<井上くんのこと>
2.被害者と加害者の狭間で

かつて統一協会員だった私が、時遅くしてやっとオウム事件と信者たちに関心を寄せるようになった話は、『井上くんのこと(1)』に書きました。その後、裁判に足を運び、いろんな人から話しを聞いたり、傍聴から感じ取ったりする中で、少しずつ考えを修正したり、新たに学んだりする点がありましたので、ここでお話したいと思います。

傍聴を始めて、私は初めてサリン事件被害者の家族とお会いするようになりました。被害者の姿が描かれた『アンダー・グラウンド』(村上春樹著)や『それでも生きていく−地下鉄サリン事件被害者手記集』(地下鉄サリン事件被害者の会著)などの本を読んでいたので、そこに描かれた、とてつもない重荷を背負わされた被害者やその家族とお会いするのは、どこか緊張させられるような、重たい気分にさせられるような出来事に思えました。しかし、目の前にひょこりと表れたその小柄な女性は、私が思い描く被害者像とはかけ離れて明るく、屈託の無い人に見えました。それは、彼女が信頼している女性ジャーナリストと一緒だったためかもしれません。私一人で会ったならば、もっと最初の印象は違っていたように思います。

以後、裁判の度に私は、この女性とジャーナリストと同席させていただくことになりました。3人の立場は3様に違います。私は元カルト信者として、被告に対する思い入れから傍聴を始めた立場です。遺族の方は当然、裁判の進行と加害者である被告の動向とを監視する立場にあります。そして、ジャーナリストは第3者としての立場を守りつづける必要があります。このように、違う立場の方と接する事により、私は以前なら気付かなかった側面を見る事になりました。

被告への限りない憎しみを持たざるを得ない被害者や遺族の気持ちを考えると、私は身の置き場のない、居た堪れない気持ちになります。私はオウム信者ではありませんでしたが、私が被告への思い入れを強くすればするほど、それは被害者感情とぶつかりあうように思えるからです。被害当事者としては、オウム教団とは縁も所縁もなかったはずの自分や家族がもう生きていなかったり、癒えない傷を負わされたりしたのですから、被告席に被告が生きて証言しているというだけで、苛立ちの気持ちを押さえることができないでしょう。しかし、私はその一方で、なんとか被告が罪を認め、極刑以外の方法で償って欲しいと思っているのです。単純に言えば、殺せ殺すなで言い争っている状態になります。

先般、地下鉄サリン実行犯の横山被告に死刑が下った時、被害者家族であるその女性はメディアを通して「死刑は当然です」とコメントなさいました。時を同じくして一方の私は、死刑判決に"やっぱり"という思いと、納得の行かない思いとを味わっていました。横山被告は取り調べの中で、自分の殻に閉じ篭らざるを得ないほどの酷い扱いを受けたそうです。結果、裁判時にも反抗的な態度を取る事になり、それが判決に響いたとのことでした。そうは言っても、被害者や第3者からは、"少年事件でもあるまいし、そんな大人気ない理由で情状酌量など出来るか"という反発しか返ってこないでしょう。しかし、元カルト信者の私の立場からは、その心境は充分に推測できるものでした。誰も自分を理解してくれないという孤立感、孤独感は、唯一の信念を砕かれつつあるカルト信者にとっては耐え難い状況です。しがみ付くものが残されていないのですから、もう誰も信用しないか、あるいは間違っていても元のカルトの信念に舞い戻るしか、自分を守る方法がなくなってしまうからです。そんな中途半端な状態で下された死刑判決は、被害者に対して充分な謝罪をする機会すら加害者に与えないという意味において、私には納得の行かないものでした。

しかし、判決後、その女性と裁判所で再会した時、私は彼女に「死刑判決は納得できない」とはとても言う気になれませんでした。被害者が当然の怒りをぶつける権利を私が阻む権利など、どこにもないからです。加害者に死刑を望む被害者に、私が怒りや反論の矛先を向けるのはまったくお門違いなことです。もし第3者が「あんな変な奴等は死刑になって当然だ」と言い放ったら、私はムキになって反論するかもしれません。けれど、被害者が怒りをぶつけたとしても、十二分に奪い尽くされた彼らに、これ以上一体何をしろと言えるでしょうか?そんな怒りのぶつけ方をする方法しか、彼らには残されていないのです。それでも被害者は報われないのです。例え被告が極刑になっても報われないのです。だからこそ、加害者は自分の成した事の重大さを、死ぬ思いで噛み締めて欲しいのです。

そんな彼女が、先日行われたある裁判傍聴の後、信者だった被告たちに対し「死刑が当然だとは思えなくなった」と発言した旨、ジャーナリストの記事を通して知りました。罪の意識のかけらも謝罪の意思も垣間見られない教祖に対し、二人の元信者の被告が怒りをぶつけ、自らの悔恨と被害者への謝罪を表明した裁判でした。私はそれを聞いて、深い感慨を覚えました。以前彼女と話した時、話題に出す被告によって彼女の態度が異なるのに気付いたことがあります。私が足を運ぶ井上(嘉浩)くんの裁判では、彼女は被告に対し、「麻原は否定しても、今度は自分が教祖になっている」と不信感を露わにします。しかし、他の被告の話をする際、さすがに被告自身への同情を示すことはありませんでしたが、被告と同じ年頃の子どもを持つ彼女が、被告の親への同情を隠さないことがあったのです。それはどうも、被告の裁判中の態度によるものであることが、私には推し量られました。被告がどれくらい誠実であるかによって、被害者感情は左右されるのだと、その時薄らと感じたのです。

今回、彼女が明確にその二人の被告に対し、「死刑が当然とは思えなくなった」と発言したことは、その時の私の信念を更に強めることになりました。被害者感情に何らかの影響を与えることができるかどうかは、唯一、加害者の態度にかかっているのです。被害者が加害者を赦すなどということはありえなくても、爆発的な怒りや悲しみを少しでも変えていけるものがあるとしたら、それは加害者の態度一つによるのです。私はそこで、自分が元カルト信者として、被告に極刑以外の方法で償いを求めることが間違ってはいないと、少しばかり被害者側から認めてもらえたような気がして、深く感じ入ったのでした。

しかし、同時に複雑な思いも過ぎりました。被害者の一人である彼女が死刑以外を許容する発言をしたことで、他の被害者たちがそれをどう受け止めるかが気になったのです。彼女は言わば、被害者代表のような形で、これまでメディアに対して発言を行ってきました。メディアは、サリン被害者=彼女の発言という扱いをしてきたのです。しかし、全ての被害者が彼女のように裁判の行方を見届けているわけではありません。裁判所で繰り広げられる生身の人間像に触れるか触れないかで、被害者の被告像は変わるでしょう。彼女の被告像が変わっても、他の被害者の被告像が変わらないとすれば、彼女が代表者と見なされれば見なされるほど、他の被害者の反発を受けるかもしれません。「あなたの発言が影響力を持つ事はわかっているのに、勝手にそんなことを言ってもらっては困る」という抗議が出てくるのではないかと心配になったのです。

理由もなく、わざわざ人と人との間を裂くことを望む人間などいません。しかし、カルトはカルト信者と被害者との間を裂き、元カルト信者の私と被害者との間を裂き、被害者同士の間を裂いていきます。カルト犯罪を行った信者が悪い、と一言で言ってしまうのは簡単ですし、楽なことです。けれど、私は自分の置かれた立場から、信者が悪を引き受けるだけではまったく事態が解決しないのを強く感じています。

さて、井上くんの裁判を傍聴するようになって、私の井上くんに対する認識も少しずつ変わってきました。彼の人間像に慣れるに従って、まぁ、妙な表現ですが、より親しみを覚え、その分気軽に悪口も言えるようになったのです。悪友には少々きついことも平気で言える、というようなものでしょうか。16歳でオウムに入り、そのまま精神年齢が止まってしまったかのように見える彼は、カルトに入る前の、同じ年頃のかつての自分を映し出しているかのようです。社会に対する反発、人生への懐疑等、彼と当時の私に共通するものは多くあります。若者は常にそういう思いを抱くものだと世論はしたり顔で説きますが、実のところ少なくとも私たちの世代では、それらを率直に表すのは"カッコ悪い"ことでしかありませんでした。だから、それを押し隠せない人たちは、どこでどうやってそれを発散させるか、場所探しに奮闘しなければなりませんでした。彼もそんな一人だったのだと思うと、私としてはやはり愛おしさを感じざるを得ません。

しかし、やはり人間はそこを乗り越えて、自分の問いや迷いだけでなく、他者の同じ気持ちを汲み取るところまで成長することを求められます。けれど、彼にはその機会も環境も与えられませんでした。法廷の、柵の向こうでスーツを身に纏った「16歳の少年」は、今も社会への疑念を一方的に申し立てるだけの存在になってしまいがちです。そして、拘置所に長く留まり、接見を禁止され、人間的な接触や成長を阻まれた彼は、なかなか他者の感受性に感覚を研ぎ澄ますことが出来ずにいるように見えます。閉ざされた環境で仏教を拠り所にした彼は、実のところ生身の他者が存在しない、観念だけの信仰を築いてしまっているかのようです。私自身もキリスト教の信仰を持っていますが、信仰は実際の社会の中で、他者との関係の中でこそ生きるものです。しかし、今の彼には観念の世界しか残されていません。観念の中の教祖、観念の中の被害者、観念の中の自分…。少なくとも被害者が本当に求めているのは、そんなものではないのです。あなたの目の前にいる、生身の被害者をあなたはどう考えるのですか?−それが彼に突きつけられた問いなのです。

そんな井上くんの裁判で、被害者の父親を持つ同世代の女性が証言をしたそうです。彼女は激しく井上くんを責め立て、彼は泣きながらそれを聞いていたそうですが、それに対して彼女は「泣きたい時に泣ける奴はいいよね」と鋭く切返したそうです。オウムになどまるで関係のなかった父親が、ある日突然冷たくなって帰ってきた、こんな不条理に巻き込まれたのに、私たちは泣いてだけなんかいられない。日常に戻り、社会生活も営まなければならない。そんな彼女の心の底からの怒りと悲しみが、そこで爆発したのでしょう。私が被害者家族の女性と初めて出会った時、あまりの明るさ、屈託のなさに驚いたと最初に書きましたが、恐らく彼女も「泣きたい時に泣いてなんかいられない」一人だったからなのだろうと、その裁判の話を聞いて思いました。オウム事件に限らず、人は親しい人を失うとしばらくは悲嘆に暮れます。けれど、悲しくてもお腹は空くし、さ細な冗談に笑うようにもなる。そんな自分に気付いた時、ふと失った相手に対する罪悪感が芽生えてしまうものなのだそうです。自分だけがこんなに満足するのは、亡くなった相手に申し訳ないと感じるのです。それでも、生きて社会生活の中に取り込まれる限り、それなりの満足も味わうし、忘却の波にも飲まれていくでしょう。悲しみなんて、その人の人生一瞬一瞬を埋め尽くしたら生きていけないのです。忘れさせてくれなければ、生きてなんていけないのです。だから彼女は思ったより"明るく、屈託がなかった"のでしょう。それは、逆に言えば、被害者にも幸せに人生を生きる権利があると、強く訴えているかのようにも思えるのでした。

井上くんについて率直に言及することで、私は井上くんの家族に不愉快な思いをさせてしまうでしょう。大切な家族が犯罪者になってしまったことは、受け入れがたい悲劇です。世間がどう言おうとも、家族は彼を守ろうとするでしょう。私の言い分も、その反発を受けることは免れないでしょう。ここでも、カルトは人間を引き裂いていくのです。

もう1人、被害者と加害者の狭間にいる人のことを話しましょう。第3者の立場を求められるジャーナリストのことです。坂本弁護士一家の事件からオウム教団を追ってきた彼女は、ある時は教団を糾弾する側に立ち、ある時は元信者たちを社会の無理解から守る側に立ってきました。社会には、このどちらかだけの役割を負う人は多く存在します。ある意味、メディアはこの「奇妙な集団」を弾圧するだけでも事は足りるでしょうし、私のようにカルト信者、元信者を擁護する立場の人は、糾弾する世論に反論するだけでも満足できるでしょう。しかし、彼女がしてきたのは、オウムを取り巻く様々な立場の人間と出会い、話し合うことでした。私は多くを知るわけではありませんが、彼女がマスメディアという派手な媒体を活動の場とし、その発言が影響力を持つ中で、異なる立場の関係者から板挟みになることは決して少なくなかっただろうと思います。『デッドマン・ウォーキング』という、実在する、死刑制度問題に関わるシスターの書いた作品があります。彼女はレイプ殺人により死刑を宣告された囚人の教戒師となるのですが、同時に被害者と加害者との関係をとりなそうと被害者家族にも会いに行きます。しかし、加害者の側に付いていると見なされた彼女は、被害者家族から酷くなじられることになります。彼女がしようとしたのは、破壊された双方の関係を少しでも修復することでした。しかし、レイプ殺人という悲劇は、そこに関わる人間を敵か味方かの二分法でしか判別できなくなるくらいに、遺族を追い込んでいたのでした。そのような状況が、おそらくこのジャーナリストの周りをも取り巻いていただろうと思います。そして、その中でバランスを取り、自分のスタンスを貫くのは並の事ではなかっただろうと思います。

さらに彼女との出会いは、自分が何によって事物を判断するのかという問いを私に突きつけることになりました。『井上くんのこと(1)』でも既に書いたように、私は一連のオウム報道に冷ややかでした。私が彼女のこれまでの業績に疎かったのも、私が彼女を、冷ややかに退けた報道の一部と見なしてきたからに他ならないと思います。私は自らのカルト経験から、メディアを駆使し、著名人を用いて権威付けをするカルトの勧誘方法に疑念を抱くことを学びました。そして今、メディアの向こうの騒ぎだったオウムがこうして自分の問題となり、同じくメディアの向こうのジャーナリストだった彼女が対等に話をする相手となったことを通して、改めてメディアの伝える事柄と、それを受け止める自分との関係を問い直さざるを得なくなりました。

自分の属していた統一協会がメディアで騒がれた時、私は、メディアの枠組みがこんなにも透けて見えるのかと驚き、興ざめした覚えがあります。最新の情報として、あるいは大それたトピックとして取り上げられるその内容は、元信者であれば大抵は知っている当たり前の事柄ばかりでした。それをメディアはさも奇異な大事件であるかのように騒ぎ立て、人々の関心を掻き立てるように仕向けました。タイトルに"!"マークが踊り、大仰なBGMで演出されればされるほど、テレビは劇場だったのだと思い知らされました。私はカルトが社会問題としてメディアに取り上げられることは、大変重要だと思っています。情報を提供し、一人一人に考えてもらうことは大切です。しかし、今も新しいカルトが次々と話題に上りますが、奇異さを喧伝し、一時人々の話題をさらえばそれでお払い箱です。奇妙な教祖もそれを信じる愚かな信者たちも、ショービジネスのツールでしかありません。そんな実態に気付く時、メディアを通して社会を理解している自分とは何なのだろうかと考えざるを得なくなります。実際、カルト問題でなくとも、悲惨極まりない事故にあった当事者がメディアに扱われる時、私たちはどこまで、当事者の気持ちに近づいているでしょうか?かわいそうにと思いながら、一方で見世物を楽しんでいる自分はいないでしょうか?メディアの向こうの人間を、どこまで自分と同じ生身の存在だと感じているでしょうか?そのような実感がないからこそ、ニュースもショーになりえるのではないでしょうか?そしてまた、メディアから発信される情報を絶対化していないでしょうか?メディアに出てくる人物やその言葉を実体とかけ離れて権威化したり、その反動として揶揄の対象にしていないでしょうか?これも、メディアの中の人間が、生身の存在としての実感をもたらさないことから来る現象に思えて仕方ないのです。

私にとってはくだんの被害者家族もこのジャーナリストも、実際に会う前にはメディアを通して一定の人物像が作られていたのは事実です。しかし、当人に出会ってからは、メディアで「あの○○さんが…」といった扱われ方をされるのを見聞きすればするほど、メディアの作った人物像が白々しい虚構に感じられるようになりました。生身の人間と出会って初めて、自分にとっての実像を生み出せるのだと、強く感じさせられました。なるほど、カルトにいる人たちは虚構の世界に生きています。実像を確かめる術がないか、あっても手に取ることなく、実像を避けて生きています。しかし、カルトを報じるメディアを通してカルト像を作り出す世間の人々もまた、似たような世界に住んでいると言えなくもありません。多くの、そして粉飾や演出の施された情報の中で、一体私は何を本物と見抜き、生身の人間に近づくことができるのだろうと、考える機会を与えられています。

立場の違う人たちとの間で、私は自分と自分の後ろにある世界を三面鏡に映し出すかのように見、推測することができます。無知とせっかちゆえに思い違いや失敗をすることもありますが、学ぶこともそれ以上に多くあります。裁判に足を運び、未知の人々と出会えてよかったと思います。そう思えば思うほど、井上くんをはじめとした被告たちが、様々な立場の人と出会い、そこに自分の姿を映し出し、見詰め直すことができるように願う気持ちは強くなります。

私はやはり言います。彼らは何としても謝罪し、罪を償えるようにならなくてはならない、だから他者の存在が必要なのだと。(1999.12.5)

井上くんのこと
1.井上くんのこと
3.心理鑑定、カルト・カウンセリング、そして論告求刑へ
4.死刑求刑、最終弁論
5.判決