<井上くんのこと>
5.判決

2000年6月6日、井上くんの判決日の朝。東京地裁へ向かう電車の中で、私はこんなことを考えていました。"もし、極刑以外の判決が出るようなことがあったら、私はそれで納得できるのだろうか"。"もし…"。そんな仮定を思い浮かべることさえ、その朝まで一度として私の頭の中にはありませんでした。仮定すればするほど、結果に裏切られるだろう。荒唐無稽な空想にしかならないだろう。意識にすらそう上らせないまま、私はその朝を迎えていました。

しかし、そう考えた途端、私は次の問いに強くぶつかりました。"もし、彼が極刑以外を下されたら、これから判決を下されるサリン事件等の実行犯はどうなるのだろうか"。実行犯、すなわち直接手を下した被告には、一律極刑が下される。その傾向は明白でした。7月には、死刑を求刑されている2人の地下鉄サリン事件実行犯が判決を迎えますが、彼らが極刑を下されるのは目に見えているのです。その一方で、実行犯の役割を逃れた井上くんが別の刑であったなら、この事態を私はどう受け止めたらよいのだろう。そう考えないわけにはいきませんでした。オウム犯罪の中で、実行するか否か、自分で役割を決めた者など1人もいませんでした。役の割り振りは教祖が行ったのです。実行であろうと、別の役割であろうと、教祖に言われた故に行われた犯行でした。教祖以外の被告にとって、自分の手の及ばないところで決められた役割。しかし、その内容によって本人が裁かれる現実。その矛盾にめまいを覚え、私は"極刑以外"という言葉を意識の外に追い払いました。

東京地裁前は、目を疑うような人だかりと報道陣で溢れかえっていました。人々の関心が薄れ、傍聴の抽選も滅多になくなったと聞くオウム裁判が、前日に予告報道がなされたとは言え、これほどまでに人を集めるとは思ってもみませんでした。列を覗くと、井上くんの心理鑑定人が人込みに紛れ、「これじゃ、入れないじゃないか」と言いたげに、困ったような表情を浮かべていました。

幸い、鑑定人も私もオウム・ジャーナリストの女性やオウム元信者の友人も、入廷できることになりました。傍聴席には、いつにも増してマスメディアで見聞きするジャーナリストたちが顔を揃えていました。井上くんのご両親の隣には、終盤、裁判所の許可を得て井上くんのカウンセリングを行ったカルト・カウンセラーが座りました。私は、息子がかつてオウム信者であり、オウムに敵と見なされ、一度は殺されかけた男性の隣に席を取りました。

「被告人に(判決の)内容をよく聞いてもらいたいので、理由から先に告知します」

裁判長のこの言葉によって、法廷の幕が開けました。通常、極刑が下される場合、最初に判決が言い渡されることはほとんどないと言います。極刑を考えることもまた、私にとっては避けて通りたい事柄でした。極刑の可能性を感じさせる始まりであるにも関わらず、私の思考はそれをすり抜けて、どこか遠くへ行こうとしていました。

10時過ぎに開かれた法廷は3時間以上、その説明に費やされました。その間、私が思った以上に弁護側の主張を取り上げるかと思えば、厳しい評価を下すという、山を登ったり谷を下ったりするような行き来が何度も繰り返されました。弁護側の言い分が予想以上に取り入れられたと思う部分では、一瞬、"まさか…"という思いが過ぎりましたが、しかし、私の頭はすぐにそれを放棄するように仕向けていました。

緊張の緩む間も与えない3時間の後、私たちはこう告げられるのを聞きました。

「主文。よって、被告を無期懲役に処するのが相当と判断した。被告を無期懲役に処する。」

傍聴席の3分の1以上を占める報道席からいっせいに人が立ちあがり、ざわめきと共に法廷の外へ飛び出して行きました。大きな事件に関する判決の度に、息せき切ってカメラの前に立つ記者がニュースに映し出されますが、今度は彼らがその役割を果たすのでしょう。報道陣も驚いたと思いますが、井上くんの側に立つ人間たちも、恐らく誰も予想していなかった結果だっただろうと思いました。

極刑が回避されたのは2つの理由からでした。1つは、彼の関わった10の事件のうち、彼の果たした役割が検察の主張よりはるかに小さいものであったと認定されたこと。もう1つは、マインド・コントロールの影響、入信時の年齢の幼さ、悔悟の念を示しているといった情状酌量の側面でした。

その瞬間、井上くんは声を上げて泣き崩れそうになりました。裁判長が隙無く、ぴしゃりと「被告人はしっかりしなさい。裁判所の言うことを聞きなさい」と制止しなければ、あやうく私も彼に同調するかのように、声を上げて泣いていたかもしれませんでした。

裁判長はこう言いました。

「これまでに聞いてきた多くの遺族の憤りや悲しみなどが、裁判所の耳から離れることはなかった。しかし、被告人の人間性を見て無期懲役とした。」
「無期懲役は被告に自由な日々を与えたのではない。多くの被害者のことを片時も忘れず、宗教などに逃げ込まずに、プライドを捨てて、人間としての反省悔悟の日々を送ってほしい」

私はただただ深い感嘆を覚え、込み上げる熱い気持ちを身体の中に押し留めるばかりでした。それは、形としての判決に対するものではまったくありませんでした。オウム裁判の中で、これほどまでに被告を的確に理解しようと努めた裁判官がいたでしょうか。これほどまで被告に、厳しく真剣に向き合った弁護団があったでしょうか。精神年齢の幼い彼に、弁護団も裁判官も親のような優しさと厳しさをもって、接してきたように思えました。カルト犯罪の特殊性を鑑み、専門家である社会心理学者の心理鑑定やカルト・カウンセラーのカウンセリングを要請した弁護団と、それを認めた裁判官。この双方の理解の深さなくして、今回の判決は導き出されることはありませんでした。これらの事柄は、私たちカルト問題に携わる人間には当然理解できても、第3者にそれが共有されることはありえないと思われました。それが理解されたのです。私たちにとっては、まさしく奇跡でした。

閉廷後、鑑定人や元信者の友人たちと都内のテレビ局へ寄った私は、モニターに映る各局の報道を見つめていました。第1報として報じられる判決のニュースには、逮捕時、あるいは現役当時の彼、「アーナンダ」が映し出されました。テレビ局が手に入れられる彼の映像は、その当時の物しかありません。ニュースの中では、彼は逮捕された時から時間が止まったままなのです。凶悪で狂信的な、教祖に忠実な僕。法廷のイメージしか知らなかった私は、後から知った、報道に映し出される彼の映像に大きなギャップを感じたものですが、一般社会にはその逆のイメージで捉えられ続けているのでしょう。今の彼は、当時の彼とは違うのに…。しかし、私がどうあがいても、彼は当時のイメージのまま報じられ続けるのです。彼が悔悟の念を示したとしても、あの映像はそれを伝えるのを阻止しているように思えました。

いつまで経っても現実感の湧かない判決でしたが、間もなくして被害者の顔が思い浮かび始めました。実は法廷の最中、傍聴席前列に座った、以前食事を共にしたことのある被害者家族の若い女性と目が合いました。彼女は私を見つめようとしましたが、私は少しの間視線を合わせたもののすぐに逸らしてしまい、後味の悪い思いをしました。あれ以上視線を合わせるのには、躊躇を感じたのです。その感情は、今もうまく説明できません。"ごめんなさい。でも、今は被告の気持ちを優先させて欲しい。余裕がないの。"そういい訳するしかないような気持ちでした。

彼女はその後の記者会見で、「正直なところとても困惑している。『反省している』とさえ言えば許されるものなのか」「昨年十月の法廷で井上被告と直接話した時は『この人は何を考えているのか』という感想を持った。八カ月ぐらいで人間はそんなに変わるのか。私には理解できない」と話したようでした。私は身を裂かれる思いがしました。

裁判がもっと早い段階で鑑定やカウンセリングに持ち込めていたならば、彼が被害者に与える心象はもう少し変わっていたかもしれません。しかし、これまで書いたように、今回ほど第3者がカルト信者の心理を考慮した裁判はこの他に例がありません。それを考えれば、もっと早ければという注文は、現段階ではあまりに高望みです。けれど、彼が変われなかった、自分の問題に気付けなかった長い間、彼の言動は被害者を苛立たせ、傷つけ続けました。そして、彼が悔悛した最後のわずかな時間では、被害者へ与えたその印象を拭うのは困難でした。

やはり、被害者に「理解してください」とは、私には言えないのです。一方的に重荷を負わされた人たちに、「こういう事情があるから」とは言えないのです。被害者の激しい怒りに、私は声を殺して押し黙ることしかできません。

そして、もう一方で、その朝の電車で思い浮かべたことが現実になってしまったという困惑ともぶつかりました。実行犯でない井上くんは極刑を逃れ、実行を命じられた2人は来月、おそらく井上くんとは別の刑を下されるでしょう。

突き放した見方をすれば、こうも考えられます。確かに井上くんの判決は、マインド・コントロールや入信時の精神的未成熟さを考慮した、カルト犯罪の現実を直視し、熟考されたものでした。しかし、それが可能だったのは、彼が実行犯ではなかったからです。結局は、実行犯は一律極刑という傾向におもね、それに便乗したからこそ情状酌量が可能となった、わずかな隙間を利用した判決とも捉えることができます。なぜなら、実行犯の中にも自分の置かれた状況を理解し、一切の弁解を自分に赦さなくなったほどの被告もいるからです。入信時の年齢については井上くんの場合、特殊性がありますが、マインド・コントロール状況については、彼らとて大差はないと思われます。けれど、結局最後は、実行したか否かで方向が決められてしまうのです。これを不条理と言わずして、なんと表現すればよいのでしょう。

では、井上くんが極刑になればよいのか、それとも実行犯も極刑を逃れればよいのか。前者ならば井上くんに対して心が痛み、後者ならば被害者に対して心が痛む。どちらも苦しい選択です。

今回の法廷では、私の尊敬するカルト問題の専門家たちが大きな役割を果たしました。私ももっと学びを重ね、いつかこの問題解決のために貢献できればと願います。けれど、その活動が法廷で繰り広げられることを、私は望んでいません。法廷に場が移された時には、もう既に、永遠に癒されない人が存在してしまうのです。今回、どんな判決が出ても、私は喜ぶことなどありえないのだと思い知らされました。悲劇を前提としてしか、裁判は進行しないのです。極刑でも、極刑以外でも苦しいのが現実。場が法廷に移される前に、致命的な傷を負う前に、問題の芽を摘まなければならない。それが専門家たちの第1の役目だと思います。

カルト・カウンセリングは、カルトのマインド・コントロールに晒された人やその問題で悩む家族を対象に行われるものと考えられてきました。しかし、カルト・カウンセラーの中には、カルトが起こした犯罪の被害者を対象に含めて考える人もいます。カルト問題に理解ある人材が少ない現在、それらの対象に絞って活動するカルト・カウンセラーはおそらく存在しないでしょうし、内容的には被害者支援の分野に組み込まれるものですから、当面、そちらの専門家にお任せするのが現実だとは思います。しかし、カルト問題に関わる限り、一方的に被害に巻き込まれた人のことを、決して忘れることがあってはならないと思います。その重大な悲劇を噛み締めた上で、問題の根本解決のために自分がすべきことを見据える努力が求められていると思います。

率直に言えば、今回の判決は、私は例外的なものであろうと思っています。もちろん、カルト犯罪に対する判決として、歴史的意味を持ってくれれば幸いだとは思いますが、まだ現段階では、社会や司法制度に、このようなものの見方が認知されているとは到底思いません。それでも高望みをすれば、判決以前の問題として、カルト犯罪が起きた場合、早い段階から被告にカルト・カウンセリングや鑑定を施すなどの処置が当然とされる体制作りを切望します。何も被告を優遇しているわけではありません。むしろ、被告が自分の行為を理解し、被告の理解の無さから被害者にそれ以上の傷を負わせないために、また、客観的事実を被告から引き出し、事件解明を促進するために必要だから要請するのです。

今回、井上くんは悔悟の念を認められ、酌量の余地を与えられました。しかし、それでは他の被告たちはどうなのでしょうか。マインド・コントロールが解けず、反抗的態度を取るのはその被告の否であり、井上くんのように反省することができればよしと見なす。しかし、井上くんは鑑定やカウンセリングなしに、そこに行き着くことはありえなかったのです。逆に言えば、それがあったからこそ今回の判決に繋がったのであり、それがない他の被告たちとは条件が異なるのです。

カルト・メンバーが真に拘束された心理状態から脱却するためには、専門的な援助や介入が不可欠です。確かに、オウム被告たちも逮捕後数年を経て、脱会宣言をしたり、教祖への態度に変化が見られるようになったりしました。世間はそれらを見て、”マインド・コントロールが解けた”のだと理解しました。しかし、それは全体のごく一部の心理的拘束が解けたに過ぎません。その人の価値観全体に強い影響力・拘束力を及ぼすカルトのマインド・コントロールは、通常の社会で生活していても容易く脱却できるものではなく、無自覚に拘束され続けることが多くあります。被告らのように社会から隔絶され、悲惨な事件を起こした事実と向き合わなければならない極限状態にあっては、なおさらその脱却は困難です。

その証拠に、裁判初期から教祖に反旗を翻した井上くんは、社会やマスコミからはマインド・コントロールから脱け出したと評価されることすらありましたが、心理鑑定はその虚偽を見事に見破りました。麻原教からは脱したものの、それが仏教にすりかわっにた過ぎず、現実を直視するには至っていないというのが結論だったのです。これをカルト問題の専門家の間では「カルト的思考」と呼ぶのですが、問題が、信じる内容にではなく、思考の枠組みが歪められること自体にあることを指し示しています。ですから、枠組み自体を修正する術を持たない井上くんは、自分の中の教祖像が壊れてしまったために、歪んだ枠組みの中に、もとから関心の深かった仏教を代わりにはめ込もうと必死になったのです。しかし、必死であるにも関わらず、それは被害者や社会にはまるで見当違いな行為と受け止められ、双方の溝は深まっていきました。そして、裁判も終盤になって、専門家の介入を経て、自分の行為のおかしさにやっと少し気付くところにまで漕ぎ着けたというのが実状です。

ですから、専門的介入が与えられた人間と、与えられないままの人間を一列に並べて比較・判断することは、まったく妥当性を欠いた処置と言う他ありません。もちろん、被告による個人差は当然あります。パーソナリティも生活歴も、カルト内での立場も事件に至る過程も違います。だから鑑定は重要なのです。しかし、最低限それらの調査や拘束された心を解く作業がなされない状態では、真相は解明されていないも同然です。オウム裁判は、それらに手をつけないまま進行してきたのです。

今後、オウムと同じような事件は二度と起きて欲しくはありませんし、カルトが問題視されるようになっても、これほど大きな事件は頻発するものとは思われません。しかし、万が一起きてしまった場合、今回の教訓を活かして体制を整えて欲しいと心から切望します。

そして。

今回の判決が例外であると思えば思うほど、私は井上くんに強く望みます。

"井上くん。あなたがこの日を迎えることができたのは、あなたを支えようとした多くの人たちのお陰だと思います。あなたは弁護団に恵まれました。ともすれば弁護団に背を向けるように検察に擦り寄ろうとするあなたを、彼らは粘り強く厳しく、見捨てることなく支えてくれました。そして、あなたは裁判官に恵まれました。熱心な弁護団に対し、1つ1つ真摯な態度で応えてくれる人でした。そして、弁護団が導いたお陰で、あなたはカルトの専門家の手を借りることが出来ました。心理鑑定やカルト・カウンセリングが、あなたに新たな展開をもたらすことになりましたね。あなたを厳しく追求した被害者たちも、当事者は同意してくれないだろうけれど、結果的にあなたを支えることになったのだろうと私は思います。あなた自身、判決後、そう言っていましたよね。そして、けして表沙汰にはならないけれど、何よりきっとあなたのご両親が、あなたを支え続けてくれたのでしょうね。

なんか、偉そうなこと言ってごめんね。私がカルトにいたのはたった8ヶ月。教祖の指令が直接飛んでくる場所にいたわけでもなく、致命的な犯罪に関わる機会も幸いなかった。あなたはあなたの世界の中で、ほんとに苦しい思いをしたでしょう。そんなの、私にわかるわけないよね。だから、一方的にものを言うのはずるいと思う。あなたの負った傷や痛みは、これからも癒されつづけなければならないと思う。

ただ、あなたはそれ以上に多くの人を傷付けてしまった。とり返しのつかない傷を負わせてしまった。

行動の動機が自分にとってどんなに高邁であっても、相手の都合や論理とはまるで接点がなかった。それを社会では、一人よがりとか独善という。でも、長い間心を縛られていたあなたは、それを理解できなかったよね。そのために、被害者にはものすごく嫌な思いをさせ続けてしまった。

あなたが理想を求めたこと自体が間違っているのではない。これは、誰にも誤解してほしくないこと。でも、理想はとんでもない方向に捻じ曲げられていった。その先に起きた独善に、被害者たちは怒りを爆発させている。

望んだつもりはないだろうけれど、あなたが求めた理想は結果的に、自分の感性を麻痺させる化け物になってしまった。あなたはこの化け物と、これからも闘い続けなくてはならない。それはあなたのためではあるけれど、何よりも被害者のためと言わざるを得ない。

不条理だよね。理想を求めただけのはずだったのに。でも、犠牲者はそれをはるかに上回る不条理に直面させられた。だから私も、それ以上何も言えない。

これからあなたはどうなっていくのだろう。あなたは何をすべきだと思う?私には理解しえないことだけれど、どうか被害者が少しでも癒されることのできるようなあなたに変わって欲しい。だって、今回の判決、これだけ被害者の気持ちを犠牲にしなければならなかったんだよ。納得の行かない人、たくさんいるんだよ。そんなに犠牲を払った判決を下されたんだから、何がなんでもそれに応えてよ。でなきゃ私、被害者に申し訳が立たないよ。

再び、ごめんね。あなたの気持ちもわからずに勝手なこと言って。でも、たまたまあなたの裁判に関心を持つ機会を与えられた立場として、元カルト・メンバーとして、同世代として、あなたに対してはもちろん、社会に対して何か言う必要があるんじゃないかって思ったの。だって、2度とあなたのような人を、社会から生み出したくなかったんだもの。"

2000年6月7日現在、検察庁は判決を不服として控訴する方針です。
(2000.6.7執筆,6.13加筆修正)
<参考>
心理鑑定人が自身のホームページで判決への感想を述べています。

井上くんのこと
1.井上くんのこと
2.被害者と加害者の狭間で
3.心理鑑定、カルト・カウンセリング、そして論告求刑へ
4.死刑求刑、最終弁論