ネパールボランティア旅行

2005.11.2〜11.13

ナマステ                                     背景の山はエヴェレストです

      ようこそ  ネパールのページへ

今回の旅行は「ネパールの人々を支援する会」として3度目のネパール訪問で、支援している学校を訪問したほかネパールの人たちや世界文化遺産に触れ、理解と交流を深めてきました。この会はネパール人留学生を支援するほかカトマンズ盆地内にある学校で学ぶ学童たちのために奨学金制度を設けて勉学の支援をしています。
     マウンテンフライトで見たエヴェレスト

ネパールという国
世界の屋根ヒマラヤ山脈を挟んで北は中国、東西と南はインドに挟まれた、北海道の2倍程度の内陸の小国です。南北150キロメートルの中に、海抜60メートルから8848メートルのエベレストまでと標高差からくる多様性で、亜熱帯気候から北極性気候までの変化に富んだ自然条件を有しています。
日本からは、直線距離で5250キロメートル、時差はマイナス3時間15分です。

稲わらを運び出す農夫主な産業は農業と観光ですが、国土のほとんどが山や丘陵地帯であり、農業は 厳しいものであるようです。

人種的には多民族国家で、インド系とモンゴロイド系が交じり合った様相です。インド人似もいれば、日本人似の人もいて親しみを感じます。ヒンズー教と仏教が仲良く共存しているのも、神社もお寺も参拝する日本に似ているのかもしれません。、でも、人の数よりも神々の数が多いと言われているネパールでは、信心の深さでは日本人の比ではないようです。
人柄は穏やかで人懐っこく、ナマステと声をかければ、必ずといってよいほどにナマステと返ってきます。特に日本人には好意的のようで、自由行動日に頼んだガイド(パタンの日本語学校で学んだ)は、生まれ変われるならば日本で生まれたいと言っていました。(お世辞も入っているのでしょうが。)
このガイドは日本語がとても上手で、我々に「奥様は鬼の居ぬ間の洗濯ですね」とか、ネパールの王様のことを尋ねたら「壁に耳あり」と言ってノーコメントでした。
この独裁者であった王様も、民衆の力に屈して政治を国民に渡したので、これからのネパールは少しはよくなるものと期待しています。

バクタブル郊外の商店.
ネパールの主食ダルバードは野菜中心の健康食といった感じで、何を食べてもカレー味?の印象でしたが味はまずまずです。カトマンズでもポカラでも日本料理や中華料理でもその気になれば何でもあります。アルコール類ではエベレストビールやサンミゲルビールはいけます。しかし、ロクシーは私には強すぎて口にできませんでした。

ネパールは2003年のユニセフ統計によりますと、国民石を砕く夫婦一人当たりの所得が約250米ドルで、世界最貧国の一つです。成人の識字率は男性68% 女性28%と言われていますが、カトマンズ周辺と山地の僻地との格差は大きいようです。

左の写真はカトマンズからポカラへ向かうハイウェイの脇で、河原から引き上げた石をハンマーで割る作業をしている夫婦です。2年前に通った時と同じように作業をしていました。
ここではまるで時間が止まったかのようでした。

カトマンズ市内のTシャツ屋

カトマンズ
カトマンズ観光の拠点となっているダルバード広場には、ツーリストとそれを目当てのみやげ物売りの人でいつも賑わっています。街中はタクシー、オートバイ、リクシャーが警笛を鳴らして走り回り、とても活気にあふれています。世界遺産の建物などを眺めていると、みやげの物売りが「10枚千円」などと言ってすぐに寄ってきます。
ダルバール広場で客待ちのリクシャ
みやげ物店では「見るだけ」と呼び込みがあり、商品の値段はすべて相対での値決め交渉になります。最初は戸惑いながらも慣れてくると、ゲーム感覚で交渉が楽しめます。
露店以外のほとんどの店で、現地通貨のルビーでなくても、ドルでも円でも買い物ができます。

日本の感覚で値段を見るととても安いですから、トレッキング用品などは露店で売られていた雑誌お買い得です。
しかし、カトマンズの騒音とほこりと臭いには悩まされます。

露店の本屋で小泉首相を
表紙にした雑誌が売られていました。





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