マザー・シュライン&母堂のサマディ                                                                

 

バガヴァンの母堂はサニャーシンとなり、息子に帰依し生活を共にしていましたが、1922年5月に亡くなりました。死の直前にバガヴァン自らの手で「モクシャ」を与えられ「解脱」したことになっているので、母堂も聖者に位置づけられます。

当時はスカンダ・アシュラムに集まって住んでいたのですが、「アルナーチャラ山には遺体を葬ってはならない」というしきたりがあり、母堂の遺体をどうするのか?が問題になり、結局パリ・ティルタム(沐浴場)のそばのこの地(当時はただの空き地)に葬り、サマディが作られました。

同年12月以降バガヴァンはこちらに留まられてしまったので、結局全員がこちらに移動してきました・・・・これが現在のラマナ・アシュラムの始まりといえます。

というわけなのでアシュラムで最も古い部分になります(この建物全体が一度に完成したのではありませんが)。

 

 

        ニューホール側からの入り口です。

マザー・サマディの外観。1949年完成。様々な装飾があり、

アシュラム内で一番「インドチック」な場所ですね・・・。

この奥に母堂のリンガムが安置されています。

「シュリ・チャクラ・プージャ」(アシュラム通常行事の一つ)は

ここで行われます。立ち入り禁止ですが、写真撮影は自由です。

暑いですがここで瞑想している人もいます。

サマディ正面右側の「踊るシヴァ像」(中央)。右隅にはタミルの地元の神様九尊が安置され、ここをプラダクシナする人も多いです。

この左側にサマディ・ホールへの出入り口があります。