長崎市・立山防空壕

長崎市の爆心地に近い場所に有る防空壕です。
県の重要施設を治めていた防空壕で、長崎の原爆投下をいち早く報告したところでもありま
す。長らく埋もれたままだったそうですが、先日、整備されて公開されました。
場所はこちらです。





長崎歴史文化博物館の裏、交番の後ろにあります。


入り口です。三つ並んでいます。
右が順路の入り口です。右から入って真ん中から出る順です。左側は入ってすぐに立ち入り禁止エリアになります。

入り口から。全体がカマボコ型になっていることがわかります。

入ってすぐに流し台と思われるものがありました。
全体的に丁寧なつくりで、こうした流し台もきちんと作ってありました。

ここで非公開エリア(中を覗き込むだけ)を紹介いたします。最初の平面図で、長官室(知事室)の下側になります。
順路からは廊下の突き当たりになります。
断面がカマボコになっていること、廊下がそのカマボコのてっぺんから片方へ寄った配置になっています。

これを模式図で示します。
かまぼこ方になっているのは、上からの圧力に耐えるための構造と考えられます。
また廊下も同時に形成されていますが、その壁は中央から片方へ寄っています。そのため、廊下の壁の片方が斜めになります。

では入り口から入って廊下をみてみます。まずは右を向いてみます。撮影場所
廊下の屋根の片方がとがっています。
ちなみに夏の暑い晴れ渡った日に訪問をしましたが、中は湿度がこもり、湿っぽい状態です。
足元には水が溜まっていました。

左を向いてみます。

大きさがわかりにくいかと思いますので、見物人さんを入れて撮影してみました。

では長官室(知事室)へ入ってみます。
天井がカマボコの形になっています。

続いて参謀室へ移動、振り返りましてドア越しに参謀長室、そして知事室を見ています。
右側に廊下が見えます。
またドアのところには木材が使われています。
鉄筋だけでなく、木材が支柱で用いられており、資材不足であったことが伺われます。

通信室
通信室です。
台座があり、大きな通信装置があったと思われます。

通信室から参謀室を振り返ります。

伝令室へすすみました。

壁には、配管や配線がかろうじて残っています。

伝令室から連絡通路を見ます。閉鎖エリアです。また左へカーブしているのがわかります。
右上に白くビニールチューブが設けられており、一般公開にあ
たって証明用の配線が新設されているのが見えます。これは先の平面図で斜めになっているトンネルへつながっています(非公開エリア)。トンネル右側の証明用配管は蛍光灯二つにつながってさらに奥に伸び、上にカーブして曲がっています。恐らくそこが連絡通路の出口です。

廊下には通気孔通が二箇所ありました。
通気孔はふたつとも立ち禁止にしていしてありました。
またいずでもはしご段が設けてあり、脱出孔として使えるように考えられていたものと思われます。

もうひとつの通気孔。
どちらも扉がついたようですが、残っているのは片方だけです。

通気孔を見上げてみました。
と申しましても、立ち入り禁止ですので、カメラを差し込んで撮影しています。
円筒形です。

では、一旦外に出まして、図面で左側斜めに示されているエリアを見てみます。
ここも立ち入り禁止エリアで、入り口から覗き込むだけです。
図面では3部屋ほど点線で示されていますが、ご覧のひとつの大きなトンネルを壁か何かで部屋割りしていたものの様です。
突き当たりの壁に、四角く通気孔と思われますものが見えます。右側の壁、奥の方に連絡通路の出口(白い電気の配管が出てきているのが見えます)がかろうじて見えます。


→廃虚近代遺跡目次へ戻る

→みに・ミーの部屋に戻る