三菱自動車工業名古屋製作所内にある
三菱オートギャラリーを見学してきました。
見学日:2007年9月16日。

 


 

 

Mitsubishi A

 

Henry-J

1917年(大正6年)に日本初の量産車として当時のヨーロッパ車(フィアット?)を参考にして製作された三菱A型。展示車は当時の資料もとに1972年に復元された車です。
以前、トヨタ博物館で特別展示されていたことがあり、そのときに一度見た事があります。
 
東日本重工業が1950年に、米カイザー・フレーザー社と提携、1951年6月から川崎工場でヘンリー・Jをノックダウン生産を開始する。
1952年に6気筒のデラックスを追加した後、1954年までに502台が生産された。
 
 

Mizushima TM3C

 

Mizushima TM6D

中日本重工業(1952年に新三菱重工業となる)の水島製作所で造られていた3輪トラック“みずしま号”。MAGにはTM3C型とTM6D型の2台のオート三輪が展示されていました。
TM3C型は最初の量産型TM3A型の発展型で、単気筒744ccのエンジンを搭載する。他社の三輪車には無かった風防が前面に取り付けられ、頭上には幌を張った屋根が取り付けられていた。
TM6D型は3輪トラック最大のヒット車で、総計22,300台余が生産された。
三菱の3輪トラックはTM15型まで発展するが、1962年をもって生産を終える。
 
 

Leo

 

Mitsubishi 500

三菱初の軽自動車で、軽3輪トラックとしては最後発の登場であったレオ。1959年〜1962年の間に総計27,842台生産された。ところでレオのグリル、よく見てください!なんとブーレイマスクですよ!!聞くところによるとO.ブーレイ氏、このレオのグリルをヒントにしてデザインされたそうな。
 
1955年に通産省が打ち出した“国民車構想”に対する三菱の回答が、1960年に発売された三菱500である。
駆動方式はRR、サスペンションは4輪独立懸架、ボディはモノコック構造を採用する。
当時の価格は39万円であった。
 
 

Colt 600

 

Colt 600 Convertible

1962年に三菱500の後継車として登場、“コルト”の名を初めて冠した車です。
軽快なスタイルの5人乗りとし、パワーアップしたエンジン、コラムシフト、ベンチシート、トランクルームの拡大等、商品力を拡大した。
 
コルト600が登場した1962年に開催された、第9回全日本自動車ショウ(現 東京モーターショー)に参考出品されたコルト600 コンバーチブル。
展示車は1991年に復元されたレプリカで、コルト600(RR)のボディを最近のミニカ(FF)のシャシーに載せたものなのだそうです。
 
 

Colt 1000

 

Colt 1100F 3Door Sports

コルト600の上級車種として1963年に登場した三菱初の4ドアセダン、コルト1000。
ボディはアメリカのスタイリスト、H.S.ブレツナーが参加し、当時流行っていたフラットデッキのデザインが採り入れられた。
 
日本で初めてファストバックスタイルを採用し、1965年に発売されたコルト800。
コルト800はその後1000F、1100Fを加えながら発展、ボディも当初の2ドアから3ドア、4ドアも追加。
展示車の1100F 3ドア スポーツは、1968年に追加されたスポーツモデルである。
 
 

New Colt 1200 Custom

 

Debonair Deluxe

コルト1000はその後コルト1100へと発展、さらに1968年に大幅なマイナーチェンジが施されコルト1500とボディを共通化、ニューコルト1200/1500シリーズとなる。展示車は1200カスタムでした。
 
1964年に発売された三菱の高級セダン、デボネア。初代デボネアはその後1986年までの22年間も生産される。展示車は初期型であるA30型。
デボネアオーナーであるE商店さんのご指摘で気づきましたが、展示車のフロントウインカーレンズ、左右で異なっていました。
 
 

Colt Galant AII GS

 

Colt Galant Hardtop AII Custom L

最先端のパーソナルカーとして1969年12月に発売されたコルトギャラン。
“ダイナウェッジライン”と呼ばれる斬新なボディデザインは、G.ジウジアーロ氏の息が掛かっていると言われています。
 
1970年5月、コルトギャランに追加された2ドアハードトップ。三角窓もないセンターピラーレスのハードトップは、国内ではマツダ・ルーチェ・ロータリークーペに次いで2例目の車である。
 
 

Colt Galant GTO MR

 

Galant GTO R73-X

1969年の東京モーターショウにGTX-1の名で展示、翌1970年に発売されたギャランGTO。
展示車は、1600ccのDOHCエンジンを搭載するホットモデル、MRでした。
 
2LのDOHC16バルブエンジンを搭載し1972年のモータショーに展示されたGTO R73-X。
最高時速220km/h、0〜400m加速15秒台の性能を誇ったが、残念ながら市販されずに終わる。
 
 

Galant Coupe FTO 1600 GSR

 

Galant Λ 2000 Super Touring

ギャランGTOの弟分として1971年に登場した、ギャランクーペFTO。
当初は1400cc OHVのネプチューンエンジンを搭載していたが、1973年のマイナーチェンジでSOHCのサターンエンジンに換装される。
展示車はトップグレードである1600GSRでした。
 
1976年に登場したギャランΣの2ドアハードトップ版として同1976年に登場したギャランΛ。
日本で初めて角目4灯ヘッドライト採用する等、アメリカ車のようなスタイルが特徴的。
σ(^_^)が小学校低学年頃、一番好きな車がこのラムダでした。
 
 

Lancer 1400 GL

 

Lancer Celeste 1600 GL

1973年に登場した大衆車、ランサー。
ツインキャブ仕様の1600ccエンジンを搭載した1600GSRはサファリラリーで1974年、1976年に総合優勝、サザンクロスラリーでは1973年から4年連続総合優勝するなどモータースポーツで大活躍をした。展示車は1400GLでした。
 
ランサーのクーペモデルとして1975年に登場した、ランサー・セレステ。展示車は“逆L字”型のテールランプの初期型の1600GLでした。
ここ最近では、YNさんのセレステ以外で初期型のセレステを見たのは初めてでした。今ではとても珍しい貴重な車です。
 
 

Mirage 1400 GLX

 

Isuzu Hillman Minx

1978年に発売された三菱初のエンジン横置きのFF車、ミラージュ。
通常の4速ギアボックスに副変速機を備えた“スーパーシフト”を搭載していた事が特徴で、低燃費と高性能を両立させていた。
 
三菱車の博物館なのになぜかいすゞで造られていたヒルマン・ミンクスが展示されていました。
どうしてMAGで展示されているかというと、ヒルマン・ミンクスのボディを三菱が造っていたからなのです。他にダットサンDB型やトヨペット・スーパー・RHN型等のボディも三菱で造られていました。
 
 

MItsubishi 360 Light Van

 

Minica

1961年に三菱初の軽4輪商用車として発売された三菱360(LT20型)。展示車は1965年から発売されたLT23型でした。
 
1962年に三菱初の軽乗用車として発売されたミニカ。軽商用の三菱360(LT20型)をベースに造られ、車体後部はクリフカットを採用し4人がゆったり座れる室内空間と軽自動車最大級のトランクスペースを実現していた。
 
 

Minica 70 Grand Super Sports

 

Minica Skipper IV

1969年に発売されたミニカ70。セパレートフレームを持つ先代と異なりモノコックボディとなる。
展示車はトップモデルであるグランドスーパースポーツ(GSS)で、ツインキャブを装備した38psのエンジンを搭載し130km/hの最高速度を誇った。
 
1971年にミニカのクーペバージョンとして登場した、ミニカ・スキッパー。スキッパーWは1972年に4サイクルエンジンに換装されたモデルである。
後方視界を良くする為、リアウインドーの下に小窓が設けられているが、後のCR-Xや現在のプリウスなども同じような形状を採用していますね。
 
 

Minicab

 

Delica 75 Light Van

1966年に登場したキャブオーバー型の軽商用車、ミニキャブ(トラック)。1968年にはワンボックスのバンも追加される。
展示車は1969年にマイナーチェンジされたモデルで、1970年式でした。
 
1968年に登場したキャブオーバー型小型トラック、デリカ。1969年にはワンボックス型のライトバンおよびルートバンが追加される。
展示車は中期型である“75”のライトバンで、“75”という名はトラックの最大積載量が600kgから750kgに増加された事にちなんで付けられた。
 
 

Jeep CJ3B J10

 

Jeep CJ3B J11

三菱・ジープの歴史は、1952年に米国ウィリス社と契約しCJ3A型(J1、J2型)をノックダウン生産したことから始まる。
このCJ3B J10型は、1955年に民間の需要に応えフレームとボディを後方へ伸ばしたモデルで、6人乗りの左ハンドル車であった。
 
CJ3B J11型は、ホイールベース及び全長を伸ばしたうえに2ドアのワゴンボディを架装した左ハンドル、5人乗りのモデルで1956年に登場した。
ジープのワゴンモデルはその後、右ハンドルのJ11R型、4ドアのJ30型へと発展する。
 
 

Jeep J3R

 

Pajero I

ジープの原型J3型を国内事情に合わせ右ハンドル化し1961年に登場したのが、このJ3R型です。
三菱ジープは、多彩なバリエーションの追加や改良を施した後、1996年まで生産が続けられた。
 
1973年に開催された第20回東京モーターショウに出品されたパジェロ I 。ジープJ52型をベースに軍用車イメージを取り、レジャーカーへのイメージチェンジすることを狙い造られたモデルです。
市販型のパジェロが登場するのは、9年後の1982年のことであった。
 
 

Pajero Paris-Dakar Rally Car 1983

 

Pajero Paris-Dakar Rally Car 1985

1983年に開催された第5回パリ・ダカールラリーに初出場し、市販車無改造部門で1位・2位を獲得、プロトタイプ車とも互角に戦い、総合でも11位・14位に入りベストチーム賞も受賞する。
パリダカでのその後のパジェロの活躍についてはご存知と思うが、その原点はこの車であった。
 
初出場した2年後の1985年には遂に総合1位、2位を獲得し、パジェロの名を世界に広める。
パジェロはその後もパリダカで大活躍をし、現在までに総合優勝を11回も成し遂げる。
 
 

Colt Galant 16L GS Rally Car

 

Lancer 2000 Turbo Rally

1971年のザザンクロスラリーにコルト・ギャラン・AII GS参戦、ゴール直前までトップをキープするも、トラブルにより惜しくも3位に終わる。
翌1972年の同ラリーではパワーアップ等を施した16L GSで参戦、みごと総合優勝を果たし三菱の国際ラリー活動におけるの栄光の序幕となった。
 
2代目ランサーであるランサーEX、その欧州向けの高性能モデル、ランサー2000ターボをベースにWRCを照準に開発されたランサー2000ターボラリー。展示車は1982年のフィンランド1000湖ラリーで3位入賞した実車でした。
 

Starion 4WD Rally

1983年の東京モーターショウに参考出品された、スタリオン4WDラリー。
WRC参戦を目的に当時の主力カテゴリー、グループB規定に沿って開発されホモロゲーションを取得する為に200台を生産する予定であった。しかし諸般の事情により開発は中止され市販されることはなかった。
エンジンは360psを発生する直列4気筒SOHC 2091cc+ターボを搭載、駆動方式はその名のとおりセンターデフにビスカスカップリングを用いたフルタイム4WDであった。
競技車両が少数(4台?)製作され、1984年の第9回ミル・ピストラリーでクラス優勝する等活躍した。
 

Silver Pigeon /Jyuji-Gou

2輪車コーナーには、かつて三菱が造っていたスクーター“シルバーピジョン”の歴代モデルが10台と、1947年に航空機用ジュラルミンの残材から造られた自転車“十字号”が展示されていました。
 
以前から見学したいと思っていた三菱オートギャラリー。普段は平日に事前連絡してからでなければ見学できませんが、MMF開催時に公開されており見学する事ができました。
あまり広くなく展示台数もそう多くはありませんでしたが、ここでしか見ることができない貴重な車等もありとても良かったです。また機会(3年後のMMF岡崎?)があれば見学したいと思います。

 

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