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ツールスレン博物館

 市内の中心部にある元学校の校舎が、ポルポト時代に刑務所として使われた。ここに収容された2万人のうち生還できたのはたったの6人だったという。ポルポト時代、無意味な虐殺はカンボジア全土で行われた。二度と繰り返してはならない愚行であり、残虐行為を後世に伝えるための博物館として公開されている。しかし戦争は続き、民族対立による虐殺は今も世界の各地で進行している。

 ここには以前虐殺現場から発掘された骸骨で作られたカンボジアの地図があった。その展示には賛否両論があり現在は撤去されている。

 入場すると南からA,B,C,D棟と4つの建物が並ぶ。A棟は尋問室、B棟には殺された人々の写真が並べられ、C棟には独房が並び、D棟には拷問の様子が描かれた絵画や道具が展示されている。D棟では映画の上映も行われているがカンボジア語で英語の字幕も表示が速く理解するのは難しかった。

ちなみにトゥールスレンと表記されている例が多いが、ここではツールスレンと表記している。



 入場して向かいに建つB棟。緑の芝生の向こうの、当時のままの傷んだ建物は、明るい夏の日中でも幽霊でもでそうな雰囲気だ。2004/8


 拷問室。鉄パイプのベットがポツンと置かれている。1979年、ポルポト軍が逃走した後、このベッドの上には遺体が横たわっていたという。2004/8


 ここで宙吊りの刑、下のカメでは水責めが行われたと言う。2004/8


 ここに並ぶ写真の人はみんな殺された。こうした写真がどこまでも並ぶ。2004/8


 殺された様子も写真で残っている。2004/8


 キリングフィールドで発掘された犠牲者の遺骨。2004/8


 独房。校舎の教室に壁をこしらえ、狭い空間を作り囚人を押し込める。2004/8


 独房。こちらはレンガ造りの壁。2004/8


 独房に拘束された様子の絵。排泄物は垂れ流し、食事はわずか、カンボジアの暑い日々、この狭い空間に足枷をして閉じ込められる。どのような心理状態になるのだろうか。とても想像がつかない。2004/8