学童学校校舎その5





ちゅうごくでは、ちべっとで沢山のひとびとがころされました
てんあんもんじけんでも沢山がなくなりました
ぶんかだいかくめいでも沢山のひとびとがしんでしまいました
ちゅうごくのひとはしりません

                        
日満の児童の交流、
手前の児童は日本の満州の各省へ送られる人形特使
人形使節は、国際親善使節に人形を用いるものです。戦前では昭和2年にアメリカ合衆国の児童から日本の児童へ人形使節 (Doll Messenger of Friendship) が贈られ、同年中に日本からも答礼として人形使節(振り袖令嬢姿)が贈られたことが有名です。あの "青い目をしたセルロイド" の歌で親しまれた人形達です。

こちら、日満でも同じく人形特使が親善に用いられました。
昭和8年の夏、日満親善の人形使節36体が満州国へ贈られています(答礼があったか、は不明です)。
日満親善人形特使で、唯一収集できているのはこれ一枚のみです。また写真の状況は詳細なキャプションが無く不明ですが、あれこれ推測してみます。

この写真ですが、人形使節団として日本の学校関係者が新京へ出向いており、この時の新京での撮影では、と想像します。
右側に座る男性は満州風です。手前に並ぶ少女達も満州風に見えます。奉天同善堂で紹介しました、同善堂孤児院付属小学校も、白っぽくゆったりした袖の服でした。こちらの画像の服装に似ている印象があります。

これから満州の各地へ旅たつ人形の壮行会でしょうか。アメリカのときと同じく振袖の人形です。
人形達はステージに並べられています。
左から
『 興安総署 』 『 奉天省 』 『 新京(読み取れず) 』 『 新京公学校 』 『 新京特別区 』 『 黒龍江省 』 『 吉林省 』 『 熱河省 』 『 東省特別区 』
と札があります。もしかして、これらの札が人形達の行き先でしょうか。もしもそうだとすると、新京へ多くが贈られ、また全土に満遍なく贈るほどの大きな規模では行われなかったと思われます。また数えてみたのですが36体は写っていません。全てを並べるほどステージの幅が無かったのでしょうか?。

ちなみに東省特別行政区とは東省特別行政区の略で、詳細はWikipediaにあります。

満州の子供達と思われます学童をクローズアップ。
髪は、左上の子以外は短く切りそろえられています。

右端のクローズアップ

右側、満州風の男性が見えます。

続いて、左上をクローズアップします。
左上に、人形と同じく振袖を着た少女が見えます。
2名見えます。おかっぱ頭です。

この2名の少女についてあれこれ想像してみます。
先にも述べましたが、満州で撮影されたものと想像されます。
ですので、満州の少女達へ人形を渡す特使役ではないでしょうか。
また、雰囲気から見て、やはり日本人でしょう。
ただ、人形と一緒に日本から来たというより在満邦人から選ばれたのでは?とも想像します。当時の旅行は船に列車にと、なかなか体力をつかうものでしたので、人形と共にはるばる日本から女子を渡満させるのも無理があるか、と思われたからです。


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