エッセイ 「余はいかにしてラマナ信奉者となりしか?」

 

 

 

このエッセイを書き始めたのは2004年1月に「臨在」サイトを立ち上げて間もない頃であり、当初はこのコーナーにて過去のアシュラム滞在の思い出を始めラマナ・マハルシやアルナーチャラについて、あるいはインドにおける様々な体験や感想などを書き綴っていこう!!・・という趣旨でした。

 

しかしその後書き始めた「アルナーチャラ滞在日記」もサイト立ち上げと同じく04年の滞在時からスタートして現在まで続いており、他にブログ記事も随分の量を書く結果となりました現状にあっては、

「あれやこれやを書こう!!」という当初の意図はブログの方に移行しました→     (「ラマナ・アルナーチャラとは無関係」な雑多なる話題も多くなりましたが・・笑)。

 

 

 

 

そしてこのエッセイは、私が96年1月に初めてアルナーチャラを訪問した際の故・柳田侃先生(日本ラマナ協会会長・甲南大学名誉教授)との出会いと翌年の再会、そしてその際に「留守番屋」を打診された場面まで書いたところで中断することとなりました。

執筆当時は「留守番屋」時代からまだ3年ほどしか経過してない時分でしたが(柳田先生もご存命でした)、既に18年という歳月が経過した現在となっては細かい記憶がかなり薄れてきてしまいました・・(笑)

そんな理由もあって今更この続きを書こう・・という気持ちにもなれずに、これまで放置してきた次第です。

 

 

しかしながら、時折「あのエッセイの続きはどうなってますか?」「続きが読みたいです!」というようなご連絡を頂いたりもしまして、

そんな折に、「私がいかにしてラマナ信奉者となったのか?」という命題に関しては、いくらでも熱烈に語ることが出来るのである!!・・・・と、あらためて自覚してみますと単に「留守番屋」時代の回顧的記事ではなく、まさしく題名通りに、

 

「私がどのような経緯を経て、熱烈なる『ラマナ=アルナーチャラ信奉者』となっていったのか?」

 

ということをメインテーマとして全体を再編成し、今日に至るまでの歳月を振り返っての出来事や感想について、これまでに書いた記事を修正加筆した上であらためて新しい文章を書いてみる・・・というのはどうだろうか?

 

・・というアイディアが浮上してきまして、このたびコーナーをリニューアルして執筆再開することになりました!!

 

これはもう完全に「個人的な事情」を全面開示したものであり、決してアートマ・ヴィチャーラ(真我の探求)という営為へのガイダンスではありませんが、

 

「ラマナ・アルナーチャラに興味を持ち始めた方」にとっては「バクティ」という営為、そしてかの比類無き「臨在と恩寵」というものへのアプローチについて、「副次的な参考事例」としてはそれなりに意義がある・・・ということにもなろうか?

 

と思われますので、機会がありましたらあらためて第1回記事からご覧いただければ誠に幸いであります。

 

 

 

 

004年3月、サイト立ち上げから程なく執筆した4編

                         

  1. 余はいかにしてラマナ信奉者となりしか?                
  2. 余はいかにしてラマナ信奉者となりしか? その2
  3. 余はいかにしてラマナ信奉者となりしか?その3
  4. 余はいかにしてラマナ信奉者となりしか? その4

 

 

2015年6月 コーナー再構成の上で執筆再開しました!!

 

  1. 余はいかにしてラマナ信奉者となりしか? その5  
  2. 余はいかにしてラマナ信奉者となりしか? その6 
  3. 余はいかにしてラマナ信奉者となりしか? その7  
  4. 余はいかにしてラマナ信奉者となりしか? その8 
  5. 余はいかにしてラマナ信奉者となりしか? その9
  6. 余はいかにしてラマナ信奉者となりしか? その10

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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