松平太郎の手紙   現在4通

少ないようで案外あった太郎さんの手紙。超簡易現代語訳版。
今んとこ蝦夷共和国時代の書簡しか知らない…。

【参考文献】
『箱館戦争史料集』 『北海道郷土史料』


明治元年11月7日 古屋佐久左衛門へ

お手紙差し上げます。
厳しい寒さの中、長い間(鷲の木に)待機されていること、ご苦労様です。

五稜郭は知っての通り(手に入れ)、その後は松前に進軍し、
これも予定通り上手く行き、同じく勝利しました。

また、松前藩の兵達は江差へ退却したので、すぐに江差へ出陣するようです。
それで、附属隊(箱館隊)のうち、永井(蠖伸斎)が率いる隊(衝鋒隊)3小隊と、
松岡(四郎次郎)率いる隊(一聯隊)1大隊は文月村の隣の一の渡と言う所から江差方面へ向かい、
松前からは彰義隊を江差に進軍させる予定です。

また、永井が率いる隊のうち2小隊は、
回天丸に乗り込んで津軽(青森)の方へ昨夜出航しました。

あなたの隊(衝鋒隊)は長い間とても寒い場所に待機しているので、
なんとか都合をつけて交代の隊を向かわせたいと思っているのですが、
いろいろなところに(各隊が)出陣しているので、すぐには交代の隊を向かわせられません。
あともう少しだけ我慢して待機して、榎本(武揚)から頼まれた事(鷲の木警備?)をやっていてください。

さらに、あなたの隊(衝鋒隊)の歩兵用の服を注文し、
すでに今回江差へ向かう隊(永井隊)だけには渡しましたので、
(服が)出来ましたら、そちら(鷲の木)にもすぐに渡します。そう思っておいてください。

(そちらの)費用が足りないとは思っていますが、いろいろ工夫して少しは渡せるので、
受け取り人は亀田(五稜郭)まで来てください。
五稜郭や松前は手に入れましたが、金などは全く無く、運営費がとても足りずに困っています。

1.榎本からも(あなたに)よろしく伝えてくださいと言っていました。他のみんなも同じです。

1.外国との交際も全て上手く行って、
現在イギリス・フランスの軍艦が(箱館港に)泊まっている他に変わったことはありません。

鷲の木の方は異状ありませんか。何かあれば教えてください。
こちら(箱館)からも変わったことがありましたら、知らせます。
この通り、伝えたいことはこのような次第です。では。

   11月7日   松平太郎より   古屋作左衛門様へ

追伸

身体を大事にしてください。
くれぐれも手紙に書いた通り、あともう少しだけ我慢して鷲の木方面の警備に務めてください。
では。

※蝦夷地に上陸した旧幕府軍は、箱館が無事手に入るまで、鷲の木を本陣としていました。
そこで古屋作左衛門さん率いる衝鋒隊が本陣の警備(留守番)を担当することになったんです。
衝鋒隊の一部は永井蠖伸斎さんを隊長として、箱館攻めや松前攻めに出陣しました。
そのあいだ、古屋作左衛門さん達はずっと鷲の木にいるわけです。
海軍もほとんど箱館に行っちゃってる頃で、真冬だし、かなり辛かっただろうなぁ…。
松平さんの言っている「服」ってのは、きっと防寒のためのものだと思います。


明治2年3月3日 松岡四郎二郎・小杉雅之進へ

お手紙差し上げます。
先日、イギリス船の入港についての新聞は、泉州(榎本武揚)から(内容を?)聞いて、
また、この船に乗って来た回送役の町人を呼び出して、だんだん問いただしていったところ、
江戸や向こう(本州)の様子が詳しくわかりました。

近いうちに(新政府軍が)襲来するに間違いありませんので、総裁(榎本)と私は、戦略についてブリュネに相談するため、
大島寅雄をそちら(江差)に向かわせました。詳しくは大島寅雄より聞いてください。

これについては特に言うまでもないですが、そちらの防御は厳しく固めるようにして、
きちんとやっておいてください。

こちら(箱館)は全て大丈夫だとは言えないですが、だいたい整っています。
とにかく今月の中旬には必ず(新政府軍が)襲来すると考えられます。
江差に出陣している砲兵隊や工兵隊にも、(この事を)覚悟しておくよう話しておいてください。
この事をお伝えしました。では。

   3月3日

追伸。身体を大事にしてください。

大鳥君は今、松前に滞在していると思っているので、手紙を書きませんでした。
もし江差に(大鳥君が)滞在しているなら、手紙の内容を話してください。では。

   太郎より   (松岡)四郎二郎様  (小杉)雅之進様へ

※ブリュネさんはこの時江差に滞在中。


明治2年4月5日 天野新太郎・永井蠖伸斎へ

さて。
イギリス船アルピヨンは石炭を積み込んで3日に出航したのですが、
今朝7時頃に戻ってきて、官賊(新政府軍)から各国(各藩)の兵士へ出された手紙を持ってきました。
その主な内容はこの通りです。

1.箱館にいる賊軍を追討するため軍艦を出動させることになったので、
箱館港に滞在している外国の商人達は、24時前までに荷物をまとめてアルピヨンに積み込んで、
人々はおのおの自分の国の軍艦に乗り込むように、

とのことで、すぐに兵士や商人に知らせられました。
なので、今日の昼頃から各国の人々は荷物をまとめています。
(しかし)中には立ち退かない人もいるようです。

1.軍艦はどれも(戦闘に備えて)箱館港から3里ぐらい沖に出したようで、
私達からも箱館市中に荷物をまとめるように知らせました。

1.一昨日、イギリス・フランス・アメリカ・プロイセンの兵士やこれらの軍艦の艦長に面会して、
次の3ヶ条について話し合いました。

1.外国の商船が石炭を買い取って(箱館から)積み出すことを禁止する。
もっとも、蒸気船の場合はその船の必要な分だけ積み込む事を許す。
ただし、その船の重さ、さらに行き先までの距離によって適当な分だけ積み込むことを許す。

1.外国の商船が敵軍に雇われて、箱館に敵を上陸させるためにとある場所に船を寄せて、
敵の兵士達を上陸させようとする者がいれば、
私達の兵は防御のためにその船に発砲することが必ずあるだろう。
(そうなれば)私達に罪はないので、外国の商船は中立の立場を守って、
決して敵兵を蝦夷地に上陸させることはないように、軍艦の艦長から厳重に伝えておいてほしい今…

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この3ヶ条は、どれも箱館のことです。

イギリスの艦長が言うには、
「外国の商船が敵軍を蝦夷地に上陸させるような事は絶対にないはずだ。
 もし(中立の)立場を破ってそのような動きをする者がいたら、軍艦だろうと構わない、その船に発砲してもよい」

1.ヤンスキー(アメリカ軍艦)が回天丸に向かって発砲した事について、
最近アメリカ軍艦が入港したので訴えたところ、
ヤンスキーは宮古湾海戦の次の日に(契約の)期限が来て、横浜を出航して江戸へ向かったと聞きました。
艦長の話によると、最近ジャポンというヤンスキーと同じ型の船を新政府が買ったので、
おそらくその船だろうと言う話でした。

1.イギリス商人が自分の家に敵兵を潜伏させていたので、この事も訴えました。

1.外国人の自宅や商船の中に敵兵が潜伏していることがわかったなら、
船なら艦長に、自宅なら陸軍に訴えるように。その時には、すぐに(外国側は)士官を出して、
私達の士官と同行して(一緒に)その船またはその自宅を厳重に捜査するという許可を得ました。

1.昨日、ストーンウォール(甲鉄艦)が箱館港の入口に来て、私達の軍艦の出入りを止めていたそうです。
アメリカの兵士の話です。

1.外国船の艦長達はみんな正直に行動してくれるので、大変都合がいいです。

向こう(本州)では、敵の船7艘に、昨日(兵士達が)乗り込んだらしいです。
これらのことを報告しました。では。

   4月5日   太郎より   (天野)新太郎様  (永井)蠖伸斎様へ

追伸。このような事態を考えると、明日明後日ぐらいには襲来するかも知れません。
戦闘準備はもちろん、見張りの兵なども厳重に命じておいてください。では。

※途中、欠けてます。


明治2年5月14日 高松凌雲・小野権之丞へ

お手紙拝見いたしました。
薩摩藩の池田次郎兵衛から諏訪常吉(負傷者)に話した事について、
内容は詳しく承知しました。

よってみんなから意見を聞いてじっくり考えたところ、今さら特に言うまでもなく、
私達はみんな故郷や家族を捨てて、君主や親のもとを離れてまで遠い北の大地に来たその理由は、
以前から何度も朝廷に申し上げている通り、蝦夷地の一部をいただいて、
生活に困っている徳川家の臣下達を助け、さらに北方の防衛をしたいという願い以外に望むことはないのです。

(しかし)意外にも、言葉が悪かったのか行動が悪かったのか朝廷から追討の兵を受け、
このようなことになったのですが、今になって罪を悔やんで兵を止め、朝廷の命に従えとのこと、
(この)寛大な処置には驚くばかりです。

しかし、私達は品川沖を出航して以来、はじめから勝敗には拘らない覚悟で、
たとえ蝦夷地が砕け散ろうとも、願いが少しも叶わないのであれば仕方ありません。

もし願いが許されて蝦夷地の一部をいただければ、朝廷も尊敬し、北方の国境も守り、
力を尽くして朝廷の恩に報います。

みんなをしっかり説得し、私達2人が兵を動かした罪はどれほど厳しくてもあえて朝廷の判断に従います。
この手紙を見て許可が下りなければ、五稜郭と弁天台場、その他の陣屋にいる同志達は、
みんな枕を並べて、潔く天に殺されます。

この事、池田さんにきちんと伝えてくださるようお願いします。では。

   5月14日   松平太郎  榎本釜次郎より
   高松凌雲様  小野権之丞様へ

また、病院にいた人達が親切な扱いを受けたこと、承知しました。
礼はドクター(高松)より伝えておいてください。
さらに本2冊は、釜次郎がオランダ留学中に学んだ海軍の貴重な本です。
戦火に燃やしてしまうのは惜しいので、ドクターから海軍参謀に贈ってください。では。

※書いたのは榎本さんかなーとも思ったんですが、なんか松平さんの署名が先に来てたので。


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