<「マインド・コントロール」の理解をめぐって>

1.「マインド・コントロール」されると、
人間は自分の意思を全く失うか

「マインド・コントロール」の理解をめぐって、いくつかの誤解が生じているようです。ここでは1.〜3.に渡り、これらを考察することにします。まず1.では、『「マインド・コントロール」されると、人間は自分の意思を全く失うか』という問題を扱っていきます。

人間は、「マインド・コントロール」されると自分の意思を全く失ってしまうのでしょうか。オウム真理教の井上嘉浩被告公判では、「マインド・コントロール状態」を巡って検察と心理鑑定人とが次のようなやり取りをしています。検察側は、犯行時の被告が、教祖から言われた指示をそのまま実行せず自分で判断している場面や、指示もないのに行動している点を指摘し、これは「マインド・コントロール」下にあったことと矛盾しないのか、と問います。これに対し鑑定人は、「マインド・コントロール」は100%相手をロボット化することはできないこと、与えられた課題の中であれば、より上手く遂行しようと自分の意思を働かせることは有り得ること等を述べています。

「マインド・コントロール」は物理的拘束を伴う「洗脳」とは異なり、相手に拘束を施していることに気付かせないように、相手の選択を操作してしまう一連のシステムです。それは、催眠状態のように自分の理性とは別に行為してしまうようなものではなく、本人は「自分で選んだ」と認識しながら他者に操作されてしまっている状況を作り出すものです。ですから、「マインド・コントロール」されても、本人は依然として従来の自分であるというアイデンティティを持ち続け、自分が選択した行為を行っていると考えています。

これらはまた、多重人格状態でもありません。人間は、きわめて深刻な心の傷を負った時、心の一部を麻痺させることにより、その傷と向き合わずにやり過ごすメカニズム(専門的には「解離」と言います。)を働かせます。その結果、傷と直面するのを避けるために、別人格を作ってその傷を押し付けてしまうことがあります。この場合、患者の持つこれら複数の人格は交代で現れます。そして、患者は複数の人格の交代を自分でコントロールすることはできず、その間起きたことを思い出したり、認識したりすることができません。しかし、「マインド・コントロール」状態はそれらとは異なり、人格が入れ替わることはありませんし、「マインド・コントロール」のカラクリに気付いた後も、それに気付く前の自分のアイデンティティを明確に記憶し、認識しています。むしろ、同じ自分であることを認識するがゆえに、「なぜ、いつのまにか自分の思わぬ考えや行為をするようになってしまったのか」という感情を強く抱くようになります。

カルト問題に早くから警鐘を鳴らしたスタンフォード大学のジンバルドー教授(社会心理学)は、1995年に行われた日本での講演会で次のような質問に答えています。

質問者:「人間一人一人が持っている本来の人格に対して、カルトのマインド・コントロールによって新しい人格が作られてしまいます。その場合、新しい人格は異常な、病的なものと考えていいのでしょうか?」

教授:「多重人格とは違うと思います。非常に根本的な人格変化を起こすことをカルトが狙っているとは思いますが、それは戦争で軍隊に入った青年に起きる変化と同じようなものです。平和を唱える青年が軍隊に入隊するや、人を殺すようになることがありますが、軍隊ではそれが正しい行為だからです。新しい状況に身を置き、その集団に溶け込むために、それまで平和主義者として一度も持ったことのない全く新しい価値観を持たざるを得なくなるのです。ですから、カルトにさらされて人々が形成するのは異常人格ではないと思います。権力者に依存し、従順になり、疑問や疑いを持たず、グループに自分を捧げるような人格に変えられたのです。しかし、これは臨床心理学的には異常な人格だとは思いません。」

以上のように、「マインド・コントロール」自体は、当事者が本来持つ意思を全く無くしたり、人格を入れ替わらせたり、異常にさせたりする働きを持たないものなのです(2000.3.24)。

引用・参考文献:
精神医学ハンドブック(小此木啓吾他編/創元社)
講演録:扇動的かつ破壊的なカルトの脅威(講演:フィリップ・ジンバルドー/全国霊感商法対策弁護士連絡会)

「マインド・コントロール」の理解をめぐって
2.「マインド・コントロール」理論は 人間を無機的に扱うか
3.「マインド・コントロール」理論は当事者の責任を放棄させるか