ツ森に貝森姓に関する情報を追加
2008.2.04
松木〜実相寺釈迦内鉱山跡探索に篠村忠義氏からの画像を追加
2007.10.07
学校に昭和52年卒業アルバムの写真を追加
2007.7.11
大館復興プロジェクト  ゼロダテ/山内日記へのリンクを作成
2007.7.05
商人留〜二ッ森釈迦内住宅の歴史を『大館市 北秋田郡自治百年史』から追加
2007.2.11
萩長森に上るに秋田叢書からの考察を追加
2006.12.22
獅子ヶ森〜釈迦内神明社に旧髪垂橋の画像を追加
2006.12.17
釈迦内小学校周辺散策 大山に登るを追加
2006.12.15
学校に昭和23年と昭和50年の航空写真を対比を追加
2006.11.30
釈迦内鉱山回想 貴重な坑内写真を追加
2006.11.06
釈迦内鉱山関連年表を追加
2006.11.04
鉱業繁栄の名残を探せ大館市内に露出した鉱脈を発見を追加
2006.11.02

昭和50年の航空写真を追加

 Contents
板子石〜釈迦内神明社
釈迦内鉱山住宅跡探索(A団地)
松木〜実相
釈迦内鉱山住宅跡探索 (B団地)
獅子ヶ森〜釈迦内神明社
釈迦内鉱山跡探索
実相寺〜学校
釈迦内鉱山の貴重な坑内写真
商人留〜二ツ森
釈迦内鉱山関連年表
松峰〜釈迦内
鉱業繁栄の名残を探せ
長面〜二ツ森 集合写真撮影場所・37年後の姿
二ツ森〜学校 昭和50年の航空写真
学校 萩長森に上る
学校裏に行ってみる
大山に登る 大館復興プロジェクト  ゼロダテ/山内日記

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