僕は,県庁の林業関係の職員だったもんですから、ただ80年代後半ぐらいから、特に香川県は林業が産業としては成り立っていなかって、そして、森林でどうするかっていうと、まぁ林業だけではどうしようもないっていう現実が目の前にあってですね、その時にバブルがきて,林業だとか利用だとかという前に,森が森でなくなっていく現実がどんどん目の前に出てくる。それで、林業やる前にまず森さえ押さえられなかったら,やりたい林業もできないやないかっていう現実が目の前に出てきて、じゃあ,まず森を押さえることが大切だろうと。じゃあ森を押さえるにはどうしたらいいんだっていったときに,経済で押さえられないとしたら規制しかないんですね。
 それで、法規制で例えば法律とか、まぁ法律はないですけど、条例でじゃあどんどんしばりをかけていこうかっていうことをしようとしてもですね、結局議会で通らなければならない。で、議会で通らなければならないっていうのは,結局,県民がそういうふうに望まなければ多分そういう法律案、条例なんかの法規的なものもできないだろうというと,結局ですね,何をやってもその経済以外で森を何とか残していきたいと思ったときには、そこに住んでる地域の人達がその森を残したいっていう人達が、大部分の人がそうならないと、結局地域でそういう規制もならないし、それだけなったら規制もいらないんでしょうけど、どちらにしても地域の人達がその多くの人達が森を守ろうっていう気持ちにならないとどうしようもないやないかっていう事になったんです。
 じゃあ,そのためにはどうしたらええんやろっていうことで、いろいろ大人に対するいろんなピーアールもやってきたんですが,全然響かんわけですね。それで、大人の方は今,非常にクールになってますので,最終的に、でも先ほど井伊野さんもありましたように、この土地が何百万円で売れるって言われたらやっぱ疼くわけですわ。で、最後はやっぱり売ろうかってことになってしまう。で、それを押しとどめるにはどうしたらええかっていうどんどんですね,そういう心理的なことまで,ずっと考えてきたらですね、最後に行き着くところは,やっぱり「好きやからこれは手放したくない」とか、「自然が好きやけんやっぱり残しておきたいんや」っていうことしか,その経済的な札束に対する誘惑には対抗できないと・・・・。
 そうすると,最終的にどんどん風吹けば桶屋が儲かる式みたいになっていくんですけど、森を守ろうと思ってくれる人を増やさないかん。それで、守ってもらうんはどういたらいいかっていうたら、大人がいかんよとなったらですね,やっぱり,最後は小さいときに刷り込まれたらいかんのですけど、小さいときにものすごい森と親しんでですね、あの環境が好きやというのを埋め込まなあかんと。だからやっぱり子供の時からやっぱり好きになってもらわないかんっていうことで、結局,教育問題みたいな環境教育みたいな世界となっていくんですけど、子供相手にせなあかんっていう事でやろうとしてるのは、森は,ちょっともう香川県もそうなんですけど,町の真ん中でも無いですよね。で、ちょっと離れてますよね。だから森に呼び出そうとしてもですね,子供は郊外に自分で行けんのですわ。車でないと行けんのです。だから結局,親が一緒についてこななんだら森に子供連れて行くのはダメなんですね。そういうふうなんがいろいろあって、ただ「森はいいですよ」って言うだけでは,なかなかやって来ない。
 それと,子供がそういうのせないかんっていう事で満濃池の森林公園なんかで森林教室やるわけですよ。それで、募集をしてもですね,新聞に載っても一組ぐらいしか来ないわけですね。しかし,森林公園で待っていたら,たくさん親子連れが歩くわけですよ。こんなたくさん来るのに何で来んのやろっていうふうに思いよった時にですね、うちの若いのが親子連れのお母さん見つけて誘いに行ったんですね。「こういう事、森林教室してますけどしませんか。」そしたらお母さんが、「ええ事ですね。そしたら行きますわ。」言うて来たんですけど、「子供を連れて来ます」言うて帰ってですね、帰ってきたら一人で帰ってきたんですよ。「どしたんですか?」って言うたら「いやあの休みの日まで森林教室いうんに行きたくない」言うて帰ってきてですね、あぁ!これもう真面目に正攻法でやったんではあかんなぁいう経験があったいう事があってですね、ほなもうこれは理屈はどうでもええやないかと、とにかく足運ばなんだら,次がないんやけん動機は不純であってもまぁ楽しい事でですね,やっぱり引きつけなもうしゃあないやないかっていうとこも一方にあったですね。
 そうこうしてるうちに,2年か3年ぐらい前にウッディフェスティバルでいろんなイベントするんですけど、そこで森林博士みたいなコーナーがあって,クイズに答えて正解したら雑木で作ったキーホルダーとか,輪切りにしたコースターをあげますよというようなコーナーをやったんですね。
 それで、その時,二日間あって,本当にこれ嘘じゃないんですけど、最後の最後にやってきたんがですね、5歳位の女の子連れたお母さんの二人連れやったんですよ。で、もう最後ですからイベントの時もうあと残ったやつしまいせなあかんので、「好きなん持ってって!」と言うとった時に、その時,秋やったんで,クヌギ・アベマキのどんぐりで独楽にして遊んでたんがあってですね、「これも捨てるだけやけん何でもええで。独楽作ったら?」って持って帰ってもらいよった時にですね、一番最後に来たときに,ほとんどキーホルダーは無くなって、まぁ形は悪いけどコースターが2、3枚とあとドングリが転がっとったんですよ。
で、最後に来た時にその女の子がですね、「商品どれでもええよ」って言うた時に、ずーっとこう目の前の商品を見て黙って見つめよんですよ。で、お母さんが「こっち貰い」言うてコースターの方へ言うわけですよね。それでもずーっとしばらく見よってですね、で、手伸ばしたんがドングリ1個取って帰ったんですよ。で、その時「それでええの?」って言うたら「うん」言うて帰ったんですよ。楽しそうな顔して。
僕はね,その時の,その印象がずーっと残ってましてね、で、しばらくしとって『あぁやっぱ子供ってドングリ好きなんやなぁ』って、『そういえば僕は今でも落ちとったら拾うなぁ』とかですね、そういえば子供の頃遊んどったな、じゃあこのキャラクターで子供を呼べるような事ができんのかなっていうとこまで最初思いついたんですね。
 それからしばらくしてですね、ふとドングリには種類が、まぁ全然別の日だったんですけど、ドングリはそういえばこうクヌギ・アベマキ・コナラ・アラカシで大きさ・形が全然違いますよね。種類がいっぱいあるなぁいうた時に,たまたまお金の硬貨とそれが重なったんですよ。種類がいくつもある、大きさも違うって。あ、ほんだらドングリをお金にして遊ぶ、ママゴトして遊んだら面白いやろうなぁいう話になって,じゃあドングリのお金を持ってきたら何かが買えるねっていうシステムを作ったら面白いやろうなぁと思ったんですけど、お金がないもんですけん、なんちゃ用意できんなぁってなった時に、じゃあドングリはタネやから苗木にして返したらええやないかと、でも苗木になる前に時間がかかるやないかと、で、ドングリは秋集まってきて苗木いうたら春植えるんやけんこの六ヶ月間どうすんやっていう次の問題に突き当たってですね、ほんだらいっぺん預かっとったら解決するよなぁ、ほんでお金預かるんやったら銀行やなぁ、銀行やったら通帳いるわなぁ、通帳やったら利子がつかなおもろないわなぁっていう話でまぁ最終的には「どんぐり銀行」っていう企画になったんですけど・・・・・。

 でもその企画が通るほどですね行政の中,甘いことちゃいましてですね、「そななん遊びや」という世界があるわけですよ。で、偶然の重なりって,いろいろありまして、次の年ぐらいにですねたまたま、先ほど出てましたけど「緑と水の森林基金」の助成金の事業がありましてですね,それの候補が全然その年たまたま無かったんですよ。で、わざわざ香川県に割り当てでくれるお金があるのにその助成金を使うあてがないっていうのはもったいないけん、何かないんかっていう話になってですね、ほんだらこういうのあるんですけどって言うたら、ほんならええやん!やってみたら言うてたまたまできたんが平成4年の事業だったんです。
だから,全然ほとんどシステム的な準備はなくてやりはじめましたから,通帳もいっぱい出したら困るないうんとですね、あと,あの苗木を作ってくれる人がおらなんだら動かんので,それは苗木を商売で作っているおじいさんが,もうリタイアした方がおりまして、彼を紹介してもらっておじいさんとこ行って頼んだんですよ。その時おじいさんに言われたんは「わかった。お前のためやのうて子供のために協力したる」って言うて協力してくれた一本気のおじいさんがおってですね、で、彼がそれを引き受けてくれたから、じゃあ苗木は少なくとも用意できると。ほんならもうやり始めようという事でやりはじめたんが「どんぐり銀行」なんですね。
子供にね、小学校行って話したときにどうやって話したかっていうたら、「みんな新聞読まんかもわからんけど、毎日新聞読んだら14面ぐらいに交通事故で誰それさんが死んだって書いとるでしょう」って、で、「ああゆうの読んだってなんちゃ思わんやない」って、で、「その時に自分の友達の名前があったらどう思う?」って。「ほんだら悲しいやろ」って。で、「お父さんの名前があったらどう思う?」って、ほんだら同級生どうすんねんって思うやろうと。で、「何でそんなに差があるかわかる?」って、そしたら、知っとるから、知ってないからだけなんですよ。だから例えば毎日通いよる通学路の横に林があっても、ある日突然削られて山が無しになったとした時に何にも風景として過ぎよったら、あぁ無くなったなぁ言うて通り過ぎるけど,君がそこで遊んびょって楽しい想い出があったらどうですかって。で、悲しいやろと、だけん、おじさん達はみんなに森に友達になってほしいんやって。

 
 
 
 

 まぁ,その辺が「子供達自身の心の中に自分の森、心の中の森を持ってほしい」って、最初に作ったどんぐり銀行のパンフレットになってる『どんぐり新聞』のコラム欄にも書いてあるんですけど、そういう想いみたいなところではじまってます。
 僕も当時林務課の職員だったんですけれども、とにかく平成のその頃もすでに国の政策としては国産材時代がやってくるって,どんどん宣伝はしてきましたけど、それがどうも怪しいっていう状況がありましたし、僕も昭和54年に香川県庁へ入って林業の担当になったんですけれども、その当時は1ヘクタールのヒノキを植えておければ1億円になる。枝打ちさえすれば1億円になるっていう事で,どんどん枝打ちをする、間伐をするっていう指導に行き、山の人もそれなりに乗って植林もしましたし,すでに植えてる木の手入れもしてたんですけれども、その当時の頃から,何か木の値段は逆に前の年よりどんどん下がっていく・・・。それから木を使われなくなってきたっていうのはもっとすごいスピードで進んでいったように思うんですけれども。
いろんな状況があって、林務課で仕事をしてる内容っていうのは、何をやっても行き詰まるみたいな、そういう中で,もう一つ香川県の特徴として,ここで確認しておきたいのは、その頃,すごい勢いで周りの山、特に里山の部分が、松くい虫の被害で枯れてしまったっていうんですね。それでそれは昭和50年、48年ぐらいからもう空中散布して,とにかく被害の拡大を防ごうとして延々とやったんですけれども、行き詰まった時、僕自身が思ったのはちょうどその頃で,もういくら薬をまいてもですね、虫の勢いというか自然の勢いっていうか枯れていく勢いの方が強くって、森はもう薬では守れないっていうような気がしてました。それと、それに追い打ちをかけるように井伊野さんの話とちょうど多分同じ頃だったと思うんですけれども、バブルの時代で香川県でも一度山に手をつけると三度も四度も飯が食える。まずは枯れる直前の木を伐って、伐ってと言うか所有者からただのようにむしりとるように伐採業者が入ってきて「どうせあんた枯れるんやから伐ってあげる」いうようなかたちでまず伐るんですね。それで、木はただのように取って帰って,市場へ出していくっていう。で、その後のその土地は,今度香川県の場合は,花崗土っていう深層風化したマサ土があるんで,それを砂にして売る。それで、取った後,穴っぽができるんですけど、穴っぽの所が,今度大阪や東京から持ってきたゴミを知らん顔して埋めてしまう。何が埋まっとたかっていうたら、あの頃なんか放射線廃棄物とかもう今思い出しただけでもゾッするような事件がたくさんありましたけど、まぁそういう事件がたくさんありました、実際知ってるだけでも。
 それからその埋めた後,今度平地になってそこを農地にしてまた返すとか,宅地にして売るとかっていうような事で、一回香川県で里山に手つけたら,もう億万長者になるような人がたくさんおったんですね。その人が結局そこで儲けたお金でまた次の山を買うて、どんどん山から土を取っていくというような事で、一番ひどかったんが大内町の三本松港ですけれども、もう昼間目を開けて地域の人が生活できない。もうダンプが1日何百台っと通るわけ,港へ向いて砂を運ぶのにね。
 そういう様な状態で,その山に行ってみると,もう無法状態で土を取ってる。だけど現場には県が許可した許可書の看板が掛かっとるわけですね。看板は掛かっとるけど,結局全部許可違反の状態があって、県はひとっつも指導監督できてない。豊島事件みんな心に新しいと思いますけどそれ以前に山の方にもその豊島事件みたいな構造があってですね、もうこれはもう何をしよんやっていう話になって,平成4年に林務課から派生して森林保全対策室いうのができた。
 僕は,同じ県庁の中の職員でその当事者でもあったですし、その当時それほどの開発現場が県内に何十箇所もありながら担当者が二人しかいないっていう事で、ほとんど現場行かないで机の上だけで許可したり変更したりみたいな事してましたから。現場がどうなってようと書類はまぁハンコ押すみたいな、まぁそういう状態が行政の中にあって、何故,僕が県庁の職員でありながらこういう市民参加っていうのに足を突っ込んでるかっていうと、役所ではコントロールできないんですね。それで,豊島の場合もそうだったですし,森林保全対策室の事を思い出してもそうなんですけど,事件が起きたらそこのセクションはなんか、課になったり室になったりしてですね人数が来るんですけど、来るまではよっぽどそのもう取り返しのつかない状態になるまでほったらかしにしとるっていうのが,まぁこんな役所ではいかんっていうようなところもあって,是非その市民が参加してやるような森林行政がやりたいっていうような,僕だけじゃなくて、多分林務課の若手の職員の中に鬱々とあった部分があったと思うんです。まぁ、2年目というスライドの中でいろんなアイディアが出てきたっていうのがありますけれども、とにかく森林に関心を持ってもらおうっていうような事で呼びかけた時、やっぱり職員の中で鬱々とした部分があったのが、まぁどんぐり銀行をみんなでやろうっていうようなとこへ広がっていったかなぁ!と今,思ってます。

 また松下さんにお聞きしたいんですけれども、多分新聞社から取材を受けた数だけでもものすごい数になったんですけれども、去年、一昨年になりますけど、岐阜県も同じ様なシステムで始めましたし、多分来年から大阪府もやったりして、どんぐり銀行みたいに,とにかくその環境問題っていうとちょっと敷居が高いんですけど、どんぐり銀行のシステムでやると子供からでも関われるっていうようなところで,全国からいろんな照会が今でもあるんですけれども、松下さんの目から見てこのどんぐり銀行が大ヒットした原因みたいなとこは,いかがでしょうか。

 
 
 
 後追いでしかないのでっていうのはですね、いろいろ僕考え、いろんなこう意味づけは逆にいろいろしてた。何でかっていうとですね、やり始めた時にいつもですね,内部では,遊びや言うていつも叩かれよったんですわ。で、これは遊びと違くてこの辺りがそれなりに意味があるんやいうことを何らかの形で自己防衛せんとなかなか組織の中では生き残れんみたいなとこありまして、そういう面でいろいろ整理はしてたんですけど、やっぱりやってる事は大した事なくて、結局いろんな大学の先生がいろいろ書いとるような堅い本も読んでいたら、やっぱりポイントになるような事は、1つ,「どんぐり銀行」っていう活動、市民が参加している活動の中に全部こうあるわけなんですよね。
 今,お配りしているのはその1つなんで,ご紹介すると、それは名古屋大学の広瀬さんっていって環境心理学やってる人なんですけど、彼の研究は何だったかっていうとですね、ゴミの分別収集を地域の中にどうやって広げていくかっていう時に心理学的なことも含めて、どういうふうなポイントが効くかっていう事を整理してたんがあったんですけど、それ見ててですね、あぁなるほどなぁと思って、これどんぐり銀行に重ねても同じ様なことがいえるだろうっていうことで整理をしたのがそれになってるんです。
環境問題については,マクロの部分とミクロの部分があって、マクロの部分っていうのは,大きな話だから,普及啓発に近いんですけど、森を守らなあかんとかっていうのは局面でですね、そこに書いてる読んでいただいたらいいんですけど環境リスク認知とか責任帰属認知とか最小有効性って書いてますけど、まずどんなところに問題があるんかっていうのを知らなあかんやろ。で、知った時に誰が責任があるんか,どこに責任があるかいうんが知る事が必要やと。で、その後,こういう事したらようなるっていうような事をですね3つぐらいの要素、これはマクロの部分なんですけど,それを知らなんだら個人に繋がらない。で、その部分はマスコミの影響力が大きいよっていうまぁ普及啓発なんですね。
 じゃあそういう事をマスコミがどんどん言ったら広がるかっていったら、熱帯雨林は危ないなぁっていう話はみんなもう頭の中に刷り込まれているけど、やっぱり,よいしょ!と一歩踏み出せない。個人が認識があっても個人が一歩踏み出す為にはどうしたらええんやっていうところが,個人レベルのミクロの部分ってところで、それが広瀬さんっていう人が整理してるとこなんですけど、そこにはそこに書いてるように3つの評価っていう局面があって、調べていると、その人が活動をしようと思った時にできる機会が身近にあるかないかっていう事ですね。で、次にですね、じゃあ機会があったから,じゃあ出てみようかと思ったら、その人にとってそれはハードルが高いか低いかっていう問題なんですね。で、参加料が5千円いるいうたら「あぁいかんわやめよう」と。で、「あぁまぁ千円ぐらいやったら行けるわ」っていうあたりの高低とかですね、あと仕事の中身がですね、「もうそんなハードな仕事や私やできまへんわ」っていうのとそれぐらい簡単なんやったら私も一緒にやれるなとかですね、で、日曜ばっかりは行けんわとかですね、ウイークデーは行けんわとかですね、いろんな条件があるんですけど、まず行こうと思ったときにその人が行ける条件なのかどうかっていう要素がもう1つあると。
 で、最後はですね、その活動参加したときにですね、周りにどう見られるかっていうことなんですね。「あ、あなたそんな事してるんですか」って言った時の意味合いも二通りあるんですね。「あ、そんなアホな事しよんですか」とか,言われたら次は続かんのやけど、「素晴らしいことしてるんですね」って言われたら誉められたら誰でも嬉しい。で、ここでも大きな分かれ目があって、例えばその3つの要素をちゃんとこう整理をしておくといろんな活動参加しやすくなるんじゃないかっていう事がまぁこの先生が整理しとんですけど、そういう局面を仕組みの中でどんどんどんどん仕掛けていく事で広がっていく可能性があるっていうお話しなんですね。で、どんぐり銀行でいくとですね、年間、もう今でも毎週ぐらい何かやってますよね。ていう事は、年間50回あるっていう事は、春に1回秋に1回ではないわけですね。だから1回逃しても次の時に参加できるかもわからんっていう回数を強くうったらかなり大きい意味がありますね。で、場所が多いっていうことね。で、それと遊びとかなりハードな部分がある。で、これもですね遊びやったら行くわっていう人とそんなちゃらんぽらんなんは嫌やともっとハードにやりたいっていう人がいて、その人にいろんなメニューがあるけん簡単な人は簡単なん来たらええと、遊びたい人は遊びに来たらいいです。だけどハードなんやりたい人はハードなとこに参加したらいい。で、そういう意味で充実はしてないかもわからんけどとりあえず最初からものすご簡単なものからハードなものまでメニューがいっぱいあったっていう事は2番目の要素をクリアできる。
3番目はこれなかなかうまいこといかんのですけど一番最初やっぱり行政が絡んどったってういうのがどうしても初速として大きいと思います。なんでかっていうとですね、どんぐり銀行でどんぐりを預けて帰る時に住所、電話番号、名前書いて帰るわけですよ。こんなん誰っちゃ知らん人に書いて帰りませんよね。それはまぁ行政の信用があったりもあると思います。ただもう一つはやり始めてて、で、話題になったらですね、マスコミが取り上げくれはじめると、いいことしよるなっていうのが定着するんです。
 それで、決定的なんはやっぱり早明浦に行ったいう事ですね。早明浦に行って,あそこが何かええ事しよるいうんが,かなり広まったっていう事になると、全然知らんと、「そんなおもちゃみたいなママゴトみたいなんしょんな」って言われるところが、「あぁ!あの活動しょんですか」っていうふうに評価されるようになっていくと、逆に,簡単にまた参加しやすくなるって,こういう要素がどんぐり銀行にもいくつかあったんだからと・・・。それで、そういうのがあれば入りやすいと。
で、もう1つはそういうのがあったら,だんだん人口が増えていくにはやっぱりコアになるメンバーが中心にいてて、そのメンバーが周りの人らを引き込んでいかなんだら活動広がっていかないんですね。
で、ここの部分でも,これは簡単なやり方なんですけど,二つの大きいネットワークがあるだろうと。強いネットワークがあって弱いネットワークがあって,それがうまく繋がる事で活動が広がっていく。強いネットワークっていうのは,意識の高い人が集まっていて、まぁ団体のコアメンバーです。そういう人達が周りに広げていくときに、単に呼びかけただけではなかなかうまい事いかないと。で、その人達で弱いネットワーク、関心は薄いんだけど、周りにいるような人達を内側に引き込む手だてっていうのはどういうふうに仕組みを作っていくかっていうとこが,仕組みで,企画で,ポイントになってくるんですけど。
 ゴミの場合はですね、アンケート調査をしたりして、あなたはどう思いますかっていう事でこちらを振り向かせたりしたりして、やっていくような事をやってるんですけど、それをどんぐり銀行に置き換えたときにはですね、預金通帳のシステムっていうのは全くそれなんですよね。
 とにかくおもろいけん言うて預金して入って、預金しますよね。ほんじゃあ自分は別に森林保全にあんまり興味は無いんやけど、とにかく入ってきたらですね、渡した後,庭にもう入ってきたんです。住所や電話番号知っとるわけですからね。そこに理由なく通信いうて情報を送り込むわけですよ。ダイレクトメールが来てたりすると,覚えのないものは封を切らないけど一応会員になっとるからとりあえず開くかもわからん。確率が高い。で、開いたときになんかおもっしょげなことがあったらひょっとしたら行くかもわからない。で、ものすごく危うい確率なんですけど、でも全く関心がない人をこちらに引き込むにはどうしたらええかっていうたら、やっぱり僕は,ここにどんぐり銀行の1つの切り込めるポイントがあったんやろうと思いますね。
 一番大きなのはやっぱ子供の力大きかったです。それは一番最初に大石さんが言ったように,子供でも、これ大きな錯覚ではあるんだけれども,どんぐり銀行に預金したら何かええ事したと思える。これは,どんぐり銀行がええ事せんといかんのですけど。だからそういう構図ができると,子供でも参加できる手法がそこにあると。それは,今言ったように弱いネットワークを含めてちゃんと装置があって、それをどんぐり銀行全体がシステム化で受け止めていけば,そういう広がりが期待できるっていうとこが大きなポイントかなぁと。
最後に言いたいんですが、それだけじゃなくてですね、最後はやっぱりおもろいと・・・。遊びっていうことありますけど、前向きな遊びでね、ゲーム制もあってっていうところが大きなポイントやと思います。