石北本線はなぜ高速化されないのか?





  序〜〜素朴な疑問
  JR北海道の特急網
  JR北海道の気動車特急略史
  走る281・283系/地道に稼ぐ 183系
  意外に高い「オホーツク」の収益力
  実は容易な石北本線の高速化
  むなしく荒れ野となるよりも
  補遺−−14系寝台車その後




■序〜〜素朴な疑問

 筆者は既に、
ちほく高原鉄道と夜行オホーツクに関する記事を書いている。この記事で「北見を発着する流動そのものが劇的に細り続けていると考えざるをえない」とほぼ断定形で書いてしまったものの、実は確度の高いデータがあるわけではなく、本当にそうなのか疑問がないわけではない。また、エル・アルコン様の記事では、特急オホーツクは旧態依然たるサービス水準で放置されている実態が示され、さらに網走支庁における鉄道全廃の可能性まで示唆された。

 網走支庁での鉄道全廃はさすがに極論だろうと思いつつも、その一方で石北本線が高速化されないのはなぜか、という疑問が湧いてくる。沿線人口がより稀薄な宗谷本線でさえ高速化がなされた事績と対比すれば、石北本線のサービス水準が進化していない現実は、不可思議でさえある。

 そこで本論では、石北本線が未だ高速化されていない理由について、考察を加えることにする。ただし、裏づけとなる情報やデータが存在しないため、周辺の一般的な情報からの推測・類推によらざるをえないので、予め御承知おき願いたい。





■JR北海道の特急網

 JR北海道の特急網を、以下に模式的に示す。なお、線の太さは平成18年 3月ダイヤにおける通過車両数(通常期ベース)に比例している。

JR北海道の特急網

 このように図で表現してみると、北海道内での需要の実態がよく見えてくる。突出して太いのは札幌−旭川間、これに次ぐのが札幌−東室蘭−函館間、及び札幌−帯広−釧路間である。これらと比べると、旭川−網走・稚内間の需要は如何にも細い。もっとも、この図のスケールでは石北本線と宗谷本線の需要差が見えにくいので、数字で表現してみよう。

  石北本線:「オホーツク」  4両編成× 8本=32両

  宗谷本線:「スーパー宗谷」 4両編成× 4本=16両
       「サロベツ」   3両編成× 2本= 6両
       計               22両

 JR北海道が設定する通過車両数は概ね需要に対応していると考えられる以上は、石北本線と宗谷本線とを比較すれば、需要に大きな開きがあるといわざるをえない。宗谷本線では高速化が功を奏し増結が日常化しているので、その差がかなり縮まっている点に留意すべきだとしても、石北本線沿線での需要はなお底堅く、宗谷本線にまさる太さがあると考えるべきであろう。

 沿線都市の人口を比べても需要差は明瞭で、
  石北本線:北見市13万人 網走市 4万人
  宗谷本線:名寄市 3万人 稚内市 4万人
 平成大合併の前から既に十万都市であった北見市を終点近くに擁する石北本線の方が、鉄道路線としては明らかに恵まれているといえる。しかしながら、それならばなぜ、石北本線に梃子入れがされず、宗谷本線が高速化されたのか、疑問が募るばかりではないか。





■JR北海道の気動車特急略史

 C623 道内では昭和40年代後半まで蒸気機関車牽引急行列車があった(苗穂工場にて・平成18(2006)年撮影)

1)前史
 国鉄時代、北海道の気動車特急は82系で運行されていた。82系という車両は、最高速度・加減速性能・勾配均衡速度など性能のあらゆる面において、同世代の特急電車と比べて遜色があった。北海道の鉄道は、幹線といえども単線・急勾配・急曲線区間が随所に介在しており、特急といえども表定速度は必ずしも高くなかった。
 なお、当時の北海道の気動車特急としては、
   「おおとり」(函館−札幌−釧路間)
   「おおぞら」(札幌−釧路間)
   「北斗」(函館−東室蘭−札幌間)
   「オホーツク」(札幌−網走間)
 などが挙げられる。

 82系先頭部 82系先頭部(苗穂工場にて・平成18(2006)年撮影)

2)183系0番台
 老朽劣化著しい82系を置換するため、昭和55(1980)年に 183系 900番台(試作車)が投入された。翌昭和56(1981)年には石勝線が開業し、これとほぼ時を同じくして 183系 0番台(量産車)が投入されている。
  183系 0番台の先頭車形状は無骨なスラントノーズで、筆者のあくまでも個人的感覚としては好みなのだが、おそらく経営状況が厳しいなかでコストダウンを図るための措置であったものと推測される。 183系 0番台の増備によって、82系は活動範囲を狭めることになった。
 82系と比べれば飛躍的な出力向上が図られた 183系 0番台であるが、性能面では電車になお届かず、高速化という観点からはまだまだ見劣りするものであった。
 (※エンジン換装等により派生番台が発生しているが、オリジナルの 0番台として扱う。以下同じ)

 183系0番台 183系0番台(函館にて・平成17(2005)年撮影)

3)183系500番台
 国鉄時代最末期にあたる昭和61(1986)年11月のダイヤ改正にあわせ 183系 500番台が投入された。これにより、82系は定期列車の運用から離脱した。 183系 500番台は 0番台とも混結が可能である一方、外観や接客設備(特にグリーン車)が大きく異なるため、別形式を与えてもよかったかもしれない。
 国鉄分割民営化後の昭和63(1987)年 3月のダイヤ改正では、青函トンネル開業という一大エポックの陰に隠れ目立たなかったものの、一部の「北斗」で最高速度 120km/h運転が始められている。このダイヤ改正では軌道側の改良も図られており、曲線のカント扛上・緩和曲線の延長・ポイントの番数アップなどが行われた。最速達の「北斗」では、停車駅を絞りこんだこととあわせ、札幌−函館間の表定速度が90km/h台に達している。
 183系500番台 183系500番台(函館にて・平成18(2006)年撮影)

4)281系
 JR北海道発足後最初の新系列特急用気動車として開発されたのが 281系である。 281系は先行試作車を経て、平成 6(1994)年 3月のダイヤ改正から「スーパー北斗」に投入された。
 この改正では、3)で記した軌道側改良の深度化もさることながら、車両側の性能向上が大きく効いている。最高速度 130km/h運転と制御振子機能によって、 183系 500番台をはるかに上回る電車なみもしくはそれ以上の高性能を発揮し、高速化が果たされた。現在のところ「スーパー北斗17号」は函館→札幌間の所要時間が 3時間ジャスト。表定速度は 106.2km/hにも達し、在来線としては驚異的な高速度を発揮している。
 定期運用 3編成に予備 1編成が在籍、「スーパー北斗」 5往復10本の運用に就いている。なお、後述する 283系との混結も可能である。
 281系 281系(平和にて・平成17(2005)年撮影)

5)283系
  281系をマイナーチェンジした改良系が 283系である。制御振子機能の傾斜角が 281系と比べて深く(5→6°)なったため、車体断面が異なっている。平成 9(1997)年 3月のダイヤ改正から「スーパーおおぞら」に投入されたのち札幌−帯広間「スーパーとかち」にも投入されたほか、「北斗」の 183系を置換し「スーパー北斗」の増発にも充てられている
 この改正では、石勝線・根室本線でも軌道側改良が行われている。ただし、函館本線・室蘭本線での改良はJR北海道の自助努力によっているのに対し、石勝線・根室本線では国や北海道などからの補助を受けているという点が大きく異なる。
 定期運用 6編成に予備 2編成が在籍し、「スーパーおおぞら」 6往復12本、「スーパーとかち」 2往復 4本、「スーパー北斗」 2往復 4本の運用に就いている。なお、既述したとおり 281系との混結も可能で、「スーパー北斗」では極めて柔軟な運用も見られる。
283系   283系+281系
283系(平和にて・平成17(2005)年撮影) 283系(手前)と281系(奥)の混結(函館にて・平成18(2006)年撮影)

6)261系
 JR北海道の需要の太宗を担う「北斗」「おおぞら」系統とは異なり、需要が段違いに細い「宗谷」系統では、優等列車とはいえ急行にとどまっていた。国鉄時代から通じて、56系気動車→14系客車→40系気動車改造と推移しており、試行錯誤というよりむしろ暗中模索、コストをかけず最低限のサービスを維持することが主眼であったように見えるほどであった。
 40系系気動車改 かつて「宗谷」に充てられたキハ480(苗穂工場にて・平成18(2006)年撮影)

 「スーパー北斗」「スーパーおおぞら」の成功は、札幌からの時間距離が特に遠い稚内において「宗谷」高速化のニーズを惹起した。費用対効果が厳しいなかで、石勝線・根室本線と同様のスキーム導入が実現したことは注目に値する。もっとも、初期投資を抑えるため、軌道側の改良は旭川−名寄間にとどまっている。投入された新系列特急用気動車も、振子機能を省くかわりに空気バネによる車体傾斜機能を有する、経済設計の 261系である。 261系は、平成12(2000)年 3月のダイヤ改正から「スーパー宗谷」に投入された。
 定期運用 2編成に予備 1編成が在籍、「スーパー宗谷」 2往復 4本の運用に就いている。なお、「サロベツ」「利尻」には 183系 500番台が充てられた(現在「利尻」は季節臨に格下げされている)。
 261系 261系(札幌にて・平成17(2005)年撮影)





■走る281・283系/地道に稼ぐ 183系

 ここまでの略史を概観すると、 183系と281・283系の現状について、以下のように要約することができるだろう。

 まず 183系について。82系を予備車に追いやったことから、 500番台が投入された時点で既に、北海道内における特急網の需要を満たすに足る車両数が揃っていたと考えるべきであろう。

 そして281・283系について。その高速性能もさることながら、「スーパー北斗」で日に二往復、「スーパーおおぞら」で日に一往復半する健脚ぶりは凄まじい。しかも予備編成はほとんど最小限と思われる。そんな281・283系の存在は、全力で走り回るJR北海道の稼ぎ頭とも形容できる。裏返していえば、281・283系は徹底的に酷使されているわけで、高速化のさきがけ 281系ではエンジンの傷みがひどく、わずか十年余の使用だというのにエンジン換装が施されている。

 しかしながら、新鋭車を酷使する姿勢には、無理――より正確にいえば余裕のなさ――が伴っていることにも留意すべきであろう。以下に示す写真は、 183系5200番台「ノースレインボー」編成であるが、この列車は実に定期「スーパー宗谷 1号」なのである。 261系が故障したか、あるいは悪天による列車運休の影響か、ともあれ正規の車両を充てられなかった状況が現実にあったのだ。「ノースレインボー」はかなりの高性能車両とはいえ、走行性能は 261系と比べ劣るものがあり、旭川到着時点で遅れが出ることになったはずだ。そんな車両を代車に充てなければならない点に、JR北海道の余裕のなさが透けて見える。これは極端な事例かもしれないが、予備車が極小化された体制においては、不慮の事態に対応する余力に欠けざるをえない。いくら走って稼いでも、高転びに転ぶおそれ、なきにしもあらずである。

 183系5200番台  183系5200番台
 「スーパー宗谷」代車に投入された 183系5200番台(札幌にて・平成18(2006)年撮影)

 これに対し、所要数を満たしている 183系のなかに281・283系が投入された点、高速化によって運用数が減った点をあわせて考えれば、旧型車の 183系には相当数の余剰が発生しているとみなすべきであろう。 0番台で25年、 500番台でさえ20年が経過している今日において、 183系は立派な老朽車両の一党といえる。実際のところ、900・0番台には廃車も発生している。しかし、置換が進む気配は今のところ見当たらない。「とかち」に残る 183系編成の帯広側先頭車などは、未だに 0番台が充てられているほどだ。

 183系0番台 「とかち」同様に「まりも」釧路側先頭車も183系0番台(札幌にて・平成16(2004)年撮影)

 「北斗」でも修学旅行臨は未だに 0番台が充てられているし、「北斗星」札幌−函館間が運休になった際には 0番台改造の 100番台が連絡列車の先頭に立ったこともある。

 183系100番台 「北斗星」連絡列車先頭の183系100番台(札幌にて・平成18(2006)年撮影)

 老朽劣化が進み、かつ大量の余剰が発生しているというのに、JR北海道はなぜ 183系置換を進めないのか。単純化した表現は危険であるが、要するに投資余力が乏しかったのであろう。 183系は大多数が国鉄時代の製造、償却はとっくに終えている。メンテコストが嵩んでこない間は、客単価の高い特急列車の利用者を乗せ、地道に稼ぎ回るという寸法だ。増結・増発が簡単で、柔軟な機動力がある点も、JR北海道にとってはメリットだ。

 183系0番台 しぶとく残存する183系0番台原色塗装車(函館にて・平成18(2006)年撮影)





■意外に高い「オホーツク」の収益力

 ここまで書き進めてみれば、石北本線が未だに高速化されない理由がなんとなく見えてくるが、念のため平成18年 3月時点の「オホーツク」のダイヤを確認してみよう。

下り
駅名1号3号5号7号
札幌発0721094115161730
旭川発0858111416541905
北見発1157141919582208
網走着1246150920482258

上り
駅名2号4号6号8号
網走発0623093013291719
北見発0712101914191809
旭川発1011131117122100
札幌着1146144618432238


 札幌−網走間の全線を見れば、所要時間は 5時間14分〜32分であり、網走が如何に遠隔の地にあるかが理解できる。高速バスが相手ならばともかく、航空に対して競争力を持ちうる時間距離とは到底いえないところだ。とはいえ、網走支庁最大の都市は北見であって、札幌−北見間だけをとりあげれば所要時間は 4時間24〜42分となる。北見から女満別空港へのアクセスなどを考えれば、条件は必ずしも不利ではない。イメージとして近いのは、82系時代の札幌−函館間であろう。

 JR北海道の特急列車は航空・高速バスと厳しく競合している、とみなすのが一般的な認識であろう。しかし、筆者の実感からすれば、北海道における鉄道・航空・高速バスの利用者はそれぞれキャプティブであるように思われる。高い運賃を払っても速達性を優先する利用者は航空、速達性より安価な運賃を優先する利用者は高速バス、鉄道はその中間層、といった固有選択傾向があるのではないか。シェアは逐年変動するにせよ、エポックがない限り劇的な変化があるとは考えにくい。

 以上を総合すれば、ある程度まとまった需要を確保している限りにおいて、JR北海道は「オホーツク」に積極投資するはずがない、ということが結論(あくまで推論だが)になる。償却を終えた 183系 0番台を用い、客単価の高い利用者を乗せ、地道に稼ぎ続けるという戦術が、JR北海道の「オホーツク」に対する基本スタンスであろう。しかも実際のところ、特に「オホーツク 3号」では満席となる日が多く、しっかり稼いでいることがうかがえるのである。





■実は容易な石北本線の高速化

 前項まで記してきたのは推論に基づくJR北海道の姿勢だが、北海道ほか沿線自治体には別次元の考え方が成立しうるだろう。宗谷本線の高速化を具体化させた一方、石北本線は旧態依然のままというのは、地域間バランスという観点からも不可思議である。

 軌道側を改良するという前提に立つ限り、石北本線の高速化は至難であることは確かである。石北本線は全線単線で、全区間に渡り急曲線が介在している。曲線のカント扛上・緩和曲線の延長・ポイントの番数アップなどの既存手法は、即ち路線再構築とほぼ同義である。石北本線程度の需要では、費用対効果が悪すぎ、実現可能とは到底いえない。

 だからといって、石北本線高速化は不可能ではない。むしろ、容易に実現できるとさえいえる。なぜならば、 281系以降の車両を導入すれば、札幌−旭川間での 130km/h運転によって10〜15分程度の所要時間短縮が可能だからである。旭川−網走間でも、低重心化による曲線通過速度向上(振子機能を駆使する必要は実はない)、急勾配区間での均衡速度向上などにより、10〜30分程度の所要時間短縮はすぐできるだろう。この点が認識されているからこそ、北海道ほか沿線自治体が動かないのだと、筆者は見る。

 あとは如何なるシナリオで新車導入を図るか、である。特急としての 183系の耐用年数は今後 5〜10年程度以内であろうから、早々に置換を図らなければなるまい。筆者の個人的希望を織りこんでいえば、今日開発が進められている 283系後継車を「スーパーとかち」に投入し、現在の 183系「とかち」を駆逐するとともに、「オホーツク」と共通運用化し予備車の軽減を図りつつ 2編成を石北本線に投入、「オホーツク」 3往復 6本の高速化を実現したいところだ(※ただし現 5号の札幌発時刻を12時前後にするダイヤの見直しが必要)。





■むなしく荒れ野となるよりも

 もっとも、JR北海道は 283系後継車を「スーパー北斗」に投入し、 183系 500番台を「オホーツク」などに転用、老朽劣化の進んだ 0番台を玉突きで廃車する、という選択をするかもしれない。その場合石北本線の高速化は、281・283系がじゅうぶん老朽車の域に達し、「スーパー北斗」「スーパーおおぞら」から置換の対象となる約10年後以降のことになってしまうだろう。それでは如何にも遅すぎる。

 そもそも現状の「オホーツク」では、札幌から北見まで 4時間以上を要しており、今日的感覚を有する利用者にとって、北見への距離「感」はかなり遠いといわざるをえない。しかも、人口がより少ないとはいえ、支庁が立地する行政中心地の網走まではさらに遠いのだ。この時間距離そして距離「感」は、北見・網走の衰退傾向を加速させている要因の一つでは決してないと、言い切ることが可能だろうか。

 経営環境が厳しいJR北海道が、国鉄時代からの車両を大事に抱え、少しでも高い収益力を確保したいという発想そのものは理解できる。企業としては、むしろ正当な経営努力であるとさえいえるだろう。しかしながら、それが北見・網走の地域としての利益に相反するならば、いささか微妙な問題が含まれるといわざるをえない。

 「スーパー宗谷」札幌−稚内間の所要時間は 4時間57〜59分。辛うじてだが、全列車が 5時間を切っている。そう、JR北海道は閾値を超えることの重要性をよく認識しているはずなのだ。「オホーツク」札幌−北見間の所要時間が 4時間を切るならば、少なからぬインパクトをもたらすであろうことも理解できるはずなのだ。それは単に航空・高速バスとの競合に勝つだけではなく、需要をより太くするという果実をもたらすはずなのだ。

 夜行「オホーツク」は季節臨に格下げとなり、おそらく遠からぬ将来、全廃に至るものと思われる。需要が細りつつある現状では、投資を抑制するだけでなく、縮小均衡に走るのは当然の選択かもしれない。だが、今の行いは、沃野から濫獲を続け、荒れ野となるにまかせるような感じが伴う。これは砂漠化ともいう。施肥をしなければ畑は荒れ、いずれ不毛の地になり果ててしまう。畑がむなしく荒れ野となるのを傍観するのは、あまりにも忍びない。貧しても貪することなく、細々であろうとも施肥を続け、畑を維持してもらいたいものだと、切に望む次第である。

 14系 運用を離れた14系寝台車(函館にて・平成18(2006)年撮影)





■補遺――14系寝台車その後

 「利尻」と夜行「オホーツク」は季節臨時列車となったが、その後のダイヤを見ると、両列車の間には相当な差があることがわかる。「利尻」は「はなたび利尻」と改名され、7〜8月の観光ハイシーズンには毎日運行された。寝台車が満席となる日も少なくなかった様子で、稚内が遠隔地であるだけに、夜行需要が底堅く存在していることがうかがえる。これに対し、夜行「オホーツク」は冬期のみの運行であり、流氷シーズンに合わせた設定と思われる。

 ここで気になるのは、「はなたび利尻」と夜行「オホーツク」の運行時期がラップしていない点だ。ごく単純にいえば、JR北海道の気動車夜行列車は 1往復削減され、 2往復体制になったようなものだ。車両の必要編成数は、列車 1往復分即ち 2編成が削減されたことになる。

 以上を考えれば、 183系に併結可能な14系寝台車は 2両以上が余剰となるわけだ。その余剰となった寝台車は、元の運用とまったく無縁な函館まで回送された。函館の留置線には 183系原色塗装車(最若番車でもある)などが予備編成として待機しており、同じ予備編成として控える形ならば、留置場所が遠いというだけで驚くにあたらない。しかし現実には、14系寝台車は五稜郭の側線に押し籠められてしまった。そこは事実上、車両の墓場なのである。しかも最近この側線からも姿が消えていることから、廃車解体に至った可能性が極めて高いと指摘せざるをえない。

 14系 運用を離れた14系寝台車ほか(五稜郭にて・平成18(2006)年撮影)

 仄聞するところによれば、平成 3(1991)年に始まった、14系寝台車の気動車併結改造時点で既に、老朽劣化は相当進んでいたという。14系寝台車の製造初年は昭和46(1971)であるから、それも無理からぬことか。改造から15年を経た今日では、老朽劣化がさらに進んでいることは、想像に難くない。

 ひょっとすると、14系寝台車の一部は、もはや営業運転に耐えられないほど老朽劣化が進んでいたのかもしれない。それゆえ運用から外す必然性があり、結果として気動車夜行列車を削減する必要に迫られた、とも考えられる。本末転倒な話ゆえに、そうではないと信じたいが、車両を使えるだけ使い倒すJR北海道の姿勢を見ていると、あながち無茶な着想ではないかもしれない。

 車両に合わせて列車を設定するのではなく、求められる需要に対して必要な列車を設定するのがほんらいの大原則であるはずだ。夜行列車の需要が細っていることは事実であり、縮減傾向はやむをえないとしても、昼行「オホーツク」には高性能車両を投入したいものである。ピカピカの新車がほしい、といった贅沢はいわない。せめて函館本線に最新鋭車両を投入し、余剰となる 281系を回すくらいの手当をしてもらいたいものだ。それとも、そんな程度でも石北本線にとってはかなわぬ夢なのだろうか。

 14系 運用を離れた14系寝台車(五稜郭にて・平成18(2006)年撮影)





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参考文献

 (01)「鉄道総合年表1972-93」(池田光雄)

 (02)鉄道ジャーナル第474号(2006年 4月)
   「特急おおぞら誕生から45年――道内優等列車網の移り変わり」(五嶋健次)